第十一章 いつだって変わらない
皆で焚き火を囲んでいると、魔力の流れに異常が生じた。
リディアはそれを刹那に感じ、瞬時に思考を超加速させて気持ちを落ち着かせる。すでに時同じくして銃声も聞こえており、アハリートの頭が吹っ飛びかけている。
やはりアハリートを狙ってきている。
この時点で相手は隠れる気はないのか、三人、林の中からこちらに駆けてきている。相変わらず絶妙な位置に――いや、今回はさらに近い。能力が高いからか、それとも隠密と索敵が得意な転生者でもいたのか。
自分の相手は彼らもしくは彼女ら――聖人達だろう。
少しでも仲間から離れるように聖人達に向かって行かなければ、自分や仲間の命が危険に晒される。
始めよう。やることは決まっている。無駄な思考、時間は取るべきではない。
リディアは、コロリと袖から手の平サイズのガラス球を取り出し、握り潰すと、中から半透明の魔力の塊が溢れ、彼女を覆う.
そして同時に無造作に もう片方の手を上から下に振った。
ついでに空中から先端に十六方向へと刃物がついた長柄のメイスを出現させ手に持つ。
すると結界が、林全体を包み込むように張られ、対象ではない全ての者の内外全ての魔力操作を出来なくさせられる。
しかし、リディアはそんな中、内在魔力を操り、『拳聖』のスキルを発動させると地を蹴り、聖人達の下へ駆ける。
どぉん、と遠くで何か重たい物質が激突する音が鳴る。
「魔女、『メテオ』『アンチシールド』全部確認! ついでに『黒杖』あり!」
「くっそ、ほぼ総セットじゃん! 射撃のタイミングと合わせられなかった!?」
「いえ、来ると分かっていたからこそでしょう! だからこそ結界持続もさらに短いと思った方が良さそうです!」
三人の若い女の声が聞こえてくる。
声は近くで、接敵は間もなく。二十メートル以上離れられた。一応これくらいなら大丈夫だろうか。
白い法衣――先頭に赤髪三つ編みの少女が現れる。後ろには眼鏡をかけた杖を持つ堅物そうなブロンド髪の少女は――恐らく魔法使い、その横側には菱形の浮遊物を三つ浮かせた黒髪の清楚な少女――こちらは回復術士か。で、先頭の赤髪三つ編みで籠手をつけたのは、近接主体の格闘系に特化したタイプか。
ずいぶんと古典的なバランスの良いパーティだ。だからこそやりにくい。
「おらぁ!」
赤髪の少女が大きく振りかぶり、野獣を思わせる気迫で殴りかかってくる。テレフォンパンチに思えるその攻撃は、予想より遙かに速く――そして重い。
「――っ」
避けきれず、受け流そうとメイスの柄で拳を受けた。踏ん張ることはせず、衝撃で身体が流されてしまう。なんとか吹き飛ばされないように杖の柄の下に向かって衝撃を受け流すことを試みる。火花が散る勢いで拳と杖が擦り合わされ、流せなかった力に軽く吹き飛ばされる。距離にして一、二メートルほど。
靴底を削りながら滑り、リディアは周囲に目を配らせ、右後方の死角にて火球が出現したのを確認し、それがすでに射出したのを見て、身を屈める。
――と、前方ではあの赤髪の少女が、低い姿勢で靴底で地面を深く削り、素早く、かつ低く跳びかかってきていた。
リディアは即座に回避しようと無理にでも横に跳ぶために足に力を込める。
しかし、ずるりと力が逃げる。感触は、泥。足を取られた。でも、今の今まで足はそこまで不安定ではなかった。――分かっている。性質を変えられたのだろう、あの回復術士の少女に。
彼ら回復術士はその魔力にまつわる『欠陥』故に他者の魔力に阻害されない。本来、内在魔力を放出しているため、リディアの間近に魔法やスキルを発動させるのは不可能だ。だが、彼女は出来てしまう。
このままでは当たる。リディアは今、思考加速と身体強化だけのスキルや魔法しか使えない。この結界内の空間は、対象者以外はたとえ魔力濃度を操ったところで魔法を発現できないのだ。そのため魔法は使うことができない。本来なら身体強化系も使えないが、それだけは出来る結界のようなものを自らに付与したためなんとか使うことが出来ている。
――一応彼女らが結界を施した際、発生した『隙』を用いた魔法ぐらいは使える。けどそれは切り札だ。
リディアは歯を食いしばり、メイスを腕の力だけで赤髪の少女に真横に振り抜く。
だけど少し遅く、メイスは赤髪の少女の胴体に当たり、それも力が弱かったために拳はわずかにそれただけで頬を中心に深く当たる。
固く重たい感触に叩きつけられ、甘く痺れる鈍痛が駆け抜ける。跳ね上げられるような一撃であったため、身体が宙に舞う。幸い、本来飛ばされようとしていた軌道よりわずかにずれていたため、火球に当たることはなかった。
――困った。とても強い。個人の力量も、連携も熟練されている。
まあ、でもいつものこと。聖人達は強い。絶対に慢心しない。話も聞いてくれない。
いつだってこの時間は耐えるだけだ。いつもそうだった。いつまでも変わらない。
どぉん、と遠くの方で何かが――巨大な石でも降ってきたかのような音が鳴る。
――けれど、そう、いつだって『結末』は変わらない。
宙返りして、地上に立ったリディアは鼻から垂れる血をペロリと舐めて恍惚顔で呟く。
「二発目」
「――くっ! やっぱり早い……! でも焦らないで! まだ時間はあります!」
「アンジェラ! 分かってると思うけど――」
「焦らず急げね、分かってるよ!」
そうは言っても焦りは感じるだろう。
先ほどから、定期的に伝わってくる振動はリディアが原因だ。
結界が張られる直前に、何かしらの物体を上空に飛ばし、魔力感知で発見した結界術者の一人にぶつけたのだ。無論、結界術者も攻撃されることは分かっているため、防ぐ手段は講じている。ただそれは己に結界を張るというもので、そうしてしまうと魔力の消費が激しくなってしまう。
そのため、以前まではたった一発の『メテオ』によって魔力が底を尽きかけた経験から、一人の結界術者をサポートする者が追従することになった。
このおかげで少しでも長くリディアを無力化出来ることに成功したが、その弊害として結界突破時にはその結界術者や保護に当たる全員が死亡するという憂き目に遭ってしまう。
結界術者は優秀な人物が起用されるため、突破されると人員的な面でかなりの痛手となってしまうのだ。かと言って人を減らしては聖人達にとって優位な時間を減らすのと同義だ。
リディアは口元を歪め、笑うような顔を作って語りかける。
「今回は何人使ったのかな? 今までの経験から三、四人? 結界の形的に四方陣かあ。広く、満遍なく囲えるけど、その分、消費が大きいよね。四人の術者にそれぞれに何人配置できるかなあ。それほど多くはないよね。多かったら、その分、『何か』をいっぱい殺して妖精に魂を蓄えさせてたってことだし。――ねえ、私に勝てなかったら、無駄死するのは何人になるの?」
「――っ」
赤髪の少女――アンジェラは歯を食いしばり、駆ける。魔女の言葉は挑発だ。分かりきっているため、激昂することはない。それよりも胸がチクリと痛む。
そう。自分達が勝たなければ、結界術者達の死は無駄になる。どのみち魔女を倒したところで、『メテオ』は自動で降るため、術者達は死んでしまうだろう。
(……いや、今は罪悪感なんて抱くな。それよりも……くそっ、一撃を当てたのに倒せなかったのは痛かった。どうする――)
正直、倒せるとも思ってはいなかった。魔女は魔法特化型だが、身体能力が低いわけではない。むしろ下手な近接特化よりも強いときてる。
アンジェラの用いる『拳神』の身体強化スキルは身体能力を『拳聖』の倍ほどに引き上げることが可能だ。
渾身の一撃が直撃すれば、当たり所によっては瀕死に出来ないこともない。
けど、魔女はスキルに頼らない素の『技術』が優れている。メイスを使った棒術も、最善を選ぶ判断力も魔女自身の力だ。
それがあるため、結界術で弱体化させてもなお差を埋めてくる。
でも、だからと言って物怖じなんて出来なかった。
肩に力を入れず、拳は軽く握り、構えながら真っ直ぐ向かう。単純なフィジルカルで勝っているなら、それを最大限利用すべきだ。
――けれど。
リディアはアンジェラの振り抜いた拳を丁寧にいなし、ガードのほんのわずかな隙を狙ってメイスの柄を叩き込んできた。
速くないはずなのに、速い。無駄が極限まで削がれているのか。
「くっ――」
軽い鈍痛が鳩尾辺りに響いてくる。
けど怯まずメイスを掴もうとするが、手からすり抜けて行く。恐れず、一歩踏み込み、捻るような拳の一撃を放つ。だが魔女はそのアンジェラの腕にメイスの柄を合わせ、腕の捻りに合わせ、同じく回転させる。
「――!」
アンジェラの視界が回転する。信じられないことにこちらの力を利用されたのだ。背中を打ち付け、息を漏れ出るが――その一瞬ですでに魔女はメイスの刃を彼女の顔面に振り下ろしていた。
アンジェラはその場で転がって避け、腕の力だけで立ち上がり、体勢を整える。
(昔、師範と戦ってた時みたいな感じだ……。素の力量差がありすぎる……! もうこっちの動きに対応されてる)
リディアの視線がわずかに右に外れたため、死角から裏拳を叩き込もうとするが、大きく後退るように跳んで避けられる。同時に魔女が今までいた空間にミッシェルが放った鋭い風の鎌がいくつも通り抜けて、アンジェラの頬を余波の弱い風が吹き付けてきた。ああ、畜生、どれもこれも見抜いてやがる。
どぉん、とまた遠くで『メテオ』が降り注ぐ。
「三発目」
鎌鼬はまだ目の前にある。まだ一瞬の出来事。魔女の着地位置はローラの力によってぬかるみに変えられていた。わずかに隙が出来る。さっきと同じだ。これはチャンス。
アンジェラは鎌鼬に切り刻まれながらも、魔女に向かって跳びかかる。案の定、魔女は体勢を崩し、姿勢を整えるためにメイスを真正面に構え、最低限の盾として&転ばないように地面に突き立てている。
このまま行って、メイスを片手で払い、真正面の急所をぶち抜こう。今度は深く叩き込む。
――魔女は移動出来ない。
先ほどのぬかるみで滑った時よりもアンジェラの跳び込む瞬間が速かったのだ。今、下手に動けば、大きく体勢を崩す。足場が最悪の状態だから防御するしかない。今度こそは全力でその隙をつく――。
「《我が契約せし業火の異空、その地獄を現世に晒せ》」
そう呟いた。魔女が。
メイスが土を跳ね上げるように縦に振るわれた。けど、アンジェラに当てる気はなく、彼女が来る前より速く振り上げられたのだ。
そのメイスの先端部の軌道に合わせて空間が裂けた。
「――は?」
空間魔法? 何故、使える。――いや、使える。使えるのだ。周りの魔力を操れないため、移動などには無理だが、それ以外なら内在魔力が届く範囲でなら、空間魔法全般はこの結界内では誰でも使えてしまう。
何故なら、空間を維持する濃度の魔力を封じてしまったら、アントベアーの巣を破壊してしまうから。ここ一帯は吹っ飛ぶし、結界に携わった人間はもちろん、聖人や転生者は即死する。かと言って、仮に仲間を巻き込まないように手を打ったところで、魔女を殺せる保証もない。
だから、空間魔法だけは結界の対象外にしていたのだ。
裂かれた空間の中身が真っ赤に染まっている。轟々と唸りを上げ、熱波がうねっていた。押さえ付けられていたエネルギーが解き放たれ、その真正面にいたアンジェラを――飲み込む。
「あっぐ――!」
業火に飲まれ、けれど瞬時に横に跳び、即死だけは回避する。だが、業火に一瞬でも舐られたことで肌が焼け、息を吸い込んだことで肺が焼けただれる。全身の表面をミディアムレアに焼かれたことで目も見えなくなり、たまらず地面に転がってしまう。
それを見た回復術士のローラは顔を強張らせつつも、即座に回復を行う。彼女の右隣に浮かぶ赤い結晶体が光り輝き、呼応するようにアンジェラが光り、回復していく。
回復は数秒もかからない。けど、少なくとも一秒はかかってしまう。
その間にリディアがローラに向かって跳びかかってきた。
――実際のところ、現在のリディアに三人を殺せる術はない。何故なら、ローラの回復術によって致命傷だろうと即座に治ってしまうためだ。倒れたアンジェラを狙ったところで、回復速度が勝り、戦線復帰をされてしまうだけ。それにアンジェラ自身も気を失ったわけではなく、最低限は動けてかつ最低限の感知能力を使って、相手を把握しつつ急所を庇っていたのだ。
だけど、今、アンジェラが満足に動けないため、この二人を守ってくれる者がいない。
「ローラ! 回復に専念して!」
眼鏡の少女、ミッシェルがローラを庇うように立ち、空間を切り裂いてきた魔女との間に障壁を張る。同時に鋭い雷鳴が轟き、障壁を砕いたが幸いにして彼女達に届く前に消え去った。
どっどっどっ、とローラの心臓が早鐘のようにうち、汗がぷつぷつと浮き上がる。感情を浮かべていない無表情の魔女が迫ってきている。
アンジェラの回復が済み、もうすでに起き上がっていた彼女は魔女の背に跳びかかる。けど、アンジェラが間に合う前にミッシェルの横っ面を凶悪な刃物がついたメイスで薙ぐように張られてしまう。
「い、ぎぃっ!」
肌をズタズタに裂かれ、言葉にならない悲鳴を上げてミッシェルが倒れ込む。
アンジェラは追いつくが、魔女は即座に横に跳び、回避してくる。そして横を向き、いつの間にか三人固まってしまっていた彼女らに向かって、空間を横薙ぎして、業火を出現させる。三人をも容易く飲み込んで来るであろう、業火を前に駄目だと分かりつつも二人は身体を強張らせてしまった。
いや、迷っていたのだ。どう行動すべきか。アンジェラと言えども二人は運べない。けど誰かを残すことなど出来ない。ローラもミッシェルの回復を優先させるべきか、否かを。そしてその一瞬はあまりにも遅すぎた。
三人の命運は尽きように思えたが、業火が放たれる寸前でミッシェルが痛みに堪えながら、上半身を起き上がらせて杖を掲げると、必死に障壁を張る。三人を守る障壁が業火に塗れ、ビキビキと亀裂音を立てるも、――なんとか防ぎきった。
そして――。
どぉん、と音が鳴り――、
「四発目。……四人ね」
林一帯を包んでいた結界が消滅してしまった。
ちょっとした補足。
アンチシールドについて。
かなり特殊な魔道具。内在魔力を放出している間、他の結界の効果を無効化する結界を自らに付与することが出来る。そのおかげでリディアは身体能力強化などのスキルを使うことが出来た。
ただし、これは使用している間、常に魔力を使い続けなければならない上に消費がかなり多いため、普通の人間が使えば、数秒で枯渇することになる。
かなりゴリ押しなマジックアイテム。
ちなみに仮にアハリートが使えたとしても、使った瞬間に魔力切れを起こしてぶっ倒れてしばらく動けなくなる。




