第三十八章 血を操りし者との戦い
イユーさんの案内の元、俺らは城を上へ上へと上っていくことになった。
向かう先は、塔の先――お姫様が道中ぼやいてたけど、クレセントの愛人としてフーフシャーさんが居た場所っぽい。
ちなみにフーフシャーさんとはまだ合流出来ていない。カウボーイ女とポニーテイル女が来ないから、まだ足止めは出来ているんだろうけど……。まあ、強いらしいし心配する必要はないかな。
んで、クレセントやチェスターだけど、てっきり、逃げだそうとしていると思ってたけど、この様子だと待ち構えているのかな? それか空から逃げる手段があるとか。
もし空から逃げられてたらどうしよう……。イユーさんの鳥だけだと止めるのは力不足だし、他に誰か飛べる人とかいないし。……今、俺の頭の上で髪に絡まってゴロゴロしてるこの妖精は戦力外だし。
人間の皮でパラグライダーとかムササビスーツみたいなとかなら、作れそうだけど……ぶっつけ本番ではやりたくないな。それに結局落ちるだけだし。
……気球みたいなの作れないかな? せっかく電気も扱えるんだし、電気分解で水素を作ったり出来るかな。まあ、今やったところで十分な量なんて集められないだろうけど。そもそも電気分解での水素生成の効率ってどんなものなんだろう?
まあ、今は良いか。検証はあとだ。
大きな広い塔に入り、螺旋階段をグルグルと上がっていく。――と、近づいて行くにつれて、音が聞こえてきた。男女の悲鳴、爆発音等々。魂も感知出来た。……んーと、チェスターが誰かと戦ってるな。相手さん、人間だけど、中々に魂の輝きと、なんというか大きさ的なものが強いな(ちなみにだけど俺が見ている魂って形は球じゃなくて、その生物と全く同じ形をしている。だから大きいっていうとおかしいんだけど……なんか大きく感じるんだよな)。
(ラフレシア、報告お願い)
《マスターいわく、なんかチェスターと誰かが戦ってるっぽいよ》
「……そうか。でも誰だ? ……カマルはさすがに荷が重いだろうし、バーニアスもどうだか……まあ、師匠はねえわな」
「師匠?」
アンサムと手を繋いでいた王妃様が首を傾げる。
「あっ、いや、まあ、うん、――えっと、だとするとじいや――ウェイトかもな」
ちょっと話題変更無理過ぎないだろうか、と思ってたけど王妃様は空気を読んだのか、首を傾げたまま眉をひそめた。
「彼ですか……。強いですが、どういう動機があるか分からないのでなんとも言えないですね」
「手合わせしてもらったけど、普通に体術は強えな。スキルも……高速移動っていうよりかは、時間停止みたいなの使ってたな」
「私も以前、ルイス……将軍と一緒に戦わせてもらいましたが、確かにその特殊な移動スキルやスキルを封じる能力などもあって一筋縄ではいきませんでした。実際、勝てませんでしたし」
マジかよ。時間停止とかロマン溢れるな。一度は使ってみたい強能力だ、それ。動けない相手に全方向から物投げ付けたり、重い物を上から叩きつけたりしたい。
そんなこんな話していると、階段を上り詰め、踊り場に出る。って、言ってもそれほど広さはない。扉が一つだけあって、たぶんその先が部屋になっているんだろう。塔の最上階面積のほとんどを占めるであろう場所だ。
扉は開け放たれており、その部屋の内と外で屈強なおじさんが二人、伸びていた。死んではないみたい。
んで、その部屋の中ではチェスターが苦悶した顔で、燕尾服を着た片眼鏡をかけたナイスシルバーな人と戦っていた。――あっ、ヤバい、かなりヒットする外見だわ。
「う、う~!」
(片眼鏡おじいさんとかさいこー! それで強いとかなお良し!)
《気になってたんだけど、マスターってゲイ? ……元男っぽいけど、……ロミーとか女の人に触手でエッチなことしないし》
(同性愛者ではないよ。バイでもないし。普通に女の人が好き。でも心はともかく身体に性別はないし、同性うんぬんは今の俺には意味ないけどな。……下半身のあれ、ついてないから。だから心はムラムラしても、身体は反応せんし)
テンタクルになったと同時に下半身から玉がなくなってしまったのだ(排泄器官としての管はある)。まあ、元々意味ない器官だったっぽいし全身で虫を生産できる全身金○みたいなものだからな、要らないって判断されたんだろう。というかゾンビ系って大きく肉体変化するとたぶん生殖器官消えるんじゃない?
(まあ、それはどうでも良いとして……単純に俺は渋いおっさんに憧れてるだけなんだ。理想としてかくありたいっていうか)
《ふーん》
うぐぐ、興味なさげね! 訊いてきたのそっちなのにぃ!
(あと文句を一つ! 触手=エッチで結びつけないでください! 俺の触手は相手を締め付けてぐしゃぐしゃに握り潰したり、串刺しにしたり、掴んで振り回したり、叩きつけたりするものです!)
《それもどうなんだろう……》
まあ、エロに結びつけやすいのは認めるけど。形もまさに陰茎だもんな。だからこの世界で触手使ってエロに走る奴がいたとしても否定はせんよ。
でも、俺はあくまで暴力装置として触手を使い続ける所存だ。
――あー、そういえば触手でほとんどのことしたけど、貫通する勢いで突き刺したことはないんだよなあ。いつかは実践したいなあ。
まあ、それも今は置いておく。
これからどうしようね。入っちゃっていいのかな? ウェイトさんに加勢する組とこの場に残る組は残すべきだよな。
(アンサム。俺とフェリスは、中に行くけど、残りはどうする?)
(俺は期を見て、クレセントの相手をするつもりだ。お前らの邪魔はされたくはねえからな)
(戦えるのか?)
(ああ。……たぶんこの臭いは……相当、酒飲んでるな。夢心地は覚めようと、まだ酔いは回ってるから、十分俺でもいけるはずだ)
行けるのか。というか酒って……まあ、俺らは今日来る予定じゃなかったけど、それでも中々に豪胆だな。チェスターと打ち合わせしなかったのかな?
……俺は臭いとか分からないけど、女性陣を見ていると、部屋を睨んで酒臭いって呟いてるな。ラフレシアもちょっと唸って、不満そうな雰囲気をムンムンと現している。――あっ、たぶん酒以外にも女の人がたくさんいるのが原因かな? そりゃあ、女性陣は嫌な顔するわ。
アンサムがフェリスに顔を向ける。
「フェリス、アハリートと一緒に頼む。俺は……王子の相手をする」
「分かった」
「……あとは、イユーさん、二人を頼む」
「御意」
「今度は油断しませんっ」
恭しく頭を下げるイユーさんに、やる気満々で頷くお姫様だ。ここら辺、自分の役割というか力量を分かってるから助かるね。
……まあ、それはあくまで事情を知っているっていうのもあるんだけど。
王妃様は鞘に収められた剣の柄に手を添えて、アンサムを見つめる。
「アンサム王子の無力化を行うのでしょうか。殺さないのであれば、私も手伝いましょう。その方が安全性も高まります」
「……いや、それは助かるけど……あー……えっと、か、母様、ここは、……ぼ、僕に任せてください。先ほどのセレーネの件もありますから。母様がいれば、僕は安心していられます」
「……。……そうですか。そうですね」王妃様は吐息をついて、何か物憂げな顔でアンサムを見つめる。「…………貴方が何故、今、城に戻ってきて、これほどのことを引き起こしているのかは分かりません。けれど、今は貴方を信じましょう」
「……ありがとうございます」
「ですが、王子は傷つけないように。……彼は、王にとってとても大事な人です。前王妃であるソレーユ様にとっても。……今は少し荒れていらっしゃるけれど、本来はとても優しい人です。きっと、いつか、元に戻るはず。……そうすれば、この時期に立ち上がろうとした貴方となら、きっとこの国をよりよく出来るとそう思っています。……私も、今回のことが終わったら、貴方が城に戻れるよう尽力しますから」
「…………」
アンサムは軽く頷くと、振り返る。王妃様に背を向けて、俺に見せたその表情はとても辛そうだった。
……王妃様、本当に良い人だな。だから嘘つくの辛いし、本当のことも言いたくはないだろうな。
まあ、俺は関係ないけど。事情を知らない他人が、ちょっかいかけてもどうにもならないだろう。
(ラフレシア、俺の中に入って)
《はーい》
しゅるん、とラフレシアが俺の中に入っていった。……ちょっとだけ素直になったかな? いや、違うか。ここでごねても意味ないってのは分かってるだろうし、俺にはともかく周りの迷惑にはなりたくないんだろう。それにクレセントのことが俺より気に入らないんだと思う。
俺はフェリスとついでに四人の兵士を連れて、部屋の中に入っていった。
中々に広いな。何人も寝られそうなどでかいベッドが部屋の奥に置かれている。実際に四、五人くらいのお姉さんらが際どい服を着てベッドの上で縮こまっていた。
部屋中爆破とかされているせいで壁が抉れていたり焦げ付いたりしている。
けれどお姉さんらと――ベッド横で壁に張り付いてるクレセント周囲には攻撃が行かないように配慮しているっぽい。
チェスターとウェイトさんが、ちらりと一瞬だけ視線を向けてきた。
「チッ――もう来たか。……やはり人狼もいるか」
「おや、タイミングが悪いですね」
チェスターが舌打ちして、ウェイトさんも表情は穏やかだが、ちょっとだけ困ったような雰囲気を醸し出す。あれ、不味かったかな?
ウェイトさんがやや声を張り上げる。
「私が施したスキル封じが間もなく解けます! ご注意を!」
あら、そうなの? じゃあ、どうしようねー、と思ったらフェリスが走り出してしまった。先手必勝、とりあえずダガーで切りつけるつもりらしい。
「くっ――」
チェスターがダガーを構えて突っ込んで来るフェリスに苦しそうな表情を向ける。行けるかな、と思っていたが――奴は即座に身を翻して窓に向かって飛び込んだ。
わぁお! 逃げに徹したよ! しかもクレセント置いてってるし! まあ、クレセントだけだと俺らは何も出来ないから正しい判断なんだけどね! 畜生!
チェスターが窓を破り、黒い霧に変わってしまう。
「う!」
俺はフェリスの後ろを追いかけつつ、ウェイトさんを見て唸る。もう一回、スキル無効化してくれない、的な意味を込めてるんだけど、伝わるかな?
「――申し訳ありません。私のスキル封じはクールタイムがございまして。それに色々と制約があるので、使用は出来ません」
伝わった! けど、そっかー、駄目かー。
「アハリート! ボクの足掴んで!」
――と、残念がっているとフェリスが俺に叫んでくる。なんだ、と思って見てみると――フェリスが窓に向かって跳んでいた――。
待って!?
俺は慌てて、触手を伸ばしてフェリスの足を掴もうとする。――ギリギリ、なんとか掴むことに成功した。無茶しやがる。窓に駆け寄ると、黒い霧とフェリスの二人は数メートル先にいた。
そしてフェリスは、黒い霧に向かってダガーを振り抜く。
「ぐぅっ!?」
黒い霧が切り裂かれると、瞬時に人の形に集約して、チェスターが現れる。どうやら黒い霧じゃないと空を飛べないようで、そのまま落ちていく。――これ、不味いな。地面に叩きつけられたら普通に死ぬよな。
俺は心配になってチェスターにも触手を伸ばすが――その前に爆破によって弾かれてしまう。さらにフェリスの足を掴んでいた触手も爆破されてしまい、千切れてしまった。
やばっ――。
とっさに別の触手を伸ばそうとするけれど――たぶん間に合わない。
ああ、くそっ! ままよ!
俺は牙付き触手を出来うる限り生やしながら、窓の外に身を投げ出す。
――幸い、寸のところでフェリスの足を掴むことに成功した。ついでに少し先にいたチェスターの手も掴めた。……あとついでに――、
(ラフレシア! 訊くの忘れてたけど、もしマスターになってる俺が死んだら、お前どうなる!? つーか痛みあるの!?)
《え? くすぐったいのもあるんだし、痛みもあるよ。……えっと、死んだら、についてはどうなるかは分かんない。前例ないし。……まあ、魂に入ったまま潰れたら、もしかしたら私も潰れるかもしれないけど》
(マジかい。なら危なそうだったら、すぐに飛び出せ! ていうか、もう出て待機しとけ、危ないから!)
ちょっと強めに命令して、ラフレシアを出しておく。強制的に頭から射出されてしまったラフレシアは、俺を呆然と見つめてくる。
《は? ちょ、まっ――……~~~~~! もう! 馬鹿!》
何故馬鹿言うよ。割と最善だと思うんだけど。乙女心は複雑ってか。
地上まではまだ、結構ある。それでも十秒も満たないかな?
そのまま地面に叩きつけられるのだけは勘弁したかったので、あらかじめ生やしていた牙付き触手を使って塔に張り付く。
ガリガリという音を立てながら、若干ながら速度が落ちた。けど、俺以外にも二人分の重さがあるせいで気持ち程度だ。
というか、このままだと二人とも俺より離れた位置にいるから、振り子で塔に叩きつけられるな。それだけでも致命傷になりそう。
フェリスを胸元まで引き寄せ、ついでにチェスターも引き寄せるが――爆破で触手を千切られてしまう。……なに? 死にたいの、あいつ?
「アハリート、ボクをあいつまで飛ばして! ダガーの効果は数秒で切れるから!」
ああ、そういうこと。あいつはそれを分かってるから、俺の触手から逃れてるわけね。ダガーの効果は相手をレジストしているわけじゃなくて、黒霧化するスキルを使えなくしてるだけのようだな。つーか、レジストはあくまで抵抗を得るだけだから、普通にスキルは使えるのか。相手に利かなくなるだけで。
先に落ちていったチェスターは、また黒い霧になって、さらに遠くに行こうとする。このまま逃げられたら厄介だ。まず地上に落としてやらないと、どうにもならない。
かなり躊躇するけど、フェリスを投げる他ない。
「長い触手、一本腕に巻き付けて! ボクがそれを引いたら、すぐに引っ張って! あと遠慮せず全力であいつに投げて! 爆発来るから! 半端じゃ止められる!」
「う!」
俺は長い触手をフェリスの手首と足首に巻き付け、思い切り黒い霧に向かって投げ付ける。
黒い霧が若干ながら、人の形を象った。そしてたぶん魔法を使ったのだろう。フェリスの進行方向にて爆発を起こすが――まだ触手は引かれない。
フェリスが爆風によって、肌を焼かれて勢いを衰えさせるが、かなり強く投げていたから止まることはなかった。
チェスターは黒霧状態で人に戻りかけると、落下してしまうようだ。普通より落下速度は遅いが、それでも完全には止められないし、中途半端な状態になると霧に戻るには時間がかかるらしい。
フェリスがダガーを振り抜く。チェスターが身を反らしかけるが、切っ先が掠り、霧化を強制解除させられる。
チェスターが歯ぎしりする。
「忌々しい駄犬めが! 作られた分際で生意気な!」
「何言ってんの。駄犬だから噛みつくんだよ」
フェリスが触手を引いてきた。すぐさま引っ張ると、チェスターが腕を振り下ろしてきて、フェリスがいた空間に真っ赤な爪のような軌跡が駆け抜ける。
「これでギリギリ地上近くまで落とせる! けど、すぐに逃げられるかも!」
「うー」
じゃあ、骨投げ付けよう。
俺は思いきり、チェスターに向かって骨の塊を投げ付けた。
「――!? うぐぅっ!」
骨が飛んでくるのは想定外だったのかチェスターは避けなかった。頭に骨の塊がぶつかり、べきゃ、と嫌な音がする。良いところに当たったらしく、目を回しながら落ちていった。
……あっ、大丈夫かな。そう思ったのも束の間、そのまま、地面に叩きつけられてしまった。でも、地面にぶつかる瞬間、ぼふんと黒い霧になってすぐに元に戻ったから大丈夫かな?
俺らはズリズリと降りていき、直前で太い触手を出して、地面に叩きつけて受け身もどきを取る。フェリスを放して、遠巻きに倒れ込んだチェスターを見やった。
……チェスターは死んでない。魂は抜けてなかったから。だからこそ迂闊に近寄れない。
このまま気絶してくれたら楽だったんだけど、フラフラとしながらも立ち上がってしまう。うーむ、黒霧で落下ダメージを軽減したと言っても、それなりにダメージは入ったはずだけど。やはり耐久力はアンデッド並にしつこいということか。もうちょっと痛めつける必要がありそうだ。
よし、第二ラウンド行くか。
《馬鹿マスターのばーか》
俺がチェスターに構えていると、ラフレシアが降りてきて、そのまま頭からストンと魂に入り込んできた。
(なんじゃい。馬鹿馬鹿言うでない。いくら俺でもそこまで馬鹿じゃないし。あと、どっかに避難してても良いよ)
《うっさいし。どっちにしろマスターが死んだらどうなるか分からないなら、ここの方が安全でしょ。……私が捕まってマスターが……どうなっても良いけど、フェリスの迷惑になるの嫌だもん》
確かにそうだね。俺はともかく、もしかしたらフェリスの行動は一瞬鈍るかもしれないし。そういうのって致命的だろう。
ちなみに、俺は……まあ、ラフレシアを助けるために最善は尽くすだろうな。
――さて、改めて吸血鬼のおさらいでもするか。
相手が吸血鬼だって分かってから、ある程度特徴は聞いていた。
まず大まかに吸血鬼は二種類いる。
『デイウォーカー』に『ナイトウォーカー』だ。
ざっくり言うと昼間にも動けるタイプと夜だけ動けるタイプだ。
『ナイトウォーカー』は初期の吸血鬼を除けば、夜しか動けないが最強とも言える存在らしい。莫大な魔力を持ち、魔力操作は並外れているため多少魔法を扱える程度では掠り傷も与えられないようだ。でも、その代償として日の光に弱く、もし当たればほぼ一瞬で消滅してしまうとのこと。
吸血鬼と争い、戦に勝って数多くの土地を奪った人狼達が、奴らを完全に滅ぼせなかったのもこの存在がいたからとのこと。ナイトウォーカーの防衛を崩せなかったらしいね。
んで、チェスターだが、あいつはデイウォーカーだ。
デイウォーカーは昼間動ける代わりに、吸血鬼としては弱い存在であるらしい。吸血鬼の国にいるのは、大半がこれらしいな。
いわゆる吸血鬼のスタンダードなものとして見て良いようだ。
でも、弱いと言ってもナイトウォーカーと比べてだ。それなりに育った奴は、魔法の扱いは凄い上手いし、物理攻撃は利かないし、身体能力も高いときてる。
普通の武装した人間が束になっても敵わないってよ。
ナイトウォーカーって、じゃあ、どんだけだよって思っちゃう。出来れば出遭いたくないものだ。
デイウォーカーはスタンダードであるが故に、複数のタイプがいる。物理か魔法か、両立か。……たぶん、チェスターは魔法寄りの使い手だろう。
魔法寄りは制圧力が高い。
だから、フェリスとは極力離れて戦いたい。一網打尽にはされたくないし。
俺はすぐにフェリスから離れる。フェリスも同様に俺から離れ、チェスターに向かって行った。片手にダガーを握り、躍り掛かる。
チェスターが手に力を込め、フェリスに向かって無造作に縦に振るう。同時に赤い四つの爪痕が空間を切り裂いていった。
フェリスは手が振るわれる直前で、地を蹴り加速していた。その一瞬の加速で、紙一重でチェスターと赤い爪の間に入り込んだのだ。
――フェリス、すごいな。たぶん今の加速のタイミング、速くても遅くても、駄目だったと思う。速ければ、逆に合わされて遅ければ、直撃を食らっていただろう。
ちなみに俺は、呆けて見ていた訳じゃない。すぐにチェスターの視界外に行ってから、地面に潜ろうとしていた。
ここ、もう外だし、自由に潜れるんだ。まあ、さっきまでいた塔は城の最上階だから、壁抜けとか床に潜ることは普通に出来たんだけどね。
とりあえず、あいつの狙いは何やかんやで俺だし、見失わせれば、良い感じに陽動にもなるだろう。
――そう思って、ずぶりと地面に埋まっていく。
フェリスもチェスターの懐まで潜り込み、ダガーを無作為に振るう。肌に当たりさえすれば、俺の攻撃は通る。そうすれば――、
「舐めるなぁ!!」
チェスターが腕を盾にしてダガーを受け、そして足を強く踏み鳴らす。どすんと何気に重々しい足音が鳴り、その振動が俺の足元まで伝わってきたような気がした。
「う!?」
その振動が通り過ぎると信じられないことに、俺の身体がそれ以上埋まらなくなってしまった。……あっ、これ、身に覚えがある。デカ蛙と戦った時やカウボーイ女達とかに地面を操作された時のと似てる。
『潜伏』が使えない。この力って何にでも潜れるけれど、邪魔されるのにはとことん弱いな。俺が魔法を使えないからだけかもしれないけど。
足首まで埋まったせいで、動けないし、俺は苦し紛れにチェスターに触手を振るう。当たるはず。少なくとも避けさせて体勢を崩させてやる。
けれど、チェスターは意にも介さず、黒い霧となって触手をすり抜けた。
あれ? どういうこと? ダガーの効果時間はまだあるはず。
そう思って、見たらフェリスのダガーが赤い塊――結晶のようなもので止められていた。しかもダガーに纏わり付いて離れない。
フェリスはとっさにダガーを手放し、チェスターから素早く退く。それを追うようにチェスターが鋭く突きをかました。フェリスが大きく身を反らして躱すと、暴風が駆け抜け、わずかに切り裂かれながら錐揉みに吹っ飛ばされる。
でも、ダメージは軽いようだ。割とぐるんぐるん勢い良く回っていたけど、着地は静かですぐに立ち上がっていた。血は流れてはいるけれど、薄皮を裂かれただけっぽい。たぶんあれもギリギリで避けたんだと思う。
チェスターが、大きく息を吐き、結晶に包まれたダガーを放り捨てる。
「……勝てると思ったか? 自惚れるなよ、変死体に駄犬が。貴様ら如きに後れを取るつもりなど毛頭ない」
うぐぐっ! くそっ、油断してたつもりはないけど、少し侮ってた。十分強いぞ、こいつ。
気を引き締めないと普通に死ぬな。
俺は足の形を変えてぬるりと地面から抜け出した。フェリスと目を合わせて、地面を触手で軽く叩いて首を横に振る。あの謎の衝撃波広げられてから地面に潜れなくなっちゃった。
伝わったのか、フェリスは小さく頷いてくれる。
うーむ、これはきつい。死んだふりとか使いにくくなる。
側だけの肉体を地面に出して囮すると割と騙されてくれるんだよね。肉体の一部を地上に出してれば、そこだけが感知されるし、千切ればまるで死んだように思われるのだ。
(……潜れないと殺される可能性高くなるな。もっと他に偽装する方法考えないと。……脳の位置を変えて、すぐに体内で切り離せるようにしておくか? そうすれば『死体』に潜ったことになって地面に潜ったような効果が得られるかもな。いや、とっさの行動をしにくくなるから、やめた方が良いな。それにあいつも一応アンデッドだから、魂の有無には気付かれるかもな。単純に感覚を惑わすだけの方が良いかも。……悪い、ラフレシア、魂の『隠密』化してもらうかも)
《別に良いけど……。……あのさ、マスターってなんか自分が相手に殺されるって思って行動してない? そこまで自信ないの? そんなに不死に近いのに?》
(そりゃそうだろ。なんたって俺、出遭った奴ほぼ全員に殺されかけてきたんだぜ?)
最近では聖人や転生者達、そしてミアエルやアンサム(ハッタリだったけど)にも、デカ蛙、バックアードやその手下、果ては鹿にさえ、俺は殺されかけた。だから俺は絶対に『殺されない』なんて思うことはない。
この世界の奴らって殺意と能力高すぎなんだよ。だから不死にかまけて油断なんて出来ないし。
チェスターから黒い霧が溢れ、空に広がる。奴自身が『黒霧』になっているというよりは、噴出させているだけだ。
「『血染雨』」
黒い霧が赤い結晶へと姿を変える。先端が尖り――それが俺らに向かって一斉に降ってくる。
いきなり範囲攻撃してきやがったよ!
俺は触手で頭部を守り、それを受ける。
フェリスはもう一本のダガーを抜くと、赤い結晶を弾きながら、致命傷にならないように避けていた。――でも完全に避けられてはいない。回避能力が高かろうと、限界がある。範囲攻撃で逃げる場所を潰されたら、どうしようもないだろう。
駄目だな、ジリ貧だ。何か有効な一手がないと、このままだと負ける。
フェリスには一応、『狩人ノ極意』っていうスキルがあって、相手の認識を一時的にすり抜ける的な力があるらしい。けど吸血鬼にはその力を知られてて、対処も確実にされるから、無作為に使うつもりはないようだ。下手をすると魔力が枯渇しかねないらしいからな。そうなったら、ダガーの力すら使うことが出来なくなる。
俺は周囲を確認しつつ、――一応、藁にも縋る案を思いつき、とりあえずチェスターに平たくデカい触手を叩きつけた。
チェスターの全身が黒い霧へと変わり、素早く移動して元の姿に戻る。
「無駄だ」
フェリスがすぐさま追いかけて行き、斬りかかるも、またもあの赤い結晶で防がれる。深くは切りつけていないから、ダガーを取られることはなかった。だけど、切っ先を当てるようにしているせいで間合いがかなりシビアになってしまっているようだ。
チェスターがダガーの軌道上に上手く薄い赤い結晶を作りだして防御してくるせいで、切っ先すら掠らない。
(うぅ、やばい、チェスター強いな……。フェリスもかなりヤバ強いはずなんだけど)
《女の子にヤバいとか言うなし。……というかさ、フェリス、ダメージ受けすぎたんじゃない?》
(あっ)
そういや爆発を諸に食らってたよね。
ラフレシアのため息が聞こえてくる。
《マスターって回復すぐ出来るし、痛み感じないせいでそういうダメージ蓄積の概念忘れてたでしょ》
うん、確かに忘れてたわ。大体の生物って回復なんてすぐ出来ないし、痛みも普通にあるよな。
よく見れば、フェリスの肌、火傷しているし、身体を庇うように動いてもいた。そのせいで動作が若干鈍くなっているし、なんとなく息も上がっている気がする。
……それでもそのことをおくびに出さず、止まらず連撃を仕掛けているのだ。けれど、やはりわずかな『鈍さ』が大きく響いているみたいだ。たぶんこのまま続けてたら悪化する。
これ、マジで俺がなんとかしないと不味いぞ。
とりあえず俺は、触手を伸ばして地面に落ちているダガーを拾おうとする。けれど直前で、赤い結晶が降ってきて触手を地面に串刺しにされてしまう。
「大人しくしていろ」
チェスターはそう言って、俺に軽く手を振って来る。あっ、これ、駄目だ。
避けようととっさに触手を切り離して跳ぼうとするけれど、その前に赤い爪が俺の身体裂いてくる。首から下腹部辺りまでざっくり横薙ぎに抉られる。でも、骨とかは無事だ。肉を裂くことに特化した感じか。
俺にとって致命傷にはなり得ない。けれど削られ続けたら、回復する肉がなくなる。何気に回復するにも消費が大きいからな、この身体(人間の大人一人で大体全身の半分程度しか回復出来ない)。
でも、諦めず触手を伸ばす。少しでも俺に気を向けられたら御の字だ。それにダガーを回収出来れば、フェリスにある程度の余裕も生まれるはず。
何本伸ばしても何度もピンポイントで触手を縫い付けられる。けど、処理数が増えればその分、何かが疎かになるはずだ。
「……鬱陶しい」
フェリスに攻められ、俺の触手がダガーを拾おうとしているのが癪に障ったらしい。
またもくもくと黒い霧が溢れてくる。――また、あの赤い雨を降らす気つもりのようだ。
黒い霧が空に広がる。……けれどすぐには降ってこない。俺は触手で守れば良いけど、フェリスにはかなりのプレッシャーとなっているだろう。
それでもフェリスは技の『起こり』があるまで、退く気はないようだ。
たぶん、チェスターはフェリスを退かせるか消耗させる気なんだと思う。それにもし退いたら、俺に向かってくるだろう。一瞬でも、時間があれば俺に有効打を叩き込めるのかも。
俺は触手をチェスターに向かって振るう。
「ふんっ」
鼻で笑われて、まあ、普通にすり抜けた。多少、気にはしてくれたけど、わざわざ対処する必要もないって感じだ。
けど、ちょっとでも俺本体を見てくれたのは嬉しい。
ちょうど、その後すぐにダガーが俺の方に飛んできて――掴もうとしたけど身体に刺さってしまった。
「なにっ!?」
チェスターがビックリしていた。
ふふっ、俺の触手は遠隔操作が出来るのだよ。分裂させてダガー近くで放置していたから、掴んで投げさせるのは何かと楽だったよ。
俺は身体からダガーを抜く。……返り血と寄生虫が全体的についちゃった。格好よく掴みたかったんだけどなあ。
《えんがちょー》
(フェリスごめーん)
「うー」
触手を振りながら、頭を下げると、微笑んでくれた。良かった、怒ってないみたい。
「――それがどうした! どこまでも鬱陶しい奴らだ! いい加減くたばれ!」
チェスターがプライドとかなんか色々刺激されたっぽいくて、やや乱暴に赤い爪でフェリスを切り裂こうとする。でも、フェリスはそれを楽々と避けて、距離もそう簡単に開けない。
「くぅっ! ちょこまかとぉ!」
有効な一撃が与えられないためか、かなり焦れてるな。まあ、このまま足止めされたら、ウェイトさんとか強めの増援くるかもしれないしね。
……まあ、そこまで待ってるつもりはない。持つかも分からないしね。
(……ラフレシア、ちょっと質問)
《なに?》
俺はとある作戦のために使えないかと、ラフレシアに『あること』を聞く。
――『それ』を聞いたラフレシアは少し黙って、小さく唸るけど、……すぐにため息をついた。
《まあ、黙ってても意味ないよね。……『それ』は出来るよ。…………でもどうしてそう思ったの? それってほとんど誰も知らないはずなんだけど》
(それは後で言う)
俺が『このこと』を思いついたのは、あのピカピカ鎧の魂を見たからだ。あいつは、かなり特殊な存在だったけれど、色々と『あるもの』に共通点があったのだ。
けどそれは今は言えない。なんかあれは、ラフレシア――というか妖精にとって地雷の可能性があるから。
(一応、意思確認。手伝ってくれないか?)
《…………。いいよ。どうせ駄目って言っても従わせるんでしょ》
(緊急事態だからな。……でも、本当に良いのか?)
良いのか、なんて俺が言うのもなんだけど、これって裏切りに値しないかな? もし何らかの理由で女神のところに戻ったら粛正とかされない?
《別に。それに…………『私達』は吸血鬼のこと、本当は大っ嫌いだし》
(……そっか。ありがとう)
なんかかなり含みがありそうだけど、そこは落ち着いたら追々聞いていこう。
よし、ラフレシアと打ち合わせをしないと。きっとチェスターに効くだろうけど、適当にやっても意味は無い。チャンスは一度きりと見て良いだろう。
……これで最後にしよう。……始めるぞ。
チェスターは焦っていた。時間がかかりすぎている。
別にゾンビも駄犬も強い訳ではない。だが、どちらも回避や防御能力が高く確実に攻め落とせなかったのだ。確実な一手が足りない。
――目の前の駄犬を少しでも引き離せれば、ゾンビを仕留めにいける。駄犬の追撃は『血染雨』で防ぐことが可能だ。ほんの少し、――そう、ほんの少しの時間さえあれば、全て上手くいくのだ。
しかし、ほんの少しの時間を相手は作らせてはくれない。
ダガーの切っ先を血の結晶で防ぎつつ、血の爪で切り裂くが、躱される。それも最小限だから、隙すらない。
――この人狼は一体何なのだ。ずっと前に戦った人狼はここまで身体能力は高くなかった。
いや、これは別に身体能力が高い訳ではない。極限まで無駄を削ぎ落としたかのような、そんな狂気とも言える技術の極地を感じさせる。だからまるで攻撃がすり抜けるように、紙一重で躱されるのだ。
美しいと思ってしまうけれど、同時に薄汚い人狼がそんな技術を扱えることに苛立ちを覚える。
一度でも良い。攻撃を叩き込んで、その完成された動きを壊してやりたい、そう思う。
――たぶん、それを行える時は近い。
駄犬の動きが先ほどより鈍くなっている。それでもなお避けてくるから腹立たしいが、息も整えられなくなっており、汗もぷつぷつと浮き出て『無理』が現れている。
ふと、ゾンビがダガーに触手を巻いて振るってきた。軌道は駄犬に渡すのではなく、こちらに対しての攻撃と見えた。しかし、魔力操作の様子は見えず、あれでは無意味に等しい。
だが、油断はしない。
直前で魔力操作をされる可能性を考え、避けることも想定する。そして、ギリギリまで見極めるが――やはり魔力操作は行われず、ダガーはチェスターの身体をすり抜けて行く。
やはりあのゾンビは『魔力操作』が出来ないらしい。そもそも出来るのなら、目の前を魔法で爆破されるなんていう真似は許さないはずだ。あれは、『魔力操作』『魔力感知』ともに全くと言って良いほど扱えない。
だから今のところ脅威にはなり得ない。
チェスターはそれを確信出来たことで、目の前の駄犬に集中する。
重い一撃はこの駄犬には通用しない。それは十分過ぎるほど理解した。だからたとえ弱くとも素早く、連続的な攻撃を仕掛けて確実に当てるべきなのだ。
「『血針』」
チェスターから無数の血の玉が放たれ、駄犬を囲うように浮かぶ。そして次の瞬間には、血の玉が鋭く細い針となり、駄犬へと伸びる。
駄犬は驚く様子もなく、それを冷静かつ淡々と流し、回避――時に掠ることも構わず受けてやり過ごす。ほとんど全てを躱されたが、チェスターはその最中に駄犬の足元を薙ぐように赤い爪で引き裂いた。
「……っ」
それを駄犬は側宙で躱す。しかも、血針を回避しながらも、最低限の動きであるため、とてつもなく無駄がない。宙にいる時間はコンマ秒ほどだろう。
けれど駄犬の表情はわずかに歪む。
……分かっているのだろう。その動きを『させられた』ことに。
チェスターは即座に手刀を突き出し、駄犬の腹を狙う。とっさにダガーで防ぐものの――魔法が発動する。
「――!」
暴風が直撃し、駄犬が為す術もなく吹き飛んでいく。それでもすぐに地面について、さらにすぐさま起き上がってきたが――チェスターに辿り着く前に黒い霧が空を舞っている。
チェスターは顔を歪めて笑うと、振り返り、ゾンビへと向かう。
「う!?」
ゾンビが慌てている。触手を振るってくるが、意味がない。全てすり抜けて、最短距離で突き進む。
近距離で血の一撃を叩き込んでやる。遠隔では体内に入れても、吸収か何かをされて無効化されてしまっていたが、直接なら阻害はされないはず。
身体の内側から爆発させれば、いかに不死に近いゾンビと言えど致命的な一撃になるだろう。
ゾンビが触手を必死に振るっているのが実に愉快で哀れだ。手にはあの駄犬のダガーが握られているが、やはり『魔力操作』が見られない。牽制にすらならない。
接触すると黒霧が一部使えなくなり、カウンターを狙われるかも知れない。だが、本当に一部だし、仮にカウンターをされてもこちらが先に大ダメージを叩き込めるだろう。
「アハリート、逃げろ!」
駄犬はまだ遠くにいる。走ってきているが、間に合わない。冷静さが欠いているところを見るに、やはりゾンビには対抗手段がないのだろう。
チェスターは腕に血の槍を纏い、ゾンビの胸に向かって突き出す。
ゾンビが胸を守ろうとするが、動きは素人臭く、遅い。血の槍は深々と突き刺さり、血が噴き出す。血に酸の効果があったが、無意味だ。
「終わりだ」
血を体内で針のように伸ばそうとした。――だが。
《お前がな》
少女のような声が聞こえてくる。それも、今し方ゾンビが突き出してきたダガーから。
ダガーは切っ先が胸に届いた程度だった。ちくりと痛みがあるだけ。
――痛みが?
胴体は、まだ黒霧化が出来たはず。それなのに、何故――。いや、魔力の流れがある? だが、何故?
わずかな疑問を抱くチェスターにゾンビの触手が巻き付いてくる。……そう、巻き付いてきたのだ。
「――!? なぜだぁ!」
チェスターはとっさに離れようとするが、遅かった。触手は手足に巻き付き、きつく締め上げてくる。逃げられない。しかも、ダガーがずっと胸に突き立てられているため、効果が切れない。
「くそっ、なにが――放せえ! ――ぐぅっ!?」
どすり、と首元に何かが突き立てられた。袋ようなものに針がついた触手だ。どくんどくんと冷たい液体が流し込まれていく。その部分を境に、じんわりと痛みが消えていく。同時に身体から力が抜けていってしまう。
「……な……に、が……」
ゾンビは何をした。何故攻撃を当てられている。何故――。
そうチェスターが思っている間にも、触手に掴まれている部分から黒い血管が伸びていく。抵抗は出来ない。
もはや呆気ないほどチェスターは無力化されてしまう。
意識がなくなるその直前に、少女の歌声が聞こえてくる。
《驕り高ぶる蝙蝠ちゃん! 見下す死体に、無様に無惨に負けちゃった! きゃははは!》
そして心底楽しそうな笑い声が、ダガーから聞こえてくる。
そこでチェスターは気付く。あぁ、妖精か。確かにアルディスから、妖精が捕まったかもしれないと聞いていた。――魂を操れると知っていた。だが魔道具すらも扱えたのか。それは知らなかった。
このことは言い忘れていたわけではないのだろう。たぶん彼らにとって極秘事項だから言わなかったのだ。
……なら、女神の『千剣』とはつまり――。
そこでチェスターの意識は闇に取り込まれてしまった。
やった、チェスターを倒したぞ!
(うぇーい)
《うぇーい》
珍しく(俺に対しては初めて?)ラフレシアの機嫌がよかった。なのでダガーから出てきたと同時に変な言葉を心の中で発しながら手を突き出したら、ノリ良くハイタッチしてくれる。なんか嬉しいっ!
ついでにフェリスもやってきたから、こっちもハイタッチだ。
「うっ」
ぱちん、とこちらもノリ良くハイタッチしてくれる。嬉しいぜっ。
けれど、フェリスは疲れた様子でため息をつく。
「……魔道具使えたんだ。事前に言って欲しかったな。……心配したんだよ?」
「うー」
あらま、心配させちゃったかー。申し訳ない。……というか弁解しないと、塔から落っこちてる時も他の方法取れたんじゃ、とか思われちゃうな。
(ラフレシア、お願い)
《マスターは直前まで使えることを知らなかったみたいだよ》
フェリスが訝しげに眉をひそめてくる。
「そんなことってある? ていうか、なんかラフレシア、ダガーから出てこなかった?」
《そ、そうかな? えっと……の、のーこめんと!》
「うー!」
俺も、のーこめんとっ! そもそも喋れないがなっ!
というか、魔道具操れる事って秘密なのね。リディアは知ってるのかな? でも、もし知らなくて下手に教えてたら、ラフレシアとまた仲悪くなっちゃうからなあ。そこは上手いボーダーラインを探しつつやっていこうか。
「まあ、良いけど。さっさと戻ろうか。……魔女さんとか城の兵士達を止めてくれる将軍とか王子様とかに限界が来ても困るし」
「うー」
そうだね。ここまで来て、戻ってる最中に兵士に殺されましたーじゃ、笑い話にもならない。仮に兵士達を倒せたとしても俺じゃあ、被害を与えすぎるからな。
そういうことで、俺はチェスターを抱えて、急いで塔の最上部へと戻るのだった。




