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転生したら、アンデッド!  作者: 三ノ神龍司
第二幕 偽りの王子と国を飲み込む者達
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第二十章 パラサイト・ハウス①

 三人の聖人は二人の衛兵主導の下、裏町を進んでいた。さすがに夜の、それも土地勘がない不慣れで治安が若干悪い場所を少女三人で歩くのは問題があったのだ。別に絡まれても、相手が不憫な目に遭うだけだが無駄に時間を食うことになる。


 実際、道ばたで寝ている者や路地からは視線を感じたのだ。もし衛兵を連れていなければ絡まれるのは必至だっただろう。


 そうして目当てのマフィアが根城にしている屋敷というか……少々大きめの宿屋のような場所に辿り着く。


 見上げてみると夜中なのもあるのだろうが、どうにも不気味に見える。


 ミッシェルは小さく身を震わせる。正直、こういうシチュエーションは苦手だった。今でこそアンデッドを倒せる力を持っているものの昔は無力であったため幽霊が怖かったのだ。


 実を言うと今も怖い。他の二人がいるから耐えられているが、逃げ出した気持ちが強かった。


 《私もついているわ》


 (ありがと)


 妖精に不安を察せられ、ミッシェルは思わず笑ってしまいそうになる。……大丈夫だ。周りにも内にも味方がいるのだ。恐がる必要なんてない。


 アンジェラがドアノッカーを鳴らしているが、反応はない。音を立てるのは得策ではないが、相手は感知能力にも優れているという。魂もそれなりに遠くから見えるらしく、一応、妖精達に対策はしてもらっているが屋敷にいるならまず見つかっていると思って良いだろう。


 ロミー並の隠密能力があれば、隠し通せるが生憎とそっち方面の特化能力はあまり意味がないため三人とも有していない。


 ローラが魔法を使って鍵を開けようとしている。透過性の高い魔力故にそのようなことが得意なのだ。本人としてはかなり不本意なようだが。


 ミッシェルはローラが詠唱を行っている間、周囲に目を配らせる。


 暗がりを『暗視』で眺めていると、屋敷の脇に路地があり、そこに酔っ払いらしき男が立っているのを見つける。ふらふらと上半身を揺らしつつ、屋敷の二階に視線を向けていた。


 怪しい。


 ミッシェルは他の皆に声をかけると、一度作業を止めて全員で気配を殺しつつその男に近づいて行く。


 十分に近づき、衛兵が声をかける。


 「そこで何をしている」


 「はえ? ……あーどうしたんですかい?」


 「それはこちらが訊いている」


 衛兵の有無を言わさぬ言葉に酔っ払いがムッとするが、面倒事は避けたいのかふるふると顔を振った。


 「なんでもありゃあしませんよ。ここで寝てたんですがね、なんか、そこの二階で女の子の泣き声がさっきまで聞こえてたんすわ。うるさくってね。まあ、今はなんともなくて。あとここの奥方か連れ込んだ女が騒いだのか、同じく騒いでましてね」


 「……なんと言っていたか分かるか?」


 「半分寝てたんだわかりゃあしませんよ。うるさくて、頑張ってそれでも寝ようとしてたんですがね、いやあ、一度起きたら、気持ち悪くなって横なってられやしませんでしたわ」


 ゆっくりとした口調で、かつ支離滅裂なため男がまだ酔っているのが分かる。実際、かなり酒臭い。


 「まあ、で、暇だったんで見てたんですわ。まあ、何もないから少ししてから寝たいと思ってましてね。でも眠れませんで」


 「そうか。……他に変わったことは?」


 「さあ? 声が聞こえなくなった後、まあ何人か出てったような? 足音聞こえた気がしたんですがね、よく分かりませんわ」


 「……分かった。協力感謝する。あと、寝るなら帰った方が良い。風邪引くぞ」


 「そうですなあ。では」


 酔っ払いがふらふらとしながら、歩き去っていってしまった。


 幸い酔っ払いの魂には何か縛られた様子はなかった。ローラも一応、会話の最中に遠くから出来る限り酔っ払いの身体を調べていたらしいが、寄生されていることもなかったらしい。


 あれはシロということで良いだろう。


 ローラが衛兵に顔を向ける。


 「ここの屋敷の人達はどのくらいいて、どんな方が……たとえば女性や少女がいるかは分かりますか?」


 「いや、そこまでは……。ただ、ここを取り仕切っている勢力なんで、それなりに数は多いかと。……えーっと確か、頭首に妻と娘がいたような……?」


 衛兵は確信は得てはいないようだ。もう一人も詳しくはしらないようだった。


 アンジェラが屋敷を見上げる。二階の窓までは四メートルほどはある。普通の人間では壁に突起もほとんどないため登ることは難しいだろう。けど、アンジェラは自分ならばいけるかもしれない、と思ってローラとミッシェルに顔を向ける。


 「……あたし一人なら見に行けるけど…………あーはいはい分かってる分かってるよ、駄目なんでしょ」


 何気なくそう言ったら、二人が口を開いて何か言ってきそうだったので先手を打って遮る。


 ローラが頬を膨らませた。


 「もう! 中を確認するなら、三人全員でです。なので先ほどの入り口から入るのが得策かと」


 「……無事な人がいると思う?」


 ミッシェルのその問いにローラはやや俯く。


 「……分かりません。ルリエさんの言うとおりなら『材料』か罠にされているはず。――ですが、何もされていない人がわずかにいるかもしれません」


 あんな化け物でも中身が人間であるなら、多少の情はあるかもしれない。何よりあのゾンビは身内の幼女が傷つけられたことで怒り狂っていたのだ。人間らしい情動はあるはずだ。なら、もしかしたら、と。


 低い可能性だが、人間としての良心が手を出すことを拒んだ人がいるかもしれない。


 アンジェラが顔をしかめながら、屋敷を見上げたまま口を開く。


 「あと外に出て行ったらしいけど? 何人か連れてどこか向かったってこと?」


 「……操って連れて行かれたのかもしれませんね。操作範囲やどういう形式で操っているのか分かりませんが、支配系能力は術者が近くにいるのがほとんどです。自動で操ることも出来ますが、大事な場面なら自分が近くにつくはずです」


 もしあのゾンビが何かを――アルディスから事前に聞いた話では、明日処刑される広場にいる将軍を助けるに入るか、もしくは城に行って襲撃をかけるかもしれない。それかロミーに完全な復讐を果たすつもりか。


 ここ以外の居場所は城、広場、教会の三つだ。


 「……ですが、この屋敷に留まっているかもしれません。最低限、何が起こっているのか確かめるのは必須でしょう。……それと広場にはルズウェルさんに連絡を入れてミズミさん辺りを配置してもらった方が良いでしょうか。ルリエさんには悪いですけど、教会に行くより、こちらの方がいいかもしれません」


 「いや、それだとゾンビが教会に行った時、危険よ。城は……警戒はしなくても逆にいいかもしれないわ。ゾンビが大人数で城に行ったところで、門で止められるのがオチでしょうし、戦力は外門の比じゃないわ。秘密の出入り口があったとしても見張っているようだし。むしろ城は城の人達に任せてしまってもいいかもしれないわよ」


 「……むむ、言われてみれば、そうですね」


 ミッシェルの言うとおり、その方がいいのかもしれない。しかし勝手な判断で人員を動かすことは出来ない。一度、最低でもアルディスを通すべきだろう。だが残念なことにアルディスには妖精が憑いていないため、確認を取ることはすぐに出来ないのだ(本来ならロミーなどに宿る妖精を通して情報が円滑に伝わるはずだった)。


 ――誰か人を送って指示を仰ぐ必要が……と思ったらちょうど衛兵が二人いた。


 彼らに一度、教会まで行って貰ってアルディスの指示をもらってきた方が良い。それに一時的にでも彼らをここから遠ざけられたなら、もしこの屋敷があのゾンビに支配されていた場合、被害が及ぶことはないだろう。


 外で見張ってもらうのも重要だが、仮にあのゾンビを前にして対応出来るとは思えない。むしろ最悪操られてしまう場合だってありうるのだ。


 だったら、とローラは衛兵二人に教会に行ってアルディスに言伝をしてもらうことにした。彼らはそれを快く受け入れてくれて一応ここは治安が悪いからすぐに戻ってくると言って急いで立ち去る。


 「……じゃあ、私達も行きましょう」


 ローラのその言葉にアンジェラは頷き、……ミッシェルは息を整えて返事をして屋敷内部へと向かう。




 

 

 屋敷の扉がゆっくりと開けられる。軋む音は、静かな闇夜によく響く。


 アンジェラが先頭に、ローラ、最後尾にミッシェルと続く。一応、鍵は閉めておく。退路をなくすのは危険だが、この屋敷に他の誰かが入って来られるのが一番厄介だ。もしかしたらローラ達が入るのを見ていて、追ってくる悪漢がいるかもしれない。


 アンジェラはふと足元に服が一式落ちているのを確認する。


 「……これ……玄関前で誰かが全裸になった、とか?」


 「だと良いけれどね」


 ミッシェルが本気でそんな冗談であったら良いなという感情を滲ませて、返す。


 だが現実はそうならなかった。目の前には通路があり、左側に明け放れた扉があり、そこから灯りが漏れている。そこは良い。その扉の反対側の壁に、それとさらに奥にある階段に男が一人ずつ座っていたのだ。


 ミッシェルは冷や汗をかいてしまう。ただのチンピラならここで襲いかかってくるだけかもしれないが、その男二人は大した反応を見せないのだ。そしてよく見れば、全身に黒い血管が走っている。


 「大当たり」


 アンジェラが顔をひくつかせながら、呟き、続ける。


 「……それで? 決めてなかったけど、操られている人達の対処は?」


 ローラは逡巡し、苦しげに答えた。


 「……無力化で」


 「最善じゃないけど、さんせー」


 「同じく」


 相手が魔物であれば、三人は容赦せず殺していただろう。たとえそれが元人であったアンデッドだとしてもだ。しかし相手は恐らく助からないかもしれないけれど、人なのだ。


 彼女達は目的のためならば、人殺しもいとわない。実際、彼女らの目的である魔女は人間なのだし。その仲間も必要とあらば殺そうとした。


 けれど今、ここにいる相手は操られているだけの人間なのだ。それを殺すのは最善でもあり正しいかもしれない。でも人としての良心がどうしてもとがめてくるのだ。


『任務』や『義務』、『敵』ではない場合、操られているとわかっている人間を殺すのは、とても精神に来ることなのだ。


 それを一人二人はともかく何人も屠ることは、耐えられないかもしれない。だから、無理でも殺しはしないようにしたい。


 ――と、そんなことを考えていると――、


 「かえ、れ」


 「――!」


 横から聞こえてきた声に三人は身をビクつかせて、とっさに横側にあった暗がりを見やる。そこに座り込んで、こちらを見上げる男が一人いた。やはりこちらも黒い血管に全身を覆われていた。


 男がゆっくりと立ち上がり、のろのろと近づいてくる。


 三人は臨戦態勢を整えるが、男は彼女らに手を伸ばしても触れられない位置にて立ち止まる。


 「か、えれ……か、かかか、かえ、かえ、れ、か、か、か、え、れ……」


 男は何度もうわごとのように呟く。ただ言葉を発するだけで一応は無害のようだ。


 ローラが息を静かに吐き出し、一歩下がる。


 「……攻撃はしてこないようですね」


 「警告はしてくれてる分、あのゾンビも有情ね」


 「それって目の前の人にはすっごい皮肉」


 「うっさい」


 ミッシェルがアンジェラの軽口に肘で脇腹を小突き、ローラに目を向ける。


 「で、どうするの。たぶんこのまま進めば、警告だけじゃ済まないわよ」


 「……進みましょう」


 「この人どうする? 殴って気絶させた方がいいと思うけど」


 アンジェラが拳を構えて一歩前に進み出るのを見て、ローラは頷く。


 「その方が良いでしょう。なるべく傷つけないように」


 「おっけ」


 そう言って、アンジェラはスペアの籠手で覆われた手で握り拳を作り、シュッと素早く振った。そのジャブを男は反応すら出来ずに顎に受け、ぐるんと白目を剥いて、あっけなく床に伏した。――男が動き出す様子はない。


 三人は吐息をつき、廊下奥へと目を向ける。仲間が殴り倒されたというのに、相変わらず男達は身動きをしない。


 立ち止まっていても仕方がないため、三人はゆっくりと進み出す。


 灯りが漏れる部屋の前まで来て、座り込む男に注意を払いつつ、覗き込む。丸いテーブルが置かれた広間だ。テーブルの上にはゴブレットや食いかけのものが乗った皿が置かれている。


 そのテーブルの前にある椅子には、数人の男達が座っていた。一つだけ空席で、玄関前同様衣類だけが置かれてある。


 ……椅子に座る五人の者達は全員、黒い血管に侵されていた。だが、彼らは階段や廊下にいる者達のように無関心ではなく、部屋を覗き込んだローラに一斉に視線を向ける。


 「お、お、おい、な、なん、だ、てめえ、ら」


 「こ、ここここ、ここはガキの遊び場じゃねえ、ぞ。け、けけけ、怪我し、ね、え、うち、に、か、帰り、な」


 三人は緊張した面持ちをしつつ、一歩進み出る。


 「……ここに触手を生やしたゾンビが来ませんでしたか?」


 ローラは物怖じせず、彼らにしっかりと視線をやりながら、問う。まともな会話なんて出来ると思っていなかったが、意外にも男達はローラの言葉に反応したように笑った。


 「そ、それ、を探し、に、来るか、あ、ああ……よ、よ、く、見れ、ば、ばば、聖、教会の奴ら、か」


 「お、俺らに救い、手、か、か、かか」


 「会話出来るんですね。あのゾンビがどこに行ったか分かりませんか?」


 「そ、そ、れは、い、い、言いた、いが、い、言えね、ね、ねえんだわ。わ、分かる、だろう? な、なあ? そ、それに、よ――」


 男達がゆっくりと立ち上がる。


 「お、お前、らが、きき、来た、ら、む、む、むむ無力化、し、しねね、といけね、え、ん、だわ」


 「が、ががが、がき、ヤるのしゅ、しゅ趣味じゃねね、ねえ、が、ヤってたら、す、少しはこの『痛み』消え、る、かも、ししし、しれ、ね、ねねね、え」


 「いぃ、痛え、んだ、痛えんだ、か、かか感覚、ねえ、のに、い、痛えんだよぉ」


 「――戦闘態勢!」


 ローラはそう叫び、即座に男達の足元の床に魔法をかけて腐らせる。劣化した床は底抜けて、男達の足を止めることが出来た。魔力が見える者がいたためか、二人ほど避けられてしまったが、サポートとしては十分だ。


 同時にアンジェラが跳びかかり、身動きが出来ない三人を順に殴り飛ばしていく。


 だが、男達が言うように感覚がない、というのは本当らしく急所に当てても怯みもしなかった。そのため、掴まれそうになりながらも、アンジェラは相手の手を避けつつ、さらに肉薄して顎を打ち据える。すると、ぐらりと男の身体が揺らぐ。


 効率は悪いが、顎当ては大当たりだ。


 そして彼女の背後では、ミッシェルが扉の前で障壁を張って、塞いでいた。この広間の男達が動き出すのがトリガーだったのか、階段前と扉前に座っていた男達も動き出したのだ。今は障壁を虚ろな目でべしべしと叩いている。


 ミッシェルが叫ぶ。


 「ローラ、どうするの!?」


 「二階に行きましょう! あの窓の部屋へ行って、確認してから屋敷を脱出します!」


 アンジェラが最後の男を殴って気絶させてから叫ぶ。


 「最高!」


 彼女は振り返り、障壁の外で蠢く男達を見やりながら足を進めた。


 ――しかし。


 何気なくアンジェラに視線を向けたローラがその後ろの光景に目を見開き、声を張り上げた。


 「アンジェラ、危ない!」


 「!?」


 振り返ったアンジェラに襲いかかるのは、牙の生えた黒い血管の走ったワームだ。男達全員から生えてきており、その一匹がアンジェラに牙を剥く。


 とっさに牙を掴むが、意外に力が強い。パッシブでも多少力は強くなっているはずなのに、それでも押されている。


 さらに男達は白目を剥きながら、先ほどよりもぎこちない動きで向かってきた。


 「ちょ、っとぉ! こいつら全員にあのゾンビが入ってるとか馬鹿なことないよね!」


 アンジェラは怒鳴りながら『拳神』を発動して、力の限り、振り回す。するとずりゅりとワームが抜けて、男の身体から力を失われ、倒れた。どうやら、ワームが動かない身体を無理矢理動かしていたようだ。


 ワームはというと、宿主をなくしながらも力を失ってはいない。ガチガチと掴まれていない牙を動かすワームに、アンジェラはたまらず壁に投げ付ける。すると、べちんと叩きつけられて落ちたワームは、元気よく床を這って、抜け出した男の元へと向かって行く。


 「きりがなぁい!」


 ワームの群れを避けながら、床を這うワームの頭部を踏み潰す。踏み潰した瞬間、そういえば体液が酸の可能性が――と思い至るが、幸いねっとりとした気持ち悪い体液がついた程度ですんだ。


 ワームは残り四体。うち二体は出入り口の反対側に行ってしまったアンジェラに、残り二体はローラとミッシェルに向かっていく。


 うねうねと動くワームは軌道を読むのが中々に難しい。それに打撃があまり効果がないときている。


 アンジェラは考える。身体の方を殺せば、ワームは身体を動かせなくなるのか? だとしても試すことは出来ない。先ほどの誓いを秒でふいにしたくはない。かと言って、それで全滅したらそれこそ馬鹿げているが。


 もしもの時は覚悟を決める。だから状況をギリギリまで見極めるべきだ。


 ――どうする。『拳神』を使ってもワームを引き抜くのには時間がかかる。その間に他のワームや本体に攻撃されかねない。大体、魔女との連戦で魔力が減っているのだ。道中、多少回復しているとは言え、このまま連続で使ったら魔力が枯渇しかねない。それは他の皆も同様だ。


 「ローラ! こいつら放置してまずこっから出よう! それで外に出るか、二階に行くかすぐ決めて!」


 アンジェラの言葉にローラはすぐさま視線を扉の外に向ける。扉の外には虚ろな目の男が一人だけだ。何やらビクンビクンと変な挙動をしている。あれにもワームが入っていると考えていいだろうか。もう一人の階段前にいたのと新たに現れた数人は、その怪しげな挙動をする男の後ろで静かにこちらを見据えてきている。


 (――ミムラス、あの人達の魂はどうなっていますか?)


 《縛られてはいません。魂が重なっている様子もないですよ》


 ならばあれにゾンビ本体が宿っている可能性は低いだろう。ただ肉体内に隠れたら感知出来ないかもしれないことも念頭に入れなければ。肉体のスキャンをすれば、確実性は上がるが、生憎とそこまで時間はかけられない。


 ローラは向かってきた二体のワームを魔法で捌きつつ、ミッシェルに向かって叫ぶ。


 「ミッシェル! 障壁解放後、その人達を吹き飛ばして二階に上がってください! 本体がいる可能性もあるのでご注意を!」


 「進むのね! 分かったわよ!」


 正直、気色の悪さから逃げ出したかったミッシェルは半ばヤケになって叫ぶ。


 ミッシェルは魔力を集めて風魔法をすぐさま放てるように準備を済ませる。解放の瞬間、一瞬の隙はあれど、近づかれてもワームを出されてもまだ勝る自信はあった。天井から突然何かが突き破ってくるなどのイレギュラーがない限り、攻撃が不発になることはない。


 ――もちろん、イレギュラーはなかった。


 ただ、問題は想定出来ていなかっただけ。


 障壁を解放し、風魔法スキルを放とうとした瞬間、向こうもタイミングを見計らっていたのか障壁前にいた男が口を膨らませ、仰け反り――大量の寄生虫をぶちまけてきた。


 それほど速くはないが、飛距離もあり、範囲も広い。


 扉の前にいたミッシェルはそれを頭から被ってしまった。


 大量のねっとりとした粘液と寄生虫が髪や顔、垂れてきて服の中にまで入り込んでくる。ぴちぴちとのたくる寄生虫が肌を這い、積極的に目や鼻、口に入り込もうとしてきたのだ。


 「ひぃ――」


 作戦実行の意思よりも怖気が勝る。それでも集めた魔力を散開させなかったのは、修練の賜だろう。しかし、風の魔法として魔力を変換して放つことが出来なかったため、その全ては無意味と化した。


 思わず片手で顔の前の寄生虫を払いのけている最中、寄生虫を吐き出した男が向かってきているのを見た。魔法を放とうとするが、時すでに遅く、男にタックルするように押し倒されてしまう。


 「んぐぅ!」


 受け身を取れず、背中を強く打ち付けて息が詰まる。それでも危険だと判断して、即座に男の顔を片手で押しのけようとすぐに行動出来た。でも、腕力強化に関するスキルはそれほど強いものを彼女は持っていなかったのだ。押しのけることが出来ない。


 「ミッシェル!」


 「ミッシェル!?」


 そんな彼女を呼ぶ二人の声が聞こえるが、二人もすぐさま駆けつけられない。


 男が起き上がったため、ミッシェルは仰向けになって立ち上がろうとしたが……それは悪手だった。扉の前にいた他の男達が仰向けになった彼女の足を掴んで引っ張りだしたのだ。


 そのままずるずると部屋の外に――そして階段の方へと向かっていく。


 「やだ! やだやだ! 離せ! 離して!」


 ミッシェルは身を必死に捩るが、振り払うことは出来ない。アンジェラとローラがすぐさま駆けつけようとしたが、そのせいでワームの攻撃を受けてしまう。傷はすぐ治るが、体勢を崩されて劣勢になってしまった。無理に助けに動けば、全滅は必至だろう。


 ――だから、


 「ローラ、多少時間かけても、まずこいつらの対処だ! ミッシェルも急所だけは守ってるんだ!」


 アンジェラのその言葉は正しいものだった。全滅しては元も子もない。ならば、場を整えて助けに向かうべきだ。それにたとえ傷つけられたとしても、距離に関係なくローラの結晶石で繋がりが出来ているため、要請さえあれば回復は出来るのだ。


 ――最悪は連れ去られた先にアハリートが待ち構えていること。だが、『侵蝕』のレジストや最低でも頭部を守れば助ける余地はある。


 無論、そのことはチームの中で頭も回り、合理的な判断が出来るミッシェルは誰よりも理解していた。けど、恐怖は理屈を全て投げ捨てさせるのに十分な『力』を持っているのだ。


 「いや、いやぁ――!」


 大きく叫ばなかったのは、最低限の理性が残っていたから。けれど恐怖は抑えきれない。


 怖い。身体の内外問わずのたくる寄生虫達が。


 怖い。理性を無くした男達にどこへとも引きずられ、何をされるか分からないのが。


 ミッシェルは歯を食いしばりながら、身を必死に捩る。身体を横に向けて、杖を掲げながら魔力を集めて放とうとするが、魔力を見える男の一人がミッシェルの杖を毟り取ってきた。


 「――あっ! 返せ、返せえ!」


 手を伸ばして奪い返そうとするが、階段下からついてきた虚ろな顔の男はその杖を階段下に放り投げる。


 「あぁ――!」


 ミッシェルの顔が絶望に染まる。杖がなくとも魔法は使える。けれど、魔力の収集、変換を補佐するのがあの杖なのだ。何より精神状態が悪化しても魔法を使用出来る代物でもある。


 今こそ、失ってはならないものなのだ。


 今の彼女は、もう魔力をまともに集められない状態だった。心を落ち着ければ、まだ可能性はあったが、乱れた心はこの危機的状況ではどうにも出来なかった。


 「うぅぅうぅぅう!」


 ミッシェルが悪あがきにバタバタと暴れる。肉体強化のスキルはあるが、敏捷性を上げるだけが主体だ。魔女と戦うため、魔法系を鍛えたため、強化系に割り振るほどリソースが余ってはいなかった。でも、この時ばかりはその力を手に入れなかったことを心底悔やんだ。


 そもそも捕まった時点で、遠距離系魔法使いとして彼女は負けなのだ。もう、どうしようもない。


 階段を上りきり、そのままとある一室まで引きずられていく。


 最低限の蝋燭の明かりだけが灯る、薄暗い部屋。


 それなりに広く、粗末な二段ベッドが置かれていることから集団が寝泊まりする場所なのであることが窺い知れた。


 そんな中に、何かが、いた。


 文字通りの『何か』だ。肉の山、とも言えるべき七十センチ程度の肉の塊がある。床に肉の根を張り、身を支えていた。肌は人間のような皮膚をしている。けど手足はなく、胸のど真ん中に盛り上がりがある。そこに体内に至る穴でも開いているのか覗く筋肉が収縮を繰り返していた。


 その不気味な肉塊の上には人間の頭部が乗っており、黒い血管の走った虚ろな顔で呼吸を繰り返している。


 そんな生命を冒涜し尽くしたような何かが、部屋にたくさん配置されていたのだ。


 ミッシェルは部屋の真ん中に引きずられ、そこで俯せのまま手足と頭を押さえ付けられる。


 そして、部屋に元からいた人間の原型を持った男が、彼女を見ると「虫、付き、屋敷、出さない」そう呟きながら、肉塊の一つに向かって行く。


 男は肉塊の前でしゃがみ込むと胸の穴に腕を半分以上入れ、中を掻き回す。肉塊が呻くのも構わず、何かを掴み、引っ張り出した。


 ずるりと出てきたのは広間で、あの、男達に巣くっていたワームだった。あれよりも若干ながら小さいようだが――そのワームの尻尾を掴みながら近づいてくる。


 それを見れば、何をしようとしているのか容易に想像がつく。ついてしまったからこそ、ミッシェルは耐えきれなかった。


 「いやぁあああああああああああああああああああああああああああ!!」


 今まで一番、激しく暴れ、喉が裂けるのではないかというほど叫ぶ。しかし、そうしてしまったために、開いた口に手を入れられ、無理矢理広げられてしまう。声が乱れるが、それでも耐えきれずに涙を流しながら叫ぶ。――彼女の中に宿る妖精はここまでずっと必死になだめていたが、もうその言葉は届かない。


 宿主を求めるワームが呼応するようにビチビチとさらに激しくのたうち、彼女に近づけられていく。


 もはやミッシェルは発狂寸前だった。

 とある悍ましい実験結果


 寄生虫が宿らない触手やワームの製造に成功した。

 手順は、まず『材料』の全身に『侵蝕』を行う。

 その後、『部位生成』で肉体を変換することで、クリーンな触手やワームを作り上げられた。

 ただし、こいつらは『侵蝕』の黒い血管が走っており、動作がぎこちない。なんとなく能力も落ちている気がする。

 寄生虫をばらまかないようになど、必要に迫られない限りは使うのはやめた方がいいだろう。


 そういえばワームだが、一人に二体以上は入れない方がいい。ワーム同士が競合するためか、動作がおかしくなるようだ。俺自身も試してみたが、同じ結果になった。殺されにくくなるかと思ったが、どうやらそう上手くはいかない。

 でも、動かすつもりがないものなら複数のワームの保存に使えるかもしれない。

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