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転生したらイージス艦でした  作者: ふぉれむ
6/10

「大和の処女航海」

 自分達の名前を決めるだけに長々と通信をしていた様な気がしたが、実際にはほんの数分しか経過していなかった。思考もAIとして意図せずに随分と高速化されている様だ。勿論戦闘に成ればそれ位で無ければ対応に遅れが出る。完全無人艦の利点は人間の逡巡する思考の間隙を埋める為に開発されたと言う経緯もあるのだから。基地との通信、つまり生身の人間との通話は当然何時も通り。艦隊内通信で夕張さんと会話をしている時には全く意識して居なかったがかなり高速で会話をしていた。生身の感覚で三十分位は会話をして居たと思っていても実際には数分しか経過していないのだった。

 現在時刻、午前九時五十七分。呉基地練習艦隊司令部との通信を終えてからまだ四分も経って居なかった。定刻迄余裕がある。オレと夕張さんはもう一度機関、兵装等の確認を行う。全システム異常なし。人格AI異常なし、統合制御AI異常なし。そして夕張さんはこれらのチェック項目に加えて、燃料搭載量、異常なし。

 呉基地練習艦隊司令部に対して通信を開く。時刻午前十時二十分。

 「大和、並びに夕張、全システム異常なし。指定時間まで待機に入ります。」

 「こちら司令部。大和、了解。夕張、了解。別名ある迄待機。」

 今回の基地からの通信は音声のみで海将補が顔を出した時の様な映像通信では無かった。必要が無いし、あの時が特殊だっただけでこれが平生の通信なのだろう。

 大和の光学カメラで周囲を確認してみると、大和、夕張が係留されている桟橋の二つ隣に大型の石油タンカーに似た船と夕張よりも二回り小さいやや旧式に見える艦が視界に入る。対水上レーダーを確認すると、それぞれ補給艦近江と練習支援艦天龍である事が表示されていた。言うまでも無く友軍艦艇を示す青い矢尻のマークが光って居る。その船の存在自体は昨夜から気が付いて居たが、友軍艦艇であるという情報以外は表示されて居なかった。オレの方でも興味が無かったので、あえて情報をリクエストする事もしなかったのだ。

 その二隻に対して夕張さんはどうしたのだろうか。艦隊内スーパーリンク、通称隊内リンクを使用して夕張さんの行動データを呼び出してみる。夕張さんも昨夜の時点で近江、天龍の二隻に気が付いて居た。そして、基地に対してその二隻がいつからそこに居たのか、というデータを要求して居た。返答は三日前のヒトハチサンハチに入港接岸、との事。夕張さんもそこで興味を失ったらしい。

 ちなみにオレが夕張さんの行動を監視する様な、通信の覗き見の様な事が出来るのは、大和が旗艦、夕張が随伴艦であって上下関係がはっきりしているからだ。無論夕張さんの方でもオレから一方的に情報提供を求められた事は解るようになっていた。それが何か問題のある行為であったとしたら、すぐさま夕張さんから別途通信が入るだろう。隊内リンクは反対に夕張さんの方からの情報請求にも使用できるが、その場合、情報を開示するか否かは大和の方に権限がある。しかし、オレが起動してからわずか一日余りと短い所為も有るだろうが、夕張さんの方から情報を要求された事は無かった。単純に夕張さんの方が多く情報を持って居るからだろう、と予想が付く。

 「大和、こちら補給艦近江。」

 ヒトヒトヒトゴ、午前十一時十五分、補給艦近江から通信が入る。中年男性の声だった。

 「こちらDDG大和艦長、大和ミコト二等海佐です。」

 大和が艦長として対応する。映像はない。純粋な音声通信だった。

 「感度良。」

 「近江艦長、豊郷忠司二等海佐です。今時訓練に於いて補給任務を担当致します。バックアップはお任せください。」

 階級は同じでしかも年上であるにも関わらず丁寧な物言い、落ち着いた声音。実直に実務を熟して来た人物だろう、と感じさせる。

 「はっ。宜しくお願い致します。」

 こちらも、常識的な返答を最低限の言葉で返す。必要最小限の通信に留めよ、との命令を忘れては居ない。大和の随伴艦である夕張は通信に割り込んで来ない。無論聞いているだろうが。補給艦近江からの通信は基地の通信システムでも、艦隊内通信でもなく海上自衛隊で通常時に使用されている通信だった。つまり電波が届く位置にいる艦艇であれば受信可能な会話という事だ。公共の場での挨拶に等しいだろう。

 通信モードが変わる。通常通信から一対一の通信。指向性を持たせた電波に、暗号化もされている機密性の高い通信だ。

 「女性艦長だとは聞いていましたが随分お若いですな。」

 嫌味を言って居るのでは無いのは口調で分かった。雰囲気的には感心している感のある声だ。

 「はっ。若輩者で在りますので訓練を通じ、御指導ご鞭撻の程、改めてお願い致します。」

 これまた常識的で必要最低限の社交辞令。ただし、言葉には熱意を込める様に努力はした。

 「はっはっは。そう謙遜するもんではない。その若さで最新鋭イージス艦を受領したその技量、期待している。それでは。」

 呵々大笑、と言って良いだろうか。それとも豪放磊落か。

 「声の大きな方ですね。」

 オレと豊郷艦長の通信を、大和を通じて聞いていた夕張さんの感想がこれだった。そしてそれだけだった。

 ヒトヒトゴーマル、午前十一時五十分。呉基地練習艦隊司令から四隻に向けての通信。

 「大和、夕張、近江、天龍各艦。司令部より達する。現時点を以て四隻に依る第十八訓練護衛艦隊、カッコ仮を編成。ヒトフタマルマルよりの訓練航海に当たれ。」

 通信担当の青年士官のなのだろう、何度か聞いた覚えのある声で命令が下る。大和以下、各艦より「了解、艦隊を編成する。」の返信。「旗艦は大和とする。」と命令が付加される。そんな中。

 「カッコ仮?」

 という夕張さんの不満そうな声が、艦隊内スーパーリンクを通じて大和にだけ聞えていた。今回、大和、夕張、近江、天龍の四隻で艦隊を組んで居ても、艦隊内スーパーリンクはAI搭載の完全無人艦のみに搭載された規格である為に近江、天龍には聞こえていなかった。夕張さんは何か気に入らない事が有る様だったが、司令部からの下命に従い、手順に則って返答をする。

 「こちら大和。第十八訓練護衛艦隊カッコ仮旗艦として訓練を行います。」

 敬礼、の心算。

 ヒトフタマルマル。定刻通りに訓練開始。埠頭の担当者が係留していたロープを外す。舫綱を解いた瞬間が正式な船の出航時間となる。逆に、舫綱がボラード、港にあるあの先の曲がった巨大な杭に繋がれた時点で、航海の終了となる。たとえまだ船が動いていたとしても。

 先ず天龍がタグボードに曳かれて埠頭を離れる。呉基地に限らず、艦船の数に対して港に直接停泊出来る場所が足りていない。埠頭に接岸した近江の隣に係止されていた天龍がまず動かない事には近江が動けない。そして天龍が最初に動くのにはもう一つ理由があった。後の三隻に先んじて他の商船も行き交う水路まで出て待機しU旗を掲揚する。貴船の進路に危険有り、の意。この場合の危険とは大型の護衛艦が近づいている事を示していた。

 天龍に続くのは夕張。夕張もまた大和に係留されていた形に成るので先に動かないとオレが動けない。舫が解かれて大和から夕張の船体が離れていく。夕張にはバウスラスター、船首近くに横方向へ動ける様にスクリュープロペラが付いて居る為タグボードの助けは要らない。大和からゆっくりと離れながら回頭。大和もそれに続く形で出航する。大和の場合はバウスラスターより更に特殊で、通常のスクリュープロペラではなく、アジマススラスター、簡単に表現すれば三百六十度首振りが出来るサーキュレータが船首付近に一基、船尾付近に二基装備されている。このアジマススラスターのお陰で、大和は真横に移動する事も出来るしその場で回頭する事も、船首の向きを変えずに斜めに進む事さえ可能だった。最後に補給艦近江。近江は大和よりは軽量であるがそれでも補給艦として必要な大きさを備えている。タグボード二隻の助けを借りる必要があった。呉港を出港後、夕張を先頭に、大和、近江、殿に天龍と続く単縦陣にて瀬戸内海をゆっくりと進む。瀬戸内の海は島も多い上に一般の商船の往来も多く、その上潮流が複雑とあって慎重に進まざるを得ない。江田島を左手に見ながら北北西に進路を取ると正面に広島の街が見えて来る。江田島の北端で左に舵を取り似島との間を抜け正面に宮島を見る。この辺りは商船もさることながら、漁船も多い。そればかりか牡蠣養殖の筏も多い。細かく進路を調整しながら南下。房予諸島を抜けると伊予灘に入り多少は余裕が出来る。最後尾の天龍より入電。

 「右舷二点に海上保安庁の巡視船、PM35視認。距離500。」

 右舷二点とは船首方向から右に二十二・五度の角度。一点、二点と言うのは船ならではの表現で一点が十一・二十五度という中途半端な角度である。その由来は古く十三世紀のヨーロッパまで遡ると言うが詳しい事は知らない。だが独特で解り難い表現である事は間違いなかった。オレも自分の目で確認。停船してる様だったが巡視船が船尾の国旗を一度下げ、また掲揚。態々敬礼してくれたのだった。海上保安庁の船が海上自衛隊の艦に敬礼をしなければならないという事は無い。民間の船であっても慣例としての敬礼として船尾の国旗の下げ揚げをする事はあるが義務ではない。特に瀬戸内海の様に船の往来も多く、自衛隊呉基地の近い海域ではいちいちやって居られないのが実情であった。それにも拘らずの敬礼に返礼しない訳には行かないだろう。旗艦として大和の船尾、日章旗を一度半旗にして返答。次いでU旗W旗を掲揚。意味は航海の安全を祈る、だ。

 伊予灘を西南西へ、佐多岬を目指す。太平洋へ出るにはこの難所を通らなければならない。しかしこの難所こそが呉が鎮守府として選ばれた理由でもあった。太平洋側から船で攻め込むにはこの海峡が要害となり守るに易く、攻めるに難い。同じく日本海側からは下関がその役を果たす。今となっては海上輸送の要衝となっているが、通行する船が多い事もあり事故も多い海域だった。

 先を行く夕張さんから通信。大和だけでなく、近江、天龍を含む艦隊全体への音声通信。

 「これより速吸瀬戸へ入ります。現在満潮の時刻ですがこれから潮流が早まりますので各艦注意してください。」

 速吸瀬戸は別名豊予海峡とも言い、その先の豊後水道と合わせて潮の流れの早い事で有名だ。その流れは最高で六ノット、時速で言えば十キロを少し超える程度だが、地面を走る十キロと十キロの流れの上を船で走るのとはまるで違う。速度の遅い大型のタンカーだと最高でも十ノット程度しか出せない。海流と逆に進もうとしても殆ど停まっている様な状態になる。逆に流れに乗ると通常の倍近くの船足になる計算だ。そして狭い瀬戸は流れが速いだけではなく複雑にもなる。船乗りにとって気を抜けない海域である。もっとも、その早い潮の流れで鍛えられた関鯖、関鯵がブランドに成ってもいるのだが。速吸瀬戸を抜けるとその先に愛媛県、高知県と大分県を結ぶ複数のフェリーの航路があるが今の時間はレーダーに反応は無い。豊後水道を抜けるといよいよ太平洋へ出る事に成るがオレは違和感を感じ始めていた。違和感と言うより不快感か。

 大和のレーダー、ソナー、通信機器その他システムに異常は無い。波は少し高くなって来ただろうか。

 「こちら夕張。大和さん、船体の姿勢が不安定になっている様ですが大丈夫ですか?」

 夕張さんから隊内リンクでの通信。気が付くと船首が針路に向かってやや左に傾いていた。船は上下左右だけではなくあらゆる方向に揺れる。船体がねじれる様な揺れや船首が円を描く様な揺れ等、およそ考えられる方向全てへ揺れる。大和も船体を安定する為に船体にフィンスタビライザーと言う羽根の様な装備があるが、それ程速度も無く波も高くない今は水の抵抗を減らす為に収納されていた。

 「こちら大和。大丈夫です。」

 そう応えた物のふわふわとした感覚が抜けず意識が定まらない。不快感は増すばかりだった。

 「大和さん、処理能力が低下しています。矢張り船体が安定していません。無理をしないで下さい。」

 夕張さんの声が遠い。無理ってなんだ?急に坂道を降りた様な感覚、すぐに横に振られる様な幻覚。観測機器のデータではそれほど揺れていない筈だった。

 「大和さんっ。」

 声は聞こえるがうまく返答が出来ない。通信機器にも艦隊内スーパーリンクにも異常は無いのだが。

 「緊急事態に付き操艦をこちらで預かります。」

 夕張さんの宣言に旗艦大和として同意。それと同時に船体が安定するが、酷く体が揺れている感覚は抜けない。不快感は更に増していた。

 気持ち悪い・・・。人間では無いのに。AIなのに。内臓も無いと言うのに。これは、この症状は。

船酔いだった。

こうしてオレは日本で初の、そして恐らく世界で初の、船酔いになった無人艦になった。

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