第十三章 わずかな救済
リディアが聖人に逃げられた頃より時は戻り、結界が張られてからしばらく経った頃。
アンサムは木陰に隠れ、歯を食いしばっていた。
ミアエルに銃弾が当たり、再度放たれた弾丸はさらにミアエルの肉体を穿つ。致命傷は避けている。恐らく、痛みと恐怖心を植え付け、アハリートから離れるように仕向けているのだろう。だが、あの幼女は生半可なことでは動かない。呻き、脂汗を流しながらアハリートをなおも強く抱きしめる。命の恩人たるアンデッドを見捨てることはあの子には出来ないだろう。
――魂の繋がりは完全に切れていたが、アハリートの心情は察することが出来る。
もし、アハリートが解放されたらどうなるか。考えるだけでも恐ろしい。
だが、このままでは持たない。時を待たずして、ミアエルが力尽き、兇弾がアハリートの命を刈り取るだろう。
銃声が何度か鳴った後に――いつもより長く止まる。
「六発……ここか?」
アンサムは思い切って、木陰から飛び出す。だがミアエルやアハリートを飛び越え、焚き火の反対側でガシャガシャと暴れるベラの元へ駆け寄った。
甲冑の下に手を入れ、抱え上げる。重い……が、アハリートよりはマシだ。
「お、おぉ……すいませぬ――」
「スーヤ! ミアエルを頼む!」
「――! ああ!」
謎の気配に警戒していたスーヤに声をかけると、彼は即座にミアエルに走りより、抱え上げてくれる。一瞬、ミアエルは抵抗しようとしたが、アンサムを見て、瞬時に状況を把握してくれたのか、力を抜いて離れてくれた。
そして、間髪置かず、アンサムはベラをアハリートの上になるべく勢いをつけず、けれど急いで置く。
それにはさすがにベラも自分がどのような扱いをされるか気付いたようだ。
「あ? え? あ? お、おぉおおおおおおお! やあぁああああああああああ! 拙者、矢受けじゃないですがぁあ!? あ、ちょ、ま、虫! 虫、虫、この人の傷口からうねうねって、あ、あぁああ! 甲冑の中ぁあああああああああ! 入ってきたぁあああああああああああ!」
「どっちもすぐには死なねえ――いや、虫は一応死にはしねえから黙ってろ!」
「含みある言い方が嫌なんですけどぉおぉおおお!」
ベラが半狂乱になって暴れるせいで、アハリートの身体の上からずり落ちそうだ。だが、今安全に使えそうな盾はこれしかない。
そしてすぐさまアンサムが飛び退いたところで――彼が今までいた空間に銃弾が通り抜ける。木の裏に必死に回り込むと、彼を狙って攻撃が数発、木肌を抉って剥がす。
それで諦めたのか、アハリートに照準を戻すが、ベラの甲冑に弾かれてしまう。どうやらある程度の厚さがある鉄は貫けないようだ。銃声が何度も鳴る。甲冑の合間からアハリートの肉体を穿つが、ワームに当てなければ効果は薄いだろう。
「……やっぱり六発で一旦止まるな。その間にチャージか何かが必要みてえだな」
アンサムが冷静に分析し、呟く。
ベラが大声で泣き喚いているが、こちらはすぐには死にそうにないので放っておく。何かしら貫通させる術を相手が見せたら、助けてやろう。本当はこちらとは関係ないから関わらせたくはないが今は緊急事態だ。
「……攻撃が全部こっちに向かってるってことはフェリスは何かに足止めされてんだろうな。スーヤ、周りの気配はどうだ!」
「まだ気配はある! 何体か……狼みたいな奴らの息づかいだと思うが……距離はある!」
スーヤがミアエルの傷に布を巻いて最低限の止血をしながらそう返す。
――牽制のつもりか。だが向こうも時間がないはずだ。すでに二回ほど振動が伝わってきている。恐らく次かその次には結界が解かれるはず。それでもまだ来ないということは……魔物使いの魔物である可能性が高く『命令されていない』かもしれない。フェリスが魔物使いとかち合ってしまって対応に追われてるというところだろうか。
予定とは色々違っているが、それなりにマシな工程を辿れているようだ。
――いや、マシではない。
「チビは大丈夫か!」
「ちょっと不味い! 血管が破れてるのもあるけど、ダメージを受けすぎだ! 布が足りない! 包帯を取りに行きたいが……くそ……なんだこの攻撃は!」
「銃って奴だ! 下手に木から身体を出すなよ! 矢と違って音がうるせえが距離も長く強い! 金属の弾を高速で飛ばして、肉を弾き飛ばす武器らしい!」
そういう武器が出回っている、というのは前々から聞いていた。異界の転生者からもたらされたという知識を元にした武器らしい。魔法やスキルと違って、生産するのにも使うのにもそれなりの物資と設備が必要らしいが、戦闘経験のあまりないものでも扱えてしまえる上に威力もかなりある凶悪なものであるようだ。
幸い、そのバランスブレイカーとも呼べる物品は、量産体制が出来ていないか、向こうも下手に出回らして蔓延させるのは望みではないようだ。そのため、それほど配備されておらず、アンサムも伝聞のみで実物を見たことはない。
ただ、実際に立ち会ってみてかなり面倒な武器であるのは十分理解出来た。
(……やっぱりタイタンとはやり合いたくはねえが、同時に味方にしとくのも怖えな)
あんなものを持った奴らを懐に入れるのは危険が過ぎる。やはり遠ざけるのが正解だろう。ただ、出来ればその前に『銃』を完全な状態で鹵獲したいところだ。
まあ、それはあくまでついでで良い。今はまずミアエルの傷をどうにかしないといけない。
またタイミングを見計らって飛び出そうか考えていると、不意に前方から草を踏みしめる音が聞こえてくる。
「ど、どうしたんすかーその子怪我してるじゃないっすかー」
やってきたのは軽装備の傭兵のような皮の鎧にどこにでもありそうな剣を装備したポニーテイルの少女だった。
なんとも不自然な棒読みな声音でそんなことを言いながら、ミアエルに近づいて行く。殺気もなく、剣も鞘に収まったままだが……スキルという見えない力がある以上安心は出来ない。
「……誰だ」
さすがに怪しすぎるため、スーヤですら殺気を滲ませて剣を握って低い声で牽制する。
その少女はビクッと身を竦ませると、手を前に出し、ふるふると頭を振った。
「と、通りがかりの冒険者っすよ! 怪しいもんじゃないっす! じ、実はうち、簡単な回復魔法を使えましてその子の怪我を治そうカナーと……」
怪しすぎる。こんなところに偶然、冒険者などいてたまるか。どう考えても敵であろうが……こんなあからさまに姿を現した理由はなんだ。アハリートを狙っているなら、銃持ちに援護を受けられるため、ギリギリまで姿を隠してやってくれば良かったはず。その方が確実だし、こちらが劣勢な今、人質をとったところで、意味は無い。
(……悪い奴ではなさそうだが……いや、どっちかっていうと甘すぎる匂いがするな。なら……)
アンサムは息を吐き出す。
「そうか。なら助かる。気をつけろよ、どっかから意味分かんねえ攻撃がくるから、焚き火と甲冑が暴れてるところには身体晒すなよ」
「そ、そうなんすか。ソレハコワイナー」
チラチラとアハリートの方を見ながら、少女――シィクがミアエルに近づく。スーヤがアンサムに視線を送る。アンサムが頷くのを確認すると彼は緊張した面持ちでシィクにミアエルを預ける。
「……結構酷いっすけど、まあ、これくらいなら……」
シィクがミアエルの傷に手をかざすと、淡く光輝き、傷が癒えていく。丁寧にミアエルの身体をあらため、一通り傷を治すと吐息をついた。
ミアエルは限界寸前で、意識が朦朧としているようだが、微かな声を漏らす。
「ゾンビ、さんは……?」
「大丈夫っすよ」
シィクはそんな彼女の頭を軽く撫でて、微笑みかけるとアンサムやスーヤに顔を向ける。
「こんな感じっすかね。ただ、うちの回復術はあくまで軽傷を治す程度でそれも見た目だけの張りぼてなんで無理はさせないで欲しいっす」
「魔力疾患は軽い方なのか」
アンサムが問うと、シィクが笑う。
「そうっすね。魔力が濃い地域以外なら普通に歩けますし。ただ普通に相手の魔法攻撃には弱いのは玉に瑕というか……中途半端過ぎるので回復術士にもなりきれないというか……」
回復術を使える者は、この世に少ない。というのも、そもそも回復系の魔法が使える者は、ある疾患を抱えているのだ。
魔力の抵抗力が弱いという疾患を。
その原因としては内在魔力が通常よりも『薄い』ことが挙げられる。内在魔力は免疫のような働きがあり、これが通常通り働くことで魔法が自身の近場や内側で発生するのを防ぐことが出来る。
だが、回復術者達はその力が弱い、もしくはないせいで魔法を身体の近いところに発生しやすくなっているのだ。また魔力のとある性質上、『魔法を使わなくても』ふとした拍子に自身の近くに魔法現象が暴発する恐れがある。
ただ、そのおかげか他者の魔力に阻まれにくく、相手の身体に影響を与えやすいことから回復や時には眩惑の魔法を得意とする者が多い。しかしその性質のために、矢面に立つのは難しく、術者の適性があればあるほど戦いにくく、生きにくくなってしまうのだ。
ちなみに内在魔力を回復する方法は外気中の魔力を取り込み、自身の魔力に変換する。だが、往々にして魔力疾患がある者は変換する力も弱く、魔力の濃い地域に行くと魔力障害という病気になりやすい。
回復術者を名乗る者は、この世では生きにくいのだ。
「大変だな」
「まあ、こんなうちでも役立ってるのでまあまあ生きられるんすよね。――あっ、ところであっちのお兄さんも怪我シテルナーコレハタイヘンダー」
(ああ、なるほどそういう流れか)
思わずアンサムが頭を抱えてしまいそうになる。この少女、どうやら悪い奴ではなく、こちらになるべく危害を加えないように心がけているようだが……ちょっとそれを優先し過ぎて馬鹿っぽくなっている。
「いや、言っただろ、危険だって」
「そうは言っても、いやあ、あれはちょっと――け、剣も抜いて、こう弾が飛んできたら弾く感じでなんかこー」
そう言って、剣を抜いて立ち上がる。その無理矢理感を自分でも分かっているのか、とてもあわあわとしていた。アンサムはこんな状況だというのに、思わず肩から力が抜けてしまいそうになる。スーヤもなんとも言えない気まずそうな顔をして、どう対処をしていいか悩んでいる様子だった。
弾とか言って、何か『飛んできている』のを分かっているし。そもそも特定の者以外、内在魔力や魔法、スキルが使えないという法則が為された結界内で魔法やスキルを使えている時点で敵方だとカミングアウトしているだろうに。
……こう見るとこの少女、疑っていない感じに見せて、なだめていたらなんかいける気がする。
「あいつは大丈夫だからな、危険だから落ち着こうぜ。あいつ頭吹っ飛んでも生きていけるし、上の甲冑が致命傷を防いでくれるからな」
「ごえええええええええええええ! 衝撃、ひぎぃ! 甲冑へこんで、身体圧迫……うぐぅ――もう、だめ、拙者、もうらめえええええええええええええええ!」
「甲冑のお姉さん? が、なんかヤバそうっすけど」
「叫ぶ余裕がある。それにまだ動いてるだろ? あともう少しいける」
「鬼っすね……」
シィクがちょっと引いてしまった。
けど、無駄に生真面目なのか止められて無理矢理行くことはなく、とてもそわそわしている。
アンサムとしてもベラのことは申し訳なく思うが、あれしか手段がなかったのだ。もしこのまま耐えてくれたら、この件が終わって身体を取り戻せたら優遇をしよう、そう心に誓った。
――と、そんなことを考えていると、どぉん、と大きな音と振動音が伝わってくる。三回目の『メテオ』が降ってきたのだろう。
これはアンサム達にとっては祝福の音色ではあるが、敵側にとっては地獄へと直結する音だ。
敵であるシィクにとってもそれは同様で、迷った末にアハリートに向かって駆けていく。
「申し訳ないっす! やっぱ治療をー!」
「くっそ、もう留めるのは無理か……! 止まれぇ――!」
「うっひぃ! やっぱりバレてるっぽい!? 『皆』ぁ! 足止めお願いするっす!」
ナイフを構えて駆けてくるアンサムに、シィクが大声で叫ぶ。
すると、暗闇の木陰で蠢いていた何かが三体、飛び出してくる。
それは白銀の狼。大きさは腰の辺りで、中型犬くらいだ。
「くっ――! 魔物使いか!?」
「自分は違うっす! 最低限の命令権しか与えられてないのでー死なないでくださいー! あっ、狼さん! その女の子襲っちゃ駄目っすよ!」
「なら、こんなこと止めろや!」
アンサムは狼に跳びかかられて、押し倒されてしまう。ナイフを振るおうとするが、刃にかぶりつかれて押し止められてしまう。
スーヤは二体の狼に襲われているが、こちらは上手く立ち回れている。しかし、狼に背を向けてシィクを追えるほど余裕はない。
「こっちもそんな訳にはいかないんすよ! でも――ゾンビさん! 女の子は治療しました! 抵抗をせずこちらに従えば、見逃してくれるはずっす! 念話をするんで答えを――ひぃっ!?」
何を聞いたのか、シィクが身をビクつかせる。
「そ、そんな殺す連呼しなくても――ロミーさんも悪気があった訳じゃなく……いや、駄目っすよ、あの人殺すとか……そんなこと言うと、うち、貴方を殺すしかなくなっちゃうんすよお!」
シィクが半泣きになりながら、アハリートの前で立ち止まり、剣を高々と構える。
「最後に! 答えてください! うちのスキルで嘘はつけないっすよ! ――答えが同じなら、『斬鉄』スキルで一刀両断するっす! すぐに答えなくても同じっすよ!」
彼女はアハリートの最後の言葉を聞くために、一瞬待つ。
そして、彼は答えた。
(ミアエルを傷つけた奴は絶対に殺す)
「――っ! 覚悟を!」
「拙者はどかしてぇえええええええええええええ!」
「申し訳ないっす! 時間がないもので!」
「いやぁあああああああああああああああ!」
泣き叫んでいるベラに心を痛めつつ、シィクが剣を振り下ろす。
それと同時に、どぉん、と音が鳴った。
瞬間、アハリートから触手が鞭のように振り上げられて、それがシィクの手に当たる。
「――つっ!」
手を弾かれて、剣が宙に舞う。けれど彼女の視線は下――アハリートに向けられたままだ。彼は、地面に沈み込み、念話での繋がりも消え失せる。間に合わなかった時を考えて、彼を捕捉する方法を試してみたが、駄目だったようだ。
他の索敵スキルにも引っかからない。でも、怒り狂った彼がとる手段は――、
シィクはとっさに側宙をして、地中から飛び出してきた触手をかわす。スキルを使い、飛ばされた剣を無理矢理手元に引き寄せ、躊躇いもせず背を向けて逃げ出した。
「狼さん、てったーい! 逃げるのはさんじゅう――なんとかにしかずっす! じゃないとローラさんらが大変になりますからぁ!」
そう言って、脇目も振らずに逃げていき、そんな彼女に従うように狼も疾駆する。
そんな中、地上に現れたアハリートの怒声が響き渡る。彼はシィクを無視してある方角――銃弾が飛んできたロミーがいた方へと四つん這いになり、木に触手を巻き付け、自らを引っぱり加速して全力で駆け出すのだった。
残されたのは、呆然とした顔のアンサムとスーヤ、未だ朦朧としたミアエル、動けることに気付かず、地面でバタバタと暴れるベラだけだ。
とりあえずアンサムとスーヤは危機が去ったのを感じ、力が抜けたように腰を下ろしたのだった。




