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転生したら、アンデッド!  作者: 三ノ神龍司
第二幕 偽りの王子と国を飲み込む者達
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第三十四章 棚からぼた餅!

 それは真夜中のことだった。


 俺は一応、眠れる。けれど異常に高い感知能力のせいか、それともアンデッドだからか、かなり眠りが浅い。ちょっとした物音で、起き出してしまう程度には敏感だ。


 ……というか、窓が開く、きぃぃぃっていう音って怖いんだよ。それで起きて、薄目開けながらビビって、音が終わらないからビクビクして――何かが入り込んできたのが分かって飛び起きた。


 俺は暗闇で目は見えないが、音やら魂やらで大体は把握出来る。


 魔物がいる。靄状になって入ってきている。向かう先ははお姫様のベッド……狙いはお姫様ね。


 とっさに触手を伸ばしベッドに寝るお姫様に巻き付けると瞬時に引き寄せる。


 「うぶぅっ!?」


 さすがのお姫様も驚いた――というより苦しげに呻いてしまう。結構、強めに引いたからかなり締め付けてしまった。あと粘液で少しねっとりしてしまうかも。申し訳ないが、緊急事態だから許して欲しい。


 俺の腕の中にいるお姫様は、寝起きで混乱していて、キョロキョロと辺りを見回す。


 「な、なにが――!?」


 《なんか入ってきた》


 俺は眠っているラフレシアを操って声を出す。これも緊急事態だから仕方ない。


 闇に溶け込むような黒い靄が、人の形を為す。


 現れたのは、青白い肌をした細身の男だ。漆黒の衣装に身を包んでいるせいか、顔だけがぼんやりと暗闇に浮かんでいるようでとっても怖い。あれ誰だ? 夜這いか? ずいぶん、凝った登場するじゃないか。この世界は夜這いもアグレッシブなのか。


 ――と、一連の出来事が騒がしかったからか、部屋で寝ていた人達も続々と起き出してきた。


 「なに!?」


 「セレーネ様!」


 『暗視』でも持っているのか、イユーさんが迷わずこちらに駆け寄ってくる。ぶっとい針を出した状態だったから(今見たら、空っぽの魂を確認。あれ魔道具だ)、刺されるんじゃないかと警戒したが、敵は誰か分かっている模様。俺の前に駆け寄ると盾になるように立つ。


 ちなみにフーフシャーさんは寝ていたソファから飛び降りると、その場から動かず、周囲の事態を把握するのに努めてくれていた。特に出入り口の位置を確かめてくれていたところがありがたい。


 「ふむ」


 夜這い野郎が、顎に手を当てて首を傾げる。視線は俺に向けられていた。


 「――僥倖、と言うべきか。よもや、すでに侵入して共に居るとは思わなんだ」


 おろ? あれ? お姫様が狙いじゃなかったの? というかあいつ誰? 魔物な気配がムンムンとするから、一瞬期待してフーフシャーさんの援軍かと思ったけど……。


 仮にあれが『チェスター』だとすれば――。


 「ここで貴様を殺せば、計画を修正出来るかもしれんな」


 ――今の俺、相手からすれば最高に棚からぼた餅じゃね?


 瞬間、ボンッとイユーさんの前で何かが爆発する。


 イユーさんが魔法で障壁を張ったおかげで威力を減らせた。けどあくまで減らせただけだ。すぐに障壁は壊れてその余波で俺らは吹っ飛んでしまう。


 俺はお姫様を抱きかかえながら、ゴロゴロと転がる。


 「――! 逃げて! 貴方を狙って――」


 イユーさんが必死に叫んだのを聞いて、俺は転がりながらも触手でドアを掴み、強引に身体を引き寄せる。ビキビキとドアの蝶番が軋むがなんとか壊れず耐えてくれた。


 同時に、俺らがいた空間がまたも爆発する。魔力とか全然見えないから、攻撃が予測出来ん! ちくしょう! ガチで魔法使い系の相手、出来ないぞ、俺!


 とにかく今は、出来ることをやろう! まずアンサムに連絡だ!


 (アンサム! 襲われた! たぶんチェスターだ! 計画早めて、――少なくともフェリス連れてきてくれ!)


 (あ!? ――――あ、あぁ、分かった!)


 アンサムは、たぶん寝てたんだろうけど俺の呼びかけになんとか応えてくれた。


 さて、こっからどうするか。チェスターがわざわざ来てくれたのはありがたいけど、今の戦力で勝てるかって言われると正直、心許ない。何より――。


 俺は触手でチェスターを振り払って見るけど――はい、身体をすり抜けました。


 ――何より、俺が役に立たないからどうしようもない。ましてや俺が要であるから、積極的に前に出ることも好ましくないときた。


 俺がどうするかちょっと悩んでいるとイユーさんが叫ぶ。


 「王子を呼んで、合流地点に急いでください! フーフシャー、貴女も一緒に行って彼とセレーネ様をお守りしなさい! 私はここで、こいつを出来うる限り抑えます!」


 「了解!」


 そういうことならオッケー!


 「うー!」


 「イユー!? 駄目よ、駄目!」


 あっ、ちょ、お姫様暴れないで! なんかすっごい必死になってる。ちょくちょく思ってたけど、この二人、お姫様とメイドさんの関係っていう単純なものじゃないっぽいな。


 また、爆発が起こる。けど、今度は途中で暴発したみたいに俺からそれなりに離れた位置にて発動だった。


 チェスターが忌々しげにイユーさんを見やる。


 「――その程度の力で邪魔をするか」


 「この程度でも、貴方如き、相手にするのには十分です」


 煽る煽る。チェスターはプライド高いのか、かなり苛ついた様子でイユーさんに照準を絞った。――ああ、ここで戦ってイユーさんの安全を確保したい。お姫様が取り乱しているからなおさらだ。


 でも、逃げなきゃいけない。俺が殺されれば、全て終わってしまうから。


 だから俺は苦渋の決断を下し、全力でその部屋から飛び出すのであった。






 


 

 俺が部屋から飛び出すと、真っ暗な廊下が続いている。けれど今の爆発音のせいで辺りが騒がしくなっている。ここら辺は偉い人が多くいるためか、たぶん近衛兵的な人らも多くいるかもしれない。――感知を最大にすると、音や魂がたくさんこちらに向かってきている。


 《合流場所は!?》


 ラフレシア、眠っているとは言え、ごめんよ。今は声を使わせてもらう。


 お姫様が呻く声が聞こえる。今はお米様抱っこ状態だから、後ろを……イユーさんが残った部屋を見ているんだろう。


 すぐに切り替えは無理か? そう思っていると……、


 「――――――そのまま……真っ直ぐ、突き当たりを曲がって、階段があるのでそこを下ってください……!」


 ありがとう! 強い子だ!


 俺はお姫様を抱えながら、走る。後ろにはフーフシャーさんがしっかりとついてきている。下着姿だろうけど、問題ないのかな? 部屋で色々と会話したとき、服着るの苦手とか言っていたけど。


 ていうか、俺ら、かなり目立つ。だって俺は相変わらず顔以外化け物だし、お姫様担いでるし、後ろついてきているのは下着姿の痴女だし、怪しさ満点だな!


 そんなんだから途中で軽装の武器を持った人が何人か現れたけど、出会い頭に悲鳴あげられるんだ。んで、動きが止まってくれているので、これ幸いと触手で打ち払ってとにかく進む。倒した奴は今のところ、死んではいないと思う。


 むしろ、出来れば不殺を心がけたい。今後のことを考えると殺しすぎは不味いことになる。俺が何らかの理由で今後ともアンサムと仲良くする際に、障害になるかもしれないからだ。


 まあ、どうしようもない時には遠慮はしないが。気を遣い過ぎて殺されたら元も子もない。


 道中何度か兵士に出会うが、突発的かつ(暗闇も相まってビビられて)、お姫様もいるせいでとっさに攻撃されなかった。おかげで、ほぼ無傷で突破出来た。


 螺旋階段まで辿り着くと、転がり落ちないように慎重かつ急いで下っていく。


 「下についたら、真っ直ぐ進んで下さい! 突き当たり、右に向かい、左手側、二番目の扉の先が図書室になっているので、そこにお入りください! そこに秘密の出入り口があるので、私が案内します!」


 「うー!」


 真っ直ぐ行った後、突き当たり右行って――えっと左手側二番目の扉ね! 間違わないように注意するよ! 


 一番下に辿り着く。このまま真っ直ぐに――と思ったが……あっ……。ちくしょう、障害が出来た。前方の通路に、二人、立ち塞がっている。ポニーテイル女にカウボーイ女だ。こっちをしかと見据えながらすでに武器を構えている。


 どうしようね。


 俺に担がれているお姫様がお尻をもぞもぞと動かす。


 「――感情が……誰かいますね。左側の通路は一番遠回り、右側の通路がそれなりで目的地に近いです。……あと、大丈夫だとは思いますが、伝えておきます。左右にも人がいますよ」


 マジで? そっちは分からなかった。


 ……あー、たぶん、銃使いの女がしたみたいな魂の『隠密』化か。元ホスタ、現ラフレシアが苦し紛れにやったことらしいけど、結構俺に刺さるね。


 俺は目の前の通路へと出るアーチ門の前で減速し、切り離した触手を投げ付ける。


 「まだだ!」


 俺の前方にいたカウボーイ女が叫ぶが――触手が通路へ出た瞬間、唐突に触手が遅くなる。そして右側から目にも止まらぬほど速い――というか魔法の可能性もある――何かが飛んできて触手をズタズタにする。


 目の前の能力が消えた瞬間に顔を出して、左右を確認。そこには見たことがない男が二人。右はピカピカ光る鎧を着た奴と左にとんがり帽子とローブを着た魔法使い風のちびっこい奴がいる。


 顔を引っ込め、どうしようと考える。


 その最中、ちょっととある転生者の魂を見て、ギョッとしてしまった。


 魂の『隠密』化は負担がでかいのか、俺に見つかったと判断した瞬間、すぐに解除された。


 で、その際魂が見えたのだが……ちっこい魔法使いは別に良い。妖精憑きってだけだ。でもピカピカ鎧の方は、初めは普通だと思った。けど、違和感があって注視して『魂鑑定』をしたら、空っぽの魂にどす黒い何かが蠢いていた。そもそもその魂が継ぎ接ぎのようで不気味だ。どす黒い何かは、雰囲気的には妖精だが、明らかに普通のとは違う。……マジでなんだ、あれ。


 いや、気にしてる暇はない。解明に時間もかけられない。


 俺は左右&前方に『触手爆弾』を投げ付け、――左側、ちっこい魔法使いの方へ走り抜ける。


 「『調律』――!」


 「『鏡界門』!」


 ――なんかよく分かんないけど、無力化された可能性あり。いや、ラフレシアからある程度の能力は聞いている。『調律』はポニーテイル女が以前も使った一時的な無効化能力で、『鏡界門』がピカピカ鎧が使うカウンター系防御だったか。まあ、すぐに逃げれば問題ない。


 目の前のちっこい魔法使いは、『触手爆弾』に何か魔法をかけたのか、空中で遅くなっている。……こいつ、確かデバフ系が得意なんだっけ? さらに続けて俺自身に魔法をかけようとしたけれど、その前に触手を叩き付ける。けど、ギリギリで障壁を張りやがって耐えられてしまった。


 でも、魔法をキャンセルさせて接近出来た。奴の後方に『触手爆弾』を投げ付け、他の触手で追い打ちをかけようとする。


 「――っ!」


 ちっこい魔法使いはビビりながらも、俺をしっかりと見つめ、障壁っぽいのをさらに厚く張っていた。……なんかその障壁、厚い以外にもちょっと普通のと違う感じがするよ? わざと受けようとする感じがあるし、カウンター系かな?


 ――まあ、その直前に俺は殴るのをやめて、全力で通り過ぎるのだけど。んで、『触手爆弾』は爆発するが酸ではなく、無害な白い霧をまき散らせる。


 『触手爆弾』がスキル化して便利になったことは、すぐ作れるようになったこと以外には無害でも爆発してくれることだろう。この無害化のおかげで、仲間がいても遠慮無く脅しとして使える。でも敵にはそんなこと分かりようがないから、ちっこい魔法使いは障壁を解けないようだった。


 さすがに仲間がいるところで酸性の爆弾は使わないっての。そもそもまともにやり合うつもりなんてないしな。


 俺はぽふぽふとお姫様の背中を叩く。


 「うー!」


 「――分かってます! 遠回りになりますけど、道案内します!」


 話が早くて助かります、お姫様!


 それで、脇目も振らずしばらく走ったところで、後ろのフーフシャーさんが立ち止まり、振り返る。


 「アハリートくん、行って! ここは私が食い止める!」


 「う!? うー!?」


 ちょっと驚くが止まらない。でも心配だ。大丈夫?


 その思いが伝わったのか、フーフシャーさんの声が聞こえてくる。


 「……どうせこのまま行っても先回りされちゃうだけから、頑張ってここで何人か止めるわ。大丈夫、相手に性があれば私に有利。……それに若い男女が二組ずつなんて、最高じゃない。逃げたら後ろから男女問わず、ずっぽりしちゃうし。ふふっ」


 フーフシャーさんはそう言って不敵に笑う。いやん、すごい強キャラ感溢れる。是非とも成り行きを見ていたいけど、それでは本末転倒だ。


 後ろ髪引かれる思いだが、俺はただひたすらに走るのであった。

 








 

 フーフシャーが脚を程よく開きながら、腰に手を当てて堂々とした立ち姿を披露する。もちろん下着姿だ。


 一番近くにいたルズウェルは、そんな彼女からわずかに漂ってきた甘い匂いを嗅ぎ、慌てて離れる。この匂いはいけない。あれを嗅ぐだけで興奮して、感度が増し――一度でも触れられたら為すがままになる。


 転生者四人はフーフシャーから距離を取りながら、一度固まる。


 ルリエはフーフシャーから目を離さず、口を開いた。


 「で、どうする? 先回りする組と別れるか、全員で奴の相手をするか」


 「正直、惨敗した僕らからすれば、後者の方が良いと思うかもしれないけど……相手が淫魔だから異性同士のペアになるのはよした方がいいかもよ」


 カスレフはやや後退りながらそんなことを言う。どうやら一度の交戦でフーフシャーに対峙するのがトラウマになってしまったらしい。


 それはルズウェルも同様だった。わずかにふるふると震えている。彼は本来、自ら喋ることは少ないが、頑張って、とつとつと言う。


 「……出来れば、……ゾンビを、追いたい、かも」


 「……そうすると、うちとルリエさんで相手をする感じっすか?」


 「そういうことになるな」


 どうなるか分からないが、と苦笑してしまうルリエだった。女性だからマシ、ということはないはず。相手は淫魔の王種だ。多少の性差くらいものともしないだろう。


 そんな淫魔、フーフシャーは手をふりふりする。


 「そんなに心配しなくても良いわ。全員相手してくれるなら、気持ち良くするだけに留めるよう、お姉さん頑張っちゃうから。せっかく男女ペアになってるんだし、好みの相手と交わるのも良いわね。……いや、あえて同性でいちゃつかせるのも乙かしら……」


 「うち、ゾンビを追って良いっすかね?」


 シィクが一歩横に動いて、ゾンビ追いかけ組に入る。


 ルリエは苦笑しつつ、頷く。


 「別にそれでも私は良いがな。……足止めなら私一人で出来るだろう」


 対してフーフシャーが首を傾げる。


 「あら、もしかしてで三人で私のお相手するの? それとも三人で追いかけるの? 駄目よ、三人で追いかけるのは。……彼を追いかけるのは、最低二人まで。――もしそれでも三人で追いかけるつもりなら、残った子は徹底的に犯して壊して、孕ませる。ああ、すぐ出産出来る触手を召喚して連続出産させるのもいいかもしれないわね。そして日常生活も送れないほど、敏感な身体に作り替えてあげる」


 「それは困るな。――ところで孕ませるについてだが、……まあ、そういうことなら男にもなれるんだろうが――生まれる種族はどうなるんだ? 魔物は異種でも孕むし孕ませられるが、その場合は淫魔のハーフになるのか? 淫魔のハーフはあまり聞いたことはないが」


 「ルリエさん?」


 何かズレたことを言い始めたルリエにシィクが困惑してしまう。


 フーフシャーはルリエの質問に顎先に指を当てて小首を傾げる。


 「うーんと、そこら辺は操作できるから、人でも淫魔でもハーフでもなんでも、と言えるわね。あと、そういうわけだから淫魔のハーフは望まない限り生まれることはないわ。わざわざ能力にムラのあるハーフを作る子って滅多にいないって聞くし。あっ、どっちにするか希望があるなら、そこは聞いてあげる。あと私、色々な種族にもなれるから、興味がある遺伝子があったら言ってくれたら叶えられるかもしれないわよ。壊れたら子育ても何もないと思うけど」


 「俄然興味が湧いてきた」


 「湧かないようにしましょうよ!?」


 ルリエが興味津々に前に進み出ようとしたので、シィクは思わず手を掴んでしまう。


 「もうちょっと自分を大事にしません!? ルリエさんも一応女の子なんですからあ!」


 「いや、避けられない事柄に対して高潔さを保とうとすると割と酷いことになるからな。こういうのは諦めて受け入れるのが肝心だ。あと一応とか酷いな」


 「そうそう。堕ちるわけがない、とか言ってすぐに堕ちて媚びへつらう姿とか、最高に無様で可愛いのよ。そうなるなら、最初から受け入れていた方が逆に綺麗なままで、楽になれるのよね。――ちなみに二人でくるなら、孕ます気もないし、動けなくなる程度に気持ち良くさせるだけだけど? もちろん私を倒せれば、そんな心配はいらないし?」


 フーフシャーが、にたあ、とシィクに笑みを向ける。シィクはその淫猥な笑みに思わず後退りそうになるが――寸前で踏みとどまり、ルリエに近寄る。


 「ここで見捨てたら女が廃るっす! ルリエさん、なんか色々とあれになる前に二人であの人を倒しましょう!」


 「魔物の子供を作れるなら私は別に――」


 「健全に、倒しましょう!」


 「お、おう……」


 さしものルリエも、その時のシィクには気圧されてしまった。


 こうして、ルズウェルとカスレフがアハリートを追い、ルリエとシィクが共にフーフシャーを倒すことになった。


 「――まあ、これが最善かしらね。さあ、楽しみましょう? お嬢さん方?」


 ふふっ、と妖艶に笑い、フーフシャーは淫靡なる戦いを始めるのであった。

 







 

 俺はお姫様を抱えつつ、とにかく走る。辺りがさらに騒がしくなるが、兵士の波が俺を襲うことはなかった。むしろ、所々に集まってわちゃわちゃしている感じかな? たぶんだけど、バーニアス将軍と第三王子様が動いてくれたおかげかと思う。


 あと、走っている最中、アンサムから(到着した。敵兵から逃れつつ進むから遅れると思う)ということを伝えられた。その直後、お城の正門がある方から、何か激突するような音が鳴り響いてきたことから、リディアが突っ込んで来たんじゃないかと思う。


 そのせいもあって、兵が外にも流れてるんじゃなかろうか。


 少なくとも、人海戦術は使われずに済んでいる。


 でも、悠長にはしていられない。特にリディアがここに留まる理由は、聖人を殺すことだけだ。それ以外の長い滞在はあまりよろしくはないらしい。無理をすれば転生者を対象にすることも出来るけど、リディア自身があまり気乗りしないみたい。


 なんであれリディアがいなくなれば、兵が戻ってきてやり辛くなるだろう。なるべく長引かせるとのことであるが、早めにチェスターやクレセントを引っ捕まえて目的を達成する必要がある。


 遠回りをしたけど、なんとか接敵もせずに図書室前の通路までつく。けど男二人、……ピカピカ鎧にちっこい魔法使いがすでに立ち塞がっていた。やっぱり回り込まれたみたい。けど、さっきみたいに奇襲する気はないようだ。


 ……奇襲は本当にない? あえて姿を現しているのは油断させるためとか? 違う奴が隠れているとか? まあ、そこまで考え出すとキリが無い。


 残り二人の相手はフーフシャーさんがしてくれているんだろう。かなり助かる。正直、別れたのは正解かもな。俺もフーフシャーさんも無差別的な範囲攻撃を得意とするから、仲間と一緒の集団戦はよろしくはないのだ。


 俺は、一度、お姫様を降ろして後ろにいてもらう。感知を広げてみるが、誰かが近づいてくることもない。右手側のどこかの部屋にも誰か隠れ潜んでいることもない。左手側は他の部屋や図書室があるまで窓になっていて、地上までそれなりの高さとなっているからこっちからの奇襲も気にしなくていいだろう。離れてもお姫様が襲われることはないはず。


 ……ピカピカ鎧の魂は不穏だけど、率先してお姫様は狙わないとは思う。


 「気をつけてください」


 「うー」


 出来る限り頑張って見るよ。


 逃げるのは無理だし。あの変な魂を持つピカピカ鎧は、近接系だし無防備に通り過ぎたらかなり危険だろう。


 仮に無傷で通り抜けられたところですぐに追いつかれて図書室でのバトルになるのは目に見えている。最悪、アンサムとフェリスがまだいない時に、秘密の通路に隠れているかもしれない伏兵に挟み撃ちされる可能性もあるしな。


 ここで倒しておくのが得策だ。


 よし、最終チェックだ。


 尻尾につけた骨槍、よし。


 脇腹につけた二組、合計四本の電撃用の触手も問題なく動く。


 チェーンソーも、たぶんよし。背中にしょってるから、機を見て使おう。


 身体の至る所に仕込んだ射出触手もちゃんと位置を把握している。


 他の特殊な触手も問題ないはず。


 叩く、巻き付けるのに使う通常の触手を手から生やし――じゃあ、行くか。


 背中に短めの触手を三本ほど生やし、『触手爆弾』をいくつか生成しておく。そして、廊下にあった調度品の壺を――滅茶苦茶高そうだったけど――引っ掴んで、奴らに投げ付ける。なるべく真っ直ぐ、できるだけちっこい魔法使いの対角線上になるように。


 ……で、やっぱり、壺が空中で遅くなった。魔法をすでに放たれていたのだ。予備動作も特にないってのが辛いな。


 俺は、壺を投げたと同時に走り出していて、接近しようと試みる。


 「……嫌になるね。聞いていた話と形が若干違う」


 「援護、する。偽物かどうかもすぐ、報せる」


 「頼むよ」


 そう言って、ピカピカ鎧が進み出てくる。


 ラフレシアから聞いた奴の能力は、鏡を使ったものが多いと言う。虚像、反射、短距離ならば鏡間の移動も可能だとか。んで、光魔法も使えるってよ。ミアエルの魔法と比べて見たら、かなり弱いらしいけど俺に効果は絶大だろう。


 つっても、光魔法は乱射されることはない。光魔法って、大気中の魔力を散らせてしまう効果があるらしく、下手に使うと自分も魔法を一切使えなくなるんだってよ。光魔法は強力な反面、考えなしに使うと逆に不利になってしまうようだ。


 使われるのは、トドメか俺に相当隙が出来た時だけ。光魔法の発動は分かりやすく、回避はしやすいしな。


 俺は、全力で『触手爆弾』を投げ付ける。しかし、力いっぱい投げたせいで、奴らのさらに後方に飛んで行ってしまう。爆発して酸霧が漂い、通路を腐らせるけれど、奴らまでは届かない。


 「――暴投、……それとも退路を塞いだつもりかい!」


 そう思ってくれて良いよ。考えてくれ。俺が何をするつもりか。何をしているか。そして、何をしたかを。


 俺の戦い方は、ずるく、卑怯で、嘘に塗れているのだから。あとちょっぴり根に持つタイプ。


 俺は壺をちっこい魔法使いの方に投げ付け、『触手爆弾』をピカピカ鎧の手前に放る。


 「……っ。『鏡界門』!」


 少し迷ったようだけれど、ブクブクと膨らむ『触手爆弾』に対してカウンターを発動させる。奴の真上に円形の青銅鏡が出現し、破裂した霧をたちどころに吸い込んでいってしまう。そして、即座に俺に向かって霧が吐き出される。


 霧に包まれた瞬間、俺の肉がじゅううと音を立てる。


 「アハリートさん!?」


 お姫様が驚いてしまう。けど、酸の霧は危険だからと近寄れないみたい。悪いね。


 つーか、反射のサイクル結構速いな。吸い込めるのは魔法とか気体系限定らしいけど、それでも魔力の性質を反転させて相手の力をそのまま利用するのは厄介な力だ。


 俺は膝をつく。ドロドロととろける俺の肉に為す術はない。


 ピカピカ鎧は、剣を構えながら油断なく霧を見据えている。でも、中は見えてないっぽいな。


 「ルズウェル!?」


 「倒れた。……魂は……弱くなってる。……効いてる?」


 「呆気なさ過ぎないかい、これは?」


 困惑してるっぽいね。けど、大抵、命なんてそう簡単に消えるものだよ? 俺が言うと説得力ないけど。そもそも死体のアンデッドだし。


 「――魂が、消えた」


 「まさか、もう?」


 そう、もうです。


 というわけで、俺は床を這うように触手を伸ばし、ピカピカ鎧の足に巻き付ける。


 「なっ――やっぱり――!?」


 そう、やっぱりです。


 意趣返しですよ。ラフレシアを使って、『潜伏』を自身の魂にかけたのだ。お前らが俺の生死を『魂鑑定』や『魂感知』でしか判別出来ないから、俺以上に深く刺さるだろう?


 ちなみにしゅうしゅう音を立てていたのは、身体に仕込んでいた生肉を溶かしていただけだ。その後スタッフ(俺)がしっかり吸収しておきました。


 ピカピカ鎧が即座に触手を切り離そうとするけれど、その前に引いて転ばす。そのまま引き寄せつつ、本物の酸の霧が入った『触手爆弾』をちっこい魔法使いに投げる。ありがたいことに遅くなる魔法を使っていてくれていて、空中でふよふよしだした。遅くなるのは、大体十秒程度だ。戦闘では致命的なほど長い時間だが、今は時差を作れるのはありがたい。


 んで、チェーンソー起動。いくつかのピストンが連続で鳴り、それに呼応するように若干の削れる音と共に骨で出来たチェーンが回り始める。


 前世とは少し音が違うけれど、似通った音に奴らは気付く。


 「なっ――」


 「この音、チェーンソー?」


 俺は霧の中から飛び出し、床に倒れ込む、ピカピカ鎧の頭に向かってチェーンソーを振り下ろす。


 「!」


 ピカピカ鎧は、触手を切ろうとしていたが、俺のチェーンソーに危機を感じ、剣を横に構えて側面で受け止める。


 骨のチェーンが鉄と合わさり、削れて骨粉を撒き散らす。やはり強度はそれほどはない。けど、ガリガリとブレて、受けるのが大変そうだ。あと、地味に顔にかかる骨粉がウザいと思う。


 うーん、破損が大きい。このままだとたぶん、こっちの武器が先に壊れるかな。


 まあ、このまま行儀良く鍔迫り合いする義理もないから、普通に尻尾の骨槍で脚を突き刺した。腹とか胸とか急所を狙いたかったけど、鎧を貫けないからなあ。


 「ぐ、う――――うぐっ!?」


 それで、ついでに骨槍に彫っていた螺旋状の溝に入れていた刺胞触手を傷口の中で展開する。切り離して『遠隔操作』で皮膚下……筋肉――さらに内蔵に這い回らせるけど、残念、途中でレジストされてしまう。まあ、毒は消えないけどな。


 「うぐぅ、ぐがぁあっっ!」


 ピカピカ鎧が目に見えて苦しみだす。喉に力を込めたせいで声は掠れて、血を吐くんじゃないかと思うほどだ。ふつふつと噴き出す脂汗も痛々しい。


 それでも頑張って耐えている。うん、これ以上、耐えられると援護がくるから困る。だから、……窓の外に捨てちゃおう。


 俺はピカピカ鎧の足首に巻き付けた触手を横に振るい、窓に向かって叩きつけた。


 がしゃああん、と音がしてピカピカ鎧が外に投げ出される。


 「は?」


 ピカピカ鎧は一瞬の出来事でよく、現状を理解出来ていないらしい。窓から、5メートルぐらい離れたかな? まあ、そんなこと理解したくないし、したとしてもどうしようもないだろうけど。近くに鏡もないし。ガラスに判定があったとしても、通り抜ける鏡がないといけないらしいし、用意しても落下速度が軽減されるわけでもなし。少なくともこの瞬間に対応しなきゃ、移動してもその先で潰れるだけだ。


 そしてその思考と行動を明瞭に出来るほど肉体精神共に万全でもない。


 まあ、頑張れ。


 「う、わぁあああああああああああああ!」


 「カスレフ!!」


 ちっこい魔法使いが大きな声を上げて、窓に駆け寄って開けると魔法を放った、のか? だからだろう、ピカピカ鎧は急激に落ちる速度が遅くなる。


 「えっと、えと、次は、次は……スキルはない、そうだ……詠唱、どんな効果を――」


 ちっこい魔法使いがおろおろとして次の一手を考えている。遅くなる魔法以外に、有用そうなスキルがなかったっぽいな。


 俺のことは眼中になく――まあ、多少は気にしてはいるようだが、あのピカピカ鎧を助けるために頑張ろうとしていた。


 つっても、そこで待ってるほど甘くないけどな。


 チェーンソー片手に突撃していく。


 「!? ――っ! く、来るなあ!」


 ちっこい魔法使いは泣きそうになりながら、必死に何かしようと考え込んでいる。でも、焦っている時って頭の中が真っ白になるから無理なんだよ。二兎を追えるほど人間って優秀じゃないんだ。……だからどちらかを切り捨てなきゃいけない。


 それに、さっき投げた『触手爆弾』も忘れちゃいけない。


 ちっこい魔法使いは爆発しそうなそれに新たに遅くなる魔法をかけて……次の一手に迷う。ピカピカ鎧を助けるか、俺の攻撃を防ぐか。


 奴の命運は決まったようなものだったが……、なんというかタイミングの良いご都合主義っていうのは往々にしてあるようだ。


 少なくとも俺は失念していた。


 チェスターが、窓の外からやってくることを。


 後ろで感知に入ったのが分かって、即座に振り返ったが、その時にはすでに黒い霧がお姫様の背後にいた。


 《逃げろ!》


 「え? うぐっ!」


 ラフレシアを使って呼びかけるが、一瞬遅かった。お姫様が動く前にチェスターが実体化して、背後から押さえ付けられてしまった。


 チェスターが俺を睨み見据える。


 「ずいぶんと手間取らせてくれる」


 「うぅー」


 不味いぞ、これは。


 チェスターはちっこい魔法使いに、俺を顎で指し示す。


 「やれ。今すぐに。そいつが大人しくしている間に」


 「ま、ままま待って! カスレフ、助けて、から!」


 「ちっ……さっさとしろ」


 何気に話が分かる奴っぽかったみたいだな。まあ、ここで非情なっても、ちっこい魔法使いに反抗される恐れがあるもんな。何事も譲歩は大事。


 その間に何をしようか――、と思ったら俺の眼前で爆発が起こる!


 「うう!?」


 頭吹っ飛びかけたぞ! 少なくとも目は潰れたし、頭蓋骨がぐしゃっとなっちゃったけど、即座に再生して、なんとか事なきを得る。


 ……ああ、うん、そうだよな、そうだ。あいつには遠距離攻撃があるんだ。悠長にしている暇ないよな。


 でも、今はそっちが有利だし、もうちょっと舐めプレイしても良いんだよ? はい、また爆発きました、ちくしょうめ!


 ……くそっ、せっかく残していた顔の皮膚がおじゃんだ。今はそんなこと気にしている暇はないけどさ。……ああ、もう、俺もちょっと焦って混乱してるね。


 「避けるな。この小娘に危害を加えられたくなかったらな」


 「やめて! ……それに、それにイユーはどうしたの!」


 お姫様がバタバタと暴れると、チェスターが腕で首をややきつめに締め上げる。お姫様は苦しげに呻くけれど、涙目で歯を食いしばり、諦めずに身体を揺すっていた。


 「大人しくしているんだな。……あの女は、まだ生きている。だが猶予はないだろう」


 「……どう、いう、こと?」


 「衰弱させた上で『感染』させた。あのままレジストに失敗すれば、あの女は私の眷属となるだろう。このままならそれは確実だ」


 「――!」


 わあ、最悪なことしやがった。まあ、俺が文句言える義理ないけど。散々、人間操って弄くって使い捨てにしちゃったしね。


 「あのゾンビが大人しく殺されれば、貴様を解放して治療する術を与えてやろう。――だから、お前も下手に回復しないことだな」


 チェスターが俺を見て言った。


 えっ、やだ。死にたくないもん。でも大っぴらに回復はしない。皮膚下でゆっくりとだ。


 さて時間をある程度稼ぐとして、この窮地どうしましょうね。一番の打開候補はアンサム達だけど……。


 (アンサム、今、どこだ。こっち最悪。お姫様、チェスターに捕まった)


 (なにっ!? ――くそっ、こっちはまだ時間がかかる。秘密の通路には入ったが、まだ入ったばかりだ。それに待ち伏せされてることを考えると……もうちょっと――五分くらい時間を稼げねえか?)


 (俺の回復力含めて、一分くらいが限度だ。……いよいよ余裕がなくなったら、お姫様は見捨てるからな)


 (――! …………っ。……あぁ……だけど、最善は尽くしてくれ)


 (善処する)


 お姫様はキーパーソンじゃない。役に立つけど、いなくても問題は無い。――でも、単純にそう考えて簡単に切り捨てるつもりはない。


 かと言って、何が出来るわけでもない。今は耐えるだけだ。幸いなのは、俺の後ろにいるちっこい魔法使いは、まだピカピカ鎧を助けるのに躍起になっていることだろう。色々と駆使して、なんとか地面に降ろそうとしているようだ。


 爆発の魔法で吹っ飛ばされて、肉が飛び散る。なんとか急所の骨を分厚くして、爆発に耐えられるようにする。でも、気付かれないようにしながらだ。最低限、防ぐくらいなら許してくれてるっぽいから、腕で顔を隠すように覆ったときに肉も分厚くしておく。


 片腕が千切れ飛ぶ。チェーンソーが落ちたから、吹き飛ぶフリして転がってそれに触れて、ちょっとずつ体内に取り込んで骨の補強をする。少しでも時間を稼げ。最悪な決断に至る直前まで。


 チェスターは無抵抗なのに一向にくたばらない俺に舌打ちをする。


 「たかが死体のくせにずいぶんと硬いな」


 「アハリートさん……! 私は、……私は大丈夫ですから、逃げてください!」


 お姫様は必死に叫ぶ。


 うん、その時になったら遠慮無く、見捨てて逃げるよ。けど、少しでも希望があるなら、それに縋り付く。俺、お姫様のこと助けたいと思うくらいには、嫌いじゃないし。


 まあ、打開策がないからどうしようもないんだけどねえ。どうしようね、ほんと。あいつに攻撃を当てられるなら、触手を切り離して奇襲するんだけど、物理攻撃が当たらないからな。酸霧は効果があるかもしれないけど、お姫様も大ダメージ確実だし。巻き添えで殺したら本末転倒だ。で、もしチェスターがノーダメージならもう最悪だ。


 誰か来てー。俺にもご都合主義ぷりーず。勇者様ー、助けを求めるから、なんかしてー。


 俺は藁にも縋る思いで心の中に呼びかけるが……まあ、応えてはくれなかった。命の危機に助けてくれると思ったんだけど違ったか? それともこれは危機じゃない?


 でも他に方法ないしなあ。


 そんなことを思っていると――。


 「何をしているのですか!」


 俺の左側にある通路から、誰かの声が聞こえてくる。


 ランプを片手にやってきたのは、細身の厳格そうな女性だ。ネグリジェを着つつ、腰には剣を差していた。女騎士さんかな? 


 「……この声……お母様……?」


 ――不意にお姫様のそんな声が聞こえてくる。


 お母様? ていうと、あの人、王妃様になるのかな? なんでまた、そんな人がこんなところに。護衛とか連れている様子もないし。


 これはチェスターも予想外だったらしく、小さく悪態をつきつつも、――王妃様が現れる直前で笑顔を浮かべる。


 「――面倒な……。――ルナ王妃、どうかされましたかな?」


 王妃様が、T字までやってくると、近くの俺に警戒しつつ、そしてお姫様を押さえ付けるチェスターを見て、険しい顔になる。


 「――! どうした、とは何を言っている! アンサム王子から大臣の地位が与えられたからと言って、偉くなったつもりか! ――一国の姫を押さえ付ける馬鹿がどこにいる!」


 おおう、中々の気迫だ。


 剣を抜き放っているが――まあ、切っ先は俺に向けられている。俺、見た目からして危ないもんね。何気に一番、王妃様に近いし。


 チェスターは肩を竦める。


 「これは仕方が無いことなのですよ。見て下さい、あの化け物を。どうやらあの化け物は人に寄生し、操る特性を持っているようでしてな。なんとセレーネ王女にとり憑き、操っていたのです」


 うーん、能力に関しては、ほとんど事実だから否定し辛いぜ! それにそう言われちゃうと俺はもちろんだが、お姫様の言葉も力を失っちゃうよな。何を言ったって、俺に言わされたことになるし。


 そう考えると、俺って姿現して能力使っちゃいけないんだなあ、って改めて思ったね。


 お姫様もそれを分かっているだろうけど、苦しげな顔をしながらも口を開く。


 「違います! 私は操られてなんていません! むしろその方は……私の……私達の救世主になる御方です! 彼がいなければ――この国は……」


 「あのような化け物が救世主? ははっ、このような戯れ言を姫様にのたまわせるとは、ずいぶんと知能が低い化け物だ!」


 ひどっ! 俺が馬鹿なのは認めるけど、ついでにお姫様を貶すんじゃないよ! というか、今日、お前はすでにお姫様に出し抜かれてるんじゃないか、ばーか!


 「うーう!」


 「動くな」


 「うー……」


 俺は抗議の唸り声を上げて、触手をピチピチさせると王妃様に低い声でそう言われてしまった。なんか怖いから、素直にやめる。……謎の圧があるな、この人。


 チェスターが勝ち誇ったように、ふふんと嘲笑う。


 「ルナ王妃。その化け物にトドメを。確か貴方は噂では優れた剣技をお持ちだとか。是非とも一刀両断してくださいませ」


 「だめ! お母様、やめて!」


 お姫様がとっても苦しげだ。首を絞められているからじゃないだろう。なんだろう、とても言いにくいようなことを必死になんとか口にしている感じがする。あと、なんかすっごい諦めた雰囲気がするの気のせい?


 え? 王妃様って結構、苛烈な御方なの? もしかしてピンチ?


 俺がビクビクしていると――、


 「左手の触手で円を三回、小さく描きなさい」


 王妃様に不意にそう小さく呼びかけられる。たぶん、相当耳が良くなきゃ聞こえないんじゃないかな。


 俺は困惑しつつも、左手の触手で小さく円を三回描く。


 それを見た王妃様は、軽く息を吐き出し、また小声で言う。


 「……なるほど。見た目と違って最低限の知能はあるのね。…………では、貴方に向かって光魔法を放ちます。それをあの少年の方へ避けて下さい。そのあと私が援護するので、彼の無力化をお願いします。――セレーネは問題ありません」


 え? なに? どういうこと?


 さらに俺が混乱していると、王妃様の片手に光が収束していく。ミアエルがいつも使っているものより小さいが、それでも俺には嫌な感じを伝えてくる。ああ、もう! 迷ってる暇無いな!


 放たれるその瞬間に、俺はちっこい魔法使い側に跳ぶ。


 光魔法は軌跡を描きながら、窓ガラスに穴を開けて夜空に消えていく。


 同時に王妃様がちっこい魔法使い側に向かって走り出した。けど、俺に追撃をしかける風ではない。むしろ併走――どころか追い抜いてさえいる。


 「!?」


 「なに!?」


 「え?」


 皆、王妃様の予想外の行動に、一瞬停止してしまう。


 その瞬間、チェスターやお姫様がいる窓ガラスが突如として、砕け散る。


 「――くっ!?」


 「きゃあ!」


 ガラスのシャワーが二人を襲い、お姫様の肌を若干傷つける。チェスターはというとダメージはないが、ガラスをぶち破った『影』に突撃され――吹き飛ばされた。


 そして、間髪入れずに窓から、イユーさんが入ってくる。


 わあ、アグレッシブ! 格好いい!


 イユーさんは、即座にお姫様に寄り添うと、壁にぶつかって呻くチェスターにぶっとい針の切っ先を向けていた。……確かに問題なさそうだ。


 俺は前の方に集中すると、王妃様はちっこい魔法使いに剣の突きを放とうとしていた。


 ちっこい魔法使いには先ほどの迷いは見られない。どうやらピカピカ鎧を無事降ろせたようだ。それで、剣で突き刺される前に分厚い障壁を張るが――、王妃様が剣を引いて、代わりに叫ぶ。


 「《果てしなき墜落を》! ――『大地の槌(アースハンマー)』!」


 王妃様の言葉と共にちっこい魔法使いの頭上に三角錐型の土の塊が現れる。それが障壁とぶつかると……何故か、小刻みに上下し、ズガガガガという音が鳴り響く。


 「ううぅっ!?」


 なんかちっこい魔法使いが辛そうにしている。何故か分からないが、横に跳んで、障壁を自ら消し去ってしまった(壊れたわけじゃない)。


 「今です!」


 「うー!」


 王妃様に言われて、俺はすぐさまちっこい魔法使いの足首を掴むと、ピカピカ鎧と同様に外に向かってぶん投げた。


 「あぁああああああああ!」


 抵抗する暇も無く、ガラスを破り、吹っ飛んでいき落下する。――窓まで駆け寄ってみると、ふよふよとゆっくりと降下していくのが見えた。


 詠唱、とかした様子はなかったけど……。自分は飛ぶことが出来たのだろうか。それとも今さっきピカピカ鎧のために試行錯誤した末に手にスキルを入れたのかもな。


 実際、かなりおっかなびっくりな感じで降りていっているし。初めて手に入れたスキルでぶっつけ本番してるみたいな感じだ。


 放って置いても問題ないと思うけど、万全の状態で戻ってこられても厄介だから、『触手爆弾』を投げ付けて破裂させておいた。酸霧は直撃したけど、たぶん防いだろう。でも別に良い。ちょっと食らえば御の字くらいの意味しかないし。


 「中々に容赦がありませんね」


 そんな俺の追撃を後ろで見ていた王妃様がちょっと引いた感じで言ってくる。


 えー、でもそういうのある程度しっかりとしとくべきだと思うの。少なくとも反抗とか再戦する気力がなくなるくらい痛めつけた方が後々楽になるし。


 「うー」


 「まあ、貴方が本当にこちらに危害を加えて来ないなら、構わないのですが」


 王妃様は俺に警戒している雰囲気を出しつつそう言った。剣も未だ収めていないし、俺に対して一切、気を許した様子を見せていない。下手のことすると斬られそう。


 「うー?」


 あれ? 王妃様って俺らの味方じゃないの? 少なくとも事情を知って、こっちに協力してくれてるんだと思ってたけど。


 うーん、まあ、敵対する気がないなら、事情とか別にどうだって良いけどね。


 それよりお姫様はどうなったかなーと見てみると、ちょうどチェスターが逃げているところだった。身体半分を黒い霧に変えて、通路の奥に走り去ってしまった。暗闇も相まって、すぐに見えなくなる。


 そんなチェスターの後ろに鳥っぽい何かがついていく。さっき、ガラス破ってチェスターに突撃した奴だな。梟っぽい。……イユーさんの使い魔的な何かかな?


 安全が確かなものになると、お姫様がイユーさんに抱きつく。


 「イユー! イユー、無事だったのね! あいつが、貴方に『感染』させたっていうから――」


 「『感染』はさせられましたが、ルナ様が駆けつけて『解毒』して下さったおかげで事なきを得ました。ある程度の治療もしていただいたので、なんとか動けるようになったので駆けつけた次第です」


 「……お母様が?」


 イユーさんがそう言うと、お姫様はとてつもなく意外そうな顔をして、王妃様の方を向く。


 「――っ」


 ちょっとビクッとなる王妃様。あれ? 急に弱々しくなったぞ。どうした。


 ……何、お二人ってちょっと複雑な関係なの? 俺、少し離れてた方が良い?


 んで、ビクッとされたせいか、お姫様もとっても複雑そうな顔をしてしまった。


 もうやめてよ、君達。そういう立ち入れない関係での無言の喧嘩(?)とか、外野がすっごい困るから。


 知ってる? 喧嘩されると外野が一番気まずくなるんだよ? だから、そういうのは、よそでやって!


 「うー」


 無礼かもだけど、王妃様の肩をぺしぺし叩く。ついでにお姫様を見て、図書室の方にくいっと頭を振った。


 「え、あ、ああ、そうですね。図書室に、行きましょう。イユー、無理ではないならついてきなさい。……それとお母様も……味方をしてくれるのなら……」


 「え、ええ……同行、しましょう。…………えっと、イユーに、そこの『彼』のことと……その、貴方が危ないとの事情を聞いただけなので、詳しい話は分からないのですが……」


 「そう、ですか……」


 「……でもなんであれ、貴方が無事で良かった」


 王妃様が眉を八の字にしながら、笑みを浮かべた。


 「…………」


 その微妙な笑顔を見て、お姫様がさらに複雑そうな顔になる。


 うん、あれだ。


 めっちゃ気まずい!


 やーめーてーよー! ここでそういう複雑な親子関係披露するのー。俺、どうしていいか分からないんだけどー。何もしなくて良いんだろうけど、でもそうするとこの針のムシロに我慢して居続けなきゃならないわけだしー。


 「うーうー」


 でも二人の間になんて入れないから、俺はイユーさんに歩調を合わせて、肩をぺしぺしする。


 イユーさんは、ボロボロながらもそれを感じさせない澄ました無表情で首をかしげてくる。


 「どうかなさいましたか?」


 「うー」


 俺は、ちらっとなんとも言えない雰囲気で歩く二人を見やる。イユーさんは察してくれたようだけど、首を軽く横に振る。


 「残念ながら、お二人の問題なので私が軽々しく事情を口にすることは出来ません」


 「うー……」


 そっかー。貴方が言うなら仕方ないねー……頑張って我慢するよ……。


 そうして俺はこの気まずい雰囲気を存分に味わいながら、図書室まで歩いて行くのであった。

※ちょっとした補足


ルナがルズウェルに対して行ったことについて。

ルズウェルの張った障壁は『反射結界』と言って相手の攻撃をそのまま跳ね返すもの。飛び道具を跳ね返すのはもちろんのこと、殴ったらその衝撃がそのまま返ってきて武器や腕、拳が駄目になってしまう。


ただ『反射結界』は通常の障壁よりも使用魔力が多い上に、反射させる度に大きな魔力の消費があるため、連続攻撃や長時間の運用には向かない。


ルナはルズウェルが反射結界を張ると予想して(少なくとも接近された魔法使いは障壁を張るため)、詠唱+魔法スキルで、跳ね返されても落下し続ける効果の魔法を作った。それを真上から放って、連続で当てることで魔力の消費を強要させたのである。

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[良い点] いやぁ〜フーフシャーの戦いが気になる。 すっごい気持ちいいんだろうね\(//∇//)\ [気になる点] いろんな種族なれるだと、マジか‼︎ [一言] フーフシャー「どんな種族の子にす…
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