エピローグ
灰色のくすんだ世界が一面に広がっている。
皆が皆、『彼』を見つめるが、誰も『彼』を見てはいなかった。
『彼』は喚く。
その言葉は、全員に行き届くが、けれど誰にも届きはしなかった。
彼らは許されているから、元王子である『彼』に野次を飛ばし、笑う。怒れば怒るほど、彼らは笑う。
どうしてこうなった。
何もかもが手元にあったのに、たった一晩で全てを失った。
そして最後に残った命さえ消えそうになっている。
誰のせいだ。こうなったのは一体誰の――そう思うと脳内に次々と見知った顔が流れゆく。
『彼』を唆したチェスターと共にいた『黒衣の男』。そいつは『彼』は何も悪くないと囁き、煽動した。
そして完璧な呪いだと豪語するチェスター。呪いは破られ――いや、あいつ本人が何故か解いてしまったのだ。呪いの反動で、レベルもスキルも全て『第一王子』の下へいってしまった。持っていた全てのものを、あいつのせいで失ってしまったのだ。今はどこにいるのやら。
今、この場にいるのは勝ち馬に乗ろうとして、結局何もせずに同じように首を斬られるのを待つ者達だ。
有力な貴族と言えど、『クーデター』の首謀者側に属するならばと処刑されることになった。
自分以外は全て役立たずだ。そうなのだ。せっかく力を『貸して』やったというのに。
『彼』のスキル『覇王ノ鼓舞』は仲間となった者達へ能力を上昇させる効果がある。強化されれば普通ならば圧倒出来るはずなのだ。
なのにも関わらず、その効果がまるで乗ってないかのような体たらくだった。
どいつもこいつも役立たずだった。自分の能力をまるで生かせていない。
全て、こいつらのせいだ。
――『彼』はそう、共に立つ者達を罵る。
すると今まで青白い顔をして次に来るであろう死を待っていた彼らに怒りが灯ってしまった。
「何もせずにいた者が何を言う!」
「お前があの時、逃げていれば!」
「そもそも負けるはずがなかったのではないのか!」
「役立たずは貴様だろう!」
――そう口々に言う。止まることはなく、その囀りは大きくなり――、
「黙れ」
……『第一王子』の一声で止まった。
低い声であっても、良く通った。少なくとも広場を静かにさせる効果があった。何らかの魔法か、スキルの効果か。
『第一王子』は多大なる覇気を纏いながら、歩み彼らの前に立ち睨み見据える。やはり何かしらの『効果』があったのか、中には元将軍がいながら震えあがってしまったほどだ。
「――どうしてお前達は最後まで恥を重ねる。潔く散れないのか? 特にお前だ、クレセント」
そう言って『第一王子』が『彼』に目を向ける。いつも傲慢な『彼』でさえ、うぐっと言葉を詰まらせてしまった。――と、そこで『彼』は魔力さえ抑制されていなければ、こんな力はじき返せるのに、と心内で自己弁護する。
『第一王子』は言う。
「てめえはズルをした上に他人に全てを任せて、一切の責任を負わなかったくせに失敗したら、責めるだけ。最後の最期まで己を正当化して恥ずかしくねえのか?」
ズル? 何を言っている。奪ったのはそっちだろうに。何も持っていなかったのはそっちだろうに。全てこちらが持っていたのに、奪っていったのはそっちだろうに。
責任なんてそもそも自分には一切関わりがなかったことだ。
「ズルをしたのはお前で――全部、お前が奪ったんだろうが! 僕の持っていたもの、全部!」
5年前からだ。弱者なら弱者らしくうずくまっていればいいのに勝手に力をつけて、打ち負かしていった。
実の弟や妹、さらには母親すらこちらを下卑たものを見る目を向けてくる。あいつらも全て『第一王子』の味方。自分が本当に血の繋がった存在なのに、一切味方をしてくれない。
「全てを持っていたのは僕だ! 出来損ないはお前だ! 奪ったのはお前だ!」
「ああ、俺は何も持ってなかったぜ。けど何も奪ってねえよ、手に入れたんだ、全部。……てめえはただ単に取りこぼして……自分から捨てただけなんだよ。それが分かんねえのかよ」
『第一王子』はわずかながら哀れみの目を向けてくる。
「そんな目で僕を見るな! 僕は『才能』があったんだ! お前より優れた『才能』が!」
「そうさ。てめえはその『才能』だけで満足して、何かを手に入れる努力をしなかった。それだけで満足しちまってたんだろ。研鑽すれば、俺はてめえの足元にも及ばなかったはずなのによ」
「――――っ」
ぐっ、と『彼』はまた言葉を詰まらせてしまった。けれど今度は何かのスキルを使われたわけではなかった。ただ『第一王子』の言葉が『彼』を認めるような、そんな言葉だったから、否定出来なかった。
「何事も絶対なんてありはしねえ。どんな『才能』があったって研鑽しなけりゃあ、腐っていくもんなんだよ。それをてめえは理解しなかった」
「…………」
だったらどうすれば良かったというのだ。そんなの綺麗事だ。
自分を神輿に担ぎ上げてきた者達は何も言わなかった。凄いと口を揃えて称賛し、……だから奴らの言ったことを信じてひたすらやってきた。そうすれば上手くいくと言われたから。
努力しろなんて誰も――いや、母親が一度、言ったか? 記憶が曖昧だ。覚えていない。
――ああ、そうだ。言葉では何とでも言えるだろう。研鑽をしなかった? 優れた師についてもらっただけだろう。何かしらすごく強くなる方法を教えてもらっただけだろう。自分はそれを知らなかっただけだ。
……そうなんだ。そうに違いないんだ。
そう思いたかった。そう信じなければ、何もかもが崩れてしまいそうだったから。
だから『彼』は無意識に言葉を漏らす。
「……だったら、僕はどうすれば良かったんだよ。誰も、何も教えてくれなかったんだぞ」
「…………」
『第一王子』は悲しそうな顔になり、告げた。
「知らねえよ」
吐息をつくと背を向け、さらに続ける。
「俺はてめえじゃねえ。自分がどうなるかなんて決めるのは自分だ。少なくとも他人に選択を任せてた奴なんかには何もできやしねえよ」
『第一王子』の片腕がわずかに動く。彼が手を挙げれば、その瞬間に刑は執行されるであろう。でも、その腕はすぐには挙げられず、何かを待つようにしばし固まる。
――『彼』は俯くと消え入るように言う。
「……僕に、そんなこと、分かるわけないだろ」
「そうかよ」
『第一王子』はそう呟くと腕を振り上げる。
同時に『刑』が執行された。
――最期まで何一つ決断出来なかった『彼』は、何も為せず手に入れられぬままその生涯を終えた。
※ちょっとした補足
最上位スキル:『覇王ノ鼓舞』
通常効果は自分以外の者に身体能力強化の疑似スキルを付与させる。『覇王ノ鼓舞』を持つ者に対して信頼を寄せれば寄せるほど、強化の上がり幅が大きくなる。無論、信頼されていなければ、無意味な力。




