第二十七章 闇の衣を纏うモノ
アンサムの言葉通りに、扉を数えつつ、廊下を走る。幸い、敵はいない。骨がいくつか転がっているけれど、どれも動き出すことはなかった。
ついに五つ目のドア――若干開いている――前まで辿り着く。
――気配も感じる。……でも、なんか変な感じ。ていうか、ここ来る前に何かの絶叫が響いてきたことから絶対ろくでもないことが起こってそう。
でも、退く理由にはならない。
俺は心をドキドキさせつつ、扉を開ける。
そこは本棚が並べられた、ザ・書斎的な部屋だ。だがバックアードはいない。
机の裏かなー、とか思ってたら左側に隠し通路っぽいのを発見する。たぶんあそこかな?
そう思って、まず書斎部屋の中に入ろうとした。
ずるり。
――隠し部屋から黒い靄を纏った大きな骨の腕が出てきた。
ずるり。
さらに俺の上半身一個分くらいのでかさがある黒い靄のかかった頭蓋骨が現れる。
ずるりずるりずるりずるりずるり。
大きな腕がさらにもう一本、二本、三本――ついには五本目まで出てきてしまう。
体高二メートル半、全長は四メートルほど。どこぞのタタリガミのような四つん這いの体勢。全身に黒い靄がかかっているため、正確な形は不明だが脚はなく、腕が六本あり、それで身体を支えているようだ。
長く細い尻尾が生えており、先端が鋭く尖っている。……銛のような返しがついてるのが、嫌な感じだ。
……さらに、全身に纏う黒い靄は、腐食効果でもあるのか触れた部分がドロドロに溶けてしまっている。
そんな化け物が、ギギギギギギっと顔をこちらに向け、ガバッと口を開いた。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!」
俺はゾンビ生で初めての『大声』を上げて、扉を思い切り閉めた。
――足音がこっち向かってる!
俺は床を蹴って、扉の前から飛び退く。
瞬間、骨の化け物が扉を腐らせて砕き、その勢いのまま廊下の壁にぶち当たった。
俺は顔だけ振り返ると、そいつと割と間近で目が合う。そいつのくねる尻尾の先端が俺を狙うのを見て、瞬間的に死を覚悟した。
――が、骨の化け物の勢いと腐食効果のせいか、そのまま壁をぶち抜いて、外に飛び出し、落ちていく。
……え、ええ……。
がっしゃーん、と砕けたような音が鳴り――死んだんじゃね、と思ったが――すぐに元気な叫び声が聞こえてきたよ。
上って殺しにくるんじゃないかとビクビクしていたが、声は遠のいていく。
恐る恐る外を見やると、あの骨の化け物は外にいたゾンビ達に襲いかかっていた。
……なに、あれ。いや、マジで。
……まさかバックアードか? でも、この短時間で何があったし。仮に進化出来たんだとしても理性失ってるようだったし……。
書斎部屋の中から、他の気配は感じない。ちゃんと部屋の中に入って、机の裏、隠し部屋を確かめて見たがバックアードの姿はなかった。他の部屋にいる可能性も考えられるが、たぶんほぼ確実にさっきのあれがバックアードで間違いないだろう。
……これはリディア達のところに戻るべきか。
あの変なのを追いかけるのはナシだ。俺ではたぶん、対処しにくい相手っぽいし。それにあの変なの、無差別に目に付いたのを襲っているんだよな。だから、遅かれ速かれ屋敷内に侵入しているゾンビ達を追っかけてリディア達がいる玄関ホールに突っ込んでいくのは目に見えている。
俺は走ってホールに戻ると、ホール内の敵をほぼ殲滅したリディア達がいた。
今は外からくるゾンビの対処をしているようだ。扉を奴隷商人達の死体で封鎖したおかげか、ゾンビが大量に入ってくることもなかったみたい。
「うー!」
「あれ? どしたの、アハリちゃん。もう倒した――わけではなさそうだね」
リディアは俺のやや慌てた様子から、詳細は分からずとも察してくれた。
……こっからジェスチャーでどう伝えるかなあ、と悩んでいたがリディアが近づいてきて俺の額に指を当てる。
「魔力の伝達が出来ないけど、直接触れてなら『念話』も使えたはず。どうぞ、話してくださいな」
(あーあー、マイクテス、マイクテス)
「うん、良かった、通じる」
こくりと頷いて笑うリディアに俺は安堵する。
それで俺は、先ほど起こったことを説明する。書斎に行き、そこで出遭った化け物、その能力などなど。そして部屋にはバックアードがいなかったことから、その化け物が奴である可能性を口にする。
俺の話を聞いて、リディアは考え込むように口を手で押さえる。
「……突然の進化……考えられるのは『妖精』だけかな」
妖精って確か、リディアがちょろっと前に言ってたっけ? 確か、レベルアップしてくれる存在らしいけど……。
「……ざっくり言うと、妖精はあまり良い子ではないよ。悪意を振りまく根本の理由はややこしいから説明はしないけど、とにかく魔物を狂わせることに尽力してる、って言えばいいかな」
いわく妖精は、強制的にレベルを上げて魂を汚染し、精神を狂わせてくるそうだ。正しい手順を辿れば狂うこともないそうだが、妖精はあえて狂わせようとしてくるんだとか。
でも、無差別にはしない、というか出来ないらしく、契約をしなければ、力を行使されることはないそうだ。だが底意地の悪い妖精達は、わざわざ力を求める者に近づいていくという。
「……それにしても結界の発動時にとか、タイミングが悪いね。相手の能力的に、魔法が使えないままだと正直、私でも辛いかな。すぐにでも結界を解かないと不味いかも」
だろうな。まず、結界を作動させている装置を探すべきなのだが、手当たり次第探すわけにもいかないだろう。捜索人数にしても、戦力的な意味合いからしても一人一人で手分けして探すことはほぼ無理だし。
(喋れるアンデッドっていないのか? いるなら、俺の『侵蝕』か『魂支配』で支配して口を割らせることも出来るけど)
「……どうだろ。話せる子はほぼ全員、勇者様の村に特攻かけたせいでここにはいないかも。……アンサムくんにフェリスちゃん! ここでバックアード以外の話せるアンデッド見なかった?」
リディアが声をかけると、外からくるゾンビをげしげしと撃退していた二人が首を小さく傾げる。
「話せるアンデッド? ……そういえばボクがぶった切った奴、喋ってなかった?」
「ウィリアムだな。あいつは喋れてたぜ。頭だけになったが、潰さずにいたらゴーストがあっちの方に持って行っちまったよ」
アンサムが一階の通路を指し示す。
運が良いのか悪いのか。そいつを探すのと結界装置を見つけるの、どっちが簡単だろうな。いや、喋れるアンデッドはいる方向が分かってる分、マシか?
「……面倒だけど、そのウィリアムって子を見つけた方がいいかもね。……チーム分けだけど、ゴーストがいるなら私と情報吐かすためにアハリちゃんは確実に行くとして――フェリスちゃん! 外からなんかゾンビ以外の変なの来てない?」
リディアがフェリスに声をかける。
ダガーでゾンビの頭を串刺しにしていたフェリスは、眉をひそめながら窓の外を見やる。
「変なの? うーん、と。ゾンビで溢れてる、けど……あれ? なにあれ? ――あっ、やば、なんかこっちに突っ込んできてる!」
「フェリス! 一旦、退け! あいつはやばい!」
アンサムに大声で注意され、フェリスは即座に窓から離れる。アンサムも離れると同時に、玄関ドアに何かがぶち当たる音が聞こえてくる。
扉は頑丈だったのか勢いのまま破られることはなかった。だが、扉が急速に黒ずんでいく。そしてものの数秒で扉は腐れ落ち、そこから黒い靄を全身に纏った骸骨がずるりずるりと入り込んでくる。
「……うわ……あの黒い靄に触らないようにして! あれ、たぶん『瘴気』かも! 『瘴気』は動植物を一瞬で腐らせるから触れたらほぼアウト! あと、アンサムくん、私達についてきて! フェリスちゃんはここで、あれの注意逸らしてて!」
「ボ、ボクがぁ!?」
まさかの指示にフェリスはまたも半泣きになってしまう。
「私以外でこの中で一番、機動力があるのフェリスちゃんだから! 本来、私がするべきなんだろうけど、ゴーストの対処をしなきゃいけないし……」
「う、うぅ……分かったよ! 皆、そっち行って、引きつけるから!」
俺達が通路の方に走っていくと、反応したバックアードがこちらを向く――が、フェリスが息を吸う。
そして次の瞬間、腹の底を震わせるような遠吠えが響き渡る。
バックアードが動きを止め、ギギギッ、とフェリスの方へと向き、突っ込んで行く。
それをフェリスは十分余裕を持って回避した。
その姿を確認し、俺らはなるべく目立たないように通路をへと入っていくのだった。




