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リアル指向のファンタジーほど糞なものはない

 ルリエとシィクと別れた後、俺は犬の姿のまま、町をうろうろとしていた。


 そろそろ日が傾き、陰りが見え始めていた頃、俺は辺りを見回しながら、とにかく歩いていた。


 (見つからない……何故だ……何故……)


 《だからないってば》


 (いや、あるもん! あるはずだもん!)


 《……なんでそんな意固地に……。あのね、いくら探してもないから。『冒険者ギルド』なんて》


 (きっこえまっせーん!)


 《……なんで転生者達はほとんど皆、同じようなこと言って、同じ反応するの……?》


 ラフレシアが幾百も同じようなことを見てきたかのような盛大な呆れたため息をつくが、俺は気にしない。


 そう、俺は冒険者ギルドを見つけ出すまで、否定の言葉なんて信じてやるものか。


 冒険者ギルトとは、ゲームでおなじみのあれだ。酒場っぽい感じで、掲示板には様々な依頼書が張り出されている場所。


 冒険者にもランクがあって、受ける依頼もランクごとに決まっているのだ。依頼を達成して、信用を得るとランクが上がったりしてな。


 なんかS級とかになると、国の存亡に関わる事件とかを担当したりして――みたいな、なんかそういうの!


 ファンタジーでさらにゲームみたいな変な世界ならあってもおかしくないよな、――とか思ってたのに影も形もない。


 《一応は聖教会が旅人とかに格安の宿を提供したり、魔物の情報を受け取ったら、『駆除屋』みたいな傭兵集団とかその国に渡したりはするけど……。わざわざ冒険者のための組合なんて作らないよ》


 (わざわざとか言うなし! あるだろ、薬草集めとか、ゴブリン退治とか国が関わるには軽すぎる依頼とかさ!)


 《そういうのは、むしろその国に住んでる人達がやるべき仕事じゃない? 外から来た人にそういうのを任せたら、そこに住む人の仕事がなくなっちゃうしさ》


 (うぐっ――でも、ゴブリンとか……)


 《ゴブリンって結構危険だから、普通は国で独自の部隊とか作って駆除するよ? あいつら略奪種族な上にすぐ増えるし、その増え方が他種族の胎内を利用するから……。あと疫病を撒き散らすし、放置すると悲惨なことになるの。それで村が滅ぼされて、次に町が……場合によっては国がってことが稀にあるから。ゴブリンを軽視する国は早々に滅ぶよ》


 マジかい。ゴブリン怖いな。最弱の種族だけど数の面ではかなり危険みたいだな。


 《それにさ、治安の面でも問題あるでしょ。だってどこの馬の骨かも分からない根無し草に武器とか持たせるってことでしょ? そんなことしたら荒れると思うけど。そんなリスク負うくらいなら、予算割いて部隊作ったり国民を徴兵して鍛えたりした方がよっぽど良いよ》


 (う、うるさーい! 正論なんて聞きとうない!)


 《聞けし》


 聞かんし。だって、だって、こんなお膳立てされたような世界ならあってもおかしくないじゃん! なんで一部がリアル寄りなんだよ! そっちの方が変だ!


 ……けれどいくら探しても、それっぽいものは見つからなかった。


 (……うぅ、こんな糞みたいなファンタジー世界滅べばいい)


 《やめなさい》


 地平線に太陽が落ちて、もうちょっとで世界は闇に包まれそうだ。周りの人達は――たぶんほとんどが酒場とかに行くのかな? 今日やった処刑やそれに伴って行われた祭りっぽいことで、財布の紐が緩んでるみたい。


 処刑が娯楽ってやべーとか思ったけど、この世界には、楽しみってそんなにないから仕方ないのかな? ゲームもなけれりゃネットもテレビもないし。


 本を読むにも多少勉強しなきゃいけないだろうし、住人にとっての娯楽ってすごく少ないんだろう。町の外には危険な野生動物やら魔物とかいるし、気軽に見て回ることも難しいし。


 吟遊詩人に需要がある理由がなんとなく分かった。


 道行く人達の話し声は、大体今日の処刑についてだった。


 クレセントを罵る言葉が大半なのは、気にしないでおくにして、アンサムについても結構あったな。格好良い、とか、処刑する時にクレセントの答えを待ってた風な感じだったらしく、そこを考察してる人達とか。あと、ちょっと太った? 的なことも言ってた。クレセントが入ってた時、あんまり町の人達に姿を見せなかったのかな?


 そんな色々を聞いて思った。……なんというか、普通だ、と。ファンタジーや中世っぽい感じだけど、人間の雰囲気や本質に大きな違いは見られない。


 いや、アンサムとかフェリスとか、リディアとかと話してて、文化の違いによる大きなカルチャーショックって今までなかったけどさ。


 魔法使えようが、獣耳ついてようが、多少異形でも、あんまり変わんないのかね。


 ……だとすると、わざわざ非効率的なことしないのかなあ。いや、冒険者ギルドは非効率じゃない。ロマンが詰まったものなのだ。まあ、存在しないんだけど。


 (このままうろうろするだけ無駄だし、戻ろうかなあ)


 《良いんじゃない? 今度、人型になって他の人と一緒に回ろうよ》


 それは良いかもね。アンサムは……無理だろうから、スーヤ辺りを誘うかな。


 《……ところでもう予定ないなら、行って欲しいところあるんだけど》


 (なーに?)


 あら、なんだろう。ロミーの姿を見に行きたい……はないか。あんまり俺を近づけたくないだろうしね。


 だから、何かなあ、と思ってたんだけど、ラフレシアの『それ』を聞いて固まってしまった。


 《ミアエルって子に会いに行かない?》


 (…………)


 身体がビクンってなっちゃったかも。それにすぐに返せなかったし。


 (……。今日は別に良いんじゃないか? まだ目覚めてないらしいし。それに……なんかあれだし)


 ラフレシアからなんか、じとーっとした視線を魂内から感じた。


 《……ねえ、やっぱりマスターってば、あの子に会いに行くの避けてない? 昨日から今日にかけて、多少その話は出しても、『会いに行く』っていう具体的な話は見せなかったし》


 (うぐぅ)


 上手く誤魔化しきれなかったせいで、ラフレシアに見抜かれてしまう。心は読めないようにしているはずなんだけどなあ。


 《どうして? あの子と仲が良いんでしょ? 心配もしてたし、会いに行くべきだと思うけど。……私も謝りたいし》


 (その心がけは大変よろしい)


 《何、その上から目線。なんかムカつく》


 (けど、今日はもう行かなくて良いと思う)


 ちなみにミアエルは城の医務室的な場所で寝かせられている。城で適切な治療をされて容態も安定したから、休ませていれば明日にでも目覚めるらしい。だから、今、無理に会いに行く必要はないと思うんだ。


 《なんで?》


 (……なんでも)


 ……詳しくは言いたくない。あの怪我をさせたことについてだし。


 でも怪我をしたのは俺のせいだ、とか自責の念を抱いているわけじゃないんだ。もっと根本的な問題で、俺はミアエルに会うべきじゃないと思っている。


 俺が正直に言わないことにラフレシアが、むむむと唸る。


 《私も昔のこと話すんだし、教えてよ! あの子を傷つけたことが関係するなら、私はなんでもするし!》


 ん? 今、なんでもって言った? ――という冗談はさておき。


 (そう言ってくれるとすごく嬉しいけど……こればっかりは――――ん? ちょっと待った)


 《誤魔化すなし》


 (違う違う。……やっぱり子供が泣いてるな)


 喧噪の中にむせび泣く子供の声が聞こえてきた。度々泣き声は聞こえてきたけど、それは駄々をこねるようなものとか、ちょっと何かしらで怪我したような感じ。


 けれど今、聞こえてくるのは「ままぁ!」とか「あぁぁああ!」みたいなかなりのガチ泣き。


 処刑の見物やお店巡りをしている最中に母親と、はぐれちゃったのかな? 


 子供ってふとした瞬間にあらぬ方向に行っちゃって見失うから、一瞬も目が離せないのよね。こればっかりは親が全面的に悪いとは言い切れない。


 本当にね? 本っ当に一瞬、手を離して、目を離すとどっか行くのよ、小さい子供って。


 俺は声を頼りにそちらに向かうと、道の端っこで、ぴーぴー泣いている獣人の子を見つけた。ミアエルよりも小さい……四、五歳くらいかな? 


 豹がベースかな? 一部、獣の部分が黄色と黒斑の肌をしていた。おぉ……脚が逆間接っぽくなってる。手は人間の指……だけど、手の甲から肘までもさもさしていた。手の平も肉球があるかな? 長めの尻尾もついてる。


 うむ、可愛い。


 さて、まず泣き止ませないとな。


 俺はその子にテクテクと近寄っていく。でも慎重に。野良犬は、いきなり蹴られるくらいには煙たがられるからな。


 豹の子はかなり近づくまで俺に気付かなかった。


 んで、目線よりも明らかに高い俺に気付いて、びくうと震えて毛が逆立つ。


 「ひぃ――」


 「うっ」


 すぐさま伏せて、見上げる。ついでに尻尾をフリフリして無害をアピールした。


 ちょっとビクビクして固まっていた豹の子だけど、俺に敵意がないと分かったのか、おずおずとしつつも、しゃがみ込んで頭を撫でてくれた。ついでに泣き止んでくれる。


 「うー」


 「わんわ、へんなこえー」


 ちょっと野太い唸り声だったけど、それが面白かったのかちょっと笑顔になってくれた。


 《マスター、私が声を出そうか?》


 (んにゃ、今は良い。どうしようもなくなったら頼むけど……言葉がない方が良い)


 俺は豹の子に撫でられながら、見上げて「うー?」と唸りながら首を傾げる仕草をする。


 なんとなく俺の仕草を理解してくれたのか、それとも不安を紛らわすためか、豹の子は喋りだした。


 「プシェのままね、いなくなっちゃったの。おまつりいこーってゆったの。しょけー? っていうのはみなかったけど、おかしのとこいって、あまくてまるいのたべたの。プシェ、おにくもたべたかったけど、まま、あそこ、じんろーってひとがやってるからだめだって。でも、プシェ、たべたかったから、さがしにきたの」


 あーうん、なるほど。あまりにお肉食べた過ぎて、母親の目が離れた一瞬を突いて、はぐれちゃったと。たぶん最初は一人で行けると思ってあちらこちら歩き回ったんだろうな。で、お店にはつけないわ、母親いないわでついに泣き出しちゃったと。


 うむ、典型的な迷子だわ。


 「まま、どこいるのかな。……ままぁ」


 プシェの目が、うりゅっと潤む。あっ、これは泣き出す三秒前だ。


 俺は頭に手を乗せられながら立ち上がると、プシェの前で自らの尻尾を追ってグルグルし出す。


 「うぅっ、うう、うー!」


 尻尾を噛もうとする、俺のなんとも間抜けな姿にプシェが、ちょっとポカンとした後、クスクスと笑ってくれた。


 なんとか泣かさずにいられた。でも、このままだとすぐにまた泣き出しちゃう。


 なので、俺はプシェに背を向けて、伏せをした。んで、顔を横に向けつつ、背中をフリフリする。


 「わんわ、のっていいの?」


 俺の仕草の意味するところを理解してくれた。賢い子だぜ。


 「うー」


 俺が頷くと、プシェが嬉しそうな顔をして、俺の背中に乗っかる。どすんと中々な重量がかかった気がするが『怪力』がある俺にはなんともないぜ。


 ちゃんと掴まっていることを確認して、立ち上がる。ちょっと毛とか動かして、こっそりプシェの背中に回してシートベルト代わりにする。


 んで、どこ行きましょうね。


 「うー」

 

 「わんわ、いこ」


 「うー……」


 くっ、どこ向かうべきか、せめてヒントでも、と思ったが伝わらんか。いや、プシェが知ってるかも怪しいけど。


 《私が聞く?》


 (まだだ。……よし、とりあえずご機嫌取るためにお肉を買いに行こう! もしかしたらこの子の母親も、もしかしたらってそっち行ってるかもだし)


 《あと、裏町に行った方が良いかも。……獣人で、女性なら、そっちで働いてるかもしれないし》


 ……あー、なるほど。娼館か。一回、お肉を買いに行ってから、次にそっちに行ってみようか。





 


 やや暗くなりかけた中、まだ人の気配は消えない。


 むしろ多いくらいだから、道の端っこを歩いて人当たらないように気をつける。


 半日町を色々と見て回って、良さそうなところは目をつけていたのだ。


 だからプシェが言うところの『じんろー』の人がやってる肉屋はすぐに見つけることが出来た。


 市場っぽいところでフェリスみたいな獣耳を生やした白黒毛の男女が経営している串焼き屋にやってきた。


 中々に盛況のようだ。串を焼いている腕の筋肉が素敵なおっちゃんと笑顔で串を手渡したり勘定してたりするまだお姉さんで通用しそうな女の人がいる。


 テクテクとそちらに近づき、女の人の横まで近づく。


 「ん? ――野良犬……違う? あっ、えっと――?」


 女の人が俺を横目で確認して怪訝な顔をした後、こちらに顔を向けたら背に乗っかったプシェを見て、困った顔を一瞬見せた。


 確か、人狼とその他の獣人って仲が悪いんだっけ? 詳しい話は聞いたことないけど、町歩いてたら、稀にいる人狼以外の獣人が人狼について悪態ついてることあったし。


 でも、人狼側はそうでもないのかな? 複雑そう。


 プシェが、不安そうな顔で女の人を見上げる。


 「おにく、ありますか?」


 「えっ? あー、うん、あるよ!」


 どう対応して良いか逡巡していたようだけど、プシェに悪意がないのを見て女の人は笑顔になる。


 そんな中、ラフレシアがこそこそと話しかけてくる。


 《……マスター、お金あるの? プシェって子、持ってるようには見えないけど》


 (そこで、ラフレシアの出番)


 《なに? 値切りでもさせるの?》


 (ゼロにはできんでしょう。……あれだ、フェリス辺りの名前だしてツケてもらう)


 《うわあ》


 うわあ、言わないのっ。ちゃんと明日にはリディアとかアンサムとかにお小遣いもらってフェリスと一緒に払いにくるもん。


 というか、まだ、今回の報酬をもらってないだけで、俺に支払い能力がないわけじゃないのだ。


 俺は一旦、プシェを降ろして、串肉を受け取らせる。んでもって、お金についてプシェに言って、けれどないことで困っている――女の人の脚に頭をぶつける。


 「うっ」


 「なんだい? …………というかあんた……なんだい?」


 「うー」


 そんなことどうでも良いのだ。ちょっとこっち来て下さい、お姉さんや。


 くいっとただの犬らしからぬ動きで首を動かし、ちょっと離れた位置に誘う。プシェはお肉に夢中になっているのを確認し、かつどっか行っても見失わないように、その存在を視界と聴覚に収めておく。


 (ラフレシア説明お願い)


 《はいはい。――――お姉さん、申し訳ないけどあの串焼きツケてもらっても良い?》


 「あら、『中身』に似合わず可愛い声をしているね。……まあ、あの子は払えないだろうし、いいけど。……あんたは……なんで『魔物』……それもアンデッドがいるのか知らないけど払えるのかい?」


 《そこは問題ないよ。とりあえず『フェリス』って人狼の子にツケといて。明日、一緒に払いにくるから。あっ、私の名前は『アハリート』で》


 「フェリス……あぁ、あの子ね。あの子と知り合いってことは、あんたも城で色々とやってた子かい。なら、支払い能力は十分にあるね」


 分かってもらえて嬉しいよ。つーか、本当に人狼には色んな情報が行き渡ってんのね。


 「……ところであの豹の獣人の子は? 厄介事かい?」


 《違うよ。単なる迷子。これから裏町の方に行く予定かな》


 「そう。なら気をつけていきなよ。……それにしても何も知らない子はあたしらに敵意向けないから、本当に可愛いね。全員があんな感じなら良いんだけど」


 女の人が、はふぅと悩ましげなため息をつく。


 ……なんか人狼と他の獣人の関係ってすごく根深そう。西の共和国って、今その獣人関連で大変らしいし、どうなることやら。ましてや光の種族が面倒起こしてるんだってね。……もしかしたらミアエルはそっち行っちゃうかもね。……俺は北の人狼側に行くことになるかなあ。


 まだどうなるか分からないけど。


 そんなこんなで俺はプシェのところに戻る。ちゃんとお肉を食べて待ってたよ。


 「わんわ、はい!」


 肉を一つだけ串から引っこ抜いて、俺に差し出してくる。なんと良い子だっ。


 俺はプシェに体液をつけないように気をつけつつ、肉を頬張るとプシェが嬉しそうに笑って、俺の頭を撫でる。油とソースがつくけど、そんなの関係ないね。


 プシェがお肉を全部食べ、手をペロペロと舐めているのにドキドキしつつ(犬皮は本体とは繋がってないから体液がつく心配はなく、俺の寄生虫は胃液で死滅しやすいらしいけど……それでも不安だ)、伏せて出発の準備を済ませる。


 プシェを背中に乗せて、いざ出発。


 「わんわ、いけー」


 「うー(出発しんこー)」


 《レッツゴー》


 三人ともノリノリで闇に染まりかけた町を歩いて行くのであった。







 

 

 裏町に着く頃には、それなりに暗くなっていた。けれど、裏町の通りにはランタンの明かりがズラリと並び、明るく照らし上げている。


 人もそれなりだが、昼間以上の喧噪がある。ちょっとばかし治安が悪いのか、言い争いの声と殴り合うような音、それをはやし立てる野次馬の声が聞こえてくる。


 なるべく危険には近づかないようにしないとな。


 「まま、いないー?」


 「うー」

 

 「いつもみたいに、ひといっぱいだから、ここいるよ」

 

 やっぱりここら辺で良いのか。


 なら、獣人っぽい人が多いところに行って聞いてみようか。


 娼館らしきところを重点的に、覗いてみる。母親じゃなくてもプシェのこと知っている人がいるかもしれないからな。もし見つけてもらえたら御の字だ。


 でも、何軒か回ってみたけれど、当たりはなし。


 けど、目立ってはいる。


 小さな子を乗せて歩く犬は珍しいし、とても可愛いものだ。だから客引きする娼館の女の人達とかには、きゃーきゃー言われてたりする。


 このままちょっとずつ話が広まっていけば、母親の耳に入るはず。時間をかけて――深夜までの捜索を視野に入れないとな。場合によっては城に連れ帰ることも考えてはいるけど。


 (ラフレシア、そっちは大丈夫?)


 《何が?》


 (こういう娼館ある場所って、『きつい』感じじゃない?)


 精神が女の子だし、こういうところ苦手かなあ、と思ったけどラフレシアは《別に》と言って続ける。


 《人と触れ合って得た女の子の精神からすると、ちょっとそう思わないでもないけど、『私』からすれば、人間が生きていく術の一つだから良いんじゃない、みたいな感じかな》


 (妖精ってストイックかと思ったけど、そうでもないのね。それになんかタイタンって禁欲的なイメージもあるし)


 《私達が人を縛る法を作ることはないよ。私達妖精にもあまり禁止事項はないし。昔に、治安をよくするための最低限のことは決めたことはあるけど、今はほとんどそういう政治には関わってないかな》


 意外だ。タイタンって宗教国家っぽいから、なんかガチガチに規律が定められていると思ってたけど。


 (じゃあ、タイタンにもこういうところはあるんだ)


 《あるよ。禁止する理由もないし。……なんだかんだで男女共に需要は尽きないしね》


 そう言ってラフレシアがなんか苦笑していた。


 タイタンって想像以上に俗物的なんかな。まあ、転生者がたくさんいるなら、禁欲的だと反乱されそうだしね。


 テクテク歩いて、十軒目くらいの娼館に立ち寄った時だった。筋骨隆々な客引き兼ボディーガード風のおじさんが、俺――というよりプシェを見つけて目を見開く。


 「おい、お前、プシェケットじゃねえか?」


 「…………」


 けどプシェはというと、困惑するように見上げて、俺にギュッと掴まってきた。……たぶん知り合いであってるかな。ただ単にプシェが覚えていないだけで。


 「うー」


 「……あ? なんだお前。……プシェケットを連れてきてくれたのか?」


 けれどもしもがあるから、ちょっと警戒しておく。


 「うぅぅうう」


 「う、唸るなよ。警戒しなくても、そいつの母親とは知り合いだからよ」


 「うっ」


 ならば母親を連れて来るが良い、的な感じで身振りをすると、伝わったようでおじさんは頭を掻く。


 「……あー、ノヴィーの奴、まだ今頃町の中探し回ってんじゃねえかな」


 「うー」


 じゃあ、ここで待ってれば戻ってくるのかな。なら、この娼館の端っこでプシェと一緒にいようかね。


 たぶん掴まってるの疲れたと思うから、降りて貰おうと伏せをしたけど……。


 「やっ」


 そう言って、俺にギュッと強く掴まってしまった。


 ……俺は非難めいた目でおじさんを見上げる。おじさんのせいで警戒してんじゃん。


 「そ、そんな目で見んなよ……。待ってろ、飯とか……寒くなるし毛布とか持ってくっから」


 身内には優しいのか、罪悪感のためか、娼館の中に引っ込むとなんか毛布とか、適当なあまりものをもってやってきた。


 うむナイスだ。


 さっき串焼きを一本、食べただけだから、プシェのお腹はきゅるきゅる小さくなっていたのだ。


 俺の目の前に置かれた皿にある雑多な食べ物を、背中に乗ったまま手を伸ばして食べ始める。


 んで、途中でおじさんが顔を覗かせるようにプシェを見るけど、目が合うと俺の背中に顔をギュッと押しつけてしまった。あーあ、かなり警戒されちゃった。たぶん眠いのもあるんだろうけど。


 まあ、何度か目を背けられたおじさんは、諦めてちょっとしょんぼりしてしまった。どんまい。

 






 

 その後、時間がそれなりに経ち、闇が深まり、ほんの少しずつ人通りが少なくなっていく。


 今は何時くらいかな? 大きな月が一度、空に上り、傾き始めていた。


 プシェもご飯も食べて満腹になったため、舟をこいだりぐずり始めている。遊んでなんとか誤魔化していたけれど、そろそろ限界かなあ、と思い始めた時だった。


 「ぷしぇええええええええええええええええええ!」


 なんか叫び声と共に、遠くから物凄いスピードで四足歩行の獣がやってきていた。全力で走っているだろうに足音がほとんどしない。……ネコ科だからか?


 「んぃ!? まま!?」


 その叫びを聞いて、プシェがビクンと身を震わせると顔を上げて、こっちに突っ込んで来る母親らしい存在を見つける。


 「ままぁ!」


 「ぷしぇええ!」


 プシェが俺から急いで降りると、母親に向かって二足歩行でたどたどしく向かって行く。――このままだと直撃コースなのでは、と心配したけれど、母親は減速しつつ立ち上がってそのまま腕を広げて、プシェを迎え入れる。


 プシェはそんな母親に向かって、跳び上がると(数メートル跳んだかな?)、その胸に思い切り抱きついた。


 「ままああ!」


 「プシェケット! どこ行ってたのよぉお、もお! 心配したじゃないのお、ばかあ!」


 どっちもわんわん泣きながら、ごろごろ転がって揉みくちゃになって、ぎゅうぎゅう抱き合っている。素晴らしい。よく分からないけど、なんか素晴らしい。


 「良かったなあ」


 おじさんも、うんうん頷いてなんか感動している。俺、そう思えるあんたのこと気に入ったよ。


 「うっ」


 「あっ、もう行くのか?」


 「うー」


 頷きつつ、ラフレシアに必要最低限のことを伝えて貰う。寄生虫のこともあるし、明日にでもリディア辺り同伴でもう一度会わないとね。


 《明日のこの時間にまた来ます。ちょっと気になることもあるので、プシェくんがいるようにして欲しいんですけど》


 「うお!? お前喋れたのか? えらく可愛い声してるんだな……。魔物……かどうかは良いか。――ああ、分かったぜ、ノヴィーには伝えておくぜ」


 おじさんが親指を立てて、にかっと笑ってきた。


 「うー」


 「じゃあなー」


 俺はおじさんに首を振りながら、そそくさとその場を去って行くのだった。

 







 

 《プシェにお別れしなくて良かったの?》


 城に向かう人気のない道中、ラフレシアにそんなことを問いかけられた。


 (良いんだよ。あの場合、下手にお別れしようものなら、ギャン泣きされるかもだし)


 《……。なんかマスターって子供のこと分かってるよね。前世は既婚者だったとか?》


 (独身だよ。ただ、親戚の子と触れ合う機会が多かったってだけ。あと自分の子供の頃、その時どういう気持ちだったか覚えてるから、なんとなく察せるだけなんだよ)


 残念ながら、特殊な過去とか悲しき過去とかはないのだ。なんてことのない人生の中、子供と触れ合う機会が人より多かった、ただそれだけだ。


 (出来ないことの方が多いしな。オムツとか替えてって言われても出来ないし)


 普通に抱っこも、一、二歳児とか怖くて出来ない。


 遊ぶことは出来るけど、世話は出来ないんだよなあ。


 懐かれるにしても、『遊ぶ』こと中心で触れ合うから、そうなりやすいってだけだ。


 《でも、嫌ったり嫌われたりするより、懐かれているだけの方が遙かにマシだと思うよ》


 (……どうだろうな)


 俺はため息をつく。


 (そのせいでミアエルは、俺を庇って死にかけたんだよ。……懐かれてたせいで)


 ――つい口に出して言ってしまった。……と、一応一部訂正はしておかないと。


 (あっ、そっちを責めてるわけじゃないからな。蒸し返したわけじゃないから)


 《……あ、うん。えっと……ミアエルに会わない理由ってそれ?》


 (まあな。会おうとは思うんだけど、その度に考えてちょっとずつ怖くなってきてさ)


 俺は項垂れる。


 本当にしょうもないことなんだ。自惚れと言ってもいいかもしれない。


 (……俺は怖いんだよ。俺のために命の投げ出されるのが。そんなこと望んでないのに、……そんな責任も背負えないのに)


 俺は精神も弱いのだ。何かを背負うことなんて出来ないし、やろうと思ったらすぐ潰れる自信がある。


 背負えるのは自分のものだけだ。それ以外は重たくてもてない。


 (なら、懐かれない方がミアエルにとっても良いんじゃないかってそう思ったんだ。……でもわざわざ嫌われに行く勇気もないんだけど)


 我ながら本当に駄目な奴だと思う。もし自分から遠ざけるのが正解なら、嫌われに行くべきなのだ。それすらも出来ずに、うだうだと会わずにいるだけ。


 ――勇気が出ないのだ。嫌われるにしても、命を投げ出される覚悟をするにしても。


 《…………》


 ラフレシアが、悩ましげに唸る。


 《それは……なんというか、難しい問題だ……》


 おぉ、意外に真剣に悩んでくれている。もうちょっと雑にアドバイスされるかと思ってたけど。


 《……なんだろう、でも、少なくとも嫌われようとするなんて、向こうが可哀想だからやらない方が良いよ》


 (だよな)


 嫌われるためにミアエルに何かをするなんて、正直嫌だ。でも、目の前で死なれるなんてもっと嫌だ。


 《だから話し合うべきかも。マスターが嫌だってことをミアエルに伝えるべきだと思う。……それで解決するか分からないけど、ミアエルの『譲れない何か』を知るのは重要じゃないかな?》


 譲れない何か、か。……確かにミアエルならそういうのがありそうだな。それに、あの子は自分の考えをしっかりと言語化することが出来るだろう。


 『話し合う』は、あながち間違いじゃない。むしろそうするべきか?


 (その方が良いのかな?)


 《話し合わないと、すれ違うばっかりだよ。思いは言葉にしないと伝わらないから。――私はそれを怠ったから、リディアと五百年近く争ってるんだし》


 (なんか言葉に重みがあるな)


 《お前が言うな感もあるけどね》


 反面教師的な教訓と思えば、まあ、説得力があるだろう。


 ――そうだな、ラフレシアの言い分は的を射ている。


 俺は端からミアエルが理解してくれないと思い込んでいた。……命を懸けてまで俺を助ける理由を理解出来ないと思ったからだ。


 でも、もしそれに理由があったら? もし、それを俺が望んでいないと伝えられたら? もしかしたら、止めてくれるかもしれない。どうなるか分からないけど、まずミアエルのあの行為を理解すべきだ。


 ……もし逆に、放っておいたら別の誰かに同じ事をするかもしれない。そうしたら、今度こそ死んでしまうかもしれない。……それだけは駄目だ。


 よし、決めた。


 (ミアエルに明日、会いに行こう!)


 《……! うん、それが良いよ!》


 なんかラフレシアが嬉しそう。俺もなんだか嬉しくなってくる。


 (あっ、そうそう、ついでなんだけど、これから行きたいところがあるんだ)


 《なに? 変なところじゃなきゃ良いよ!》


 (リディアのとこ。……昔話、そこでやろう)


 《……むぐぅ》


 意気揚々だったラフレシアが言葉に詰まった。……うん、この不意打ちはごめんと思ってしまう。


 でも、必要なことだと思ったから。


 (そっちにも多少の『誤解』や『間違い』があるなら、伝えておくべきだろ? すれ違いがあったっていうなら、この機会に差を埋めてみた方が良いんじゃないか?)


 ラフレシアが《むぐぐぐ》と唸る。唸って、唸って、――最後に息を吐き出してなんだか項垂れたような気がした。


 《…………分かった。そうするべきなのかもね。…………でも、喧嘩になるのは覚悟しておいてよ》


 (まあ、それは多少。止められはしないだろうけど、なるべく頑張るよ)


 少なくともラフレシアを殺されないようにしないとな。まあ、事前にちゃんとしっかりリディアに釘を刺しておけば、問題はないだろう。暴走はすることはないだろうし。


 ……いや、リディアについて知らないことは多々とあるから断定は出来ないけど。


 (よ、よし気を引き締めて行こうか。がんばるぞー)


 《えいえい、おー》


 俺とラフレシアはそうやんわり気を引き締めると、城にいるリディアの下へと向かうのであった。

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