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どうしてここに?

 今、俺は城下町にいる。


 時間は昼過ぎくらいかな? 処刑も終わって、しばらく経ったあとくらいだ。


 んで、なんで町に降りてきたかというと、クレセントの処刑が終わって、第三王子様が戻ってきたんだ。


 まあ、色々あって部屋を汚しちゃったじゃんか。別に怒られなかったけど、……すっごい困られてしまったんだ。


 寄生虫を体内にいっぱい飼ってる化け物の汁が部屋に飛び散ってたら当然の反応だよな。


 申し訳なかったし掃除もするだろうから謝って、外に出ることにした。


 外出する方が余計、危なそうではあるけれど、問題を起こさないよう注意すればいいのだ。


 で、俺は揉め事を起こさない方法を考えた。


 人の姿だとごろつきとかに絡まれそうだよな。


 だから!


 今の俺は犬となっているっ!


 大きさは、中型犬くらい? 顔も犬らしく整えているよ。マズルは長めだ。ふふっ、スリムでハンサムだろう。


 ただ、毛皮が手に入らなかったから毛は人毛で再現している。サラサラヘアーだから、ちょっと変な感じ。モフモフ感が足りんね。


 いや、これはあえて毛並みが良い感じに見えてお貴族様の犬っぽくはあるかな?


 これなら、下手に手出しはされないかも。


 「犬が堂々と人様の道を歩いてんじゃねえよ」


 「う゛う゛ぅ!!」


 脇腹をいきなり蹴り飛ばされちゃった。


 突然だったから、濁点のついた唸り声を上げてしまう。そのまま、ずしゃーと石畳の上を滑る。


 「あへぇ!? へ、変な声上げやがって……」


 俺を蹴り飛ばしたおじさんは、俺の不気味な唸り声に驚いて逃げてしまった。……驚かせてごめんね。


 汁とか飛び散ってないよな。俺は念入りに辺りを見回す。


 ――ふすふすと地面を嗅ぐような仕草をしつつ確認していると――、


 「だ、大丈夫っすか、ワンちゃん!」


 なんか若い女の子が駆け寄ってきた。きゃっ、犬だから女の子に心配されちゃった、役得ぅ――とか思って見上げたら、そこには見覚えのあるポニーテイルが踊っていた。


 こいつは……転生者のポニーテイル女だ!


 「おい、野良犬にはあまり近寄るな」


 さらにハスキーな声がしたかと思うと……背の高い女がやってきた。……カウボーイ女だ。今は町娘風の服を着ているけど(ポニーテイル女も同様だ)。武器は持っていないけど油断は出来ない。


 というか、なんで、どうして……こいつらいるの?


 《……ルリエとシィク……? まだ町に残ってたんだ》


 (普通撤退してるはずじゃ? というか、こいつら追い出すために『人形劇』やったんだしさ)


 ルイス将軍処刑時にやった『人形劇』はルイス将軍を助けたり、リディアを呼び寄せたりする他にもまだ目的があった。それは事が終わった後、タイタンの人間をこの町から追い出す布石でもあったようだ。


 ただ、教会そのものの取り壊しが目的ではなく、教会運営の権利を手に入れるつもりだったみたい。どうして手に入れられるのか、何故欲しいかは良く分からない。その手の話は興味なかったし。


 《アルディスとかはアンサム王子と交渉した後にすぐに立ち去るだろうけど……転生者は自由だからね。タイタンに所属してるって言っても、仕事の斡旋するくらいで特に国そのものに従属させてるわけでもないから。……前世の知識がある分、そこら辺の権利とかの主張が五月蠅いからさ。戦争中とかは例外だけど》


 ああ、人権の主張か。確かにかなり面倒そう。転生者を抱えて発展しているらしいけど、何気に大変なのね、タイタンって。


 まあ、それはさておき、どうしよう。逃げようかな。


 「ルリエさん、なんか冷たいっすね。むしろこういう時は率先して心配すると思ってたんすけど」


 「いや、逆に警戒するぞ。野生動物は大抵、何かしらの病気を持っているからな。せめて治療するにしても拘束しておけ」


 そう言って、カウボーイ女……カウボーイ姿じゃないから、もうルリエでいいや――は、俺の背にまたがると手早く俺のマズルをどこからか取り出した縄で縛ってしまった。さらに上から押さえ付けられてしまう。


 しまった! 捕まってしまった!


 《マスター、油断し過ぎじゃない?》


 (平和になったんだから、平和ボケしてても良いじゃん! あと、体液飛び散ってないか確かめないといけないしさあ!)


 ど、どうしよう。暴れたら逃げられるかな? いや、駄目だ、俺の身体に傷がついたらそこから寄生虫が出てしまう。ここは素直に、治療を受けて――、


 「大人しいワンちゃんっすね。毛並みも綺麗ですし、どこかの家の子が逃げ出してきたんじゃ?」


 「かもな。……というかなんだろうな、この品種は。魔物以外は私達の前世と生態は似通っているはずだが……この毛は……人間っぽいな…………むっ、ちょっと魔物っぽい雰囲気があるぞ。……いや、なんだか少し変だな。そもそも体温がないな」


 えっ、体温はともかく魔物とか分かっちゃうの?


 《ルリエはタイタンでは珍しい魔物使いだから。そういう気配は察知出来ると思うよ》


 マジでー。もー、やっぱり俺こいつきーらーいー。


 ルリエにしげしげと見られて、生きた心地がしない。生きてはいないけどっ。


 んで、ポニーテイル女もといシィクは俺の背をなでなでする。


 「偉い人が飼ってるならそういうのもありなんじゃないっすかね? 一応、しっかり治療しておきましょう。魔法で内部を見て……わっ、暴れちゃ駄目っすよ!」


 スキャンするのはやめてー! 俺の体内には無数の寄生虫とワームがいるからあ! 保健所送りどころか、その場で殺処分されるくらいやばいからあ!


 そらっ、暴れるから目立つぞっ。犬押さえ付けてる、女の子二人組とかかなり目立つぞ! お前ら的に、それはかなり困るだろっ。


 とかやって頑張って、身を捩っていたけれどルリエにさらに強く押さえ付けられてしまった。


 やだっ、この子、犬の扱いに慣れてるっ。全然身体動かない……!


 「うっ!」


 「シィク、手早く済ませろ。目立ちたくない」


 「分かったっす。脇腹辺りを中心に……………………ルリエさん?」


 シィクは俺をスキャンして内部を見たらしく、顔を強張らせてしまった。で、ルリエに顔を向けてしばし無言になる。


 あっ、これあれだ。絶対『念話』で会話しているパターンだ。


 ルリエが眉根を寄せて、俺を見下ろしてくる。やーん、こわーい。俺どうなっちゃうのー。


 「……いや、『あいつ』だとしてもさすがにここまで間抜けじゃないだろう」


 (そうだよねっ、お前達を壊滅まで追い込んだ俺がこんなに間抜けなわけないよねっ! だから放して!)


 《なお事実は……》


 (俺のことはともかくこの子らの名誉のために、俺は事実を認めない!)


 《なんか身勝手なこと言ってるよ、この畜生》


 「うぅぅ、ううぅ……!」


 テンパってしまって、意味もなく唸ってしまう。


 「言われてみると、なんか犬っぽくない唸り声っすね」


 うるさいよ。声に関することは何しても変えられないんだよ。


 「……そういえば魔物は『念話』で話しかけると、実は会話出来るんだ」


 「そうなんすか?」


 ルリエが俺を見ながら、そういうとシィクは首を傾げる。


 「なら、『念話』を繋いで皆で会話してみましょうか?」


 「そうだな。……ちなみにこういう犬系の魔物は、語尾に『わん』とか付くんだ」


 「マジすか」


 (マジで?)


 《えっ、知らない……》


 ラフレシアも知らないか。……くっ、なんか罠っぽいけど、縋るものがないから、やるしかない!


 なんか、繋がった感じがして、心の中にルリエの声が聞こえてくる。


 (お前の名前は?)


 (えっ、と、アハリだわんっ!)


 《マスターかわいいー》


 (マジで? うれしー)


 《……皮肉が効かない》


 皮肉だったの、今の。ストレートに褒めてくれたから普通に嬉しかったんだけど。


 (そうか。お前は野良犬か?)


 (リ、あっ……ヴェ、ヴェルディーグ家の飼い犬だわんっ)


 (主はどこだ?)


 吸収しちゃった。……じゃなくて、


 (えっと、遊んでおいでって言われたわんっ。ご主人はいつも僕をこんな風に外にだすんだわんっ)


 (そうか。ところでお前の体内には寄生虫がたくさん巣くっているらしいが、知っているか?)


 (寄生虫? なんのことだわんっ)


 これは知らぬ存ぜぬで良いだろう。野生動物だろうと飼われた生き物だろうと、自分がたくさんの寄生虫に侵されていることなんて知らないはずだ。


 (そうか……ところでだけどな……)


 (なんだわんっ)


 (さっき犬系の魔物は語尾に『わん』がつくという話したな?)


 (わ、わん……? 言った、言ったわんっ)


 (……あれは嘘だ)


 (うわぁああああああああああああああああああ!)


 「ノリが良いな」


 俺が橋から落とされた悪党のような叫びを上げると、ルリエが苦笑した。


 こ、これは誤魔化すために何か適当な、なんか会話出来ない風なことを言った方がいいか?


 (れ、煉獄が闇を落とせし、虚無のオノマトペは会話が通ずると重いしなんちゃら……)


 「いや、別に会話が出来ない訳でもないからな。大抵の魔物や野生動物は『念話』であれば片言でも意思の疎通が図れる」


 (そ、そうなのか)


 勉強になったよ。それを生かせるかどうか疑問だけど。


 うーん、さてどうしよう。完全にバレちゃった感じだ。


 地面に潜れるけど、こいつら引きずり出せる術を持ってるからな。


 暴れるのはよろしくはないが……手段の一つとして考えておこう。


 ――と、ルリエが俺の上から避けて、ついでマズルに巻き付けていた縄を解く。


 (ん?)


 「別に敵対するつもりはない。どうせ今戦ったところで、意味なんてないしな」


 「ル、ルリエさん……! でも、この人は他の皆を――特にミッシェルさんやロミーさんを――」


 「それは私達が先に攻撃を仕掛けたからだろう。それに昨夜にロミーとミズミを殺さずに教会まで届けてくれたのは、たぶんこいつだぞ? ミズミに至っては、『侵蝕』すらされていなかったしな。破格の対応だろう」


 「……いや、それはそうっすけど……」


 シィクが、うぐぐ、と唸って俺を見つめてくる。憎悪とかは薄いけれど、敵意と警戒心は強い。まあ、本人も実害を被ったしね。対してルリエは敵意の欠片もない。


 「……で、お前の名前は……」


 (アハリート。前世の名前は教えない)


 「アハリート、少し私達と散歩しないか?」


 「ルリエさんっ!」


 むー、とシィクがルリエを睨む。


 ……うーむ、どうしようかね。シィクはともかくルリエには敵意はないようだけど……。


 (ラフレシア、どう思う)


 《さあ。ルリエは独特な性格をしているからね。その心情は分からないよ。でも、真面目かな。少なくとも戦い以外では騙し討ちはしないと思うよ》


 なら、乗ってみようかね。ちょっとタイタンの転生者と会話してみたかったし。


 (いいぞ。この姿のままでもいいか?)


 「別に構わない。……シィクは嫌なら先に行っていても構わないが……」


 「いや、行くっすよ! 二人っきりにするのも、駄目っしょ! なんか不穏な動きをしたら、即座に斬るっすからね!」


 (……斬られるのか)


 剣、持ってないけど。いや、スキルとか何かあるのかもしれない。


 ルリエがシィクに顔を向け、顎に手を当てながら首を傾げる。


 「……斬る……」


 「容赦はしないっすよ! これで――――」


 シィクは腰に手を当てるけど、そこには何もない。二回ほど手をスカして、腰に目を落として何もないのを確認すると……顔をみるみる赤くする。


 キッと俺を睨み付けてくる。


 「なんでもないっす!」


 《シィク可愛い》

 (シィク可愛い)

 「シィク可愛い」

 

 「うるさーい!」


 俺とルリエにそんなこと言われたシィクが、ぽかぽかと叩いてくる。


 そんなのどかな昼過ぎであった。






 

 

 「犬というのは確かに子犬も可愛いが、成犬もまた愛らしいと思うんだ。何より思い切りじゃれられるというのが大きいな」


 (分かる。年を食うごとに可愛くもなっていくよな。老犬は老犬で弱々しさに愛おしさを感じるというか……)


 「骨と皮だけになって痛々しさは感じるが、確かに可愛いな。長い間ぐっすり寝ているのが高ポイントだ。どれだけ安らぎを与えられるか考えるようになる」


 俺とルリエは町を散策しながら、犬トークを繰り広げていた。


 戦いみたいな状況で相対したらかなり嫌な相手だったけど、話してみたら普通な奴で好印象だった。かなり動物好きっぽいな。


 争わなきゃ友達になれてたかもね。


 ちなみに可愛いシィクは、俺とルリエとの会話に入ってこれず、手持ち無沙汰状態だった。ぶっすりとした顔で俺を見ている。なんだか俺へのヘイトが溜まってる気がするぜ。


 話題振った方が良いよな、これ。


 俺は犬顔をシィクへ向ける。


 (ところでどこ行くんだ?)


 「え? あ、はい……えっと……買い出しの他に……お菓子屋さんへ……」


 (やだっ、乙女っ)


 「なんか馬鹿にされてる気がするっす」


 (そんなことないよー)


 犬にあまり表情がないのが幸いした。もしかしたらニヤニヤしてしまったかもしれない。


 というか、滞在している理由が本当に国が関係ないことっぽいな。本当かどうか分からないけど……なんか嘘つくような奴っぽくもないしな。こう言っちゃ悪いかもしれないけど、シィクって策謀とか苦手そう。


 「知ってるとは思うが、プレイフォートは菓子関連が有名なんだ。アントベアーの飼育で得た糖蜜を使っての料理が実は盛んだったりする」


 (知らんかった)


 ルリエの説明を受けて、目からウロコが落ちた気分だ。思えば、この町のことあまり知らないなあ。探索とかしたい。冒険者ギルドとかあるかな? 依頼受けたい。


 「……実を言うと、うちはそれが目的で今回の仕事に参加することにしたんすよ。……あそこまで切羽詰まる予定じゃなかったんで、仕事内容の『本命』は知らなかったんですけどね」


 (『本命』はともかく、どういう内容?)


 「ゾンビの討伐。まあ、お前のことだな。私はアンデッドに興味があって出来れば、仲間に欲しかった」


 「……死ににくいってだけってことで、いけると思ったんすけどね。まさか聖人の人達も倒すとか……」


 シィクの視線にほんのり畏怖の感情が宿っていた。うむ、ちょっとその思いを緩和させようか。


 (ぴちぴち、ぼくはわるいゾンビじゃないよ)


 「悪くなくても危ないでしょうに」


 (そこは言い返せねえ)


 毒は制御出来るようになったけど、未だ寄生虫の危険性は下げることは出来ていないからな。


 ルリエが俺をジッと見つめてくる。


 「それにしても奇襲を仕掛けてきたり、話では一昨日には一度進化したりしたそうだが。……ずいぶんと面白い存在だな。ゾンビ――アンデッドは本来、成長しにくいはずなんだが。……そもそもなんでゾンビになってるんだ?」


 (それは俺が聞きたい。気付いたら、この身体になってた)


 「それはそれで同情するっす。……寄生虫たっぷりとか触手生やすとか耐えられそうにないっすから」


 (あっ、その進化に関しては割とノリノリでやったよ)


 「え?」


 俺はシィクから視線を逸らし、続ける。


 (成長、に関してはこれは……まあ、言っていいか。早い方だな。大体一日くらいでスキル取れたり、進化したりするし)


 「…………」

 「…………」


 ルリエとシィクが俺をなんかやばいもの見る視線を向けてきた。あっ、やっぱり言わない方が良かったかな?


 《マスターはかなり特殊な存在だから、気軽には言わない方が良いよ。少なくともスキルとレベルアップ関連は。普通そんなに早く取れたり上がらないから》


 そうなのかー。もうちょっと自分が異質だって自覚持った方がいいね。


 まあ、自分を特別と思えないのは、スキルを簡単に手に入れようが、早く進化出来ようが、未だ俺より強い奴はごまんといるからなんだけど。


 実際、ここまでそれなりに進化をしつつスキルを手に入れてるけど、素の能力じゃチェスターに敵わなかったし。


 「なんか野放しにするのが危険に思えてきました」


 「……せめて今からでもうちに来ないか?」


 (勧誘ありがと。けど、そっちにかなり酷いことしたし、たぶん、なあなあで受け入れてくれる奴は少ないんじゃない? そもそも俺、能力的に人里に住めないからさ。平和に暮らすなら、どっか人がいない遠くに行くよ)


 「……なんかまともなこと言ってるっす」


 「魔女と一緒に世界を滅ぼすとか言った方がしっくり来る奴なのにな」


 (うるさいよ。ていうか、俺的にもまだリディアに協力するか悩み中なんだからさ)


 詳しい話は知らないけど、『世界を救う』にはリディアの方が確実らしいから今のところは言うこと聞くけど。でもラフレシアのプランも聞いて、そっちが実現可能で被害が少ないならそっちをやるつもりだ。


 「……本当にまともなんすね、貴方は」


 (たぶんそっちと先に出会ってたら、味方してたと思うぞ)


 《…………》


 なんかラフレシアから不思議な感情が伝わってきたような気がした。なんかもにゃもにゃした複雑な感じ。……まあ、俺がタイタン側の味方だったら、今頃ラフレシアはこんなことになってなかったからな。思うところがあるのだろう。


 ……あっ、一応、ラフレシアのことについて二人に話しておこうか。まあ、状況見てだけど。場合によっては返せって言われて敵対しかねないし。


 そんなこんな考えていると、小綺麗な区画にやってきた。なんとなく女の子が多い気がする。ちょっと飾り付けもファンシーな感じ。


 「甘い匂いがするっすね」


 「甘ったるい感じじゃないのがいいな」


 (……その感じだと、ルリエって祭りとかでクレープとかよりたこ焼きとか買う派?)


 ルリエが頷く。


 「がっつり、串肉派」


 うーむ、ワイルド。


 「あっ、ルリエさんてお菓子苦手でしたか?」


 シィクがちょっとだけ申し訳なさそうな顔になって、上目遣いでルリエを見やる。


 ルリエは首を横に振る。


 「嫌いじゃないな。……まあ、たくさん食べられるかどうかと言われると無理だが」


 「そうっすか。うち、買ってきますが何かリクエストは?」


 「……あー……分からないから、おすすめを頼む。ただしあまり甘すぎないのを」


 「了解っす!」


 シィクがてててーと店の方に言ってしまった。ルリエはついていかない。


 ……うーむ? こういう場合って女子二人できゃっきゃっうふふするもんじゃないの? それとも俺を見張るためかな? だとしたら悪いことしたけど……。


 ……いや、それとはまた違う感じがある。


 (……なんかシィクと距離、というか関係の手探り感あるな)


 「それはそうだ。今回の仕事で話すようになったからな。そもそも私は普段はあまり人と話さない」


 なるほどボッチか。……いや、一匹狼か。別にコミュニケーション取れないわけじゃなくて、率先してやらないだけか。


 こういうタイプって別に沈黙とか苦じゃない奴が多いし、むしろ逆に会話が面倒になるのとかいるんだよな。話しかけるのは程々にしようか。


 でも俺が気まずいしなあ。……あっ、そうだ。


 俺はなんとなく仰向けに寝転がって、ルリエを見上げる。


 「……どうした」


 (俺を撫でたいんじゃなかろうかと)


 「それはない」


 (そっかあ)


 「……ただ、ディテールは少し気になっていた」


 ルリエがしゃがみ込んで、俺のお腹をじっくりと観察してきた。やっ――そんなに見ないでっ、恥ずかしいっ。


 ついでに触られちゃう。


 ちなみにこの犬の身体は、それなりに作り込んではいる。特にお腹のしっとり、ぷにぷに感は再現出来ているんじゃなかろうか。


 俺がルリエとじゃれていると、シィクが紙袋を持って戻ってきた。……紙袋って普通に使われてるんだ。それとももしかしてタイタン製のものかな?


 「……何やってるんすか?」


 「構造が気になってな。触って見ると内部ででかい何かが蠢いているのが分かる」


 (意外に俺の中身が暴かれちゃってた……)


 きゃっ、と身をくねらせるとシィクにジト目で見られてしまった。あっ、ルリエと仲良くし過ぎて嫉妬しちゃったかな?


 (そっちも触る?)


 「いや、良いっすよ。ルリエさん、どうぞパンっす」


 「ああ、ありがとう」


 「貴方も」


 シィクが俺にも菓子パンを差し出してくる。


 (……ありがたい……けど、俺、味とか分からないからなあ。せっかくの美味しい物なのに、俺が食っちゃうと勿体ないかも)


 「……そうなんすか? …………なんかそれってかなり悲惨なような」


 シィクとルリエにもちょっとだけ同情的な視線を向けられてしまった。やっぱり味覚とか触覚ないと可哀想に思えるよな。まあ、もう気にしてないけど。


 (慣れればそうでもない。なんでも食えるし。……だけどやっぱり俺が食うのは勿体ないから……そうだな……ラフレシア)


 《…………ここで呼ぶの?》


 俺がラフレシアに呼びかけると、嫌そうな声が聞こえてきた。でも、渋々俺の胸辺りから(未だ俺は仰向けになっている)、出てきた。


 ラフレシアを見て二人が目を見開く。


 「あっ――ホスタさん!?」


 「無事……だったのか?」


 《まあね。……パンちょうだい》


 「え、あっ、はい」


 そう言って、ラフレシアはシィクに腕を伸ばして菓子パンを受け取る。やや大きめだったため、抱えきれずに尻餅をつくけれど菓子パンは放さなかった。


 そのまま、もすもすと食む。可愛い。


 (美味い?)


 《……うん》


 なら良かった。というか、やっぱり普通に味覚とかあるんだ。


 ……うーむ、もし感覚の共有とか出来れば、俺も食べ物の味とか感じられるようになるかなあ。出来ればやりたいけど、ラフレシアに負担がかかるかどうかとか慎重に調べないといけない。


 「…………」

 「…………」


 なんか二人がジッとラフレシアを見つめている。


 ラフレシアを出したら、二人に質問攻めにでもあうかなあ、と思ってたんだけど意外にも何も言ってこなかった。


 ラフレシアが一体、どういう状態か、判断出来ないから困っているんだろうな。『ホスタ』のまま弄ってないけど、向こうには、そうなのか分からないから。


 俺が言ったところで信じられないから、……会話を重ねさせて判断してもらうしかないんだよな。


 だからこそ、この沈黙は色んな意味でちょっときついぜっ。


 ――と、そんなことを思いながら俺が静かに仰向けになっているとラフレシアが口を開く。


 《……ロミーは?》


 「まだ教会にいるっすよ。治療に当たるローラさんが向こうで体勢整えるのと、準備してから出発する予定なんで。……たぶん、今なら会えるはずっす」


 《……そっか》


 「会いに行かないのか?」


 《…………。行かない。マスターがついてくることになるし。……それと、もしロミーが元に戻って私のこと聞かれたら、『ホスタは、もう何も覚えてない。完全に操られてた』って言っておいて》


 ルリエが眉根を寄せる。


 「……良いのか?」


 《良いよ。……どっちにしろ、早かれ遅かれ別れるつもりではあったし》


 そうなの? 何か事情があるのかね。妖精憑きになるための条件とか色々あるのかもしれない。


 ちなみに俺はこの件に口はださんよ。だって、そのロミーを傷つけたのは俺だし、そんな奴が横から口出すのは正直、どうかと思う。


 「……一応、『捕虜』か。……扱いはどうだ?」


 《割と優しくはしてくれてる。……ちょっとエッチなこととかしてくるけど)


 いきなり何言うんだい。これは口を出さねば!


 (待って! エッチなことなんてしてないよ?)


 「さいてーっす」


 シィクに蔑んだ目で見られてしまった。


 (誤解ですう!)


 《口に触手入れられたり、身体中ヌメヌメにされたり》


 「女の敵っす。マスターとか呼ばせてるし」


 (むぐぐっ)


 言い方はあれだが、事実だから言い返せない。くっ、ここに来てシィクの好感度がだだ下がりになってしまった。あと、『マスター』は俺が呼ばせてるわけじゃないよ。説明が面倒だから詳しいことは言わんけど。


 ちなみにルリエはというと……フッと鼻で笑っていた。


 「……何かしらの拘束はされているんだろうが、そういうことは言えるんだな」


 《…………まあね。ある意味、自由ではある》


 ラフレシアはそう言ってため息をつく。


 ルリエが俺へと視線を向けてくる。


 「私が言うのもなんだが、よろしくやってくれよ。……どうせ解放するつもりはないんだろう?」


 (もちろん。でも酷い扱いはしないって誓うよ)


 酷いことする理由もないし。


 あと解放についてだけど、ラフレシアには俺について色々と知られちゃってるから無理だ。


 それにラフレシアって役に立つし。魔道具とか集めればもっと活躍してもらうことも出来るだろう。そんな色々な理由から解放は出来ない。


 ……あっ、ベラさん辺りになんか魔道具作ってもらったりしようかな? 確か、魔道具に精通してたはず。今度会いに行ってみよーっと。


 シィクが、むむむっ、と俺を睨む。


 「……でも、このまま見逃すっていうのは……」


 「どうしようもないだろう。あと力尽くはやめといた方が良い。たぶん今は普通に会話しているが、少しでも攻撃すれば容赦なく襲ってくるぞ。今の私達には武器もないし、ろくな抵抗も出来ずに負けるだろう」


 《マスターってそういうところあるから、何もしないで欲しいかも》


 (人を危険人物みたいに……。いや、まあ、そうなんだけど。なんかこの身体になってから、『そういうこと』に遠慮なくなってるんだよね)


 俺がそう言うとルリエが頷いた。


 「魔物は他者を傷つけることに対して忌避感が薄いようだからな。たぶんその性質に引っ張られているんだろう」


 そうなのかー。やっぱり魔物の魂のせいか。だったら、やっぱり一線を越えるのは常に考えてやらないといけないな。特に何かをやる際の理由付けとかには気をつけないと。正義うんぬんとか言い出したら、たぶん恐ろしいことになる。


 シィクが悲しそうな顔でホスタを見やる。


 「……ホスタさんは良いんすか?」


 《良くはないけど、仕方ないよ。……ある意味、自業自得ではあるし。むしろ、やったことに対して破格の待遇過ぎるくらい》


 「……そうっすか」


 シィクはがっくりと肩を落とす。


 うーむ、ちょっと罪悪感。でも、悪びれない。だってラフレシアを返したくないんだもん。少なくともタダじゃやだ。返して欲しくば見返りを何か持ってこーい。


 そんなこんなで俺は自分本位なのである。でも普通は大抵、そんな知的生物ばかりじゃない? シィクが純粋過ぎるだけなんだよ。


 ふふっ、現実は糞であることをこの純粋な少女に教えないといけないな。


 俺は前足を内側に寄せて、ラフレシアの肩に近づける(可動域的にくっつかなかった)。ついでに口を開けて舌を出すけど、ゲス感は……出ないな。普通に可愛いだけだわ。


 (いぇーい、シィクちゃん、見てるぅ? 妖精ちゃん、もう君んとこ戻らないからあ。俺んとこの方が良いってさあ)


 《マスター、パンに毛、つく。汚い》


 (あっ、ごめん)


 ちょっと前足を離す。


 なんか締まらなかったけど、俺のNTRビデオレター風チャラ男ムーブを見て、シィクは、ぐぬぬっと拳を握る。


 「なんかムカつくっす! 無駄に可愛い犬のせいで余計に!」


 この子、素直な反応で面白いわあ。


 ルリエがシィクをどうどうと落ち着かせようとしている。


 「ああいうのは反応すると面白がるから、放っておくんだ」


 「……うー、まあ、そうっすよね……――何言われようと我慢するっす!」


 「…………」


 口に出して言っちゃったシィクにルリエがなんか可哀想な子を見る目をしてしまった。


 ……口に出しちゃ駄目なんだよ、そういうの。少なくとも俺みたいなのに目をつけられるから。


 (へえ、耐えられるんだぁ……)


 「ふんっ、うちは我慢強いんで! 無駄っすよ!」


 《……駄目そう》


 ラフレシアが心の中でボソッと呟いた。うん、同感。


 じゃあ、一単語で陥落させちゃおう。


 (淫魔)


 「んぼふぅっ!」


 シィクが咳き込みかけてしまった。


 一瞬だったな、本当に。


 さらに顔を赤くして、汗をダラダラ垂らして、少し後退る。


 顔に出すぎじゃない? ……あのさ、本当にこの子、この世界でちゃんと生きてこられたの? 今後も大丈夫かと心配になってきた。弄るのはもうよそうかな。


 《……マスター、可哀想だからもうやめたげて》


 (……うん、さすがにこれは……ごめんね?)


 「助かる」


 ルリエが痛み入るように頭を下げてくる。


 「うっさいっすよ!? ど、同情するなあ! ばかあ!」


 シィクが、むきぃ、と地団駄を踏むけれど俺ら三人は優しい目で見つめていた。


 あっ、そういえばそのフーフシャー戦で気になることがあったんだ。蒸し返すのは止めた方が良いんだろうけど、一つだけ聞こう。


 俺はルリエに顔を向ける。


 (気になったんだけど『それ』の詳しい話は良いんだけどさ、あそこ通路だったじゃん。しかもそっちから王妃様来たからさ、『無力化中』を見られたんじゃない?)


 「いや、問題なかった。たぶんその時には私達は近くの部屋に連れ込まれていたからな。……想像以上に厄介な相手だったよ。時間が経てば経つほど立っているのすら難しくなるんだ」


 ふっ、とルリエが遠くを眺める。シィクは顔を赤くして俯いていた。


 「……ルリエさんには申し訳ないっす。……自分が先に音を上げる感じになっちゃったんで」


 「まあ、お前はそもそもああいう支配系の耐性が低いものな。挙げ句、性的『指向』まで変えられたんだ。……その後、支配関係なしに積極的になったのはどうかと思うが」


 「い、いや、あれはルリエさんがなんか諦めて、子供作ろうとしたのが原因でしょうに! もうちょっと自分を大切にしてくださいよ!」


 「ああすれば、お前に手を出させず終われたかもしれないからな。……まあ、あれはあれで面白かったが。女同士はああやるんだな。それと重なった時に後ろからあいつが指を――」


 やんややんやと二人は俺らそっちのけで話している。聞いているだけで楽しいから良いけど。


 ちなみにラフレシアもパンを口につけたまま、黙って聞き耳を立てていた。良い趣味してる。


 (……結構ぼかしてるし、……フーフシャーさんに詳しい話聞こうかな)


 《……変態。…………でも、マスターが聞きたいならそうすれば?》


 興味なさそうにしているけど、実際は興味津々だろう。それについて茶化しはしないけど。


 無論、一緒になって楽しみもしない。こういうのはこっそり隠れながらやるのがいいのだ。


 俺とラフレシアはそんなこんなで、ルリエとシィクのエッチな会話内容に静かに耳を傾けるのだった。

 






 

 エッチな話は二人がすぐに我に返ったから、程なくして終わっちゃった。


 んで、ルリエが俺に顔を向けてくる。


 「そういえばこっちも聞きたいことがあるんだが、良いか?」


 (話せる範囲でなら)


 俺の能力とかフーフシャーさんのこととか、城のこととかは駄目だな。


 今、仲良くしてはいるけど、俺とこいつらは敵同士だからね。


 「別に大したことじゃない。……終わったこと、――昨日と一昨日のことについてだ。答え合わせがしたいだけだ」


 ルリエが腕を組んで見下ろしてくる。背が高いから結構威圧的。しかも未だ俺はお腹を見せびらかしているから、降伏している感が強い。でも体勢は直せない。だってまだ、ラフレシアがパンを食べてるから。


 (答え合わせ?)


 「ああ。二つだけだ。まず、一昨日の……裏町に『巣』を作ったことについてだ」


 あー、チンピラ達の屋敷を使ったあれね。『巣』とは的を射た言葉だ。……うん、あれは我ながら中々にえっぐいことしたと思っているよ。短い間だけど実験も結構したしね。


 けど後悔はしていない。むしろもっと時間があれば、部屋一面を肉々しくして、ワームの生産&その部屋内だけでもワームだけで戦闘を行える施設も作りたかった。


 「聖人達の妖精からホスタを通じて、状況は知っていた。……あれは次の日に行う処刑中断のために必要なものだったんだろう。だが、あそこを使ったのはあくまでお前達にちょっかいをかけていたチンピラ達がいたからだ。まさか、あいつらを初めから使うつもりじゃなかったんだろう?」


 (まあな)


 本当にただの答え合わせなのか。しかもなんか当たってる感じだな。……ちょっとこの勘の良さ、危ないかもな。口封じのために何かするつもりはないけど。


 「……じゃあ、もしあいつらが現れなければどうしていたか考えたんだ」 


 ルリエがそこで言葉を切り、吐息をついて改めて続ける。


 「…………その場合、教会や修道院を『巣』にしていたんじゃないのか?」


 「……!」

 《……っ》


 (正解)


 俺は静かにそう答える。


 そう、俺はもしチンピラ達が現れなかったら教会や修道院を『巣』にしていた。もしくは聖人達に裏町の『巣』を壊されていたら、そっちを使っていただろう。実際、計画に移るにしても『本物』を使った方楽だし。


 なんやかんやと聖人達は『正解』を導き出していたのだ。


 ……もしかしたら、今、俺はこいつらと話をしてなかったかもしれないんだよな。下手をすれば俺の経験値や肉体の一部になっていたかも。


 それを分かったからこそのラフレシアとシィクの反応だろう。


 ルリエは軽く頷く。


 「そうか、やっぱりか。別にそこを言及するつもりはない。……それともう一つ。処刑中断後の話だな。あの後、本来は仲間を使って噂を広げるつもりだったんじゃないのか? 『クレセント』や『古の魔女』関連の話をだな。特に魔物を殺したことによって『古の魔女』がやってくることを広めたかったんだろう」


 それも正解。一応、『古の魔女』について関係する話はしていたけど、イコールで『古の魔女』がやってくると考える人は少なかったかもしれないからな。もしかしたらそこまで危機感を抱かれない可能性もある(実在を疑われていたし)。


 直接的には関係ないけど、町の人間に『古の魔女』に町が滅ぼされるかもしれないという思いを抱いてもらうことは重要だったのだ。そうすれば城の人間の行動も絞ることが出来るらしいから。


 あと、教会の権威を失墜させるためにもね。


 「……そう『本来なら』、な。だが町を見張っていたが、お前の仲間は現れなかった。……原因はあの『姫様』だろう。彼女はそっちにとってもイレギュラーであったんだろう?」


 (まあね)


 うーん、やっぱり勘が良い。大体正解だ。しかもこっちの動きを予測して行動に移っていたらしいから、下手をすれば人質とか取られてこっちの計画が瓦解しかねなかった。危ない危ない。


 お姫様、様々だぜっ。


 ルリエはため息をついて頭を横に振る。


 「以上だな。……私の考えは当たっていたが……対応が出来ていないのが問題だな。まあ、魔物のいない魔物使いにどうしろというんだが」


 カレーのないカレーライスみたいな。お皿には白米だけ! 他のおかずがあれば食えないわけじゃないけど、『違うんだ』感が半端ない。


 要はルリエは力を発揮出来なかったっぽいな。


 つーか、こいつ竜を操ってたよな? ……プレイフォートがしっかりした町で良かったよ。じゃなきゃ、俺は教会や城で竜とか他の厄介な魔物とかと戦ってたかもしれないわけだし。こわっ。


 (あんまりお前とは敵対したくはないな)


 「私もだ。今度出会う時は出来れば、共闘したいものだな。無理だろうが」


 無理だろうね。少なくとも、お前がタイタンにいて、俺がリディアと一緒にいる限りは。


 ――と、ラフレシアがぺしぺしと俺のお腹を叩いてきた。手には半分ほどに減った菓子パンがある。……ちょっとお腹がぷっくらしているな。ふふっ、可愛いぜ。


 《マスターお腹いっぱい。残りはあとで食べる》


 (はいはい。シィクちゃんや、紙袋ちょうだい)


 「え、あっ、はい」


 シィクにそう言うと、素直に紙袋を寄越してくれた。それにラフレシアのパンを入れて、口に咥える。んで、ラフレシアには魂の中に戻ってもらい、俺は立ち上がった。


 (んじゃ、そろそろ行くわ。パンありがとうな。……話はもう良いだろ?)


 「ああ、私はな」


 「……うちも特にないっすよ。でも、ホスタさんは……」


 (返さんし。あと、今はラフレシアって名前になってる。俺に憑いている間はそう呼んでやってくれ)


 「うぅっ……名前まで変えるとか、中々に外道っすね……。……もう一度、最後に聞くっすけど……ホスタさんは良いんすか? ロミーさんに『嘘』を教えることも含めて」


 《良いんだよ》


 ラフレシアが俺の背中から現れてそう言った。


 《……良いの。それに『取り返しの付かない』ことならきっとロミーも仕方ないって諦めて他の妖精に変えてくれるでしょ? ……その方が楽なの》


 「そんな……」


 《これは私のワガママでもあるんだよ。……嫌だよ。もし『助けられるかも知れない』のに、諦められて仕方ないって他の妖精に変えられるのが。……そっちの方がずっと辛い》


 ラフレシアが悲しそうに笑った。


 《……私はロミーの『特別』で在り続けたいの。……少しでも、ほんの少しでも、そう思いたいから……だから、本当のことは言わないで。……お願い》


 「…………」


 ラフレシアのそれは懇願だった。本当のこと言うのは、必ずしも救いにはならないってことだな。


 シィクが顔を歪ませて、うなだれる。


 「分かったっす。……そういうことなら、言うべきじゃないんでしょうね。……あなたっ」


 ずびし、と俺はシィクに指を突き付けられてしまう。


 (夫的な?)


 「そっちじゃないっす! うぅ、――『お前』! ホスタさんに酷いことをしたら許さないっすからね! その時は今度こそぶった斬るっす!」


 (今度も無刀で?)


 「……今すぐ蹴っ飛ばしてやりたいっすね」


 シィクに睨まれてしまった。かなり嫌われたものだなあ。この子って相当人当たり良い奴だと思うんだけど。……俺の態度が悪いのが原因なんだけどね。


 ……まっ、冗談は言ったが、侮るつもりはない。その時は俺も負けんよ。


 (色々と肝に銘じておく)


 俺そう言って、二人に背を向けてテクテクと歩き出す。


 たぶん、俺が見えなくなるまで見送っていたんだろう、二人が動く気配はなかった。


 ――今度会う時はどんな感じになるかな。


 たぶん確実に敵だろうけど……そうならないことをほんの少しだけ祈ることにした。

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