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ゆがみ

 夜が更けて、町は少しずつ鎮まり返り、城も闇に吸われるかのように静謐さを増していった。


 俺は相変わらずの犬の姿で、城を闊歩していた。報連相がしっかりしていたためか、城に入る時も入った後も見咎められることはない。


 (道の真ん中を歩いて、気分は王様気分だぜっ。たまに会う人も、スッと避けてくし)


 《ぶっちゃけ関わりたくないのが本音だと思う》


 もう! そういう本当のことは言わないのっ。


 さて、王様気分も程々に俺はリディアの居場所へと向かっていた。


 何気に襲撃開始から今の今まで顔すら会わせなかったな。ほぼ丸二日会わないのって今までなかったんじゃないかな。


 本当の最初の最初――俺がこの世界に生まれた時から毎日会っていたし。


 あっ、ちょっと心がドキドキしてきた。ラフレシアのことも考えるとお腹に幻痛も感じる。


 カマル王子に、リディアの居場所は聞いていた。何でも、ウェイトさんのところにいるんだって。


 ……あの人、リディアのこと殺そうとしているそうだけど、大丈夫なのかな。


 (そういえばラフレシアってあの二人の関係って知ってる?)


 《まあ、一応。リディアの味方かな、基本的に》


 (でもタイタンは『敵』としてウェイトさんに、手を出さない感じ?)


 《リディアを殺そうとしてくれているからね。この世界で唯一無茶してもリディアに殺されない貴重な存在だし、かなり特殊な力を保持しているから手を出せないの。でも、その重要なリディアの魂を私達に回収させないようにしているから、必ずしも得があるわけじゃないけど》


 えぇ、なにそれ気になるー。このままラフレシアに聞いてもいいけど、本人に直接聞いてみようかな。


 ウェイトさんの部屋の前につくと、俺は扉に軽く体当たりをして、唸る。


 「うー」


 ――中から話し声が聞こえてきて、止まったのでもう一度、体当たりして唸ると、誰かの歩いてくる音がする。雰囲気的にウェイトさんかな?


 扉が開くと、執事服の紳士な人が姿を現した。ビンゴだ。


 「おや、貴方は……」


 「うー」


 「アハリちゃんかなん?」


 扉の奥に、椅子に座って背を向けていたリディアがいた。振り返って、笑顔で手を振って来るので、尻尾を振ってみた。


 「なるほど、ずいぶんと可愛らしい姿で。どうぞ」


 「うー」


 どうもー。


 ウェイトさんが隙間を空けてくれたので、そこから中に入っていく。パタパタと一直線にリディアの下へ向かう。


 (久しぶりー)


 「大体二日ぶりだねえ。……にしても、色んな姿になるね、アハリちゃんは」


 苦笑しながらも、近くに寄ったら頭を撫でてくれたよ。ふふっ、つい撫でてしまうほど俺は可愛いらしいなっ。


 (そういえばさっき、そこにソースと油ついたから気をつけて)


 「えー」


 時すでに遅し、リディアの手には程よくソースと油がついてしまう。変態だけど何気に育ちの良いのか、すぐさま机にあったナプキンで手を拭い……ついでに俺の頭も拭かれた。


 「……むっ、よく見ると食べこぼしっぽいものがあるね。――ミアエルちゃん……はまだ目が覚めてないらしいし、誰か小さい子、乗せてた? それかアハリちゃん自身が食べられそうになってたとか」


 (俺に調味料をかけて上品に食べようとする奴なんてこの世にいるのかね)


 無造作に食ってきた奴なら、一匹いたけど。胃に収まったのもあれが初めての経験だな。


 「触手って意外に珍味として有名だから、なくはないよ」


 《ぬめぬめさえなければ、良い感じの歯応えで美味しかった気がしないでもない》


 二重の意味で、マジかよ。――え? ラフレシア、俺のこと食わないでよ? 


 つーか、ゾンビが捕食されるって、どんなホラー映画だよ。…………いや、空腹に耐えかねてシチュか……? 場面によっちゃ極限状態を表すのにありかな……。


 「ところでどうしたの、こんな時間に」


 (迷惑だった?)


 「んーん、問題ないよん。ウェイト君とは世間話してただけだし」


 あら、意外に平和そう。


 「ええ、昔話に花を咲かせていたところです。――それとどうぞお召しあがりください」


 俺の前に紅茶の入ったカップとマフィンみたいなお菓子が足元の床に出された。犬っぽく飲むのもありだが、びしゃびしゃこぼすのもあれだから、管っぽい触手を伸ばして、紅茶を啜る。


 「おぉ……なんか、おぉ……」


 リディアが俺を見て、感嘆(?)の声を上げて、首を傾げた。


 「……触手が白っぽいね。もしかして進化した?」


 (うん、『ピュアキュア』って奴。あっ、そうそう、色々あって『死神ノ権能』っていう最上位スキルも手に入れたんだー)


 「マジかい。その段階で手に入れるなんて……。でも条件的に手に入れられないはずだけど……」


 (あー……それについてなんだけど……)


 俺は紅茶カップから触手を抜き、リディアを見上げる。


 ……うぅ、いざとなったら緊張するな。言い方次第では、怒られるかもしれないし。


 「どったの?」


 リディアが俺の顔の横にある毛をフサフサと持ち上げるように撫でてきた。安心させるようにっぽい。


 犬のような扱いだが、皮肉にもそれでちょっと勇気が出てきて、おずおずと尻をわずかに振りながら俺は言う。


 (怒らないで聞いて欲しいんだけど……)


 「……何かあったの? まあ、アハリちゃんだから、かなり変なことなんだろうけど」


 (たぶん想像の上を行くかも……)


 「なら恐々としておこうかなん」


 リディアが眉を八の字にして笑う。うーむ、もう俺の突拍子もないことには諦めがついてる感じかな。


 なら、ちゃんとゆっくりしっかりと説明しよう。


 俺は一旦、深呼吸をして一昨日起こったことを話し始めるのだった。







 

 

 俺の話を聞いたリディアは片方の肘掛けに肘を乗せて、そちらに寄りかかるようにして額に片手を当てている。微かに唸ってもいた。


 「…………」


 《…………》


 そのリディアの真正面側の机に、ラフレシアがちょこんと正座して彼女を見上げている。その顔は複雑な感情が入り交じったようなしかめっ面だ。


 俺はというと壁際でウェイトさんと横並びになってお座りをしていた。壁際って言っても、部屋はそんなに広くないから、机のすぐ横にいるのと同じだ。


 気まずいなあ。


 こうなるのは仕方ない事ではあるけれど。


 これに関しては俺にはどうすることも出来ないから、現実逃避も含めて隣のウェイトさんを見上げる。


 「うー」


 「おや、なんでしょう」


 俺の視線に気付いたウェイトさんは紳士スマイルを見せてくる。くっ、渋格好良いぜっ。


 (私の、声は、聞こえて、いますか?)


 「問題ありませんよ」


 やはり優秀なイケオジであらせられたか……!


 さーて、何を聞こうかなあ。好きな食べ物とか、日々していることとか、イケオジ足る構成要素を幾分でも知りたいが……むぅ、どれから手をつけていいものか。


 そもそも俺、年取れないしねえ。いや、心の有り様もまた重要なのではないだろうか。


 いやいや、まず今に至った年月を知るべきか……!


 (不躾な質問ですけど、ウェイトさんって何歳ですか?)


 「年齢、ですか? ……ふむ、端数を切り捨ててよろしいのならば、二千年は生きていますかね」


 二千年だって! すごーい! 大先輩じゃん!


 あっ、俺も時間に合わせて年を取る感じにしようかな? 老人の姿で常にいて、実は……とか最高に格好良いよねっ!


 「うー! うー!」


 「おやおや」


 俺が興奮してわちゃわちゃしていると、ウェイトさんが微笑みながら、撫でてくれた。


 なんだこの余裕と包容力わっ。くっ、これは是非とも解明せねば。俺の生き甲斐(レゾンデートル)に関わる重要な要素(ファクター)になりうるだろう……!


 だが、ここでがっつくのは紳士に非ず。ちょっとずつ歩み寄って、その神髄を享受することにしよう。


 俺は顎下を撫でられながら、キリッとした佇まいをする。


 「精悍な顔つきをなされましたな。犬の姿なのに堂々としてらっしゃる」


 (格好良さを求めるのは、男の本分。そしてそれは姿には左右されないはずなんです)


 「なるほど哲学ですな。しかし体現している以上、妄言ではない……」


 ふむう、とウェイトさんが感慨深く頷いている。


 自分でもちょっと意味不明なこと言っているつもりだけど、真面目に取り合ってくれるウェイトさんに好意しか湧かない。


 (その哲学について、ちょっとお城を散歩がてらお話しませんか?)


 「そうですね。実に興味深い題材なので、月夜の下、存分に語らいましょうか」


 「待ちなさい二人とも」


 《逃げるな》


 俺はウェイトさんと優雅で紳士な会話をするため、この凍り付いたような空気を漂わせる部屋から出ようとしていたけれど、その元凶二人に止められてしまう。ありゃ、逃げようとしたのバレちゃった。


 ここはあれだな。格好良さ――より可愛さで乗り切ろう。


 俺は上目遣いで目を潤ませつつ、二人……リディアとラフレシアを見やる。


 (だめ?)


 「可愛くみせても、だーめ」


 《せめてこの状況にした最低限の責任をとってよ》


 (責任って言ってもなあ)


 話し合うだけだし、どうしようもない。


 (そもそも俺、二人の関係について詳しく知らないし。まずそれから教えてよ。つーかそのために来たんだしさ)


 俺がそう言うと、リディアが困ったように首を傾げる。


 「昔のこと、ねえ。……だとしたら、千年より前かな。妖精達とティターニアが生まれた時と五百年前の突然攻撃を仕掛けて来た時」


 《待ってよ! 話すなら千年前のあの『イカレた糞女』についても話すべきでしょ! 大体、連れてきたのはそっちなんだから!》


 「ああ、うん、そうだね……。あの後のそっちがティターニアを『拘束』したことについては、一応、私は許容してたから。そのあと、五百年待って……()()()()()()()()()()()()()()()についてもちゃんと説明してくれる?」


 《……! それは……それ、は……?》


 ラフレシアが、苦しそうな顔をしてうつむいたと思ったら、何故か不思議そうな表情に変わった。


 《――それは上手くいかなくて。力が足りなくて? だから、『邪神』の力が、あいつにアクセスするために、リディアの魂が必要で――》


 「力が必要で『あの子』に手を出すのは矛盾してるでしょ。分かってるでしょう、今、『あの子』に手を出したら、この『箱庭』はすぐにでも崩壊するってことぐらい。皆を救うって言う理想と正反対なことをしてるって」


 《それは――あれは……カスレフが――言って――あれ? でも、それは、いつ? だって、カスレフは五百年前にいなくなって――その時に――それに、だって、リディアと仲良くしているってだけで『あの勇者』だけが、『邪神』から特別に『不滅』を受け取ることになって――でも、それは二百年前で――だとするなら今の、カスレフは――? ――あ、れ?》


 ラフレシアが頭を抱えて、ぷるぷると震えだした。――まずい。


 (ラフレシア、『落ち着け』)


 《――っ はぁ! はぁっ!》


 俺が強制的な命令を出すとラフレシアが一瞬固まったかと思うと、四つん這いになって荒い息を繰り返す。


 (今は『カスレフについて考えるな』。……リディアも今はよしてくれ)


 「……うん。……今のでなんとなく『歪み』が見えたから良いよ。……これは本格的に過去を解きほぐしていった方が良いかもね」


 リディアが憎悪も憤怒もなく、ただ冷静にラフレシアの『異常』を観察し、そう即座に結論を出した。さらにそのまま続ける。


 「範囲は千年前から五百年前まで。大まかな『女神と妖精の成り立ち』と、今の状況に至った理由。……えっと、この世界の成り立ちとか『邪神』――『制定者』については言わなくてもいいよね?」


 (必要なければな)


 「ありがとう。……今回の話で、私があまり先のことを言いたくない理由も教えてあげられるかも」


 (焦って虐殺されるかもっていう話だっけ? 前にいたんだな、そういうことしたの)


 「まあね。……ただ、あれは焦ったというより、タガが外れた感じだったかな。元々、人に対して情を抱いてなかったし。……吸血鬼のあの子は」


 そう言ってリディアは深いため息をついた。


 吸血鬼ね。この世界だと、なんか色んなところで面倒を起こしてるってイメージがあるな。


 今、ざっくり聞いた感じだとラフレシアが反逆した理由もそいつにあるっぽいし。


 ……んで、ラフレシアは……。


 (……ラフレシア、大丈夫か?)


 《……うん》


 いつもより弱々しいが、ラフレシアはちゃんとまともに返事をしてくれた。


 (リディアの話に補足を頼む。……ラフレシアについても知りたいから)


 《……分かった。……私も、『私達』についてしっかり考えないといけないかもだし》


 ラフレシアも深いため息をつく。


 ……うむ、二度のため息でこの部屋の幸運値が駄々下がりになりそうだな。


 もっと下がりそうな話をするから、覚悟しておかないと。


 じゃあ、気合い入れて聞くか。

ちょっとした補足


 この世界にはリディアやミチサキ・ルカ以外に『不老』『不滅』などの永遠の命に関するスキルを持つ者はいない。それは全て『制定者』によって禁止されている。女神の『スキル創造』ですら創れない。

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