第三十六章 秘密の通路で
秘密の入り口は、町の外から町の中へ、町の中から城へと二カ所あるが、今回はリディアに連れられて直接、町の中の秘密の入り口へと連れて行ってもらった。
リディアの障壁によって守られたおかげで、アンサムとフェリスは追跡魔法を付加されることなく降り立つことが出来た。――障壁を張られての複数人同時突入された際、一人以外見失ってしまうのは感知結界の弱点だろう。と、アンサムは思うものの、あの芸当はリディア以外早々出来ないため、対策をわざわざ練る必要はない、と結論付ける。
少し進んだところで、アハリートからセレーネがチェスターに捕まったとの連絡を受ける。
焦りはするものの、それでも失敗は出来ないため、慎重に進んでいく。道中、チェスター辺りにか配備された兵がいるものの、リディアの攪乱のおかげで目を盗んで進むことが出来た。
とある家屋に入り込み、壁に掛けられた盾についている宝石に血を振りかけると、地下室が現れる。
そこに入り込み、ひたすら進む。
セレーネが危険に晒された件もあって、かなり緊張していた。でも、ここで慌てても仕方が無い。もし敵が待ち構えているのなら心の乱れは、致命的なことになりかねない。
でも不安が消えないことにはどうしようもない。そうアンサムがやきもきしていると、アハリートから連絡がきた。
(チェスターは撃退して、お姫様は無事だ。んで、こっちも通路に入った。敵の兵は外と入ってすぐにはいない模様)
(分かった。注意して行く。こっちももうすぐ着く予定だ。……あとありがとうな)
アンサムが最後に心を込めてそう感謝の言葉を漏らすと、アハリートは唸る。
(まあ、うん、俺だけじゃ無理だったけどな。……あとさ、ちょっと聞きたいんだけどいいか?)
なにやら難しそうな雰囲気があって、それにはアンサムも少し訝しむ。
(何か問題か?)
(まあ、うん。あっ、現状なんだけど、俺とお姫様とイユーさんと――仲間になってくれたフーフシャーさんは今んとこ足止めでいない。……その代わり違う人がいるんだ。……えっと王妃様、で良いのかな?)
(……王妃? ルナ王妃か?)
(そんな名前だったような……。なんか幸薄そうだけど、威圧感強くて、実際強かった)
(……ルナ王妃かもな。……師匠が言うには王妃になる前は兵団で鍛えてたらしいが)
割と負けず嫌いの武闘派であったと聞く。でも、アンサムが物心ついた時に会って思った印象が、アハリート同様で『幸薄そう』だった。
実際会ってみて、ルイスが言っていたこととずいぶん違うな、とは思ったものだが……。
ちなみにアンサムはその時、ルナが気に懸けてくれていたこともルイスから伝えられていた。噂では色々と黒い人間に思われているが、本当はかなり潔癖な人間のようだ。
アンサムはルナには感謝していた。だから、クレセントはともかく、立場が弱いセレーネやカマルを守ろうとしたのだ。それが恩返しになると願って。
あと、セレーネとカマルはルナに敵意を向けていたから、少しでも改善出来るよう頑張ってはいた。……けれど、ルナ自身のことをよく知らない上に、あの二人のルナに向ける憎悪は根深かったため、上手くフォローすることが出来なかったのだ。下手に弄ると逆効果になりかねないこともあってどうしようもなかった。
……それに噂のせいで、ちょっとだけ、アンサムもルナを信じ切れないところがあったのだ。
でも、今回、味方になってくれたと聞いて、やはり善人であるのは間違ってなかったと安堵出来た。
ただ、アハリートの気配から、彼女に何か問題があったようだが……。
(あのさぁ、お姫様と王妃様の間に流れる空気、滅茶苦茶重いんだよね。気まずくて、困るんだけど)
――どうやらルナとセレーネとの間に起因するものらしい。つまり、いつものことだ。
(……あー、まあ、うん、そうだな。わりぃ、色々あるんだよ)
(皆そう言うんだよ。なんとかできない?)
相当、場の空気が悪いのか、アハリートから伝わる雰囲気がかなり困ったものに感じられた。
アンサムは思わず苦笑してしまう。色々と常識外のゾンビではあるが、こういう人間的な部分にアンサムはどうにも好感を抱いてしまう。
(……本当にわりぃ。耐えてくれ。それ以外は何も問題ねえだろ?)
(お姫様も、王妃様も優秀ではある。あとイユーさんも。けど、それをぶち壊すレベルの気まずさなんだよ。……助けて。マジで。……あぁ、もう、ラフレシア起こそうかなあ)
(ラフレシア?)
(あっ……うん、それについては後で話す。……作戦終わりまで放っておいてもいいかな? ちょっと複雑なんだ。……恐らくリディア関連で)
アハリートの歯切れがかなり悪い。アンサムは首を傾げてしまう。
(……? まあ、問題ねえなら別になんでも良いけどよ。……っと、そろそろ合流出来るかもな)
(おう。アンサムとフェリスの魂捉えた。ついでに俺とそっちの間に何人かいるな。全員普通の人間だ。転生者っぽさも聖人っぽさもなし。……敵ならやっていいか? 回復用に肉が欲しいんだ)
容赦が無い。アハリートの『人間性』は認めているものの、こういう非情なところが怖くなってしまう。
(……問答して、クズだったら構わねえ。その時は、要らねえって言うからよ。ただ命令に従ってるだけなら、勘弁してくれ)
(分かった)
アンサムはアハリートの短い返答を聞き、気を引き締める。
時々アハリートの判断には怖くはなるが、同時に見習うべきだと思うところもある。……非情さは必要だ。甘さで全てが奪われて、大切なものが壊されるくらいなら、心を冷たくしよう。
後ろのフェリスに合図を送り、慎重に進んでいく。時間はないが、急ぎすぎも駄目だ。誰かが待ち構えている以上、罠が設置されているとも限らない。
……ただ、それは杞憂だったようだ。
鎧を着た兵が五人程度――内一人は重装備だ。それほど広くはない道だが、剣を抜いて柄を肩に乗せている。ガラが悪いが、ルイスの部隊にいる人間とはまた違う。あれはチンピラに近いが、こちらは傲慢さが目につく。
一番前にいたリーダー格らしい男が進み出てくる。
「来ましたねぇ、王子様ぁ!」
「ああ、出迎えか?」
「えぇ、チェスターさんやクレセント王子に頼まれましてねえ。手段を問うな、って話で。あとは俺らの好きにして良いと」
「おぉ、人狼の雌がいるぜ! しかもでけえ乳! ――あれって確か、『獣神』じゃねえか?」
「なんかあっちで化け物扱いされてる奴だったか? 乳は確かにそう見えるけどなぁっ!」
下卑た笑いを上げる男達だ。――雰囲気的には昨日のチンピラ達のようだ。……なんだか、あれと同じなのが自分の城に居ると思うと恥ずかしくなってくる。しかもこいつら、たぶん一般兵じゃなくて、武家の人間だろうに。
アンサムの後ろにいるフェリスからは感情の変化は感じられない。すでにダガーは抜いてあるが、そこに一切の感情は乗っていなかった。
アンサムは鼻から息を吐く。
「……今のあいつをそう呼ぶってことは、事情は知ってんだな」
「まあねえ。クレセント王子は俺らに良い思いさせてくれるお人なんで、あんたみたいなくそ真面目な人に戻ってこられると困るんですよねえ」
「美味いモノ食って、色んな女抱いて――底辺のクソ共を嬲って殺してもお咎めないなんて、あんたは許してくれないでしょう?」
「そりゃあ、そんなクズ共、……許すどころか生かすわけにはいかねえな」
アンサムがそう静かに言うと、男達は嗤う。
「生かしておけない? あんたが殺すんですか? 俺達を? ははははっ、レベルもスキルも何もないあんたが? 後ろの乳人狼使うの間違いでしょうに! その乳人狼もこんな狭い場所じゃあ、機動力は生かせんでしょう! ちゃんと脳味噌詰まってるんですかあ?」
男達に煽られるが、アンサムの心は燃えるどころか、どんどん冷たくなっていく。
「……あぁ、その通りだな。正直、お前ら如きに体力なんて使いたくもねえ。……要らねえわ、お前ら」
「ははっ、何が――」
その男の声が途切れることになる。背後から聞こえてくる、悲鳴によって。
「なっ――んぎゃあ!?」
「なんだ、これぇっ! がぁあああっ!」
「ひゃあっ!? んぎぃいいいい! やべ、ろぉおおお!」
「んごぉおおおっ!?」
「――何!?」
男が振り返ると、そこには直立不動でビクビク震えて泡を吹く仲間がいる。その素肌には黒い血管が走りだしており、その黒い血管発生の起点となっている部分に触手が巻き付いていた。
うち、一人が急速に萎れていき、皮と骨だけになって――そのまま闇に引きずられていく。
「ひぃっ!?」
異様な光景に、男は息を呑むことしか出来ない。他の触手も引っ込んでいくと、闇の中からゴキゴキと奇妙な音が聞こえてくる。
そして、その音が止むと、一人の人間が進み出てきた。それは今し方、萎れて闇に引きずられ行った男の仲間だった。
けれど、その仲間は両手から触手を生やしている。仲間を襲った触手を――。
「な、なんだよ、お前! なんなんだよぉ!」
男は剣を構えて、その仲間の姿をした化け物に斬りかかる。訳が分からず錯乱しており、剣を思い切り振り上げ、がきぃん、と剣が天井に弾かれ――さらに折れてしまう。その破片が頭に刺さり、血が吹き出る。
「ぎゃああああああああ!」
男が痛みに転げ回る。
アンサムのため息が聞こえるが、そんなこと意にも介せない。
化け物の動きが、やや鈍くなったが、気を取り直したのか男に向かって歩み寄っていく。
男は触手が巻き付かれるその直前まで、それに気付くことはなかった。そして気付いた瞬間には、彼の命運は尽きていた。
俺は盛大な自爆をかまして足元で転げ回る兵士に戸惑っていた。
えぇ……。
ちょっとこれはないと思うわ。まあ、確かに俺が怖いことは認めるけどさあ。でもさあ、もうちょっとしっかりしよ? と思ってしまう。
俺が出会ったのは敵味方問わず優秀な奴らがほとんどだったから、これには肩から力が抜けてしまいそうになる。
つっても、お馬鹿なことをしようとも手加減はしないけど。
とりあえずアレだな。教訓を一つ。
狭い場所では、適切な武器を使用しましょう、だな。
うーんこいつら、俺がいなくても惨敗してそう。もしかしたら、アンサム一人でも十分だったかもな。フェリスだと虐殺になっちゃう。
なんであれ、動かせる肉体ストックが出来たから、良かったけど。二人に任せてたら、死体になっちゃうからな。死体にも一応、『侵蝕』して操れるけど、俺が常に操らないといけなくなるから面倒なんだ。その点、生きてるなら完全に意思を奪っても、適当に命令すれば言うこと聞いてくれるし。
……あとはチェスターとクレセントを追うだけか。俺は指示に従えば良いだけだな。
お姫様とアンサムが適当に話し合ってなんやかんやとやってくれるだろう。この後もフェリスと一緒の行動になるだろうから、言うこと聞いとけば問題ないはず! 丸投げしちゃうぞ!
「クレセント!?」
俺がだらけモードに入ろうとしていたら、王妃様がアンサムに向かって駆け寄っていった。困惑したような、けれどすごく嬉しそうな顔をして、アンサムの手を取る。
皆、ポカンとしてしまう。特に手を握られたアンサムは、思考停止状態だった。
「あぁ、生きていたのですね! もう会えないのかと! 良かった! もしやアンサム王子は、ああ言いながら、陰で謀殺していたかと思っていましたが………昨日、魔物が現れてそれを討伐するために色々あったなんても聞くけれど………何でも良い……無事で良かった……!」
めっちゃ嬉しそう。え? あれ? 王妃様って今回の件、マジで全く関わってないの? ……王妃様と他の皆の反応を見るに、そんな感じか。
イユーさんは……なんでかすごく申し訳なさそうな顔をしてるけど。まあ、あれはクレセント型アンサムだし、中身が全く違うから、それを伝えられないのが心苦しくでも思ってるのかな?
アンサムが、ハッと我に返り、目に涙を浮かべて喜ぶ王妃様を見返す。
「いや、あの、俺は――」
「御兄様、少しお口にチャックを! アハリートさん、ちょっとこちらに!」
お姫様が突然、そう言うと、俺を引きずって皆から離れてしまった。なんじゃ、どうしたよ。アンサム、またビックリして固まっちゃったぞ。
お姫様はチラチラと王妃様を見つつ、俺に囁きかけてくる。
「すみません。御兄様にお伝え願ってもよろしいでしょうか。お母様に真実を伝えるのは今はよして欲しいと」
「う?」
まあ、良いけど。つーか、俺を介してすでに聞こえてるぞ。ほら、アンサムは俺らの方を訝しげに見てきた。
でも、お姫様にアンサムの意思を伝えられない。あー、これ、俺が喋らないといけない奴だ。
うーん、とラフレシア起こしちゃって良いかなあ? でもアンサムとフェリスにラフレシアのこと知られちゃうなあ。詳しい説明が面倒だけど……まあ、いいか。いずれ皆に知られることだろうし、リディアに知られる前に外堀的ななんかあれを埋めとこう、かな? でないと、出会った瞬間、俺事ぶっ飛ばされる可能性もあるし。
というわけで、いでよ、ラフレシア!
《……ふわぁ。……はいはい》
ラフレシアが、にょっきりと俺の頭から姿を現す。アンサムはギョッとして、無表情だったフェリスもわずかに反応した。
(お、おいおい、なんで妖精が……)
(実は昨日、捕まえてたんだよね。『魂支配』したら懐いちゃって)
《懐いてねーし》
俺の頭に寝そべったラフレシアにべしべしと、また額を叩かれてしまう。それ好きなの? 額叩くの日課になっちゃった?
ちなみに、俺の記憶と深層心理は読めないようにしている。……ピカピカ鎧の不穏な魂のこともあるからな。そういえば本当にあれなんだろう。あれについては、ラフレシアは特に何も言っていなかったんだけどな。
……いや、今思えば、ピカピカ鎧を語るときのラフレシアは、なんかすごいうっとりした感じで、危うさ的なものは感じたけど……。
それもあるから、落ち着いたら俺の記憶を見せて、もう一度聞こうと思ってるんだ。
んで、今はそっちは置いておいてお姫様にアンサムに伝えたことを報告しよう。
《アンサム王子に伝えたよ》
ラフレシアはお姫様にそう言いつつ、小さな手を伸ばす。お姫様も指を伸ばすと、ラフレシアはその指を掴んでむにむにしたり、ほっぺを擦りつけたりしていた。……やだ、可愛い……!
俺もドキドキしながら指を近づけたら、――弾かれた。やぁん、悲しい。
「なら、良いんですけど――」
(いや、待て、セレーネ。なんでだ? ルナさ――王妃が味方なら事前に伝えた方が良いんじゃねえか? さすがに事情を伝えねえと、色々誤解すると思うぜ? ……いや、お前がルナ王妃と仲がよろしくないのは知ってるがよ。この人はそんな悪い人じゃねえよ?)
と、言うことをラフレシアを介してお姫様に伝える。するとお姫様はとても渋い顔をしてしまった。
「……かもしれませんね。でも、だからこそですよ」
どういうこっちゃ。主語を言いなさい! すれ違いが発生しちゃうぞ!
《……。あっ……あー……》
なんかラフレシアが合点が言った、みたいな感じになった。え? 何? 何か知ってるの?
(なんか知ってるの? 教えて教えてー)
《……ゴシップな知識だけど、それで良いなら……。あの王妃様を見て、あの噂を照らし合わせるとかなり胸くそ悪い事実になるかもだけど……》
(おぉ、フリが怖い。そんなヤバい話なの?)
《……私が知ってるのは、噂だけだけど、……王妃様とクレセントは寝たらしいよ》
……寝た? ……それってクレセントがマザコンで、ママンである王妃様と添い寝をしたって意味じゃ……ないよね。つまり、性的ななんやかんやの意味だよね?
(えっと、まず知りたいことが一つ。あの人ってアンサムとは血は繋がってないんだっけ?)
《らしいよ。アンサム王子は前妻の子でクレセントとかセレーネ、カマル王子はそこのルナ王妃が母親らしい。……あの人の態度を見るに、クレセントと寝たって知らなかったんじゃないかな。どんなことがあってそうなったかは知らないけど》
……うわぁ、それはきっついなあ。王妃様がアンサムの身体をしたクレセントと寝たとなったら――もし、その事実を知らないで寝たとしたらかなりきついことじゃないか。
ちょっと、伝えるのが躊躇われたけど、アンサムにはそのことを言っておく。
(……マジかよ)
案の定、青い顔をしてしまった。……当事者からしたら、本当にきついかもね。だって、アンサムの身体が王妃様と寝たってことでしょ? つまりアンサムが戻ったら、その事実が残るわけで…………すっごい複雑だなあ。
アンサムが唸る。王妃様に「どうかしましたか?」と心配されているけど、今は返答する余裕がないみたい。当たり前か。
(……仮にそれが事実だとしたら、最悪の可能性……ルナ王妃は入れ替わりを知っていて俺の権力を奪うためって可能性は……いや、今の感じやこっちに協力した以上ないんだろうけどな……)
どう判断していいか悩むよね。その複雑な心情までは分からんけど。さすがに状況が特殊過ぎる。
お姫様は、王妃様を見て……すごい悩ましげに唸って俯く。
「……今のお母様、御兄様のこと本気で心配してらっしゃいます。たぶん、偽りはないかと。……恐らく、今回の件にはなんら関係なく、寝た可能性……単純にアンサム御兄様の権力の座を手に入れるために寝たという可能性が……」
「あり得ません」
お姫様が色々とエグい考察をしていると、イユーさんが遮ってきた。
おおう、これはビックリ。イユーさんって何事にも動じないし、自分の意見は言わない上に、お姫様を全肯定するっぽかったけど……。
たぶん、今まではそうだったんだろう。お姫様も驚いた顔をしていた。
「ルナ様はそのようなことに固執する方ではありません。……十中八九、『あの男』が手を出したに違いありません」
「……その根拠は?」
「ルナ様だからです」
根拠になってなーい。けど、なんだろう、この説得力。
お姫様も、イユーさんに気圧された様子だった。
けど、それを受け入れるほどお姫様も清くはないようだ。額を押さえながら首を横に振る。
「イユー。昔、貴方はたまにお母様のこと持ち上げることがあったわよね。……お母様の実家出身とは知っていたし、以前、お母様に仕えていたことも知っているわ」
「…………」
「……貴方は実際に『本当のお母様』を見て感じて知っているんでしょう。私は貴方を信じられる。だからもしかしたら、お母様は本当は噂のような方じゃなくて、私達のことを思ってくれている優しい人……その可能性もあるんじゃないかと思えてくる。……けど」
お姫様は辛そうな顔をして、王妃様を見やる。
「……それを信じられるほど、私はお母様を信頼出来ない。……私を見る度、怯える人なんか、どうやって信じればいいの?」
そう言ったお姫様の声は少し震えていて、泣きそうだった。色々揺れ動いている様子だ。
うむ! 詳しい事情も心情も俺にはさっぱり分からん! おいてけぼーり! でも話は進むのだ!
イユーさんが微かに頷く。
「……私にもルナ王妃の心情は分かりかねます。どのような思いを抱いて、セレーネ様をそう見るようなったかは私にも……」
「…………」
うーん、ほんと複雑。実際に聞けば早いんだろうけど、本当のこと言うか分からないし聞きにくいよね。今まで喧嘩(?)していた相手に気安く話しかけられるほど面の皮が厚いなら楽なんだろうけどなあ。
(ラフレシア、どうにかならない?)
《なるわけないじゃん。そもそも簡単に腹を割って話し合いが出来るなら、私は……リディアと五百年近く争ってないし》
ああ、うん。ここに目の前の子達以上にこじらせた子がいたよ。
(そういやなんでリディアと仲が悪いんだっけ?)
《……言いたくない》
つーんとそっぽを向かれてしまった。
(発端は?)
《…………。……ある意味リディア》
(正しいか悪い、で言えばどっちが悪い?)
《……。…………私達。…………そういうイジワルな質問、やめてよ》
ラフレシアはすんごい苦しそうにそう言って、俺の髪の毛を引っ張り出した。やめて、禿げちゃうから。
うーん、皆なんか面倒臭いなあ。
俺なりに話を整理して、もっと簡単に考えてみよう。つまり、今の問題は王妃様を信用出来るか否か、だよな。で、それで問題になってくるのが、クレセントと王妃様が寝た噂があるせいで、王妃様の真意が読めないと。
俺は悩んでいるアンサムに質問してみる。
(じゃあ、王妃様にはお引き取り願うので良いんじゃないのか?)
(色々と知られちまってるから、ただ返すのはリスクが高すぎる。……一人にすると敵に襲われるかもしれねえ)
(……縛って放置? もうここには誰もこないよね?)
(……抵抗されたら、被害がとんでもねえことになるぞ)
そうだね。何気に強いもんね、王妃様って。そして、十中八九殺されるのは俺だ。『操る力』でアンサムとか操ったと思われかねないからな。俺が要である以上、王妃様の無力化はリスクが高い。
……じゃあ、あとは……、
(本当のこと言って、どうするか見るしかないんじゃね?)
(……そうなんだよなあ)
まあ、答えは分かってるんだ。けれど、まさか今城にいるアンサムは実は貴方の息子さんの魂が入っています、貴方は息子さんと寝床を共にしました。なんていうことを言えるかってことだよな。
で、その時怖いのは、王妃様が良い人だとして――ほぼ確定っぽいけど――それを聞いたらどうなるか、だ。
……それが分からない。どう反応するか分からないから、皆、言えずに困ってるんだ。目の前で自殺でもされたらトラウマものだよな。そうでなくても発狂されても怖いし。
だからこういう時、嘘をつくのが良いんだろうね。
(アンサム、言いたくないなら嘘ついとけ。全部チェスター悪い的な)
(……それで俺がクレセントから身体を取り返したら、どうなるよ。もうクレセントを処刑する流れを作ってる。……この流れはもう止める気はねえ。……でも、そのことを言わずに進めたら、クレセントの再会を喜んでるこの人が傷つくかもしれねえ。言っても、だけどな。クレセントを許すことが一番なんだろうが……俺は、あいつを許すことはもう出来ねえよ)
あー、なるほどね。本当に面倒臭いな。
(なら、王妃様なんてほっとけば良いんじゃない?)
(酷えな!?)
《マスターさいてー。女の敵ー》
他方からブーイングを食らってしまった。
えー、駄目かなあ。むしろここでダラダラしてる方が駄目だと思うんだけど。クレセントとチェスター逃げちゃうよ?
(別に律儀に説明する必要もないじゃん。ついて来たければついてこさせて、真実知ったら知ったでその時対応すれば良いんだよ。俺らに敵対するような悪い人じゃないのは分かってるんだし。もし信用出来ないっていうなら、そもそもイユーさんもお姫様も他の誰も信用出来なくなるぞ)
(う……その通りだけどよ……)
そう言いつつ、アンサムは唸る。
まだ悩むのか。へっ、だったら俺にも考えがあるぞ?
俺はとにかく進むのだー。皆がうだうだしているから、俺は先に行っちゃうもんねー。あっ、フェリスが一緒じゃないと駄目かなー。
てくてくと俺はフェリスの元へと向かう。
「うー」
「ああ、行くの?」
フェリスもなんか、いつまで経っても動かない皆にうんざりしてたようで、声をかけたらすぐに分かってくれた。
『フェリスが仲間になった』! ててーん!
えーっと、チェスターの居場所は、たぶんイユーさんが知ってるかな? なんか追跡させてたよね? じゃあ、次はイユーさんの元にてくてく向かう。
「うー」
イユーさんの肩をぺしぺし叩くと、怪訝な顔をされてしまった。
「……何か?」
(ラフレシア、説明お願い)
《ほんと、マスターって強引。――チェスターの居場所分かるか、だって》
「それならご案内出来ます」
よしっ、それなら行こうぜぇ。――でも、お姫様が動かないからイユーさんも動かない。
なので強引かもだけど、イユーさんの手に触手を巻いて、歩み出す。イユーさんは、さすがに踏ん張って耐えてきたけど、反撃はしてこなかった。
『イユーさんを仲間にした』! ててーん!
「ちょ、アハリートさん!? あっ、あっ、イユー!」
んで、イユーさんが離れたせいで、お姫様が手を伸ばして掴んで、早足で着いてくる。
お姫様がついてきてくれたおかげで、イユーさんの抵抗もほとんどなくなる。
『お姫様もなんか仲間になった』! ててーん!
よーし、このまま、お手々繋いで皆でいこー。
フェリスが俺を見て、苦笑いしている。なに? お手々繋ぎたいの?
「う?」
「いや、ボクは良いよ」
フェリスに触手を差し出したけれど、拒まれてしまった。残念。
けど、俺の頭、ラフレシアには興味があるらしく、そっちに手を伸ばす。
あら、いけないよ。ラフレシアは狂犬的シャイガールだからね。ワンコじゃ噛みつかれちゃう……とか思ってたら、普通に背中を撫でちゃった。何故抵抗しない?
ラフレシアがくりんと顔を横に向けて、目を合わせる。フェリスが微笑むとラフレシアも微笑み返した。
「初めまして、ボクはフェリス」
「私はラフレシア。マスターの忠実じゃない下僕やってる」
そう言ってラフレシアが、寝返りを打つとフェリスの指を掴んだ。そんなラフレシアのお腹をフェリスは撫でる。ちょっとくすぐったそうにして、ぺしぺしとじゃれるようにフェリスの指を叩いていた。嫌がっている様子はない。
……あれ? なんか普通にきゃっきゃっうふふしてる? なんで? ……いや、思えばラフレシアって人間ラブみたいなところあったし、こんな風に振る舞うのが普通なのかな? ……ていうか、フェリスって人間扱いなんだ。
くっ、ちょっと悔しいぞ!
まあ、いいや。『侵蝕』かけた奴らもゴー。でも、あいつらとは手は繋ぎたくはない。いや、男女差別とかじゃないよ? バーニアス将軍とかルイス将軍みたいな、素敵なおっさんとかならお手々繋ぎたい。
『なんであれなんか諸々仲間になった』! ててーん!
後ろをちらりと見たら、アンサムと王妃様が、呆然と俺らを見ていたけれど、我に返って慌ててついてきた。
『皆仲間になった』! ててーん!
よーし、皆ついてきたなー。面倒なことは先送りにしちゃえば良いのだ。大事なことを見失って右往左往するよりよっぼどマシだからな。
そんなわけで俺らは一列になって、進軍するのであった。




