幕間
生温い風がルイスの身体を舐める。切り落とされた片腕の傷口が痛んだ。明日殺すからだろうか、傷が元で死なないように最低限の処置をした程度だ。化膿しており、包帯の外からでも膿んでいるのが分かる。
ルイスは広場に設置された台座の上におり、そこで残った手と頭を穴の開いた板状の拘束具によって繋がれ、晒し者にされていた。
腐りかけた生卵やトマトなどが、彼の周りに散乱している。一時期、民衆にモノを投げ付けられたのだ。一応、第一王子は評判は良いのでその王子を殺そうとした人間は憎まれるのも当然と言えよう。
(さて、どうしたもんかね)
ルイスはぼんやりと考える。死ぬまで時間がある。無駄だとしても足掻くのは止めないでおくつもりだった。と、言っても手段はない。スキルも拘束具に特殊な力が込められており、使えなくされている。素の力で引き千切るのはまず無理だ。
正直、詰んでいるのだ。まあ、けれど泣いて死ぬのも性に合わなかった。
誰か助けてくれると嬉しいが、命と今後の人生をかけてまで助けてくれる相手もなし。唯一、可能性として彼の恋人がいたが、むしろ来ないで欲しいと思っている。仮に来たとしても彼女には戦闘能力も逃走能力もない。ただ殺されるだけだ。
(……あいつ、無事だといいがな。……やっぱあの糞弟子しっかり殺しておけば良かったか)
馬鹿なことをしでかした弟子ではあるが、やはりルイスにも情は残っており致命傷は与えたが即死は避けてしまったところがある。あれでは生かしておいてやったようなものだ。
(まあ、下手に殺すのもいけねえんだけどな。……どう考えてもあいつじゃねえだろ、あれ。振る舞いがあの『豚』と一緒だ。……魔法についてはよく分かんねえが、なんかされたのか? だとしても回避出来なかったなら結局馬鹿弟子ではあるか)
つい、笑ってしまう。
でも、あれに目をかけたことに後悔はない。というか第二王子の方は彼を嫌っていたこともあり、選択肢なんてあってないようなものだった。
――そもそも正直、城に仕えた時点で十分たらふく食っていける程度には稼げていたのだ。それだけで十分とさえ思っていた。
アンサムについては将来性なんて見抜いておらず、ただの気まぐれであった。あれが勝手に食らいついてきて、結果、トップに立てるようになっただけだ。
ルイスは権力になんて興味もなく、流れで手に入れたがあまり使ってもいなかった。将軍ではあるが、ほぼほぼ個人の力に頼る武芸者だ。学もないため、部隊も個々の力に頼った少数の奇兵隊しか運用出来なかった。
(そういう意味では俺がいなくなっても問題なんてありゃあしねえが。……でもこのまま死ぬのってのも癪だ)
せめてあの『豚』であろう偽第一王子に吠え面かかせるか、恋人を安全な場所に逃がしたいが……。だから一時でもいいから、逃げ出せる術がどこかにないものか。
そう思い、視線を何気なしに彷徨わせる。
するとしばらくしておかしな存在を見つけた。
ゆったりとしたローブを纏った奴だ。フードを目深に被っており、口元しか見せない。けれど立ち止まってこちらをジッと見ているのが分かった。
怪しさ、という点では確かに目に付くが、ルイスが気になったのはそいつが異様なほどに『気にならなかった』ことだ。立ち止まらず人混みに紛れてしまえば、簡単に見失ってしまうかもしれないほど儚い存在感。――以前、似たような気配を感じた記憶がある。
(……この気配は……このレベルの気配攪乱は……あの『獣神』か?)
以前、何度か会ったことがある。人狼の国で重用されている『兵器』と言える存在だ。技量だけならばアンサムも凌駕するほど。スキルなしの手合わせでアンサムが勝ったことは一度もなかったのではないだろうか。
『それ』は口を動かした。声は出してはいない。ルイスはその唇の動きを読んだ。
その言葉は短く、他の人間が読み取れても問題のないものだった。だが、ルイスにとっては確信とも言えるもので、ある意味で『救い』でもあった。
彼女は言った。
『アンサムが助けに行く』
――と。
ルイスは笑う。
――希望はまだ失ってはいなかったのだ、と。




