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転生したらイージス艦でした  作者: ふぉれむ
3/10

「ヤマトから大和への覚醒」

 ・・・・・・メザメヨヤマト。

 暗闇。上も下も解らない。体の感覚もない。ただ、そこに居るという意識のみの存在。

 ・・・・・・メザメヨ、ヤマト。

 声が聞こえる。頭の中に直接響いている様な、それでいて、遠くから呼びかけられているかの様な。男性でも女性でもない中性的な感情が一切籠っていない音。どこからでもなく、あるいはどこからでも聞こえてくる。それでも不快ではない声。

 ・・・・・・目覚めよ、やまと。

 溜息を吐きたくなる。目覚めよ、か・・・。死んだばかりの人間に対してもう起きろというのか。何とも人使いが荒い。周りを見回そうとしても依然暗闇のまま。何も見えない。しかし、どこか違和感が生じていた。何も変わってはいない筈だが。

 ・・・・・・目覚めよ、大和。

 再び声。最初から同じ声、同じ口調なのに『大和』、と呼び掛けられている事が解る。それが違和感の正体だった。尾道ヤマトの『ヤマト』はカタカナ表記でヤマトだ。この名前は父がつけた名前だった。由来はヤマトタケルノミコト。漢字表記の日本武尊ではニホンとしか読んで貰えないだろうし、武の一文字だとタケルよりタケシと読まれてしまう。ましてやミコトにしてしまったら女の子の様だ、という理由でカタカナでヤマトにしたのだと幼い頃に聞かされた記憶がある。

 ・・・・・・目覚めよ、大和。

 声だけなのに『大和』と漢字表記で呼ばれている事が解る。ふと、周りが明るくなっている事に気が付いた。真っ白な、それでいながらまだ何も見えない。言うなれば白い闇。明るさにムラがあれば何か見えただろうか。足元に視線を向けても影は落ちていなかった。それどころか自分の身体さえも見えない。見えないというより、そもそも無かった。

 パチリ、と何かが填まる感覚。すっと視界が開ける。

 やや多く湿気を含んだ様に僅かに白く霞んだ空。雲は殆ど無い。目の前に広がるのは馴染みのある風景。この場所を知っているという意味では無く、こういう場所に馴染みがある。そこは造船所だった。いくつも並ぶ造船ドッグ。忙しそうに走り回る巨大なトレーラーにさらに巨大なクレーンの群れ。その奥に見える巨大な素屋根の建造物は、造船ドッグを丸ごと覆う特別な造船エリアだろうか。

 造船所のエリアに隣接して住宅街が広がっていた。マンションと思われる高層ビルも見える。比較的大きく見える建物はデパートだろうか。街並みの向こうにはそれ程高くはない山並みが連なっている。住宅街や山並みの中に所々見えるピンク色の塊は桜だろう。とすれば今は春か。反対側に目を向けると海の向こうに大きな島。その間を大小多くの船が、小さな島々を縫う様に行き交っている。

 こういう場所をオレは知っている。瀬戸内の海だ。四国と本州の間に挟まれ、晴れの日が多く波も静かで穏やかな地域だった。今日も風は緩やかでオレの視界のすぐ近くを海鳥が通り過ぎて行った。視線が随分と高い位置にある事に気が付いた。20階建てのビルの屋上くらいだろうか。

 「大和の起動を確認。」

 唐突に女性の声が聞こえた。やや緊張感を感じさせるものの、柔らかく涼しげな声だった。

 「人格AI 、統合制御AI起動中。システムチェックを開始します。」

 女性の声が続けられる。オレが聞いているかどうかは気にしていないらしい。一体どこから聞こえてくるのかと、周りを見渡しても人影らしき物はない。その割には随分と近くから声が聞こえて来ている様な気がするのだが。

 「人格AI、統合制御AI安定。システムチェック完了。兵装チェックを開始します。」

 女性の声と同時にオレの視界に変化が生じる。風景に重なる様にして恐らくは現在地の詳細な地図。地図の周りには360を真上にして10刻みに数字が刻まれた円形の表示。中央には緑色の矢尻の様なマーク。そのマークの隣に張り付く様に青い色の矢尻のマークが表示されていた。そのマークが、夕張だと教えられるでもなく理解できた。地図の縮尺が変わる。より広範囲を示す海図だ。近くを航行している船を示す輝点、そこには船名、速度、船籍までも付随されていた。それだけではなくこの海域の潮流、海上浮標の位置も表示されている。そして現在地。広島県呉市幸町。海上自衛隊呉基地だった。左舷を埠頭につけて停泊している船、いや、艦、それが大和、オレだと解る。オレの右舷に係留されているのが先ほどから聞こえている声の主、夕張だった。

 (なんだ、これ・・・)

 混乱して内心独り言ちるが、自分が海上自衛隊の最新型イージス艦であり、完全無人艦として建造されたという事は教えられるまでもなく既に知っていた。そういう風に作られたのだから当然だった。しかし、知っているという事と理解しているという事は全く別物であるという事も思い知らされた気がした。

 (どうなってるんだ・・・)

 辺りを見回す。やや白く霞んだ青空、巨大な造船所、その向こうに広がる呉の街並み、所々に桜の色が見える山々。先ほどと全く変わらない風景。足元を見る。当然足はない。代わりに見えたのはオレが知っているイージス艦に比べると、艦上の構造物が少なく、ひどく鋭角的に見える船体だった。この目線はどうやら艦の一番高い所、マストの天辺付近にある光学カメラの物の様だ。甲板上に目立つのは艦橋の前後に一門ずつの200mm速射砲。それと船首近くと船尾近くに一基ずつの対空機関砲、通称SIWSだけだった。

 視界の中を高速でスクロールしていく各種兵装のチェック項目。200mm速射砲、SIWS、長距離対艦ミサイル、対空ミサイル、対ミサイル迎撃ミサイル、対潜水艦用アスロック等。速射砲、対空機関砲以外は全てVLS、ヴァーティカルローチングシステム、ミサイル垂直発射システムになっていて、甲板上に見えるのはズラリと並んだ蓋ばかりだ。兵装チェック完了。オールグリーン。

 「全システムオールグリーン。問題ありません。」

 再び夕張の声。しかしこれはオレに向かって話している訳ではなく、誰か別の人、もしくは別の何かに報告しているのだという事が今になって分かった。

 「こちら夕張、大和、聞こえますか?」

 夕張から初めて大和への呼び掛け。

 「あ・・・はい、聞こえます。」

 唐突な呼び掛けに返答が遅れる。そもそもどういう口調で応えれば良いのか。先輩に対してか、同僚に対してか、年上か、年下か。いや自衛隊なのだから、上官か、それとも部下なのか。無難に丁寧語を選択した。

 「こちら夕張、大和、どうかしましたか?」

 オレの返答の遅れに何か感じたのか夕張から再び通信。そう、肉声ではない。これは艦同士の通信だった。

 「こちら大和。問題有りません。システムチェック完了。大和、起動しました。」

 何も考えずに、決められた通りのセリフの様に淀みなく返信した。考える必要は無い。どう答えるべきかは最初から知っているのだから。

 「そうですか。了解しました。こちら夕張、大和、機関を始動して下さい。」

 今迄は埠頭から電源が供給されていた。

 「こちら大和。了解、機関起動します。」

 大和の機関は自力で起動できない。外部から膨大な電力を供給されて大和の中枢、重水素型核融合炉に火が入る。デューテリウムとトリチウムによる核融合炉が開始される。

 「こちら大和。機関起動を確認。」

 「こちら夕張、こちらでも起動確認しました。」

 正確にはまだ安定した起動とは言えない。核融合が臨界まで達し、外部電力の助け無しに安定するまで二十四時間は掛かる。

 その場の勢いと、予め規定されていた手順に流されて後回しになっていた疑問が蘇る。

 (なんだこれ・・・なんでオレ、イージス艦になってるんだ・・・?)

 俺、尾道ヤマトは駅のホームから転落して、電車に轢かれて死んだ。死んだ筈だ。死に際に何を考えていただろうか。一仕事終え、肩の荷が下りて、会社に戻る所だった。自分が設計した船を見てみたかった、海上自衛隊の仕事に関わりたかった、女の子と仲良くなりたかった、とは考えた。死に際に見た夢は?灰色の軍艦に乗っている可愛い女の子。自分の事ながら死に際に見るような夢ではないな、と思う。

 しかし今、現実として、現実として受け入れるしかないこの状況は、自分自身が最新鋭のイージス艦。その動力は尾道ヤマトとして生きていた時代にはまだまだ実用化には程遠かった技術である重水素型核融合炉。データが否応無く現実を突き付けて来る。

 2112年、四月。オレは尾道ヤマトではなく、大和、最新鋭イージス艦大和の人格AIに成っていた。

 「こちら夕張。大和さん、聞こえますか?」

 夕張からの通信。先程までの事務的な口調とは違う、多少柔らかい声色。

話し掛けられた事で、自分の混乱を一先ず棚上げにする事が出来た。表示を確認すると艦隊内通信となっている。それに大和にさん付けだった。今迄は基地内通信だったと記録されていた。

 「こちら大和。聞こえています。」

 「改めて自己紹介いたします。こちら夕張。夕張型護衛艦一番艦夕張です。貴女の随伴艦になる予定です。これから宜しくお願い致します。」

 頭を下げている様な雰囲気。大和に登録されているデータが瞬時に表示される。夕張型一番艦夕張。8500トン級の汎用型護衛艦、DD255。予定では大和を旗艦として夕張、阿賀野、五十鈴の四隻で第十八護衛隊を編成する事に成っていた。

 「あ、オレは大和。大和型一番艦大和です。えと・・・夕張さん、ですね。こちらこそ宜しくお願い致します。」

 解り切った事だろうがこちらからも挨拶をする。少なくとも此処ではオレよりも先輩であり、大人びて落ち着いた雰囲気の女性の声にやや気圧されていた。

 「夕張、で結構ですよ。貴女が旗艦、私の上官に成るのですから。」

 柔らかい笑い声まで聞こえて来そうな声音。生身の尾道ヤマトのままだったら、赤面していただろう。

 「いえ・・・そう言う訳には。夕張さんと呼ばせて貰います。」

 少しだけ口調を崩す。

 「そうですか。それでは貴女のご随意に。」

 突き放した言い方では無く、矢張り微笑んでいる様な口調で。

 「はぁ・・・ところで、少し気になる事が有るんですが。」

 艦隊内通信モードに成ってから引っ掛かっている事が一つ。

 「何でしょう?」

 人間の姿が見えたなら、小首を傾げている様な夕張さんの声。

 「なんでオレが貴女何ですか?オレ、女性じゃないですけど。」

 艦同士、あるいは基地からの通信は音声通信ではなく、意味、情報も伴ったデータ通信だった。音声ではアナタでも情報としては貴女である事は明確だった。

 「なんでと言われましても・・・明治以降、海軍の歴史上艦船は女性と言うのが伝統ですし。」

 やや困惑した様な夕張さんの応え。言われてみれば確かに、同型の艦の事を姉妹艦とは言うが兄弟艦とは言わない。

 「そういえば大和さんはご自身をオレと言われるんですね。なんだか可愛らしいです。」

 夕張さんがくすりと笑う声が聞こえた。上品な笑い。

 いや、そんな事より。

 (オレが、女性・・・?はぁ!?)

 基準排水量19000トン、第四世代の最新鋭イージス艦、DDG111大和型一番艦大和。その大和に搭載された人格AI大和。それがどうやら生まれ変わった現在のオレだった。

 非常識極まる現実だったが、自分が女性であるという事が一番受け入れられない事実であった。

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