第三章 動けなければ、どうということも出来ない。
さて、なんやかんやあったが、リッチを倒すことにする。でもまあ、現状で倒せると思えないので、まずは強くなろう。
この世界にはレベルアップはあるが、RPGゲームのようなステータスの上昇はない。そのため重要になってくるのは能力が向上したり特殊な力を使えるようになったりするスキルというものだ。
なのでまず俺は、自身のスキルを把握することにした。
今持っているスキルは、以下の通り。
『潜土』……土に潜り、上昇下降することが得意になる技術スキル。横移動は基本的に効果対象外。
『剛力』……文字通り肉体的な力がアップする強化スキル。
『感染』……俺の体液が相手の身体の中に入った場合、濃度によってまちまちではあるが毒状態を引き起こす状態異常スキル。そのまま感染状態で死亡するとゾンビとして復活してしまうらしい。パッシブスキルでもある。アンデッド及び同系統のスキルがある者には一切の効果はない。あと同種――人間以外だと毒状態にはなってもそれで死んだらゾンビにはならないらしい。
ざっとこんなものだ。
リディアは鑑定能力もあるらしいので確かめてもらったのだが、概ねこんなところ。別にユニークスキルがあるわけでもなくごく一般的な下位種ゾンビのスキル構成らしい。勇者のスキルもないようだ、残念。
で、俺が取る行動は、もちろんスキルの強化及び取得だ。
レベル上げはまだやらない。レベルアップの際に上がるスキルの熟練度はおいしい。けど、スキルを多く持っていればその分、たくさん強化できるのだ。それにレベルも下手に上げると、どんどん上げづらくなっていくみたいだし。あとスキルを多く持っていると進化に大きな影響が出るらしい。
どうやらレベルを上げると魔物というのは、進化するようだ。進化すると様々な身体的機能が強化、追加されるらしい。ゾンビであれば、ダッシュできるようになる進化個体もあるとのこと。
さらに特定のスキルを持っていると稀にユニーク個体へと分岐するらしく、俺はそれを狙っている。ユニーク個体は基本的に強力なものが多いんだとか。
まあ、珍しいからこそ、そうそう分岐するもんじゃないらしいけどね。
単純にスキルを鍛えようとしているのは、スキルを強化していた方が、敵を倒しやすくなると思うのだ。今の俺のネックは移動速度の遅さ。不安定な進化に頼るよりかは、スキルで補う方がいいだろう。
んで、現在、移動速度改善のスキル取得のために俺は――水に浮かんでおります。
リディアに案内してもらい、森の中にある湖にいる。
傍から見ると俯せにぷかぷか浮いているとただの死体と間違われるかもな。いや、俺、実際に死体だから何も間違ってないか。
「ゾンビちゃん、楽しい?」
(まったく)
湖の縁に座って膝を抱えながらボーッとこちらを見て問うリディアに俺は素っ気なく答える。
時折、息を吐き出し、水の中に沈み込む。で、しばらく水中を漂ってから、手足を動かして時間をかけながらも浮上。
そんなことを飽きもせずに休憩を挟みつつ十数時間も続けていると――、
『熟練度が一定まで溜まりました。スキル『潜水』を取得しました』
機械的な声が脳内に聞こえてくる。
どうやら上手く行ったようだ。だが、俺の狙いはこれではない。俺は『潜水』のスキルを駆使し、先ほどより簡単に水に潜ると深さを固定する。そして両腕を頭の上に伸ばし、身をくねらせながら泳ぎ始める。
……何をしているかって? そのまんま見た目通り、普通に泳いでいるのだ。
これも同じように休憩を挟みつつ十数時間も続けていると――、
『熟練度が一定まで溜まりました。スキル『水泳』を取得しました』
と、もう一つのお目当てであるスキルをゲットしたのである。しばらくはスキルの熟練度を上げるために泳いでいた。そのおかげか、一日をフルで費やした頃には玄人顔負けの速度で泳ぐことができるようになったのだ。
俺は地上に戻り、今度は『潜土』を使い土に潜る。そして、横に向かって土を掻き分け始めた。――その速度は水中よりかなり劣るモノのゆっくりとだがわずかに速度を上げつつ、土を掻き分けて前に進むことが出来た。
おお、上手くいった。ちょっと成功するかどうか運だったけど、良かったよ。
俺が何をしたかというとだ。
まず『潜土』というスキルは土に潜ることを可能とするものだ。この際、土が掘るやすくなるのだが、スキル使用時だけやや泥状に変化するようなのだ。それ以外にも上昇下降の移動に補助が生じる。ただ潜ることだけを求めたスキルなのか、一応泥化は側面にも出来るのだが、横に動く場合は『潜土』は行動の補助はしてくれないのだ。だから縦移動よりも横移動は出来ない訳ではないが、かなり遅い。
そこで『水泳』の出番だ。
このスキルはそのまんま液体内を泳ぐことを補助する類いのものだ。そして、『潜土』と相性がかなり良い。
泥化した土を掻き分けるのを、泳ぐという行為として『水泳』が補助してくれるようなのだ。水の中より圧倒的に遅いけど、地上を歩くより普通にこっちの方が速い。安全だし。
もしかしたら、土を掘っていたらそれ相応のスキルが手に入ったかもしれないけど、水の中でも兼用で使えるという点では、こちらの方がいいだろう。土だと掘っている間に手が砕けそうだし。
よし、これでとりあえず移動に関する問題は片付いた。ゾンビであるから、息なんか必要ないし、地上を歩くより基本、移動はこっちになりそうだ。
中々に幸先が良い。でも、油断はせずに精進していくことにしよう。
リディアは土の下を泳ぎ回る『彼』を感知しながら、思う。
彼は面白い存在だ、と。
異世界から来たというのもそうだが、普通、あんな短時間でスキルなど得られない。たとえそれが自分に適したスキルであったとしてもだ。
長い時間――数年もの時間をかけて死ぬほど鍛えて初めて、取得できるかどうかというもの。そもそもスキルとは現在の限界を破るための補助システムなのだ。
そんな限界を破る力をほいほい手に入れて良いわけがない。例外的にレベルを上げて取得待機中のスキルに熟練度を分配させるか、もしくは進化すれば、スキルを得られはするが……。そもそもレベルを上げるのであっても、かなり困難なのだ。
それなのにも関わらず、彼は進化も何も行わず、わずか一日半足らずで二つのスキルを入手できた。比較的簡単なものだとしても、本来は何百、何千倍もの時間をかけなければならないのに。
どうしてなのか。……きっとたった一つの何かが要因ではない。いくつもの要因が重なっている。
たぶん魔物の身体、というのが理由の一つだろう。
魔物は混沌の力より生まれし存在。普通の生物と違い、容易く肉体を変異させることができるようデザインされている。そしてそれ故に通常の生物ではありえない肉体変異を進化という形でこなす壊れた存在だ。
あと勇者の身体だ。選ばれた存在――光の属性、でありながら魔物に近い強化をすることができる超常的な人間なのだ。現在、勇者として生前の力は失われているもののスキルを多少得やすいという特性を持ち合わせているのだろう。
魔物の肉体と魂――もしかしたら肉体に封印されている勇者の魂もが混じり合い、あれほどまでにスキルを得やすくなってしまっているのだろう。
そして、死してもなお壊れなかった彼自身の魂の強度も、関係している。汚れてもない欠けてもいない純粋な魂。それがスキルという純然たる力を受け入れる土壌となっているのかも。
偶然生まれてしまった規格外ともいえるゾンビ。彼はこの先、一体何になるというのだろう。何を為すのだろう。その先の未来で彼はどんな決断を下すのか。
とても楽しみだ。
――長い生の中、リディアは似たようなことが繰り返されるこの世界に疲れ果てていた。魔王が世界を滅ぼし、勇者が世界を救う――そんな一進一退で不変の世界に。
……この世界に手を加えることは出来ない。自分には、それほどの『力』はもうないのだ。
もう全ては無駄になり、すべては水の泡と帰した。……一時だけ、『夢』を見たことがあったけれど、それも淡く散る。
……もう疲れてしまっていた。だが死ぬことは出来ず、ただただ惰性で生きていた。
何度も何度も再生と滅びを見てきた。絶望を抱く心すら、枯れ果ててくるほどに。
そんなリディアにとって、彼は久しく忘れていた最高の『刺激』だった。
勇者であり魔物でもある彼は、もしやこの世界の果てにある『絶望』を壊せるのかも。そう期待してしまう。
この不安定な世界を安定させることが出来るかも。自分がなしえなかったことを出来るかも。
だから今後も彼を見続けよう。一番近くで彼を見続け、彼と共に生きてみよう。もしかしたら『不老』の自分が惰性で、今まで先送りにしていた『望むべき死』を見つけられるかもしれない。
そう思うと悲しく、しかし嬉しく楽しく、枯れた心も高揚せずにはいられない。
リディアは願う。
彼が世界を変えてくれますように、と。
彼女は彼に最高の始まりと最高の終わりをもたらしてくれることを切に願う。