第三十九章 人を呪わば穴二つ
チェスターが窓から飛び出し、それを追うようにフェリスも飛び出して、さらに慌ててアハリートが飛び出していった。
アンサムは、さすがに心配になって窓まで駆け寄り、見下ろす。
アハリートがフェリスを引き寄せてから壁に張り付き、速度を落として滑り落ちていた。その最中に色々とあったようだがなんとか無事に辿り着いたのを確認した。
無事だったから良かったが、いくら何でも無茶をし過ぎではないだろうか。
特にフェリス。下手をすれば、死ぬ可能性があるというのに。
アンサムはため息をついて振り返る。
背後には、いつの間にかウェイトが立っており、少しドキリとする。
彼はニコリと微笑む。
「フェリス様とあのヴェルディーグ家、長男の姿をしながら触手を生やす不思議な彼? はどうなりましたか?」
「ああ、あいつは問題ねえよ。……俺のことは……知ってるのか?」
「ええ、貴方様の中身が違う、ということなら。……どうしましょうか? 間に合うかどうかは分かりませんが、彼らの元へ向かいましょうか? それともここで貴方様の援護を致しましょうか?」
「フェリス達の方へ向かってくれ。特にアハリート――ヴェルディーグの方を出来れば守ってやってくれ。あいつが今回の要だ」
アンサムがそう言うと、ウェイトは恭しく頭を下げる。
「御意に」
「……あと、じいや。最後に良いか?」
「なんなりと」
ウェイトは小首を傾げて、相変わらず微笑みを称えている。
「王は……何をしている」
「それなりに手は打ってはいましたよ。特に貴方様を探すことに尽力していました。――これは秘密ですが、もし貴方様が自力でなんとか出来なければ、手助けするつもりだったようで。……ここまで戻って来られたこと、感心しておられました」
「……そうか」
アンサムは吐息をつく。――気付いていなかったわけではないようだった。むしろ、力の限り手を貸そうとしてくれていたようだ。
まあ、最後まで助けろとは思うが。少なくともルイスに関係することにはもうちょっと気を配っていて欲しかった。
ウェイトは「それでは」と頭を下げると、足早に立ち去っていった。消えていなくなる、と思ったがあの瞬間移動は短距離移動に特化したものなのだろうか。元に戻ったら是非とも手合わせして、今度こそあの能力を暴いてみたいものだ。
それにはまず、自分の身体を取り戻さなければならない。
アンサムは伸びている将軍から剣を拝借する。さすがにナイフでは心許ない。
剣を手に取ると、ややずっしりとした重みが伝わってくる。
この五年、本物の剣を手に取ることはほとんどなかったが、木や鉄の棒を用いての素振りや訓練を欠かしたことはなかった。
他人の身体だろうと、呪いのせいでいくら頑張ってもスキルを手に入れられないとしても、怠ることはしなかった。
(……さて、俺の五年の重みは酔っ払いには通じるか?)
クレセントは、ウェイトとチェスターの争いから逃れるために部屋の隅で縮こまっていた。あんなのでも、たぶんレベルは50を超えているだろう。たとえ自分から奪ったレベルやスキルであっても、そしてそれらが呪いによっていくらか力が制限されていても、十分脅威だ。
油断したら、簡単に倒されてしまうだろう。
別に一対一で戦う必要はない。イユーか、ウェイト辺りに手伝ってもらえば良かったのだ。それを卑怯などと喚くのは、恐らくクレセントただ一人だ。彼が卑怯な手を使ってきた以上、彼が口にする言葉に重みなどない。故に従う道理もない。
けれど、アンサムはクレセントを自らの力で打ち倒したかった。
己の才能のみに固執、努力を怠った愚か者を、努力で負かしたかったのだ。
それがクレセントに対する最大の仕返しであったから。
「イユーさん、剣を。投げてくれて構わない」
「どうぞ」
アンサムはちょうど将軍の武装を解除していたイユーに声をかけ、剣をもらう。そして受け取ったそれをクレセントの足元に放った。
彼はビクリ、と身を縮こませると、剣に目をやり、次いでアンサムを見上げた。
アンサムはクレセントに口元を歪めて言う。
「拾え。決闘だ。それとも馬鹿みたいに逃げるか?」
「――! 何を――出来損ないが――!」
クレセントは即座に沸騰してくれた。それほどまでに彼にとってアンサムの存在は気に入らないものなのだろう。
クレセントは震える手で剣を掴むと、よろよろと立ち上がる。鞘から剣を抜き、構えた。
アンサムも同様に剣を構え、一定の距離で睨み合う。
どちらも正眼に構えているが、クレセントの切っ先がややブレている。呼気も荒い。酩酊状態であるならば、このまま待ち続けるのも辛いはずだ。
「――っ。はぁっ!」
やはりクレセントが先に焦れて、剣を振り上げながら迫ってくる。――狙いは、まあ、頭や身体を直接狙う気がなく、剣での斬り合いだとすぐ分かった。
アンサムは冷静にそれを観察し、小さく歩み出す。そして剣がぶつかり合う寸前に腰と手首を捻り、クレセントの刀身を真横から弾いた。
「――!?」
クレセントが、驚きにわずかに目を見開く。その力は思いの外、強かったようで体勢をわずかながらに崩されてしまう。剣はなんとか手放さなかったため、肩口を狙ってきたアンサムの剣を刀身を真横にして受けた。
きぃん、と軽い金属が鳴り、アンサムの剣が跳ね返って浮く。クレセントは即座に横薙ぎに払うが――アンサムは身を屈めて躱し、三日月状の軌道を描いて彼の胴を薙いだ。
「ぐぅっ!」
鎧もつけていないため、衣類が切り裂かれ、鳩尾の高さを真横に切り裂かれた。
けれど浅い。――もちろん浅くするように狙ったのだが。
アンサムも当たり前だが、致命傷を避けているため、深くは裂く気はなかった。そもそも胸骨に阻まれて、スキルでも使わないとそうそう、切り裂けない。
クレセントはたまらず、背後に跳び、距離を取った。アンサムはそれを追わず、――魔法を唱える。
「《火よ、白煙を内包し、飛べ》」
「『火炎弾』!」
クレセントが少し遅れて、魔法スキルを発動させる。ほぼ同じ大きさの火炎の弾がぶつかり合い、軽く爆発して白煙を散らせた。
「《淡き一雫。汝に蛇蝎の如き、身を与えん》」
アンサムは片手に水の鞭を纏い、それを白煙でまだ姿の朧気なクレセントの脳天に叩きつける。
「くっ――! 『火炎弾』!」
視界が塞がれていたため、一手遅れたクレセントは水の鞭を横に避けるとアンサムに向かって、また火炎弾を撃ち放った。
「……そこは相殺だろ」
アンサムは軽々と火炎弾を避けると、床を打った水鞭ですぐさま横を払った。
すぱんっ、と鋭い音がしてクレセントの足が打ち払われる。受け身を取る間もなく、尻を床に打ち付けてしまう。
「く、ぅ――」
「あっけねえな」
アンサムはそんな隙を見逃すわけもなく、肉薄してクレセントの鼻先に切っ先を突き付けた。
勝敗は決した――が、まだ油断はしない。アンサムは相手がどんな人間か知っている。少なくとも自分の命の保証がある以上、無理に突破してこないとも限らない。
クレセントが歯ぎしりする。
「卑怯者が……!」
「おいおい、なんだそれ。言うじゃねえか。なら俺は……そうだな……鏡でも用意しようか? ……いや、必要ねえか。自分のことはしっかり見えてるもんな、お互い」
クレセントが悪態をついた返しに、アンサムは最大限の皮肉を口にする。クレセントは皮肉を返す余裕が無いのか、さらに強く歯を噛みしめた。
「……出来損ないが、僕にこんなことをして……今、お前はこの城では全員の敵なんだ! 今すぐ、兵が駆けつけてくる!」
「そりゃあ怖いな。まず将軍が直々に俺を襲ってきてふん縛って、たくさんの兵が部屋の外に列を為すんだろうな。そして冷たい牢に為す術もなく連行されるわけか」
ちなみにアンサムの後ろでは、イユーが将軍の一人を縛っていた。
それを見たクレセントは叫ぶ。
「そこの糞メイド! 僕がこの城の主だぞ! そいつの味方をしたらどうなるか分かってるのか!」
「わりぃ、そこの人はお前の兵士じゃなくて、俺の味方のメイドさんなんだ。だから勝手に命令しないでくれよ。……ところでそこのメイドさん、今の心境は?」
「城の主様に脅されて、胃が縮み上がりそうです。ただのメイドですので」
イユーが表情を変えずにそう返した。アンサムは思わず笑ってしまう。
「そうか、悪いな。用が済んだら下がってくれて構わねえよ」
「お気遣いありがとうございます。それでは」
イユーが頭を下げて、粛々と身を退いて部屋の外に出て行った。
「うがぁあああああああああああああ!」
突如、クレセントが叫び声を上げて、剣を横に振り抜いた。するとアンサムの剣がまるで紙のように真っ二つにされてしまう。
クレセントが勝ち誇ったような笑みを浮かべ、即座に跳びかかろうとする――。だがそんな彼の頬にアンサムの蹴りが真横から叩きつけられた。
「うぶぅっ!?」
ずざぁ、と床を滑り倒れ込んでしまう。まだ剣を握っていたし、意識もあったから立ち上がろうとするが、彼の剣を持つ手をアンサムが踏みつける。
「ぐ、ぎぃっ――!」
ギリギリと踏みにじられて、たまらず剣を手放してしまう。
アンサムはその剣を手に取り、一度離れて、再度剣を突き付けた。
「やっぱり『斬鉄』は使ってくるわな」
アンサムはそれを分かっていたから、初めからまともに打ち合わなかったのだ。防ぐ方法は魔法や魔力操作があれば、出来る。だが相手の出力の高さなどによって、打ち消せない場合があるのだ。
実際、一応は『斬鉄』を防ぐようにはしていたのだ。けれど、簡単に切り飛ばされてしまった。やはり安易に受けずにいて良かった。
クレセントが唸り、叫ぶ。
「なんでだ! 僕の方がレベルも高くてスキルもいっぱいあるんだぞ! 呪いでお前を殺すまで効果が半減していても、お前より強いはずなのに! スキル持ってるんだろ! そうなんだ! じゃなきゃ出来損ないが僕に敵うはずがない! ――チェスターの奴、適当なこと言いやがって!」
「……人のせいにすんなよ。俺は一切、スキルなんて持ってねえよ。レベルもお前に取られてから1のままだ。……何一つ、俺は持っていないんだよ」
「嘘つけ! なら僕が負けるはずがない! お前みたいな出来損ないなんかに! 僕が、僕が強いはずなんだ!」
強い口調で叫んではいるが、逃げたり襲いかかってきたりする気はないようだった。むしろ必死に辺りを見回して、ベッドで相変わらず縮こまっている女性達を見やる。
「お前達、こいつをどうにかしろ! 馬鹿みたいにそこにいないで僕を助けろ!」
そう言うが、女性達はぷるぷると震えて動けない様子だった。当たり前だろう。アンサムとクレセントの戦いはともかく、先ほどまでにはさらに激しい戦闘が繰り広げられていたのだ。未だ腰が抜けて立つことすらままならないはず。非戦闘員ならなおさらだろう。
一向に動かない女性達に、クレセントは苛立ちを隠さない。
「くそっ、くそぉっ! どいつもこいつも役立たずばかり! お前らが、お前らがちゃんとしないから、こんなことになっているんだろうが! くそがっ、役立たずは全員死ねえ!」
「…………」
アンサムは何も言う気になれなかった。
……ただ、ひたすらに哀れだった。
負けを認めず、全てを人のせいにしている。これまでの彼の行いが収束しての『今』だろうに。
クレセントはとことん『自分』と向き合おうとしない。
表面上のステータスばかりに囚われて、それだけで全てを判断してしまった。
才能や偶然に頼っていたら、最初は良くても次第にボロが出てくるのだ。努力が必ずしも最良の結果に結びつくとは限らないが、それでも力となってくれる。
クレセントはそれを一切理解しないまま、堕落した日々を過ごしていた。そして、今がある。こうなることは、もはや必然と言っても良い。
――それからクレセントは延々と悪態をつき続けた。しかし、どれもがアンサムの心を揺らがすことはなかった。ただの負け惜しみの雑音にしか聞こえない。
そうして無駄な時間が過ぎて、アハリートがチェスターを肩に抱えて戻ってきた。
どうやら無事だったようだ。フェリスがやや傷だらけだが、今後に支障が出るほどではないだろう。でも身体が戻ったら城の回復術士に治療させよう。
「チェスター!! 何をやってる! 僕を助けろ! この、この役立たずがぁあ!」
……チェスターの全身には黒い血管くまなく走っている。もう、反抗することは出来ないだろう。いくらクレセントが呼びかけたところで無駄なのだ。
アハリートを先頭に全員が部屋の中に入ってくる。イユーとウェイトが扉の近くにいるが、後は全員……入ってきてしまった。
……そう、ルナもだ。
最後の最後で油断していた。いや、誰もが彼女が裏切るとは思っていなかった。実際その通りになる。
問題だったのは、彼女を見たクレセントの反応だった。
……いくらクレセントでもルナに自分が息子だとばらしはしないだろうと思っていたのだ。
全員、ルナの詳しい事情は知らない。けれどクレセントと交わったことはルナにとって本意ではないことは窺い知れた。
――だからクレセントに人としての良心があるなら、何も言わないはずだと。
けれどクレセントは、ルナを見つけると、叫んだ。
「母様! 僕を助けろ! 第一王子の僕を! あいつらは敵だぁあ!」
「え? かあ? アンサム、王子……? え?」
クレセントの情報がごちゃごちゃに混ざった支離滅裂な言葉に、ルナが困惑を示す。
これにはアンサムも血の気が引いてしまう。全員が同じだったろう。アハリートでさえ、大きく身じろぎをしてしまったほどだ。
「ルナさ――王――……母様! 一旦、部屋の外に出ていてください!」
アンサムはとっさに呼びかけて、セレーネに目配せする。この場で唯一、ルナを連れ出せることが出来るのは、彼女だけだ。セレーネに対する苦手意識も利用出来る。酷いとは思うが、今は状況が状況だ。
アンサムは剣を捨てると、クレセントにのしかかり、口を閉ざそうとする。
しかし、彼は必死に暴れて、なおも叫ぶ。
「お前じゃない! 違う! こいつの言うことを聞くな! 息子――僕が母様の息子だ! クレセントだ!」
「黙れ、お前、一旦――」
「え? は? え?」
「お母様! あの人の言葉に耳を傾けては駄目です! 耳を塞いで、いいから行きましょう!」
セレーネも必死になって、ルナの手を引こうとする。けれどルナはその場に縫い付けられたかのように固まってクレセントを凝視していた。
「……どう、いう、こと……?」
「僕が母様の息子のクレセントだ! 5年前に身体が入れ替わったんだ! こいつは息子じゃない! 言うことを聞くなら僕だ! 息子は僕なんだ!」
「5年前……? …………じゃあ、……あれは……そんな……嘘よ……」
「嘘じゃない! だったらこいつに聞いて見ろ! 呪いで自分の名前しか言えないはずだ!」
「……っ」
ルナの視線がアンサムに移る。彼女に見つめられたアンサムは、目を合わせられなかった。それでもルナはアンサムに問いかける。
「……今のは本当ですか?」
「…………」
その沈黙が肯定となる。しかし、信じたくはないのだろう。ルナは震える声で再度問う。
「名前を……貴方の、名前を言って下さい」
「……っ」
「言え――言えぇええ――ぐふぅっ!」
アンサムが思い切り、クレセントの頭を叩きつけた。床に直接口を押しつけられ、もがもがと変な音を漏らす。
しかしルナはアンサムから目を逸らさず、問う。
「名前を」
「………………ク――――っ――アンサム・レバールド、だ」
言ってしまった。
「――!」
ルナが口元を手で押さえた。足から力を失いかけたのかたたらを踏み、崩れそうになる。けれど寸前でセレーネとイユーが彼女を支えた。
「そんな……まさか……まさか……嘘……いや……」
アンサムは怯えたような顔と声を漏らすルナを見て、彼女が本当に何も知らなかったことを理解する。
これ以上はいけない。――いけないが、またクレセントが暴れ、叫ぶのだ。
「ぷ、はぁっ! 分かっただろう! 僕はお前の息子だ! 助けろ! 助けろお!」
「いい加減にしろ! お前はもう黙れ!」
「うるさい! 早くしろ、早く! 母親なら息子を守れ、愚図が!」
――どうして、こいつは人を見ることが出来ないのか。何故、あのルナの顔を見て心情を察することが出来ないのだ。自身を彼女の息子と言うならば、それくらい察するべきだろうに。
アンサムはクレセントの心情を理解することが出来なかった。そして彼の母親であるルナもそうだったのだろう。
ルナは静かに、しかしこの空間にしっかりと聞こえる声色で言う。
「――私の息子と言うなら、何故、あんな真似を?」
「は? あんな真似? そんな問答より――」
「答えなさい!」
「――!」
そのルナの鬼気迫る怒声にクレセントも口を閉ざしてしまう。
「ならば何故、私にあんな脅すような真似をしたのですか! 私は、まだ良いです。ですが私の息子ならば、家族ならば、何故、カマルやセレーネにも手を下すようなことを言ったのですか! 答えなさい!」
「……お母様?」
セレーネが呆然としたようにルナを見上げる。
クレセントの表情が一瞬、戸惑いに変わるがすぐさま怒りに染まる。
「答えろ……? そんなのお前らが――そこの糞妹も弟も、僕のために何もしなかったからだろうが! この糞野郎に懐きやがって! お前もお前だ! 僕をしっかり育てられなかったくせに母親面するんじゃない! それに王に相手にされないお前を可哀想だから、特別、僕の愛人してやろうとしてやったんだ! 感謝ぐらいしろ、このババアが!」
「…………」
クレセントの罵声を浴びたルナの目が細まった。見る限りでの感情は、逆に落ち着き――むしろ冷たくさえ感じられた。
ルナは常に、どんな時でもクレセントの身を案じていた。だが彼の本音を聞き、失望し――そして汚物を見るような目をする。
「……そうですか。なら、貴方は……いや、お前は私の息子なんかじゃない。……お前を家族なんて思えない。誰がお前のことなんか助けるか。感謝? 冗談も休み休み言え」
ルナは顔を歪め、吐き捨てるように言った。先ほどまでクレセントを信じていた彼女にここまで言わせるとは相当なものだろう、そう全員に思わせてしまう。
「……アンサム王子、後はよろしくお願いします」
そう言ってルナは振り返り、立ち去っていく。セレーネは一時迷ったようにキョロキョロとしていたが、ルナの背を追いかけていた。イユーは二人の後を静かについて行く。
クレセントは遠ざかる母親の背を何がなんだか分からないと言った様子の呆然とした顔で見送っていた。けれどすぐに怒りに顔を歪め、叫ぶ。
「な、なんだそれはあぁああああああああああああああ! 助けろ! 役立たず共が! くそがくそがぁあああああああ!」
しかしその声はルナの足を止めるには至らない。
アンサムはクレセントに対して怒りを通り越して、また哀れみを抱いてしまった。ここまで他人を慮れないのは、可哀想としか言えなかった。結果、全ての人間に見限られてしまったのだから。
……たぶん、もう何を言ってもクレセントを矯正することは不可能だろう。
そもそもアンサムにはクレセントがどうしてこうまでに傲慢になれるのかが分からなかった。……その点に関しては恐怖を抱いてしまうほどだ。
アンサムは、相変わらず喚いているクレセントを見下ろしため息をつく。
これ以上の問答は、本当に無意味だ。
終わらせよう。
(……アハリート、解呪をしようぜ)
(分かった。……正直見てられないわ)
《同感》
アハリートとラフレシアも呆れたように言うほどだった。
アンサムは思わず天井を見上げてしまう。
これで5年間の苦行が終わる。
……実を言うともっと綺麗に終わると思っていた。少なくともクレセントが己の罪を少しでも自覚して、終わってくれると。
そうすれば、少なくともクレセントは最後の最後まで信じてくれた人をも失わなかっただろう。全てを失い、独りぼっちにならなかっただろう。
何もかも失い、過去の自分のようになってしまったクレセントに同情を禁じ得ない。
だが、許しはしない。
人を呪わば穴二つ。
その真理を実際にその身に刻ませよう。
たとえこいつがそれを理解出来なくても。
『自分』がそれでこの5年の全てが終わると信じられるから。




