第二十八章 その者に宿る魂
リディアを先頭にして、俺らは一階の廊下を走っていた。
敵はもうほとんどいない。恐らく玄関ホールにつめかけていたのが、この屋敷の総戦力だったのだろう。今は窓の外から入ってきたらしいゾンビが少数いる程度だ。それも玄関ホールに押しかけていたのよりも少ないため、簡単に倒し進むことができた。
リディアは廊下を迷いなく進んでいく。何か確信があるようだけど、感知系のスキルでも使っているのかね。
そしていくつもの部屋を通り過ぎ、廊下を曲がり、ある程度進んだところで、T字になった廊下に出たところでリディアの足が止まった。
「う?」
「ここでギリギリあった痕跡がなくなってるな。あんたら、アンデッドを把握出来る感知系スキルや魔法は使えるか?」
「私のラインナップでは、ちょっと難しいかな。アハリちゃんはどう?」
知らんがな。というか、痕跡って何?
俺が首を傾げてそんなことを思っていると額を触ってきたリディアに苦笑されてしまった。
「ああ、うん。今、迷わず走ってきたのは痕跡があったから。相手はゴーストって言っても、実体があるものを持っているからすり抜けることが出来ないの。だからどこかの部屋に隠れたら、扉を開けた痕跡がわずかに残るし、それに切り離したばかりの首を持っているから、よく床を見ると血が滴っているしね。今まではそれを追ってきたって感じかな」
マジかい。……スキルばっかに頼ってた訳じゃなかったのね。一応、通ってきた床を見てみたけど……シミが多くてどれが血なのかよく分からん。
「……後は勘に頼るか、アハリちゃんの魂感知能力取得に頼るかにゃ」
魂感知って、最近よく分かるようになってきた生きているか死んでいるか分かる、あれか?でも、視界内の奴しか分かんないしなあ。スキル取れば範囲広がるのかな? なら取ろうかな。
アンサムが廊下の左右に視線を向けながら、口を開く。
「スキルになってねえなら、意味はねえだろうな。まさかここで何年も修行するわけにもいかねえし。大体、魂系統の力なんて妖精以外に適性もった奴いんのか?」
何年も? 適性? そんなに会得するの難しいの、そのスキル。
アンサムの疑問にリディアが「あー」と、しまった的な顔をする。
「……えー、うん、それなんだけどアハリちゃんは大丈夫かも。アンデッドはその適性はちゃんとあるし、アハリちゃん自身も色々と特別だからねえ」
「特別?」
「えっと、……実は、アハリちゃんが生まれたのって一週間くらい前で、でももう二段階進化してるから。スキルを取得するのにも一日かそこらで手に入れられることがあるし」
リディアのその言葉に、アンサムがピキリと固まった。そして、振り返ったアンサムの顔はやや強張っていた。
「は? ありえねえだろ、それは。純正の魔物だって、最初期でも戦い漬けで一ヶ月一段階が限界だろうが。……仮にそんなのがいたら、この世界はもっと魔物が蔓延ってるだろうが。スキルも一日だと? あり得ねえ……」
「まあ、アハリちゃんは特別製でね。色々な偶然が重なって生まれた超突然変異なの。確率的には二度と起こらないレベルじゃないかなあ」
やいのやいのと二人が話し合っております。当の俺は置いてけぼりを食らっています。
よく分からないけど、要点をぼんやりまとめると、俺は突然変異種みたい。種族、としてではなく存在そのものが、だそうだ。
仮定の域が出ないし、リディアも確証は持ててないそうだが、俺には三つの魂が宿っているらしい。俺とこの身体の本来の持ち主と、魔物としてこの身体を動かす予定だった奴だって。
だから俺は進化も早いし、スキル取得も本来より圧倒的に早いんだと。なんで早いかはリディアに問いただしてないから不明。聞いても理解に無駄な時間がかかるしね。
……つーか、驚いた。リディアがこのカミングアウトするなんて。だって俺の身体に他の魂が入っている、それもこの身体の人間なんて言えば勇者しかいないだろう。それを認めるってことは……どういうことだ。理由が分からなくて恐怖しかわいてこないぞ。
(や、やっぱりリディアが俺を作ったのか? それで最後は勇者に身体を譲渡して……)
「いや、それはないよ。アハリちゃんが出来たのは偶然だし。作ろうとしたのはバックアードだし。そもそも本来宿って動かすのは魔物の魂だったんじゃないかな。……でも、アンデッドに宿る魂は壊れて漂っていた弱い魂だから、肉体の支配権はアハリちゃんにあるんだと思うよ」
(……そうか。それで勇者は?)
ちょっと怖かったけど、なんとなくリディアが勇者の件をぼかそうとしていたから追求してみる。ここまで来たなら確かめてみるべきだろう。
リディアはやや困ったように笑う。
「……えーっと、身体の支配権を奪う、についてだけど勇者様が奪うことは絶対にないよ。というか出来ない。……だって、勇者様の魂はその身体に封印されているから」
リディアは視線を下げて、ため息をつく。
「仮に何か出来たところで、性格上やらないと思うしね。ただ多少は抜け道があるのは確かだと思う。アハリちゃんが蛙ちゃんの身体の中にいたときに起こった現象は、恐らくその抜け道を使ったからだと思うし。……だから全てが絶対とは言い切れない。私としても絶対起こらないなんて言う気はないよ。……そこまで希望は失いたくないから」
(……そっか)
……封印、がなんなのか分からないが俺にこれ以上、リディアに問いただすことは出来なかった。さすがに辛そうな顔で喋る子に無理強いはしたくはない。
今のリディアは悪巧みをするために喋らないというよりも、辛いから口に出したくはないっていう感じだった。
……違う意味で、失敗した。あれだ、すっごい気まずい。
リディアはやや目を伏せて、何も喋らない。俺も何か言葉を探すが、何も思いつかない。
俺があわあわしていると、今まで蚊帳の外にいたアンサムが考え込む姿が目に入った。
「……勇者、封印……? ……勇者が現れねえのは、そういうことなのか……? ……悪い、少しいいか?」
アンサムが何か思い至ったのか、思考をやめて、リディアに声をかける。リディアはちょっと無理した感じに微笑みを浮かべた。
「何かな?」
「時間がねえから、詳しい事情は抜きにして結論だけ頼む。今、この世に勇者が現れねえのは、そいつの身体に勇者の力が封印されてるからなのか?」
「そうだよ」
「肉体を破壊したら、勇者の魂は解放されねえのか?」
ちょっ、それは俺を殺すってことか?
アンサムに殺意はないけど、俺は恐怖し、思わず後退ってしまう。
リディアは一歩を踏み出すと、腕を横に伸ばして俺を庇いながら首を横に振る。
「無理かな。どんなに破壊しても勇者様の魂はそのままで、肉体は元に戻ると思う。……ただの死体の時に色々試したからね。たぶん今やってもアハリちゃんの魂が抜けるだけじゃないかな。ただ、実際にやった訳じゃないから変化はあるかもしれない。……壊れたアハリちゃんの肉体は再生しなかったし。けど、確かめるために殺すのは、正直おすすめはしないかな。……そもそもする気もさせる気もないよ」
ほのかに漂うリディアの殺気にアンサムはたじろぐ。
そしてアンサムに確固たる意志を見せつけるリディアに俺の心はトゥンクとなる。
……やだ、格好良い……!
「……そ、そうか。――悪い、失言だった。……それなら魂の解放条件は? 呪術者本人による解呪だけか? ……いや、もう生きてねえか?」
「生きてはいるけど、正直本体を見つけるのも屈服させるのも難しいかな。……幸いもう一つあるけど、そっちは勇者様の身体を近くに置きながら、『魔神』を一体討伐することになってる」
「……魔神の討伐? ……クソが、冗談じゃねえよ。それじゃあ、どっちにしろ勇者の力がないまま魔界に行かなきゃなんねえのかよ」
アンサムがガシガシと頭を苛々した様子で掻く。
「ここを乗り越えても前途多難。……多少は人生楽にならないもんかね、切実によ」
なんかアンサムの言葉に重みを感じる。まあ、身体奪われて王族なのに奴隷商人無理矢理させられているからだろうけどね。
アンサムが俺を見てくる。視線にきつさはないけど、さっきのこともあってちょっとビクッとなった。
「勇者云々は今は、どうでもいい。今は、お前の力を使ってここを切り抜ける。頼む、出来るならすぐに感知スキル手に入れてくれ」
無茶を言いなさる。無理ではないけどさあ。一応、俺は今日までなんとなく魂を感じることが出来ていた。だからスキル化はその気になれば出来ると思う。
でも、もしかしたら俺がスキル手に入れるより他の力使うか、普通に探した方が早いんじゃないかな。
とか、そんなことを思っていたら、やる気だったようでリディアが感知魔法の詠唱、アンサムが付近の部屋を調べに行った。
……行動力あるなあ。これじゃ文句言えないじゃないか。んもう、頑張ろうか。
うーんと、じゃあリディアの魂を感じてみよう。ジッと見つめる。感じるのだ。理解するのだ。……うーん、よく見るとリディアの魂はやっぱり歪だ。魔物ではないけど、人間に比べるとそっちよりな感じだ。魔物の魂はなんか不安定な感じがするんだけど、リディアもそれに近い。けど魔物よりは安定していて、でもどこか膨張して破裂する寸前みたいな危うさがある。
『熟練度が一定まで溜まりました。『魂鑑定』を取得しました』
惜しい! 違う、君じゃないんだ! 確かに感知じゃなくて鑑定していたけど!
ちくせう、肩すかし感がマジ半端ねえ。
で、このスキルだけどリディアに訊くまでもないかも。……魂の状態をより詳しく鑑定出来るだけのスキルっぽい。今まで集中してよく見ることで一度理解したことがすぐさま分かるようになり、細部も良く理解出来るようになった。
だからなんだって話なんだが。……別にこれ、相手のスキルを見たり出来るわけじゃないようだしなあ。
えーっと、気を取り直して、今度は目を瞑ろう。で、リディアの魂を感じるのだ。集中、集中…………あー、なんとなく分かったかも。生者がそこにいる。ぼんやりとした光のようなものがそこにあるのが分かる。
……そう、大まかな、生者と死者の区別がつく。感覚器官が乏しいアンデッドにとって最大の道しるべ。目の前の生者は明るく、屋敷の外を動く死者はどこか暗く。その暗さはもの悲しく、それ故に生者の光が憎たらしい。その光にまるで誘蛾灯の如く引きつけられ、そして壊してしまいたくなる。
『熟練度が一定まで溜まりました。『魂感知』を取得しました』
「アハリちゃん?」
「――っ」
リディアに呼ばれてハッと気がつく。いつの間にか俺は、リディアの腕を掴んでいた。そして俺の口は開いていて、まるで腕を食い千切らんとしているかのようだった。
……危ない。魔物側の意識に引きずられてしまった。
勇者の魂よか、魔物側の魂のが危ない可能性があるな。俺がこの世界に来てから好戦的になったのも、魔物側の影響っぽいし。これから影響を受け続けそうだな。
意識さえしっかりしていれば然したる問題ないだろうけど。
……いつか、己の中で己の魂との戦いとかやらなきゃならないのかね。面白そうだけど、難易度高めならなるべく御免被りたい。
(悪い、ただスキルを手に入れたから、ちょっと使ってみるって言いたかっただけだ)
「おお、やっぱり取得が早いねえ」
俺は自然な感じにリディアから離れて、意識を集中し直す。今度は他の意識に引っ張られないように注意しながら、感知を開始する。
リディア、そして離れたところに生者の魂――何やら縛られたこの感じはアンサムかな。さらに範囲を広げていくと、――――――見つけた。二つの魂。
とある場所に二体のアンデッドがいる。どちらもアンデッド故に魂は暗く、一つはかなり不安定な魂の揺らぎをしていてわずかに宙に浮いている。
もう一つはアンデッドの割にはしっかりとした魂を持ち、それなりの強さを持っているのが分かる。
こいつがウィリアムだろう。
……あれ? 魂で誰だか推測出来るからなんか何気に『魂鑑定』役に立つかも?
(リディア、見つけた)
「……分かった。アンサムくん! 発見したよ!」
「おう、今行く!」
俺達は合流し、俺の先導の下、とある部屋に向かうのであった。




