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人ならざる者に与えた優しさとその代償③

 数年の時が過ぎていく。


 数千年を生きてきたリディア達からすると、たった数年など疾風の如く過ぎ去る価値のないもの――ということはない。


 もちろん目新しくないことや興味の無いことなどは早く過ぎ去っていく。


 だが、大事に思うことは日々が刻まれるように経っていくのだ。


 リディアの住居は、文明が始まり、終わりを迎える度に各地を転々するが、毎度森の中で、質素な丸太小屋であることが多い。


 今回も、森の一部を切り開いた場所に丸太小屋と庭を作っていた。


 森の奥深くであるため、そうそう人はやってこれないだろう。


 だけれど、今はリディア一人という訳ではない。


 適当に切って作った丸太の椅子に座りながら、小さな子供を抱いていた。二歳ほどだろうか、ふっくらとした身体付きをした健康そうな子供だ。


 食事を終えて、眠くなったのかリディアの腕の中でぐっすりとしている。


 しかし油断するといつの間にか起きて、勝手にどこかに行ってしまうから困ってしまう。それもスキルを扱うこともあるから、大変だ。


 どうにもリディアの子供は特殊なスキルを往々にして所持しているため、毎度かなり手がかかるのだ。


 そんな子供の周りを何人かの妖精が静かに飛び回る。一人がその子供の頬をぷにぷにと触り、その柔らかな感触に満足気に微笑む。


 《やんちゃさんは、おねむのようですね》


 「この時期はいつもこのくらい静かにしてくれないかなあ、って毎度思うんだけどねえ」


 《午前中は大乱闘でしたからね。一瞬、目を離した隙に消えてしまうからビックリします》


 「比喩表現じゃないのが恐ろしいんだよね……」


 リディアが苦笑してしまう。


 本当に、文字通り一瞬目を離すといなくなってしまうのだ。


 この子は『間隙』という統合スキルを所持しているらしい。特殊な隠密系スキルのようで、認識されていない状態だと、隠密性が著しく上がるのだ。さらにその間、速度上昇の効果までつくから厄介極まりない。


 『一度、『スキル浄化』で消してしまうのも手では? 適性年齢になった後に再度スキルを与えるべきかと』


 そう言うのは丸太の椅子に座るティターニアだ。背筋を伸ばし、優雅に紅茶を嗜んでいる。いつも纏っている燐光は子供が寝ているので、本日は弱めである。


 ティターニアは、数年前から一ヶ月に一、二度くらいの頻度でくるようになったのだ。


 リディアはティターニアと面識はあれどほとんど絡みがなかったので、やってきたときは困惑したものだ。けれど彼女はすぐさま簡潔明瞭に『人間の心情を学ぶため』と素っ気なく言い放ってくれたので、納得することが出来た。


 そう行動するに至った理由は頑なに教えてくれなかったけれど。


 リディアは、首を傾げて唸る。


 「うーん、それは止めた方が良いんじゃないかなあ。ティターニアの『スキル創造』って大気魔力の集積情報内から目的のものを摘出するんだよね? たぶん、そのせいで不純物も多いんじゃないかな。もしかしたら、同じスキルでも今ほど上手く扱えなくなる可能性もあると思うんだよね」


 『その可能性もありますね。『スキル創造』によるスキルは扱い辛いということが多いようでしたから。……ですが、消すことだけでも考えるべきでは。子供の安全を考えるのも『親』として大切なことのではないでしょうか?』


 「おっ、痛いとこつくねえ」


 リディアは楽しそうに笑う。


 「確かにその通りだけど、有用なスキルを持って大きくなれば、その分、生存率も上がると思うんだ。それに最近では、フラワー達の目が活躍してくれてるし」


 ちなみにフラワー達は家事なども覚えてくれている。非力であるから、出来ないことも多いが、それでもリディアは助かっていた。


 『なるほど。先のことを考えてのことなのですね。対策も出来ていると』


 「……あと幼児の時間より、大人でいる時間の方が長くて大変だからね」


 『……大人は大変なのですか?』


 「責任とかやらなきゃいけないことが確実に増えるからねえ」


 『具体的には――』


 と、ティターニアが質問を重ねようとするとリディアの腕に抱かれた子供が身体を揺すりながらぐずりだしてしまった。


 ティターニアはそれを見て、首を傾げる。確か、こういう時はこちらが『五月蠅かった』と考えて良いのだろうか。


 《マスター、シー!》


 どうやらそれは正解だったようで、一拍遅れて妖精――もといフラワーが唇に指を当てながら近くまでやってきた。


 すでに静かにしていましたよ、と言いたかったが、それでは色々と矛盾してしまうことに気付く。そのちょっとしたもどかしさに、なんとも言えない気持ちになってしまう。


 こういう時に『念話』などのスキルを使えたら良いのだが、残念ながらティターニアは汎用的なスキルを全く使えなかった。


 ちなみに『スキル創造』でスキルを創って自分に与えても、どんなものでも使うことが出来ない。


 ティターニアは、むむむっ、となんとも言えない強張った顔をしながら、ウッドテーブルの上に並んで立つフラワー達の背を見つめる。


 フラワーの一人が、ピッと片手を挙げた。


 《これから『ウェイト』のお気に入りの子守歌を歌います!》


 「どうぞよろしく」


 リディアが快く促す。どうやら最近ではいつもやっていることらしい。


 《それでは――》


 そうしてフラワー達が合唱を始める。


 ゆったりとして静かな旋律だ。五月蠅くなく、耳に心地良い音色が染み入ってくる。合唱と言うけれど声量は大きくなく、声を重ね合わせることで美しさを追求したものだった。


 ――妖精は全てが同一体だ。それ故に『合わせる』ことが何よりも上手なのだろう。


 フラワー達の歌を聞いて、ティターニアはよく分からないけれどなんとなく良い物だなと思う。


 どうやらリディアの子供――ウェイトも同じようで少しずつ落ち着き、またすやすやと寝息を立て始めた。


 それを見たフラワー達は合唱をやめて皆で静かにハイタッチをする。


 そのうち一人がティターニアの元へやってきて、小さな手の平を差し出して来たので人差し指をちょんと当てて応える。するとフラワーは嬉しそうに微笑むと飛んで行った。


 ……これはよく分からないが、何か上手く行ったときに行う儀式のようなものだろうか。


 うーむ、とティターニアは悩むが生憎と今はウェイトが寝静まったばかりなので質問は出来ない。


 まあ、時間はまだまだ飽きるほどあるので焦る必要はないだろう。


 そう思いながら、ティターニアは紅茶を優雅に飲むのであった。ちなみに紅茶は、やや渋めだが良い香りがした。悪くはなかった。

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