第十六章 突撃準備と守りの準備
敵に逃げられた俺は、追撃することなく、一度、皆の下へ戻ることにした。
元いた場所には頬を腫らしたリディアの隣で寝込むミアエル、アンサムに……見慣れないもっさりとした長髪をした、薄いコートを着た女性がいた。
丸い大きな眼鏡の下にある目つきの悪い目、そばかすのある顔は美人とは言えないが可愛い部類ではあった。たぶん、横たわった甲冑の隣にいることから、この人がベラなのだろう。今は体育座りをしながら、鼻をすすっている。
スーヤはフェリスを探しに行ったそうだ。フェリス、無事だと良いけど。
皆で焚き火をして囲んでいた場所は、それほど荒れてはいなかった。むしろ荷物は手つかずで焚き火も戦闘前と同じく煌々と炎を揺らめかせている。踏み込まれなかった、というのが大きな理由だろう。
ただ、ちょっとこの場から外れると――特にリディアの戦闘跡地がヤバい。木々が根こそぎ引き抜かれて、地面に横倒しになっている。局地的なハリケーンでも来たみたいだ。
あんなになっても相手が逃げ切れたらしいから大したものだ。聖人、油断はやっぱりするべきではないだろう。
……で、俺はミアエルに近寄る。リディアの近くで青い顔で寝ていた。
俺に斬りかかってきた奴が言うには、傷は治したらしいが……。
(……問題ないのか?)
「今のところはね」
「治療は真面目にやってくれたみてえだな、あいつは」
(なら良い)
俺はそう言って、振り返る。そんな俺の背中にリディアの声がかかってきた。
「もう行っちゃうの?」
(……作戦通りにな。聖人がもし『転移』で飛んで戻ったなら、城下町の門まで来るのに時間がかかるんだろ? ……他の転生者はいるかもだけど、対峙した感じ、戦えない感じではなかった)
あの銃使いは接近戦が苦手ということもあったろうが、強さは感じなかった。それにあの魔物使いも斬りかかって来た奴も対処出来ないほど強いという印象は受けなかった。真正面からやり合えば、負けるだろう。でも、元から俺はそこまで馬鹿正直に戦うつもりはない。
(だから早ければ早い方が良い)
「……なら気をつけてね」
リディアが引き留めることもせず、そう言ったがまだ何か言いたそうだった。
……生憎と俺は相手の情動を察せるほど、人間出来ちゃいないんだ。だから、相手の思いなんて憚らず、自分の思いだけを言うことにした。
(……最後に。ミアエルが起きたら言ってくれ。頼むからあんな真似はもう二度としないでくれって)
「……分かった。でも――」
(……俺に死なれるのが嫌だったからとかそんなのどうでも良いんだ。頼むからもっと自分のことを考えてくれ。お願いだから、俺は弱いんだから、そこまでのものは背負わせないでくれ。『それ』を乗り越えるための強さなんて、俺はいらない)
そうして俺は、それだけ言ってリディアの言葉を聞かずにその場を立ち去った。何か後ろから聞こえてきたような気がするけれど、その時の俺は都合が良く耳が聞こえなくなっていた。
王都プレイフォート、城下町に入るための門は夜中は堅く閉ざされるが、今はまだギリギリ開いている。だがもし閉じれば、正面突破は困難だろう。
かと言って、門以外に侵入難易度が低い場所はほとんどない。
町を囲う巨大な壁もさることながら、その下の壕も深く掘られているのだ。仮に壁に張り付けたところで侵入者を察知することができる結界が敷かれているため、登りきる前に撃ち落とされることだろう。
空にも半球状に王都を覆うように感知結界があるため、同様に空からの侵入は難しいのだ。
戦争以外で突撃をかましてくるような馬鹿は歴史上、魔物――それも力を持ったが知性のない魔獣と呼ばれる存在がいるくらいだ。それでも、壁に張り付く前に倒されている。
今宵も門番はいつもと同じだと思い油断をしていた。
けれど、彼らの耳に何かが衝突するような大きな音が、継続して四回ほど聞こえてきてから警戒することになる。さらに怒りの伴った人とは思えない叫び声が聞こえてきて、門番全員が震えた。否応でも警戒せざるを得ない。
そして何が起こったか分からず恐々としている中、狼連れの傭兵風の少女が血相を変えてやってきた。門番の一人、ルドサールは槍を構えながら叫ぶ。
「おい、お前、止まれ!」
「イエス! でも出来れば、すぐ中に入れてくれると助かるんですが! うち、タイタンの国から来た、なんかあれっす! あとついでにここか向こうかどこかにかなり危ない魔物が突っ込んでくるかもしれないんで、戦闘準備よろしく! 門は閉めた方が良いっすかね! ……あ、でもルリエさんはともかく……もう一人、ロミーって人が来たら通してあげてください! あっ、うち、シィクって言うんすけど話通ってないっすか!?」
「――っ」
ルドサール含め、門番は一応、タイタンの聖人や精鋭達が夜中に何かするため、外に出る大まかな話は聞いていた。詳しい話は聞いていないが、シィクという少女の焦り具合などを見て察することは出来る。
(――聖人が出張るくらいだ、もしや『古の魔女』絡みか。あの音が、それか? ……だとしたら冗談じゃない! もしあれが魔女が暴れた音だって言うなら、こいつが逃げてきたなら魔女そのものか、その魔物がこっちに来るってことだろうが!)
お伽噺で語られる古の魔女の伝説は、聖教会でなければ大した悪い話はない。けれどその伝説のどれもが彼女を『最強』と記すのを欠かさないのだ。彼女を怒らせた結果、その土地が更地になった話などあるくらいだ。
こちらに敵意はない。やらかしたのはタイタンの奴らだ。だから穏便に済むなら奴らを差し出すべきだろうが……生憎と上からは協力や門の素通しを要請されていた。
「~~! くそがっ! お前、せめてここで抗戦しろ! あともっと敵の情報をよこせ!」
「おっけいっすよ! 来るのは恐らくゾンビ! 触手生やした奴で、地面の中を移動出来るっぽいっすね! あとはわかんないっす!」
大した情報がないことに疫病神の役立たずと罵りたい気持ちに駆られるが、そんな暇はない。
続いて空から何かやってくる。シィクの前にいるルドサールは、叫ぶ。
「あれか!?」
「えっと――あれは違うっすね! うちの仲間のルリエさんとその魔物かと! ルリエさぁん!」
シィクがそう呼ぶと空飛ぶ魔物――四足歩行型で翼の生えた首が長い赤い竜だ――が降りたってくる。カウボーイの服を纏ったルリエが赤い竜の背中から顔を出してきた。
「シィク、無事だったか!」
「ええ、なんとか! 狼さんに欠員はなしっす!」
「それは助かるな! ああ、それとロミーを回収した! 危険な状態だ! 出来れば、町の中に運び込んで――いや、今、ここで検査だ! 治療はその後で良い! 少しでも奴の情報が欲しい! 出来るか!?」
「ど、どうすかね……」
シィクがロミーに駆け寄り、赤い竜の上から一度降ろす。ルドサールもとりあえず手伝い、石橋の上に簡単な布きれを一枚敷いて、その上にロミーを寝かせた。シィクがそんな彼女の身体に手をかざし、息を整える。
「――感染……何かに寄生? をされてるみたいっすね。これの正確な把握は、自分の力じゃ無理かなあ、と。……えっと、あと、侵蝕、なんてのもありますね。恐らくこの腕の不気味な血管が、それかもしれないっす。……この部分を精査すれば……ですね。この黒い血管、魔法物質でロミーさんの肉体と置き換わってようで。……こんなんでもかなり馴染んでる感じ……いや、どちらかといえば生きているのに、雰囲気的には死なせているような……? ゾンビのあの人に性質を寄せてるんすかね。回復も……やっぱり受け付けないっすね」
「……そうか。つまり治療は難しいと考えた方がいいか。考える限り、レジストが難しい接触型か? 触れられるのは不味いが……相手は隠密型か……理に叶っているが厄介な……」
ルリエは吐息をついて、ルドサールに顔を向ける。
「門番の。私が見て、今、聞いた『奴』の考察を交えた情報を伝える。その後、すまないがこのロミーを教会まで連れて行ってくれないか? 恐らくそこに聖人達がいるはずだ。治療と情報の提供を任せたい。ついでに聖人を一人でも連れてきてもらえると助かるが……転移したならどうせすぐには来られないだろうな。出来れば今から来るゾンビの魂の確認を行って欲しいからすぐにでも来て欲しいが……奴の能力なら絶対に本体は晒さないだろうしな。――そんな訳で頼まれてくれると助かる」
「む……」
ルリエが頭を下げてきた。態度がでかそうに見えて、意外に話が通じるのだろうか。それに今、見た限りでは頭も回るし、判断力があるだろう。なら素直に聞くべきか。厄介者には違いないが、ここで下手に揉めてる間に彼女らが言う『奴』に攻め込まれるのは避けたい。
だが、その前に恨み言にも近いことを一つだけ。
「お前らがどこかに行けば『そいつ』がここに突っ込んで来ることはないんじゃないのか?」
「さあな。出来るならそうしたいところだが……いや、無理か? 私とてことの全容は知らんが……奴らが狙っているのはもっと別の何かだと思う。それはもっと上の奴らが関わっているんだろうな。『私達』の中でも真相を知るのは一部だけだ」
ルリエは顔を歪めながら仲間の転生者の一人を思い浮かべる。磨き上げられた鎧を纏う騎士風の青年――カスレフは妖精やらと特に親しかったはず。アルディス司祭が行おうとしている計画の真相ももしかしたら知っているかもしれない。
そもそも今回の件には、色々と不自然な点があるとルリエは気付いていた。正直、嫌な予感もしていたのだ。結果、これだ。
……かと言って、ここで彼らの下へ行って追求するつもりはない。始まった以上、手を打たなければ色々と手遅れになるのは、あのゾンビを見て分かってしまった。
ルリエは自嘲する笑みを浮かべる。
「生憎と私もただの駒の一つだ。この命だけで止める術はない」
「…………」
その顔と言葉にルドサールはなんとも絶妙な表情になり、ため息をついて動き始める。




