幕間
ルイス将軍の処刑が中断した、その日の夜。
城内のとある一室で、二人の男が机を間に置いて椅子に座って向かい合っていた。
法衣を纏い眼鏡をかけたアルディス司祭と青白い顔をして血色の悪いチェスターだ。
チェスターが吐息をつく。
「……状況は悪くなる一方だな」
「ですね。まさかあんな手に出るとは」
――あの『なりすましの演劇』は予想外だった。……いや、支配能力を持つ相手ならば、可能性はわずかながら考えてはいた。しかし、最終的に実行するか否かで、『アンサム王子』は決してその手の作戦は選ばないと無意識に思っていたのだ。
チェスターもアルディスも、アンサムとは親しくはないが『甘さ』があるのは知っていた。
そもそもチェスターはそれ故に入れ替えの呪いをかけることが出来たのだ。もし彼が用心深く、誰も信用せず容赦の無い人間なら、チェスターのみならずクレセントが近づいただけで、距離を置かれていただろう。
……まあ、アンサム王子がこのような手に移った理由は心当たりがある。
「……ルイス将軍の処刑を行おうとしたせいだな」
「詳しくは知りませんが、彼にとって大事な人だったようですからね」
「『あの男』は、淫魔のことと言い、処刑のことと言い、とにかくマイナスになることしかしないな」
……もうちょっと大人しくしてくれていれば、クレセントは体の良い傀儡なのだが。とにかく残酷で、欲望に忠実過ぎるのが問題だ。
そもそもあれがもう少し『アンサム王子』として真面目に振る舞ってくれていれば、すでに戴冠されて王になっていただろう。
そうすれば、済し崩しにタイタンとの同盟を締結出来て、数年前の時点でこの国を奪えていたはずだ。
――そうなっていないのは、五年前にすでに王やウェイトに成り代わりに気付かれていたからだ。
まあ、あそこまでアンサムの性格が様変わりすれば誰だって疑うだろう。挙げ句、王妃と寝たと来た。その噂が耳に届いた時、チェスターは頭を抱えそうになったのを覚えている。やるにしてももう少し節度を持てと言いたかった。
「あの男のことを抜きにしても……ここまで追い込まれるとはな。……転生者や聖人達は女もいるから、あまりここには連れてきたくはなかったが……」
「実際、城にやってきたローラさんが『彼』に手を出されそうになったようですよ。……その時、ローラさんは珍しくかなり気が立っていたようで、『透過』で胸に手を入れて脅したそうですが。こう言ってはなんですが、ローラさんがなあなあで済ませず、怒ってくれて助かりましたよ」
少しだけアルディスが不機嫌そうに言う。
「その点は重ね重ね詫びさせてもらおう」
プライドが高いチェスターであったが、さすがに申し訳なさでいっぱいになってしまった。本当に何をしているのだろうか、あの男は。
――実は、その話には先があり、アルディスが知らないことがある。クレセントはローラに反撃されたのが気に食わなかったらしく、隠密に特化した兵を動かして今夜襲わせようとしていたのだ。
幸い、チェスターもそれらの兵を動かすつもりであったから止めることが出来た。だが、もし気付かないまま実行されていたらと思うと恐ろしい。
さすがにチェスターもこの事実だけは口が裂けても言えなかった。
アルディスは吐息をつく。
「いえ、彼女達に悪いですが、何も問題なかったので、今は気にしないでおきましょう。それでアンサム王子の次の一手ですが……」
「古の魔女をこの城に送り込み、聖人と当たらせる、だろうな。――まずはルイス将軍を呼び寄せての茶番が始まるだろうが、結果は同じだろう」
「どう足掻いてもローラさん達は捨て駒にする他ありません」
アルディスは苦しそうに言う。
古の魔女を回避する方法はない。もはや古の魔女は来ることが周知の事実となっており、覆すことが根本的に不可能なのだ。
ルイス将軍の命が捧げられるという名目であるが、十中八九、許されるだろう。そして、罪の責任は全てタイタンが背負うことになるのだ。良くて聖人達だけ。――最悪、先日の襲撃に関わった転生者達も対象となる恐れがある。
そうなってしまったら、チェスターやクレセントの守りが薄くなってしまう。
「……他に、何やらバーニアス将軍やカマル王子が怪しい動きをしているとの情報を耳にした。どちらもアンサム王子やルイス将軍と少なからず関係がある。……ノーマークだった小娘……セレーネ王女も関わっているようだから、通じているのは確定だろう」
「セレーネ王女……中々肝が据わった王女ですね、彼女は」
あの『演劇』に乗っかって、まさかルイス将軍の罪を打ち消そうと画策したのだから。腹立たしさももちろんあるが、称賛を送りたくもある。
「……兵を動かされる心配があるな。恐らく突入時に、アンサム王子を護衛――または私やクレセント王子まで至る道を築くか……」
城の中での戦闘だ。どう足掻いても通路などの関係上、少数対少数で当たらざるを得ないだろう。場合によっては向こうの有利まであり得る。
アルディスは口を手で覆う。
「待っていたらジリ貧ですね。行動を移すべきは、今夜……遅くても明日……。時間が経てば向こうは準備を整えるでしょう」
「私達の勝利は、奴らの全滅――ではなく『呪いを解かせない』こと。故に目標は変わらずにあの『ゾンビ』だろう」
「そうですね」
あの支配能力を持つゾンビを倒すことが出来れば、仕切り直す事が出来る。
「……では、どうやってあのゾンビを捉えましょうか」
「隠密が得意で、挙げ句こちらの最高戦力である聖人を倒された以上、探すのはリスクが高すぎる。……だから、誘い出すのが一番だ。奴は城の人間と今日接触したのは確実だろう。何かしらの連絡手段も得ているはずだ。……その場合、怪しいのは……」
「……セレーネ王女ですね」
処刑の時に、あの場にいて、そしてこちらの陣営の誰もが付き添わずに行動していた時間がある。ならば、彼女がアンサム王子と繋がっていると思って良いだろう。
「ならば、あの小娘に話を聞くまでだ」
「誰が相手をしますか?」
護衛は一応ついているが、こちらの戦力を当てれば、捕らえることは容易いはずだ。……ただ、その後、秘密裏に拷問などするから口が固い人物であることが求められるが。
アルディスは、自分の陣営では無理だな、と思いチェスターを見やると、彼は言う。
「今から私が行こう」
「貴方が?」
少し予想外だった。――だが、実力含め、理に叶ってはいるが……。
「ああ、その方が良い。三人程度の隠密部隊はいるが、そちらは外に向かわせる。向こうは総力戦だろうが、恐らく来ない人間もいるはずだ。……幼い少女がいるとの話だ。さらに聞けば、あのゾンビが執着しているようだな。ならばそいつを捕らえれば、有利に働くはずだ」
「…………」
アルディスは思わず黙ってしまう。――外道、ではあるが、その作戦を否定出来なかった。散々手を汚しているのだ、今更、綺麗事など言えない。
……ただ、その作戦も確実とは言えない。あからさまな弱点である以上、誰かしら護衛についているはずだろう。――それに、そもそも元の場所にいるのか。
「彼らが別の場所に隠れている可能性は?」
「あるだろうな。だが、私が小娘に襲撃をかけたならば、古の魔女と共にゾンビがやってくると思って良いだろう。奴らが隠れ場所を変えていたとしても、その際、慌てて出てくることも考えられる」
「……見つけることも出来ると。……ですが、その少女の下に誰もいないことは考えづらいです。護衛によっては撃退される可能性は少なからずあるでしょう。転生者の誰かを送りますか?」
「いや、それは止めるべきだ。あくまでそちらは運が良ければ、程度に考えておくべきだろう。そもそも見つけることが出来なければ、戦力の無駄でしかない」
重要度が低いようで、内心、アルディスはホッとしてしまう。
「配置は秘密の入り口に転生者達を置いておいた方がいいでしょうか。……ローラさん達、聖人は恐らく外――中庭近くにいてもらった方がいいかもしれませんね」
「その方が良いだろう。現れなければ小娘に『話を聞いて』、おくだけでも十分だ。奴らがいつ来るか分かるだけでも違う。……もし、現れれば、古の魔女に全てを台無しにされる前に全力でゾンビを殺すまでだ。――では行ってくる」
そう言って、チェスターは立ち上がると、厳かな足取りで窓の方へと向かう。
窓を開け放つと――彼は一瞬で黒い霧へと変わり、闇夜へと溶け込んでいくのであった。




