ヤマネコさん、聖女を拾う2
小屋に連れて帰ると、さっそく山猫は料理を温め直して少女に振る舞った。
ヤマドリの香草グリル、マメとキノコのシチュー、川魚の葉っぱ蒸し、ごろごろナッツのパイ包み、野イチゴジャムのタルトなど、ありったけの料理を。
テーブルにつくやいなや、少女は意識をはっきりと取り戻し、猛然と目の前の食事にがっついた。
「おいおい……胃袋どうなってんだ」
決して獣のように汚い食べ方をしているわけではないのに、テーブルの上の食べ物は瞬く間に消えていく。食べているのは、この少女だけだ。つまり、このほっそりとした少女の胃袋の中に、食べ物は飲み込まれているということになる。
「うまうま、うま!」
「おいおい、女神の翻訳はどうなってんだ。『うま』じゃなくて、『おいしい』だろ」
「? おいしい? おいしい!」
「そうかそうか」
山猫が指摘したいことを理解したのか、少女は少し考えてから今度は「おいしいおいしい」としきりに言うようになった。
その片言じみた言葉遣いと必死に食べる小動物じみた姿に、山猫は早くも愛着が湧き始めている。
客としてではないが、こうして作ったものを誰かに食べてもらって「おいしい」と言われるのは、たまらなく嬉しかったからというのもある。
「シチューのおかわりと、あと硬くていいならパンもあるぞ。客に出す用じゃないから、安いパンなんだ」
山猫の提案に、少女はこくこく頷いて皿を差し出した。ニコニコしていて愛想のいい子だ。こんなに人懐っこいのでは、もし他の悪い奴に拾われていたら大変だっただろう。
シチューとパンをテーブルに並べてやりながら、改めて連れて帰ってよかったと自分の判断に安堵する。
「食いしん坊さん、お前の名前は? 俺はリンクス」
「わたし、マオ。リンクス、ありがと」
「お! 女神の翻訳が仕事したな! もしかして、こっちの食べ物を食べたからか……?」
マオと名乗った少女はリンクスの驚きに首を傾げた。あきらかにしゃべるのがうまくなっているが、本人に自覚はないらしい。ということは、耳で聞くぶんには何ら困っていないということのようだ。
「こういうのを正面切って聞くのも何か変だなと思うんだが、マオは、異界から来たのか? その、いわゆる聖女召喚とかいうやつで」
マオは身体から光を放つのはやめたが、服装といい雰囲気といい、おそらくこの国の人間ではない。かといってよそから来た旅人かと言えば、こんな軽装の旅人はいないだろう。
三角の襟が左右対称についた紺色の上着に、それと同じ布でできた縦に折り目が細かく入った下履きを履いている。
それに真っ直ぐな癖のない黒髪に、黒曜石のような真っ黒な目というのは、なかなか見かけない容姿だ。
「セイジョショウカン……? うん、それ。何か、どっかからか落ちて、光見て、それできれい女の人に%*#&$*って言われて、ゞ〃%*#で、縺薙■繧峨〒逕溘″逶エ縺吶◆繧√?蜉をもらったの」
「は? もしかして、機密事項は翻訳されないようになってんのか……?」
マオは自分の身に起きたことを説明したが、ところどころ聞き取れない部分があった。そこだけ、声ではなく不愉快な音のように聞こえる。
どうやら、召喚の際の情報は漏れないようになっているようだ。
「まあとにかく、マオがよそから来たのはわかった。で、行くところはあんのか?」
リンクスは、あまり深刻にならないように尋ねた。
デリケートな問題だ。不用意に触れて傷つけたくないと思ったのだ。
マオは困ったような顔をして首を振った。
「行くトコない。帰るトコもない。メガミ、わたし落っことしたし、親いないから」
言ってから、マオは「へへ」と笑った。笑うようなことでは決してないのに。
その力ない笑顔を見て、リンクスの胸は締め付けられた。こんな顔を見て、こんなことを聞いて、放っておけるはずがない。
「だったら、ここに住んだらいい。ちっこいお前ひとりくらい、養うのなんて大したことないからな」
拳を握りしめてリンクスは宣言した。その言葉に、マオは目を見開く。
「……いいの?」
「どのみち繁盛なんてしてない店だ。ここに置いて困ることもないさ」
リンクスは大げさに笑って、不安そうなマオの頭を撫でた。
安心しろ、大丈夫だ――そう言ってやる代わりに、大きな手でガシガシ撫でてやった。
そして、山猫リンクスと聖女もどきマオの共同生活が始まった。