幕間
太陽が完全に沈み、世界は闇に覆われる。代わりに昇ってきた異様に大きな月が妖しく輝き、大地を照らすことで完全な暗闇は少しの間だけで終わる。
ロミーはそんな空の下、木々の間を隠れながら進んでいた。
彼女は今までで一番、心臓を高鳴らせていた。というのも、魔法系スキルや通常系であっても魔法効果が乗るスキルの使用が出来なかったからだ。そのせいで軽めの隠密スキルや五感強化スキルを発動させることしか出来なかったのだ。これでも十分ではあるが、大幅な身体能力強化や感知スキルが使えないのは本当に辛かった。
聖人達の見立て通り、相手もこちらが来ることを予測していたのか、林の侵入者にはある程度の対処をしていた。ロミーの仲間に魔物使いがいるのだが、その彼女にその辺にいたゴブリンを操って貰いどうなるか試したのだが(タイタンではかなり珍しい魔物使いだが魔物を道具として使うのが嫌なタイプですごく嫌そうにしていた)、林に入ってからしばらくして地面から謎の触手が生えて地面に引きずり込むというホラーが公開されたのだ。
恐らく件のゾンビ転生者らしいが、触手が地面から生えるその瞬間まで捕捉することが出来なかった。恐らく何かしら強い隠密系スキルを有しているのだろう。最初はおびき寄せて、土操作系の魔法で引きずり出して倒すことも考えられた。だが、その瞬間に魔女がやってくることが確定的な上に下手をすると結界から逃げられて大惨事になる恐れがあることからその作戦は決行されることはなかった。
そして、ちょうど今も周りで音が聞こえたことから、ロミーは木の根元にうずくまる。すると、反対側の木々の合間に、にゅるりと地面から一人の人間が生えてきた。――それなりに年若い。触手は生えていない。ただ、なんとなくおかしな感じがする。
《魂はあって、前見たのと同じ。顔も同じ》
ロミーの中にいる妖精が簡潔に告げる。
(でも、不自然すぎる)
というか、何故ここに? 気付かれている? なら仕留めた方がいい? でも、分かっているならこれは罠に他ならない。
色々考え……結果的にロミーはやり過ごすことにした。
しばらくするとそのゾンビは地面に吸い込まれるように消えていく。やはり完全に沈み込むと気配を察知出来なくなってしまう。
すぐには動かない。息も殺し、魔力が必要になるギリギリのレベルでスキルを行使して、存在感を消す。
そして数分後、耐えきれなくなって息を吐く。
(もう動いても大丈夫かな)
《ロミーの記憶の『ホラー映画』? なら振り向いた先にいるよね》
(やめてよ)
シャレになっていないから。
幸いにして、そんなベタな映画みたいにはならなかった。
慎重に動き回り、――ついに人工的な灯りを見つける。焚き火の灯りだろう。
ロミーは離れた位置から木に登り、望遠鏡で確かめる。
人がいる。少し太めの男に普通な兵装をした男、……何故か全身甲冑を着ている奴、人狼の女に金髪の少女、……そしてローブを纏った魔女らしき女性。
全身甲冑以外は情報通りだ。ゾンビはいないが――いや、地面から現れた。金髪の少女が嬉しそうな表情で駆け寄り、抱きかかえられた。
(……仲が良さそうね。あの子、魂は?)
《あの子は拘束されてないよ》
「……? そう」
何か少し含みがあるが、気にする必要は無いだろう。というかこんなところで無駄に討論とかしたくないのが本音だった。
……単純にあれが化け物と知らない……と思っていたら少女を降ろしたゾンビが触手でその子と遊び始めた。少女の振るまいは普通の子供と一緒だ。操られているようには見えない。あれがゾンビが操って見せているなら、かなり空恐ろしい光景だろう。――ゾンビの中身が本当に人間なら、そんなことをしていないと思いたい。
(ゾンビの討伐以外の対処は任せるみたいな感じだったけど……。存外に邪魔する奴は殺せって意味だとは思うけどさ、……あの子は嫌だよ、いくらなんでも)
《それは皆一緒だと思うよ。無理は良くない。だからゾンビを一撃ひっさーつ》
(簡単に言うね、ほんと)
それが出来れば苦労しない。そもそもあれは頭を撃ち抜いて終わりではないようだ。
《身体に大きなワームがいるっぽいかもだから、どうにか頭とそれを撃ち抜ければワンちゃんありあり?》
(ほんと簡単に言う……)
でも、そうしなければならないだろう。無力化の結界は張られるらしいが、時間は五分にも満たないらしい。それが切れたら、全速力で逃げるようにと言われた。少なくともそうしなければ、あのゾンビに捕まって殺されてしまうだろうから。再生能力も高いらしいから、仕留め損ねて結界が解けたら、まず倒せないと思って良いようだ。……だから何が何でも仕留めないといけない。もしその時、あの少女が邪魔をしたとしたら……その時は覚悟を決めよう。
必ず、やらなければならない。
まず一度戻って、敵も味方も全員配置についたら作戦決行だ。




