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転生したら、アンデッド!  作者: 三ノ神龍司
第二幕 偽りの王子と国を飲み込む者達
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第二十六章 戦いなき闘い

この章には残酷で暴力的な描写が多く含まれます。

閲覧にはご注意ください。

 聖人らは教会へと向かっていた(屋敷から連れ出した親子は衛兵へと預けた。後に教会へと保護することになるはず)。


 今は教会がどうなっているか確認しに行くのだ。


 教会が襲撃されたことはホスタを通じて伝わっていたが、彼女が捕まってしまったことで事の顛末は分からなかった。途中まで位置を知らせてくれていたが、あのゾンビに『魂支配』をされてしまったようだ。そのせいでネットワークを侵されそうになったため、強制切断をしたらしい。


 今は完全に行方が分からなくなってしまった。


 ――でも、死んではいないようだ。妖精の絶対数は変わらないらしく、死なない限り増えることも減ることもないようだ。死んだ場合は新たに女神ティターニアから妖精が生まれるとのこと。


 それがないということは、ホスタはゾンビに囚われてしまったと考えていいだろう。


 そうなると色々と面倒になるだろう。


 幸い、ネットワークを通じていきなりゾンビから『魂支配』の影響を受けることはない。


 ……だが、ホスタが捕まったことで情報の抜き取りが行われている可能性が高い。


 群体で意識の共有が行われていても、記憶の完全な共有化はさすがに行われてはいないらしい。それでも最低限、今回の件に関する事柄は大体ホスタと共有されていた。少なくともアンサム王子に呪いをかけた人物を特定することも出来るし……聖人や転生者達の能力もバレてしまうだろう。


 《あまりよろしくない状況ですね。かと言ってネットワークが繋がっていたらそれはそれで厄介でしたが》


 ミムラスはそう悩ましげに呟く。


 今後、ホスタにネットワークを繋げ直されたら、かなり面倒なことになりかねない。


 無論、繋げられても迎撃出来ないことはないだろう。だが、少なからず被害が及ぶかもしれない。最悪甚大な被害を被って、『あれ』が解放されたら――古の魔女がタイタンに攻め入る隙を作り上げてしまうかもしれないのだ。


 それだけはもっとも避けねばならないことだ。


 出来ればホスタの解放ないし排除が今のところ彼女達妖精の最重要課題になったが……彼のゾンビの行方を見つけることがかなり困難だった。


 あのゾンビの行動理由が未だに読めない。ロミーの復讐かと思えばあっさり退いたし、別働隊を動かして修道院で何かをやっていたようだが……。


 そのため、まず教会へ行って何が起こったか確かめる必要があった。ゾンビがそこで何をしたかによって、行動を読むことが出来るかもしれない。


 ……それにどれだけの被害が出たか調べる必要もある。場合によっては作戦を中止せざるを得ないだろう。


 たった一人にかなり掻き回されてしまっている。たぶん真正面から戦えば普通に勝てる相手のはずだ。だが、相手は徹底的にこちらと直接ぶつかることを避けて行動している。それがとてつもなく厄介だった。


 ローラが心の中で唸る。


 (……今まで戦ったことのないタイプですね。……ステルス能力を持った相手はいくらもいましたけど……)


 《本来、魔物なら自身の身体能力も高いことは知っているので、奇襲後、姿を隠しながらも一応は正々堂々戦います。でも、見た限りあのゾンビは臆病と言って良いくらい自身を晒すことがない》


 ローラとミムラスの心の中の会話を聞いていた最後尾のミッシェルが吐息を漏らす。


 (本当に厄介よね。……姿を現すまで感知できなくって、現してもそれが本体かどうか分からないんでしょう? なら、接敵したら必ず私が『大地操作』で地上に出さないといけないのかしら)


 《それがあのゾンビと相対したときの無難かつ最適な行動でしょうね》


 先頭のアンジェラがちらりと後ろを向く。


 (でも、接敵ってつまり奇襲から始まるってことでしょ? まず不利な状況から始まるってことだよね、それ)


 《まあ、そういうことになるかな。だから各々、自身の役割は正確に把握していた方がいいかもね》


 アンジェラの妖精、アキレアがそう言うと全員が頷く。


 あのゾンビの能力はこれまでである程度把握出来た。一番厄介なのは、『侵蝕』だがレジストを上手く出来れば脅威度は下がる。こちらのレジストの意識を逸らすために、激痛を伴う刺胞触手を使うことが考えられるため、それをどうにか耐えねばならない。


 だからまず――。


 そう色々と考えていた三人の視界はある程度妖精のネットワークによって共有化されている。


 だから、全員がその異変にいち早く気付けた。


 ミッシェルを囲うように白い肉の『蕾』が出現したのを。ミッシェル自身は足元がぶにゅりと肉片に押し上げられたので視覚、触覚ともにすぐに気付く。


 けれど、それはあまりにも速く、ミッシェルを包み込むと抵抗する間もなく、地面へと引きずり込んでいった。


 ローラとアンジェラはとっさに振り返ると、白い肉がすっぽりとミッシェルを覆っていたのを見る。そのまま地面へと沈み込んでいく。


 アンジェラの行動は素早かった。即座に『拳神』を発動させ、全力で白い肉に手を伸ばす。けれど、寸のところで肉が完全に地面に沈み込んでしまった。


 気配は完全に消えた。けれどミッシェルの妖精、カランコエが魂を光らせてわずかながら位置を知らせてくれる。それは地面に引きずり込まれてもまだ死んでいないということの証明でもある。


 「くそっ、ミッシェルが! 『無突』なら奴を――」


 リディアとの戦いで使った衝撃波を放つスキルを使えば、地面に居ようとダメージを与えられるはず。発動にやや時間がかかるが、奴もそれほど速くはないはず。それに場所なら今は分かっている。だから――。


 そう思っていたが、地面に手を当てたローラが叫ぶ。


 「駄目です! あの肉を破いたら、地面の中でミッシェルが潰されてしまいます!」


 あの肉に包まれているからこそ、固い地面の中でも一時的に生存していられるのだ。それを破いてしまったら、その加護が受けられなくなってしまう。


 「『侵蝕』もレジスト出来れば、時間の猶予があるはず――なら、力不足でも私が『大地操作』で押し上げれば……!」


 ローラもミッシェルほどでなくても大体の魔法は使える。しかし、相手との力比べとなると若干力不足になり得るのだ。それでもあのゾンビは魔法が使えない以上、その手の抵抗はこちらより弱いはず。……時間はそれなりにかかるだろうが、負けはしないはずだ。


 (ミッシェルならきっと問答無用でゾンビを地上に出すことが出来たんでしょうけど……)


 《それを込みで、ミッシェルを狙ったのでしょう……!》


 ミムラスが苦虫を噛み潰したように言う。


 同様にローラも苦しそうな顔をして声を張り上げる。


 「『最悪』に備えて準備を! ミムラス、カランコエと出来る限り繋がって状況を伝えてください! アンジェラ、場合によっては『無突』の使用をお願いします!」


 「分かった!」


 「……なるべく早く助けますから……ミッシェルどうか耐えてください……!」


 ローラは地面に手を当てて、自分が出来うる限りの全力で魔法を発動させた。





 

 

 ミッシェルは白い肉に飲み込まれたと同時に、風の魔法を発動しようとしていた。しかし、完全に地面に引きずり込まれたところで、カランコエが叫ぶ。


 《やめなさい! 今、肉を破いたら潰れてしまうわ!》


 (なら、私自身が『大地操作』をすれば――)


 すぐに風の魔法を掻き消して、『大地操作』に切り替えようとするが、肉の壁が蠕動して触手を生やし、伸ばしてくる。


 手足、そして首に巻き付いて締め上げてくる。


 「ぐ、ぅ――」


 想像以上にきつめに締め上げてきたため、思わず苦しげに呻いてしまう。それに棘が生えているせいか、肉に食い込み、痛みも伴ってきた。


 それでも魔法を使おうとするが、あの刺胞触手が伸びてきて、手足に触れてきた。


 「――っ!? ひ、ぎぃ、ぁ――!」


 刺さるような痛みと共に熱がこもった強い痛みが、脈打つように手足を苛む。そして手足、首に巻き付いた触手が『侵蝕』を開始してきた。


 それにはミッシェルもレジストのため、気を割かなければならなかった。『大地操作』の魔法は使えない。


 「う、ぐぅ――うぅっ!」


 痛みは強い。だが、レジストはしっかりと出来ている。それどころか押してさえいる。この状態が長引けば、こちらが相手の力を打ち消して、一定時間免疫を得ることが出来るはず。そうすれば『大地操作』の魔法だって使う事が出来るだろう。レジストしたら、魔法を使う前に首の骨を折られるかもしれないが、その時はその時だ。死んだら、アンジェラが問答無用で攻撃してくれるはず。


 刺胞触手の数が増えてくる。さらに毒性を強化したのか、先ほどよりも貫くような痛みが筋肉を強張らせる。


 「ぐぅい――あぐぁ――ぎぃい――!」


 歯を食いしばり、必死に耐える。痛みでボロボロと涙が零れる。それでも口だけは開けないようにする。ワームを入れられた時、分かったのだが、ワームは内在魔力で殺そうとしても効果が薄かったのだ。もしかしたら、ワームでなくても、あのゾンビに体内に入られたら抵抗することすら出来ず内側から侵されてしまうかもしれない。


 だから叫ぶことだけはやってはいけない。


 《頑、張って、ミッシェル……! ローラが、……助けようと、してくれているわ……》


 ミッシェルの痛みに感応しているカランコエも苦しいはずなのに、それをおくびに出さずに励ましてくれる。――だからこそ負ける訳にはいかなかった。


 ――『侵蝕』の這い進む力が感覚的に弱くなった気がする。経験上、あと少しでレジスト出来たはず。首の締め付けも、やや苦しいが、まだ落ちるまで余裕があるはず。このまま行けば、上手くいく。痛みに悶えながらもミッシェルはそう考えていた。


 そんな彼女の右腕に固いものが二つ当てられた。ヒヤリと冷たい今までにない感覚に目を落とすと――ばちぃん、と身体が跳ねる。


 「ふぎぃっ!?」


 さらにその衝撃のようなものは、まるで神経を直接かつ連続で叩くような痛みとなって全身を震わせる。


 「あぎぃいいい!? ひ、ぎぃいいいい!?」


 意図せず手足が勝手にガタガタと動く。止められない。それでも『侵蝕』だけは通さないように必死に抵抗する。


 そんな全身が『電撃』によって痺れる中、左手にふとチクリとした痛みを感じる。次いで、何か冷たいモノが注入される感覚がわずかにあった。


 じわぁ、とそれは広がっていくようで……左手だけ痛みが消えていく。いや、痛みだけではない、感覚がなくなっている。


 「――っ! い、ぁ――」


 左手を見た。感覚が失っていった部分にジワジワと『侵蝕』が広がっていく。


 (なんで、なんでなんでなんで――感覚ない、せいで――!? どうして、なんで――!)


 《そんな、まさか麻酔……!? そんななんで、あのゾンビにそんな能力が――それに『電撃』もあるなんて――。……まさかついさっき『進化』したっていうの? あり得ないわ、あんな短時間で……仮にホスタを使ったとしても、魂が汚染されてしばらくはまともに行動出来ないはず。そもそも自力で進化するにしても、あのゾンビは最近進化したばかりなのに……!》


 カランコエも困惑しているようだった。


 ミッシェルは必死に抵抗するが、左手の感覚を失った部分が押されてしまっている。押し止められているが、力関係が逆転してしまった。駄目だ、抵抗力が弱まっている。このままでは、ゾンビに免疫を逆に得られかねない。


 触手の針が、今度は右足に刺さり、麻酔の液体を注入していく。


 「やべ、でぇ――! やぁ、だぁ――!」


 ミッシェルが身体と頭を振ってなんとか抵抗しようとするが、手足を拘束されている以上、肉体的な抵抗は意味を為さない。


 そもそも電撃も流れているため、まともに身体が動かなかった。


 両手両足に麻酔を打ち込まれていく。その度に感覚を失って、レジスト能力が落ちてしまっているのが分かる。


 押し込まれていくのが分かる。破られそうなそんな感覚があって――。


 ぱきん、と何かが砕けるような音がした。


 ――レジストに失敗した。


 「――あ……あぁああああああああああああああああああ!」


 その音を境に、全身に『侵蝕』が広がっていく。一切の抵抗は出来なかった。このままでは、すぐに脳まで侵されてしまうだろう。


 もう、自害するしかない。けど魔力が上手く使えないから魔法では出来ない。歯に仕込んだ毒薬を、歯ごと外して飲み込めば、いける。


 しかし、それを見計らったかのように触手が口の中に入り込んでくる。とっさに口は閉じたけれど、頬から肌を一切傷つけずすり抜けてきた。口いっぱいに触手が詰めこまれ、舌で毒薬を仕込んだ差し歯を外すことが出来なくなる。さらに間髪入れずに、ミッシェルの頭に触手が覆い被さろうとしてきていた。


 その触手は、花の花弁のような形をしていた。しかし広がった際、見せた内面は無数の薄く小さな棘が生えた不気味なものだった。まるで処刑器具のようなそれに頭を包み込まれてしまう。


 その無数の棘に『接続』される。どくんどくん、と脈打ち、『何か』が送り込まれてくる。視界が歪む。聴覚が軋む。嗅覚が汚れる。――感覚がおかしくなっていく。


 ミッシェルは精神を穢されて行く中で、薄らと思う。どうして、自分ばかり、と。

 





 ゾンビはミッシェルを連れ去る気はなかったようだ。潜った後、ただひたすら下に向かい続けていたのだ。


 少しでも横に逃げていれば、ローラであってももっと速く引っ張り出すことが出来ただろう。


 それを分かっているのか……いや、ホスタを通じて知られたのだ。ローラがあらゆる点において力が弱いということを。


 《ゾンビの新たな特殊能力が判明しました! 電撃と麻酔です! 麻酔のせいで、抵抗力が落ちている模様! ――数秒後、ミッシェルのレジストは失敗すると予想されます!》


 (――っ)


 まさかここにきて新しい力を使うとは。切り札? それとも新たに手に入れたというのだろうか。そんなあり得ない。転生者と言っても、そんな異常な速度で成長なんてしない。いや、でもそういえば、ミッシェルを包んだあの肉の蕾、何故か白い色をしていなかっただろうか。あのゾンビの肉片はどれも筋肉が剥き出しの色合いをしていたはずなのに。少なくとも教会で襲撃したときはそうだったはず。……この短期間に進化したというのだろうか。


 (……アンジェラ、ゾンビは、恐らく5メートル深度にいます。今『無突』を使うとしたら効果はどのくらいですか?)


 (あまり良くない。肉の壁は破けるかも。……でも、ゾンビに致命打は浴びせられないかもしれない)


 (それは駄目です……倒せないままミッシェルの身体を放置するのは、危険です……)


 ミッシェルが死体になったとしても、相手はそれを操ることが出来るかもしれないのだ。魂が抜けて能力が使えなくても、身体を何かに悪用されるのだけは避けなければならない。


 (どうすれば……)


 《『侵蝕』によって侵されています! 自害は失敗! ――精神に影響を及ぼす能力を使用! こちらにも影響が及ぶ可能性があると判断して、カランコエとの繋がりを希釈化します!》


 (――くっ)


 一切、待ってくれない。時間が進めば進むほど、どんどん状況が悪くなる。どうすればいい。何をすればいい。……どうすれば良かった。


 こうなるなら引きずり込まれた瞬間に、ミッシェルをゾンビもろとも殺してしまえば良かったというのだろうか。生き返らせられるからと? ――それが正しかったのだろう。下手に仲間だからと、助けられるからと欲を出してしまったのだ。……情を、抱いてしまった。それがこの最悪の現実だ。


 ……今はただ、引っ張り出すことを考えるしかない。それしか出来ない。


 (……アンジェラ、地上にゾンビが出てきたと同時に攻撃をお願いします。私はミッシェルの相手をします)


 (……! 分かった……!)


 (ミムラス、カランコエの様子は?)


 《かろうじて意識は……ある、はずです》


 (なら、引きずり出したら私がミッシェルを殺すことを伝えてください。タイミングを合わせれば、魂の劣化も防げるはずです)


 《……。了解です》


 最悪、妖精が気絶していても『復活魔法』は発動されるだろう。けれど妖精のサポートがなければ、一回目でも失敗する可能性が出てくる。少なくとも二回目以降は『復活魔法』は使えなくなると思って良い。


 でも、タイミングさえ合えば、二度目も保証される。精神さえ壊れていなければ、まだ戦えるはず。


 (……そうでなくても、最終的に無事でいれば私は……)


 戦友を殺すことにも耐えられるはず。そう覚悟を決めなければ、心が持たない。


 《――注意! 反応、急浮上しています!》


 (――っ)


 多少、驚くが予想は出来ていた。ミッシェルに対する『目的』を終えたのだろう。ならば後は彼女を囮にして逃げるだけだ。


 《軌道が貴方に向けられています!》


 「なら構いません」


 どうせこちらにぶつけて、一瞬でも『大地操作』を途切れさせるつもりなのだろう。本体はすでに横移動を開始しているか? それとも欲張ってこちらを葬りにくる? 後者ならその甘い考えごと打ち砕いてやる。


 白い肉の塊がローラの足元から浮上してくるが――彼女の身体をすり抜けて転がっていく。そしてすぐ後に、少し離れた位置にて白く分厚い皮膚をして六本の特殊な尾のような触手と骨のような突起物を生やしたゾンビが現れた。


 《魂を鑑定――本体と確認。身体が変化していますね。擬態出来るようですが、あの変化は明らかに進化したものと思って間違いないようです》


 (急速な成長……それも通常の転生者を凌駕する速度で……逃がすわけにはいきません)


 ゾンビは多少困惑しているようだが、やはりすぐに逃走を図った。四つん這いになって駆けながら、触手を一つ落としていく。ブクブクと膨らんでいくことから、爆弾と判断。


 アンジェラが即座にゾンビの背を追いかけるが、その前に爆発してしまう。


 ローラにダメージは一切ないが、アンジェラは肌がしゅうしゅうと音を立てて焼け爛れてしまう。恐らく、毒性を強化されているのか思いの外、アンジェラの身体に受ける損傷が大きかった。


 ――けど問題ない。


 アンジェラは肌が爛れようとも目を一切閉じず、全力でゾンビを追う。しかし行動に一切支障をきたした様子はみせない。常時回復されていると言っても、ダメージが大きいし、何より機能も落ちてしまうはずだ。


 けれどアンジェラはスキル『状態維持』というものがある。肉体の欠損や完全な機能不全に陥らない限り、内在魔力でもってその肉体機能を維持することが出来るのだ。


 ただし機能を低下させた原因の痛みは消えないし、ダメージの大きくなればなるほど魔力の消費が増えるという欠点もある。またあらかじめ肉体が壊れる前に発動しておかなければならないという面倒な点があるのだ。突発的なダメージには対応出来ないが……そうでないなら根性さえあればいくらでも動くことが出来る。


 少なくとも、のろまなゾンビに追いつくまでは使い続けられる。


 「くたばれええええええええええええええええええ!」


 アンジェラが拳を振り上げてゾンビに跳びかかる。すると、奴が尻尾の一本を振って弾いてこようとしてきた。――その触手は先端部が袋のようになっていて、鋭い針が生えていた。


 アンジェラの妖精、アキレアが叫ぶ。


 《麻酔系っぽいかも!》


 (ならどうだっていい!)


 尻尾に身体を真横に弾かれないようにだけして、針が刺さろうと麻酔を入れられようと無視する。くっついてくれた事の方がありがたい。こいつは離れたら、むしろ不味い相手だ。


 『無突』の準備をする。これは何かに叩きつけないと発動しないが、発動したらそこから広範囲にダメージを流す事が出来る。生き物に直接当てれば、レジストをされなければ一瞬でミンチになるだろう。


 ゾンビがとっさに麻酔触手を切り離して、逃げようとしてくる。麻酔触手を遠隔操作したのか、ぐるりとアンジェラに巻き付いてくるが片手で最低限、邪魔にならないようにどける。他の触手も向けてくるが、構わない。多少身体が痺れたり、目を焼きそうになるくらい光ったりしたが無視した。どれもこれも威力は低いし、何も問題ない。


 そのまま拳をゾンビの無防備な背中に叩きつけようとして――ゾンビの下半身から、先端の尖った図太い骨が突き出してきた。


 それがアンジェラの腹部を貫き、そのまま背中を突き抜ける。がくんとわずかに引き離され、寸のところで拳が空打ってしまった。


 「ぐ、ぶ!?」


 腹と口から血が溢れ出す。息が詰まってしまい、さらに背骨を切断されたことで、もがきながら後ろに倒れ込んでしまう。


 そんな彼女にゾンビは残りの尾を全て切り離し、手足にと巻き付けてきた。


 不味い、とアンジェラは骨を抜こうとする。巻き付いてきた触手に行動を制限されるが、まだこちらの力が勝っていた。けれど動きを制限されてしまったため、追撃が来ることを予想して、カウンターを狙うつもりだったが――ゾンビは遠くに行っていた。


 何故かぺしゃんこになってしまっている下半身を触手に変えて、ズリズリと無様に逃げている。


 「――あの、野郎ぉ……!」


 腹を貫いた骨を引っこ抜き、触手を引き千切ると、回復していく一瞬の間も無駄にしたくなくて、腕だけで跳ね飛ぶ。空中で完全回復したのを確認すると、『拳神』を発動させ、全身全霊で突撃する。


 もうあいつに攻撃手段はないはず。まだあるかもしれないが、その全てを受けきってでもトドメをささないといけない。


 だが、ゾンビはローラの『大地操作』範囲外に逃れたのか、地面に潜ってしまった。


 いや、構わない。潜った位置から全力の『無突』を叩き込むだけだ。あの速度なら、効果範囲外に逃げ切る前に地中でバラバラに出来る。直接当ててミンチに出来ないのは不安だが、逃げられるよりかはマシだ。


 アンジェラは内在魔力をありったけ込めて、石畳が砕けるほど強く跳ぶ。またあの骨の攻撃が来るかも知れないが、たとえ空中でも次は躱せる。


 そしてゾンビが潜った場所に拳を叩きつけた。


 どすん、と重い音と共に地中全域に広がるように『無突』の衝撃波が伝わっていく。


 これなら、確実に高威力のものが当たったはずだが……。


 (アキレア、どう!?)


 《――――。駄目だ。魂が抜けた反応はないかな。……倒したら、ホスタが解放されるはずだけど……その反応もやっぱりない。逃げられたんだと思う》


 (防いだのか!? なら、もう一回――!)


 《もう駄目だ! 次、今みたいな高威力広範囲なんてやったら魔力が枯渇する! 相手がそれを狙ってたらどうするんだよ!》


 (~~~! なら範囲を絞って――)


 《感知も出来ない相手なんだぞ! さっきまではミッシェルが捕まってたからかろうじて位置が分かっていただけなんだ!》


 「だから逃がせってか! ミッシェルがやれたってのに! あぁ――くそっ、くそが! あああ! この卑怯者! 戻って来いクソがあぁあああああああ!」


 アンジェラが叫び、石畳の地面を思い切り何度も叩く。鈍い音がして石畳が割れるが……ただそれだけだ。


 そんな多少無防備になったアンジェラに……やはり何も来なかった。あのゾンビはただひたすら逃げているのだろう。そんな惨めで無様な相手に負けたことが、アンジェラの心を何よりも乱れさせた。


 彼女の慟哭は空しく町に響く。

 




 

 《……ゾンビを取り逃がしたようです》


 「分かっています」


 アンジェラのあの怒声を聞けば、詳細を聞かなくたって分かる。


 ローラはしばらく地面に手を当てたまま俯いていた。けれどそんな彼女の身体を暴風が通り過ぎていったことで絶望の余韻に浸ることすらできなかった。


 『ミッシェル』から攻撃を受けていた。でも、全て『透過』によって躱していたのだ。


 この『透過』のスキルはこの世のあらゆる物体、現象を通り抜けさせることが出来る。ただし弱点として、魔法系の攻撃を受けると容易くレジストされ、逆に窮地に陥りかねない。


 だが、ローラは魔力の透明性故に魔法を含めた全てを『透過』することが出来るのだ。唯一、攻撃を当てるためには空間ごとすり潰したりねじ切ったりすることだけ。


 さらに空間系の魔法は光魔法と同じくらい難しい部類で、それ故にローラに攻撃を当てられる人間は限られてくる。


 ……ミッシェルは空間魔法のスキルは持っていないが使えたはず。少なくとも、それでなければローラにダメージを与えるのはまず無理だと分かっているはずだ。


 ――それがないということは、あれの中身が本物ではない可能性がある。


 もしくは皮膚感覚がないせいで魔力を上手く操れないかだ。実際、風の魔法もいつもより全然鮮麗されていない。彼女の魔法はもっと綺麗だったはずだ。


 ローラは視線を前に移す。


 十数メートル先に、杖を構えたミッシェルがいた。だけれどその姿は異様だった。衣類は下着と靴下、靴以外、剥がされてほとんど裸だった。そんな姿で杖を持っているのがあまりにもおかしく……不気味な光景だった。何よりも全身に走る黒い血管が不気味さに拍車をかけていた。


 ……服を脱がされていたのは驚いたが、すぐになんのためか予想出来た。性的な行為をされた以外に考えられるのは『成り代わり』。あのゾンビは肉片で人を作ることが出来る。魂や生体の感知が出来ないものには見破ることはまず無理だ。


 だからそれを予想して、すでに妖精を通じてルズウェルやカスレフにそのことを伝えていた。あとは上手く対処してくれることを願うばかりだ。


 こちらはミッシェルの対処をしっかりやらなければ。


 ローラは立ち上がり、ミッシェルと向き合う。


 「……行きますよ。すぐ楽にしてあげます」


 「やめ、て……ローラ、やだ……殺さないで……やだ……」


 ミッシェルが泣きそうな顔で、声を震わせて言う。その弱々しい言葉とは裏腹に、荒々しい風の魔法が周囲を薙ぎ払っている。ローラ以外ではそう簡単に近づくこともできないだろう。


 「助けてよ……治して……貴方なら、できる、でしょ……ロミーだって、助けようとしたのに……なんで私は、殺そうとするの……?」


 攻撃は受けないが、胸がずきんと痛む。惑ってはいけないのに、歩みが遅くなってしまう。


 そんなローラにミムラスが声をかける。


 《……ローラ、大丈夫。カランコエから伝わってきました。あの言葉はミッシェルの意思ではありません》


 (……ありがとうございます。……たとえ、嘘でも)


 《嘘じゃありませんよ。それに私ではなく彼女を信じてあげてください。……あの子の意志も覚悟もあれほど弱くはなかったはずです》


 (……はい)


 ローラは息を深く吐き出す。


 ミッシェルがぽろぽろと涙を零す。


 「ねえ、ローラ……世界が、変なの……全部、古びて腐って、貴方の、肉が腐って見えて……臭いも、音も全部全部……おかしいの……こんな世界のまま、やだ……貴方じゃなきゃ、治せない……あいつにおかしく、されたの……見えるすべてが、怖い……お願い……助けて……」


 ローラが顔を強張らせて、心の中で呟く。


 (ミムラス)


 《…………。事実です。精神を汚染されたためでしょう。認識感覚の全てを狂わされたようです》


 (なら……)


 《ここでの治療は無理です。分かるでしょう。まずミッシェルの無力化、そしてそれを維持したまま治療を行わなければなりません。……心を壊されるよりは救いがあるのが幸いです》


 (……『復活魔法』での持ち越しは?)


 《精神に刻み込まれたものなら、持ち越される可能性は高いです。……なんとも言えないのが現状ですが。……少なくとも今、ここで救えないのは確かです》


 (…………)


 ローラはもう一度、深く息を吐き出す。何もかも間違えた。捕まった瞬間、ミッシェルごと殺せばこんなことにはならなかった。ミッシェルにあんな苦行を背負わせずに済んだはずだ。


 ……なら、もうやめにしよう。一秒でも長くあんな状態にはしておけない。


 ローラはしっかりとした足取りでミッシェルに向かっていく。ミッシェルが放つあらゆる魔法はローラには一切効かない。空間魔法を構築しようともしていたが、やはり上手く扱えないようだった。


 目前まで辿り着くと、ミッシェルが泣きそうな顔をしていた。


 「やめて……ローラ、やだ……やだよ……」


 「……一瞬で済みます」


 ミッシェルが杖を無茶苦茶に振り回してくるが、ローラに当たることはない。


 ローラはミッシェルの頭部に手を突っ込んだ。そして、思い切り力を込めて引っこ抜く。するとミッシェルが、ビクンと身を強張らせたかと思うと、バタリと仰向け倒れ込んだ。


 倒れた彼女の鼻から、つー、と大量の血液が溢れ出てくる。


 ――即死だろう。脳幹を引き千切ったのだから。手の中に残るぬちゃりとした感触に、どうしようもない吐き気が巻き起こる。


 《……『復活魔法』の発動を確認。魂は異空間を通って、複製体へと送られました》


 「……そう、ですか…………う、ぇ」


 そこでローラはたまらず四つん這いになると、吐いてしまった。胃がキリキリと痛む。


 目の前にミッシェルの死体がある。――あぁ、殺した。殺してしまった。


 生き返ると分かっていても、仲間の命に手をかけてしまった。そのことが彼女の心を苛む。


 ローラは口を拭わず、目を片腕で覆う。


 「……ミムラス、私は……私はどうすれば良かったんですか? どうすれば、こんなことにならなかったんですか?」


 《気に負うのはやめなさい。どうにもならなかったはずです。……少なくともあのゾンビの奇襲を察知することはまず無理でした》


 ミッシェルを引きずり込む瞬間まで、一切その存在を感知することが出来なかった。それに進化していたことでそれまで想定していた対策が一気に無駄になったのだ。恐らく、進化さえしていなければ、あのまま引きずり出して真正面からの戦闘が出来ていたはず。そうすれば多少の被害が出ても勝てていたはずだった。


 でも、そうならなかった。


 こちらはほとんど何も出来ず、とことん被害を出している。これが現実だ。


 アンジェラがこちらに歩み寄ってくる。そっとローラの背に手を当てた。


 「ごめん、ローラ、あたし……」


 「……良いんです。今は、一度、教会に行きましょう。……そこで態勢を立て直します。アルディス司祭がいれば、指示も出していただけるはず……」


 そう言って、ローラはフラフラと立ち上がる。だが思い出したかのようにミッシェルに手を伸ばし、抱え上げようとする。


 「……連れて、行かないと……死体を残していたら、ゾンビにも誰かにも何かされかねません。……それだけは……駄目です」


 けれど死体は重く、非力で足元も覚束ないほど疲弊したローラは倒れそうになる。とっさにアンジェラが支え、首を横に振った。


 「ミッシェルはあたしが運ぶから! だからローラは周りを警戒してて!」


 「……。…………分かり、ました」


 情けなくって泣きそうになった。けれどここでただの少女のように泣き喚いたところでどうにもならないことぐらい分かりきっていたため、彼女は歩み始める。


 けれどその足取りは泥沼にはまりこんでしまったかのように、重いモノだった。

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沙耶の唄じゃないですかやだー。 未プレイだけど。
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