ヤマネコさん、教育する1
早朝の森の中。
リンクスとポルとカルは、茂みの中に身を潜めていた。
潜んでいるが、耳はしっかり周囲の様子を探っている。ポルとカルにいたっては吹く風すら逃すまいと、ヒゲ一本にまで神経を行き届かせている。
「聞こえるか? 近くにいるぞ。でも、姿が見えたからって声を出すんじゃないぞ。獲物を見て『カカカカッ』なんて鳴くのはズブの素人がすることだ」
じっと一点を見つめたまま言うリンクスに、子猫たちはうずうずをぐっとこらえた。
本当ならぴょーんと飛び出して行って、ニャニャニャと鳴きたいようだ。
でも、「今日はパパと狩りの練習をするからな」と言われているから、きちんと我慢しようとしているらしい。
妙に成長の早い子猫たちだなと思っていたが、最近その成長は著しい。
三角耳が生えたふわふわの毛玉っぽかったものが、少しずつ骨格がしっかりしてネコ科の生き物らしくなっていき、今では小さな肉食獣の風格が出てきている。
狩人たちに肉を分けてもらって日、あまりに欲しがるから試しにあたえてみると、ポルとカルはガツガツと食べた。
それを見て、リンクスはそろそろ狩りを教えてやらなければいけないと思ったのだ。
自分が下手なぶん、ちびたちには苦労をさせたくないなという思いがあってのことなのだが、下手なぶん、ちびたち自身の能力頼みだなとも思っている。
「よし、見えるか? あそこにネズミがいるだろ? 足音を立てずに忍び寄って、届く距離になったら大きくジャンプで仕留めるんだ」
これまでずっと音でしか存在を確認できていなかった獲物が、ついに姿を現した。
リンクスはそちらを指し示し、ポルとカルに言った。
まずポルが身を低くしてジリジリと近寄っていった。本当はすぐにでも飛びかかりたいのだろう。それに耐えて、少しずつ少しずつ近づいていく。
そのまま慎重に近づいていけばよかったのだろうが、あと少しのところで我慢しきれず大ジャンプをしてしまった。
ジャンプのために踏み込むとき、どうしてもわずかに音がする。ネズミはその音を敏感に察知して、一目散に逃げ出した。
だが、それを見逃さなかったのがカルだ。
ネズミが逃げ出した方向に素早く回り込み、パシッと前足と口を使ってそれを捕えた。
はからずも、ポルが追い込みカルが捕まえるという連携プレーが成功したのだ。
「おお、すげえ。初めてなのに、ちゃんとできたんだな」
リンクスはネズミをくわえて持ってきたカルの頭をまず撫でてやり、それからポルも撫でてやった。ポルに失敗したという意識だけを植えつけさせたくなかったし、ビギナーズラックかもしれないカルに過剰に自信をつけさせたくもなかったからだ。
それに、初めての狩りに挑めたというだけだ偉いと思ってしまったのだ。親バカかもしれない。
「お、おい。それ、どうする気だ? ママのところに持っていく? やめとけ。ママ、この前、捕まえた虫を見せたら悲鳴上げてただろ? ってポルー!」
ネズミを咥えて誇らしげにうずうずしているカルをたしなめているうちに、ポルがそれを奪って駆け出してしまった。
慎重さならカルが優るが、身体能力ならポルが上だ。
しなやかに駆け出したポルはあっという間に見えなくなった。リンクスは何が起こったかわからずぽかんとしているカルを抱えて、消えたポルを追った。
小屋に帰り着く前に捕まえないと、マオが大変なことになる。ネズミが苦手かどうかはわからないが、獲物を見せられて喜ぶ人間はあまりいないはずだ。
悲鳴を上げるだけでは済ます、もしかしたら泣いてしまうかもしれない。母親代わりのマオに泣かれてしまっては、ポルは自信をなくしてしまうだろう。
それは避けたいと思ってリンクスは必死で走っていたのに、その努力も虚しく「ぎゃー!」というとんでもない叫び声が聞こえてきた。
小屋までにはまだ距離がある。何があったのかと、リンクスは急いでそっちに向かった。




