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聖女、はじめてのおつかい3

「え……嘘嘘嘘だろ……」


 男についていってしまったマオを見て、リンクスは激しくショックを受けていた。

 ついていかないどころか、相手にもしないと思っていたのだ。

 だから、男に呼ばれるままついていってしまったのが信じられないし、途端に不安になった。

 

「何でついてったんだろうなあ。あ、何か食いもんやるって言われたのか?」

「いや、どうやら男は自分の店に案内したいようだ。あの身なり、食べ物屋の者ではないだろう」


 ショックを受けているリンクスをよそに、ウルサとレブラはマオと男の行動について予想していた。

 そしてレブラの予想が当たったようで、男はマオをつれて一軒の店の前までやってきていた。


「あ、レブラの予想通り服屋だったな。めっちゃマオちゃんに服を勧めてるわ」

「大きな町で買い付けたものみたいだな。『都会じゃこれが流行ってるんだよ』と言えば、女性の多くが買ってしまうからな」

「でもマオちゃん、いらないって言ってるな。で、今度は服屋の男はなぜか男モノを勧め始めたみたいだぞー。なぜかマオちゃん、真剣に悩んでるっぽいけど」


 離れて見守っていると会話が聞こえないため、ウルサもレブラも自分たちでブツブツしゃべるしかない。ショックでマオから目をそらしていたリンクスは、それを聞いてあわてて視線をそちらに戻した。


「本当だ……何かあの男、彼氏感出しつつ服を勧めてないか? 『どうかな? 俺にはこっちのほうが似合う?』ってか?」


 歯ぎしりしつつ見守るリンクスは、マオが服屋の男にあれこれ服をあてて見ている姿に、さらに腹を立てていた。


「『うーん。お前、似合うこっち』『この帽子、試しにかぶるよろし』などと言っているのだろうか」

「え? マオちゃん、さすがにもうちょっと言葉上手だろ。それじゃ怪しげな異国人じゃん」

「それなら、『こっちを着てみるでしゅ』『この帽子のほうがいくらかお前をマシに見せるでしゅ』だろうか」

「……レブラ、お前の脳内のマオちゃんはどうなってんだよ」


 リンクスが怒り、ウルサとレブラがあれこれと予想して話している最中に、マオは服屋の店員の身体に服を当ててサイズを確認したり、帽子を被せてみたりと真剣な様子で商品を選んでいた。

 女物の服を勧められたときはすっぱり断っていたのに、なぜ男物を真剣に選んでいるのかという疑問が残る。

 だがそれよりも、マオは懐いた相手としか親しく話さないものだと思っていたから、リンクスはショックだった。

 それは、マオが自分以外のことなど眼中にないと信じていたからなのだと気付かされて、そのことも憂鬱な気持ちにさせられる。


「あ、マオちゃん、買い物終わったみたいだな。結構買ったから、服屋の男、めっちゃ笑顔じゃん」

「ふん。だが、あの男は一度もマオさんを笑顔にさせることができなかった。ちょっと口をきいてもらえたくらいで調子に乗らないことだな」

「そんなことより、マオはもう帰るつもりみたいだ。どうする? 先に戻るか?」


 買ったものを包んでもらうと、それを手にマオは脇目も振らずに村を出ていこうとしていた。

 このままでは鉢合わせしてしまうか、それを避ければ無人の小屋に帰らせることになってしまう。


「ふにゃー」

「みぃー」


 どうしようかと男たちがあわてたその気配に、子猫たちが目を覚ました。


「あ、だめだ! ちょっと待て!」


 リンクスが止めるのも聞かず、ポルとカルは籠から飛び出すと、マオのところまで走っていってしまった。

 村を出てちょうど森の中へと入ってきたところで、マオは子猫たちの存在に気がついた。


「ポル! カル! どしたの? パパは?」


 子猫が歩くにしては、小屋からここまではかなりの距離だ。だから何があったのだろうかと、マオは焦って周囲を見回す。

 その姿を見て、リンクスたちは仕方なくマオの前に出てきた。


「よ、用事が終わったから、マオのこと迎えに行こっかってなったんだよ。で、マオのことを見つけたらこいつら走り出しちゃって」


 ははっと乾いた笑いを浮かべながら、リンクスはそんな言い訳をする。だが、マオは疑うような目でリンクスを見たあと、おかしくてたまらないというように笑った。


「三人で迎え? ウルサもレブラも? 変なの」

「いや、こいつらはたまたま通りすがったっていうか……」

「まあ、いいけど。それより、これあげる」

「え?」


 あきらかにリンクスの言い分を信じていない様子のマオは、クスクス笑って服屋で買ったものをリンクスに押し付けた。

 予想していなかったことに、リンクスは目を丸くする。


「町行くとき、耳ぎゅってしてた。かわいそう。だから帽子。服はついで」

「これで、耳を隠せばいいってことか……」


 マオがなぜ真剣に帽子を選んでくれていたのかわかって、リンクスは驚いてしまった。その驚きが去ると、今度は猛烈に照れてくる。


「あ、ありがと……」

「ひゅー! リンクス、よかったな!」

「似合っているな。さすがはマオさんの見立てだ」


 マオがリンクスのための買い物をしていたのだとわかって、ウルサもレブラもニヤニヤした。

 小屋に帰り着くまでずっと、リンクスはニヤける二人に冷やかされっぱなしだったが、幸せな気分のリンクスには、あまりその声は届いていなかった。

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