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転生したら、アンデッド!  作者: 三ノ神龍司
第二幕 偽りの王子と国を飲み込む者達
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第九章 愚か者達の末路

 「――は?」

 

 大柄な男――グーダンは目の前の光景が処理できず、しばし呆然としてしまった。割と長年連れ添った仲間が、地に伏して、俯せになって真っ赤な液体を流している。


 痙攣が治まり、完全に沈黙したことでようやく我に返ることができた。


 「ヘンリィィイイイイイイイイイイイ! この糞アマがぁあああああああああ!」


 グーダンは躊躇いなく、ミアエルに突き付けていたナイフを思い切り引く。


 このままこのガキを殺したら、すぐにあのふざけた雌犬をぶち殺して、その死体を全員で輪姦し犯してやる。それでも腹の虫が治まらなかったら、このガキの死体をあのデブ王子の目の前で犯してやる。とにかくもしこいつらに仲間がいたら、全員殺してやる――!


 そのどす黒い決意を胸に秘めるが――最初の一手すら指せなかった。


 引こうとしたナイフは動かなかった。ひたりと、両腕に、服の上から何かが巻き付いてきたのだ。見ると地面から気色の悪い触手が伸びてきていて、腕を絡め取っていたのだ。


 ぴくりとも動かない。それどころか腕が締め付けられ、ギシギシと軋む。


 そして、数秒も間もない間に、ばきゃ、と骨が砕ける音が鳴る。


 「ぐぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 腕に走る激痛。腕の骨が折れて、変な方向に曲がっている。あのガキはするりと逃げ出してしまう。訳が分からなかったが、怒りだけはまだ少し残っていた彼は、叫ぶ。


 「誰かそのガキ捕まえてぶち殺せ! そのままあの畜生を――」


 そう言いかけたと同時に、足首に何かが巻き付くのを感じた。――いや、すでに何か分かっている。見ると、凹凸が不規則にある不気味な触手が巻き付き、きつく締め付けてきた。余分な触手が地面からさらに伸び、数メートルも地面に露わになる。


 ぐい、と足が引かれ、そのまま倒れ込む。勢いよく引きずられ、抵抗しようとするが触手の力があまりにも強く、少しもその場に留まることが出来なかった。


 地に出た触手に限界までめい一杯、引きずられると、瞬間、反対側に強く振られ、グーダンの身体が宙を舞う。身構える余裕すらなく、池に叩きつけられ、どぱんと鈍い音と水飛沫が上がる。


 グーダンはそれなりに強い人間だ。一対一ならば町の衛兵にすら勝てるだろう。でも、この力は人間を遙かに超えている。


 何度も何度も宙を舞い、叩きつけられ、溶けるように過ぎる景色を眺めていることしか出来なかった。彼は丈夫でもあるが、その頑強さが皮肉なことに彼の意識を決して奪わせず苦しませていた。


 全身がボロ雑巾のようになってようやく触手の動きが止まる。


 「ぐ、……く、そぉ……なん、だってんだ……誰か……なんで、助けねえ……」


 振り回されている時、助力がなかったことに彼は仲間に対して怒りを覚える。痛みで上手く動かせない身体を、ぷるぷると震わせながら掠れかけた視界でなんとか辺りを見渡す。


 仲間達のほとんどが素っ転んで、わたわたとしている。見ると彼らの足首にグーダンと同じような触手が巻き付いていたのだ。ただ、彼のものと違って、地面から切り離されており、かつあくまで足を絡め取って動けなくさせる程度のものだった。


 そして彼らも彼らで抜け出そうとしており、手で引っ張ったりしていたが見た目通りの弾力と力があり、取ることができない。ナイフを持つ者は切り裂こうと刃を突き立てるが――ぶうしゅうと噴き上がった触手の体液を浴びた瞬間――じゅうぅ、と何かが焼ける音が鳴り――、


 「ぎゃああああああああああ!」


 悲鳴が上がる。それを見た仲間の一人が青ざめて、叫ぶ。


 「と、溶けてる!? だめだ、これ、壊したらだめだ! 酸だ! 体液が酸になってる!」


 「じゃあ、どうすりゃ良いんだよ!」


 「知らねえよ! なんとか引き千切らずに解くしかねえだろ! 捕まらなかった奴、手を貸してくれえ!」


 阿鼻叫喚だった。グーダンはさらに見渡すと、あのデブ王子と畜生女、チビガキがまとまっていた。奴らは触手に捕まっていない。いや、それどころか警戒すらしていない。


 畜生女はこの状況下で呑気に下着をつけている。チビガキは視線が合うと、べーっと舌を出してきていた。


 それを見れば、奴らがこの触手の主と繋がっているのは馬鹿でも分かる。


 「奴らだ……奴らを殺せ! この触手を操ってるのは奴らだ! 魔物使いがいるぞ!」


 「いや、いねえけどな」


 アンサムが首を振って否定するが、グーダンは信じる気はなかった。


 彼の言葉に難から逃れていた二人が、仲間から離れ、アンサムら三人を睨み、武器を片手に向かって行こうとする。


 が、それと同時に彼らとの間に、地面から一人の人間が湧き上がるように現れた。ぱっと見普通の人間。しかしその皮膚からはいくつもの触手を生やしており、特に背中は服の上からでも分かるほど歪に膨らんでいる。


 その化け物が両手の平をそれぞれに向けると、いきなり鉤爪つきの触手が飛び出してくる。一人はなんとか回避することが出来たが、一人は回避が間に合わず肩口に突き刺されてしまう。


 刺された方はとっさに触手を抜こうとするが、返しがついていたのか抜けない。ならばと切り落とそうと持っていたナイフを使おうとするが――。


 「あ――ぎゃ、ぎゃああああああああああああああああああああ!」


 突然、悲鳴を上げて苦しみだす。もう一人の仲間はギョッとして彼を見ると、その彼の皮膚に不気味な黒い血管が急速に全身に広がっていたのだ。


 黒い血管は瞬く間に全身を覆い、同時に鉤爪の触手が外される。肩口から肉ごと鉤爪を引き抜かれた彼は、直立したままガクガクと震えている。


 「お、おい……どうし――」


 「がぁああああああああああ!」


 仲間が心配し、彼に声をかけるが先を続けることが出来なかった。何故なら、突然、その彼が襲いかかってきたからだ。それはあまりにも予想外で簡単に押し倒されてしまう。


 「な、おい! やめろって! やめろ! どけよ! ――あ? うわ、う、うわぁあああああ! やめろやめろぉおおおお!」


 変貌した仲間に押さえ付けられていた者は、触手の化け物が近づいてきたことで半狂乱になって叫ぶ。


 その化け物は四つほど触手を彼に伸ばし、手足に巻き付ける。そして彼から絶叫が上がり、しかし黒い血管が彼の全身を覆うことはなかった。それでも手足に伝わってくる痛みは悶えるほど強い。


 彼は息絶え絶えに彼を押さえ付けていた変貌した仲間と触手の化け物が離れていくのを見送る。


 「なにが……手……痛えのに、感覚ねえ……どうなって――あ……? あぁあ……あぁあああああああああ! 俺の手が、足がぁあああああああ!」


 彼が見たのは、黒い血管に覆われた手足――しかしそれよりも衝撃的だったのは手足が溶けてなくなり、棒のようになっていたのだ。肩も固定されたように全く動かない。足も太股から下の肉がなくなり皮だけ張った骨だけになって、その全ての肉が足に集約されて歪に膨らんでいた。


 化け物は一人一人に近づいて行き、同じような処置を施していく。全員、叫び暴れる。化け物が来る前に足を絡め取る触手を無理矢理引き千切る者もいた。だが、酸で肌を焼かれて這いずることしか出来ず、結局捕まってしまう。ほとんど全員が歪に変形させられ、痛みと絶望の啜り泣きが辺りに満ちる。


 ――そしてついにグーダンの番になる。黒い血管に覆われた彼の元仲間を従え、化け物がグーダンを見下ろす。


 元仲間がパクパクと口を動かし、無理矢理言わせられているような片言の言葉を吐く。


 「次、は、お前、だ。覚悟、しろ」


 「なんだってんだよ……」


 彼は泣きそうな顔で呟く。どうしてこうなった。本来なら、もっと違う結果になっていたはずだ。もっと楽しいことをしていたはずだ。


 触手が伸びてきている間、彼はそんな終わらない自問自答をずっと続けるのであった。

  




 

 俺が一通り『処置』を終えると、リディアがやってきた。


 「すっごい声したけど……うわー地獄絵図」


 その惨状はまさに地獄と言えるだろう。死亡者はたった一人だが、生き残っているのも俺がいうのもなんだが、たちが悪い。完全に自由意志を奪われ、肉体を歪に変形させられているのだから。あと意志を奪っても、反射的に叫んだり、唸ったりうるさいから、必要じゃない奴以外口を溶かして塞いでおいた。中々えぐいね。


 「……で、皆の顔が暗いけど何かあったのん?」


 意外に皆の顔色とか空気とかを読むのが上手いリディアさんは、今回も冴え渡る眼力で皆――というかアンサムとフェリスに顔を向ける。


 ちなみにミアエルは水汲みを再開して、俺は後ろで監視している。荒くれ共に他に仲間がいないのかは一応確かめたけど、また目を離した隙に、とか嫌だし。


 それで、二人だがアンサムは疲れた感じに眉を顰めていて、フェリスは不機嫌そうにぶっすりしてる。


 「ちょっと面倒になった」


 「ボクらがここにいる情報が漏れたっぽい」


 なんでもこのちょっかいかけてきた荒くれ集団が、俺らの敵対勢力に情報流した可能性が出てきたっぽい。


 俺はどうしてそういう結論に至ったのかよく分からないけど、なんか荒くれ集団が今回みたいに人狼にちょっかいかけた後、そのことを毎度誰かに聞かれることがあったようだ。荒くれ集団のリーダーこと、グーダンは一応、人狼と今後ともよろしくするために人狼達に何を聞かれたかは答えなかったらしい(でも金は少しもらっていたから当たり障りのないことは言っていたそうな)。それに実際はあくまで、人狼が何を聞いてきたかというより、相手が人狼かどうかの確認だけみたいだったらしいな。


 けど、それだけでも知られるのは問題だったっぽい。


 「……くっそ、何が隠密得意な人狼だっての……あぁ、ムカつく……なら追跡されないようにボクも『同じ事』やれってか……ふざけんなクソが……」


 フェリスがすごいドスの利いた声色で呟いていたから、かなり不味いんだろう。


 なんか小さな物事が連鎖的に繋がって云々かんぬんして見つかってしまうとかなんとか。普段と違うものを残すと、それがたとえ小さなものだろうと結構大きい痕跡になっちゃうらしい。


 それをアンサムらがリディアに伝えると、うーんと口に手を当てて考え込む。


 「と、するとここにいるのがバレちゃってる可能性があるわけだね。少なくともこの子達が追って来れるくらいには、何かしら情報があったみたいだし」


 ほんとすごいよね。何を元にしたんだろうね。


 「襲撃があるとすれば、諸々の準備を含めて今夜かなあ。ただ向こうの手段として町や城での待ち伏せもありで、そっちの方が良い場合があるかも。向こうが何より対処したいのは私よりもアハリちゃんだから。城直行もアハリちゃんの正面突破も、こちらが先にやったら高確率で失敗するかもね」


 「奇襲の撃退前提で進めるの?」


 フェリスが、ややげんなりしたため、リディアは苦笑した。


 「どうだろう。ただその方が成功確率が高いけど……絶対とは言えない。それを見越して私達が留まる選択をしたら、向こうはあえて襲撃をかけず待っているのも良いし。私達がタイミングを逃すと、アンサムくんのお師匠さんとかお城にいるらしい魔族の子とかが殺されるかもしれないから私達に待つだけの選択肢はないんだよね。向こうはそれが重要か知らないにしても、どんな行動をするにしても十分に準備を済ませられたらそれはそれで厄介だし」


 待つにしても行くにしてもリスクがかなりあるらしいな。どれもが絶対とは言い切れないとは、本当に嫌だね。


 「だから待つにするなら、タイムリミットを決めるようにした方がいいかな。もし何も起こらなかったら、そこから作戦開始をするしかないね。……襲撃なしの場合は、突入時アハリちゃんは特に警戒しててね」


 「うー」


 頷いておく。


 まあ、なんにせよ難易度は常に上がり続けてるってだけ覚えておこう。なるべく死なないように頑張ろうか。そのためにも『実験』はしといた方がいいかも。


 そんなことを考えながら、俺はぼんやりとミアエルのつむじを眺めているのだった。

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