大きな犬のお腹を撫でたり顔をつけて深呼吸するのは、抗いがたい事である
2020/04/26に追加。
「お仕事、終わりました」
勇者の村、とある一軒家にて、ミアエルが家事の手伝いを終えた。
リディアの家に厄介になっていたが、もうそちらは出来うる限りのことを済ませてしまった。リディア本人は結界の心臓部を作り直す作業があるらしく、家にはいなかったため、ミアエルは外を歩き回って仕事を探していたのだ。
さすがに外でモノを運ぶ作業は出来ないが、洗濯などは可能だ。井戸などに向かって、井戸端会議をしていた女性達に話しかけ、仕事をもらっていたのだ。
「ありがとね、助かったよ! はい、お駄賃」
そして一人の女性についていく形で、家事を手伝っていた。
ほっそりとしながらも声の大きい女性は笑顔で、ミアエルにクッキーを差し出す。
――糖蜜を使ったお菓子だそうだ。糖蜜は、少し北にある王国での特産品らしい。一応、この村は隠されてはいるものの、閉鎖的ではなく村民は割と外部に赴いて色々と調達してくるようだ。
「……ありがとうございます」
「あらやだかわいい」
ミアエルははにかむように笑って受け取ると、女性が思わず抱きついてしまう。
「むぐ……あの……」
「あーやっぱり女の子も良いねえ。さすがにここまで出来の良い子は無理だろうけど……旦那と頑張ろうかしらねえ」
「…………」
なんやかんやとミアエルは耳年増であるため、ちょっと恥ずかしそうにもぞもぞしてしまう。
女性から離してもらい、もそもそとお菓子を食べる。甘くて美味しい。庶民でもこういうものを作れるのは大変珍しい。土地柄というのが大きいのだろうけど、ここは規格外の村だと思う。
ミアエルがお菓子を食べていると、ドタドタと部屋の奥から少年が走ってくる。
「あー、母ちゃん、俺にもお菓子くれよー!」
「あんたにはさっきやっただろ! 大体、慣れてないこの子よりも遅いってどうなんだい……まったく」
「うっせーし!」
べーっと舌を出すと、女性にごつんと頭を叩かれてしまう。
「いってえ! つーか、もう仕事終わったから遊びに行ってもいいだろ!」
「あんたはまったく……ミアエルも連れて行くんだよ!」
「分かってるよ! ミアエル、ゾンビの奴探しにいこーぜ! あと、ラルフがなんかお前と会いたがってるしよ!」
「あっ……私は……まだ、お仕事探してくる……」
急いでお菓子を食べて、飲み込むと頭を下げて外に出て行ってしまう。
それを見て少年は難しそうな顔をして、女性は頬に手を当ててため息をつく。
「むっ……まだ、仕事……? なんで……?」
「……出来が良すぎるのも色々難儀なのかもねえ」
――でも、やっぱり女の子は良いなあ、と思う女性なのであった。
ミアエルはぽてぽてと当てもなく村の中を彷徨い歩いていた。何かしら仕事を探すと言ったが、これ以上何かするつもりはなかった。
家事などは時間的に自分が手伝えるものは大体終わってしまっただろう。基本的に家の中でのことになるから……部外者に入り込まれるのも内心嫌だろうとも思ったのだ。
だから、少年の誘いに乗ってアハリートの下へ行くべきだった。本当は遊びたいし、構って貰いたい。皆と一緒に遊びたい。
……けど、自分が楽しんでも良いのだろうか、そう思ってしまうのだ。
村の人達はバックアードによる襲撃を受けて、大きな被害を受けてしまった。死んだ人も少なからずいる。襲撃の理由はバックアードの勝手な理由だったけど……ミアエルは自分のせいだとも思っていたのだ。
直接的に狙ってきたわけではない。でも、バックアードはミアエルを手に入れたと思ったからこそ襲ってきたのだ。
別にそれについて文句を言われたということはない。村の人達は優しくて、陰でもそんなことを言っているのを聞いたことがなかった。
ミアエル自身が罪の意識を感じていたのだ。村のこと然り、奴隷の子供達のこと然り。
考え過ぎなのは分かっていた。分かっているが、自身の力がないせいで全てを失ってきた経験から、否応でも後悔してしまう。
自分の村が襲われた時も、逃げるしかなかった。……もっと前に兄が追い出された時も、自分は何も出来なかった。もっと力があれば、自分はあの時両親をも失うこともなかっただろう。
――後悔ばかりだった。それで未だ何も出来ず、弱いままなのが辛かった。
いつの間にか、村の外に出る門の前に来ていた。突破されたのとは別の方だ。けど、こちらも結界の崩壊時に破壊されてボロボロだ。確か、反対側の門にはアハリートが自主的に門番をしていたはず。
門の外に出ようとすると――、
「ちょっ、おチビちゃん!」
門の近くに駐在していた兵士の男に呼び止められる。
「こっから先は村の外だから、出ちゃ駄目だぞ」
「……大丈夫です。戦えますから、魔物なら倒せると思います。……むしろ戦って強くなりたいです。でも、今は壁を沿って歩くだけで遠くに行く気はありません。簡易結界から出ることは絶対にしないです」
ミアエルが落ち着いた様子で、ハキハキとそう言うと兵士の男はどうすればいいのか、困った顔をしてしまう。ミアエルが戦えるのは分かっているのだろう。けれど仮にも幼い少女を、そうですか、とそのまま通すのも門番をしている以上、出来ないことだった。
「……うーん、まあ、そういうことなら……でもな、あーと、……せめてこれ持ってけ」
そう言って兵士の男は、ポケットから笛を取り出し、ミアエルに渡す。
「なんかあったらそれを吹いて報せるんだ。強く吹けば、遠くまで音が届くから、すぐに駆けつける」
「ありがとうございます」
ミアエルはペコリと頭を下げると、笛には紐がついていたので、それを首にかけて歩いて行くのだった。
ミアエルは特に何をする訳でもなく、壁の近くを歩いていた。何かアンデッドがいればと思ったが、すでに駆逐されたようで静かなものだった。それにたまに壁上を兵士の村人が歩いていたことから、場合によっては遠くから倒されてしまうのかも(一応声をかけられたりして、その都度説明はしていた)。
半分ほど進んだら、逆に進んで同じくらい進んだら村の中に戻ろう。今日は考え過ぎているため、リディアの家に戻って静かにしているのがいいかもしれない。
そんなことを思っていると、不意にザザザザと森の奥から音が聞こえてくる。中々に早い。とっさにそちらの方を見て、手を構える。
すると、がさあ、と草木を掻き分けて全長二メートルはある大きな狼が飛び出してきた。
一瞬、驚いて魔力を集めかけたが、あれは……。
ミアエルが手の平をその狼に向けながら注視していると、その狼がこちらに気づき、……瞬時に寝転がり、腹を向けてきた。
目にも止まらぬコンマ秒の降伏である。姿からして野性味に溢れているのにプライドもクソも感じられない。
「……えぇ……」
ミアエルは思わず唖然とした声を漏らしてしまう。
その狼は、必死に身体をフリフリして無害をアピールしていた。尻尾もまで振りだした。
ミアエルは少々困ったけれど、ゆっくりとその無害そうな狼に歩み寄っていく。
アンサムとの訓練も終わって、ボクは『獣化』して森を駆け巡っていた。
うーん、やっぱり『獣化』は良いね。普通でも体力は無尽蔵に近いボクら人狼だけど、獣化すると持久力がもっと上がるのだ。安定性も増すから、こういう森の中を走り抜ける時とかとっても便利なんだ。
喋れなくなったり、トイレの時、不便だけど走るとき爽快感があるから時たま意味もなく『獣化』して走ることがままある。
ちなみに『獣化』って(少なくともボクら人狼に関しては)身体が変化してるわけじゃなくて、魔力で出来た狼の外装を纏ってる感じなんだ。だから服着たまま、トイレするとエラいことになる。
まあ、ボクはもうほとんど大人だし? 突発的に漏らすようなことなんてないけどね。
そろそろ村に着く頃だ。一応、見張りをしている兵士の人達には話を通しているから攻撃されることはない。さすがに門を通るときは人の姿に戻るけどね。デカい狼とか普通に怖いだろうし。
ボクは勢いよく森から飛び出す。草木を突き抜けるこの感覚、うーん、いいね。
――と、ボクの視界に誰かの姿が入ってくる。小さい子――金髪……あっ、ミアエルだ。手、向けてる――やばっ、今、喋れない――変身解くのも少し時間が――ていうか、ボクのこと知って――いや、そもそもあの子、そんなこと考えてる暇ないかも――。
ボクは高速で頭をフル回転させると、本能で寝っ転がるのだった。つまりは降伏のポーズ!
プライド?
なにそれ?
生き残ることが重要でしょ!
ボクは恥も外聞もなく、お腹を曝け出して、身体を左右にフリフリする。兵士の人は巡回してきていないのが、唯一の救いだ。……生き残るのは確かに重要だけど、この姿を見られたら、たぶん泣く。
ミアエルが固まってる。どうする? 撃つ? 光魔法ぶっ放す? よし、尻尾も振るよ!
もはやヤケクソだ。最終手段で媚びるように鳴いても良い。
……あぁ、これ、後で思い出して悶える奴だ。
ミアエルが、ゆっくりと近づいてきた。敵意は感じない。
ミアエルはボクのこの姿を見たことも、背中に乗ったこともある。
けど、似ているだけでボクだとは判断出来ないだろう。……それにあの子には嫌われているから、その辺を加味してもボクだと分かってもどう対応されるのか分からない。
……ここで勢いに任せて消されるとかならないと良いなあ。
その時は、なんとか頑張って逃げよう。
ミアエルがボクを見下ろす位置までやってくる。
運命の瞬間だ。とってもドキドキする。光魔法は発動まで若干時間があるから、死ぬ気になれば躱せるはず。
ミアエルがしゃがんで、ボクのお腹の撫でてきた。
おーう、予想外。まさかのじゃれ合う選択をしてくるとは。
うーんと、これはボクだと気付いてないと思っても良いのかな? でなきゃ、近づくのは分かるけど、撫でる前に声がけはするだろうし。
このまま飽きるまで撫でられて、どこか行ったら見えないところで『獣化』を解除しようかな。
……というか、なんだろう、このお腹を撫でられる感触。
外装だけど、感覚も本体と繋がってるからあるんだけど……ちょっとクセになりそう。
ボクの仲間内にも『獣化』した際にお腹を撫でられるのが好きって言う奴がいるらしいけど……それは特殊な性癖で変態だと思っていた。
……ヤバいな、これ。新たな性癖、築いちゃうかも。
ミアエルの撫で方も優しいから、これ、気持ち良いなあ。この状態だと自分のお腹とか触れないから、今まで知らなかった。他人に触らせることもまずないし。
あー、顎下とかも触って貰いたいかも……。
とかなんとか、ボクが思っていると、ミアエルが撫でるのを止めてしまった。
ちょっと残念に思ってしまう。
まあ、でも飽きてどこか行ってくれるなら、それでもいいかなあ、とか思ってたんだけど――。
ミアエルが、何故かボクのお腹に顔をくっつけた。
……ミアエル?
そして、すーはー深呼吸を始めてしまった。
ミアエル!?
え? なにが? 一体どうなって……どうしよう、ミアエルが錯乱してしまった!
それは撫でる時間よりも遙かに長くされてしまう。
誰もその間に来なかったのは僥倖という他ない。
いや、マジで。
たぶん、傍から見たら相当ヤバい光景だよ、これ。
ボクは結局、そのまま何も出来ずにミアエルにすーはーされまくってしまうのだった。
ついでに顔をグリグリ擦り付けられてしまった。
……一応言うけど、これに関しては変な性癖目覚めそうにはなっていないからね?
ボクは思う存分ミアエルにスーハーされてしまった。
別に穢された感とかはないけど、妙に疲れてしまった。一体どうしちゃったんだろうね。何か辛いことでもあったのだろうか。……アハリートに相談しようかな。
ミアエルは何事もなかったように立ち上がると、振り返って、たぶん村の中に戻るために門の方へと向かって行った。……結局、あの子、何のためにここに来たのか分からなかったな。
うーん、あの子、しっかりとした真面目な子だから無意味に外に出ることはないと思うんだよね。ましてや村が襲撃されたこともあって、色々と警戒中の最中だし。
それを無視をする子じゃないと思うんだよ。
ちょっとなんとなく心配になって、ボクは起き上がるとミアエルについて行く。
ボクが並行するとミアエルが視線を向けてくる。
「……どうかしたの? …………フェリス?」
「わふっ!?」
気付かれてた!? えっ、じゃあ、知ってて撫でて、顔くっつけてスーハーしたってこと? どういうことだ。
さすがに『獣化』したままだと会話が出来ないため、元に戻る。……けど、気まずいことこの上ないな。
「し、知ってたんだ」
「前に一度見たし、気配でなんとなく。……敵意も…………なかったし」
「そ、そっかぁ……」
……ていうことは、知ってて撫でてスーハーしたってこと? それって…………駄目だ。そこは深く考えないようにしよう。
そういえば、光の種族って魔物とかの気配感じ取れるんだったね。それで敵意を制御は出来るけど、抱いてしまう。まあ、人狼は魔物ではあるけれど、人寄りのため光の種族からそこまで強い敵意は向けられないっぽい。
ミアエルがボクに当たりが強いのは単純に個人的な理由だ。……なんかそう思うと少し悲しくなってきた。
いや、ていうか、今は、それほど敵意は感じないかな。これは仲良くなるチャンスかな?
「ところでこんなところで何してたの?」
「…………気晴らし」
「そっか。色々あったもんね」
一人になってのんびり歩きたい気持ちにもなるだろう。ボクも『獣化』して森の中を疾走して、気晴らしするし。……ここ、アンデッド以外にも危ないカエルがいるから油断は出来ないけど(さすがにあのレベルのカエルはもういないみたいだけど)。
「………………。そっちは?」
おっ、会話を続けようとしてくれた。もしかして気を遣われてる? だとしたら、ちょっと嬉しいなあ。嫌いな相手にそんなことするはずないだろうし。
「アンサムとの訓練終わりに森の中、『獣化』して走ってたんだ」
「訓練?」
「うん、あいつまともな相手と組み手とか出来てなかったらしくて頼まれたんだ。自主トレは怠ってなかったけど、やっぱり組み手出来てなかったからなまってたね。……それ以前の問題もあったけど」
そもそも身体が違うしね。筋肉もほとんどなくて脂肪ばかりだから大変だったろう。あの身体に元の人格が入ってた時を覚えてるけど結構太ってたはず。だからあれでも、頑張って引き絞った方ではある。
「組み手……」
ミアエルが何やら考え込む。……どうしたんだろう? 何か思い詰めてる?
「どうかした?」
「…………。私も、ナイフとか武器、使えたら、マシになるかな」
そう言ってボクに強い視線を向けてくる。――ああ、なるほど。自分の能力に何かしら、思うところがあるのだろう。この前の襲撃では、ミアエルは大怪我を負ったらしい。光魔法は連射が利かないため、近接戦に弱いから、たぶんそこを気にしているのだろう。
「どうだろう……。ちょっとこれ持ってみて」
ボクは自身のダガーを引き抜き、柄をミアエルに差し出す。少し戸惑ったようだったけど、それを片手で握り――少し重かったため、両手で握る。
「重い?」
「うん」
「剣だともっと重くなる。けどダガーとかナイフじゃリーチが短いから、刺すのが大変だし、ミアエルだと身長差もあって心臓とか急所が狙いにくい」
掲げて振り抜いたところで、大抵の相手に躱されてしまうだろう。腹とかに刺しても、即死はしないし、場合によっては相手に反撃をもらう可能性がある。毛皮が分厚い相手だとそもそもダメージにすらならないし。アンデッドとかなら、そもそも急所以外無意味に等しい。
「実際、光魔法だけでも十分だと思うよ。ボクの場合、魔法が使えないから近接戦における技術をとにかく鍛える他ないんだ。近づくためにとにかく避けられるように訓練もしてるし」
紙一重で避けて、相手の動きに合わせてカウンターを決める戦法をよく使う。どんな体勢でもすぐさま次の行動に移れるように、筋肉もつけているし。
「でも、そもそもダメージを与えられない相手にはとにかく無力なんだよね、ボクは。その点、ミアエルの光魔法は魔物相手にかなり強い効果を発揮するし」
暴走したバックアードの相手をミアエルが務めたら、善戦出来てたんじゃないかな。まあ、急所を撃ち抜かなきゃ、接近されるだろうから勝てるかどうかは分からないけど。
「……でも、村が襲われた時、全然役に立たなかった。……そのせいでたくさん死なせちゃった」
……なるほど。それを思い詰めていたのか。なんというか、すごい真面目で生きにくそうな性格しているな、この子。それに関しては誰も責めてないだろうし。むしろ頼ってしまった方が申し訳なく思うくらいだ。
というかミアエルは別に弱いわけじゃないんだよな。圧倒的に経験が足りてないんだ。
光の種族が住む村が存続していて、そこで鍛えていれば相当な力を得られただろうけど……。力を付ける前に教育を施してくれる人達がいなくなって、この子の真価を引き出せなくなってる。……魔女さん辺りなら、なんとか出来そうではあるけれど。
焦りすぎている、時間をかければ、と言ったところでたぶん納得は出来ないだろうな。
ボクは言葉を選びながら口を開く。
「……力はあると思う。……でも、それを生かすための状況判断は本当に一瞬でこなさなきゃいけなんだ。経験がないから、どうしようもないけど……」
「どうすれば経験を積めるの?」
「実戦……も必要だけど日頃の訓練ももちろん重要だよ。でも、漫然とやるんじゃなくて、自分がどのくらい動けるかを把握することが大事かな。……ボクは魔法については詳しくないから、なんとも言えないけど、光魔法の発動タイミングとか当て方とか覚えるべきじゃないかな」
「当て方……」
ミアエルが、むむむと唸る。
「ミアエルの光魔法って収束時点でボクらからすれば『怖い』んだよね。だからすぐ分かるし、警戒する。距離あるなら、全力で避ける行動に移るのが普通だね」
「敵のアンデッドには避けられてばっかりだった。……どうすれば……」
「それは分からない」
「…………」
ミアエルにちょっと縋るように見つめられてしまう。うん、これは結構切羽詰まってるね。
ボクは苦笑いを浮かべる。
「魔法は分からないからね。月並みな意見として発射まで早くするとか、しか言えないよ。……あとは、うーん、……撃たれる側として嫌なのは、察知しにくくされるとか、その状況を作られる、とかかな。撃たれると困るからミアエルのこと率先して狙うようになると思うから……、それをさせないために動きながら撃つようにするとか」
「……そういえば、ゾンビさんが助けに来たとき、横からあの蜘蛛の奴撃ったとき、気付かれなかった。ゾンビさんにすごく集中していたから? それとも威力を抑えてたから?」
「注意を引きつけてくれる相手と組むっていうのもありかもね。威力を抑えて気付かれにくくなるなら、試してみるのもいいかも。……ボクも一応、魔物の部類だし光魔法を『怖い』と思えるから、試してみる?」
「…………いいの?」
すごく遠慮がちに聞いてくる。それを見て、ボクは安心する。良かった、もう嫌われてはいないらしい。今回、話しかけて良かった。
ボクは笑顔を浮かべる。
「ボクで良ければ」
そう言うとミアエルはとてもホッとした顔をしていた。それがどうにも嬉しかった。
フェリスはミアエルに熱心に指導していた。魔法に関しては分からないだろうけど『魔物』側の意見として、感じたことを教えてくれたのだ。
とても一生懸命で、手を抜かない。ちょっと厳しめなところもあったけれど、ミアエルにはそれが嬉しかった。
一朝一夕でどうにかなることじゃないのは分かっていたけれど、足がかりが出来るのは心が救われるような、そんな気分になる。何も見えない霧の中を当てもなく歩み続けるより、遠くても向かう先が分かっている方が、圧倒的にマシなのだ。
それにフェリスは色んなことを知っていて、それはミアエルでも使えることが多々とあった。
「人間相手――それも相手が男に関して言えば、金的とか有効かもね。位置的にもミアエルなら当てやすいし、力が弱くても割と利くみたい」
「痛いの?」
「痛いらしい。今度、アンサムに試してみるのも良いかもね。貴重な意見を聞こう。潰れても問題ないよ。どうせ、あれ、他人の身体だし」
「なら良いかな」
そんな冗談を言って、二人は笑う。
訓練にそれなりに時間を使ったため、暗くなり始めてしまった。そろそろ戻るということになって、二人は一緒に門へと向かう。
ゆっくりと並んで歩いていると、ミアエルがもじもじとしながらフェリスを横目で見て――言う。
「あの…………」
「どうしたの?」
「……ごめんなさい」
「え? 何が?」
「……あの時、殺そうとしちゃって」
「……ああ、あれ。アンサムのこと言った時か」
フェリスが思い出したように遠い目をして笑い、首を横に振る。
「気にしてないよ。こっちこそ、無神経なこと言っちゃったしね。アンサムのこととか、アハリートを誘ったこととか」
「……それでもやり過ぎちゃったから」
「かもね。ちょっと厳しいこと言うと、ミアエルは余裕が足りてないんだと思うよ」
「……うぅ」
ミアエルとしてはそう言われるのが痛い。それをある程度自覚しているからなおさらだ。
フェリスは微笑むと、首をちょいっと傾げる。
「でも、無理もないけどね。その年齢で一人で生きていかなきゃいけないなんてかなり大変だし。だから一人で何でもしなきゃいけないと思ってるんでしょ?」
「…………」
ミアエルは何も言えず、黙り込む。図星だった。自分がどうにかしないといけない。やらないといけない。そんな風に自らプレッシャーを背負い込んでいるのを否定出来なかった。
フェリスはミアエルの肩に手を添える。
「けど、今はアハリートも魔女さんも、それにボクもいるし。あと、あいつ……スーヤとか? アンサムは……まあ、いいか。少しずつでも、頼り方を覚えていっても良いと思うよ」
「頼り方……」
「遠慮をしないっていうのも、慣れなきゃ出来ないことだしね。ちょっと体重をかけてみたり」
フェリスが立ち止まったので、同じくミアエルも立ち止まると、ちょっと引き寄せられる。少し抵抗しそうになったけど、……肩の力を抜いてフェリスの身体に身を預けた。
フェリスがミアエルの髪を手で梳き、片手を彼女の胴体に回し、ぽふぽふと叩く。
「楽をするのも時として相手のためになるしね。肝心な時に疲れて使い物にならなくなったら、それこそ迷惑だよ。適材適所、ミアエルにはミアエルに出来ることもあるし、出来ないこともある。それを見極めるのも大事だよ」
「……頼っても良いのかな」
「良いと思うよ。んと、じゃあ、その一環として――……疲れた? おんぶするよ?」
「……うん。…………でも」
ミアエルは頷くが、どこなくもじもじとする。フェリスが首を傾げた。
「なに?」
「……また、大きな狼の背中に乗りたいな」
そう言ってミアエルは恥ずかしげに見上げてくる。それが、とても年相応で可愛らしく、フェリスは笑顔になって頷く。
「お安い御用だよ」
そうしてフェリスはミアエルの要望に応えるために、狼に変身してくれるのであった。
ミアエルは、少しずつでも、強くなって、……そして誰かを頼れるようになろうと、心に決める。
そうすることが、誰かを救うことにも繋がるなら、きっと必要なことであるから。
『獣化』したフェリスの背中に掴まりながら、ミアエルはそう思うのであった。




