ワガママを押し通すためには
鈍い音が聞こえてくる。断続的に何かを叩くような音だ。
僕、アーセナル・ミネルヴァは『雑草』達が戦っていた場に向かっていた。恐らくここがロドニー含めた聖人達が戦う場になるからだ。彼らの位置は逐一把握しており、あと少しすればここを通るであろうことは分かっていた。
僕のやるべきことは、時間稼ぎ。正直、勝てると思っていないし、良い勝負なんて出来はしないだろう。
ラキューもいなければ、彼らにとって戦いにくい空でもない。勝てる要素はないのだ。
だから、宿主には『好きにした後』ここで離脱するように言われていた。
そんな戦場には人型と犬型の雑草達が一人の人間に群がっていた。
それは除染部隊の隊長だ。全身血だらけで、片腕は噛みちぎられ、満身創痍だ。でも生きている。恐らく、数分も保たないけれど、それでも確かに生きている。
しかも人型の鉄球で思い切り殴られているのに、立っているのだ。
人型の鉄球の手が殴った瞬間に弾かれているから、何かしらのスキルか身体強化を一瞬だけ使用して弾き返しているのだろう。
「もういいよ」
僕は雑草達にそう言った。
その一言に雑草達は手を止めて、警戒しながら隊長から離れる。
隊長は攻撃を止めた雑草達に襲いかかりはしなかった。もはやその場から動くこともままならないのだろう。まあ、無理をすれば動くことは出来るだろうけど、それは最後の手段に違いない。少しでも長く生きて、僕らに仲間の死体を『使われない』ようにしたいのだろう。
僕は隊長と距離を開けつつ、真正面から向き合う。
「命を助けると言ったら、投降してくれる?」
「……馬鹿を、言うな……今更、命など、惜しい、ものか……」
隊長は血反吐を吐きながら、僕を睨み付けてくる。
「…………。痛みも死も避けたいものだと思う。けど、それを押し込めてそう言える貴方は強い人なんだろうね」
「……自分の、命、だけの問題じゃ、ない……。……お前のように、痛みもなく……確かな、死もない……奴に、分かるわけ、ない、だろうが……」
隊長は、そんな皮肉を言う。
僕は首を横に振る。
「そんなことないよ。僕らが僕らとして存在しているのは『死にたくなかった』からだし」
宿主の下半身に生まれてまともな自我を持った僕らは、あのままでは単なる消耗品になっていたことだろう。それが怖かった。だから逃げ出したくって、必死に宿主に縋り付いたんだ。
今思うととても情けないけれど――死とはそれだけ怖いものだったんだ。
……相手があのブラーカーだったから、っていうのもあるけど。鬼気迫る相手というのは本当に怖い。ましてやあの時は生まれたばかりだったし。
それに今回、『血の洪水』を使うようになってから、痛みや他の感覚を知ることになったしね。五感って便利だけど、壊れると必要以上に痛くなって大変だなって思った。
だから、それらに耐えられる人を僕は尊敬する。
あっ、五感っていうと、ちなみに今は『血の洪水』は使ってないよ。イェネオとアスカの合作的な魔道具を使用している。効果は『血の洪水』と同等な感じ。けれど、身体能力の向上はこっちの方が低いけど、安定していて……でも、一度使うと解除が難しいから実質、使用=死亡となっている。でも、こっちは魔力とか宿主のスキルも使用出来るし、喋れるし、使い勝手は良いんだよね。
隊長は剣を構える。
「お前は、殺さなければ、ならない……。何度も、結界を、攻撃されては、かなわない、からな」
これはさっきの魔力封じの結界のことじゃないよ。ワームくんやら他の皆やらがうろうろしている間に、僕は『雷霆万鈞』を結界に向かって撃ち放っていたんだ。
これが僕に与えられた仕事だね。ワームくん達と違って、僕に生物の生産能力はないし、聖人達と戦える能力はないけど、結界にかなり痛いダメージを与えられることができる。
定期的にそれをやってたから、彼らは僕を無視出来なかった。そうやって、攻撃して逃げ回って聖人達や除染部隊を撹乱してたんだ。
それでもって、今、姿を現して聖人達と対峙しようとしているのは、もう『雷霆万鈞』を撃つ時間を確保出来ないから。『花束』はもう『とうもろこし』ぐらいしか残っていないから、どうしようもないんだよね。
なので玉砕覚悟で戦うのだ。負けると分かっていても、経験になるかもだし。
本来は聖人達に直接会うルートを選ぶつもりだったけど……この隊長を見て、考えが変わった。
「なら、僕は貴方を生かす。ついでにここにある死体は絶対に『使わない』」
「……優しさ、のつもりか? 過度な優しさは、侮辱に等しい、ぞ」
「……どうだろ。僕は別に貴方達を尊敬することはあっても、手心を加えるつもりはないし」
パンセっていう人も生かそうとはしたけど、傷つけなかったわけじゃなかったし。結果的に生きてればそれで良いんじゃない?くらいの感覚だったんだ。
言うなれば……、
「ただ『勿体ない』くらいの感覚だよ。生き物は死んだらそれで終わりなんだから。道具は壊れたら二度と使えない。生き物は死んだら、二度と何も教われない。そんな理由だよ。……僕は宿主や貴方達のような優しさは持ち合わせていないよ」
「…………そうか」
隊長が鼻で笑う。でも嘲りとかそういうのは含まれていない気がする。
それでもって息が整ったのか、すり足でゆっくりと進み出てくる。どうやら戦えるらしい。
殺さず倒せるかな?
僕の武器は槍だ。先端にワームくんの牙製の穂がついていて、柄が骨で作られている。刀剣より作りやすくて、リーチもある。現状、血がそれなりの速度で失われていっているから、チェーンソーの代わりだ。
突き主体だけど、当然ながらレイピアみたいな刺突武器とは扱いが全く違う。
突き出すっていう動作をさっきちょっと試してみたんだけど、コツがいるね。
腕だけで振るうのは違う。ただ前に突きだしても、勢いが乗らない。片方の持ち手の中を滑らして突き出すっていうのも有効だろうけど、使い慣らしてブレを少なくしないといけない。
まともに『武器』っていうのを使ってみたけど、ちゃんと訓練しないと駄目だね、これ。宿主が剣をブンブン振るうしかないのもわかる。武器っていうのは効果的な使い方っていうのがあるみたい。
今の僕はその『効果的な使い方』なんて出来ないから、力で振るうことにする。
勢い良く穂先を突き出すけど――避けられる。点の攻撃は弾きにくいけど、避けやすいのかな。だったら、槍を勢い良く戻し、また力任せに振るう。それを連続で繰り返す。
いわゆる面攻撃だ。これなら当たるだろう。まあ、当たったら死んじゃうけど、隊長は大きく避けてくれた。それでもってふらつくけど、魔力の若干の高まりを感知する。内在魔力を使った感じだ。身体強化系のスキルを使ったのだろう。
隊長は体勢をすぐさま整えると、静かに踏みだし――けれど、特殊な歩法を使ったのか、一気に近づいてくる。
剣の間合いではないけど、いつでも振るえる型になっていた。下手に槍を突き出せば、躱されて剣が届く間合いに詰められるか、カウンターで槍を斬り飛ばされてしまうだろう。
……うん、一合だけ戦ってみてわかったことが一つ。総合的な戦闘能力で言えば僕の方が強いけど、技量だけで言えば圧倒的に負けてるね。
それでもって、たぶん普通に『生かして倒す』っていうのが無理だ。ダメージを最小にして、戦闘不能にするのが難しい。ましてや今の隊長は瀕死だ。どんなに弱い電撃でも、麻痺性の毒でも死に至るかもしれない。
……ここで僕のワガママに付き合わせるべきではないのかもしれない。痛みを知っているならなおさらだ。
隊長の剣先が僕の顎から額まで切り裂いた後、すぐに退く。でも、さらに追撃してくるために、踏み込もうとしてきた。剣を高々と掲げている。
僕に殺されないと思っているからの強気じゃないだろう。逆だ。決死の覚悟で僕を殺しにきている。――僕はそんな相手をいなせるほど、強くはない。
「ここで前言撤回。貴方を生かすのは難しい。殺します」
「私は、元からそのつもりだ」
殺すことも殺されることも織り込み済み、ということか。……ああ、惜しいなあ。
僕はこれ以上、退かず、逆に前に踏み出す。槍を片手に――剣が振るわれる方とはもっとも遠い方だ(隊長は片腕がないから)。
僕は槍を持っていない手で防御姿勢をとる。雑でわかりやすい、駄目な手だけど、これで良い。単純に受けて、刺す。その単純さを『押し通せる』のが僕の強みだ。
隊長は僕の槍が心臓に向かっているのは分かっているだろうけど、それを防ぐつもりはないようだ。たぶん、もう限界なのかもね。相打ちを狙うつもりだろう。
高々と掲げられた隊長の剣が振り下ろされ、僕はそれを片腕で受ける。『斬鉄』がもちろん乗っているだろう。だから、受ける直前、骨の防具を腕に浮き上がらせた。
刀身が骨にぶつかる、がぎゃっという音が鳴り、僕の身体に重い衝撃が走る。そして、剣は弾かず食い込んでくる。こうなることは隊長は分かっていて、だからあえて振り下ろしに賭けたのだろう。局長さんとの戦いで僕が弾くことを知ったから、対応したのかな。……除染部隊の人達って対応力が高いよね。『花束』も『雑草』もたぶんもうこの人達には勝てないんじゃないかな。
――けれど、一気に切り裂けなかったのが隊長の敗因だ。
ほんのわずかな技量不足で、僕の槍が心臓に届くのが早かった。
「ぐぅ!?」
穂先が隊長の胸を貫く。血が胸や口から、たくさん溢れ出す。剣を持つ手に力が込められるも……、残念ながら力は伝わらず、そのまま全身を脱力させる。
そのまま彼は僕の槍を胸に生やしながら、仰向けに倒れてしまう。
目から命の灯火が消えようとしている中、僕は彼に言う。
「最初の約束は守ります。ここにある貴方や貴方の仲間の死体は使わない」
それを聞き届けたどうかは分からないけど、隊長から完全に命が失われた。
静けさが辺りに満ちる。しばし、僕は隊長の亡骸を見下ろしていた。
……けれどこの余韻にずっと浸っているわけにもいかない。
僕は雑草達の一応、リーダーとしている人型タイプに顔を向ける。
「そういうわけだから、この人達は放置して行って」
「わかりました」
人型は素直に言うことを聞いてくれる。葡萄頭達って基本的に従順なんだよね。上下関係的にも宿主の眷属である僕の方が上としてくれてるみたい。
だから基本的にイエスマンだから……一応、訊いてみるかな。
「僕のやり方って間違ってるかな?」
「さあ?」
ああ、訊き方が悪いか。
「どうするべきだと思う?」
「かれらを、つかうのがただしいかと。われらのために」
話が出来るようになってから、葡萄頭と少し会話をしてみたけど、彼らはちょっと特殊だ。自我――いや、個がないみたいなんだ。宿主やラフレシアさんいわく、『全体主義』っていう感性を持っているらしい。
「でも止めてね? 僕のワガママだけど聞いてほしい」
「そういうのであれば」
人型は素直に言うことを聞いてくれる。
……ちょっと張り合いがないなあ。まあ、僕らみたい自我が強いタイプがたくさんいたら、統制が大変だから仕方ないんだろうけど。実際、レギオン時代の宿主は上半身達の管理に苦労していたみたいだから。
……ふと気になったことが一つ。
「キミらって死ぬのって怖くないの?」
「しぬの、ですか? …………なにもせずに、しにたくはないです。だからからだほしくて、ひっしになります。しはだから、こわいのかもです」
「なるほど」
でも身体を持った後、『役に立つ』なら死んでも良いという言い方だ。……これ以上は突っ込んだことは訊かない。たぶん根本的に死を恐れている僕らには理解出来ない感性だろうから。
一般的には、死を恐れる生物からすれば葡萄頭達の感性は『可哀想』に分類されるのかな? 僕もちょっとそう思うけども、『全体主義』の話をしていた宿主が『可哀想』っていうのはその評価を下す奴の主観的で一方的なものって言っていたからあんまりそうは思わないようにしてる。
なんか自分の方が上等だと思ってないと出ない感想だって言ってたかな?
でもって「まあ、俺はお前らより上等だから言うけどなあ!!」とか言ってラフレシアさんやルカさんからポコスカ叩かれていたけど。
まあ、別に使っても良いけど一歩間違うと『自分と同じではないのは駄目だ』とか『管理されるのは不自然だ』とかなって、結果的に不幸になったり死に至らしめることが正しいことだと誤認するかもしれないらしい。いわゆる『駄目な方の優しさ』になっちゃうんだって。
なんか例として『働くのが好きなしもべ妖精を解放して無職にするのは正しいか』とかなんとか言ってた。これはよく分からない。
小難しいけど、ようは今の葡萄頭達の生き方を認めて、気にしないようにしていくべきなんだろうね。解放したり、考えを改めさせたりしても……結局彼らの幸福にはならないだろうからなあ。
僕はそんな葡萄頭達が去って行くのを見送りながら、辺りに散らばる死体を見渡して、とりあえず身なりを整えて、壁際に並べておく。
そうして、特にやることがないから槍の穂先に付着してしまった血液を拭っていると――聖人達がやってきた。
僕とラキューが空で戦ったロドニー達だ。
「これ、は……」
彼らは惨状……というにはちょっと整いすぎている現場を見て、怒りより困惑の方が勝ったようだ。
「……お前が?」
「うん。皆、殺したよ。……隊長は今、僕がトドメをさした」
「…………」
三人ともなんとも言えない表情をする。……下手に遺体を並べない方が良かったかな? でもこれから戦うから邪魔になるし、もっとボロボロなったら嫌じゃない?
それに打算がなかったわけじゃないし。でも、こういう反応は……意外でもなかったけど、予想はしていなかった。ちょっと面倒。
僕は槍の穂先を彼らに向ける。
「なんでも良いからやろう」
とりあえず『まとも』に戦いたいんだ、僕は。
そうして何かを得て、強くなりたい。そうすれば、ワガママを押し通せるから。……そうすれば、殺したくない相手を殺さずに制圧出来るから。だから強くならなきゃ。
次回更新は3月23日23時の予定です。




