それはスポーツカーに草刈り機のエンジンを載せるようなもの
さて、思いつきでアスカに戦ってもらうわけだけれど、どうなるかね。
(一応、やっても問題なさそうだからやるわけだけども、特に問題はないよな)
《確認するけど、対策されることについては?》
そう言ったのはラフレシアだ。
(それこそ問題ないでしょ。アスカについてはどうせ俺が妖精体を見せる前にバレてたし。それに俺の成長速度と方向性は予測が困難だから見せても問題ない)
予測がされない、っていうのが成長チートの良いところよね。俺に限って言えば、凄まじい速度で進化する以外にもスキルの会得が恐ろしいほど早い。これが相手にとって厄介この上ない。
(んで、戦うわけだけど――アスカが使えるのは自前の『心魂ノ回帰』と『血器錬成』くらいでよろし?)
《よろし》
アスカが声には出さず心の中で答えてくれる。
《ますたーの力は肉体操作、生成系、『侵蝕』なんかも使える。身体には潜れるけど地面には潜れない》
アスカは『異空ノ猟犬』の適性があんまりないらしい。
そんでもって、ここでラフレシアが補足をいれてくれる。
《ちなみにアスカは吸血鬼で魔神っていう魔力に愛された存在だけど、その力を完全再現すると色々と危ないからかなり制限してるよ。『魔力操作』に至っては調整中だからマスターのクソザコ操作で戦わないといけないし》
(――っ! クソザコじゃないでしょ! クソザコにナメクジってつけたして!)
《……。マスターのクソザコナメクジ》
(よろし!)
ラフレシアが深いため息をつく。
《はあ。――というわけで、戦いにくいかもだけど頑張ってね》
《いぇあ。でも『魔力操作』についてはそんなに問題ないかも。魔神の時はあんまり記憶ないし……吸血鬼だった頃は……言うほど『吸血鬼の力』を引き出せてなかったし》
(そうなん?)
《うん。まざーに魔晶石をもらったけど、吸収効率はそんなんでもなかったから》
《千年前の技術っていうのもあるけど、魔晶石は基本的に人間用に調整してあったからね。ましてや魔力適性が高い吸血鬼じゃ、今の技術レベルでもちゃんとした力は引き出せないよ》
ていうことは、アスカは吸血鬼の頃から全力を出せなかったってことか。
……それでも当時最高峰の勇者と渡り合えるんだからすごいよな。つってもイェネオさんが弱いってわけでもないだろうし。たぶんアスカが最大限に力を引き出せても、普通に食らいつけるんじゃないかな、あの人は。
てか、イェネオさんが負けた理由は『傷ついたら死ぬ人間』だからだな。ワンミスで終わりはやっぱりきついと思う。
……そういうわけで、アスカならワンチャン聖人達にも勝てるかもね。まっ、別に殺せなくても良いけど。あくまで今回は実戦でのアスカの戦い方や『対処のされ方』を見るためだ。『対処のされ方』って強者じゃないと見られないから貴重なのよね。
(じゃ、頑張ってー)
《るじゃー》
そんなわけで戦闘です!
アスカが荒ぶる鷹の構えをとっていたおかげで、聖人達は攻めあぐねていたようだ。まあ、アスカに対しては下手に近寄れないしね。さっき魔法も食ったから、魔法使いくんことドミニクも迂闊に魔法をぶっぱすることも出来ないようだ。
向こうからすると、危ないけどアスカの出方を見て、なんとか対処していく、が堅実なんだよね。
《たぶん制限をされてることは予想してるから、そこら辺も見極めるつもりかもね》
そこまで分かってるのかー。まあラフレシアが言うなら、確かだろう。
《――では、『雲集錨』》
アスカが動く。
ドレスとして纏う血から鎖状となった新たな血が生成される。硬質化しているのか、擦れ合う血は本物の鉄のようにジャラジャラと音を立てていた。
鎖状の血は蛇のようにうねり、真横に大きく孤を描くように振るわれる。
血の鎖は速くはないが、範囲が広い。……鎖そのものは細いけど、本体と繋がってるから安易に紙一重で避けるとかやっちゃうと危ないよな、たぶん。
だからドミニクは、物理障壁を張る。珍しい長方形方だったけど――まあ、妥当か。一部だけ防いでも、回り込まれたら厄介だもんな。
反射もついていたのか、血の鎖は大きく弾かれてしまう。
《ふむ、上手い》
――受け止めてくれるだけなら、楽だったのに、とアスカが呟く。何かしら仕掛けるつもりだったようだな。てか、『雲集錨』ってトラサァンさんの技だよな。しかもあの人の場合、自前のとんでもなく強いレジスト能力を使って、強制レジスト状態にするっていう使い方だったはず。対してアスカはレジストを一切出来ないけど、何をするつもりだったのか。
ドミニクが持つ杖が光る――と同時に閃光が走って、アスカの身体を貫いた。
《しびびー》
体内が焼けたのか、アスカの口から煙が上がる。……雷撃か。なるほど、食われない魔法としては最適解か。
ただ、あまり意味がない。アスカに勝つためには、ダメージを与えるのではなく効率的に肉を削ぐ必要がある。
それは理解しているのか、ドミニクは次に杖の先端に力を込めて――それをアスカに向ける。すると、アスカの身体が音を立てて焼け始める。
(また蒸発狙いか。食える?)
《食えぬ。熱源が向こうにある》
ああ、俺が『孤苦零丁』でやる音のスポット化みたいなものか。いわゆる魔法の基本である、直接ぶつけるより二次効果で発生した現象を作って当ててるのか。
《遠くからチクチクは私の方が負ける。――ので、攻める》
アスカは走り出す。
ただ、肉体強化は大したものではないため焼かれ続けてしまう。アスカは血の盾を生成して、肉体の消費を抑えるが――、
(ローラとアンジェラは完全に迎え撃つ形か。……局長さんは退いた?)
局長さんはワームくんが吐きだした職員を抱えて戦線離脱したようだ。
《職員の保護もそうだけど、ペンサミエントの『急所感知』がアスカには意味がないってなったんじゃない? アスカって全身を消滅させないと指先一本になっても思考出来るし》
《でも脳にしっかり頼っているので、色々鈍くなるのである》
でも死なないだけ強いよね。
けど、そんな死なないアスカでも徐々に削られていってしまっている。
《ふむ、攻めにくい。千年前とは違う。統制されてて……今の人間、強い》
《でしょ?》
ラフレシアがなんか誇らしげで可愛い。
《手数がないとこっちがジリ貧になる。――ので、増やす。必殺『百鬼夜行』》
アスカがそう言うと背中から、ぽぽぽぽん、と肉塊が射出される。それは葡萄頭達――それも身体がついている『雑草』タイプもいる。
身体のない葡萄頭がたくさんと、複数の猟豹型が聖人達に殺到する。
ドミニクが舌打ちし、アスカへの攻撃を一度やめる。するとスイッチするようにアンジェラがアスカへ向き合う。
その間に、ドミニクとローラが葡萄頭達に対処するようだ。
《時間の勝負――一気に攻める。『雲集錨』》
アスカが再度、血の鎖を生成して大振りに振るう。今度は上から叩きつけるような一撃だ。
ドミニクによって物理障壁は生成されるが、あまり当人の表情は芳しくない。まあ、反射結界って真上から受ける攻撃には何度も振り下ろされるはめになってきついらしいからな。
実際、反射結界にしていたためか跳ね返った血の鎖がまた振り下ろされる。でも、防がないっていう手がないのよね。自陣にしている場所にアスカと繋がっている部位を入れてしまうと不味いから。
だからその対処に、アンジェラが前に出てきた。
凄まじい速度でアスカに肉薄する。
血のドレスから生やした棘による迎撃も普通に躱してきて、拳をアスカの脳天に振り下ろして、それが当たる。
どぱん、とアスカの体内が――ついでに俺の意識がある葡萄頭が――一瞬にして粉々になってミートソースになってしまった。
けれどアスカは壊れた端から瞬時に治っていく。
「冗談じゃない」
アンジェラが思わず呟いてしまう。
明らかな致命傷で死なないっていうのは怖いよな。実際、アスカはぐちゃぐちゃになりながらも普通に反撃していたから。
ハリネズミみたいに血の棘を生やしてきたアスカにアンジェラは跳び退って逃げることしか出来なかった(その際に、血の鎖を根本から切り落とした)。
そんなアンジェラを見ながら、アスカが一言口にした。
《灯台もと暗しーが一つ》
(なんだい?)
《私は地面に潜れないけど……それをやるならどっちにしろ私じゃなくてもいいな、って》
その瞬間だった。
アンジェラの足元に突如、牙が生える。
「っ!?」
四つの赤銅色の牙――すぐに大きな口が現れて着地しようとしていたアンジェラの下半身を咥え込む。
「やっば――」
《残念ながらワームくんだから、私が触れた判定にはならないけど――移動は出来る》
アスカがニュルンと地面に吸い込まれて行く。
おー、考えたね。自分は地面には潜れないけど、自分と繋がったワームくんなら潜ることは出来ると。そんでもってワームくんの身体を移動すれば、手間はかかるけど地面を潜ったり壁抜けも出来るだろう。
もちろんアンジェラも無抵抗なんてことはなく、『無突』をワームくんに叩きつけるけど、粉々になってもすぐに治るせいで抜け出せない。この場合は斬る以外は抜け出す方法はないかもね。つっても『斬り飛ばす』じゃないとすぐくっついちゃうから、かなりムズいかもだけど
んで、触れられたらこっちの勝ちだけど――それを黙ってみているほど他の奴らも無能じゃなかった。
「ドミニク! 私を飛ばして!」
そう叫んだのは、ローラだ。
ドミニクはそれにすぐさま応え、なんとローラを文字通り吹き飛ばしたのだ。
勢い良く吹き飛ばしていたが、ローラの体勢が乱れていないのがなんかすごいキモイ。ドミニクは葡萄頭に対処しながらそれだから、やっぱ練度たけえな、あいつ。
そんでもって飛んでいったローラは、アンジェラに向かって片手を突き出す。
「死なないように!」
「えっ――それ、嘘だろ――」
魂通信で説明されたのかアンジェラが、うわあみたいな顔をしていた。
アスカがアンジェラの身体に触れたと同時に、ローラもアンジェラの首を掴んで――引き千切った。
「わぁお」
これにはワームくんの胴体側面から生えて一部始終を見ていた俺も声を上げてしまう。
仲間の首を引き千切ったのもそうだけど、頭だけになったアンジェラが目をパチパチしているから生きているのがわかって、すげえってなる。
さらに空中にいるうちにアンジェラの胴体がにょきんと生えて、逆にローラが抱えられて着地した。たぶん葡萄頭を対処しているドミニクに負担をかけないようにしたんだろうね。
ちなみにそのせいで今のアンジェラは全裸です。
着地して、ローラを下ろしたアンジェラはサッと胸と股間を手で隠す。
髪並にアンジェラの顔が真っ赤になっている。
「いくらなんでも酷くない!?」
「ワガママ言わないでください! 公衆の面前で素肌を曝された挙げ句、自分の幻が自慰行為をし始めるよりマシでしょう!」
「ごもっとも!」
そりゃごもっともだわ。
《なんてこったい。いけると思ったのに》
「ぎゅいー」
アスカがワームくんの口からにょきんと生えた。
なんか変な図だな。ワームくんから上半身を生やすアスカに、それを見上げる少女二人(うち一方は全裸)。
「あ、あの、これ……」
そんな奇妙な対立図に挟まらんとする不埒な男が一人! ドミニクくんである! 彼はなんとアンジェラに近寄ると、自分が来ていたローブを手渡したのである! 紳士! めっちゃ紳士!
「あ、ありがと」
アンジェラも恥ずかしそうにそれを受け取り、ローブを着た。
ああ、ちなみに葡萄頭達は全滅したよ。悲しいね。
《ますたー、たぶんここまでが限界かも》
(肉足りない?)
《うん。まだ戦うことは出来るけど、死なないだけになりそう。この能力で戦うとなるともっと物量で攻める形にした方がいいかも》
(なるほど。準備は大事ってことか。じゃ、やめとこー)
アンジェラは首から下が魔力で構成されてるし、装備もないから攻めれば殺せなくもないけど、確かに今見た感じだと攻めきれずに終わりそうだな。
《それと戻ったら、やりたいことがある。ルカの結界に『侵蝕』使ってみたい》
(なして?)
《魔法の制御を奪えるかもしれない。さっきやりたかったけど、ことごとく防がれた》
ああ、楽になるって言ってたのはそういうことね。面白い考えだ。採用しよう。
(とりあえず、大ワームくんを吸収して元に戻ってから旗振ろうか)
《いぇあ。――降参するのである》
アスカはそう言いつつ、巨大なワームくんを吸収して(小さいワームくんはそのままだ。ワームくんは二体いたのである!)、床に降り立った。
「はい、ということで本当に本当の戦闘終了です。続けますか?」
俺がそう言うとローラがため息をつく。
「どのみち信用出来ないのでなんとも言えないです。言いたいことがあるならさっさと言って下さい。でないとすぐに殺します」
んまっ、ぶっそう!
「しょうがないですね。まあ、すぐに終わりますけど――その前に……」
俺はアンジェラを見やる。
「な、なんだよ」
「ローブからチラリと見える鼠径部がエロい!」
《そっけいぶーそっけいぶー》
「奴らを殺せ!!」
俺とアスカが拳を天井に向かって前後させて言うと、アンジェラちゃんがブチ切れちゃった。
でもブチ切れても、さすがに装備なしで突っ込んで行っては死ぬことは理解しているのか、無謀にも飛び出してはこなかった。
「では、冗談もそこそこに本題に入りましょう。私の宣戦布告を受け入れますか?」
「一応確認ですが、それになんの意味がありますか?」
「意味としては私、アハリートとその眷属がフラワーに戦争を挑む、という形になりますね。いわゆる戦闘員のみの戦いにして、その他の者達には不干渉を貫く口約束をするといった形になりますね」
「貴方がそれを守る保証は?」
「守らなければ『私の大事な者達』を対象にすれば良いだけのこと。そしてそれはその逆も然りです。互いが互いの戦いに巻き込みたくない者を知っている――だからこそ、この布告――ある意味では協定に意味がある。貴女達は私のことをどうしようもないゲスだと思っていても、『身内を大切にする』ことは理解してくれているはず」
「…………」
ローラは肯定はしないものの、明確な否定をしなかった。
俺はタイタンに対して品行方正な振る舞いはしなかったけど、比較的『分かりやすい』行動をずっとしてきていたから、理解はしてくれたようだ。
「……戦うのは妖精、女神、聖人と……転生者ですか?」
「転生者に関しては戦う意思を示したら、殺し合いをしますよ。というか、私がこちらに攻め込む時以外は基本受け身になりますから。貴女達と違っていきなり殺しにかかったりしませんから、ご安心を」
俺が優しくそう告げると、聖人達はバツが悪そうに唸る。
「と、言ってもそれは転生者を対象としているだけでフラワーや貴女達聖人などはタイタンの外で出遭っても即時攻撃しますからね。よほどのことがない限り貴女達が私と仲良く出来ると思わないように」
「……それは分かっていますよ」
そこはしっかり釘を刺しておく。
よほどのことがない限り、なあなあにはしてやらない。
「では受け入れてくれた、ということでよろしいですね?」
「……。ええ、枢機卿達も同意を示しました」
「ありがとうございます。ちなみにですが、戦闘に参加したら戦闘員を思っても構いません。私の身体の一部である眷属でなくても、貴女達と戦ったら『殺しても良い眷属』と思って下さい」
「……殺しても怒らないんですか?」
「怒りますよ。けれど対象外の人達は傷つけません」
仮にダラーさんらが俺に協力してフラワー達と戦ってくれて、もし殺されちゃったら――考えたくもないけど――俺は怒りはしても無差別にはならない。そこはしっかりと言葉にしておく。
「そうですか」
「そうです。それでは以上になります。さようなら」
《さようならー》
「ぎぃ」
お別れの挨拶と共に俺達は血の塊になって、べちゃりと崩れ落ちるのであった。
次回更新は4月27日23時の予定です。




