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転生したら、アンデッド!  作者: 三ノ神龍司
第二幕 偽りの王子と国を飲み込む者達
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第二十一章 パラサイト・ハウス②

 「いやぁあああああああああああああああああああああああああああ!!」


 「――!」


 そのミッシェルの叫び声が聞こえたのは二人が、ワームを全て排除し終えた時だった。


 二人はダメージこそ見当たらないが、ローブは若干破け、血が滲んでおり、魔力も底を尽きそうだった。


 休みたい、そう思うがミッシェルのあの叫びを聞いては、ゆっくりなんて出来なかった。


 幸いなのは、この広間にいるワームを宿していた男達以外は、特に襲いかかって来なかったことだろう。


 ローラとアンジェラは棒立ちする男達の横を、なるべく床で散らばる『寄生虫』に触れないように通り過ぎる。――ちなみに入り口付近では、最初に気絶させた男がワームを口から生やして立ち塞がっていた。けれどこちらには向かってこない。


 「……寄生虫に感染、もしくは付着した人間を狙うようですね。恐らく感染者を外に出さない予防なんでしょう。玄関前にいる人も含めて」


 「自分でかけといて?」


 「……一応、警告はしていたので、退かなかった人間に対してのみでしょう。彼らも一応、この国を取り戻そうとしているんですから壊滅させる要因はなくしたいはずです」


 「……なるほどね」


 広間の男達が警告し、それを無視した人間に実力行使をする。そしてその最中に強く抵抗したら部屋の外にいた男が寄生虫を吐きかけて感染させて、他の人間が連行してその先で何かをするのだろう。


 殺しはしないはず。ローラ達は聖教会関係者だったためほとんど問答無用で襲われた。だが、本来は恐らく一般人が入り込んだ時の対処が主なはず。なるべく被害は最小限に抑えたいと思うだろう(この屋敷を壊滅させたことには目をつぶる)。


 階段横にあったミッシェルの杖を発見して、それを拾って階段を駆け上る。叫び声はこの時点で途切れており、正確な居場所が分からない。妖精の『魂感知』も範囲外でミッシェルの妖精、カランコエも錯乱が酷いせいで繋いだところで被害が連鎖してしまう可能性があった。そのため、ローラは『生体感知』を行い、ソナーのような魔力を散布して大雑把ながら、生命体の位置を確かめる。


 感知した結果、一部屋には必ず一体以上いる模様。その中でもっとたくさん、それも一人を囲むような形になっている場所を特定し、即座に向かう。


 とある扉を開けて中に入ると、不気味な肉塊がある共同寝室へと辿り着く。ミッシェルは――いた。男達に囲まれていたが、乱暴されている様子はなく、解放されて起き上がっていた。


 ローラは駆け寄りたい気持ちを抑えて、呼びかける。一度でもはぐれた以上、安易に近づいてはいけないのだ。

 

 「ミッシェル!」


 「ろ、ろ、ロ、ローラ……あ、アン、アンジェ、ラ……」


 ミッシェルが全身に力を込めているのが分かる。ガクガクと震え、何かに必死に抵抗しているように見えた。血管が浮き上がり、歯を食いしばって女の子がしちゃいけない顔をしてしまっている。


 「か、かかか、身体、うご、動かな、い――ワー、ム、ワームが……わた、私、中――」


 「ああ、分かった! くそ、分かったよ! 喋らなくて良い!」


 それだけで十分分かってしまった。正直、アンジェラは痛々しくて見てられなかった。


 ミッシェルは体内にワームを入れられてしまったのだろう。幸いにして攻撃指令はされていないのか、こちらを無視してゆっくりとベッドの方へと向かって行っている。


 ローラはジッとミッシェルを見つめていて、安堵の吐息をつく。


 「……良かった、『侵蝕』は受けていませんね。……でもそうするとあのワームは『侵蝕』を受けた相手のみを操るわけではないようですね。身体から離れたワームには魂がありませんでしたが、操る能力を独自に持っているとは……。あの肉塊は……巣? 肉塊一つにつき、ワームが三体程度、入れられていますね。肉体内でないと生存が困難、と言ったところでしょうか? ……複雑な部位にも関わらず、量産している……。ゾンビには肉体を複製するスキルがいくつかある……? あのワームは、種族としては独立はしていないはず……いや、でももし放置していたら、今後自己複製する危険も……。だとすると今ここで駆除しないといけない? いやでも、スキルに頼らず脳を動かすのに補助的効果があるなら、それを研究すれば回復術に頼らない高度な医療分野も開拓できるはず……。ああ、そう考えるとあのワームそのものには医療価値があります……! それに今後、魂を得れば、スキル取得も出来ますね。そのスキルを魔道具に転写出来れば、それだけで身体を動かせない患者に有用……。そうだ、ゾンビとの魂の繋がりがないなら、捕獲出来れば完全に繋がりを絶つことも可能では? ならここで駆除するのは悪手…………せ、せめて、い、一匹、いえ、二匹くらいは……」


 「あのグロいのの推察はいいから、ミッシェルをどうする!?」


 危険がないと分かっているからか、ローラは比較的冷静になっていた。病院や実験施設に関わるためか、あの気色悪い肉塊も耐性があるようだ。けれどアンジェラはそういうものには慣れていない。あとミッシェルのあんな姿は見たくなくて、やや焦ったように声をかける。


 「あっ、す、すみません。えっと、ワームが体外に出るのは攻撃態勢のみだと思うので、たぶん今は何をやっても外に出てこないと思います。……なので荒療治ですが、胃の辺りをぶち抜きましょう。安心してください、すぐ回復させるので問題ないです」


 「……ぶち抜くって……いや、それやるのあたしだよね? 他にないの?」


 若干、引いてしまったアンジェラにローラは真面目な顔をして首を横に振る。


 「私なら身体を傷つけずに透過して腕を突っ込めますが、力不足で引っ張り出せないでしょう。……安全な方法を探るために実験するのは本末転倒ですし」


 「……まあ、それはそうだけど…………うぅ……うぐぐぐ、あー、もう、分かった、やるよ、やる! くっそ、ここマジで最悪!」


 「あっ、アンジェラ、もし出来れば、取り出したワームは殺さないでいただけると……」


 「うっさい! 嫌に決まってんだろ! 結局、それあたしが持ち続ける羽目になるし!」


 アンジェラはちょっと泣きそうになりながら、怒鳴る。そしてベッドにふらふらと向かっていくミッシェルの背を追いかけるのであった。


 ……このことはミッシェル、アンジェラ共にトラウマとも言える思い出となる。

 




 

 なんとかミッシェルからワームを摘出することが出来た。


 ただアンジェラとミッシェルは憔悴しきっている。


 ……傷も問題なく癒やせたが……何分、精神的な面でダメージが大きすぎたらしい。


 ミッシェルが口から溢れた血を拭いもせず、ベッドに座って顔を手で覆っていた。胸元もどす黒い血が滲む衣服が痛々しい。


 アンジェラはミッシェルほど酷くはないが、どことなくげっそりとしている。片腕の肘近くまで血に塗れた籠手を念入りにそこら辺にあったシーツで拭っていた。


 生憎とローラは精神を癒やす回復術は持ち合わせてはいなかった。癒やしではないが一応、精神を今の状態から変えることは出来る。だが、一時的なものだし、反動が大きく場合によってはさらに酷くなる危険があるのだ。


 ローラは二人が落ち着くまで、潰されてしまった哀れなワームや肉塊、今は大人しい人間達を観察していた。


 ……実はミッシェルからワームを引っ張りだした後、彼らはすぐさま襲いかかってきた。けれどその間、アンジェラに押し止めてもらい、ミッシェルの寄生虫を除去したところ大人しくなったのだ。


 どうやら寄生虫の有無によって切り替えが為されているらしい。それ以外は大人しく、無害だ。階下の広間にいる人間のように明確な意思は与えられていないようだった。


 (……『侵蝕』の力はとても強いものです。脳まで侵されたら、簡単に支配を解くことはできないでしょう。それは使用者である『彼』も理解しているはず。ならば、『侵蝕』した人間全員に意思を与えるのが得策のはず。その方がより確実な『管理』が出来るのではないでしょうか)


 でも、彼はそうしなかった。何か意図があるのか、それとも『苦しめない』ためか。『侵蝕』された彼らは苦しそうだった。だからあえて意思を与えないようにしていたのか。――いや、そこで思考を止めてはいけない。他にも疑問に思うことがあるのだ。


 (ミムラス、貴方はどう思いますか?)


 内に宿る妖精に声をかけると、彼女はやや不機嫌そうに返してくる。


 《魔女の仲間に『良い意見』はしたくないのですが。……ただ、一般的な意見としては効率を求めるなら意思を与えるのは普通でしょうね》


 (それをしていないということは、多少は人間的なんでしょう。恐らく彼にも優しさがある、と言えるかもしれませんね。ですが今は感情的なものは置いておきます。……『生体感知』をして屋敷には相当数の人がいるのは分かっています。恐らく全員が支配されたとみていいでしょう。ですが、私達を襲ったのはごく一部。……何故、全員を使わなかったと思います?)


 たぶん全員――五十人以上――で襲われたら、こちらも危なかったはず。けど実際に攻撃を仕掛けて来たのは、十数人程度だ。


 《単純に考えるなら、操るにも上限があるか……今後使うために勝手に動かれると困るからでしょうか》


 (……そうなりますよね)


 意思を与えると完全支配よりも柔軟に動いてくれるが、扱いにくくもなる。下手をすると管理の行き届いていない者が予期せぬ勝手な行動をするかもしれない。


 でも、動かさなければ、その心配はなくなる。それはつまり『今後』のために人材を確保しているということ。


 そもそも『巣』を作っている以上、何かをするための拠点であるのだ。今後特定の時期に駒として使うなら極力動かないようにした方が良い。


 ――では、その『何か』とは何か。


 (……元のアンサム王子は広場の将軍の方と仲が良かったとか。彼を助けるためにゾンビの力を使う? 今から……いえ、それならここに人員を残すことはないはず……もっと別のことに……将軍のためではなく呪いを解くため――城への襲撃……違う……明日の処刑時――ミムラス、呪いをかけた『彼』は明日処刑に参列するんでしたでしょうか?)


 《どうでしょう。ただその同時刻に『魔族』の襲撃で被害を遭わないためにあえて城から遠ざかると思いますけど》


 (そうならば、彼をその時襲うのが最善――? いえ、そもそも前提があまりにも賭け事過ぎます。来るかも分からないことにこんな大がかりなことをするでしょうか? 大体呪いをかけた人間が誰かなんて向こうは分かってはいないでしょうし、失敗は警戒を強めることになります。……将軍を助けるのなら、今夜やれば良いことですし)


 ここに待機させている人間がいる以上、今夜ではなく明日何かやるのは確実だろう。


 呪いをかけた人間を捕らえるなら、城へ突破をかけるより、遙かにマシだ。だがチンピラ風情を操ったところでどうにかなるだろうか。


 たとえ奇襲をかけたところで、捕まえられるほど相手も柔ではない。


 明日の処刑に焦点を合わせているのはなんとなく分かった。だけど、そこで行われる『目的』が分からない。将軍の救出か、呪いをかけた者を捕らえるためか。でもそのどちらも、その時行うには、適していないと言わざるを得ない。


 ……いっそのこと、民衆に紛れたゾンビの彼が一人でやった方が助けられるのでは、と思ってしまう。


 (……何がするか分からないのなら、『侵蝕』された人の『排除』をするのが、もっとも良い選択なんでしょうか)


 《……最善なら、そうでしょうね。……ですが、私達の本音を言えば貴方達には魔女以外では、仕方ないからと殺人はやって欲しくはないですよ》


 (彼らが助からないとしても?)


 《なら貴方の力でも助けられない人間がいたら、今後殺して楽にしてあげますか? 大義のために誰かのために、大勢の無垢な人を殺すことを良しとしますか? それが正しいと大義を掲げて?》


 (――っ)


 ミムラスが苦しそうに言ったため、ローラは言葉に詰まる。


 《それだけはやめてください。……それに話したと思いますが、()()()()()()()()』、()()()()()()()のは、千年前、『それ』を受け入れられなかったから。……魔女の寵愛を受けるために虐殺を行った『イカレたあの女』に心底嫌悪してしまったから。……だから全てを裏切ったのです。今なお、私達は魔女や女神、『邪神』――いえ……何も悪くない『世界を救おうとする者』を裏切り続けているのです》


 (…………)


 貴方達は悪くない、とはローラは言えなかった。真実を知っているが、必ずしも妖精達が正義だとは思えなかったのだ。妖精達の『それ』は優しい選択ではあったけれど、とても危うく、全てを破滅に導く可能性すらあった。


 リディアと対面して吐きかけられた彼女の怨嗟の言葉は何ら的外れでもない。むしろ真を捉えていたのだ。


 《無論、貴方達が死ぬことを良しとはしません。もしもの時は、殺害はやむを得ないでしょう。ですが、目的のためだけに、誰かのために、そんな理由で殺しなんてしないでください。……せめて貴方達だけは私達すら陥っている矛盾にはまらなくて良いんです》


 (……分かりました)


 そう答えることしか出来なかった。……今の妖精達に何を言えばいいのだろうか。


 絶対的な正しさというものはこの妖精達の『真実』を知っているといかに空しいものか分かってしまう。その選択を取るために、当初の目的と矛盾することを行い始めても止まれない。汚さを嫌ったのに、気付けばその汚さに身を浸している。


 それを知って、空しい以外の言葉がなかった。


 ……でも、だからこそ、この妖精達には報われて欲しいと思ったのだ。


 (……当初の予定通り、安易な道は辿らないようにしましょう。……なんとか彼らの目的が分かれば良いのですが……)


 ただの考え過ぎで、単なるゴリ押しをしてくる可能性も十分ある。けれど、何か分からないが違和感があるのだ。


 慈悲深い魔女らしくもない作戦。


 優しいとされるアンサム王子らしくない作戦。


 隠密が得意な人狼らしくない作戦。


 ……『巣』を作る時点で彼らが行うには派手で残酷過ぎる。怒りすらある気がする。それを感じ取れるからこそ、結末が残酷なものに至る気がするのだ。


 ――ローラはそれを分かっていたが……残念ながら全容を解読するには時間が足りなかった。だからこそ、彼女らにとって最悪の作戦が止められることなく進められていく。


 しかし、ある意味ではその中で彼女らは最善を取ることに成功していた。


 それを知るのは、まだ後のことだ。

 





 

 アンジェラとミッシェルの精神力が少し回復し、なんとか行動出来るようになった。ミッシェルはもう奥には進みたくはないようだったが、例の窓の部屋を確認せずに出るわけにはいかない。


 かと言って、精神が揺らいでいる今のミッシェルに最後尾は任せるのは酷だろう。ということで、アンジェラを先頭に、真ん中がミッシェル、最後尾がローラとなった。ローラも一応、障壁は張れるし、最悪即死でなければ肉壁として役に立てる。


 三人は慎重に進み、窓の部屋に通じる廊下までやってきた。その廊下の扉を開けて――アンジェラは思わず閉じかけてしまった。


 通路の左右に座り込んで動かない人間が多数いたのだ。肉塊化などはされていなかったが、皆一様に黒い血管を全身に走らせている。生きてはいるようだが、一切反応を示さないのが不気味過ぎた。


 通路の一番奥にある左側の部屋が、声が聞こえてきた場所だ。そこまで進まなければならない。


 ミッシェルがローラのローブをギュッと握る。ローラは彼女を落ち着かせるように手を重ねる。


 「今は動きませんが、何か動く要因があるかもしれません。注意しながら進みましょう」


 そのローラの言葉に、二人は静かに頷く。


 廊下を進む度に、軋む床の音がとても大きく聞こえる。座り込む人間の荒い息づかいが聞こえてきた。力では勝っているはずなのに、どうしても怖く思える。


 幸いにして、何も起こらず、部屋の前までやってくることが出来た。アンジェラに扉を任せ、ローラは通ってきた廊下を見張る。相変わらず座り込んだ人間達は動かない。


 ――ふと思う。実はこの先の部屋に入ることは罠で、開けた瞬間に彼らが一斉に襲ってくるのではないかと。


 ミッシェルも同じ考えなのか、漏らす息が速くなり、杖を強く握りしめていた。


 アンジェラが扉をノックして声をかける。


 「……誰か、いる?」


 比較的小さな声だった。彼女も廊下の人間達を刺激して動き出すのを恐れていたのだろう。


 すると、声をかけた直後、ドタドタと音がして、三人とも思わず扉が離れる。そして、連続で叩く音と、女性の叫ぶような声にギョッとしてしまう。


 「誰か、誰かいるの!? 開けて! 助けて!」


 「待って! 静かに! お願いだから! 落ち着いて、お願い、ほんとマジで!」


 アンジェラが慌てて声をかけ、通路に目線を何度も向ける。――ゆっくりと男達の顔が上がっていく。ミッシェルが息を呑む。ゆっくりと、ゆっくりと顔が横を向いてくる。


 トリガーは声? 少なくともこのままでは不味い。


 「娘もいるの! あと、うちの組員が……なんか変な状態で……ジョンソンはどこかにいる!? 夫なの! ここのボスよ!」


 「知るか! あと黙って! ていうか、そっちから開けられないの! 鍵、そっちだろ!」


 「隅に肉みたいな変なのがこびりついて開かないの! 変な化け物がこびりつけていって……」


 男達全員がこちらを向いてくる。そして、ゆっくりと立ち上がっている。――よく見ると全員、手が変だ。黒い血管以外にも白い糸のようなものがびっしりと巻き付いていた。どことなく肌が腫れているような――?


 彼らが手を前に出しながら、近づいてくる。ワームはいないが、狭い通路で十人程度の相手は辛い。最悪押し倒される危険がある。


 ミッシェルが反対側の扉を開けようとしていた。だが、鍵がかかっているようだ。もしかしたらこちらにも肉片がこびりついている可能性もある。どっちにしろそう簡単に開けられないだろう。


 「いっ――」


 ふとミッシェルがそう呟く。


 「い――? う――ぐぎぃ――!?」


 そして何か苦しむような声が続き、ローラは振り向く。ミッシェルが右手を押さえて身体を丸めかけている。何が――視線を手の平に――ミミズ腫れが出来ている。状態異常。それがなんなのかスキルで確かめる前に、……原因の特定だ。――反対側の扉、そのノブを見やった。何か、白い糸のようなものが巻き付いている。男達の手に巻き付いているものと同じだ。


 ミッシェルの異常はあの糸で間違いはない。次は最適な行動を起こさなければ。


 「アンジェラ! 扉を程よく破ってください! 中に入って立てこもります! あと、白い糸のようなモノに気をつけて! そっちのドアノブにも……ついていますね! 肌に直接つけないように!」


 よく見たら、アンジェラ側の扉のノブにも白い糸が巻き付いている。籠手があったから、大丈夫だったのか。


 「糸? ああ、これね、分かった! 扉の向こうのあんた! 離れとけ、危ないぞ!」


 そう言って、アンジェラは扉を壊さないように、かつ肉片を千切るように衝撃を与え始めた。その間にローラは通路に障壁を張って、男達が来れないようにする。そしてミッシェルに声をかける。


 「ミッシェル! 何があったか教えてください!」


 「手、の平、痛いの……すごく……ドアノブ、触った時、何か刺さったように感じて……それから熱くなるような感じで、すごく、痛い……」


 「……なるほど、触手系で……ロミーさんの視覚情報でゾンビが似たような触手を背中から……刺胞がある触手ですね、たぶん」


 触手を持つ生物には、刺胞という極小の針が収められた特殊な細胞を持ったものがいる。様々な種類があるものの、その特徴として触れた瞬間に極小の針が細胞から飛び出し、標的へと突き刺さる、もしくは巻き付き、毒を注入してくるのだ。


 ただ触れただけ、それだけで毒に侵されてしまうのだ。さらに刺胞細胞は本体が死のうとも、離れようとも毒が消えないことが厄介な点だろうか。


 ――恐らく魔法によって作られたものではなく、自前のものだろう。だから魔力を阻害する基本的な解毒は通用しない。内在魔力でもかき消せないだろう。……一応毒の成分を見極めて調整して中和すればいけるが、毒の種類をこんな状況で特定するなんてことはまず出来ない。


 ローラは最上位スキル『生命ノ原典』という生物のあらゆる怪我、はたまた欠損をも一瞬で治す力を持っている。だが毒などの状態異常の治療は専門外なのだ。一応、特殊効果で完全なる癒やしを与えることが出来るが、それを使ったら魔力が枯渇してしまう。


 (落ち着いた場所で毒の種類を特定して、解毒で治療すればいいんですが、今は時間がありません)


 障壁は破られるほどの力が相手にないのが救いだ。それでも魔力は着実に削られていく。


 ――そうしていると後ろでアンジェラが扉を破る。ブチブチと肉が千切れる音が鳴り、扉が部屋側に開け放たれる。とっさに跳び込もうとするが、扉と戸口の縁に弛んだ白い糸がちょうど彼女らの顔の位置とやや高めに何本かくっついていた。扉が開いたことでそれがピンと張られたのだ。


 いやらしいことに大体、目がある高さに張られている。


 急いでいる時なら、その程度突き進んだかもしれない。だが、事前にローラが注意を促していたため、アンジェラは籠手で払い落とす。


 「糸って、これ!?」


 「それです! 先に入ってください! 次ミッシェル!」


 そう言って、アンジェラが跳び込んだのを確認してから無理矢理、ミッシェルを押し込んだ。最後にローラは障壁を消すと、跳び込んで扉を閉める。鍵をかけて――ついでに扉の隅にあった肉片を『治療』して元に戻しておく。こうすれば、そう簡単に破られることはないだろう。


 扉の向こうでは、何度も叩く音が聞こえる。――しばらくすると音が止み、男達が戻っていく気配がした。


 ローラは扉に身を寄せて、吐息をつく。


 人生で二番目に疲れたかもしれない。肉体的にも精神的にも。ちなみに一番は魔女と戦った時だ。思えば、ずいぶんと濃い一日だな、と思わず苦笑しそうになってしまう。


 ただ、ずっとこうはしていられない。ミッシェルの毒のこともそうだが、この部屋の主について見極めねばならないのだから。


 振り返ると、すでにアンジェラが部屋の先人達を牽制していた。


 「誰もその場から動かないでくれると助かるかな」


 「あ、あんた達、そのローブ、聖教会の人間? ねえ、ジョンソンは、ジョンソンはどうなったの? グーダンと一緒にいたあの化け物は――」


 「分かんないよ。あたしらもここに来たばっかでここに誰かいるかもって情報だけを頼りにしてたんだから。――ローラ、どう?」


 「……少なくとも寄生虫に感染してはいませんね。三人とも」


 部屋の中には、三人の人間がいた。二人は親子であろう、女性と少女だ。そしてもう一人が黒い血管に覆われた男が一人。肉で蓋をされた窓を背にして、ジッとこちらを見据えてきている。


 アンジェラが、男に向かって顎を指す。


 「そいつは?」


 「幹部のリュダよ。なんか全然言うこと聞いてくれないし、明日の昼までジッとしてろって。無理に出ようとしたら、止めてくるの。なんだか身体も変になってるし……」


 女性が娘を抱きかかえながら、リュダと呼ばれた男を気味の悪そうに見やる。


 そんな彼に、アンジェラは思い切って問いかけた。


 「それで? お前は喋れるの?」


 「……あぁ。ボスの奥方を……外に出すなと。お前ら、感染は……して、ないな。なら、奥方を連れてっても問題、ない」


 「何、そんなに連れてって欲しいの?」


 何か罠の臭いがするから、そんな風に言ってみたが、男は首を横に振る。


 「別に。むしろここに、いた方が、……良い、と思っている。明日の昼までは……ここの方が……安全、……らしい。何故か、は、詳しくは知らん……がな」


 「…………」


 なんとも対応に困る。思わずローラに視線を送ってしまう。彼女は息を吐き出す。


 「……連れ出す前に検査しましょう。ここは安全みたいですからね。怪しいところを調べたり、失った体力や精神力を回復させましょう。……でないと耐えられません」


 少し落ち着くべきだ。もし勢いだけで屋敷から飛び出して、何か問題が発生したら、たぶん気が狂ってしまう。冗談抜きの本気で。それほどまでに消耗しているのだ。


 まず今は、ゆっくりと落ち着いて着実に進めていこう。


 強制的な恐怖もビックリももうこりごりだ。

 とある悍ましい実験結果


 『侵蝕』された人間達の動作について。

 『侵蝕』した場合、一部分――腕などだけなら俺が逐一操作しなければならない。そうしなければ、本人では動かすことが出来ないようだ。

 脳を『侵蝕』した場合、知能を奪うか奪わないか決められる。知能を奪った場合は、逐一操作するか動作の設定を行うとその通りに動くようだ。面白いことに多少、ワームや寄生虫との繋がりが出来るようで、それを元に動作のプログラムを行うと、条件が満たされた時に動いてくれた。

 知能を奪わない場合は、命令を一度与えると自由かつ柔軟に対応してくれるようになる。だけど、俺への反抗心も残っているようで命令の穴を突こうとする場面があった。操る際にかかる負荷はこちらの方が断然に低いが、反撃を食らう可能性を考えたら、使いどころは考えた方がいいかもしれない。

 そういえば一つ面白いことが出来た。形的には知能を奪うのだが、その時に言葉を吐くように命令すると命乞いをさせながら、戦うというチグハグなことを行わせられる。これを使えば、相手と近しい奴ほど攻撃を躊躇うだろう。

 ……えげつないが、使えるものは何でも使おう。俺が戦う相手はいつだって俺より強いのだから。

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[一言] エゲツないな主人公
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