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ヤマネコさん、釣りをする2

 水中から出てきたのは、大きな大きな、大きな魚だった。

 影のように見えたのは、それが真っ黒な魚だったから。その真っ黒な鱗が水と木漏れ日の光を受けて、キラキラと不思議な光を放っている。

 人をひとりくらい簡単に飲み込んでしまいそうなほど大きな口をかすかに開けて、魚はマオに向かってパクパクした。


「え? 何? なんて言ってる?」


 リンクスには何も聞こえないが、マオには何か聞こえているらしい。身を乗り出して耳を近づけて、魚の声を聞こうとしていた。

 そんなことをしたら魚に食べられてしまうのではないかと、リンクスは身構えた。マオの脇を持つウルサも、落とすまいと緊張していた。

 だが二人の心配をよそに、魚はしばらく口をパクパクさせると、またゆっくりと水の中へと帰っていった。


「大丈夫か、マオ」


 すぐに安全なところに避難させたいと、リンクスはウルサの腕を引いてマオを沼の水面から遠ざけた。

 冷や汗をかく男たちとは対象的に、マオはケロッとしている。怖がっている様子は一切ない。


「だいじょぶ。さっきの、沼のヌシさん。めがみの気配まとう娘よ、よくあそび、よくたのしめ、だって」


 マオは噛みしめるように、きちんと思い出しながら魚に言われたことをリンクスたちに伝えた。もっと長いこと話していたのではないかとも思ったが、要約するとそういうことなのだろう。


「そ、そうか。とにかく、マオが無事でよかった」

「それってさ、マオちゃんのこと歓迎してるってことじゃね? やっほーい! 間違いなく大漁だな!」


 まだ落ち着かない気分のリンクスとは違い、ウルサは魚のことで頭がいっぱいになっている。すぐに釣り竿をセッティングして、釣りを始めてしまった。


「リンクス、わたしも釣る。魚、食べるの好き」

「おう、わかった。じゃあ、餌をつけてやるからな」


 わくわくした顔でマオが服を引っ張ってくるから、リンクスは心配するのをやめて、とりあえず竿の準備をしてやった。

 釣り糸を垂らすと、すぐに魚がかかった。三人並んで釣っていると、三人が三人、同じように魚がかかる。

 それからは、面白いくらいに釣れた。

 最初のうちは釣り上げて、魚を外して、また餌をつけて……とやっていたのが、そのうちに面倒くさくて魚を外すとすぐに糸を垂らすようになった。

 それでも、不思議と魚はかかるのだ。餌がなくても釣れるし、糸を垂らすとすぐにかかるから、途中からは竿の上げ下げと魚を外すだけのよくわからない作業になってしまっていた。


 持っていったカゴがすべていっぱいになって、一行は小屋へと戻った。

 とにかくたくさん魚が釣れた。だからそれを食べるためには、手分けしてさばいていくしかない。

 リンクスとウルサは自前の鋭い爪があるから、それを使って軽々と腹を開いていく。

 マオは渡された小さなナイフを使って、教えられた通り尻からえらまで刃を入れ、あごの下にも切れ目を入れる。

 

「おっとっと。危ないな。兄ちゃんがやったげるから、マオちゃんはもっと小さい魚をやってな」


 マオがわりと大きめの魚をさばこうとしていると、ウルサが横から手を出してひょいと取り上げてしまった。マオはそれに素直に従って、小さな魚に取りかかる。

 それをそばで見ていたリンクスは、何とも言えないもやっとした気持ちになった。


「何だよ、それ。『兄ちゃんがやったげる』って」

「ああ、すまんすまん。弟妹いるからさ、つい兄ちゃん風を吹かしちゃうんだよ」


 リンクスがムッとしているのに気づかず、ウルサはへラッと笑う。気がつくと、ウルサはさっきからずっと自分のことを「兄ちゃん」と呼んで、なにくれとマオの世話を焼いているのが気に入らない。


「にいちゃん、これやって」

「お、貸してみろ」


 ついには、マオまでウルサのことを「にいちゃん」と呼び始めてしまった。ますます気に入らない。


「マオー、俺は今ね、干し魚にするやつの準備をしてるんだけどなー。この前、マオが喜んで食べたスープは、干し魚が入ってたんだぞ」

「へえ」

「……」


 リンクスは何とかマオの気を引こうとするも、マオはさばいた魚に小枝に突き刺すのに夢中だ。うまくできないのをウルサに手伝ってもらいながら、目をキラキラさせて頑張っている。

 そんな姿を見ると、面白くない気持ちは増す。だが、だからといって楽しそうにしているマオに水をさすようなことはしたくない。

 仕方なく、食事の用意はマオとウルサに任せるとして、リンクスは干物を作る作業に専念することにした。


「リンクス、これ、食べて」


 ウルサが火を起こして、マオがその周りに小枝で刺した魚を並べて、パチパチと焼ける音といい匂いがしてくるのを、リンクスは「ふんだふーんだ」と内心すねて横目で見ていた。

 だが、しばらくするとマオが両手に焼けた魚をいっぱい持って、リンクスのすぐそばまでやってきた。

 差し出された魚はどれもこんがりときれいな焼き色がついていて、とてもおいしそうだ。


「焦げたの全部、ウルサ食べる。わたし、ちょっと焦げたの。リンクス、おいしいのたくさん食べて」

「え……もしかして、俺にくれるために一生懸命焼いてたの?」

「うん。釣りと焼くの、覚えた。これからはリンクスに、焼き魚あげられる」


 魚を差し出して、マオはにっこりした。

 その背後で、ウルサがニヤニヤしている。どうやら、マオがどういった意図で張り切っていたのか知っていたらしい。


「ありがとう。じゃあ、いただくな。――うまい」

「お前にやるぶんだけ、めちゃくちゃ真剣に番をしてたからな。程よい焼き加減で、うまくないわけがない」


 照れ隠しに魚にかぶりついたリンクスは、そのおいしさに感激した。マオが真剣に番をしていたというだけあって、きれいに火が入り、焼き加減が足りないところも焼けすぎたところもない。ちょっと塩の付き方がまばらで味にむらがあるものの、マオが一生懸命やったのだと思うと、それすら旨味に感じてくる。


「うまい、うまいなあ。焦げててもうまい。リンクス、今度から店の看板に『可愛い子が焼いた魚、あります』って書いて貼っとけよ。焦げてても人気が出るぞ」

「やんねーよ。客には出さない。マオが焼いた魚は全部俺が食うんだよ」


 リンクスはマオが自分のために何かしてくれたということが嬉しくて、夢中になって魚を食べた。

 食べているうちに、ウルサとマオが仲良くしているのを見て感じていたモヤモヤは、すっかりなくなってしまっていた。

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