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ヤマネコさん、看病する2

 どこかからか落下するような感覚に襲われビクッとして、リンクスは目覚めた。


「やべ! 俺、めちゃくちゃ寝てた?」


 慌てて目を開けるとそこは小屋のテーブルで、自分がマオの看病をしなければいけなかったことを思い出した。


「いや、全然寝てねえよ。そうやってビクッとして起きたってことは、疲れすぎてて身体が休まってないってことだろ」

「そっか。でも、ちょっと目をつむってただけでだいぶ楽になった感じはするわ。ありがとう」


 こうしてはいられないと、リンクスは椅子から立ち上がって大きく伸びをした。それから、寝室へと向かうとした。しかし、小屋のドアが開いたことでそれは中断される。


「遅くなってすまない。村でいろいろ聞き取りをしたり、薬になるものを調達したりしていた」


 入ってきたのはレブラで、薬草と思われる乾燥した草がはみ出すほど入った袋と瓶を持っていた。


「それで、マオさんの様子は?」

「ずっと寝てる。熱が高くて苦しそうだ」

「そうか。……村でいろいろ聞いて回ったが、特に風邪などは流行っていないそうだ。単純に疲労か知恵熱だといいのだが。昨日、村へ行くという初めての経験をしているのだから、知恵熱が出てもおかしくないしな」


 レブラが真剣に言うのを聞いて、ウルサが思わずといった様子で噴き出した。


「知恵熱って、赤ちゃんが出すものだろ? エルフのお前にとってマオちゃんはまだ赤ちゃんみたいなもんかもしれねえけど、さすがに知恵熱じゃないだろ」

「さすがに赤ちゃんだとは思っていないが、そうか……違うのか」


 ウルサとレブラのやりとりにクスッとしつつ、リンクスは不安を拭えずにいた。


「その持ってきてくれた薬、どうやって飲ませたらいいんだ? あんまり長いこと熱が続くのは可哀想だからさ、早く下げてやりたい」

「熱ならこれだ。ニワトコを漬け込んだもので、解熱作用がある。水で割って飲ませたらいい」

「わかった」


 レブラから瓶を受け取ると、リンクスはそれと水をコップに注いだ。

 寝室へと行くと、まだマオは眠っていた。だが、身じろぎする様子が見られたから、眠りは浅くなっているようだ。

 今なら無理やり起こすこともできるだろうと、リンクスはマオの身体を揺さぶった。


「マオ、ちょっとだけ起きてくれ。薬飲んだら、また寝てもいいから」

「うぅ……」


 熱の塊のような身体に触れて、リンクスはマオを少し起き上がらせた。意識ははっきりとしていないものの、コップを口元に持っていくと唇を開いて受け入れる仕草を見せたから、支えながら少しずつ飲ませた。

 こくっこくっと弱々しい音を立てて何とか飲み下すのを確認して、ようやく少し安心した。


「とりあえず、これで少しはよくなるはずだからな」


 汗でしっとりとした髪を撫でてやってから、リンクスは部屋を出た。落ち着かないが、今はこれ以上にしてやれることはない。

 

「リンクス、お前が落ち着かないでどうするんだよ。マオちゃんにはお前しかいないんだから、こういうときドーンと構えてないと」


 寝室から出てきたリンクスがあまりにもオロオロしていたからだろう。ウルサが苦笑いを浮かべて言った。それを聞いたレブラも、うんうんと頷いている。


「子供というものはすぐに熱を出すものだ。そのたびいちいちうろたえていたらこの先、親になんてなれないぞ」

「親……そうか。そうだな。俺、マオの父ちゃんとはいわなくても兄ちゃんみたいなものだからな」

「……そういうことが言いたかったわけではないのだが」


 レブラは言いたいことが伝わなかったようでやきもきする表情を浮かべたが、ウルサがニヤニヤしてその肩を叩いた。言っても仕方がないと言いたげなそのやりとりがリンクスは気になったが、今はそれを追及する気力がなかった。


「マオさんはただの人間ではなく、聖女だからな。少なからず女神の加護がある。だからそう簡単に死にはしないさ」

「そう、だな」

「そのぶん、無意識のうちに力を使ってしまってこうして弱っているのかもしれないし、逆に力の放出がうまくできなくての発熱かもしれない。とにかく初めてのことだ。次に備えてよくよく看病してやることだ」

「また朝になったら覗きに来るから、とりあえず一晩頑張れ。ポルとカルは預かってやるからさ」

「うん、ありがとう」


 ここにいてもできることはないと判断したらしく、ウルサとレブラは連れ立って小屋を出ていった。

 こんなときに二人がいてくれてよかったとありがたみを噛みしめつつ、リンクスは炊事場に立った。

 もしもマオが目覚めて何か食べたがったときに、食べやすいものをすぐに出してやれるように。

 作るのは、たくさんの野菜や鶏肉を煮込んで出汁をとるスープだ。出汁を取り終わったあとは具材を取り出すから、噛まずに飲むことができる澄んだスープになる。


「いつもだったら味見したいって騒ぐのにな。早く起きて食事ができたらいいな。食いしん坊のお前がいないと、全然作りがいがないんだ」


 寝室まで行って語りかけるように言うと、マオがまた身じろぎした。汗をかいてはいるが、呼吸は少し落ち着いたように見える。

 だが、そのぶん眠りが浅いのか、もごもごと寝言を口にしていた。


「……ぅう……おかさん、おとさん……」


 かすかに聞き取れたのは、父母を恋しがる声だ。それを聞いてリンクスの胸は、ギュッと締め付けられるように苦しくなる。


「マオの父ちゃんにはなれねえけど、代わりくらいは務まるように頑張るからさ……早く元気になってくれよ」


 そばについていてやることしかできないのがもどかしくて、リンクスはマオの手を握って祈るように言った。

 その祈りが通じたのか、翌朝には熱もほとんど下がり、起き上がって食事が摂れるまでに回復した。


 そのおかげか何なのかわからないが、ずっと芽が出なかった植木鉢に可愛い双葉が出現していた。

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