第七章 さらに危険になりました。
うほー、速い速い! ゾンビより、ずっとはやい!
俺は本来ならあり得ない速度で森の中を疾駆する。時速六十キロは軽く出ているだろう。
ふふふ、一体何をしているか気になるだろう。
俺は今、鹿っぽい生物の背中に乗って走り回っているのだ。
だが、鹿を手なずけたわけではない。というか、この鹿、もう生きていないし。
『接合』と『融合』の応用で、倒した鹿の身体を操作しているのだ。現に俺の両手は鹿の頭に癒着し、神経が接続されている。
死亡した鹿を使っているため、感覚が自分の身体以上になく扱いには苦労した。だが、一日ほど練習したことによって『肉体操作』というスキルを入手し、今やかなりの速度で森を駆け回ることが出来るようになったのだ。
残念ながら鹿のスキルは得られなかったが。死亡するとスキルは消滅してしまうらしい。
……もしかしたら生きている生物に接続すれば、スキルや感覚を得られるかもしれない。けど、危険なのでやらない。下手すると逆に主導権を奪われる可能性があるからな。特に感覚がない俺は、勝負する土俵にすら立てないかもしれない。
「わぁーすごーい!」
俺の後ろではミアエルが鹿にまたがり、俺の身体に手を回し掴まりながら、感嘆の声を漏らす。
鹿に乗れるようなってからしばらく遊んでいたら、とっても乗りたそうにしていたので、乗せてあげたのだ。落下することに俺が恐れていたが、ミアエルはそんなこと気にせず普通に楽しんでいる。本当にこの子、肝っ玉あるわあ。
まあ、この出来事のおかげで俺はミアエルに懐かれたのだが。
鹿乗りが終わった後も、俺の後ろをとてとてとついてきて、たまに目を合わせると笑いかけてくれるようになった。
これはロリコンにはたまらないだろうが、俺はロリコンではないので、適当な感じに接する。
うーん、まあ確かに嬉しくないっていうと嘘になるけど、なんというか、ちょっと近づかれるのが怖いんだよね。
ミアエルの光魔法のことではなく、俺の『感染』の力のせいで。
これって俺の意思でOFFには出来ないパッシブスキルで、血や唾液を媒介にしてちょっとした傷からでも場合によっては感染してしまうんだよ。で、重度の風邪のような状態異常にさせてジワジワと体力を奪い、最後には殺してしまい相手を俺と同じゾンビにする。その前に何らかの方法で解毒するか毒が消えるまで耐えられれば助かるが、簡単ではないだろう。
まあリディアが言うには、この『感染』はミアエルの光魔法で解毒できるから心配ないと言っていた。けれどそれでも不安なのだ。
鹿に乗せた時も、安全策として俺はなるべくミアエルと直に肌をくっつけないように獣の皮で自らの胴体を覆っていたし。
……本当なら触れないよう言い含めるべきなんだろうけど懐いてくれている相手を突っぱねることは俺には出来ないわけで、それなりの距離を保ちながら接することにしたのだ。
正直言って、今回のミアエルと接してみて人と接するのがかなり難しいと感じている。
…………だから思ったのだ。下手に村に行くのはやめた方がいいかも、と。
いや、別にリッチ倒さないとか言うつもりはないよ? バックアードって奴、色々ときな臭いし。だから何かしら対処はしといた方がいいと思うからな。
ただ単に俺が村――というか町であれなんであれ人間の集落全般に入るのは危険だと思ったのだ。
リディアから村についてちょくちょく話は聞いている。どうやらリディアやミアエルがいる村はこの俺の身体となっている勇者が生前に張った結界によって守られているらしい。本来なら、魔物は絶対に侵入することは出来ないようだ。村人が外でゾンビに襲われて感染した場合でも結界を通り抜ければ浄化作用があるらしく、村の中で集団感染を引き起こすことはなくなる。
だが、もし俺が村に入ったらどうなるだろう?
うっかり何かのミスで水源などを汚染した場合、一気に感染は広がるだろう。それこそ結界を通り抜けての浄化作用を行う暇すらなくなるかもしれない。
俺のスキル『感染』はOFFが不可能な厄介なものなのだ。さらになんの嫌がらせか、俺の血液と唾液は未だそれなりに液体として流れている&分泌されているのだ。心臓動いていないのに血液流れているとか、どんだけだよ、マジで。幸い汗はかかないようだったけど。
そういうわけで、俺は村に行くのはやめにする。別に話相手なら、リディアがいるし、ミアエルも一応たまには来てくれるだろう。二人が俺に飽きるまで、この森で暮らすのも悪くない。
まあ、その後はなんだ、適当に旅でもしよう。強くなれるって楽しみもあるしな。その最中に魔王でもいたら倒して、自分が魔王になるのもいいかもな。ゾンビに倒せるとは思えんが。
……今のところ、俺にとって正しい道はこれしかないんだよな。うん、この方がいい。
俺はぼんやりとそう思うのだった。
……さて湿っぽい話はこれくらいにしようか。
リッチを倒すために、最低限のスキルを手に入れよう。
色々と移動に関して改善はしているものの、やっぱり素の移動速度そのものが改善出来てないのが痛いな。
『潜土』も横移動が出来るようになって、使い勝手がかなり上昇したんだが、弱点があるのが分かった。土以外に潜めないことにくわえて、深さ十メートルまでしか潜れない。
この十メートルというのが中々の曲者なのだ。
これは地上にあるものに大きく影響を受けるようなのだ。たとえば進行方向に十メートル以上の崖があった場合、土を潜って進んでいるとその崖にぶち当たるとそれ以上、スキルの効果が発動出来なくなる。崖下から登るにしても、崖上から降りるにしても、『潜土』を使えないのだ。
生物や植物には幸い適用されないようだが、建物は思い切り対象となってしまうようだ。
リッチは屋敷に住んでいるみたいだし、俺の『潜土』での潜入は不可能だろう。
だから、他の方法でリッチに近づく必要がある。屋敷の外で戦うことが出来ればいいけれど、対策されてすぐに屋敷の中に逃げられることも想定すべきだろう。走れるゾンビになるのも良いが今の俺は身体が脆くなっているため、走りすぎると脚がへし折れて自滅しかねない。
だから相手にまず見つけられないようにする。これが大事だ。
なので俺はミアエルとかくれんぼをすることにした。
……遊びじゃないよ? これはあれだ。相手の感知能力をすり抜けるためのスキルを得るために必要なことなのだ。
気配を薄く出来る『隠密』というスキルを得るには、俺を探す相手から常に隠れ続ける必要がある。でもさすがにいきなり野生動物や魔物相手に実戦する勇気はない。だからこそのミアエルだ。
リディアは普通に見つけてくるため、手加減したところで俺がスキルを得ることは出来ない。スキルを得るには出来る出来ない以外にも俺の心情がある程度関係してくるらしく、リディアの索敵能力を段階的に下げて手加減してのやらせは出来ないんだと。俺はリディアが簡単に俺を見つけられるのを知っているしな。
なので感知能力がないらしいミアエルに俺を探してもらうことにする。
リディアはミアエルの後ろをついていってのお守りをしてもらうことになっている。あとなんか、ミアエルもこの際だからと感知系の魔法を覚えてもらうとのこと。
『動体感知』っていうものだから、隠れてもその場にちょっとだけ動くようにしろとのお達しを受けている。
この方法はギリギリスキルを取得できるかできないの境目だな。覚えられなかったら違う方法を考えるだけだ。
「というわけでミアエルちゃんが鬼になる感じだねえ。頑張ってゾンビちゃんを見つけよう!」
「分かった! 頑張るね、リディアししょー!」
リディアに慣れたミアエルが元気いっぱいに頷いて、目をつむって時間を数え始める。
俺の隠れ方としてはオーソドックスに適当な木の陰とその付近にある草むらに身を潜める感じだ。普通にカモフラージュとして草木とか被って、寝転がってみる。服はたぶんこの勇者の元の普段着なんだろうけど、ボロボロだし汚れとか気にする必要はない。
そういえば、この勇者って結構――てか、かなり美形なのな。湖で反射した顔を見たとき、かなり綺麗でビビったから、しっかり確かめてみたんだが……十八歳かそこら辺で黒髪、深い青色の目をしており、中性的な顔立ちをしていた。細身ながらもきっちり筋肉ついていて引き締まっていて、生前の俺とは比べものにならない逸材だったのだ。
それに身体そのものも、多少手術痕みたいなのはあったけれども、肌が剥がれているとかの目立つ傷がついていなかった。それに肌が青白いのと口元が血管が走っていて若干赤いのを除けば、たぶん異性からすれば普通にゾンビでもありなんではなかろうか。
……ミアエルが懐いたのってもしかして……いや、まあ、考えないようにしようか。
そんなこんなしている内にミアエルが数を数え終えて、探し始める。
俺はわずかに身じろぎしつつも、ジッととにかく気配を殺す感じで、待ってみる。
スキル取得はそんなに長くはかかんないとは思ってる。鹿に腹をぶっさされた事件の後に、必死こいて隠れてもいたから、それなりに熟練度は溜まっているはず。
――案の定、二、三回繰り返した程度で『隠密』を取得することができた。
でも、ミアエルがまだ遊び足らなそうに不満そうなので続けることに。俺も熟練度溜めたいしな。
ただ、普通に隠れているだけもあれなので、最近ちょくちょくやっていた実験をしてみる。
俺の指には今、『接合』&『融合』にて蜘蛛のような虫の死骸がくっついている。別に蜘蛛の糸を出せるようにしたいとかじゃない。いつかはやりたいとは思うが、今は違う。
その蜘蛛をある程度、自分の意思で動かせるようにして、先ほど捕まえておいた適当な虫をその蜘蛛で食う。
……蜘蛛って体液吸うらしい。この世界の蜘蛛も同じかどうかは知らんけど、吸血鬼に必要かもしれないから、それ系のスキルもとっとこうと思ってる。本当はコウモリとかが良かったんだけど、俺には奴らを捕まえられる術がない。
じゅるじゅるーと体液を吸ってみると、ぷっくりと蜘蛛の身体が膨れて、蜘蛛がくっついている俺の指の第一関節辺りも液体が流れ込んだのか、膨れる。
……うむ、指に溜まるだけだ。やっぱ直接胃にやらないとダメか。当たり前か。これじゃあ、エネルギーに変換出来んよな、さすがに。でも、どうやってやるかいまいち分からないから、今は適当にこれで遊んでおくか。
そんなこんなでかくれんぼ、さらに三回目くらいの時。
『熟練度が一定まで溜まりました。『溶解液』を取得しました』
なんか手に入れた。
えー? 予想とは違うスキル手に入れちゃった。なんで? ……いや、あー、なんとなく思い出した。蜘蛛って体外消化――溶解液注入して、肉溶かしてからその体液吸うんだっけ? そのプロセスをやった覚えないけど、自動でやっていたのかもな。
これ、俺自身でも『溶解液』吐き出せることになったっていうことなんかね。ちょっと虫にツバ垂らしてみたけど――――あー、ちょっとブクブクしてんなあ。
……ちょーっと不安になったから、血でも試してようかなーっと――うわー溶けちゃったよ。
…………ミスったかも。これたぶん、体液全般に適応されてるっぽい。しかも見た感じパッシブっぽいなあ。意思が関係していないから、確実に自動だ。
ということは……わぁお、まさかのゼノモーフ化とか危ない変異してんな。ますます人里に近づけんわ。
この『溶解液』、注意するのは俺の分泌液――血と唾液くらいで、あと俺自身に影響がないのは幸いだけど……それでも人との触れ合い完全にNGじゃね? 俺は人を拒絶したくないのに、俺の身体が人を拒絶するとは。なにこれウケる(泣)。
『熟練度が一定まで溜まりました。『吸収』を取得しました』
おせーわ。キミが早く来なかったから、いらん子手に入れてしまったじゃないか。
……まったく…………んー、おー? なんか指に意識向けたら、溜まった液体がじわぁ、と減って行っている。これ、身体の中に流れ込んでいる感じか? 平気なのかね。いや、普通だったらアウトかもな。これって溶かした虫の体液、血中に直接流し込んでるもんだしね。
アンデッドじゃなかったら死んでたんじゃなかろうか? つか、栄養になってるのか、これ。
……うーん、ま、いっか。今んところ、身体に不調はないし。『溶解液』よりマシだわ。
しかし中々思い通りにはいかないもんだな。つっても意外に楽しいからいいんだけどさ。むしろこのまま危険生物まっしぐらしてみようか? いるだけで周囲の物体を腐敗させる最悪のゾンビ――――ダメだ、討伐される未来しか予想できない。もうちょっとソフトな感じの危なさを求めようかなー。触手とかだしたいな、触手とか。相手を貫ける触手とかいいよね。すたぁあず、とか呟きながら触手びろびろさせて美人を追いかけ回したい。他にはー、あー、あと、どうするかなー。
――と、そんなアホみたいなことを考えながら、楽な姿勢になろうと地面にペタンと耳をくっつけた時だった。
……その地鳴りのような音が聞こえたのは。
これは俺にとってあらゆる意味で転換期となる出来事となる。