第三十五章 古の魔女襲来
プレイフォートの町に張り巡らされている感知型の結界は、かなり強力なものとなっている。カウンターなどの攻撃力はないものの、一度触れてしまうと、しばらくの間、特定の感知能力を持つ人間に常に居場所を知られてしまうことになる。
それ故に壁を乗り越えて町に侵入したところで、すぐに発見されて捕らえられる、もしくは討伐されてしまうのだ。
真夜中、そんな結界に何かが突っ込んできた。空から高速で結界を突き抜け、飛んで行くのを幾人もの兵士達が感知する。
侵入者は障壁を纏って感知の妨害を試みようとしていたけれど、無駄だ。高度な術式を組まれているため、追跡し続けることが出来る。
その侵入者は、町を縦横無尽、無軌道に飛び回ると一直線に城へと向かい、訓練場へと降り立つ。
兵士達がいくつかの小隊を組んで、先行すると訓練場の真ん中に『それ』がいた。
ツバの広いとんがり帽子を被り、黒々とした地面に伸びるほど長いドレスを身に纏っている。――いや、ドレスのようなもの、と言って良いかもしれない。何故なら足先までに伸びるそれはまるで液体のように地面に流れ込んでいるのだ。よく見るとドレスも流動しているのが分かる。一体、あれは何なのか、分からないが故に怖気が走る。
そもそも『それ』は2メート半はある。男か女かは分からない。鷲鼻を伸ばした老婆のような外見をしているから、恐らく女性なのかもしれない。
ぎょろりとした目玉が兵士達を見据える。
鮮血のように赤い口紅が引かれた異様に大きく裂けたような口が開かれた。
「私の可愛い魔物を襲った馬鹿はどこのどいつだい! 出てきな! 八つ裂きにしてやる!」
しわがれた大きな声で訓練場を震わせる。
兵士達全員がその気迫に思わず、一歩引いてしまったほどだ。そして、理解する。あれが一体何なのか。
古の魔女リディアだ、と。
「い、今すぐルイス将軍を連れてくるんだ!」
小隊長は慌てながらも、即座に部下に命令を下す。今日の昼に起こったことはすでに全兵士の知るところとなっており、古の魔女がやってくることも予想出来ていた。だから、その対策も一応は定められていたのだ。
残った彼らは、最初の一声を最後に静かに佇んでいる魔女の気迫に怯えながらも、誰一人逃げずに留まり続けた。
ルイスは食事をして、睡眠を取ったことで傷口は完全に塞がった。傷跡はまだ残るものの多少暴れたところで傷は開かないだろう。さすがに腕が生えるほどの量は食わせてもらえなかったが、それでも人間を凌駕する回復速度に、立ち会った者は驚嘆するほどだった。
そんな彼は真夜中に叩き起こされ、寝ぼけ眼ながらも、ふらふらとついていく。城の中も騒がしかったが、まあ、どうせ馬鹿弟子やあのゾンビなどが暴れ出したのだろう、くらいしか思っていなかった。少なくとも心配するほど柔な奴ではないことを知ってはいるのだ。
これから連れて行かれる先には魔女が待ち構えているとは分かっていた。それほど気負いはしていなかったが――訓練場に近づくに連れて、その『気配』を感じ取り、目が覚めてしまった。
想像以上に禍々しい気配がする。そこらのちょっと強い程度の野生動物や魔物など比ではない。なんとも形容し難い『危険』がそこにあるのが分かった。
大丈夫、と聞かされていたが、気を抜いてはいいわけではないらしい。最悪、一戦交えるくらいは考えていた方がいいだろう。
――訓練場に着く。……初めて見た古の魔女リディアは化け物のような姿をしていた。確かに長年生きて、数々の伝説を残していそうな姿をしている。
ルイスは息を整え、一人進み出る。道中、余計なことをしないでくださいと散々言われたが、あんなのを目の前にして余計なことなどしたくはない。
古の魔女の前で跪く。
すると古の魔女がしわがれた声で言う。
「お前かい? 私の大切な魔物を襲った奴ってのは?」
「……ええ。町中に進み出てきたあの魔物は、私が殺しました」
古の魔女が、ずるりとカタツムリのように不自然に首を伸ばし、眼前に近づいてくる。ルイスは身じろぎすらしなかったが、後方の兵達はヒッと息を呑んでいた。
「……質問の答えが違うよ、坊や。私は『襲った奴』と言ったんだ。殺されたことに関しては仕方の無いことだよ。あれが町で暴れれば誰だって止めようとするさ。その点に関しては止められなくて悪かったね」
しわがれて低い声だが、訓練場にいる全員には聞こえるほどに響く。そして見た目の奇怪さとは裏腹な寛大にも聞こえる言葉に兵士達はざわめく。
古の魔女が、目を逸らさず見据えてくるルイスににったりとした笑みを向ける。
「じゃあ、質問を変えよう。……私の魔物を殺したのはあんただね?」
「その通りです」
「……なら、お忍びでこの近くにやってきて休んでいた魔物共々『私』を殺しかけたのもあんたかい?」
「……それは…………違います」
ここは正直に答えるべきだろう。質問の流れが明らかに、『他者へと罪を移す流れ』になっている。やはりこの魔女は味方のようだ。
「あんたは正当な防衛をしただけってことだね。それにしてもずいぶんとボロボロだね。坊や、あの子はそんなに強かったのかい?」
「……いや、それは………………大して」
これには控えていた兵士達がざわめく。けれど、ルイスとしては、たとえこれが『茶番』でなくてもあれを強いと評することが出来なかった。……というかよく分からないというのが本音だった。『本体』にもあの後会ったが、強さは感じられなかった。
その返答に対して古の魔女は……笑った。
「はっはっはっはっ! 弱いか! その通りだよ、あれは弱い! 本体を引きずり出されて力を発揮出来なければとても脆い! 大して強い攻撃スキルなんて持ってもいないしね。……けどね、あの子の強みってのはね、真正面から戦って叩き潰すような力じゃなくて、汚くてずるくて卑怯な力なのさ! そういう意味では、坊や、あんたはあの子の力を正確に判断しつつ、まだ真価を見てもいなかった!」
古の魔女は愉快そうに笑う。
ルイスはこの古の魔女は、あのゾンビのことを大層気に入っていると見た。確かになんとなく奇妙というか面白アンデッドであるのは、ほんの少し触れ合うだけで分かってはいたが。妖精を捕らえて使役するという時点で、古の魔女の配下であるのにかなりぶっ飛んでいるだろう。あと、人の身体に潜り込むというのはかなりヤバい。
古の魔女が、ぐりんと首を回し――たぶん首を傾げた。
「じゃあ、その無くなった腕と、身体中の傷はどうしたんだい?」
「……処刑されそうになりまして。あのまま貴方の魔物が現れなかったら、私は首を落とされていました」
「へえ。大変だったねえ。ということは、私はあんたの命を救ったってことになるのかい?」
「……まあ、そうなりますかね。このあとどうなるか分かりませんが。……いや、十中八九処刑再開の流れでしょう」
「ああ、ここに寄越されたのは、どうせ死ぬからって、生け贄ってわけかね。……気に入らない、気に入らないねえ。あぁ、そうだね、ほんとそうだ。このまま見逃しても殺されるってのも癪だね。かと言って殺すのも思惑通りで腹が立つ。……それにたぶん、あんたを処刑しようとする奴と私を襲った奴ってのは、仲間かもしれないしねえ」
古の魔女の言葉に兵士達の間に緊張が走る。彼らも城勤めであるため、タイタンと同盟については知らなくても最近結びつきが強くなりつつあるのは理解している。
古の魔女はタイタンとすこぶる仲が悪い。
もしやこのままでは敵意が城――引いてはこの国に向かうのでは、と思ってしまったのだ。
けれど、魔女は目を細め、口を歪めて不気味な笑みを浮かべる。
「だったら、嫌がらせをしよう。私はあんたを許すよ。そして……そうだねぇ……私の魔物の暴走を止めてくれたお礼、にでもしようか。私はあんたの味方をしよう。あんたがこの国に殺されそうになったら、私がこの国を滅ぼす――それなんかどうだい?」
「……私には答えかねます」
「なら、私が勝手に決めよう。――聞いていたかい、そこの坊やら!」
古の魔女が兵士達に顔を向け、叫ぶ。兵士達はそれだけで隊列を乱しそうになるほど慌てたが、なんとか踏みとどまる。
「この子を殺したらタダじゃ置かないよ! あと、私を本当に襲った奴を連れてきな! 今度は間違えるんじゃないよ! あと、この坊やを連れてきな! 罪人扱いせず、しっかりと治療するんだよ!」
「は、はい!」
小隊長は跳び上がるようにして答えて、部下にルイスの回収を命じて自身は、魔女の『本命』を探しに飛び出していく。
「……彼女の待ち人を探しに行く必要はありません」
そんな彼の前に二人の少女が進み出てきた。
ルイスは兵士の一人に連れられて、その少女達――ローラとアンジェラとすれ違う。彼女らは、とてつもなく青白い顔をしていた。血の気が引いているようだ。これから死にに行くような――いや、まさしく死にに行くのだろう。
ルイスは、敵だとは思っているもののその二人の少女に少しばかりの哀れみを抱いてしまう。自業自得だろうと自分の身代わりになってしまったのだから、ほんのちょっとでもそう思わずにはいられなかった。
ローラ、アンジェラ、二人の姿を見た古の魔女が、歓喜と憎悪の混じった声で叫ぶ。
「ああ、来たかい、小娘共! そうだ! お前らだ! 私を殺そうとしたのは! また、逃げおおせなかったことだけは褒めてやるよ! ――もう一人はどこだい?」
「……死にました。貴方の魔物に…………殺されて」
ローラが少し言いづらそうに、そう言うと、古の魔女は合点が言ったという風に笑う。
「なんだってぇ? ――ひっひっひっ、違うだろう!? 仮にそれが本当だったとしても、事実はもっと違うはずさ! あの子は、あんた達を殺しきるほど強くはない! 正確には『殺させられた』じゃないのかい!?」
「――っ」
ローラの歯噛みする顔に古の魔女はさらに愉快そうに笑う。
「図星のようだね! あんた達を殺すことに大した『旨味』はないけど、学べることがあるからねえ。……まあ、あの子はもうあんた達と戦うのはもうこりごりだと思ってるだろうけど。――そういうわけだから、色々な意味で邪魔な『残りかす』はしっかりと掃除してあげるのが私の役目さね」
「……貴方の目的は分かります。なら私達は――」
「――理解しているなら、勝手をするのは許さないよ。戦え。そして私にとって都合の良いときに死ね。それがお前達に与えられた『役割』だ。出来ないなら、他の奴らを殺してやる」
古の魔女の姿が一瞬、ブレる。声色も若い女性のものが混じったものになったが一瞬だけだ。
兵士達は古の魔女の変化に気付いていたが、彼女の言ったことに注意が向いていた。『他の奴らも殺す』と。本当のところは、転生者達という意味合いであったが、化け物のような姿をした者が言うことだ。最悪皆殺しもありうるかもしれないために、緊張を強いられる。
ローラ達はそんな危機感を抱いた兵士達の強い視線を感じ取ってしまう。
彼女らにとって最善は自害すること。けれど、それすると仲間の転生者達が殺されてしまうかもしれなくなった。本来、リディアは無差別に殺しをする人間ではない。けれど、必要があったら、手を汚すことも厭わないのだ。
だから自害は出来ない。
それに兵士達のこともある。彼らが殺されることは万に一つもないが、もしローラ達が自害してしまえば、彼らは自分達が『見捨てられた』と思うかもしれない。その不信感が怒りとなり、アルディスや転生者達に向かうとも限らないのだ。
――一番良いのはこの場からリディアに連れ去られることだろう。連れ出されて、その先で自害出来れば、彼女はこの場に戻って来る理由がなくなる。連れ去った後に、自害されたことを理由にしたところで、そうされた自分が悪いのであって八つ当たりも良いところだ。
リディアはあまりこの国に対して悪い印象をもたれること(恐がられるのはともかく理不尽な存在として見られること)を好ましく思っていないため、条件を満たした上での自害なら問題ない。
だが、もちろんそんなこと、リディアも分かっているだろう。だからこそここで、殺し合いという名の一方的な蹂躙を行おうとしているのだ。
「……アンジェラ、準備は良いですか?」
「……オッケー。精々生き延びてから、上手に死んで『次』の糧にしよう」
二人はそれぞれ構えて、結果が自分達の『死』以外にない戦いに身を投じることになる。
そもそもローラとアンジェラは、リディアに勝てる可能性を全く考えてはいなかった。
ミッシェルがいなくなった時に、すでに勝敗は決まったようなものなのだ。
対リディア戦において、魔法使いは攻撃要員たり得ないが、必要な人員とも言える。何故ならリディアが防御行為をほとんど行わなくなってしまうからだ。
リディアは何もない空中から黒杖を手に取ると、同時に五つの黒球も現れる。
《……黒球は全て『重架』です》
「…………」
ミムラスの言葉に何も言うことが出来ない。完全な攻撃態勢に切り替えてきている。
ミッシェルを失ったことで、こちらは遠距離における相手の攻撃の阻害、そして遠くからリディア本体に直接攻撃を仕掛ける術がなくなってしまった。
ミッシェルの魔法は、ほとんど通らないと言っても、リディアに『理ノ調律』を防御能力として常時展開させてくれるだけの牽制にはなっていたのだ。
しかし、彼女がいなくなった今、『理ノ調律』を別のことに運用出来る。
『理ノ調律』の真価は魔法や現象の無効化ではない。己にとって都合の良い現象を引き起こすことだ。
たとえば、『重架』を自分にとってはとても軽く扱いやすいものとして見て体感し、操り、他者にとってはそのままの重く硬い破壊不可の物体として体感させるという歪な理を体現させるのだ。
「《汝が与え賜るは幽世の痛み。その痛苦は怠惰なる者への罪なる楔。さあ、幽鬼の如き骸になりて死を軽んじる羽虫と共に虚ろへ堕とせ》」
さらにリディアは黒杖の周りを周回する黒球達に囁きかけ、魔法をかける。
ローラはリディアがどんな魔法をかけたか、なんとなく分かってしまった。物理的なダメージ効果を全て精神的なものへと変わるようにしたのだ。恐らくあの『重架』の黒球に当たっても身体は壊れないが、痛みだけが身体を貫くだろう。
心を壊すために性質を悉く変えられた。
ローラは口を開き、静かに言う。
「……アンジェラ、あれには絶対に当たらないように。死ぬ前に心が砕かれますよ。全て躱してください」
「無茶言わないでっての。……ちなみにローラの回復は?」
「当てにしないで下さい。たぶん全てが精神攻撃です。……あとミムラス達へも大きな影響があるかもしれません」
「了解」
肉体的ダメージがないのなら、ローラにはどうしようもない。
そして、脅威たる黒球が弾かれるようにして全方位に散る。
――それらを感知しつつ、今はただ、まともに死ねることを願う他ないのであった。
リディアは思う。
殺し合いというのは、正直、楽しくもないし面白くもない。特に聖人と戦うと復活阻止のために拷問などをしなければならないため、より心が疲れる。
特に今回は、時間を稼ぐことを主体とするために、本気を出しつつ殺さないことを求められた。相手は逆に死ぬことを目的としているため、下手をするとわざと死にに来る。常に死なないように注意しなければならない。本当に嫌になる。
だから、攻撃を本気で躱してもらうために、痛覚のみにダメージを与える魔法を黒球にかけた。
今の『重架』は実体はなく、あらゆるものをすり抜けて行く。いわゆる『透過』を詠唱でかけたのだ。
それにすり抜けられた相手は実体の『重架』にぶつかった際の痛みを負う。肉体が弾け飛ぶような痛みを『腕が吹き飛ぶという温情』がないまま、感じるようにした。さらにその痛みは消えず、蓄積していくのだ。時間で多少緩和すると言っても、数発受けるだけでまともに動けなくなる。
早々にアンジェラがそれでノックダウンした。身体を貫く痛みに耐えきれず、意識は失わなかったが、四つん這いになって吐いている。痛みで全身の筋肉が強張っていることだろう。
ローラには黒球が効かないため、アンジェラが全ての黒球を捌かなければならなくなったのだ。高速で動き回る上にまとも弾くことの出来ない球を躱し続けることなど不可能だった。それ故にこの結果は必然と言える。
あれは動けなくなったから、放っておく。
今は、ローラと格闘戦を行っていた。
毎度、回復術者だけが扱いに困る。拷問するにしても、まず抵抗する術を奪わないといけないが、空間系か近接によって直接殴る以外にダメージが通らないのが厄介だった。それに身体を壊したとしても即座に治るため、隙を作るのが難しい。
それに近づかれると、防御不可の魔法かスキルを叩き込まれる恐れがある。レジスト出来ない回復術者の内在魔力由来の力は脅威だ。
もっともそれは相手も同じなため、先に叩き込めれば、問答無用でダメージを与える事が出来る。この時は単純な技術的な勝負であるため、油断しなければ十分勝てるのだ。
ローラは無謀だと分かっているだろうに、徒手空拳で挑みかかってきた。
リディアは黒杖の柄の左右先端部分を握り、備える。幻影によって大きな老婆の姿を取っているが、実体の大きさは変わらない。なので、やや腕を長くして見せて、自分の本来の腕の高さとリンクさせる。かなり歪だが、元々そういうおかしな挙動をするように見せかけていたため、問題ない。
正直、幻影を重ね合わせて戦うのは色々と面倒臭い。だが、後々町を歩くかもしれないことを考えると本当の姿を晒すわけにはいかなかった。
ローラが魔力の纏った掌底を繰り出してくるが、それを横から軽く払いのけ、腕を千切り飛ばす。
「――っ!」
ローラは顔を歪めるが、その肘から先を失った手を振るい、血をリディアの本来の顔があるであろう位置に撒きながら、再生させた。
血を空中で止めて弾丸にしてはじき返してやろうか、と思ったが魔法がかからない。どうやら『調律』をかけて、少しでもこちらに魔法をかけさせないように工夫させていた。
――血に、他の魔法がかかっている様子はなし。ならば、目に浴びないように注意しつつ、受ける。そして特攻目的で懐に潜り込んできたローラにメイスの柄の先端で胸を突いて、思い切り押してやった。
ぐぷっと胃のものが迫り上がる音が聞こえるが、突き飛ばされる前にメイスを掴まれ――先端近くを千切られてしまう。ボロボロになっていることから、『腐食』に近いスキルを使ってきたのだろう。相変わらず回復術者は怖い力を持っている。でも――。
「拳を握ったままだと痛いよ」
「――ぐぅっ!?」
千切り取った柄が爆発し、ローラの手がぐちゃぐちゃになる。『透過』の一時的な実体化は、対抗策を持たない場合でも唯一、ダメージを与える要因になる。でも、それは一瞬だから攻略法として見るには現実的とは言えないが。
今度はリディアから歩み寄り、怯んでしまったローラの顎下からメイスの柄を振り上げた。
ローラはとっさに退いて躱す。だがボロボロにされたメイスのやや鋭利になった柄が、掠って、折れて突き刺さる。
突き刺さった欠片でも魔法がかかっている可能性があるため、肌を削ぐように振り払うが――その一瞬でリディアにメイスの頭部を胸元に突き込まれてしまう。
そのまま掬い上げるように持ち上げられ、ローラがメイスに触れる間もなく、リディアは呟く。
「《胃袋破裂》」
「ぶがぁっ!」
どぱん、とローラの身体の中から破裂したような鈍い音が鳴り、大量の血液が彼女の口から溢れ出る。
リディアは血を浴びながら、無造作にローラを叩きつける。
受け身を取れず、地面に叩きつけられたローラは、無抵抗に転がって止まると、しばらくそこでもがいていた。回復は即座にしただろうが、痛みの余韻がまだ残っているのだろう。内臓の痛みというのは中々に耐え難いものだ。それが粉々になったのだから、痛みは想像を絶するだろう。
ひゅー、ひゅーと荒い息をして口元をおびただしい血で汚しながら、立ち上がる。耐えているが目尻に涙も溜まっていた。身体も強張ってしまっているのか、ぷるぷると小刻みに震えている。
でも、抗う意思は失ってはいない。少しでも一矢報いるために向かってくるだろう。このまま相手をするのも面倒臭い。
……だとしたら、ちょっとだけ酷いことをしよう。兵達も続々と集まってきて、訓練場を囲むようにいるし、今からやることは何気に効果があるはず。
「《原初の咎人が持つイチジクの葉。その原罪の象徴のみ切り裂く刃をここに顕現せよ》」
「――?」
ローラが詠唱から効果を読み取ろうとしていたが、理解出来なかったようだ。
リディアのメイスの頭部に薙刀状の刃が現れる。薄刃のそれをローラに向けて、にじり寄っていく。ローラはその光り輝く薄い刃を警戒し、後退る。
けれど、逃げ出すわけにもいかず、立ち止まり迎え撃つしかなくなる。どんな効果があるか分かっていないが、ろくでもないことになるのは明らかだった。
詠唱の文言で魔法の効果をある程度把握することが出来る。だからローラは、咎人や原罪などの単語に注目して、精神的な攻撃であることを予測したが――。
袈裟懸けに刃が振るわれ、ギリギリで裂ける。返しが早く、刃がすぐさま横薙ぎに振るわれてしまう。跳び退るが衣服に掠り、すっぱりと切れてしまった。
(服が切れた……。物理的な効果もある?)
リーチが長いため、反撃は出来ない。何より動作一つ一つに無駄がなく、そのせいで振り抜いた後の隙が無く、止まらず振るわれているかのようだ。
受けたら精神を壊されるかもしれない。でも、このまま逃げつづければ反撃の機会すらなく、やられてしまう。だったら、先ほどのように突撃するしかない。
(――そう、思ってくれたかな?)
リディアは決意したような雰囲気を纏ったローラを見て、思う。
案の定、ローラは愚直にも突っ込んできた。刃を受け止めてでも懐に入ろうとするつもりなのだろう。少なくとも『斬鉄』のように真っ二つにされることはないと思っているようだ。そうなれば死ねるから思惑通りとも言えるだろう。
リディアはローラが向かってくるのに合わせて、斜めに切り払った。彼女は避けることはせず、そのまま――真っ二つにされた。
――服を。
ぱさり、と音がする。
「え?」
ローラの肩から対角線上の腰までの衣類が切り裂かれ、すとんと落ちてしまった。ローブはもちろんのこと、中の服も――さらに上下とも下着がひらりひらりと宙を舞い、見えてはいけない部分が丸見えになってしまった。
「~~~~~~!?」
さしもの聖人と言えど、年頃の少女だ。いきなり人前であられもない姿を晒しては、とっさに身体を隠してしまう。
「な、な、なな、な――」
ローラは何も言葉に出来ない。顔を真っ赤にして、それでも布きれになってしまった自分の衣類を拾い上げようとするが、局地的な強風が足元に吹き、布きれを彼方へと飛ばしてしまった。
「あぁっ!」
絶望に染まった顔で空を舞っていく自身の衣類を見送る。
リディアは、そんなローラから飛ぶように離れて、観察する。
とりあえず予想通りの反応をしてくれた。大抵、聖人――それも少女は生娘ばかりだから、羞恥に弱かったりする。だから無力化した後は拷問で心を壊す際にゴブリンや触手生物の巣に突っ込んで、放置するのだ。魔物を滅することを信条にするのも相まって、魔物の子を産むことで心が砕けることがある。
まあ、服を剥ぐ程度では心は殺せないけれど。でも、動きは大幅に制限出来るから、これで多少は楽になる。
どうせ今回の聖人戦は一回目で終わらせられないのは確定している。このまま連れ去っても、道中で自害されるだろうし。
結局、そのまま殺すのなら、楽をしたい。
アンジェラの方は定期的に『重架』を当てておけばいい。痛みだけでもショック死するから、限度は考えないといけないが。――あっちも同じく剥いても良いかもしれないが、全裸でも攻撃してきそうな雰囲気があるからしばらく放置だ。
「くっ――よくもこんな……!」
ローラは涙目になりながらも、敵意をリディアに向けようとしていた。周囲の視線があるから、手はどかせないようだけど。ちなみに周りの兵士は、紳士的に顔を背けていた。――まあ、多少チラチラみている者もいるが。
リディアは無言で空にフワフワと浮かぶと、ローラから離れた位置に彼女の幻影を出現させた。もちろん全裸だ。
「――っ!」
ローラが身体を隠す前に一瞬で細部をじっくりと観察したから、再現度は高いはず。――その幻影に自らの胸を揉ませ、ついでに拡声された音声をつけて甘ったるい嬌声を上げさせる。
彼女の淫らな声が訓練場に響き渡った。
「や、やめ――」
ローラは慌てるが、幻影に向かって行くほど単純では無かった。リディアから目を離しはしない。でも、気にならないわけではないのだ。
「――こんなので……私は……。わた、しは――っ。~~~う、うぅ~~……ううぅ…………ひっ、く……」
――ぷるぷると震えて、小さな嗚咽と共に泣き出してしまった。
「――――く、の――」
それでも泣きながら、幻影を無視して魔法を使ってリディアを攻撃しようとしてくる。だが、彼女程度の攻撃魔法ではリディアの障壁は突破出来ない。直接スキルをかけなければ、彼女はほぼ無力だ。精神がもう少し乱れてなければ、もっとマシな魔法は使えただろうが。
悪い子ではないから、可哀想とは思う。けれど殺しに来た以上、どんな手を使ってでも無力化するつもりだった。手加減出来るほど彼女達は甘くはない。
でも、この衆目に晒すのは、相手があまりにも不憫になるからやりたくはないのだ。
……この時間が早く終わることを願う。
リディアはちらりと騒がしそうな城の方を見やり、そう思うのであった。
※ちょっとした補足
詠唱について。
魔法の詠唱は決まった定型句などがあるわけではなく、実はかなり自由。条件さえ満たせば、《火、飛んで行け》でも火球が現れ、飛んで行く。ただし対人戦だと簡単な文句では相手にバレてしまうため、難しい言葉を用いられることが多い。本人が意味さえ分かっていれば、どんな言葉でも魔法は自在に顕現出来る。




