おうたをうたいましょう
アルスとワームが立ち去ってからしばらくして、アンジェラやロドニー達――聖人達が到着し、合流した。
ローラ達が直接話し合っている中、ルリエは完全にスリープモード直前になって椅子に座っていた。ぼけーっと天井を見つめていたのだが、視界にローラの顔が映る。
「編成は決まりました」
「そうか。頑張れ」
「一応、聞いてくれませんか?」
「……何か、お前は私の能力を買ってくれているようだが、生憎と軍事的素養は私にはないからな?」
「あくまで確認、ちょっとした答え合わせです」
笑顔で言うローラに、ルリエは、ああこいつはこうなったら引かないんだろうな、とようやく彼女の性格がわかってしまった。
なので「わかった」と面倒臭そうに言うのであった。
「私、ローラとアンジェラ、そしてペンサミエント局長でのスリーマンセル。そしてロドニー、ドミニク、ブラッドフォード、シィクさんのフォーマンセルです。他、除染部隊を均等にわけて寄生頭の処理に当たらせます」
「良いんじゃないか? お前には必ずワームが当たるだろうから、急所の位置が不明確な相手にペンサミエントがいるとちょうど良いだろう。それとシィクもなんやかんや攻撃対象から外されるだろうから、実質スリーマンセルでちょうど良い」
「ちょちょちょ、待って下さいよ!」
そこで待ったをかけたのは、シィクだった。
聖人達や局長らが話し合っていた時には割り込めなかった(偉い人達なので)、ようやく色々と突っ込めるとルリエの視界に映り込む。
そんなシィクを見てルリエはカッと目を見開き、
「嫌だっ!!」
説明を全力で拒否しようとしたが、シィクに鼻を摘ままれてしまったのであえなく話を聞くことになる。
「まず一つ、なんでローラさんにワームが当たるなんてわかるんすか?」
「白い子供――アルスだったか? あいつにはローラに対する決定打がないからだ。一応、今のところ死んだら蘇生が出来ないローラ、アンジェラは確実に殺っておきたいだろうからな」
「……ワームには倒す手段があるんすか?」
「詳しく知らんが『アスカの力』がそれに該当するんじゃないか? それと『精神汚染』もローラには危険だろうからな」
「……そうですね。アハリートが以前、行っていた物理的な『精神汚染』なら問題なかったのですが、今回アハリート本体やワームに『飲み込まれた者』が一瞬で魂ごと汚染されていました。法則系もしくは空間系との複合スキルによるものでしょう。その場合『透過』での回避はかなりの危険を伴います。むしろ相手はわざと私を体内に入れるために、突っ込んで来ることすらあり得るはず」
「ちなみに『アスカの力』も少々厄介らしい。魔神の力らしいから、意思はないとのことだが――仮にあった場合、直接触れられたらアウトらしい。だからアンジェラに対しても特効となり得るだろう」
「意思がないなら肥大化や自己治癒以外の力がある可能性は低いですけどね」
「意思がある可能性の一つとして、パンセの前頭葉を的確に破壊出来たのは何故か、を考えるのも良いかもな。ワームは今はもう人間には寄生出来ないサイズだが――寄生出来た場合、あれは確か、宿主の体内を傷つけられないんじゃなかったか?」
「……まあ、そうですね」
ローラは唸る。魔神に意思を与えて、その上で制御するなど常識的には信じたくないが、ルリエが提示した情報で鑑みると一気にその可能性が上がってしまう。
何よりパンセの破壊された脳の部位が『綺麗』だったのだ。切り取られたかのような部位があまりにも印象的で、もはやアスカなるものが意思を持っていることは確実だと思ってすらいたのだ。――正直、ルリエにあえて議論をぶつけてみたのは『自分達からすると異論』になるものを少しでも否定し、正当化した考えを持ちたかったためだ(やはりどうしても魔神を制御した、という事実は受け入れにくいものなのだ)
「そんなところだ。それで次はなんだ? お前が攻撃されないことか?」
ルリエは無駄に話を長引かせるつもりもないため、雑に打ち切り、シィクが頷くのを見ると、吐息をついて答える。
「あいつはお前には優しいからな。さっきのやり取りを見ててもわかる」
「やさ、しい……?」
シィクは何を言っているのか、この人は、という顔をする。
「何言ってるんすか、この人は」
「思ったことを顔に出したら、口には出さない方が良いぞ。アホに見える」
そう言ったら、シィクにまた鼻を摘ままれてしまう。
「あの人、うちのことすんごいからかってきてましたよ!?」
「それが優しいと言うんだ。もしローラやペンサミエントが失言――『やれるもんならやってみろ』という意味の言葉を少しでも吐いたら、あいつは遠慮なく立てこもっている奴らを襲うのを『見せつけていた』だろう」
「そうですね。……正直、『宣戦布告』の時でもヒヤッとしましたし。恐らく私が強気で言ったら、宣言していたでしょうね、彼は」
ローラは小さく頭を横に振る。
ルリエはそんなローラから視線をシィクに移す。
「でもお前がそんな軽口を叩いたところで、からかわれて終わりだったろう。それはお前があの幼女を助けたからだろうな」
「めっちゃ感謝されてるみたいっすね」
――でもあれは実質マッチポンプのようなものでは、と思ったが今度は口には出さなかった。
「と、言っても油断はするなよ。ワームはともかく、頭だけの寄生生物は制御が出来ない可能性がある。だからあの頭が向かってきたら、普通に殺せ。だがアルスに対しては――何もしてこないようだったら、自衛だけして攻撃はしない方が良いだろうな」
「そうですね。シィクさんが戦闘不能になったら困りますから。基本的に矢面に立たない方が好ましいです。……守って下さいね、お三方?」
ローラはぐりんと振り返り、やや怖い笑顔をロドニー達に向ける。
「わ、わかった!」
「ういっす!」
「力の限り尽くしますよ」
ローラは普段は誰に対しても優しい人間だ。だがそのせいか、時々発する圧は誰よりも強く感じてしまうほど恐ろしいものとなっている。
それとリディアとの死闘の経験がより圧力を高める要因にもなっていた(今世代の聖人でリディアと戦ったのはローラ組だけだ)。
「そんなもんでいけば良いだろう」
「そうですね」
「ああ、一応だがアハリートはアルスに本気を出せと言っていたから、次は殺しに来ると思うぞ。ロドニーらは……最悪、一回死んでも良いだろうが……」
「そ、率直に言われると、なんかなあ……」
「まあ、事実だけどな」
「そこら辺の命の軽さが私達の強さでもありますしね」
ルリエは顔を上げて、苦笑している三人をチラリと見て次いでペンサミエントに視線を向ける。
「お前が情を持つなんてするなよ。『命令』を受けた以上、眷属であるあいつはしっかりと任務は果たす。……その意味を理解しろ」
「……ええ、わかってる」
ペンサミエントは目をつむって、その言葉を噛みしめる。
仮にワームではなく、アルスと当たった場合、アルスは今度こそ、自分を殺すかもしれないこと。そして――情で手が鈍って、自分ではなく、ローラやアンジェラを危険に曝すかもしれないことを理解しなければならない。
「……こんな感じですかね。ルリエさん、ありがとうございます」
「さっきから何もしてないがな」
そう言って、ルリエはさらにだらしなく身を反らしてだらける。そんな彼女を見て、シィクはため息をつく。
「だらけるのは良いっすけど、最低限、こう、ここを防衛しててくださいよ」
「最低限はやるさ。だがそっちも戻ってきたら全員、寄生されて襲ってきたら、まあ、普通に殺すからな。私は家族のためなら人間の仲間を犠牲に出来る女だ」
ルリエは傍らに丸まって寝ている大きな狼の背中を撫でながら言う。
「……気をつけます」
たぶん冗談ではなく、本気であるのはわかったのでシィクは神妙に頷く。
「……と、いうわけなので皆さん、生きて――駄目ですね、『元のまま』戻ってきましょう」
ローラがそう宣言し、全員が頷くのを見て、出動するのであった。
生物研究局は、大きな一つの建物があるわけではなく、複数の研究棟が乱立している『区画』だ。大抵は入り口で全ての研究棟の窓口である中央棟(なので中央にあるわけではない)から、案内に従いそれぞれの研究棟に向かうことになる。
一棟に複数の研究部門があったり、大型生物を研究する部門は一棟丸ごとどころか広大な敷地が与えられていたりと一貫性があまりない。
そんな複雑で広大な研究区画は問題が起きても一棟のうちで解決出来るが、何らかの理由により問題が波及すると途端に対処が厄介になる。
幸い、研究区画は一般人の侵入を防ぐためにフェンスなどの物理的な防護柵があるので、仮に結界が解けてしまっても外にまで『問題』が及んでしまうという心配はほとんどないのだが……。
それでも広いというのは厄介で、除染部隊員も一定の数に分かれて対処に当たらなければならなかった。
彼らの役目は、寄生された職員の捕縛や葡萄頭の掃討だ。手順としては、寄生された職員を無力化した後に簡易的に作り上げたセーフポイントに隔離し、確実に葡萄頭を処理していく。
重要なのは職員の確保だ。葡萄頭は一体の生物に複数寄生して延命出来るため、とにかく寄生出来る生物を減らさないことには意味がない。寄生できる生物さえいなくなれば、討ち漏らしても長生きが出来ないと判明しているので最悪、放置でも良いのだ。
「……落ち着ければ、対処は簡単だな、これ」
「落ち着ければな」
除染部隊隊員二名は襲い来る葡萄頭の群れを的確に処理していく。範囲攻撃の魔法やスキルさえ使えれば、葡萄頭はかなり弱い。
天井付近に潜んでいたりと油断は出来ないが、それでも冷静に当たれば組み付かれても力が弱いので引き剥がす事も簡単に出来る(触手で巻き付かれて完全に拘束されるときついが)。
的確に処理して行き、比較的小さな研究棟はすぐに制圧することが出来た。安全地帯を増やしていけば、治療部隊も外部から連れてくることが出来るため、この地道な作業はとても重要だ。
「俺らのところにワームやあの白い子供さえ来なければ、問題はなさそうだな」
「そうだな。でも気をつけろよ。寄生された奴の動きが良くなってる。大型の研究棟にいったらそういうのがわんさかいるかもしれないぞ」
「……全く。……怖いな」
彼らは油断せずにとにかく処理を進めていく。
危ない場面はもちろんあったが(声真似による悲鳴、助けを呼ぶ声は引っかかりそうになる)、それでも着実に解決に向かっていた。
――そして、とある大型生物の研究棟へと足を踏み入れる。
「変わらずツーマンセルで処理をしていくことにする。何かあったら即座に俺に連絡を入れろ」
部隊長の定例の言葉を聞いて、全員は頷いて行動に移る。
全員がそれぞれ別れ、移動していく中で違和感はすぐに現れる。
「……静かすぎるな」
「別の部隊が先に入ったか?」
「いや、その報告は受けていない。ここは俺達が初だ」
「……油断するなよ」
「そっちもな」
同じ棟に入った他の部隊員にも連絡を取ると、同様に異様な静けさに支配されているようだった。今のところ、大体の研究棟では葡萄頭達の鳴き声が常に聞こえているのは当然で、他には寄生された職員の泣き声や悲鳴が響いていたのだ。
それがこの研究棟ではなかった。
一切、と言っても良い。
「……立てこもってる職員達からの連絡じゃ、不思議なほど外が静まり返ったらしいな」
それはアハリートが中央棟から立ち去った後のようだ。――つまり、ここに来て何かをやったということになる。
全員がいっそう気を引き締める。
そんな中、ずちゃりずちゃりと音が聞こえてくる。重々しい音がT字の通路の先から聞こえてくる。――研究棟によっては研究されている生物が寄生されて徘徊しているということもある。その場合は殺害の許可が出ているので、人間相手よりは楽だ。
ただ大型生物相手では場合によっては、逃げなければならないので、二人は慎重に後退る。
そしてずちゃり、とその一端が現れた。
人間の脚だった。でも、とてつもなく太い。それが何本も現れて、ついにその全貌が露わになる。
「――なっ……!」
「うっ――」
思わず二人は呻き、驚いてしまう。
人間の脚が10足以上生えたそれは、収縮する赤黒い器官が脚に乗るように備わっていた。その器官の周りには雑に張り付けたような人間の頭が無数にあった。
「なんだ……?」
「あーじーさーいー」
部隊員が漏らした声に応えるように声を出したのは、器官の頭頂部に生えていた葡萄頭だった。
「は?」
「なーまーえー。おうたーうたうー、あじさいー。みんなーおうたー」
「あーい」
葡萄頭がやや下に向けて声を発すると、人間の頭達は呼応するように返した。
正気とは思えないだらしない笑顔を浮かべていた頭部達が一斉に歌い出す。
「《ぼうぼうともえて。まるくまるく、なりました。まっすぐとんで、ぼっかんです》」
魔力が収束する。それが頭部達の全面に形成されていき、巨大な魔法――火球を形成する。
「まてまてまてまて」
その火球は3、4メートルはある廊下の幅、床から天井までを埋め尽くさんとするほど大きなものだった。
「《とんでけ》」
誰かが発したその言葉と同時に、火球がものすごい速度で二人の部隊員に迫る。
二人は慌てて近くの部屋に跳び込むように逃げる。同時に部屋の前を火球が風を切って通り過ぎ、すぐさま爆音が鳴り響く。
『何事だ!?』
部隊長から『念話』の一斉通信が入る。
「こちらブレンダン! 謎の寄生生物に魔法を使われました!」
『魔法!? 何がいた!』
「少し特殊で……こちらの見解で良ければ話します!」
『許可する!』
「職員と思しき頭部が複数張り付けられた怪物がいました。それが多人数で運用される複合魔法を使用してきて……。ほぼ確実にアハリートによって改造された職員です」
『……。魔法を使用したのなら、職員の頭部は生きているんだな』
「そうでしょうね」
『対処は?』
「俺達では不可能です」
大型なのもそうだが、魔法を使う以上、接近するのにはかなり骨が折れるだろう。
「あーそびましょー」
「……というか、やばいかもしれません」
どちゃどちゃどちゃ、と明らかに走り寄るような音が聞こえてきて、それが二人が入った部屋の前で止まる。――巨体が見えて、下部から無数の触手(先端が人間の手になっている)が生えてきて、慌てて閉じるが力がものすごく、開けられそうになる。なんとか鍵を閉めて、バリケードをするが――破られるのは時間の問題だろう。
「あーけーてー」
のんびりとした無邪気な声とは裏腹に扉を叩く音は凶悪なほど重いものとなっている。
「どこか、出口は――」
「ない! くそっ!」
休憩室のような場所で、建物の半ばにあるためか窓もない袋小路だった。
「すみません、死ぬかもしれません」
『諦めるな! こういう時のために聖人様達がいて――待て、似たような怪物が複数だと!?』
やっぱりか、と部隊員は天を仰いでしまう。まさか自分達だけが極端に運が悪いわけではなかったようだ。
『くそ、無駄な見た目のくせに無駄に戦闘力が高い――! 一度、撤退して改めて編成を行う! ブレンダン! お前達はどこにいる! すぐに救援に向かう!』
「休憩室ですかね。――間に合わないかもしれません」
『攻撃を――頭部を殺すことを許可する! 責任は私が持つ! 頭頂部に寄生生物がいたはずだ! 奴さえ殺せば、機能は停止するはずだ!』
「……ありがとうございます」
そう彼がそう返すと、最後に激励の言葉と共に『念話』が切れる。
彼は相方を見やる。
「……一応、生き残る許可はもらった。……やるか?」
「…………。もちろんとしか言えないな。あの人達には申し訳ないが」
「殺してレベルアップしてもゲロ吐くなよ」
「無理言うな、吐くわ」
二人は剣を抜いて構える。
すると扉についに穴が開き、そこに無数の手指がかけられ。バキバキと広げられていく。
「あーそびーましょー」
無数の顔が覗き込んでくる。
そして、『歌う』。
けれど二人はそれを黙って見ていられるほど、弱くはなかった。
殺してはならない怪物に向かって、二人は決死の覚悟で突撃するのであった。
次回更新は3月2日23時の予定です。
※とある実験記録
名称:あじさい
即興で作った生体兵器。葡萄頭の特性として、生物の生体機能を奪うというものがあるが、これを応用すれば『複数の生物を一つにまとめる』ことが出来るのだ。実際、実験は成功して制御機構は安定している。このことから葡萄頭はかなり優秀な制御端末と言えるだろう。しかし当然だが、複数の生物を繋げたところで肉体の免疫や魂の拒絶反応が起こるのは明白だ。そしてこれまた幸いだったのが、アスカの力だ。魔神へと至ったためか、魂を定着させられる完璧な肉体を創造することが出来るようで、さらに相手の核に潜ませれば頭部だけでも延命も出来る。これにより、生きながらにして『切り貼り』が出来るのだ。ただし、気をつけなければならないのはそれを創造する意味だ。無意味な機能だけの生物ほど俺にとって悍ましいものはない。だから趣味であると同時に立派な兵器にしなければならない。
その中で『あじさい』は魔法を使える生体兵器だ。ラピュセルで見た複数人による合体魔法の再現を目的としている。そして実験は成功で、想像以上の成果を収めた。魔法を使える『頭部』さえ揃えることが出来るのなら、今後とも移動砲台として作成、運用することも可能だろう。




