第二十九章 巨大なる果実の激震
一言で言えば、そこは危ない部屋だった。
死体がいくつも安置されていたのだ。その死体のどれもが、等身大のガラスケースに壁に沿うように立てかけられて入っていた。その一つ一つの床に魔法陣っぽいのが光っている。男女は問わないが、基本的に若い人間が多い。死体の損壊はほとんどなく、まるで死体の展覧会を行っているかのような部屋だった。
そんな中で、部屋の真ん中にあった大きな台の上にウィリアムとか言うゾンビの頭と、誰かの頭のない死体が一緒に乗っている。そして出入り口に向かい合うようにゴーストが台の向こう側に立っていた。
俺らが部屋に入った時、奴はポルターガイストで針を操って、健気にもウィリアムの頭と首ナシ死体とを縫合しようとしていたのだ。
ゴーストは俺らが入ってきたのを即座に察知したのは良いが、高速で迫るリディアに抵抗すら出来ず、消し飛ばされてしまう。
容赦ないな、相変わらず。まあ、ゴーストの見た目もある程度の人の形を象った靄の塊みたいだから躊躇いもないんだろうけど。あれがしっかりとした人の姿をしていたら、ちょっとは迷うかな。……いや、迷わないかもな。
さて、そんなことより俺はウィリアムの下までテクテクと歩いて行く。首だけのウィリアムを見下ろすと、睨まれてしまった。
ほとんど縫合はされていたようだけど、くっつくためのスキルは持っていないのか、身体が動き出す様子はない。首だけで必死に動こうとしているが、わずかに左右に動く程度だ。
手を近づけると、カチカチと歯を鳴らして精一杯の威嚇をしてくるが構わず額に手を乗せる。
実験のため『魂支配』を使おうとしたが――なんかかなり進行が遅い。『寄生者』の効果が及ばないのか、それともこれが最大なのかは知らないが一向に支配出来る気配がしない。なんか魂表面にかなり硬い殻があるイメージでそれをカリカリと引っ掻いて、剥かずに削るだけで剥がそうとしている感じ。これを剥がさないと力を流し込めないのだろう。
……予想以上に使い勝手悪いな、これ。
仕方がないので、『侵蝕』にて支配しよう。ちょうど身体もあるし、くっつければいいか。
『侵蝕』の赤黒い血管がウィリアムの顔に走り、抵抗する間もなく身体の支配権を奪い取った。そのままウィリアムにくっつける肉体の方にもう片方の手を置き、これも『侵蝕』する。
……ちなみにこの『侵蝕』なのだが、村の攻防で使ってて発見した欠点があった。
村でゾンビの大群を地上に出て真正面から対峙した時だ。肉の壁を作ろうとゾンビ一体を『侵蝕』したんだ。それで『侵蝕』したゾンビに張り付いてきたゾンビを『侵蝕』しようとしたんだけど、上手く出来なかった。
どうやら『侵蝕』した個体から個体へと連続で『侵蝕』は発動させにくいらしい。だから、ウィリアムの頭を『侵蝕』後、肉体にそのままくっつけられない。別々の肉体を混ぜる場合は、それぞれ対象となるものに俺の身体の一部を当てないといけないようだ。
あと、骨も『侵蝕』出来るけど、肉より一拍おいてしまう。たぶん硬いものほど『侵蝕』しにくいのかも。『肉体操作』による変形も骨は難しい。
この一瞬って結構、大きいんだよね。たぶんあのバックアードには『侵蝕』は通用しないと思う。俺が先に腐ってしまうだろう。
あ、ウィリアムの頭と肉体がくっついた。喋れるかな? ちょっと念じて見ると――、
「喋れます」
うん、返答がシュール……じゃなくて、問題ないみたい。ということで、質問を開始しよう。
――そうして、いくつか質問することに――。
それで結界の心臓部がどこにあるか分かった。地下に隠されているようで、それを守る者もいるようだ。さらになんか魔力を集める&防御機構の強化のために空間拡張がどうたらこうたら言っていた。
簡単に言えば、地下が入り組んだちょっと広い迷宮化しているんだって。そこに雑魚がいくらか配置されている模様。
さらに数段階進化したゴーストが三体、強化されたスケルトンが二体ほど心臓部を守っているようだ。リディアやアンサムいわくホールに集められていたアンデッドの中に進化したゴーストやスケルトンはいなかったため、まだ地下にいるはずとのこと。
……ということは、心臓部の破壊には唯一、ゴーストを倒せるリディアが必須になる。アンサムもまさかバックアードの相手は出来ないから、地下行き一択だ。どこか安全な場所にいてもらうとしたら、リディアの近くがまさにそれだろう。ゴーストやバックアードに出遭ったら、今のアンサムは対処することが出来ない。
じゃあ、俺とフェリスはというと、フェリスがアンサムの護衛につき、俺がバックアードの相手をすることになった。今度は外に引きつけて、時間稼ぎをすればいいらしい。まあ、俺の特性上、外じゃないと力発揮出来ないしね。あと最上位の魔物から逃げ回るより、真正面から戦わないといけない地下だと後者の方が俺にとって難易度高いんだよね。
(別に倒してしまってもいいんだろう?)
「出来るならねえ。だけど、今の『あれ』はアハリちゃんにとって天敵と言って良いかもよ?」
うん、それは分かってる。あいつを倒すにはまず骨を砕かないといけないが、それを行う攻撃力が俺にはない。触れるなら、可能性があるかもしれないが、今のバックアードは有機物を腐らせる瘴気を纏っている。
工夫さえ出来ればどうにかなるかもしれない。だが、俺に出来るのは時間稼ぎぐらいだろう。
とりあえず無理はせず、チャンスがあればそれを生かす感じで。
為すことを決め、次は行動に移すだけだが……このウィリアムどうしよう。倒せば良い経験値になりそうだけど……。この目と髪の色ってどう見てもミアエルと同じなんだよね。……ご家族?
(殺しちゃっていいの、こいつ? ミアエルの家族的なあれとかじゃない?)
「う、うーん、どうだろうねえ。ミアエルちゃんからはそこら辺の突っ込んだ話は聞いてないけど。というかこの短期間で話して貰う関係にはなるのは無理かなあ」
「光の種族の村は襲われて壊滅したって話だけどな。必ずしも家族って訳じゃねえだろうが、顔見知りの可能性はあるな。……魂の残滓とかあって記憶とか残ってねえかな」
アンサムの言葉にリディアはさらに困ったように唸る。
「魂に関しては、まだまだ研究すべきことがあったからなんとも言えないかなあ。でも確かにアンデッドは違う魂が入ってても生前の行動を無意識にやることもあったから、残ってないとは言い切れないしねえ。いや、そもそも死んだら魂が抜けるっていう前提条件が間違っている場合があるし……」
……つまり、なんとも言えないと。かなり扱いに困るな、このウィリアム。
「アハリちゃん、『魂支配』で記憶とか掠えないかな?」
(別に良いけど、時間かかるぞ。ここでのんびりしてたら、フェリスヤバくね?)
「あー、フェリスちゃんのことも確かに心配だねえ」
「大丈夫だと思うぜ。あいつ、ヘタレだけど、普通につええよ」
と、アンサムからお墨付きを頂いたけど……、うん、全部終わってからにすべきかな。とりあえずまたウィリアムの頭を身体から取り外しておいて、放置しておけば問題ないだろう。途中で意識を奪い返したとしても首のままならどうすることも出来ないだろうし。
(……やっぱりフェリスが心配だ。……俺の中では、なんか不安が残るイメージが強い)
「その方がいいかなあ。この子も逃げることは出来ないだろうし、後回しにしても問題ないと思うしね」
「俺はどっちでも構わねえよ」
肩を竦めるアンサムを見て、この件は後回しにすることにした。何もかも不確定要素が多いし、大きな問題が片付いてから、順を追って解決すべきだろう。
ということで、俺達はすぐにフェリスの下へ向かうことになったのだった。
ホールは見るも無惨に腐り切っていた。バックアードが何度も激突したせいだろう、壁は腐り落ち、巨大な穴だらけとなっている。もはや二階に上がる中央階段は、下段が腐り崩れて階段として使い物にならない。二階に行くにはよじ登る他ないだろう。
ただ、床はある程度無事だ。あいつの足(手?)の裏は瘴気がついていないためか、それほど腐ってはいなかった。だが何度か転倒したのか大きな黒い沼がいくつか出来上がっている。
たぶん臭いも相当きついのだろう、アンサムとリディアは顔をしかめて鼻を覆っていた。
そんな中でフェリスは、生きていた。
ヘタレた弱気な顔はなりを潜め、鋭い眼光でバックアードを見やっている。突進してくる奴を紙一重で避けて、さらに通り過ぎる瞬間にくる腕の攻撃をも見きって避けている。
その動きが常に半歩的でかわす感じで隙が少ないからすごい。死角から襲いくる尻尾の突き刺しもわずかに身体をずらすだけでかわしていた。回避行動を重点的に行っているが、まったく危なげがない。
ただダメージがまったくないわけではなかった。紙一重で避けているためか、肌の一部が若干黒くなっている。腐ってはいないようだが、ギリギリの戦闘であったのが窺い知れた。
……うん、まあ、真面目に言うとそんな感じだ。
けど、俺はそれらに目をやったのは一瞬だけだ。
……バックアードの攻撃を避けるたびにフェリスの一部がばるんばるん揺れている。
何がって、胸が。しかも、攻撃を受けたせいか上着が取れて生乳が放出されていたのだ。
小さな動きでも大きな胸が上下左右ダイナミックに揺れる様は見ていて圧巻だった。
俺は思わず拳を握って、ガン見していたのである。
ちなみにだが、横にいる魔女と奴隷商人も俺と同様な姿勢でフェリスに見入っていた。……アンサムはともかく、リディアも興味あるのね。実は中身がおっさんとかじゃないよな。
しかしすごいなー、色んな意味で。助けなきゃいけないんだろうけど、動きたくないなー。
そんなことを思っていると、フェリスがちらりと視線をこちらに向けてくる。俺らに気付いたようだけど恥ずかしがった様子はなく、すぐにバックアードに視線を戻した。
そして何やら誘導するよう動きでバックアードの突進を何度か避ける。奴が壁に激突し、振り返ると、フェリスはちょうど屋敷の外に通じる戸口へと立つ。
自我を失ったバックアードはフェリスの動きに一切の疑問を挟まずに、愚直にただ突っ込んで行く。
フェリスはダガーを片手に握ると、それを構えて息を整えた。
呼吸を鎮めたフェリスは、またギリギリのところでバックアードの突進を避ける。だが、今度はただ躱しただけではなかった。フェリスはダガーをバックアードの腕の一本に振るう。骨と言っても巨大かつ頑丈。ダガーは金属で出来ているが、そう簡単に砕くことはできまい。
だからフェリスは砕くのではなく、関節の弱い部分を狙って腕を断ち切った。
バランスを失いそうになるバックアードにフェリスは真ん中の腕へと追撃を仕掛ける。
自我はないが馬鹿ではないバックアードは尻尾による刺突によってフェリスを仕留めようとする。だが、フェリスはいつの間にか抜いていたもう一本のダガーで尻尾の軌道を自身の流れを止めずに逸らすように弾いた。
そのままフェリスは力を込めてバックアードの腕の関節を叩き切り、即座に横に跳ぶ。支えを失った奴は、勢いをそのままに外に向かって転がっていった。
がどしゃん、と軽くも重々しいというなんとも奇妙な音が聞こえてくる。
……おぉ、すごい……。アンサムがフェリスを強いと称したが冗談ではなかったようだ。
フェリスが格好良い感じにダガーを払って鞘に収めると、胸も隠さず、つかつかとこっちに歩いてきた。いやん、大胆……と思わず目を逸らそうとしたけど、やっぱり見ちゃう。
そんでフェリスがアンサムの前まで歩いて行くと、手を伸ばして――、
びりぃ、とアンサムの上着を引き裂いた。
「いやぁああああ!」
冗談めいた棒読みな悲鳴を上げて、アンサムが胸を押さえるが、すでに上着はフェリスの手の中だ。
そんなアンサムの冗談も無視して淡々とした様子でフェリスは、引き千切った上着を胸に巻く。隠すんじゃなくて、揺れないようにしている感じだ。割ときつめで胸がぶにゅっと潰されている感じがどことなくエロい。
「……まだ揺れる。ほんとクソうざいなこのデカ乳」
ボソッとフェリスが怨嗟に満ちた声を漏らす。……あ、うん、なるほど。フェリス、自分の胸嫌いなのね。下手に弄ると殺されそう。冗談抜きで。
ふんっ、とフェリスが不満げに鼻を鳴らすとリディアに顔を向ける。
「魔女さん、結界本体の位置は分かった?」
「オールオッケーで今から行くとこかなん。今度はフェリスちゃんについてきてもらって、アハリちゃんに『あれ』の相手してもらうから」
「わかった。……アハリート、大丈夫?」
まあ、なんとかなるでしょ。最悪、中に入らないように誘導すれば良いだけだし。
俺が頷くと、フェリスも頷き返してくれる。
「忠告。あの骨だけど、徐々に学習していってる。突進と単純な近接攻撃しかしてこないけど、こっちの動きを予測してたまにフェイント入れて攻撃してくることもあったから油断はするなよ。自我を取り戻すかどうかは分からないけど、もしかしたら魔法を使う可能性もあるから気をつけて」
「うー」
分かったよ。でも、魔法かあ。遠くからバシバシ撃たれるのは辛いなあ。地面を深く抉ってくるようなものとかデカ蛙が使った地面を湧き立たせるようなのとかなければいいけど。
とりあえず色々考えたいが、時間はもうそんなにない。切り落とされた腕がズルズルと這っていってもう外に出てしまっている。腕をくっつけてバックアードが立ち上がるのも時間の問題だろう。
俺は腕を追うように外へと向かっていく。ちょっと心がドキドキしているけど、落ち着いてやろう。とりあえず、まず死なないように頑張ろう。




