第二章 獣人姫
ボクは正式な手続きを踏んで、正門からプレイフォートの城下町へと入っていった。
この国では、人狼は行商人として有名であり、特に根掘り葉掘り聞かれることなく通された。
人狼はここ最近、急速に勢力を伸ばしてきている。戦闘能力もあり、何より獣化によって獣になった際、長距離移動に優れているから。知能も人族とそれほど変わりないため、頭もそんなに悪くない(ボクは金勘定が苦手だけど)。
だけど町に人狼が溢れかえっているって訳じゃない。だから、目立つことはしたくないから、フードを被ってローブを纏う地味な服装にしてる。この国は他種族を受け入れてはいるけれども、やっぱり数は少なく、珍しいのだ。獣耳を出しているとやっぱり目についちゃうんだよね。
……あと、ボクの場合だとよく胸に視線が向けられるからゆったりとした服装にしてる。でも、こういう服って太って見えるから嫌なんだよね。ほんとこのデカチチ嫌い。
とりあえず、仲間のところに向かうことにする。
人狼は特性上、隠密能力が高く間諜的なことも生業としている。当たり前だけど、こちらはあまり公にはなっていないことだ。多少、この国の人間ともやりとりはしているけど、王族とか一部の人間とだけだ。あんまりこっちに力を入れすぎて有名になると信用問題的な意味で商人としての活動がしにくくなるしね。
ちなみにプレイフォート以外とは、情報交換は行っていない。
ボクは政治はよく分からないけど、後ろ盾を得るための信頼関係がうんぬんかんぬんらしい。
賑やかな通りにやってくる。そこは露天市が開かれていた。戦時中だけれど、流通が滞っていないのはなんとも複雑な気分でもある。前線は膠着状態だけれど、物資は少ない。だからここにあるのが送られれば楽になるんだけどなあ、とは思わなくもない。
露天の一つ、人狼が串焼きをやってるところで立ち止まり、懐から笛を取り出して軽く吹く。
周りの人達はなんの反応も示さなかったけど、露天商のいかつい筋肉をした人狼のオヤジの耳がピクリと動く。
オヤジがボクに顔を向けて、笑顔を向けてきた。
「よお、嬢ちゃん、一本どうだい?」
「もらおうかな」
銅貨を数枚、差し出し、肉汁が滴る串焼きを受け取る。遠慮無く齧りつくと、やや固めながらもジューシューな歯ごたえと豪快にまぶした香辛料の程よい辛みが口に広がる。
「……これ、この値段でいいの? 香辛料高いでしょ」
「はっはっはっ、これが健脚たる人狼の強みよ。南の死の森を抜けた先、光差す豊かな森で草人達が作った香辛料を気軽に調達出来るのさ。だからこそ、この低価格っ」
「ふーん、羨ましいね。そういえばその死の森で必死こいて馬車ひいてる人族を見たけど、途中でアンデッドに襲われたらしくて、商売道具おじゃんになったらしいよ。まあ、死にはしなかったらしいけどね。幸い、この町出身の金持ちの坊ちゃんらしくて、援助金出して貰うらしいけど。また活動を開始するかもってさ。まあ、本人は乗り気じゃないっぽいけど」
「災難だが、援助を受けられるのは羨ましいな」
ボクとオヤジは軽く笑い合う。
「にしても、あんまりお客いないね。美味しいのに」
そうズッパリ言うと、オヤジは遠い目をした。
「いや、一応、売れてはいるんだ。だがな、ワイフが出た時だけで、俺だと誰も寄りつかねえ」
「……どんまい」
それ以外、何も言えない。
ボクの雑な慰めに、オヤジは軽く笑う。
「ありがとよ。んで、嬢ちゃんは旅人かい?」
「そんなとこ。なんか『面白い話』ない?」
「……そうさな……。いくつかあるが、嬢ちゃん広場には行ったかい?」
ボクが首を振ると、オヤジは苦い顔をする。
「だったら行かない方がいいな。なんでも王子に斬りかかった将軍が晒し者にされてるからな。ありゃあ、酷いもんだよ。どうやら明日処刑されるらしい」
「……このご時世に一体、どこの誰だよ、そんなことするの」
「ルイスって言うこの国で一、二を争う剣豪らしいぞ。ありゃあ酷かった。利き腕切り落とされて――」
「――っ」
その時、思わず身を強張らせてしまった。オヤジはボクの変化を見るとバツの悪そうな顔をする。
「悪い、肉食ってるとこに、こんな話しちまってよ」
ボクは、すぐに首を横に振る。
「んっ、いいよ。それにしてもなにやってんだろうね、そいつ。他にはなんかある?」
「そうだな……こっちはある意味面白いかもな。……王族の色事とそれにまつわる色恋沙汰とかだな」
「……それ、興味あるかも」
とにかくボクはこの町で起こった事柄を聞かせて貰う。
そして分かったことが、王子は魔族らしき存在を囲っているかもということ。その魔族を疎ましく思う者がおり、暗殺まがいのことが行われたようだ。犯人として魔道具研究室長が疑われており、現在絶賛逃亡中だそうだ。行方はまだ掴めていないらしい。
さらにオヤジがちらりと漏らしたことで、一番、気を引いたのはこの国が東の大国タイタンと同盟を結ぶかもしれない、ということだ。あとそれに吸血鬼が関わっているとも。
現在、王宮にいるほとんどが魔族排斥を唱えている者で固められているようだ。
オヤジは聖教会の大司教やらなんやら重要人物が最近多く訪れているとのことで、かなりぼかした感じに『何か事が動く』かもしれないと伝えてくれた。あと、魔女さんが知りたがっている聖人達の情報もあった。司教や聖人、信者達がたくさん、あと転生者らしき人物が数人、この王都にいるようだ。なんか聖人は魔女さん対策っぽくて、転生者は城にいる魔族の対処するためとかなんとか。
――ああ、そうすると『特定の魔物』の情報も集めないとね。そこは駆除屋をあたってみるしかないかなあ。
(……それにしても、オヤジさんがちらっと言ってたけど吸血鬼が関わってるっていうのは、ちょっとなあ。……まあ、そういう奴らがいるのは分かってたけど。でもまさかなあ)
ボクはオヤジに礼を言って、その場から立ち去る。
吸血鬼の裏切りは考えられないわけじゃない。吸血鬼の一部――大部分かも?――は、ボクら人狼を嫌っているし。
――人狼は吸血鬼によって造られた種族だ。大昔に吸血鬼達は自分達の同胞を造るスキル『限定感染』――『鬼化』を改造して、数多の獣人を作り上げた。
発端はただの戯れだったらしい。
様々な畜生の遺伝子を持った奴らで強いの誰か。誰が強い獣人を造れるか、そんな話だったらしい。
……この世界で特に西の共和国やこのプレイフォート近辺にいる獣人は吸血鬼によって造られた者が祖先のはずだ。
その獣人を造った世代の吸血鬼もまだいることだろう。だからこそ畜生が自分達より力をつけるのが気にくわないと思うのは無理もない。結構、プライドの高いところがあるからね、吸血鬼って。
(でも聖教会と組むかね、普通。利用するつもりなんだろうけど、大国に勝てる策はあるのかな。……政治とかよく分かんないけど、王子についてるらしいし傀儡とかなんとかすんのかな)
このまま行くと聖教会の権力の方が大きくなりそうだけど。プレイフォートの王族の権威がなくなれば、傀儡も意味がなくなるだろうに。聖教会の影響をあまり受けない方法でもあるのかな。……それともこの国に興味はないとか? あくまでタイタンと協力しているだけで、『目的』のものが別にあるとか。
まあ、別にいいか、そこは。政治的なことだし、ボクは関係ないから考えない。
作戦に関係ありそうなのは吸血鬼が関わること。あと、王子様を惑わしているという『魔族』の存在だ。
――まだ魔女さんやアンサム達には言っていないけど、今世の魔王はどうやら人類と争う気はないらしい。じゃあなんで攻撃仕掛けてきてんのってなるけど、なんか聖教会やら――たぶん吸血鬼が工作しているんじゃないかな。その手段が不明だから、今回の件が終わったらその辺の情報収集もしないとね。
で、もしかしたら王子様を惑わしている魔族の子が仲間になる可能性がある。ここもそこら辺の情報が不足しているからなんとも言えないけど。
でも、その魔族の子のおかげで少なくともタイタンとの同盟を結ばせることを延期させているから、一時的にでも協力関係にはなれそう。話が分かる人だったら、魔王と話をつけて終戦ないし休戦まで話をもっていけるかもしれないし。まあ、聖教会――タイタンとの絡みがあるからこじれてそう簡単にはいかないだろうけど。
でも、なんとかなるんじゃないかと思うと俄然やる気が出てくるね。
一旦、戻って得た情報をアンサム達に伝えようかな。場合によっては作戦を変える必要も出てくるだろうし。
……特に広場で行われるルイスの処刑の件はアンサムに何らかの影響を与えかねない。正直伝えるのは怖いけど、何も言わずに話を進めるのはあまりにも酷だろう。ルイスの現状も把握するため、広場に行ってみようかな。
「おーい、そこのお嬢さーん、ちょっと止まってくんなーい?」
場合によっては、ルイスを助ける可能性すらある。そうなったら、作戦の内容は大きく変わってくるだろう。
だから――、
「おい、無視してんじゃねえぞ」
――鬱陶しい。
ボクの後ろをついてきた奴がちょうど大きく踏み出したところで、少し立ち位置をずらして横に振り返り、軽く足を突き出してやる。なるべく目立たないように、かつ避けられないように自然に。
そうするとボクの足に引っかかった奴は、そのままべしゃりとこけてしまう。
ついでに周りに目をやる。
……仲間と思しき奴らは四人かな。全員ガラが悪い。ナンパ目的? 面倒だな。
とりあえずボクは、転んだ奴を見て、一言。
「ダサっ」
「――――っ!」
周囲の人達が笑いをかみ殺している。傍から見ると、こいつが勝手に転んだように見えただろう。実際そうみえるようにしてやった。
男は顔を真っ赤にしながら、立ち上がりボクを睨み付けてくる。
「……良い度胸じゃねえか、てめえ。人狼のクセによ……」
「…………」
おや、どうやらボクが人狼であると知っているらしい。耳も尻尾も一応は隠してあるんだけど。
ボクが無言になったのを図星だから怯んだと思ったのだろう、男は得意げに笑う。
「俺はな、服の上からでもわずかな膨らみから尻尾があるかどうか分かるんだよ。そんでお前、さっき人狼のおっさんと話してたろ。お前らが情報収集とかしているのも知ってんだよ!」
「……え、キモイ……」
ほぼ無意識にボクの口から言葉が零れ出る。
「あ?」
いや、うん、ごめんね。でもさ、服の上から分かるとか言わたところで気持ち悪いとしか返せないって。
――うーん、色々と知っているみたいだけど、何が目的なんだろ。ボクと敵対予定の吸血鬼が先手を打ったとも一瞬考えたけど、こいつらただの間抜けなチンピラにしかみえない。
ボクの今の呟きを聞いて、ちょっと苛ついてる辺り、間諜とか暗殺者とも思えないし。いや、演技の可能性も考えられるけどさ、間抜け過ぎないかな。
「……本当に良い度胸じゃねえか……こう脅せばいつもの奴らはすぐにケツ振って黙っててくれっていうんだがな。まあ、タダじゃねえけどな。お前らが好きな情報を少しくらい駄賃として渡してやってんだから、感謝しろよ」
「…………」
あー、うん、なるほど。情報源か、これ。ちょっと裏稼業に関わってそうな相手に媚びとか脅しに屈するフリして、情報引き出してるのか。
……やめてよ、そういうの。もうちょっとスマートに出来ないかな。確かにボクらは他種族とセックスしても問題ないけどさ。つうか、絶対遊ぶためにそんな振る舞いしてんだろ。
あとでこのことで抗議してやる。お色気系、ダメって。
「……そういうの娼館行ってやってくんない? ボクはそういうのやってないから」
「はーん? そんなこと言って良いのか? お前らが盗み聞きしてるケチな畜生だって知られたら、商売もあがったりだぜ?」
「……あのさ」
ボクは深々とため息をつく。
「もう少し考えた方がいいよ。相手のバックに何がいるのとかさ。大規模な情報収集やってるってことは、少なくとも味方になってるのが国単位とか思わない?」
「……あ? 脅しのつもりか?」
「……たとえばさ、貴族様の屋敷に強盗が入った話があるとするじゃん。……そういう話って時に犯人は『誰だって良い』場合もあるかもよ。そもそもそんな事実がなくても作れるかもしれない」
「…………」
分かってくれたかな? 別にこいつらをとがめるつもりはないし、節度を守ってくれるなら他の人が今後も相手をしてくれるだろう。ボクは口出しする気はない。あとで仲間に抗議はするけど。
……もしそれが分からなければ――、
「それくらいで俺らがビビると思ってんのかあ?」
――ただの馬鹿だ。
チンピラ達がにじり寄ってくる。
近くに暗そうな裏路地あり。たぶん、いつも狙ってここでちょっかいをかけているのだろう。
上手く行きすぎて調子に乗ったのか。……情報収集するにしてもそこら辺のケアとか考えて欲しいね、ほんと。あと、娼婦まがいのことすると、町の娼館とかそこで働いてる獣人に目をつけられるんだからさ。……特に他の獣人らってボクら人狼を目の敵にしてるから。
よし絶対抗議してやる。
それはさておき、こいつらどうしよう。あまり目立ちたくないんだけどなあ。裏路地に入って乱闘でも勝てるとは思うけど、機動が制限されるし、運悪く負けるかも。
何より周りの目があるかもしれない。
たぶん『襲われてること』をメインで盗み見る野次馬も多少、いるだろう。こいつらチンピラ共が『そのこと』に関して常連ならなおさらだ。どこかしらに目があるから暴れづらい。
ちなみに『狩人ノ極意』でこいつらを倒すことはおすすめ出来ない。この力はボクの全ての行動を認識出来なくなる力だ。だけど、能力解除後にはその行動過程、結果が見ていた相手に全て認識出来てしまう。だから殺したら、ボクの仕業って簡単に分かるし、逃げるにしてもあまり向かない。それにこの力って特殊で人狼でもボク以外ほとんどまともに使える人がいないから、下手に使うとボクだって特定される危険性すらある。ボクって能力だけ見れば、意外に有名みたいなんだよね。
裏路地ダメ、この場で乱闘ダメ、逃げるのが良い手だけど、広場のルイスも一応、見ておきたいし、魔女さんのために聖人達や魔物の情報も集めたい。やることがあるから、こいつらをどうにかして目立たず大人しくさせたいんだけど……。
一か八かで裏路地に行って速攻で倒してしまおうか、なんて無謀なことを考えていた時だった。
「あーらあらあらあら、まーた『病持ち』が調子に乗って騒ぎを起こしているのね」
ややハスキーながらも気品に溢れた声が聞こえてくる。
声の方を見やると、ワイルドなお嬢様がいた。
獅子の獣人だろうか。両隣に立つお供らしき獣人は顔が完璧に赤毛の獅子だ。身体は筋肉の塊でとても大きく、手は多少握るくらいは出来るであろう獣のものになっている。
ただその真ん中に立つ女の子は、顔立ちは人間に近い。年はボクと同じくらいだ。獣耳の生えたボリュームのある赤毛を腰まで伸ばしており、ふわふわと柔らかそうだ。ただ鼻は獅子のもので、わずかに開けた口も鋭い歯が多く生えていた。
生地の薄いドレスは機動性を重視しているのか踊り子のようだ。その子の足は人と変わらないけれど、手は両隣に控えている獣人達と同じで肉球のついたやや大きめの獣の手となっていた。
その子はボクにあからさまな敵意を向けてくる。
「ほーんと『病持ち』って嫌いだわ。ちょっと頭が良いからって調子に乗って、……挙げ句、今度は町での私達の最後に残った仕事まで取るつもりなのかしら」
「いや、こいつらがちょっかいかけてきたんだけどね」
「だまらっしゃい。貴方が口を開いて良いとは言ってませんわ」
怒られちゃった。
「へへ、あんた、べっぴんさんじゃねえか。胸も尻もでかくて、中々――」
「だまらっしゃい!!」
腹の底に響く野獣の唸りが混じった威嚇声と喝が入り、チンピラ達はたじろぐ。
「よくもわたくしをそのようないやらしい目で見ましたわね。大体『病持ち』とでも平気で寝るような汚れたチンピラ如きがこの場にいるのすらおぞましい。さっさとどこかに消えてくださいまし」
「――――」
女の子が睨み付けているほか、両隣にいる獅子顔の獣人に見据えられ、さすがのチンピラ達も不味いと判断したのだろう。小さく呻いてから、捨て台詞すら吐かずに逃げていってしまった。
ほんと何したかったんだろう、あいつら。
「あと貴方」
「はい」
とりあえず背筋を伸ばす。
「ここは人が多すぎますわ。色々と言いたいことがありますので、ついてきなさい」
女の子は、くいっと首を振ってボクについてこいと示す。まあ、うん、いいけど。
そうしてボクは女の子+獅子顔さんに連れられて、人通りの少ない場所へと引っ張られていくのであった。
いくつか入り組んだ狭い路地を入った先、もうほとんど人の気配の感じられない通路にて。
ボクは前後を獅子顔さんに塞がれ、目の前には女の子が立ち塞がっている。
女の子の後ろにいる獅子顔さんが、鼻をひくつかせながら口を開く。
「お嬢、この辺に人はいないようです」
「ご苦労」
軽くそう答えた女の子は、ボクを見つめるとぷるぷると震えだし――破顔した。
「お久しぶりでーすわぁあああああ、フェリスぅ!」
そう言って、さっきの態度とは打って変わって、かなり親しげにボクに抱きついてきた。ボクは胸に女の子を受け止めつつ、柔らかくボリュームのある髪を撫でる。
「うん、久しぶり。さっきはどうもね、助かったよ」
「もう心配しましたのよ。見知った匂いがしたと思って駆けつけたら、変なのに絡まれていたんですもの」
ぷう、と頬を膨らませた女の子――もといボクの唯一無二の友人――ナランが見つめてくる。
そこに一切の敵意はない。もし誰かがボクとナランを見たら、驚くことだろう。それほどまでに本来、ボクら人狼と獣人達の仲は悪い。
――基本獣人は人狼を目の敵にしている。種族として繁栄しているからもそうだが、根っこの理由は、ボクらが歴史において『勝者』になってしまったから。
吸血鬼達が過去、様々な種類の獣人を作り出した。――実は昔の獣人って、ボクら人狼みたいに姿は人に近かったらしい。けど今のナラン達の姿を見るに、明らかに獣の姿が多く混じっている。
そこにはとある理由があるのだ。
――その前に、ちなみにだが、ボクら人狼と獣人の違いは見た目の獣部分の多さ以外にもある。
その一つが『限定感染』の有無。ボクら人狼は感染のスキルを必ず持っていることから『病持ち』なんて呼ばれることがある。いわゆる蔑称だね。
獣人って吸血鬼の力の一部を使われて作られたらしくて、昔は『限定感染』を必ず持っていたらしい。じゃあ、なんで今の獣人達にはそのスキルがないのって話なんだけど、そこにはちょっとえぐい理由がある。
……獣と交わってしまったから。
ボクら獣人は造られた過程で、同族かベースとなった獣――人狼であれば狼と――以外では子を宿せない身体にされてしまった。
獣と交わって生まれた子供は、力の大部分が失われてしまうそうだ。だから今の獣人達はボクら人狼のように『獣化』は出来ないし、特殊なスキルを持っていない。唯一の救いとして、ある程度、子供を作る条件は緩和されたようだけどね(それでも他種の獣人の間のみで他種族――人族、森人、鉱人なんかとは相変わらず子供は作れないみたい)。
何故、多くの種類を生み出したのか。そしてどうして人狼以外は獣と交わることになったのか。その理由は、吸血鬼達が獣人達を戦わせたから、らしい。
吸血鬼は出生率がかなり低い。だから量産が利く兵隊を作るために、ボクらが作られた。
魔界から侵攻してくる魔族や魔獣なんかを対処させるための選別とか言ってたらしいけど、根っこは娯楽のためだ。楽しむためにどの種族が強いかということで戦わせたのだ。
結果、勝ち残ったのはボクら人狼だ。
そして残りの種族は放逐された。それもただ放逐されただけでなく、負けた種族の男は全て殺され、残った女はベースとなった獣と交わらせ、子を宿した上でだ。
人狼は勝ったからこそ、吸血鬼達の奴隷にはなったが人としての大切な尊厳を奪われずにいられた。だけど、他の獣人達は辱められ、畜生との子供を産むことでしか生きられなかった。
そうしたことから、獣人達は吸血鬼と今、繁栄している人狼を憎んでいる。今、自分達が辛い目に遭っているのは、全てあいつらのせいだ、と。
……なまじ頑丈な身体と特殊な体質のせいで、今現在も獣人は辛い目に遭っている。だから、ボクらが恨まれるのは仕方ないことなんだ。
まあ、全員が全員そうでもないんだけどね。過去と決別して、前に進もうとする種族も少なからずいる。それが獅子人である彼らで、ボクらと友好的な関係を築こうとしてくれている。
その中で、色々とあったおかげかボクはこのナランと親友と言える関係に至っている。
「ところで、フェリスは『お仕事』の最中なんですの?」
「まあね。ナランは?」
そうボクが問うと、ナランはちらりと獅子顔さんの一人に目を向ける。獅子顔さんに頷かれるとすぐに目線を戻し、口を開く。
「この国に少々助力をば、と。西の方が立て込んでいまして。どうにも内乱が各地で勃発して面倒なことになりつつありますの。それも獣人達が中心となって、ですわね」
「……このご時世にある意味呑気な……」
「本当にですわ。しかも煽動しているのが、『光の種族』の生き残りであるという」
ボクは眉間に思わずシワを寄せてしまう。
光の種族が生き残っていることに関しては疑問には思わない。全滅=死滅ではない。幾人かは各地に散っているのは大体予想はしていた。ミアエルもその一人だしね。
ボクが疑問に思ったのは、その光の種族の行いだ。西の共和国では、光の種族は他種族と人族との仲を取り持つ関係にあった。が、あくまで中立な立場だ。片方に入れ込むことはなかったはず。少なくとも光の種族の村が存続していた時の長は率先して内乱を起こす人じゃなかったはずだ。
「生き残りがいるのは疑わないけど、煽動?」
「ええ、しかも獣人側で。各部族が続々と集まっていますわ。光の方達は彼らにとって最高の神輿でしょうね」
「話には聞いてたけど、反乱起こすほどなんだ」
「人族には足元見られていましたからね、わたくし達は。そのせいで各種族の獣人達の鬱憤が溜まって、世界情勢の不安と光の種族の壊滅に相まって、ついに爆発してしまいましたの」
聞くところによると、獣人達の扱いは必ずしも良いとは言えなかったらしい。
西の共和国は元々他部族の連合国家ではあったらしい。けれど時代が進むにつれ人族の数が多くなり、実質的な権力は人族に集中してしまい、共和国になってしまった。君主制ではない合議制らしいけど、表向きの飾りみたいなものっぽい。
それに獣人は元々流れ者だ。受け入れられた一件がある以上、強く権利を主張出来なかったみたい。また、なまじ力があって頑丈なせいで過酷な労働を任されることが多かったようだ。
……光の種族はそんな獣人達の立場を改善するように働きかけていたらしい。その関係からか獣人達からは、かなり良く見られていたようだ。
それで今回の革命で光の種族と思しき一派の声に従ってしまったみたい。
(……この前、ミアエルとアハリートがしてた話をこっそり聞いた時、ミアエルには『黒髪』の兄がいるらしいのは知ってるけど……。もしかして……? ……いや、おかしいかな。そもそも、光の種族の村は魔族に襲われたって話だけど……『お兄ちゃん』が関わってるとすると魔族が暗躍してるってことだし……。今回の魔王は争いを望んでいないはず。仮にミアエルのお兄ちゃんが光の種族に復讐するにしても、魔族側が動くはずがない。それとも魔王の争いを望まないっていう情報が間違っていた? ……いや、でもこの情報は実際に魔王に会って、最近まで少しだけ情報交換をしたって言う『あの人』からの信頼の出来る情報だし。……何か、おかしいな。結び合わせるにはそれぞれの情報にズレがある。魔族が関わってないなら、光の種族単体で滅んだり革命煽動したりしてるって訳だけど……そんな馬鹿な種族じゃないだろうし。仮に『お兄ちゃん』が混乱のために革命の手引きをしている、って考えてもまず忌み子は見た目からして光の種族とは思われないし、そっちの線はないかなあ。そもそも本物の光の種族の生き残りがやったにしても、魔族に反抗するための勢力集めなら、わざわざ混乱をもたらすことなんてしないよね。……うーん、分かんないなあ。どの話の信憑性も高いから嘘があるとは思えない。……全部が本当だとするなら、たぶんはめるピースが足りないか、はめる場所が間違ってる可能性があるかも)
やっぱり今一度、魔王や城にいる魔族について、一応、皆に話しておいた方がいいだろう。その上で城に潜んでいるという魔族と出来れば接触して話を聞いてもらった方がいいかもしれない。
今は、そうするのが最善だろう。
「ありがと、ナラン。……そうそう、お城に進言しに行くなら、一週間後をおすすめするよ。近々、ちょっと騒がしいことになるかもしれないから。あと出来れば、それまでは壁の外で過ごした方がいいかも。それにたぶんどうせ今、城に行っても、大して良い対応はされないと思うし」
「フェリスが言うならその通りにすべきなんでしょうね。分かりましたわ、長めに滞在するようにして、何やら『お祭り』でも終わった後にまた来ましょうか」
ナランは小さく笑うと「それと」と続ける。鼻と鼻がつくほど間近だけど悪い気分にはならない。
「『お仕事』が終わったら、合間にデートでもしませんこと? たまにはフェリスと遊びたいわ」
「いいよ、時間があればね」
「……! 約束ですわよ!」
ボクがそう言うとナランは嬉しそうな顔をして、ボクの顔を自分の胸にむぎゅっと押しつけた。
……人の胸はふかふかしていいんだけどなあ。
ボクはそんなことを思いつつ、今後のことも考えていくのであった。
ちょっとした補足
獣人の『限定感染』で仲間を増やすことが出来るのか、について。
端的に言うと出来ない。
このスキルはかなり不完全なもので、仮に人族に噛みついて感染させたところで、一ヶ月以内に魔力障害というものを起こして死亡する。生き延びても『獣化』を制御出来ず、定期的に暴走してしまうため、結果的に駆除されてしまう。
幸い、感染率はかなり低く、『噛みつく』行為が入らなければまず、唾液だろうと血液だろうと直接体内にいれても感染しない。
ちなみに吸血鬼は適応した者を仲間にすることが出来る(ただし、かなり確率が低い)。




