プロローグ
煌びやかな世界が遠くにある。
誰も自分を見ていない。
誰もこちらにいない。
だけど、向こうには全てがあった。
自分にあったのは、たった一つのものだけだった。
『第一王子』としての立場。それ故の王の――父の確かな愛。
――でも、不満だった。いや、怖かったのか? あまりにも不安定すぎるこの足場が。
色々な暗い感情がぐちゃぐちゃに混じり合い、心を侵していく。
王に至る第一王子という権利。けれど、それ以外の力が『彼』には不足していた。
でも、第二王子には王に至る権利はなくとも力があった。
すべての者がその力を認め、彼が王になるべきだと思っていた。
だから第二王子の周りには人がいて、自分の周りには誰もいなかった。
不安だった。でも誰もその不安を取り除いてくれることなんてなかった。
だって、誰もいないのだから。
足掻く術なんて知りもしない。打開する才能なんてものもありはしない。
そしていつも自分の不出来を思い知らされるのだ。
第二王子と模擬戦をして、一矢報いるどころか手も足も出ずあしらわれてしまった。周りからの呆れと興味を失われていく感覚は、とても冷たく感じて彼をさらに不安にさせた。
彼は逃げだし、一人隠れて泣くことしか出来ない。
それはいつものことで、泣き疲れて自分の足で帰って行く。誰も自分を探しにはこなかった。付き人は気を遣っていただけなのかもしれないが、それでも辛かった。
――ただ、その日は違った。
「……なにしてんだ、お前は」
仮にも王子に不躾な声がかけられる。
彼が顔を上げると、そこには彼の剣術の師匠でもある男がいたのだった。城に仕えながらも、無精ひげにやや乱れた頭髪に服装。けれど、この国において一、二を争う達人なんだとか。
師匠はいつも不真面目だった。どちらの王子に対しても、最低限のことしか教えない。媚びることはないが、けれど平等にしていたとも言い難い。
はっきりいえば、彼にとって師匠はよく分からない人間だった。少なくとも興味なんて持たれないだろうと思っていた。
だから声をかけられたことには驚いた。
彼は困惑しつつ、首を横に振る。
「ならいいんだがよ」
そう言って、師匠は立ち去ろうという気配を見せて、しかし、何かを思いとどまったようにして再度彼に顔を向ける。
「――。今日の模擬戦だが、――あー、気にすんな。ありゃあ、どうしようもねえよ。大体あれはズルなんだよ、ズル」
「ズル?」
「だってそうだろうがよ。生まれながらに剣術のスキル持ってて、初めから人より剣を扱えるんだぜ? あと、あいつの方が年上だしよ。それで圧勝しましたよってそりゃあ、当然だろうがよ」
師匠は不愉快そうに吐き捨てる。
ちなみにだが、少し特殊な事情があり、第二王子の方が第一王子より年上なのだ。
「……あいつは初めから力のある獣と同じなんだよ。大型の獣に素手で挑んで勝てねえのと一緒だ」
「……でも、ボクは剣、上手くならないし……才能ないし。スキルなんて一つも持ってない……」
そう彼が絞り出した声は消え入りそう。
さらに師匠が漏らしたため息でもっと縮こまってしまう。
けれどそんな師匠は呆れたように言う。
「馬鹿かお前は。才能なんざ糞食らえだ。生まれながらにスキルを持ってない? 俺もだよ、馬鹿野郎」
不敬にも師匠は彼の頭に軽く手刀をかます。
「だが、俺は『王種』になれた。色んな幸運もあったが、スラムでくすぶってるような奴でも時間をかけりゃあ城に仕えるくらいにはなれんだよ。何事も可能性はゼロじゃねえ。だが、結果つうのは出るまで時間がかかるもんだ。どいつもこいつもそれを分かってねえ。それを理解してねえから、『才能』なんて言葉で片付けちまう。――持っている奴はそれで満足しちまうしな」
師匠は皮肉げに鼻で笑った。
「確かに得手不得手はあるだろうな。かかる時間も人それぞれだ。だが、今ある才能のありなしで先を簡単に決めつけんな。何事も絶対なんてありはしねえ、絶対にな」
「…………」
彼は頭の回転が速い方でもなかったから、師匠の言葉を完全に理解できたわけでもなかった。それでも、師匠の言葉は彼の心にゆっくりと染み渡っていた。
誰も期待はしてくれなかった。何も教えてはくれなかった。だから、きっと何も出来ないと諦めていた。才能が――スキルを持っていない自分なんて何も出来ないと。
彼は震える唇を動かす。
「ボク、でも、強くなれます、か……?」
「知らねえよ」
師匠は素っ気なく言い、続ける。
「俺はお前じゃねえ。自分がどうなるかなんて決めるのは自分だ。少なくとも他人に選択を任せた奴なんかには何もできやしねえよ」
そう言われ彼は――――キュッと強く木剣を握りしめた。
「……! ……なら、ボクは……強く……誰よりも、強く、なりたいです……!」
「ならついてこい。だが覚悟しろよ。王子だろうがなんだろうが手加減はしねえぞ」
それが『彼』にとっての転換期だった。そして初めて誰かに己の存在を認められた瞬間だったのだ。




