ヤマネコさん、聖女を拾う1
森の中の一角。
赤に白い水玉が浮かぶ可愛らしいキノコがドアに飾られた小屋から、慌てた様子の狩人が二人、飛び出していった。
「……くっそ。また逃げられちまった」
そう言って小屋から出て舌打ちまじりに溜め息をつくのは、すらりとした長身の男。
金茶と栗色が入り交じる変わった髪色をした、端正な顔立ちの男だ。だが何より目を引くのは、男の頭部に生えた三角の耳だろう。
よく見れば、ズボンの腰あたりから長い尻尾も生えている。
つまり、この男は獣人なのだ。
山猫型の獣人は、今しがた狩人たちが逃げ去っていったほうを見て、もう一度深々と溜め息をついた。
山猫は、森の中の小屋で料理屋を営んでいる。
ちょうどいい洞窟を見つけて、それと融合させる形で小屋を建てたから、貯蔵庫を有したいい小屋なのだ。
人里に近い森で暮らすなら絶対に料理屋をやりたいと考えていたから、理想通りの小屋を建てられて満足だった。
ここでこれから、狩人や旅人を相手に、疲れと空腹を癒せるような素敵な店をやっていくぞと期待に燃えていた。
だが、現実はそんなに甘くない。
旅人も狩人も、休める場所を求めて時折この小屋に入ってくる。それを待ち構えて料理を振る舞おうとするのだが、いつもいつも逃げられるのだ。
さっきも二人組の狩人たちが入ってきたから、精一杯の笑顔で「料理は何にいたしましょうか?」と声をかけたら、悲鳴を上げて逃げられてしまった。狩人たちは「く、食われるー」などと叫んでいた。
「食わねーよ。食わせたいんだよ、こっちは」
悲しく呟きながら、山猫は森の中を歩いた。散歩でもしないとやってられない。
歩いているうちに気が晴れて、仕込んでおいた料理を片付けようという気力も湧いてくるだろう。
自分で作った料理はやはりおいしいが、それを食すのもいつも自分だけというのは、どうにも味気ない。
できることなら、誰かに食べてもらって、そして「おいしい」と言ってもらいたい。
「お……?」
ぷらぷらと行く宛もなく歩いていると、ふと不審なものが目に入った。
「人が、倒れてる。女の、子供か……?」
木の根の上に横たわっていたのは、人間の少女だった。小柄で、肉付きはあまりよくない。子供と言い切るほど小さくはないが、成人した女性ではありえない。ぺたーんとした身体だ。
「しかも、光ってる。ってことは、聖女か?」
この国では、王宮や神殿などが積極的に聖女召喚を行っている。異界から招かれるという彼女たちは、持っている知識や力でこの国に恩恵をもたらしてくれるのだという。
だが、聖女ならば王宮や神殿の敷いた陣の上に出現するはずだ。それなのにこんな森の中に落ちているのはおかしい。
「……うう、腹ペコ」
「なに?」
「ペコペコのペコ」
「あちゃー……」
少女は薄目を開けると、突然言葉を発した。しかし、意思の疎通は図れそうにない。
これはあきらかに召喚に失敗したか、ついでに呼び寄せられたのだろう。
きちんと召喚された存在なら、女神の加護により言語の問題はなくなっているはずだ。聖女は異界から来てすぐにこちらの言葉を理解し、周囲も聖女の言葉を理解するのだが、それは聖女召喚に力を貸す女神の加護だと言われている。
「ペコ……」
「わかったわかった。連れて帰って食わせてやるからな」
王宮や神殿に引き渡すわけにはいかないし、放っておけば野垂れ死ぬだろう。
見知らぬ、縁もゆかりもない人間とはいえ、近所で死なれるのは何だか嫌だ。
それに、食べ物ならそれこそ売るほど用意しているのだ。
腹ペコの聖女もどきに食べさせてやっても、何も困らない――そう思って、山猫は少女を抱きかかえて小屋へと引き返した。