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転生したら、アンデッド!  作者: 三ノ神龍司
第二幕 偽りの王子と国を飲み込む者達
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第二十九章 滑稽な人形劇

 鳥のさえずりが耳に届き、シィクは目を開けた。背中には、やや固めのベッドの感触に、身体の上には薄い毛布がかけられている。朝日が窓から入り込んでいる。どうやら夜が明けたらしい。


 目を見開き、顔を横に向けると――椅子に座わり腕を組んで俯くルリエがいた。


 「ルリエさん?」


 「……あぁ、目が覚めたか」


 ルリエがシィクの声に気付き、顔を上げるとやや疲れた笑みを浮かべる。


 「うち、一体……修道院は……ゾンビは……」


 「あの後、お前は気を失ったんだ。もう朝になった。……あのあと、すぐにローラが来てくれたから、解毒は出来た。……調子はどうだ?」


 「えー、まあ、大丈夫っすね」


 薄らと昨日のことを思い出してきた。……いや、あまり思い出したくない。痛みを伴う触手に絡みつかれてのたうち回っていただけだ。それ以外に有用な記憶は無い。


 「……皆は?」


 「……。そうだな。ロミー、ミズミ、そしてホスタが攫われた。行方は分からない。アルディスは、ローラ、アンジェラと一緒に広場の処刑に立ち会うようだな。そこでゾンビが何かしてくると思って待ち構えるつもりのようだ。……で、ミッシェルは死んだ」


 「……え?」


 唐突な死亡宣言にシィクは固まってしまう。


 「ゾンビに襲われたそうだ。聞いた話からするに総合的な力量では勝ててたそうだが、チームの穴を突かれて戦う間もなく敗北させられたようだな。私達と同じような感じだ」


 「そんな……」


 聖人と言えば、王種に至り、中には最上位スキルをも持つ者達だ。世界最強である古の魔女と戦うために鍛えられており、その力は並大抵のものではないはず。


 まともに戦えば、勝てる者は古の魔女以外には魔王か――魔神くらいだろう。


 ルリエが口元を歪め、苦しげに笑う。


 「同じ転生者で、それもたった一人に壊滅させられかけているとは笑えるな。アルディスは立て直そうとしているようだが、恐らくもう手遅れだろう」


 「……何をするつもりか分かったんすか?」


 「さあな。昨日の悲鳴はどうやら、侵入してきた賊に子供達を攫われそうになったかららしい。一応、戦える者で全員返り討ちにしたようだが」


 割と収束は早かったように思う。むしろその後、どうするか何をするかで混乱をきたしてしまったのが面倒だったくらいだ。それもアルディスが指揮をとって沈静化はしたが。


 「……この後、うちらはどうすれば」


 「回復したなら、城に行くべきだろうな。そこで本来守るべき何かを教えてくれるらしい」


 「じゃあ、すぐにでも――」


 シィクは、そう言って起き上がろうとしたがルリエに頭を押さえられて、ベッドに戻されてしまう。


 「もう少し休め。というか休ませてくれ。これでも警戒していてまともに寝てないんだ」


 「あっ、そ、そうだったんすね。重ね重ね失礼したっす。えと、ベッドは使いますか?」


 「仮眠だけだから、このままで良い。お前ももう少し寝てろ。どうせすぐに行ったところであのゾンビに対応出来るわけでもない」


 ――卑屈な物言いだが、事実だからシィクはぐうの音も出ない。というか、あのゾンビは一体どうやって殺せば良いのだろうか。まず捕捉が困難で、罠を張ることに長けており、かと言って近接戦が全く出来ないわけではない。さらに支配能力があるため、下手をすると仲間を奪われて手駒にされる危険もある。


 こちらから攻めて防衛させたら倒せる可能性はあるだろうが、逆に懐に入られた時点で対処が難しくなる。


 シィクは毛布を口元まで引き上げて、唸る。


 「どうすれば良いんでしょうね、あれ」


 「一番は建物内に引き込むことだろうな。そして、本物かどうか判別する方法が必須だ。……まあ、あいつはその辺が用心深いから乗って来ないから、そこら辺をどうするか……壁外に行ってあいつが大事にしている女の子を攫ってくるとかが良いか?」


 ルリエはため息をつきながら、そんなことを言う。本気ではないだろう。


 ……皮肉なことに実際、それが効果的だろう。でもシィクは首をぶるぶると横に振った。


 「駄目っすよ、それだけは。そもそも魔女が近くにいるかもしれないんで、そこの突破がまずゾンビ以上に容易じゃないでしょうに」


 「つまり万策尽きてる。どーしようもない」


 ルリエは、あー、と口を開けながら天井を見上げる。


 「勝負所は城でだろうな。そこで聖人、私達転生者、城の兵士の総戦力で迎え撃つのが最善だ。で、今すぐというわけもいかないから……とりあえず今は休むしかないんだ」


 「なるほど」


 結局、そこに落ち着いてしまうらしい。ならば、とシィクは休むことに全力を尽くすことにした。ルリエも改めて仮眠を取ろうとした――そんなところで、パタパタと足音共に誰かが近づいてきた。


 見やると、白いローブを着た修道女……ほんわかしたシスターがルリエの隣までやってきた。


 シスターがシィクと目を合わせ、微笑みかける。


 「ああ、良かった、目を覚ましたのですね」


 「あ、はい、おかげさまで」


 「昨日はとても辛そうで、どうなることかと思っていましたよ。ルリエ様も心配なさってこうして一晩、つきっきりで……」


 「ゾンビに連れて行かれると面倒だからだ。シィクは貴重な回復術を持っているしな」


 ルリエがシスターの言葉を遮り、ぶっきらぼうに言う。ちょっとだけ頬が赤くなっていたため、シィクは毛布の下でにやける。


 ルリエは咳払いをすると、シスターを見上げた。


 「で、そっちはどうだ?」


 「あ、はい。こちらも問題なく。攫われそうになった子も特に身体も心も傷ついた様子もなく元気ですよ」


 「ならいい」


 「ただ――」


 そう言ったシスターはどこか困ったような笑みを浮かべる。


 「替えのローブと修道服がないのが、困っていますね。昨日、盗まれた際に、それだけは取り返すことが出来なくて……」


 「……? ……盗まれた? 昨日の賊にか?」


 はふぅとため息をつくシスターをルリエは鋭く見上げた。


 シスターは相変わらずの困り顔で頷く。


 「はい。最初の悲鳴は実は私で――偶然、出くわした賊が大量の衣類を持って出ていこうとしていて……。彼らはすぐに逃げて、その後、人攫いが強引に押し入ってきたのです」


 「…………それは他の者には言ったか? たとえばアルディスや聖人達とかにだ」


 「あ、いえ。人攫いの件もあって、そちらに注意を割かれていましたので、実を言うと先ほどまで頭から抜け落ちていました」


 「……。……まさか……待て、なら……奴の狙いは……」


 ルリエが片手で口元を押さえ、うつむき、呟き、考え込む。


 それにはシスターも戸惑い、シィクに顔を向ける。


 「あ、あの、私何か不味いことをしたでしょうか?」


 「いえ、うちもよくわかんないっす。ルリエさんってこういう風に考えるのが得意な人で、なんか気付いたんじゃないですかね。少なくともシスターさんが悪いわけじゃないと思いますよ。うちなんて何がなんだか」


 シィクは今の話を聞いて、何かに思い至れと言われても、ちんぷんかんぷんだった。服を盗まれたなんて聞いても、なんだその変態は、ぐらいの感想しか出てこない。


 そうしてしばらくシィクとシスター二人はルリエを見守っていると――不意に彼女は笑い出す。でも、楽しいと言うよりは乾いた笑いだ。


 ルリエは立ち上がり、今度はシスターを間近で見下ろす。


 「そういうことか……。不味い、不味いぞ。シスター、すまない。出来れば、この町の女性がよく着る服が欲しい。シィクの分もあればいいな。それと戸締まりをしっかりとして、皆にあまり外に出ないように言い含めてくれると助かる」


 「え? あー、えっと、服でしたら、確か何着かあまりのものがあったような……」


 「助かる。詳しい話は、着替えた後にさせてくれ。……シィク、予定変更だ。着替えてから、ここから出て、出来れば城に行くぞ。――いや、しばらく町中を歩いて注意していた方がいいか? 場合によっては孤立した相手を狙えるかもしれない。フルスペックになったあの人狼と戦うのは嫌だから……シィクの知っている奴がいいか……」


 「んぃ?」


 シィクは首を傾げるしかない。でもとりあえず従うべきだろう。なんだかんだとルリエの予想は当たることが多いのだし。


 ルリエは気合いを入れるように、息を吐き出す。


 「……あぁ、くそ、でも止められない以上、面倒なことになるぞ」

 






 

 (アハリートの人形劇、はっじまるよー!)


  《馬鹿みたいに高いテンションと今からやることのえげつなさで、吐きそう》


 俺が無理にテンションを上げまくって言うと、ラフレシアがすっごくげんなりしてそう返してきた。


 今、俺は地中に潜っている。裏町付近だな。時間は正午を迎えようとしている。


 そろそろアンサムの師匠の処刑が始まる頃合いだろう。


 普通だったらこんなところにいるのおかしいと思うかもしれない。

 

 仮にラフレシアが完全に俺の味方だったとしても《なにこんなところで馬鹿高いテンションでいるの? そんな暇ある? ふざけてるの? なら、さっさとくたばれよ糞野郎》とか言われるレベルの愚行だ。


 けど、今からやることが肝心なのだ。


 何をやるかって?


 まず、裏町の俺が巣にした屋敷に……火をつけます。


 俺がじゃなく、俺が操るチンピラ共で。


 それも昨日、盗んでいた修道院の制服(?)っていえばいいのかな? 白いローブをしっかり着せて、その姿で放火を開始するのだ。今んとこ松明持たせて待機中だけど。


 ついでにその中に、特殊な人間をぽんっと配置させておく。昨日戦った魔法使い聖人の姿に変形させて似せたチンピラだ。そいつに聖人の服とローブを着せている。


 準備万端、じゃあ行くぞ。


 (投擲ー)


 俺がそんな命令を出すと、一斉に松明を窓に投げ込む。


 すると、辺りから悲鳴が上がる。


 まあ、そりゃあそうだろう。放火なんて、どこの世界だろうととんでもなく怖く重い罪的な行為だ。でも、これでいい。これでいいんだ。


 ――さあ、叫べ。


 「ここに『古の魔女』の先兵がいるぞ!」


 「魔物が隠れている!」


 「倒せ! 悪しき魔女を! 悪しき魔物を!」


 「我が『千剣』の女神ティターニアの名の下に!」


 メラメラと燃え行く屋敷を前に、白いローブを着たチンピラ達は、声高々に叫び出す。その異様な光景に、周りは怯え、遠巻きに見つめるだけだ。


 《……本当に最悪》


 ラフレシアが呟く。


 (ちゃんとあの親子は逃げたの確認したし、問題ないぞ)


 《そっちはちゃんと確認してくれたのは嬉しいけど! でも、これは……》


 ――うん、お前達にとっては最悪だろうね。


 俺が今、やっているのは『人形劇』だ。


 演目はタイタンの魔物狩り達が悪しき魔女リディアに仕える魔物を殺す、英雄譚。


 奴らは己の正義を下に、周囲の被害を顧みず、その先に何が起こるか配慮せず、魔物を滅ぼすのだ。


 火の手が屋敷全体に回っていく。すると、二階の窓から何かが飛び出してきた。あまりの大きさから、壁ごと砕く。


 どちゃん、と大きな肉塊が石畳に叩きつけられた。


 それは白い分厚い皮膚と剥き出しの筋肉がマーブル状に混じり合った不気味な魔物だった。昨日、門に突っ込んだ上半身が無数にあり、下半身が肉塊になっている奴とほとんど同じ姿だ。ただ進化前と進化後の肉片を混ぜて作ったせいで、色合いがヤバいことになってしまった。


 うーむ、不気味なくらいに美しい。じゃあ、そんなお前らも叫べ。


 「ぎゃあああああ!」「いあぁっあっあ、あぁあああっああ!」

 「ぐ、わ、ぁあああああ!」「ぎぃ、ぐあぁあっあ、あっああ!」

 「あぁあ、あぁああぁっ!」「うぁぁうあぁっぁああ!」


 その肉塊の上にいる上半身達が一斉に叫ぶ。


 「う、うわぁ! ば、化け物だ!」


 「逃げろ! 逃げろお!」


 「いやぁああああああああああ!」


 それを皮切りに周囲を囲んでいた町人達が悲鳴を上げながら、散っていった。うん、良い感じ。逃げて貰わないと、轢いて怪我させちゃうからね。


 よし、ここからが本番だ。


 目指すは、処刑が行われる広場だ。


 行こう。全ての罪を引き連れて。







 

 

 処刑が行われる中央広場。処刑台の前には、大勢の町民が詰めかけ、広場を埋め尽くしていた。広場に面した家屋からも顔を出す者達がおり、隙間無く見物人がいる。


 飲食物を売る商魂たくましい者もいれば、――賭け事を行う者もいる。


 処刑は斧による斬首だ。体重の乗った一撃を食らえば、首の骨は折れるが、首が斬れるわけではない。すぐ死ぬが、処刑は首が斬り落とされるまで続くため、何度目で頭が落ちるかを賭けの対象にしているのだ。


 残酷に思えるが、彼らにとっては自分に関係のない人間の処刑は単なる娯楽以外の何者でもない。


 そんなルイスは見世物と化した自分をもはや他人事のように思いながら、前を見据えていた。


 隣には覆面を被った筋骨隆々の男が斧を構えている。


 ――さて、そろそろ時間がなくなってきたが、どうなることやら。もしかしたら昨日のあの『人狼』はクレセントであろうアンサム王子の放ったイタズラか。希望を持たせるため、そして逃げ出そうという気持ちを抑え込ませるためとも考えられる。


 このままでは後ろで高みの見物をしているであろう『アンサム王子』の一声で処刑が開始される。


 万事休すか。


 そんなことを思いながら、ふと空を見上げると――裏町の方に黒い煙が上っているのが見えた。煙の量が多い。火事か。あそこは乱雑としているし、おかしなのが多いから放火などはあり得なくはないが――。


 ふと、悲鳴が聞こえてくる。連鎖的に鳴り響き、近づいてくるようだった。


 さすがに周りも異変に気付き始め、不安そうに辺りを見回している。


 そしてとある道路の方から、その悲鳴が近づいてきて――人混みが綺麗に分かれて行く。それと同時に巨大な肉塊に人間の上半身が生えた化け物が、広場に跳び込んできた。


 一緒に白いローブを着た教会の人間が武器を持って応戦している。その中に聖人らしき服を着た少女も混じっていた。


 彼女らは口々に叫ぶ。


 「殺せ! 古の魔女に仕えし魔物を!」


 「滅せよ! 塵すら残さず!」


 「この世に安寧を! 滅びをもたらす邪神の使徒を滅ぼすのだ!」


 「女神ティターニアに祝福されし聖なる信徒達よ、私に続けぇ!」


 教会の人間達は槍や剣を使って、悍ましい魔物と戦っている。魔物は触手を振り回し、敵対者を吹き飛ばし、まれに触手を叩きつけた先にいた町民を叩き潰していた。


 血肉が飛び散り――そこで町民達はパニックになる。一斉に悲鳴を上げて逃げ出し――しかし、すぐに詰まって揉みくちゃになってしまう。それが余計パニックを助長させた。


 そんな中、広場に先にいた聖人二人が戦っている者達に駆け寄り、叫ぶ。


 「何をしているんですか! やめなさい!」


 「お前達、一体――それに、お前、お前は――!」


 何やら彼女らも困惑しているようだ。


 ルイスはそれらをぼんやりと見つめ、なるほど、と思う。


 中々に酷いことをするものだ、あの『弟子』は。


 ――そして、


 「僕の力を思い知れ、愚民共ぉ!」


 そんな大きなダミ声が広場に響き渡った。


 パニックを一瞬、鎮める程度にはその声は力がこもっていた。全員が辺りを見回すと、とある家の屋根に、白いローブを着た小太りの男がいる。


 すぐにまた視線を前に戻し、逃げだそうとする町民がほとんどだったが――気付いた者が口にする。「クレセント王子だ」と。その言葉が徐々に徐々に広がっていき、逃げながらも全員の視線が小太りの男――クレセントに向けられる。


 「僕を追い出した愚かなる者達め! 僕の偉大さを証明してみせる! 古の魔女を殺すことで! まずはその使い魔たる魔物を滅ぼす! 僕に力を貸すと契約したタイタンの者達と共に!」


 いきなり高々と語られる支離滅裂と思われる意味不明な言葉の数々。意味が分からないが、あの『馬鹿』が『何を』しようとしているのか分かってしまう。


 逃げ惑う必要のない家の窓から顔を出す人間達が叫ぶ。


 「ふ、ふざけるな! なんとことしやがるんだ、てめえ!」


 「よりにもよって古の魔女だと!? 余計なことするんじゃねえ!」


 「そうよ! 自殺するならよそでやって! ここで魔女の使い魔なんて殺したら、とんでもないことになる!」


 辺りから様々な非難の声、怒号が起き始める。


 ――古の魔女はこの近辺に住む者だったら、その伝説は誰もが知っている。吟遊詩人が語るネタとして、時には親が子供に言うことを聞かせるための脅し文句として様々な逸話が伝えられているのだ。


 そして、その中で古の魔女の使い魔を殺した『町』はたまた『国』が消し飛ばされたなんて話もある。


 嘘か真か分からない。そもそも魔女が実在しているのか定かではないが――彼女を打倒しようとする聖人らが実際に存在している。そして彼女らが実際に『この場にいる』のだ。


 そいつらが魔女の使い魔を今、殺そうとしている。


 それが人々の怒りをクレセントから違う方へと向けさせる。――聖人達、ローラやアンジェラだ。


 「クソが! この疫病神共め! なんで、今、こんなところでやりやがる!」


 「どっか行けよ、馬鹿野郎!」


 「いきなりきて、なに面倒事抱えてくんだ、失せろ!」


 「――あっ、あのクソ王子、どっか行きやがった! くそっ、あの野郎! あー! お前らもどっかいけ!」


 ――そんな怒鳴り声がローラ達に向けられる。町民達は手に持つモノを――もしくは落ちているモノを拾って彼女らに投げ付ける。


 ローラ達は顔を強張らせ、魔物に顔を向け続ける。


 「――こんなことをするなんて……昨日の襲撃の本当の目的は……まさかこのため……」


 「よりによってミッシェルの形したもの使いやがって! 今すぐあいつを殺せばいいのか!?」


 「駄目です……! 正確に急所を打ち抜いて止めないと、わざと酸の体液をまき散らすかもしれません――!」


 投げ付けられるゴミを身体に受けつつ、彼女らは必死に対処しようとしている。


 ――なるほど。こうなったら、処刑は一時中断せざるを得ないだろう。


 それに上の連中はタイタンの奴らと最近何やらやっていたようだが、こんなことをやらかしてしまった以上、今一度話し合わねばならなくなる。


 あとは待っていればいいだけだろうか。そう思っていると――とある『人物』が駆け寄ってきた。







 

 

 ――セレーネは『それ』を見て、思わず笑いそうになってしまった。


 今、行われている『人形劇』を見て。


 そう形容するのが正しい。だって、後から加わった聖人二人はともかく、化け物もその周りで応戦する者達も、屋根の上にいたクレセントも全員、『心』がなかったのだから。


 誰も彼ももっともらしいことや狂ったことを口にしながら、一切の感情がなかった。


 それは町民達の中にも混じっている。怒りの矛先をむけるために叫ぶ者の中には『心』が宿っていない者がいくらかいる。


 わざと魔物に歩み寄って殺される者も、そんな感じだ。たぶん最初に殺された者も恐らくは、『エキストラ』だったのだろう。


 セレーネからすれば、それはとんでもなく馬鹿らしく、笑いたくなるほど滑稽な『人形劇』だった。


 ――あぁ、でも笑ってはいけない。皆はきっと必死なのだから。町民達は本気で自分が殺されると思っているし、『敵』は訳が分からず冷や汗をかいているはずだ。


 しっかりと顔を引き締め、セレーネは護衛を二人ほど連れて、こっそりと歩み出す。向かうはルイス将軍の元。早くしなければ、あの魔物は殺されてしまうだろう。その前にルイス将軍を解放しなくては。それがこの『劇』の『正しい物語』であるはずだから。


 後ろでセレーネに気付いた誰かが叫び、呼び止めるが、無視する。


 彼女は処刑台を上がり、処刑人の元まで駆け寄っていく。


 「鍵は持っていますか!?」


 「お、王女様!? な、何故――」


 「今は問答している暇はありません! 聖人達が苦戦をして、他の名だたる将軍もいない今、あの化け物を止められるのはこの方を置いて他にいません!」


 「で、ですが――」


 「責任は私が持ちます。どうか民のために――」


 セレーネは真剣な面持ちで祈るように手を組み、処刑人を見上げる。気圧されたように仰け反る男は逡巡したのち、鍵を手に持ち、ルイスの手かせを外そうとした。


 「ありがとうございます……! ――ルイス将軍、貴方にわずかな忠誠心があるならば、あの脅威を排除願いたいです。そしてここに戻ってきてください! 約束、出来ますか?」


 セレーネは処刑人には顔を見られないようにして、ルイスと向かい合う。――彼女はやや歪んだ笑顔を浮かべていた。次いで言葉を吐かずに唇を動かす。


 ――それが最善です、と。


 「――約束、しましょう」


 さすがにルイスはセレーネの意図を察せないほど間抜けではなかった。だからそう口にして、枷が外れたのを確認すると逃げだそうとはせず、すくっと立ち上がる。


 ――と、セレーネの護衛が彼に剣の柄を差し出してきた。


 ルイスはその彼を見て、鼻で笑う。


 「王女の護衛になるなんて出世したな、元副隊長よ」


 スキンヘッドで傷だらけの男――元副隊長はにやける。


 「そうでしょうよ、無責任に処刑されそうになった元隊長? んで、今んとこ、こんな『剣』しかありませんが、この国一番の『剣豪』なら十分でしょう?」


 「もっとなまくらの方が嬉しいんだがなあ」


 ルイスは軽口を叩きながら、剣を引き抜き、構える。ちらりとセレーネに視線を向けた。


 「あれはぶった切っても?」


 「問題ないでしょう。出来れば民を安心させるために派手に倒してもらうと助かりますね」


 「お安い御用で」


 ルイスは暴れる化け物を見据える。血が抜けすぎて頭が、ぼーっとするが問題ない。あの化け物は巨体に似合ってのろまだ。仮に敵対的な存在だったところで、あれでは脅威にはなり得ない。聖人達ならあれくらいもっと余裕なはずだが――なるほど、魔物に群がる奴らが邪魔するように動いて思うように攻撃出来ないらしい。


 それにあの魔物に何かを警戒しているようだ。なんだか時々、液体を噴き出してそれが溶けるような音を立てているが、そのせいだろうか。


 ……あと、足元にも注意をして、色々と散漫になっている?


 まあ、そこはどうだっていいだろう。こちらは王女の要望通り派手にやるだけだ。


 スキルも使える。なら、遠慮する必要はない。


 身体強化系、最上位スキル『戦神ノ加護』発動。このスキルは、身体能力のみならず、所持するあらゆる物をも強化の対象としてくれる。まあ全身をあまねく包み込むと、一瞬で魔力切れを起こしてしまうため、身体と剣を強化するだけに努めるが。


 ――魔力切れを補う特殊効果はあるが……必要は無いだろう。倒した相手の魂を魔力に強制変換するという力のため、殺し続ける限りは戦い続けられるが、使い過ぎると普通に魂が汚染されてイカれてしまうのだ。狂って広場の全員を皆殺しにしたなんて笑い話にもならないだろう。


 ……さあ、やるか。


 ルイスは脚を曲げて、台を蹴って全力で斜め上に飛び跳ねた。派手にという要望だ。ならばその通りにやらねばならない。


 風が気持ちいい。周りの喧噪が風に紛れて、ごうごうと五月蠅くも静かになる。


 剣を大きく振りかぶる。狙いはちょうどあの化け物の真上だ。たくさん頭部があるから、一つに絞れない。だから、『無突』というスキルを叩き込んで潰す。


 聖人達がこちらを見て叫んでいる。まあ、面倒なので聞こえないふりをしておく。


 化け物が一緒についてきた教会の人間をサクサクと殺しだした。まるで後始末をしているようだ。ちょっと慌ててみえるのがどこか可笑しく思えてルイスは笑ってしまいそうになる。


 そして化け物がルイスを見上げてきた。触手を振り乱し、反撃しようとしているが――軌道が明らかにこちらを狙っていない。どうやら王女様が言った通り、派手に殺されたがっているようだ。


 なら、こんな馬鹿げた茶番終わらせよう。さっさと寝たいし、とてつもなく腹が減った。


 「派手に消えろや」


 ルイスは化け物に剣を叩きつけた。


 その瞬間、『無突』の衝撃波が化け物の全身を暴れ回り、血肉へと変換された。どぱぁん、という鈍い音と共に、血の雨が広場に降りしきる。


 ルイスも地に落ち行く中返り血を派手に浴びて、全身が真っ赤に染まってしまっていた。剣が地面に叩きつけられ、着く頃にはどっぷりと血肉に塗れていた。


 ……ゆっくりと立ち上がり、辺りを見回してみると、広場が大惨事になっていた。


 広場の地上は血に染まり、家々の壁にもべったりと血肉が張り付いてしまっている。掃除が大変だろう。


 ――やべえ、やり過ぎた。


 王女様も血肉をたっぷりと浴びて目をぱちくりさせている。叫ばない辺り、やはり肝っ玉があるのか。まあ、こちらに向かって『あんな笑顔』を出来るくらいだ、多少は根性があるのだろう。


 さて、どうするか。


 今は辺りが鎮まり返っている。


 というか、呆然としていると言った方が正しいか。


 そして全員がこちらに注目している。


 ルイスは吐息をつき、剣の柄を肩に乗せ――ゆっくりと歩み始めた。


 それには町民達は左右に分かれて、ルイスに道を譲る。幸か不幸か、下手に騒いだら自分がミンチにされると思ってくれているようだった。誰も彼もが騒がず静かにしてくれている。


 処刑台前に辿り着き、跳び上がって上る。


 裸足だったから、ぺちゃぺちゃという音を立てて、セレーネ王女の前までやって行った。目の前まで来るとさすがに王女も緊張した面持ちだ。これも演技だろうか? ――どっちでもいいか。


 周りの息を呑む音が聞こえてきそうだ。


 横で元副隊長が剣の鞘を差し出してくる。そこに剣を収め、受け取り、ルイスは跪いた。


 そして恭しく頭を垂れると剣をセレーネ王女に差し出した。


 それをセレーネ王女がしかと両手で受け取る。


 「貴方の忠誠心、しかと受け取りました――!」


 静かながらもしっかりと広場全体に響く声で言った。


 その瞬間、爆発したように歓声が巻き起こる。


 町民達が血塗れになりながら、言葉にならない叫び声を上げ、口笛を吹き、手を鳴らしている。処刑人も大きな音を立てて拍手をしていた。


 ――ずいぶんと調子の良いものだ。思わず苦笑しそうになってしまう。


 ルイスはそんなことを思いながら、一度ため息をついて、囁く。


 「これでよろしいんですかね」


 「ええ。あとは私にお任せを。――ようやく呆けた『馬鹿』が正気に戻る頃ですから」


 セレーネは表情は笑顔のまま、言葉は憎々しげに言う。


 と、同時だった。アンサム王子の怒声が響いてくる。


 「何をやっているんだ! さっさとそいつを引っ捕らえろ!」


 「まあまあ、馬鹿が今更何を喚いているのかしら」


 セレーネが叫んだ『アンサム王子』に向かってたっぷりと皮肉がこもった言葉を呟く。


 アンサム王子の怒声にまたも辺りが一瞬にして鎮まり返る。全員の視線は奥に居る彼に向けられた。血肉以外にも顔色を真っ赤に染めたアンサム王子がセレーネとルイスを睨む。


 「セレーネ! 余計なことをするな!」


 「まあ、アンサム王子、余計なことだなんて! 私はただ民のためにもっとも正しいことをしただけなのですよ!」


 「何が正しいことだ! 犯罪者を解き放つ馬鹿がどこにいる! おい、早くそいつを捕らえて処刑しろ!」


 アンサム王子がそう喚くが、周りの兵士は困惑しているようだ。


 セレーネは口の端に少しだけ冷笑を浮かべ、――すぐに厳しそうな表情に変わり、ルイスを庇うように腕を横に伸ばす。


 「いけませんわ、王子! もはやルイス将軍は我らの手でその命を摘み取ることは叶いません!」


 「――なに? 何を言っている……?」


 アンサム王子が戸惑ったように言う。周りも微かに首を傾げていた。


 セレーネは言う。


 「ルイス将軍は『()()()()()()()()()()()()()()()()()()! たとえそれが彼の望んだこと、起こしたことでないとしても!」


 その言葉に周りがざわめく。セレーネは続けて言った。


 「もし我らが我らの裁量で、将軍の命を刈り取った場合、魔女の怒りはどこへ向うのでしょう? 古の魔女の逸話は数多くあります! それが真実かどうかは定かではありませんが――」


 セレーネは、ちらりと、やや大げさに聖人達に視線を移す。彼女らはビクリと身を強張らせる。セレーネと聖人達のその仕草だけで、一瞬にして町民達は古の魔女の逸話が真実なのでは、と思わせてしまう。


 聖人は古の魔女を殺すためにいる存在なのだから。


 それに他の殺された教会の人間達も何か魔女について叫んでいた気がする、と。


 「私達はもはや、古の魔女にルイス将軍の命運を決めさせる他ありません!」


 そう言ってセレーネは元副隊長に剣を預けると、ルイス将軍に一歩踏み出て、彼の片手を両手で握りしめる。潤んだ目で見上げ、悲痛な声色で喉を震わせる。


 「――ルイス将軍、申し訳ありません……! その身をこの国のために、民のために捧げてはくださいませんか?」


 (この姫様、こええな)


 ルイスは思わずそう思ってしまう。いや、簡単に身を捧げてくれと言ったことではない。即席であろうはずなのに、こんな演技を行えてしまうことがだ。


 ――彼がそう思っていると、不意にセレーネが囁く。


 「ご安心を。私の考えが正しければ助かりますよ」


 「……そうですかい」


 恐怖心を読まれたようだ。――なんだか怯えていると思われてしまって気に入らない。


 ルイスは小さくため息をつくと、ちょっとわざとらしいとは思いつつも声を張り上げる。


 「ええ! この身、国のために捧げましょう!」


 自分で言って怖気で吐きそうになってしまった。


 けれど、その気の利いた言葉は町民達の心を動かしたようだ。


 またも溢れんばかりの声援が上がる。


 セレーネはルイスに「ありがとうごさいます!」と言うとアンサム王子へと向き直る。


 「アンサム王子! ルイス将軍はこの国のために献身的になろうとしてくださっています! ならその命を一度、『古の魔女』に預けることをお許しください!」


 「――っ」


 クレセントが憎々しげな表情を浮かべている。


 ――もう、駄目だと言える雰囲気ではない。全身に力を込め、ぷるぷると震えているが隣に控えていたチェスターが何事か語りかけると、荒く息を吐き出す。


 「勝手にしろ!」


 そう言って、振り返り城へと戻っていく。彼の取り巻きや護衛も後を追い、――チェスターがジッとセレーネを見つめる。


 「……っ」


 そこに『殺意』が混じっていたため、セレーネは思わず震えそうになるがグッとこらえた。


 ――これで目をつけられた。ここからは慎重にしなければならない。少なくとも敵と認定された以上は向こうもこちらの動きに注視してくるはずだ。今までのように気軽に歩き回ることは出来なくなる。


 ――非力だからこそ、手札は潤沢にしておかなければ。あぁ、せめてアンサムと接触出来れば。そうでなくても、『人形使い』の方についてきてもらえれば、良いのだが。


 ザッと見回してもそれらしい人はいない。気付けば、あの『人形』も姿を消している。


 ルイス将軍は……まともに戦えはしないだろう。


 「ルイス将軍、力は如何ほど余っていますか?」


 「雑魚相手ならいくらでも。でも、副隊長程度の強者となれば今の俺では手を出せませんかね。……片手というのも、あれですし。まあ生えては来ますが、時間が必要でして」


 「……生えてくる?」


 聞き間違いだろうか? そう首を傾げて聞き返すと、ルイスは口の端を歪めて頷く。


 「『自己再生(弱)』というスキルを持ってましてね。欠損はどうとでもなります」


 「…………」


 普通、スキルというものはその生物が持つ能力に準ずるのが当たり前だ。人間はどうにか治癒を早めることが出来ても手足を生やすことなんて出来ない。セレーネのように生まれつき、特殊な力を持っていることもあるが、それもある程度種族によって方向性がある。


 魔物でもない限り本来ある枠組みを超えることなんてあり得ないはずだ。


 セレーネは思わず額に手を当てると、何故かちょっとだけルイスが勝ち誇っていた。


 「そう、ですか。なら良いのですが。一応、治療は必要ですよね?」


 「さすがの俺でも血がなくなっちゃ死んじまう……はず」


 「元隊長は自分の四肢が千切れても殺した端から、かっ食らって回復してませんでしたかね?」


 「まあなあ。――あの化け物食いましょうか? 結構飛び散りましたが、拾って集めれば、多少、マシになりますが?」


 ルイスはそんなことを言ったが、セレーネはブルブルと顔を横に振る。


 「やめてください」


 そんなことされたら、多少良くなった心証が一瞬で地の底に落ちてしまう。さすがに仮にもヒーローが見た目からして危ない化け物の肉片を集めて食べるとかドン引きものだ。


 「……死なせないためという名目上でなら、多少の食料を集められると思います。まあ、一旦城へと戻りましょう。檻の中に入って貰うことになりますけど」


 さすがにまだ罪人であり、『執行』までは逃げ出さない保証はないと見られるだろう。そのため、どう譲歩してもルイスは檻の中に入れざるを得ない。


 ルイスは笑う。


 「野晒しに比べれば上等でしょうよ」


 ――ならば城へと向かおう。そう思って処刑台から降りると彼女らに近づく二つの影があった。


 見やると聖人達だ。彼女らは緊張した面持ちでセレーネを見つめている。


 ローラが一歩進み出て、口を開く。


 「……よ、よろしいでしょうか、王女様」


 王族に突然話しかける無礼に、元副隊長と控えていたイユーがやや殺気を出しながらセレーネの前に出てくる。――が、すぐに「やめなさい」とセレーネが言うと、ピタリと止まった。


 ……セレーネはローラを観察する。身なりは血塗れなことを除けば、小綺麗だ。だが立ち振る舞いに気品さが足りない。礼儀正しいが作法がなっておらず、恐らく育ちは良くないだろう。


 以前遠目から彼女らを見たが、たぶん、育ちの良さで言えば、今はいない金髪眼鏡の少女の方が上なはず。実際、このような相手に話しかける時は、あの少女が担っていたのだろう。


 今のローラからは、不安、劣等感、怯え、そんな感情が漂ってきているから。


 ――これは実に御しやすい人間だ、そう思う。


 セレーネは笑顔を浮かべる。


 「何でしょうか、聖人様方」


 「は、はい、えー……あの化け物について、一つだけ知っておいて貰いたかったんです」


 「何をですか?」


 「あの化け物は偽物です。魂が宿っていませんでした。恐らくまだ生きています。だから、殺したというのは間違いなんです」


 「まあ!」


 セレーネは驚いた顔をして口元を押さえる。隣でルイスが胡散臭げな顔でこちらを見ているが、放っておく。


 「そんなことが……では、あんな化け物が実はまだ城下町に潜んでいるということなんですか?」


 「ええ……人に化けて人を操ることが出来る相手なんです。だから、ルイス将軍が古の魔女の魔物を殺した訳じゃないんです。きっとあれは、魔女をこの町に入れるための『理由』付けの可能性があって――」


 まあ、それが妥当な考えだろう。


 アンサム側がクレセントに攻撃を仕掛ける時、一番困るのが『戦力』だ。チェスターはその点、上手くやっており、タイタンの転生者や聖人達を城に采配出来るように仕組んだ。こうすることで多少、アンサム側が仲間を引き連れてきたところで返り討ちに出来るはずなのだ。


 唯一のジョーカーである『古の魔女』は、特殊な背景を持つため、戦力としては使えない。もし使えば、タイタンがプレイフォートが古の魔女に狙われているという『体の良い理由』を使って深く踏み込んできかねないのだ。


 だが、今回の古の魔女の魔物襲撃で事情が大きく変わってしまった。


 今回重要なのは『聖教会が古の魔女にちょっかいをかけた』、ことだろう。プレイフォート側には落ち度はなく、むしろ厄介事を引き連れてこられたのだ。


 そのため、古の魔女がプレイフォートに襲撃していい良い理由を作り上げられた。


 そして、アンサム達は聖人というもっとも厄介な駒を排することに成功したのだ。


 ――仮にセレーネが手を出さず、聖教会や聖人が関わったせいで古の魔女が来る、という情報も十分に伝わらなくても問題ない。後からでも情報を流して民に浸透させれば、城側が無視できなくなるくらい事は大きくなるはずだ。


 セレーネは合わせた手を口元に添えて、小さく吐息をつく。


 「――つまり、ルイス将軍の命は狙われないと、そういうことでしょうか?」


 「その通りです」


 「良かったですね、ルイス将軍。命は狙われないようですよ?」


 にっこりと笑みを向けると、何やらえげつないものでも見るような表情で見られた。とても失礼だ。

 無論、こんなあっけらかんとして言ったセレーネにローラ達も若干唖然としたが――、


 「――事情を分かってもらえたら、お願いです! どうにか今すぐにでもこのことを国民に伝えて欲しいんです!」


 ローラは必死な様子を見せつつ、そう言ってきた。


 実に真っ直ぐな子だと思う。きっと根も真面目で優しく、まさしく聖人と言われるに足る素晴らしい人間なのだろう。セレーネは心根の真っ直ぐな彼女に好感すら抱いた。実際に見える感情も汚い色は見えない。きっと本気であの魔物を倒すつもりで――自分の任務をしっかりと全うしようとしているのだろう。ただ、それだけなのだろう。


 けど、それで何かを救えるほど甘くはない。世界はいつだって醜いほど、汚れている。


 セレーネは笑顔のまま首を傾げた。


 「なるほど。つまり貴方はルイス将軍に死ねと?」


 「――え?」


 「だってそうでしょう? もし魔物を殺したことが間違いだと分かったら、魔女が来ないのでしょう? そうすると、ルイス将軍は『私達が裁かなければならない』、そういうことになりますよね?」


 「――っ」


 ローラが目を見開く。


 「まあ、そうですわよね。ルイス将軍は罪を犯した、薄汚い罪人。たとえ土壇場で義憤に駆られ、忠誠心を見せたところで『正しき心』を持った人からすれば、変わらないのでしょう」


 「そ、そんなことは……」


 「そして私は民に宣言するのです。あの魔物は生きている、と。人になりすまし、操り、潜むのだと。――そんなどこにいるかも分からない化け物が、自身の内側に潜んでいるという恐怖を、貴方は私を介して皆さんに伝えようとしてくれているのですよね?」


 「あ、いえ――」


 セレーネのたっぷりと毒を含んだ言葉にローラは何も返せないようだった。


 ――あぁ、やはり弱い。言葉の刃で相手を刺す気がまったくない。そんなのでは駄目だ。めった刺しにされたら苦しいだろう辛いだろうに。可哀想に。でも手加減なんてしてやらない。


 セレーネは相も変わらず笑う。


 「それと私に頼み込む『前提』が間違っているのですよ。知っていますか、ローラさん。私は『真実』を見通す力があるのですよ。故に私の言葉には力があり、その言葉が『真実』へとなり得る。同時にそれは私という人物が『信頼』されているということに他ならない」


 「……?」


 ローラが困惑している。


 「分かりませんか? 貴方は私に私の言葉が嘘だったと、過ちだったと民の前で言え、とそうおっしゃられたのですよ? ――あの魔物にとって都合の良いことを言った私に、罪人なれとそういうことなのですよ? 貴方自身の目的のために」


 「――あっ。……いや、私は、そんな――そんなつもりは――」


 ローラが自分があまりにも不敬なことをしたと気付いて、慌てふためく。


 そんな彼女にやはり変わらず笑顔を向けたままセレーネは言う。


 「まあいいですけど。ところで話は以上でよろしいでしょうか。意外と急ぎなんですよ。ルイス将軍の血が足りなくなりそうなので。――ああ、それと最後に。ローラさん、アンジェラさん、もしよろしければ、今度お会いしたとき、()()()()()()()()()()()()()()()()()? 私、お二人の名前、伺っていませんもので」


 「! ~~~~~~~っ」


 その言葉を聞いて、ローラの顔が真っ赤になる。名乗りすらしなかった自分を思い出したのだ。優しい口調で言われたとっておきの皮肉に、もう言葉を紡げなくなる。うつむいてしまい、下手をすれば涙を零してしまうのではないだろうか。


 「……申、し訳、あり、ません……」


 「いーえ。それではご機嫌よう」


 セレーネは小首を傾げ、血塗れのドレスのスカートを摘まみ上げ、優雅に一礼すると彼女らの横を通り過ぎる。


 イユーはともかくとして、後ろに付き従うルイス将軍と元副隊長の気配からローラに対して哀れみの感情とこちらに対しての畏怖の感情が見える。


 しばらく歩いた後、ルイス将軍が言う。


 「姫様、不敬ながらも一言いいですかね」


 「無礼講です、どうぞ」


 「あんた、こええよ」


 「まあ」


 セレーネは、気にした風もなく、うふふ、と口元を押さえて優雅に笑う。大の男達はそれを見てさらに彼女に恐怖するのであった。







 

 

 (こっわ)


 《ローラ、可哀想……。ローラに作法とか無理だよ……孤児だったんだし……だから偉い人とかにはミッシェルが担当してたのに……》


 お姫様と聖人、もといローラのやりとりを近くで見ていた俺は、ラフレシアとそれぞれ感想を呟く。


 あーあー、ちょっとー姫様ーローラちゃん泣きそうじゃーん。


 グッと堪えているけど、何かあればやばいぞ、あれ。格闘家の子、背中撫でるのやめたれ。慰められると辛いから。


 ――とか、まあ、心配とか俺が言えた義理じゃないんだけどね。


 今まさに町の奴らから受けてる冷たい視線やらなんやらも俺の仕業だし。


 やらかした以上、同情はしない。なら初めからするなって話しだしな。


 さて、いつものように切り替えて……次はどうするかな。


 一応、こういう場合の指示は受けてるんだ。近くに敵らしい敵がいない場合、あのセレーネっていうお姫様と接触するように言われてる。


 アンサムいわく敵意さえ向けなければ、たぶんどんな接触の仕方でも、話をしてくれるとのこと。


 怖いけど、道中人気のないところで姿を晒してみようかな。


 そんなことを思いながら、地中に潜みながら追いかけ――町と城の中間地点である道がちょうど良い感じだった。他に誰もいないし、遠くからもたぶん見えないはず。聖人達も――ついてきてないな、よし。


 と、言うことで俺は姿を現す決意をして、お姫様達の進行方向上に先回りして、頭を出す。


 「……っ!?」


 さすがに全員にビクッとされて、スキンヘッドのいかついお兄さんが姫様の前に出て剣を抜いた。後ろのルイスとメイドっぽい奴も周囲を警戒し出す。


 「うー」


 とりあえず唸ってみる。――それが通じた訳でもないだろうけど、お姫様が一歩踏みだし、スキンヘッドのお兄さんをなだめるように触れる。


 「バーグさん、大丈夫ですよ。たぶん彼は味方です」


 そう言ってお姫様は、優しげな笑みを向けてくる。うーむ、可愛らしい。けど俺は騙されんぞ! 結構、腹黒いだろ、あんた!


 「う~」


 お姫様が首を傾げる。


 「警戒……されてる? うーん、感情が読めませんね。……たぶんこの臭いは死臭……なるほどアンデッド……。会話は……喋ることは出来ませんか?」


 「うー」


 俺は一応、頷く。念話してくれたら助かるかなあと、思ったが……会話方法普通にあったわ。


 (いでよ、ラフレシア! 俺の代わりに喋ってくれ!)


 《めんどい》


 そんなことを言いつつ、俺の言うことに逆らえない哀れなラフレシアは渋々俺の頭に現れた。俺の頭の上に脚を投げ出すように座り、すっごいめんどうそうに言う。


 《どーも》


 「妖精さん? 貴方は聖教会の方なのですか?」


 《そうそう、お前らを殺しに――》


 (嘘つくな)


 なんか余計なことを言いそうになったから、やや強制度の高いきつめの命令を加えた。


 《はい、今の嘘です。『アンサム』の使者です。私は囚われただけです》


  あとついでに『お仕置き』のために触手を伸ばして絡め取った。


 《――ひゃあ! ちょ、やめっ、悪かったから、もうしないから、命令だけにして! 触手を絡ませないで! ごめん、悪かったから、それやめて! 恥ずかしい!》


 (許しませんっ)


 俺はそう断固たる決意を持ち、脇の下やら足の裏やらを触手で――くすぐる。すると、ラフレシアが「んひゃあああ!」と身もだえる。あら、普通にくすぐったいのね。


 触手でくすぐっていると、お姫様が手を合わせて「やっぱり!」と嬉しそうに呟く。


 「『あれ』をやったのも貴方なんですね? ふふっ、アンサムお兄様、支配能力を持つ方を味方につけるとはやりますね。なら、あとは呪いをかけた相手さえ見つければ、なんとかなるということですね。――それでいつ、古の魔女さんはやってきますか? それに合わせて城内に侵入するおつもりでしょう?」


 おお、話がすんごいスムーズだ。さっきから思ってたが、このお姫様、普通じゃないな。それともこの世界ではこれが普通なの? ミアエル含め人間のスペック配分間違えてない?


 とりまそこは置いておくとして、ラフレシアお願い。触手は動かさないでやるから。


 お仕置きをされまくっていたラフレシアは身体に触手を巻いたまま、息荒く、涙目で俺を見下ろす。


 《うぅ、もう悪いことしないから止めるだけじゃなくて、これ、解いてよお》


 (だめですぅ。そうしてもらいたいなら初めから真面目にしてくださいー)


 《うぐぐっ。うー……明後日のこの時間に魔女は突っ込むつもりだった。なんか町の奴らを煽動するためにそれくらいの時間が必要だとかなんとか。その点はそっちが解決してくれたから、たぶん情報流すのはやめするって言ってたから、すぐにでもいけるけど……。もし変更点があれば伝えてもらえたら、『俺』は町に戻ってそこにいる仲間に言うよ》


 お姫様は顎に指を当てる。


 「そうですね……変更はしなくて大丈夫かと。こちらも準備がありますので。――このまま貴方にはお城までついてきて貰った方が良いかもしれませんね」


 《分かった。でもこのままついていっても怪しまれないか?》


 「私がついているなら問題ないでしょうけど……警戒は確実にされますね。私も私で相手に警戒されているはずなので」


 《それなら……えっと、内在魔力とかレジスト能力が高い奴を連れてくるか、殺しても問題ない奴連れてきてくれれば、そいつの体内に潜めるけど……》


 「私はその手の能力は低いのでなんとも……。……ルイス将軍は体力的に駄目ですね。バーグさんは……」


 「魔法関係には疎くて、魔力操作は覚束ないのが不安ですね」


 困った顔をしたスキンヘッドのお兄さん、もといバーグさんは悩ましげに言う。ルイス将軍も眉をひそめる。


 「俺は特に問題ないが……スキルの関係上、体内に入った奴、死ぬかもしれねえしな」


 なにそれこわっ。いや、俺ならいけるかもしれないけど……試したくないなあ。


 「イユー貴方は?」


 そう言って、お姫様は振り返り、メイドっぽい人――イユーさんに声をかける。イユーさんは背筋をピンと伸ばし、きっちりとした姿勢を崩さず顔色を一切変えないまま頷く。


 「問題ないかと」


 《なら、最低限、この虫を体内で殺せるか試してくれ。あぁ、すぐ増えるから気をつけた方がいいかも。一応、俺も操作はするけど、全部を操るの大変なんだ》


 俺は身体から一匹の寄生虫を出してみせる。まあ、やっぱりと言うか、皆に、うわあみたいな顔されてしまった。イユーさんも表情こそ変えなかったが、若干眉をひそめてしまう。


 「イユー、無理そうだったら良いのですよ」


 お姫様は割と本気で気遣っていたようだが、イユーさんは首を横に振る。


 「いいえ、やりましょう。それで――貴方は……」


 《アハリート。私はラフレシア。マスターはともかく私はよろしくしなくても大丈夫だよ》


 へっ、とかなり生意気な感じに言ったので、触手でくすぐっておく。生意気な態度、めっ!


 《いにゃああ! やめてええええ!》


 そんなこんなで色々あったが詳細は省いて――イユーさんが寄生虫の除去に成功した。なので、俺は首だけになって彼女の中に入ることにする。うーん敵じゃない人の体内に潜むことになるのは初めてだから、色々と緊張する。


 ――俺はそうして城への侵入へと成功するのであった。

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[一言] ルリエの性別が分かりません、教えてアハリート先生ʅ(◞‿◟)ʃ
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