第二章 変態はどこまでいっても変わらない。
「はろー、ゾンビちゃーん? ご機嫌麗しゅう?」
俺が土の中にいると、そんな声がかけられた。
どうやら俺は土に潜るのが得意らしい。モグラ並に割とすぐに土の中に潜むことが可能なようなのだ。だから、墓地から離れた俺は、落ち着くために一旦、土の中に潜むことにしたのだ。
ゾンビだから土中で肉体が分解されないかなと思ったが、直感的に大丈夫だと判断。というか、そう思わないと安全なんて確保できないしな。精密な動きが出来ないから、木に登るなんて真似も難しいし。
で、朝になるまで土に潜んでいようと思ったのだが……土の中に――というか頭の中に響くような声をかけられてしまった次第だ。
てか、確かに異世界っぽいけど、言葉は通じるのね。何でだろう。日本語で喋ってるのかな。んなアホな。ここは実は日本とか? それこそアホか、だな。ゲームの中、とかなら納得か。やっぱりゲームなのかなあ。でも、ゲームっぽいのにステータスオープン的なこと思っても何も出ないしなあ。なんだろうね、ほんと。
……考えても無駄かな。言葉が通じるならそれでいい。無駄なリソースに時間を使いたくはない。だから言語については今は置いておく。
で、この呼びかけを無視することも考えたが、明らかに相手はこちらの位置を把握している様子。下手に無視して無理矢理引きずり出されるのも嫌だ。
(けどなあ。この声、あの女の子のものなんだよなあ)
ぶっちゃけ関わりたくない。……けど、関わらない選択の後に訪れる結果に良いことがないんだよな。なので、仕方なく対面することにしようと思う。
……あー、うん、殴ったことと見捨てたことは、怒ってはいないと思う。……たぶん。
俺はゆっくりと土から顔を出す。
少女が汚れるのも厭わず座ってこちらを見ていた。ばっちり視線が合う。やっぱり昨日の美人さんだ。きっちり生きてるし、服装にも一切の乱れはない。
うん、やっぱり可愛いと思う。けど、昨日の言動のことからこの子の性格が見た目以上にヤバいのは分かっているので、油断もデレデレもしない。そもそもゾンビになった以上、息子も意味ないだろうしな。性欲とは無縁だと思う、きっと。
少女はまともな顔でにっこりと笑う。
「うんうん、呼びかけに応えたところを見るに、やっぱり理性があるユニーク個体っぽいねえ。やっぱり勇者様の身体だから特別なのかな? それとも……いや、どうかなあ」
勇者? てか、やっぱりこの身体は俺の元の身体じゃないのか。
というか勇者って、ガチでファンタジー世界に来てしまったようだ。しかもゲーム風味の。
とりあえず変な世界だけど、現実だと思った方がいいかも。ゲームだとしても抜け出せない以上、現実と変わらないし。
「ゾンビちゃん? 意思があるなら、心の中でこっちに語りかけてどうぞ? 魔法で意思の伝達をできるようにしてるからねえ」
……マジか。意外にこの子、有能なようだ。
てか、もしかしたら見た目通りの年齢ではないのかも。なんか「長い時を――」とか言っていた気がするし。さしずめ見た目少女の中身は老練な魔女と言ったところか。ロリババアならぬレディババアか。
(こんにちは。……何か用か?)
俺が語りかけると少女は目を見開き、感嘆の声を漏らす。
「おお、本当に意思があるんだ。期待はしてなかったけど……もしかして勇者様、転生に成功したのかなん?」
(いや、違う、と思う。勇者じゃないと思う。……俺は、たぶん……信じないだろうけど、違う世界から来たんだ。たぶん、あっちの世界で死んで……この身体に入ったっぽい)
正直、異世界から来たかどうか、言うべきかは迷ったけど、正直に言ってみることにする。なんかこの子、力あるっぽいし、下手に嘘ついてもバレそうだ。ゲーム世界云々は言わない。なんか地雷っぽいし、下手に口にするのは憚られる。
「マジかっ! へえへええ! 異世界の違う魂が勇者様の身体に定着したなんて……これは ……勇者様が言っていた新たな可能性? ――それとも……」
少女はぶつぶつと呟いた後、首を横に振る。
俺は少女をジッと見やる。この子、何やら色々と知っている様子だ。この際だから、さしあたって先ほど思った疑問点を聞き出してみようか。
(なあ、ちょっと質問いいか?)
「ん? いいよん? なんでも聞いちゃって?」
許しも貰ったし、Q&A開始だ。
Q、質問、俺はゾンビになっているのか?
A、んぉ? んー、ゾンビ間違いなし。太鼓判押しちゃうよん。
Q、そうなのか……。あっ、ところでゾンビって共食いするのか? さっき襲われたけど。
A、んー普通はしない、かにゃあ。けど、たぶんキミの『魂』が完全だから同種だって判断されなかったのかも。
Q、魂?
A、うん、キミの魂は完全な状態で死体に定着して、ゾンビとして復活? したんだと思うよ。普通は死んだら、魂は崩れて自我も崩壊するんだけど、崩壊せず見事に定着してしまったんだろうねえ。だからキミには明確な意思がある。ゾンビっていうか、大抵の下位種のアンデッドは魂が欠けた状態だから、それを補うために完璧な魂を追い求めるの。つまり生者を殺そうとする。
Q、俺、生きてないよな?
A、生きていないよ。生物で言う一切の生命活動はないかなん。つまり完璧なアンデッド種。けれど、ある種死んでもいない。下位種のアンデッドながら、完全な魂を保っている。その時点でキミはゾンビという一つの死体でありながら死体ではない魔物――ユニーク個体なんだと思うよ。だからこそ魂が生者と同じだから襲われる。
つまりアンデッドでありながら、普通ではありえない『生きている状態を保っている』ということなのだろう。だからなんだって話なんだけどな。
ていうかそのせいで仲間とも言えるゾンビ達に襲われてしまったんだしな。仲間になりたいとは思わないが、敵認識されても困る。俺に意思があるのは嬉しいが、なんだか複雑だ。記憶と性格が残る程度に魂が崩れていればなあ。まあ贅沢か。
……俺自身にまつわることはこれくらいだろうか。勇者うんぬんは、どうでもいいし、あまり関わらないことにする。勇者(の身体)なんだから魔王倒せとか言われてもどうしようないし。ただのゾンビに無茶ぶりするとは思えないが、可能性はあるので廃しておく。
んで、一番重要なことを聞いておく。
Q、生き返ることは出来るのか?
A、うーん、どうだろう。キミの場合、今言った通り、死んでいながら死んでいない状態になってるから……生きた身体に魂を移せば可能かもしれないけど、それは呪術系だからねえ、おすすめしないなあ。成功するとも限らない……てか、成功しない方が高いしねえ。合わない入れ物に入れたら、せっかくの完璧な魂が壊れて、そこらのゾンビちゃんみたいになるかもしれないよん? 肉体を入れ替える手法もあるけど、かなり面倒臭いからおすすめできないしねえ。
「……うー」
おすすめしないならやめといた方がいいのかも。それにこればっかりは人に頼りたくもない。かと言ってその方法を覚えるのにはどれくらいの時間がかかるのか。
そもそもどれくらい生きられるか分からない以上、方針も決められない。まあ、寿命に関しては聞かないが。さすがにそれを問うのは怖い。アンデッドだから、すぐ死ぬとは思えないが――もし命が短かったら死の恐怖がつきまとうからな。
いきなり電池切れたように死ぬのなら、その方が良い。
……うーん、とすると現状はこのままこの世界でゾンビとして生きていくとしようか。生き返るうんぬんは、ちょうど良いタイミングを見て、改めて考えることに決めた。別に実際のところ、俺は生者か死者か、人間か魔物かなんて興味ないし。自我がちゃんとあって動ければそれでよし。そうであれば、俺は俺を生きているということにする。異論は認めるが、俺は持論を変えない。
では、他の質問をしよう。あれだ、この世界を生きるならば、欠かせないと思われる話。なんかレベルアップしたときに、スキルって言ってたんだよな。それを訊こう。
Q&Aの開始だ。
Q、スキルってなんだ? 俺の世界には頭の中に敵倒したら声、響いてくることなんてなかったぞ。
A、敵を倒したら声? ああ、レベルアップのね。しかしいきなりレベルアップとはやるねえ。転生者だとしても普通そう簡単に上がらないもんなのに。……あ、えっと、スキルだっけ? うーん、なんて言えばいいのかな? スキルとは、うーん、『現在行使出来る能力を補助するもの』って言えばいいのかな?
Q、補助? どういうこと?
A、ゾンビちゃんの例を出すと、『潜土』のスキルを持っていると思うんだけど、土を掘って潜りやすくなる的な? でも、持ってなくても土は掘れるし潜れるでしょ? 持っていればすごくやりやすくなるよーてな、そんな感じ。で、スキルを持ちながら訓練すれば熟練度が溜まって、さらに能力が使いやすくなるよん。
スキルとは生物の能力、技術を補助するもののことを言うのか。
確かに土を掘るのがかなり楽だった気がする。あと大して気にしてなかったが、レベルアップして熟練度が溜まった時の方が速くなった気がする。
Q、最後に。レベルアップしたら、身体も強くなったりするのか?
A、ん? んー、強化系のスキルを持ってて熟練度が上昇したら、少しは強くなるよ?
Q、スキル関係なく強くなったりはしないのか? たとえばスキルをまったく持っていないと仮定してレベル1の人間がレベル100の人間を殴ってもレベル高い方がまったくダメージ受けない的なの。
A、防御関連のスキルを使えばダメージをまったく受けないとかあるかもだけど……単純にレベルが上がっただけで圧倒的な力は得られないかな。進化すれば、多少頑丈にはなるけど。レベルアップの恩恵はスキルの熟練度の上昇と、魔力の最大値増加と進化にまつわることぐらいかなぁ。魔力値上昇によって、手動で魔法やスキルに抵抗出来る時間は伸びるけど……あくまで伸びるだけだし。強い一撃だと、貫通しちゃうし。魔力出力に関しては才能もあるから。
……ゲーム的な要素であるレベルアップに伴うステータス上昇はないということか。
少なくともこの世界ではレベルよりもスキルとそれに伴う熟練度なるものが重要になってくるのだろう。そこら辺はおいおい自分で調べて見るのもいいだろう。
聞くだけじゃなくて自分で試すのも楽しそうだし。
(もういいかな。ありがと、助かったよ。じゃあな)
俺は表情筋をなんとか動かして笑みを作ると、土に潜ることにする。
「待たれよ」
けれど、少女に頭をガッと掴まれて捕らえられてしまう。
ちくしょう、見逃してくれなかったか。
(なにか?)
「つれないねえ。せっかくお近づきになれたんだから、仲良くしようよお。ど、どうかな? これから私の家に来て、た、楽しいことしない?」
少女の変態モードがオンになりました。
(お断りします)
「そう言わずにさあ。……ていうか、ゾンビちゃん、私がいないと人間に襲われちゃうよお? 一生、人里に入れず、薄暗い森をうろうろするハメになるよお?」
(ぐっ……)
それを言われると痛い。
ゾンビが人里に入ろうとすれば、確実に討伐案件だ。かと言って、ずっと一人で誰も居ないところをふらふらするのも辛い。勇者がいるなら魔王がいるはずだから保護してもらう……と思ったが俺の身体、勇者のものっぽいし、下手すると殺されるかも。
少女が息を荒くしながら、顔を近づけてくる。
「今なら、私が村の人達を説得してあげて、人並みの生活ができるよぉ? ちょーっとそのお身体で私に酷いごにょごにょしてもらえればねえ」
こ、こいつ足下見やがって……!
というかドMさんですか、貴方。マジドン引きですわ。たとえ可愛い顔をしていても、中身がこれでは、なんか、ときめかないというかなんというか。
……まあそこはいいや。うーん……実際、勘案すると悪い話ではない、かな。どうせ悪いようにはされないと思うし、腹を括ろうか。
まだまだこの世界について分からないことだらけだ。たとえこの少女がどうしようもないド変態だったとしても今は頼るべきだろう。
ド変態ではあるが、有能ではあるようだし。
俺は諦めるように「あー……」とため息をつく。
(分かった。お世話になるよ。……その代わり頼むぞ? 面倒ごととかやめてくれよな?)
「いえー! その返事を待っていた!」
少女は横ピースにウィンクに舌をペロッと出す。ド変態でも素材が良いから素直に可愛いと思う。
「このリディアちゃんに任せて大船に乗ったつもりでいてねえ! 超優良待遇を約束しちゃうもんね!」
かなり不安だったが、まあ、とんでもないことにはならないだろう。いくらこの少女、リディアがド変態であったとしても。
そして木の壁に囲まれた上になんか結界っぽいもので囲まれている村の前まで行く、俺。村の外でしばらく待っているとリディアがやってきて――。
「村に入りたいなら、ゾンビちゃん達を生み出したリッチ殺せって! でないと村に入ろうとしたらてめえを殺してやるってさ! わぁお☆」
横ピースウィンク舌ペロをしながら、そんなことを言ってきたので、俺は勢いでつい、こいつをぶん殴ったのは言うまでもない。
……まあ、死にはしないし怪我もしなかった上に喜んでいたのだが……。
――そうして、俺はゾンビとして生まれて初めて苦境に立たされることとなってしまったのだった。