聖女、トラブルを運ぶ1
マオを拾ってから数日後。
リンクスは小屋の奥、寝室となっている部屋にハンモックを吊るして満足げな顔をしていた。
マオが来てから自分は床に寝そべり、マオにベッドを貸してやって過ごしていたのだが、やはりそれではなかなか疲れがとれなかった。それにマオは贅沢なのか、ベッドが硬いとぷちぷち文句を言っていたから、背中を痛めずに眠れるようにと考えたのが、このハンモックだった。
料理の仕込みの合間に、いつか役に立つだろうと持っていた網をチクチク修理したのだ。壊れたからいらないと漁師に押し付けられたものをとっておいてよかったと、リンクスは過去の自分に感謝した。
「ほら、マオ来てみな。これ、お前の寝るところ」
「おお!」
火にかけられた鍋を覗き込んでいたマオを呼び寄せると、用途がわかったようですぐによじ登った。小さな身体がすっぽり収まる、ちょうどいい大きさだ。
「しばらくこれでいいな。身体が大きくなったら、まあそんとき考えるわ」
「身体? 大きくならないよ?」
「なんでだ。子供は大きくなるもんだろ」
「ならん。成長、終わったもん」
今後のことを考えていたリンクスに、マオは不思議そうな顔をした。網目の向こうから覗いてくる顔はリンクスには幼く見えているぶん、子供がわからず屋なことを言っているようにしか思えない。
「いやいや。大きくなったって構いやしないんだって。遠慮はいらんから育っていいぞ」
「あのね、わたし、十七。人間の成長、大体そのぐらいで止まるよ」
子供をなだめるように言うリンクスに、マオはやや冷ややかな視線で言った。それを聞いて、リンクスは飛び上がらんばかりに驚く。
「え、は、ちょ、マジか? どう見たって多く見積もっても十二、三歳だろ!? 十七歳って言や、結婚して子供生む人間もいるんだぞ? ……こんな身体の十七歳って……」
ハンモックに収まる身体は小さく、控えめだ。出るとこ出たナイスバディが好きなリンクスがピクリともしない、ぺたーんとした身体だ。これで結婚可能な年齢ですと言われても、にわかには信じられない。
「差別、変態、悪いネコ! 今すぐイカ食べて耳落ちろ!」
「ごめんごめん。にしても、ひでぇ悪口だな」
リンクスが言わんとすることがわかったらしく、マオは頬をふくらませてリンクスをポカポカ殴った。その顔も仕草も大人とは到底呼べないものだが、子供扱いが嫌なのだということをリンクスは理解した。
「とりあえず、マオの寝床問題は解決したから、仕込みの続きするか」
マオのご機嫌取りはハンモックに任せるとして、リンクスは調理場に戻ることにした。だが、服を引っ張ってマオに引き止められた。
「ねえ、外出たい。外行ってすることある」
「外? 外か……暇だもんな。でも、俺はついていってやれないし、案内なしに歩けるほど森は単純な作りじゃないからなあ」
拾ってから数日、外に出たがる様子もないから考えなかったが、マオが外出したがるのももっともなことだ。だが、ひとりで出歩かせるわけにはいかない。
森には危険生物ではないが獣がいるし、迷子にでもなったら大変だ。
「大丈夫。腰、縄つけて、持ってて。それなら迷子ならない」
「なるほどな。うーん……まあ、それならいいか。あんまり遠くに行くなよ」
貯蔵庫の隅に、薪を縛っておいたりするための縄がある。リンクスはそれを取ってきてマオの腰に、それに続く部分をテーブルの脚に括りつけた。
「いってきまーす。ご飯、たくさん作っててね!」
「はいはい、気をつけて行ってこい」
外に出て動いたら腹が空くという意味だろうか、マオは念押しして出かけていった。それを見送ってから、リンクスは料理を再開する。
スープはできているから、あとは細々としたものを作っていくだけだ。
リンクスにとって、料理の中で一番大事なものはスープだ。スープは、空腹に沁みる。どれだけ弱っていて咀嚼する気力がなくても、スープなら胃に入れることができる。何より、スープで身体が温まると幸せになれる。
だから、スープは一番気合いを入れて作るのだ。
外から帰ってきたマオにもスープが必要だろう。腹ペコになるとうるさいから、一時的にでも静かにさせておきたいにはスープが役に立つ。
食事の用意が整う前に帰ってきたら、とりあえずスープを与えよう――リンクスはそんなふうに遊びにいった子供を待つ保護者のような気持ちでいたから、彼女が連れてきた思わぬ人物の訪問に、度肝を抜かれることになった。