第十八章 うそつき
『リントブルムのレベルが45になりました。――』
そんな機械音声がルリエの脳内に響いてくる。確か、元は44レベルだったから、今、倒したことでアップしたのか?
そう思っている間に足元にいたアントベアーの動きが止まる。死んではいないようだが、意思を奪われたかのようにピクリともしなくなった。
爆煙が晴れると、そこに黒焦げになって鎮座するゾンビがいた。小さい方は粉々に吹き飛んだのか、それらしい肉片が大型の近くに転がっている。大きい方はほとんどの上半身がふきとんでおり、下半身の触手も焼け焦げて崩れ落ちていた。触手塊の隙間から骨と膜のようなものが覗く。触手がまだ張り付いているため、全貌が見えないが、あれが内臓部分だろうか。
アントベアーが止まり、ゾンビが動かなくなっているのを見て、衛兵達が歓声を上げる。
そんな中、ルリエだけが冷たく思考を巡らせる。
(おかしい。奴は何度か進化したほどの相手だ。殺せていないと思うほど私はネガティブではないが――奴を殺したならリントブルムのレベルがもっと上がってもいいはずだ)
それなりに強くなるとレベルが上がりにくくなるが、それでも強者を殺せばもっと上がるはず。これでは多少強い程度の奴を数人殺したかのような――。
ルリエは油断しない。だからこそ気付けた。大きなゾンビから、ぼろりと触手が零れ落ちるのを。それはただ崩れただけに見えるだろう。しかし、わずかにブクブクと膨らむそれを、風に吹かれたように動いた本体の触手が……確かに掴んだのを見てしまった。
「まだだ――!」
そう声に出した瞬間、足元のアントベアーが行動を開始する。リントブルムは精神同調をさせて、落ち着かせることが出来るから、驚いて暴れはしなかった。だが、対処するために突発的に動いたため、ルリエの声は途中で遮られてしまう。
それでも他の皆は気付いてくれた。けれど勝利による心の隙を突かれてしまったため、体勢を立て直すのに精一杯だった。
放たれた触手爆弾は無情にも軽い放物線を描いて、門番らの頭上を素通りして門へと当たる。ぼむっと気の抜けたような音を立ててぶつかったそれは――爆発を起こす。
白い酸性の霧が辺りを包み込む。霧に焼かれた衛兵達が悲鳴を上げる。酸への最低限の対処は出来ていたが、隊は乱れてしまう。
そして起き上がった大型のゾンビが門へと吶喊していく。
「あぁあああああああああ!」
「ぎゃああああああああああああ」
「あ、あぁあ、ぁああ!」
「がぁああああああああああああああああああ!」
まだ辛うじて生きていた上部の人間らが悲痛な叫びを、そしてどこからか響いてくるゾンビ本来の叫びが合わさり不協和音となる。それが余計、衛兵達を怯えさせ恐慌に陥らせてしまった。
ゾンビが何人かを跳ね飛ばし、腐って脆くなっていた門の一部をぶち破った。
広場状になった門前には、もしものためにと待機していた衛兵が数人いたが、現状において烏合の衆に過ぎない。実際、目の前の化け物をどうすればいいか――そもそも困惑して何が起こったのか分からないありさまだった。
そんな彼らの前に、大型ゾンビから生まれるように触手を生やしたゾンビが這い出てきた。大型ゾンビに触手を繋げていることから、まさに胎児のようで冒涜的なそれを見た者は全員怖気が走ってしまう。衛兵はまだ、誰も動けない。
しかし――、
「――それが本体ということで良いっすか?」
「――っ!?」
背後から声が聞こえ、ゾンビが振り返る間もなく、大型ゾンビとの間に張られていた触手が一閃され、絶たれる。
意外にも無傷だったシィクが、そのまま剣を振り上げ、ゾンビを鋭く切り払う。
ゾンビが反撃しようとしたが焦っていたのか、触手は空振る。他の触手を振るおうとするが、その前に剣で首を跳ね飛ばされてしまった。
「……ゾンビってほぼ不死身らしいっすけど、どんな奴でも急所は頭らしいっすね」
シィクは門での戦い前にルリエに言われていたのだ。頭を銃弾でぶち抜いても死ぬことはないと言ったら、その時彼女は「なら頭と身体を切り離して、優先的に頭を破壊すればいい。そうすれば『器』に魂が入り込むことはなくなる」と助言をくれた。
それが正しいかどうかは分からない。けれど延々と切り続ける不毛な戦いをするよりかは、そんな目的を持った方が良い。無論、それで倒したところでもう油断はしない。
大型のゾンビが触手を動かし、そして首なしになった身体からワームが生えてくるが、シィクは宙に舞う頭にだけ注視する。
「『斬鉄』――終わりっすよ」
静かにそう呟き、上段に構えた彼女は、流れるように縦にゾンビの頭を一刀両断する。頭は抵抗する暇も無く、真っ二つに割り裂かれて脳漿をぶちまける。
多少返り血で肌が焼かれ、ついでに寄生虫が飛んでくるが問題は無い。
大型ゾンビが糸が切れたかのように、ずしんと地に伏して、――ワームは間髪入れず襲ってきた。
「あんれぇ!?」
シィクは慌てて剣を構えて、ワームの牙を受ける。刀身が四本の牙に挟まれて、カチカチと音を立てた。
「ちょ、まっ――なんで間髪入れるんすかあ! じゃあ、大型も……ってそんなことないですしぃ!?」
大型はうんともすんとも言わない。操れないのか、操らないのか。というか、やはり倒すことは出来なかったようだ。油断はしていなかったが、先ほどのように倒れた後に奇襲をかけてくると予想していた。それ込みでワームや大型ゾンビを回避する予定で後回しにしたのだ。
「誰か、誰かぁ! お願いします、これ、どうにかしてぇえ!」
半泣きでシィクが叫ぶが、困惑する衛兵は相変わらずどうすれば良いか分からないようだった。
ワームは意外に力が強く、徐々に地面へと押し込まれていく。
「何をやってるんだお前は」
ルリエの呆れたような声と共に、ワームの真横に槍が突き刺さる。さらに槍全体に捻りを加えて、シィクから引き剥がすようにワームを仰向けに叩きつける。
ワームがまだ動いていたことから、ルリエは槍を引き抜き、何度か突き刺す。動かなくなったのを確認してから、槍を放り投げた。
「無事か?」
「まあ、なんとか。……倒せたんすかね?」
「どうだろうな。レベルは上がったか?」
「……いえ。そういえばまったくうんともすんとも言わないっすね」
シィクのその言葉にルリエがため息をついて、大型ゾンビを見やる。鎮座する不気味な物体は相変わらずピクリともしない。
「……そうか」
「まさか、まだやっぱり!?」
シィクが剣を構えるが、ルリエは手を軽く振った。
「もう遅い。今、襲ってこないならどっちにしろ手遅れだ」
「……? どういうことっすか?」
「その説明の前に門番達の治療をしよう。バイオハザードの危険もあるから隔離や封鎖もしたいしな。聖人らが来るまでに私達で出来る限りの検疫をしよう。……ついでに彼らに聞きたいこともあったから、その方が効率が良い」
「んむ? オッケーっす……?」
そうして彼女らはその場を後にした。
不気味な死体はやはり鎮座したまま、動かなかった。




