第八章 火に油を注いではいけない。
アハリート達が隠れ潜んでいる林は、それなりの規模が大きなものとなっている。
平和な安定期が長らく続き、魔法や魔道具の発展により人口は基本的に右肩上がりとなっていた。そのため、このプレイフォートが国を構える平野は開拓が進められ、農地が段々と増えていっている。
そうした中で、この林は開拓から外されたかのように、取り残されている特殊な区域だ。
理由はアントベアーの巣があるため。
基本的に無害な魔物であるのだが、『巣』が中々に厄介な代物であるのだ。
『外面』的には巣の規模は大きくはない。しかし、アントベアーは巣に魔力を蓄積させ、意図的に空間拡張を施す。それで狭い範囲内で勢力を拡大させようとするのだ。
小さな巣と思って突いてみたら、大群体が襲ってきて死にかけた、というのは旅人が良く経験する話だ。
また、空間拡張の性質上、下手に破壊しようものなら、空間収縮によって大爆発を引き起こす原因にもなりうるのだ。
そのため、もしアントベアーの巣を駆除するならば、念入りな調査が必要になる。その後、慎重な対応が求められるので、あまり積極的に巣を駆除しようとはしないのだ。
幸いにして、周囲の魔力濃度を調整することで巣の拡張を抑えることも可能だ。被害範囲も定められるので厄介ではあるが、『とてつもなく』というほどではない。
またアントベアーの性質上、巣の近くに新たな巣が作られることはない。少なくとも巣の爆発範囲外――林の外までは巣は作られず、仮に作られてもすぐに巣を破壊されることとなっている。
危険で近寄りがたいが、しかしそこまで神経質になる必要が無い。
こういう場所がこの平野にはいくつも点在しているので、隠れるのには都合が良いのだ。
まあ、そのせいで盗賊が隠れ潜んでいて街道に被害が出ることもある。あとこの地域について詳しくない旅人やどこかの馬鹿が巣を破壊して林一体を消滅させる、なんて出来事もままあるのだが。
実際今日、その馬鹿のせいであずかり知らぬまま人生が終了する恐れがあった。今後ともそういうことがないように、計画を早めてこの林から抜け出した方がいいかもしれない。
ただ、怖いのは早期的に行動するとどうしてもリディアと離れてしまうことが懸念の一つだ。
リディアは城下町や城には入れないため、戦力としては期待出来なくなる。そして聖人らは恐らくリディア討伐の他にアンサム本人や可能性としてアハリートを優先して狙う場合があるかもしれない。
聖人はリディア向けに能力を鍛えられたと言っても、他の者に対処出来ない無能ではない。むしろオールラウンダーと言って良いだろう。
出来うるなら何らかの形で撃退、もしくは弱体ないし居場所の把握はしたい。可能性として近日中に奇襲されるかもしれないとのことで、警戒している。
それをリディアに教えられたからこそ、アンサム達は慎重に行動しているのだ。
その『慎重に行動する』一環としてアハリートはリディアと共にアントベアー狩りをしに行った。作戦のためにあれらを陽動に使うらしい。巣の規模的にも確かにあの群体が門に一斉に向かったら、目くらましの効果はあるだろう。
アハリートはとりあえず門の内側に入り込めれば、そこからは敵に捕捉されにくく、自由に動ける(秘密の入り口は城に直通のため、城下町で『作戦』を行う際に利用出来ない)。後は明日のルイス処刑までに『準備』を済ませれば、処刑を止められてかつ、こちらがやや優勢になる。場合によっては転生者や聖人などタイタンの人間を追い出すことが出来る。……さらに運が良ければルイスの罪を打ち消せるかもしれない。
ただ、それには色々と条件が重なる必要があるため、期待はしていない。あくまで一時的に助けられればそれでいい。猶予があれば、クレセントから身体を奪い返した後にどうとでも出来る。
そんなこんなで役割は決まり、夜まで一旦待機だ。
アンサムは林の中にある小さな池でミアエルと一緒に革袋に水を汲んでいた。フェリスはスーヤ、ついでにベラと共に随分前にリディアから頼まれた魔物の正確な位置を確認しに行ったようだ。そして作戦決行までは暇で林から出ることが出来ないアンサムは雑用に勤しんでいた。
そんなアンサムがあまり透明度が高くない水を革袋に入れていると、不意に脇腹に割と重い一撃が、べちこんと入った。見るとミアエルが仏頂面で革袋をスイングしてきたようだ。しっかりと役割をこなしつつ、攻撃してくるとはやはり中々に優秀なようだ。
「どうした」
「…………」
ミアエルは無言で、へっ、と鼻を鳴らした。
どうやら一緒にされたのが気に入らないらしい。しかし、どうしようもないだろう。魔物の殲滅ならともかく確認や捕獲ではミアエルの能力は相性が悪すぎるのだ。
アンサムは革袋をぶつけられたお礼にミアエルの鼻を摘まんでやった。アンサムの反撃に彼女は目をぎゅうとつむって、顔を小さく振る。
「ふんぐぅう!」
「はははっ」
ぺしん、とミアエルは彼の手を叩き、一、二歩下がって睨みながら、「ぐるるる」と威嚇してきた。
――死の森以降からミアエルとの仲は改善されなかった。何気にフェリスとは仲直りをしたようだが、アンサムには未だ敵意を向けてきている。
無理もない。アンサムは呪いによる役割だったとしても、奴隷商として彼女を奴隷にして魔物に売ろうとしていたのだ。弁明は出来るが、しかし心から納得させるのは容易ではないだろう。
……ただ、それ以前の問題もあった。こう、今みたいにミアエルが突っかかってきたときに、ついイジワルをしてしまうのだ。そのせいでの関係悪化も少なからず――というかかなりあった。ちょっとだけ、ミアエルの反応を楽しんでしまっているのは否定はしない。
でも、先に手を出したり、必要以上にやり返したりすることは一切なかった。
「…………」
ぶっすう、とミアエルは不機嫌を最大限に現した顔をする。だが特に何も言わず、空っぽの革袋を一つ持つとアンサムから離れていく。
「あんま遠くには行くんじゃねえよ」
「…………」
ミアエルは何も答えなかったが、立ち止まり、逡巡した末に小さく頷く。そうしてアンサムとは対面になるように池の反対側につくと水を汲み始めた。
どうやら気に入らないが憎くは思っていないようだ。
(いじめないでくれよ)
ふと、脳内にアハリートの声が聞こえてくる。アンサムはちょっとだけ身をビクつかせた。
――魂が繋がっているためか、向こうに大体の情報が伝わってしまうらしい。心も読めるらしいが、そちらは手を出さないと約束してくれた(確約もしてないし、こちらから向こうの情報は得られないから口約束だけだが)。
アンサムは吐息をつく。
「心配すんな。やり過ぎることは絶対ねえよ。ところでそっちはどうだ?」
(問題ない。それなりにでかい巣だったけど、リディアがいるおかげで文字通りの全滅狙えるかもな)
「ああ、駆除出来るならしといてくれ。農地はもうちょっと広げといた方が良いと思ってたからな。一つくらい減っても蜜の入手量はそれほど変化しねえし。つーかそもそもここ広すぎるから設備も揃えねえで放っておいた場所だしな」
(わかった――なんか為政者っぽいな)
「そりゃそうだろう。これでも王子なんだからよ」
軽く笑いながら、彼のゾンビと話をする。
アハリートは異質な存在であるが、内面は普通の人間と同じだ。多少価値観に相違が見られるがそこはどうやら異界の転生者だからとのこと。
――異界の転生者と聞いたため、何か特殊な技術や知識について知っていることがあればとそこらへん突っ込んでみたが、特になかった。聖教会の女神が狙って呼び寄せている転生者と違い、どうやらアハリートは『天然物』だそうだ。
まあ、存在に関して言えば、かなりの規格外ではあるそうだが。
正直、能力も能力だけに敵対したくない相手だ。今後の動向次第だが、出来れば味方についてもらうのが一番だろう。
アンサムは、そんなことを考えながらアハリートと脳内会話しているとふと、前方のミアエルのさらに後ろの木々が揺れ動くのが見えた。
のそりと現れる大柄な男。その後ろにさらに十人ほど――全員柄が悪い――武器は――ナイフのようなものをすでに鞘から抜いた状態で持っている――どう見ても友好的な奴らじゃない。
ミアエルは音でアンサムより先に気付いていたのか、すでに振り返っていた。だが、男と鉢合わせて固まってしまう。魔物ならば即座に距離を取るなり、反撃するなり出来たのだろうが相手が人間でどう行動すべきか迷ってしまったらしい。
刃物持ちということで、革袋を捨てて逃げようとするが――。
「おっとと、待ちな、お嬢ちゃん」
ミアエルは男に腕を掴まれてしまう。
(おい)
脳内に響いてきたドスの利いた声に、ぞくっ、とアンサムの背筋が寒くなる。これは不味い。
(アハリート、落ち着け。俺がなんとかするから、お前が手を出すのだけは勘弁してくれ)
相手を殺すのは別に構わないが、アハリートの能力は周りに被害と絶叫が出過ぎる。今の現状、目立つのは、あまり好ましくない。
「離して!」
「いやいや、そんな暴れんなよ。ちょっとだけな、聞きたいことがあんだよ。なあ、そっちのあんちゃんにも聞きたいんだがよ――――あ? お前……」
大柄な男がミアエルを引き寄せて、首筋にナイフをあてがい(そのせいでアンサムに伝わる殺意がさらに上がった)、アンサムを見やると目を見開く。
「おいおい、マジかよ、数年前に追い出された王子様じゃねえか。ずいぶんと痩せたが、こんなところで何して……ははぁ」
何か合点が言ったという様子で大柄な男が笑う。
「なるほど、あの人狼の女、こういうことか? 落ちぶれた王族と一緒で権力ありってのは笑えるが、まあ、畜生だから人間様のことは何も分かってねえんだな。はっ、とりあえず王族囲ってればなんとかなるってか? 畜生の浅知恵はくだらなくて笑えるなあ」
大柄な男と周りの仲間達がゲラゲラと笑う。
アンサムの目が細まり、心が冷えてゆく。こいつら馬鹿か。放逐された人間が何故、ここにいるか考えが浅すぎる。そうでなくても気付かないフリが得策だろうに。そうしてくれれば、わずかな仕草、会話から相手の真意を探り、遠回しに脅しつけたりと穏便に出来たものを。
アンサムはアハリートに静かに心の中にて告げる。
(変更だ。奴らは生かしておけねえ)
(元よりそのつもりだ。あとそいつらフェリスの客っぽいから、ちょうど帰ってきて合流したから時間稼ぎに向かわせる。準備が出来たら木の上から触手を落とすから、その後は好きにしてくれ。意識を一瞬でもミアエルから逸らしてもらえれば、助かる)
(了解)
そう脳内で伝えて、息を整え、改めて大柄な男達と向かい合う。ミアエルは顔を強張らせているが、怯えてはいない。ナイフを突き付けられてから、必要以上に暴れてもいない。大人しくすることが一番良いと分かっているのだろう。
「それで、なんの用だ? 出来ればそいつを離してもらいてえんだが」
「俺達は別に政治になんて興味はねえんでよ。ただ、一つお尋ねしたいんだがね、お宅のお仲間に人狼の女はいらっしゃらないかい?」
「ああ、いるが、どんな要件だ? 生憎と連れて行かれると困るんだが」
ミアエルが睨むように見つめてくる。頼む、察してくれ。この方が相手を落ち着かせたまま、会話を長引かせることが出来るのだ。ミアエルが傷つかせないようにするのはもちろんのこと、そうすればあのチンピラ共もなるべく苦しませないでやれるだろう、たぶん。
「安心しな、用事はすぐすむんでございますんでね。お宅のわんちゃんが俺らにお痛をしくさりやがりましてね、少々『しつけ』をさせてもらいたいんですわ」
大柄な男は敬いが欠片もない嘲りの笑みを浮かべて言う。
アンサムは小さくため息をつく。
「わりいな、生憎とあいつはペットでも従者でもねえんだわ。用があるなら直接言ってくれ。一応、少ししたらここで合流する手筈になってるからな」
もちろん嘘だ。ある意味、嘘ではないが。アハリートの準備はいつまでかかるか。あれは意外に慎重だ。ミアエルの安全のために、色々と安全策をとるだろう。
「すぐ呼ぶことは出来ないんですかい?」
「そいつを離してくれたらすぐにでも呼んできてやるよ」
「冗談でしょう。あの畜生女が人質なしに言うこと聞くことないと思いますがね。俺らだって馬鹿じゃあない。ちゃんと無抵抗に言うこと聞いてくれたら、ちゃんとこのガキ離してやりますよ。まあ、その間、このガキにゃあ、ちょいと刺激が強いもん見せることになりますがねえ!」
大柄な男がそう言うと、仲間と共にゲラゲラと下品に笑う。捕まっているミアエルは、とんでもなく不快そうな顔をしていた。
(……いや、人質いてもそう変わらねえと思うけどな)
フェリスに手を出すだけならともかく、『出し続ける』ためには相当な力量が要る。あれはヘタレではあるが、覚悟を決めると手に負えない。少なくとも狼と無理矢理性交させられて孕ませられる危険がない限り、あいつにとってはその行為すら手段として用いる可能性すらある。――あの狼少女を舐めてはいけない。
「おーい、水集まった……ん?」
その件のフェリスは大柄な男達が焦れて、騒ぎ出す一歩手前を狙う絶妙なタイミングでやってきた。ローブは着ておらずいつもの肌の露出が多い服装で、かつ何気ない様子で歩いてきた。
状況は伝わっているだろうに、さも自然な調子でさりげなく現場の異質な雰囲気を悟った風を醸し出す。
「……お前ら。ここまで来て……その子に手を出すとか……」
「はっは、お前かぁ、あの時の人狼は! 想像以上にでけえ乳してんじゃねえか! 予想以上の上玉だなあ、おい!」
男達が興奮に色めき立つ。フェリスがあからさまに大きなため息をついた。
「ずいぶんと執念深いね。……ほんと何の用?」
「へっ、分かってんだろ? このガキを殺されたくなきゃあ、……なあ?」
わずかにナイフに力が込められ、つぷっとミアエルの首筋の皮が切れて、血の玉が浮き上がる。それにはアンサムとフェリスの表情が曇った。
「……少しでもその子を傷つけるのはやめといた方がいいよ。いや、もう遅いかな?」
「たぶんな。……俺がなんのために気を遣ったと思ってんだよ……」
「何言ってんだ! こいつを傷つけたらどうなるってんだ?」
「割と酷い目に遭う」
「確実に」
ちょっと声色を固めに二人は言う。もはや大柄な男を心配する気配すら見せていた。それを見て、ミアエルは何かを察したように、ふっと視線を落とし、わずかに口元に笑みを浮かべた。
だが、事情を知らなければ二人の言葉など、脅しにもならないハッタリだ。故に男は笑い飛ばし、フェリスにがなり立てる。
「何かやれるならやってみろよ、クソッタレが! じゃなきゃさっさと○便器になる支度しな、畜生がよぉ! まず、下からだ! その危ねえ武器ごと下半身丸出しにしろや!」
「…………。まあ、うん、分かった。……はぁ」
フェリスは視線を辺りにやりながら、特に変化がないことにため息をつく。アハリートを信頼しているだろうが、さっさと準備を済ませてくれという思いが強かった。いっそ、『狩人ノ極意』を使うことも考えたが、効率よく殺しても十秒では全滅させられるか分からないし、この時点で能力を使ったら、『何か分からないが何かされている』と判断してミアエルを傷つけられる危険がある。
フェリスはゆっくりと焦らすように革のベルト外し、二本のダガーごと、地面に落とす。そしてホットパンツの臀部に開いた穴から尻尾を丁寧に抜いて脱ぎ落とすと、下着を露出させる。苦も無く下着を露わにし、フェリスは平然とした様子でパンツの縁に指をかけた。
「ブーツはどうする?」
「そのまんまだ、そのまんま! いいからさっさと脱ぎな!」
「はいよ」
興奮して凝視してくる男達にフェリスは大した動揺も見せず、けれど下着を下げる手はゆっくりで、それはまるで恥ずかしがっているかのようでそそる仕草だった。
その妖艶な振る舞いにミアエルは顔を赤くして、思わず目を逸らしてしまう。
アンサムはというと思わず男達と同じく凝視しており、――それに気付いたフェリスに軽くツバを吐きかけられた。
パンツを脱ぎ去ると、それを指にかけ、くるくると回しながら首を傾げる。
「どう?」
「いいじゃねえか。獣人は毛深い奴ばっかと思ってたが、良い塩梅じゃねえか」
「どうも。で、やるの?」
「いいやまだだ。上も残ってんだろ、さっさと脱げよ。そのでかい乳に何隠してるか分かったもんじゃねえからな」
その薄汚い冗談に男達が下卑た笑いを上げる。
「はいはい」
フェリスが気にせず、ベアトップの上着に手をかけた、その時だった。
ぼとっ、と西側の木の上から何かが落ちてくる。全員そちらに視線を向けると、そこにピンク色の直径四、五センチ程度のミミズのような何かがいた。
「あ? 触手?」
「魔物だな。グーダン、どうする?」
グーダンと呼ばれた大柄な男は、その触手を見つめ続け、――それがせっせと逃げ去るのを見つめてから、首を横に振る。
「問題ねえ、雑魚だ。ほっとけ」
そう言って何事もなく、視線をフェリスに戻す。
フェリスは、上着に手をかけたまま止まり、にこやかな顔で言う。
「実を言うとね、ボクも溜まってるんだ。だから最初は任せて。激しくするからすぐ果てちゃうかも」
「はっ、ずいぶんと淫乱じゃねえか。俺はもっとしおらしいのが好きなんだがなあ。おい、ヘンリー、お前先にやれ。お前のモノなら、大抵の女ヒーヒー言わせられんだろ。余裕ぶったこいつをキャンキャン、犬みたいに鳴かせてやれ」
ほんのちょっとのブーイングとはやし立てるような声が上がり、ヘンリーと呼ばれる筋肉質な男が進み出る。――確かに一部はすでに臨戦態勢となっており、服の上からでもその巨大さが分かった。
それにはフェリスもたじろぐ。が、すぐに持ち直すとゆっくりと上着を脱ぎ始めた。
こちらもパンツと同じように焦らすようにゆっくりと脱ぎ、周囲の視線を集めていく。
上着が胸元まで持ち上げられると大きな胸が上下に揺れて露わになる。しかし、まだその下には胸を覆う下着があった。上着が完全に脱ぎ捨てられるとフェリスは下着の背中にある、いくつかの繋ぎ止める紐を緩めていく。
しゅるりしゅるりと衣擦れの音が静かな林の中に伝わっていく。
男達の荒い息づかいがそこに混じる。
そして紐が完全に外されると、ついに下着がするりと地面に落ちた。
男達の興奮した歓喜の声が上がる。
フェリスは自らの裸体を惜しげも無く晒す。訓練の痕か、細かい傷はいくつか見受けられるが張りのある美しい肌をしていた。大きな胸は、それでも肉体としっかりと均整が取れており、歪さはうかがえない。その果実は手に収まるには大きく、見た目から――そして彼女の息づかいからわずかに揺れることで柔らかさを表現していた。
なだらかに流れる腹部は引き締まっており、フェリスが己に課した鍛錬は嘘でもなく間違ってもいないことが伝わってくる。
さらに下ると花園があった。その花園には時には本人すら不可侵のクレバスがあり――先ほどの彼女の淫乱な発言とは異なる初物とも言える清楚さがある。
ヘンリーが息を荒げ、自身もズボンを脱ぎ捨てながら、彼女ににじり寄る。
フェリスがヘンリーを見ながらゆっくりと後退り、笑顔で言う。
「ボク、結構、器用だから見逃さないようにね。でないと、簡単にイッちゃうよ?」
その言葉にヘンリーの理性が完全に弾け飛んだ。手を前に伸ばし、新鮮な肉にかぶりつくゾンビを思わせる獰猛さで、フェリスに飛びかかる。
「こんな風にね」
フェリスが、くるん、と舞うように一回転してから、背後に軽く跳ぶ。自然な美しい所作であったため、誰もが目を奪われ――続く光景に絶句した。
真っ赤な何かがヘンリーから噴き上がる。
「が? あ……、が?」
本人すら何が起こったか分からぬ様子で、違和感を覚える首元に手をやる。それでも首から溢れ出る止まらない液体に困惑を示す。身体からは力が抜けていき、自然と膝が折れて地につく。
まだ状況を理解出来ない彼は、何か言葉を発しようとして、けれどゴボゴボと変な音と血しか出せなくて、フェリスを見上げたまま、倒れ伏した。
彼が最期に見たのは、分厚い刃がついた解体用ナイフを片手に握って冷酷に見下ろすフェリスの姿だった。――彼は結局、訳も分からぬまま命を落とすはめになったのだった。
ちょっとした補足
Q.ナイフどこに隠してた?
A.尻尾に引っかけて頑張って持ち上げていた。
ちなみにあのナイフは魔道具で認識阻害の力が若干ある。でもあくまで『危険ではないかもしれない』と思わせる程度。注視してくる相手や一度でも危険であると知られるとたちどころに効力を失う。




