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転生したら、アンデッド!  作者: 三ノ神龍司
第二幕 偽りの王子と国を飲み込む者達
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第十四章 魔物使い

 ボクは一人、夜の林を疾走していた。


 結界が張られ、予定通り攻撃を仕掛けて来た聖人以外の相手を探して退治しようとしている。ありがたいことに相手はでかい音を立ててくれるから、感知系のスキルを用いなくても問題なく位置を特定できた。


 まあ、今はスキルなんて使えないんだけど。


 ――ただ、向こうはスキルや魔法などを使えるから、そこが怖いかな。少なくともこちらの位置は向こうに完全に捕捉されていると言って良いかも。


 だけど、今のところ、あのでっかい音の攻撃が少しでもボクに向けられることはない。


 それが意味するところは――。


 わずかにかさりと頭上から物音が聞こえてくる。


 ボクはとっさにその場から飛び退くと、白い何かが――粘着性がある糸っぽいのが降ってくる。上を見上げれば、八つの赤い目を爛々と光らせた大きな蜘蛛がいる。


 そして周りからも二匹程度の白銀の狼、二足歩行をする目のないサンショウウオみたいな奴。


 さらには三つ首の山羊なんてのもいて、その尻尾がとても長く、先端には幾重もの針が生えている。


 ……ほぼ囲まれちゃったな。


 そしてボクの前から鞭を携えた長身の女が現れた。ツバが妙に広い山高帽とはまた違う帽子を被り、革製のベストと黒い牛革製っぽいズボンをはいている。ブーツはなにやらかかとに車輪状でギザギザな刃がついた変な装飾が為されていた。


 ……たぶん魔物使いかな。


 長身の女は、ボクを見るなりクツクツと笑い出して、大股になり、ビシッと指を突き付けてくる。


 「ここは私が相手をさせてもらおう、人狼の少女よ! 抵抗をしないというなら――」


 なんか面倒臭そうだったから、横に一回転してさっきこっそり拾っておいた石を思い切り投げ付ける。


 「ぬお!?」


 その攻撃に長身の女はビビって仰け反る。身体能力は大したことはないのか、顔を庇って石を防いでいた。


 ボクはその隙に肉薄し――蜘蛛が連続で糸を吐き出してくるが、全て紙一重で回避して、ダガーを抜き放つとそのまま長身の女の首筋へと斬りかかる。


 「速い!? スキルを使えないのではないのか!」


 長身女が鞭を両手で掴み、縦に構えて刃を受け止める。すかさず刃を下に滑らせるが――反応が良く、一瞬鞭を弛ませて、瞬時に張ってダガーを弾いてきた。そして手首のスナップを利かせて、至近距離で素早く鞭を打つ。


 ボクはとっさにしゃがんでダガーを長身女のスネに振り抜こうとしたけど、その前に女の蹴りが飛んでくる。蹴りが顔面に当たる直前に、身体を反るように後ろに跳ねさせ、低い体勢でバク転をしてかわした。


 ――身体能力や反射神経もスキルで強化されてるっぽいけど、完全にスキルに頼り切ってるわけじゃないっぽいね。動作がテンプレートな最適化というか、決まったような動きにはなっていなかった。


 うーん、この攻防を制することが出来なかったのは痛い。実際、長身女はボク同様跳び退って距離を取ってきた。自身の前に蜘蛛が待ち構えさせ、ボクの左右にサンショウウオと三つ首山羊が立ち塞がり、後ろには白銀の狼に塞がれてしまった。


 さっきまではボクが無力と思われてたから油断してたろうけど、次はそうもいかないかな。


 ちなみに言うと、ボクはスキルを使ってない。


 単純に人狼としての身体能力のみで戦っていた。


 スキルを使わない訓練、っていうのをやってるからこういう場面は慣れてる。今みたいなスキルを使えない有事の際に備えてたんだ。……あと基礎能力の底上げのために。


 スキルだけを使ってると、どうにも基本が疎かになるから嫌なんだ。アハリートみたいに進化して肉体ごとスキルに適した身体になれば良いんだけど、そう都合良くもないし。


 それにあくまでスキルは『現状の能力の補佐』を目的としたものだとボクは思っている。基礎が整っていないとスキルに振り回される結果になり得るのだ。


 ……もっとも、強いスキルを持ってれば普通に強いことってこともあるから理解はされにくいけど。実際『狩人ノ極意』の特殊技だけでも問題を解決出来るしね。


 そんなことを考えていると、ふと、後ろの狼らが唸り声の他、はーはー息を荒げているのが耳に届く。


 ……くそ、興奮してる。あいつら雄かよ。面倒臭い。


 長身女も魔物使いのためか、狼たちの異変に気付いたようだ。


 「スコル、ハティ、どうした。……興奮して……むっ、なるほど……」


 くくっ、と長身女がやや邪悪に笑う。


 「なるほどその人狼の少女と子作りしたいのか! 呪いに近いがなるほど――」


 捕まったら面倒そう、とボクが思っていると長身女がバッと手を前に出し声高に言う。


 「そういう仮にも戦士を貶める行為は私は許さんぞぉ! 陵辱なんぞ絶対になしだ! 異種姦をしたければ、こう、互いの了承を得なければならない! 私の盟友となったからには野にいる畜生と同じでは困る! というかそうでないとお前らと一緒にいられないからなっ!」


 「…………」


 長身女にそう言われ、ぐー、と後ろの狼が不満そうに唸るも、淫らな気配がなりを潜める。


 ……よく分からないけどマシになったのかな? ていうか、あいつ、なんかおかしいな。転生者って誰も彼もあんなちょっと変な感じなの?


 長身女が斜め上に顔を傾け、広げた手の中指を額に当てる変なポーズを取ってボクを見つめてくる。


 「我が盟友達が失礼をした。私はルリエ、魔物使いだ。貴様の名はなんという」


 ボクは黙ったまま、何も言わない。


 殺し殺される関係で名乗りなんか意味ないだろうに。会話に意味なんて無い。目的の遂行のためにただ無心に。相手が『人間らしい』場合は特に。情なんて無駄に持ち合わせたら、誰も殺せなくなるから。時間を延ばすために会話するのは良いんだろうけど、ボクはスキルを用いず簡単に意識を切り替えられるほど器用じゃないんだ。


 長身女、ルリエが黙殺するボクを見て、鼻を鳴らす。


 「名乗らないか。それも良い。人それぞれ矜持も何もかもが違う。――それ故に私は宣言する。刃を収めぬなら、貴様を殺す」


 覚悟十分。もうちょっと軟派なら組み伏せるのに楽だったけど、物事はいつだって良い方向には行かないものだ。


 さて、殺そう。ボクの戦果がなければ死ぬ奴だっているんだ。


 少なくとも、一秒でも長く生き延びて、こいつらが皆の下へ行かないようにしなければ。


 ボクはそうして、この敗色濃厚な戦いに身を投じるのであった。

 





 

 ルリエは内心、肝が冷えていた。


 まさかスキルを使わず、ここまで戦闘能力が高い奴がいるなんて知らなかった。


 ルリエは尊大な物言いと態度から、大雑把な性格と思われがちだが、実際かなり慎重な人間だった。だから事前にしっかりと作戦内容は聞いていたのだ。どれだけ時間があるか、何をすれば良いかなど。


 そうして魔物使いである彼女は狙撃手であるロミーに向かって行くであろう相手がいるはずと自ら提言し、それを阻止する役目を自ら担っていたのだ。また狙撃が失敗した場合に備えて追撃に向かうシィクに援護を付けさせたりもしていた。


 無論、物事には例外は付きもので、何事も上手く行かないのは分かっている。しっかりと対策を練っていながらも、思い通りに行かないことなんていくらでもあった。こちらも向こうも生き物である以上、想定外なんて良くある。


 まあ、だからこそ相手の力量を測ったりすることも、未知なる敵の能力を推測するのも上手くなった。


 ……けど、目の前の『敵』は初めてで、どう対処していいか分からなかった。


 露出度の高い姿をした獣人は、片手にダガーを握り、腰を軽く落とし構えている。呼気はあまりにも静かで、胸の膨らみからも見て取れない。最低限の生命は一応感じさせるが、存在感は悉く削ぎ落とされている。


 あまりにも異質な気配。今まで出会った野生動物や魔獣にもあんな気配を出す奴はいなかった。


 ……何よりも怖いのは、感情の熱が感じられないこと。怒りや憎悪、悲しみや恐怖であっても、そこには何かしらの熱があるはずなのに。それらがまったくないのだ。


 近寄りたくはない。だが、相手にとってこちらがそう思ってしまうことは、とてつもなく都合の良いことでもある。


 「全員『敏捷強化』! アトラック、グレンデル、牽制を行え! 他、適当に動け!」

 

 (スコル、ハティは常に死角を取るように動け! ただし、奴の動きが止まるまで下手に近寄るな! バフォメールは犠牲にするのは一つ首までだ! それまでは接近戦を頼む! 出来れば毒針を入れてくれ! ――リントブルムは頭上待機だ!)


 ルリエは声で蜘蛛の魔物、アトラックとサンショウウオ風の魔物、グレンデルに叫び、念話で白銀の狼、スコルとハティ、三つ首の山羊、バフォメールに待機指示を出す。そして隠し球の一人には待機指示を出す。


 相手は明らかに戦い慣れている。言葉で指示を出せば、恐らくすぐに覚えられて対応されるだろう。けど、念話を混ぜ込むことで相手にこちらの命令を誤認させることが出来るはず。


 でも、その手の指示はあまりしたことはないため、次からは念話頼りにするつもりだ。仲間を混乱させることが一番不味い。


 アトラックが獣人に向かって糸を吐き出し、グレンデルが、長く粘つく舌で絡め取ろうとする。しかし、そのどれもを紙一重で交わしてくる。――紙一重と言っても、苦し紛れのギリギリと言った風ではない。最小限、最低限の動きのみで次に最大、最速を目指してくる。


 実際に迫るバフォメールが放った尾の毒針を避けて、真横に避けると上から下に叩っ切った。バフォメールが痛みに一瞬、呻いたところにさらに頭の一つに狙いを定めている。


 グレンデルの舌が獣人の背を襲わなければ、それも叩っ切られていただろう。……もちろん、舌はかわしてきやがった。


 (……というか何故かわせる)


 本当にスキルを使えていないだろうか。何か結界術に落ち度があった可能性は――、そう考えてやめる。今は倒すことを考えろ。何をすべきか考えろ。考えるべきのは仲間の不備ではない。たとえそうだったとしてもそれを織り込んで、魔物使いとして皆を、敵を俯瞰することを止めるな。


 獣人がグレンデルの舌を身を横にして、わずかに退いて避ける。ダガーをその舌に滑らせるが、傷はつかない。代わりに粘りとした液体にダガーが吸い付き、獣人の手から引き剥がされる。


 (――よし……! 逆に精密さがアダになったか!)


 武器を一つ奪えた。――けれど体勢は崩せない。あの獣人は思い切りが良く、吸い付いたと思った瞬間にはダガーから手を離したのだ。そのためグレンデルの舌に引きずられることも追いすがることもしない。視線も、離れて戻りゆく舌には向かない。……まったく嫌な奴だ。


 (スコル、ハティ、行け! ――次いで二人がかわされたら、アトラック、一瞬を逃すな!動きを止めろ!)


 スコル、ハティが獣人がダガーを抜く前に、脚に噛みつこうとする。これもかわされる。……けど今度はギリギリではなく、スコルとハティの行動が起こってからだ。横に前転するようにかわし、同時にダガーを引き抜く。そんな彼女に偏差するようにアトラックの粘着性の糸が吹きかけられた。


 しなやかな脚や腕のバネによって即座に跳ぼうとしていたが、間に合わない。そのため獣人は、ダガーを持っていない腕でそれを受け、なんとか事なきを得る。


 獣人が立ち上がり、粘着糸のついた手を軽く振っているが、取れる様子はない。


 (……数の有利は効いている。……あと奴がスキルは使えないのは確かだ。あの手の奴が拘束を脱するスキルを持っていないわけがない。……だが油断はするな。着実にだ)


 ――すでに二回ほど何かが衝突した振動が伝わってきている。魔女の『メテオ』だろうとは予測できる。このままだと予定よりも早く、結界が切れる可能性があるかもしれない。


 でも焦ってはならない。だけど急がなくては。


 (アトラック、お前は待機だ! 奴から目を離すな! スコル、ハティ、一斉に跳びかかれ! バフォメール、お前も同時に跳びかかるんだ! ただしお前はグレンデル側からだ! グレンデル、三人が刻まれないように援護を頼む!)


 その指示が為され、スコル、ハティ、バフォメールが獣人に向かって跳びかかる。三方向から同時に来る脅威に――唯一、動きが若干ながら遅いバフォメールに目をつけた。だが、彼女がダガーを振り抜く前に、グレンデルの舌が襲いかかる。ダガーを絡め取るような絶妙な長さ、他の三人の攻撃を邪魔しない逃げ場のない中、彼女は――グレンデルの舌の下に潜り込んだ。


 グレンデルは即座に舌を獣人に向かって叩きつける。だが、奴は腕に貼りついた糸が地面にくっつかないようにしつつ、アトラックからも死角に入るような位置に跳ぶ。


 (――そこだ、リントブルム! 踏み潰せ!)


 それを見たルリエは即座に待機させていた魔物に呼びかけた。


 瞬間、林の木々をへし折り、『それ』は降ってくる。


 巨大な『赤き竜』が。


 前足を獣人に向けて、体長五メートルはあろう巨体を叩きつけた。


 空の覇者たる存在の一撃は、重く、激突した周囲一メートルにクレーターを生み出すほどだ。これでもなお、仲間に被害を及ぼさないようにスキルを使わずにいたのだ。


 そしてそれを獣人は――避けていた。


 だが、突然かつ広い範囲攻撃に、とっさに対応するには無理な体勢で避ける他なかったようだ。


 そのため、獣人は地面に転がってしまい、糸が草地に絡め取られて上手く身動きが取れなくなっていた。


 それでも、大地が身体にくっついていようと彼女は、草や土ごと引き剥がそうともがき――、


 (アトラック!)


 その前に、アトラックの糸を全身に吹きかけられ、ついに動きを完全に止める。


 ……ようやく戦闘が終わり、ルリエは吐息をつく。


 そしてそれと同時に、四回目の『メテオ』を告げる振動が伝わり、結界が解かれるのを確認する。


 「……よもや結界解除まで時間を稼がれるとは」


 ……もうトドメを刺す命令を安易に出せない。何かしらのスキルを使われる可能性があり、逆にこちらに被害が及びかねない。仲間も警戒して近寄ろうとはしなかった。


 獣人からは相変わらず感情が読めず、絡め取られてから暴れる様子はない。何かこちらの隙を虎視眈々と狙っているような気がする。


 さてどうするか――。


 そう思っていると、突然、怒りに似た咆吼が響き渡る。


 人間のものとは思えない。しかしルリエの魔物のものでもない。


 「……嫌な声だな」


 次いで、空に赤い信号弾が打ち上げられる。あれは確か、撤退のものだったはず。この後、しばらくは聖人達が魔女と戦うはずだ。時間はあるが、逃げるためのもの。


 ルリエは迷いはしなかった。


 「お前達、撤退だ! リントブルム、お前は私と共に空を飛んで行こう! 恐らく、ロミーかシィクがあの声の主に狙われているはずだ! 痕跡を追いつつ、叶うならばどちらも回収するぞ! ――その獣人はそのままでいい!」


 そう言って、彼女はリントブルムの背に乗ると、空へと飛び上がり、その場を後にする。そして残りの仲間達も林の外へと逃げるべく、それぞれ立ち去るのであった。


 後には糸に巻かれて身動きが取れなくなった獣人――フェリスが吐息を一つ。


 「……助かった」


 そう呟いて、周囲を警戒しつつ助けを待つのであった。

ちょっとした補足。

もし、ルリエがフェリスを攻撃した場合について。

誰かしらを近づけたら、フェリスは頭部と脚部に獣化を行い、跳びかかり囓りもいでいた。

リントブルムは火炎弾を吐けるが、上記の獣化を行った後、なんとか避ける。場合によっては軽く被弾して蜘蛛の糸を溶かす可能性あり。

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