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引き金は貴方達の手の中に

 ルリエ達が守衛(しゅえい)室から出て、研究局――中央棟の屋上にそれはいた。


 ボロ布の下に無理矢理触手を固めたかのようなウネウネとなんとも奇妙な動きをした人型の怪物がいた。頭部は葡萄(ぶどう)頭のもので、(そで)(すそ)からは指を模したかのような触手の指が生えている。


 人を真似ているくせに人とは思えない風体は、(おぞ)ましさを覚えてしまう。


 そんな化け物を見たローラは、


「会話することに意味は?」


 狼に尻を押されてきたルリエに問う。


「あるとも言えるし、ないとも言える。情報を引き出したいなら話せばいいが、確実に苛められるのを覚悟しろよ。まあ、殺したところで意味はないだろうが」


「……魂はありませんが……『声量が強い』のが気になります。もしかしたらワームに施されているような力が宿っているかもしれません」


「なら殺した方が都合が良いな」


「じゃあ、殺します」


 ローラがそう言ったと同時だった。


 破裂音が鳴り響き、怪物の頭部が弾け飛ぶ。一撃で核を粉砕したのか、怪物が再度口を開く間もなく絶命し、地に伏した。


「結界の外からか」


「ちょうどハギムラさんに飛行魔道具を貸し出していたので、せっかくなので来て貰いました。転移後も特に不調を(うった)えてなかったですし」


「社畜になったか、萩村」


 幸いなことに追加で報酬が出る上に、基本的に結界内には入らないようだ。かなり割の良い仕事なので何気に守銭奴(しゅせんど)の萩村にとっては苦にはならなかったようだ(あと飛行魔道具をもうちょっと使えたので)。


「アンジェラはまだか? さっさとペンサミエントを連れて行った方が良いんだがな」


「……もう少しかかるそうです」


 ローラがそう言うとルリエは(しぶ)い顔をする。


「……なら待機しなければならない以上、会話をしなくてはならないだろうな」


 ちなみにここにいる誰もがアハリート(仮)を倒したとは思っていない。


「いきなりヘッドショットは酷いですね」


 そして、やはりというか全員が見上げている間にアハリートを名乗った怪物が起き上がる。


「ハギムラさんからの報告では、回復はしていないそうです。……床から替えの寄生生物が生えてきたそうです」


「ワームが潜っていて、そこで支援しているのかもしれないな。本体はそちらだろう。建物を貫けるほどの貫通弾は?」


「使えますが、正確な位置がわからないので無駄弾に終わりそうです。当てるだけなら可能だとは言っていますが……」


 ワームは異常な再生能力を見せているため、下手な攻撃は無駄な消耗になるだけだろう。それにワームは研究員を飲み込んでいる。貫いた結果、職員だけが死亡、なんてことも十分あり得るだろう。今は静観するのが吉だ。


(まあ、先制攻撃しておいて、穏便にすむとは思えなさそうだが……なんとかなるだろう)


「それでご相談は以上でよろしいでしょうか?」


 アハリートが小首を傾げながら言う。相変わらず大きな声であるため、肌がわずかに振動を感じてしまうほどだ。


 ローラは一歩進み出る。今、この場で発言力があるのは自分だと判断した。


「ええ。……何か御用ですか、――アハリート」


「私の名前を覚えてくれたのですね。感謝しますよ、ローラ・ミムラス」


 二人のやりとりに声の振動だけではない、雰囲気にこの場にいる全員の肌が(あわ)立つ。


 アハリートが口を震わせる。


「大したことではありませんよ。研究局――その全棟を支配下におかせてもらったので、その報告を、と」


「ずいぶんと大胆に出ましたね。……我が国に宣戦布告でもするつもりですか?」


「良いですね、宣戦布告! それに国となんて!――良いんですか? 私に対して、国として戦うなんて選択をとって?」


「――っ」


 ローラは思わず(ひる)んでしまう。


 本来こんな口撃(こうげき)で引くべきではなかったのだが、今のアハリートに『タイタンを無差別に攻撃出来る言質』をとられるのは(ひか)えたかった。無差別――言ってしまえば、戦闘員のみならず非戦闘員――国民すら対象とされて――さらに最悪なことに、それらを操り差し向けてくることもアハリートには出来てしまうのだ。


 ローラは気持ちを落ち着かせるために吐息(といき)をつく。


「……まるで私がそう言わなければ戦争をする気がないみたいですね」


「そうですね。別にタイタンと戦争したいと思いませんし。そもそもですね、貴方達は私に対する前提を色々と間違えています。私は魔族の目的も、さらに言ってしまえばリディアやミチサキ・ルカの目的なんて心底どうでも良いんですよ」


 アハリートのその言葉にローラは思いの外、驚いてしまった。その言葉を額面通り信じる気はさらさらないが、本人(?)が明言するとは思いもしなかった。


「……一応、()きますが貴方の目的とは?」


「小さな女の子がいましたよね、光の種族の女の子。あの子が西に行って、家族を助けようとしているんです。それを助けたいなあ、と思っているのがまず一つ」


「……なのに何故、貴方は人狼の国に?」


「まあ、色々としがらみやらなんやらあって……まあ(さい)たることは西って戦争をしているでしょう? なので何かあった時のために回復手段が欲しくて『鳥籠の魔神』を殺して力を奪いました。結果、女神に対抗出来る『不滅の勇者』が復活して、貴方達に存在を危惧(きぐ)されて西に行く前に殺されかけましたけどね、HAHAHA!!」


「人生を最高にロックしてるな、あいつは」


「一応は善人ではあるんすよね、やり方はどうかと思いますが」


 高笑いするアハリートを見て、ルリエとシィクは顔を寄せてこしょこしょと言葉を交わす。


 ローラは吐息をついて、口を開く。


「……つまり貴方は私達と戦うつもりはないと?」


「いえ、そういうわけではありません。残念ながらタイタンとは戦いませんが……フラワー、貴方達と戦うつもりです」


《え?》


 ミムラス……のみならず、全ての妖精達がアハリートの言葉に一斉に注目した。常に狂っているフリーの妖精達ですら、静かになってしまうほど彼女達には意外な言葉だったのだ。


「魔族、リディア、ミチサキ・ルカ……彼らは『聖地の開放』を望んでいるんですよね。そしてこの『世界に終末』をもたらそうとしている」


《……全て知っているんですね》


 そうミムラスが口にすると、アハリートが首を横に振る。


「いえ、今のはアフレコです。ラフレシア――もといホスタから表面上を語らせました。私は『聖地の開放』も『世界の終末』も詳細を理解していません」


《知らないというのなら、貴方の目的は?》


「友となった者との約束」


《友、との……約束……?》


「貴方達は正しいことをしている。そしてそれが如何(いか)に苦しく、それを為すために如何なる『邪悪』を突き進まねばならぬと知っていてもなお己の正しさを通そうとしている。けれどそれの――最初の、本当に最初の貴方達の『原初の罪』を忘れられない者がいる」


 アハリートの言葉はとても抽象的で他の者はもちろん、ローラすら理解出来なかった。だが――ミムラスは……妖精達は違った。


《まさか……オーベロン?》


「私からはこれ以上の言葉を差し控えさせていただきます。これを貴女達に信じさせられる要素がない。ホスタやリディアから聞いただけと思われてもしかたないので。それに彼が私に接触する理由で納得出来るものが何もない」


《そう、そうだよ……オーベロンは貴方達の悪意を見逃さない――……》


 ミムラスの言葉尻が(しぼ)む。


《――でも、パックなら……? アスカを気にかけていて……それなら……》


「まあ、なんであれ理由はどうでも良いのです。……ただ一つ、彼に関して言えることは彼自身は別ベクトルで世界を破壊しようとしている。『彼女』を救うために」


《……オーベロンは何をする気……なんです?》


「知りません。西に答えがあると言っていました。……ああ、せっかくなので訊きたいのですが、貴方達が『暴走』するかもしれないとしたら、それが『何か』心当たりはありませんか?」


《暴走?》


「ミチサキ・ルカが言っていたのですよ。どの『ルート』でも必ず貴女達が暴走すると。何かしら精神支配、もしくは汚染を受けてしまうバックドアがあったりしませんか? 暴走されると面倒らしいので、出来れば調べてもらえると助かります」


《…………》


 他の妖精達――特にフリーの妖精達は怒り狂って《そんなものはない!》と(わめ)いていたが、ミムラスは静かに思案を巡らす。


 人に憑いた妖精は精神が安定する。そしてフリーの妖精との同調率を下げることで独自の考えを持つことが出来るのだ。


 そして個々で『ちょっとした秘密』を持つことも可能だ。


 それは本来、宿主と関係を深めるためのものであるが――今回、ミムラスは彼女自身がうちに秘める思いを持った。


「さて、雑談は以上にしましょうかね」


 そう言ってアハリートはペチンと手を合わせる。


「ということで、二つ目の目的として、私はフラワー、貴女達に宣戦布告します。お受けいただけるのであれば、今回を除いて非戦闘員に対しての攻撃は一切行いません」


「……今回は除かないんすか? 普通は除くものでは?」


 シィクがげんなりとして言うとアハリートが首を横に振る。


「駄目です。これは理不尽な事に対する報復なので、甘んじて受け入れて下さい」


「受け入れたくないっす!! 嫌っす!!」


「あっ、良いですね。そういう風に嫌がってもらうためにやっているので、すごく嬉しいです」


「変態!」


「素晴らしい……!」


「ひー」


 恍惚(こうこつ)とするアハリートに怯えたシィクがルリエに泣きつく。そんな泣きついてきたシィクをルリエは雑に()がすと、アハリートを見上げた。


「それで、話は終わりか? それとももっとするか? 時間稼ぎ」


「そうですね。あまり時間を稼いでも、『全員を救えないなら……』と開き直られても困るので、巻きで行きましょうか」


 アハリートがそう言うと彼の隣にある人物が進み出てくる。……それは――、


「パンセ!」


 ペンサミエントが思わず、そう叫んだ相手は彼女の助手であるパンセであった。確かな足取りではあるが、生気のない目で地上を見下ろしている。


「それではペンサミエントさん、貴女に選んで貰います。――アルスの件があるので、あまり苦しめたくはないのですが、この研究局の責任者が貴女である以上、ローラさんが選ぶわけにはいきませんからね」


「……選ぶって、何を?」


「このパンセくんの命か、立てこもっているとある一棟の研究者及び職員の安否、ですかね」


「――!」


 わかっていたことであったが、言葉にして提示されると怯んでしまう。


 そんな中、シィクが片手を高々と掲げた。


「どうぞ、シィクさん」


「『沈黙!! それが正しい答え』の場合はどうするっすか?」


「その場合は選択権の放棄ということで、貴方達が何かしらのアクションをした瞬間に私が決めます。そしてそれは『出来うる限り両方とも最悪なことをする』に決まりですね。なので選択権の放棄はおすすめしません」


「酷いっす! なんでそんなことするっすか!」


「ここまでしないと貴方達は貴方達の正義の下、私を好きに殺しにくるでしょう? 私はそれが嫌だから、という至極単純な理由ですよ」


「じゃあ、うちらと敵対しなければ良くないっすか?」


「まあ、色々と前提はおいておいて仮に私が貴方方の仲間になる、と言って擦り寄ったら受け入れてくれますか?」


 そこで、シィクはきょとんとした顔をして(うなず)く。


「うちは良いっすけど……」


「ありがとうございます」


「いえいえ」


「まあ、貴女(ごと)きが受け入れてくれたところで何も変わらないのですけどね」


「!? いきなり()すっすねえ!?」


「けらけら」


「きぃー!」


 アハリートに嘲笑(あざわら)われたシィクは威嚇(いかく)をして、再度ルリエに泣きつく。だがルリエはシィクを華麗(かれい)(かわ)して、「酷い!」とこけそうになる彼女を尻目に一歩前に進み出る。


「茶番はよしてくれ。……他に要求があって、そちらを満たせばどちらも助けるということは出来ないのか?」


「出来ませんよ。これは嫌がらせなので」


 アハリートはきっぱりとそう言った。


「貴方達はいつだって自分達が選べる側だと思っている。確かにその通りでしょう。貴方達は強い。それは傲慢(ごうまん)ではなく、真実であるのでしょう。――でも今は違う。貴方達が引き金を向けるべきは貴方達の味方になってしまった。なら、いつも通り、私を殺そうとした時のように気軽にやれば良いじゃないですか。ただそれだけですよ」


「……そうすれば私達が悪いことになり、貴方の罪は正当化されるとでも?」


 そう言ったのはローラで、アハリートを(にら)み付けた。


 対してアハリートは首をふらふらと横に振る。


「まさか。『私は非戦闘員を誰一人殺してないから悪くない』なんて言うつもりはないですよ。言ったでしょう。嫌がらせなんですよ。『アハリートという怪物を殺すことを選んだ』貴方達が自らの手で引き金を引いて『自分達の仲間を殺すことを選ぶ』……ただそれだけです。そこに私の罪も貴方達の罪も関係ない。貴方達はただ『選択肢を選ぶだけ』。……いつだってやってきたことでしょう? 訊きますが、貴方達は殺そうとした相手に許可を取ってきたんですか? そしてそれの罪について考えてきましたか? そんなわけないでしょう。じゃあ、いつも通りにやればいいのです」


「くっ……!」


「ああ、一応ですが前提としてまた間違っていると思うので明言すると、襲撃されたことについて私は、あまり怒りは感じていません。今回は私以外の者を(きず)つけたわけではありませんからね。……だから、これは必要だからやっている嫌がらせ以外の何者でもない、ということをご理解いただきたい。それ以上でもそれ以下でもないんですよ」


(……一番厄介な思考をしているな)


 ルリエは(うな)る。


 単純な怒りだったら、ある程度冷まして比較的ましな条件に持って行けたのだが、アハリートにとってこの襲撃はもはや『業務』に等しい。感情を抜きに『必要だから必要なことだけをやろうとしている』のだ。


「私を殺そうとする――もしくは利益を(むさぼ)ろうとする行為がどのような結果を招くのか、それをご理解いただけるのが『自分達で自分達の仲間を手にかける』ということかと思いましてね。このパンセくん以外に施設の方で寄生された方々はまだもうちょっと時間はありますが、いずれ『処理』しなければならないでしょうね」


「……っ!」


 ローラは今すぐにでも研究局に走り出したい欲求をグッと抑え込む。仮に一人で行ったところで、それは相手の思う(つぼ)だ。それにここで下手に動けば『選択の放棄』と(とら)えられて、最悪の結果になるかもしれない。


 そんな焦燥感(しょうそうかん)などで誰も何も言えぬ中、またシィクが片手を挙げる。


「どうぞ、シィクさん」


「あんたはうちらにうちらの仲間を殺させようとしてるんすよね」


「そうですね」


「じゃあ、なるべくそっちの介入はない感じなんすよね」


「その方が良いかもしれませんね」


「つまり! あの白い子供……アルスくんやワームで邪魔はしないってことになるんじゃないすか!? それしちゃうとなんかあれ、色々と半減しちゃう的ななんかあると思うんすよね!」


「なるほど」


 アハリートは小首を傾げて考え込み、改めてシィクに口を向けて、ペチペチと触手の手を(たた)く。


「さすがシィクさんですね。すごくかしこい」


「ふっ」


 シィクは得意げに鼻を鳴らし、顔を伏せて――上げたと思ったらその表情は怒りに満ちていた。ビシッとアハリートに指を突き付ける。


「なんか明らかに馬鹿にしてないっすか!!」


「でしょうね、あはは」


「ぎぃいい!!」


 またも笑われたシィクは歯ぎしりをして、地団駄(じだんだ)をしたあと、ルリエの足元に四つん這いになる。ルリエの脚にすがりつこうとしたが、明らかに蹴り飛ばしてきそうな動きをみたので、やめた。


 アハリートはそんなシィクを見ながら笑い、口を震わせて言葉を発する。


「その点については、別に『私は悪くない』とするつもりはないので積極的に介入しますよ。今回の目的は『貴方達に仲間を()()殺させる』ことなので」


 アハリートは『直接』という言葉を強調して言った。


「そんなわけであえて時間をかけた説明は終わりにしましょう。時間はあまりないので、さっさと選んで下さい。助けるのは、パンセくんか他の者達か。――もちろん時間をかけてもらっても構いませんよ。他の人達の時間は有限でしかも短いと言えど、貴方達の時間はたくさんありますからね」


 このアハリートの猛烈(もうれつ)な嫌味にシィクですら気付いて、(うめ)き声を上げるほどだった。


 ルリエは静かにアハリート、そしてペンサミエントを見やる。


(……フォローしようがないな。まあ、想定していたより、かなりマシなんだが)


 最悪なパターンとしてはローラやペンサミエントが失言をしてしまい、研究局で立てこもっている者達が見せしめに()うことだ。幸い挑発をされなかった――というか全てシィクに無害な被害が向かっただけだった。むしろ自分がいるより、こいつが(しゃべ)っていた方が事態が好転するのでは、とルリエは思ってしまう。


(あとはなるようになれ、だな)


 もはやペンサミエントが選ぶだけ。――だが、この場合、もしかしたらさらに上の責任者として枢機卿辺りの指示が来るかも知れない。


 そして組織である以上、その選択はすでに決まっている。


 ペンサミエントは決意した顔でアハリートを見上げて、口を開く。


「立てこもっている子達の安否を選ぶわ」


「でしょうね。それ以外に貴方達に選択肢はない」


 アハリートは(あお)ることもせず、淡々とペンサミエントの答えを受け入れる。


 ペンサミエントは個人として選ぶなら、パンセにわずかながら軍配が上がるかもしれない。だが組織である以上、利益を(そこ)なわない方――この場合は立てこもっている者達という多数を選ばねばならない。


 それに室長達は妖精憑きだ。どうであろうと情報が伝わってしまうかもしれない以上、たとえ一棟を犠牲にするだけと思ったところで、他の立てこもっている者達に多大な不信感を与えかねないのだ。


 もはや答えは決まっていたに等しいのだ。


「一つ言わせてもらうわ」


 ペンサミエントは息を吐き出し、アハリート――そして(ふち)に立つパンセを見つめる。


「この選択は私が選んだの。誰の指示も受けていないわ。……あの子は私が殺す」


「素晴らしいですね。やはり貴女を傷つけるのは避けたいですが……こちらにも事情がある。貴女を通じて大勢を傷つけなければならない」


 そう言ってアハリートはパンセの背中に触手を近づける。


 ――と、その瞬間、銃声が鳴り響くき、パンセの背中に伸ばされた触手が弾け飛ぶ。


 体液が噴出する触手の断面を見て、アハリートが首を傾げる。


「なるほど?」


「スコル!」


「ばう!」


 ルリエはとっさに狼に乗り、駆け出す。どうせ、直接押さなくても操ることが出来るのだ。でも萩村が作ってくれた一瞬を無駄にしてはいけない――そう思って、ルリエはあらゆる危険性無視して、パンセを受け止めることにしたのだ。


(即死しなければ安い!)



 そうすればローラが確実に助けてくれるだろう。


 狼に敏捷強化を付与して、落下するであろう地点まで駆ける。


 案の定、パンセは自らの足で空中に向かって()み出そうとしていた。


 それでも間に合いそうだ――と思っていたのも(つか)の間、壁から巨大な生物――ワームが飛び出し、一足先に地面へと辿り着いてしまう。だがワームは地面にぶつかって弾けることはなく、まるで水中に跳び込むように、どぷんと潜り込んだのだ。


 そして、巨大な牙が生えて口を出し、ルリエの前に立ち塞がるように身をくねらす。これには即座に、停止するように指示を出し、間一髪ワームの牙が届く前に止まってしまった。


「残念でしたね」


 そう言ったのは、ワームの身体から生えた一つの葡萄頭だった。


「もう一人いれば――もしくは萩村さんが銃で撃ちつつ、入ってきてくれていたら、結果は変わっていたかもしれませんね」


「……変わっていたとしても、悪い方へ向かっていたさ」


 ローラやシィク、ペンサミエントがワームと対峙することになったら、ほぼ確実に殺されるか『精神汚染』されてしまうだろう。


 萩村が来たところで、アルスが雑なながらも飛行能力を持っている以上、自爆特攻で撃墜(げきつい)されてしまう恐れもある。


「……これが最善だ。……何も出来なかったがな」


 ルリエが見上げると、すでにパンセは身を投げていた。狼を犠牲(ぎせい)にするか、自分を犠牲にすれば助けられたかもしれないが、そうすると狼がワームと戦うにしろ受け止めるにしろ、大きなダメージを負うはめになる。それだけはルリエにとって許容できるものではなかった。


 パンセが頭を下にして、落ちていた。即死は確実だろう。


 ローラやシィクが思わず目を逸らし、ペンサミエントが歯を食いしばって、その選択を見つめ――誰もが諦めていた中、突如、中央棟中層階のガラスが内側から弾け飛ぶ。


「アルス?」


 おや、と呟いたのはアハリートだった。


 飛び出してきたのは、アルスだったのだ。背中からノズルを生やし、不規則な軌道を描きながらも――パンセを抱き留めた。


 だが、自分以外を――それも慣性が乗った相手を受け止めるほどの出力がなかったのか、高度を一気に落とす。それでも逆噴射して、なんとか落下速度を落とそうとするが、かなりの速度で地面に叩きつけられた。


 どぱぁん、と液体の詰まった袋が叩きつけられるような(にぶ)い音が辺りに鳴り響く。


「アルスぅう!?」


 これにはアハリートも(あわ)ててしまう。


「あ、ぶ」


 だが幸いと言って良いのか、うつ伏せで叩きつけられて半壊しながらも、アルスは辛うじて生きていた。そしてパンセはアルスの背中の上で、触手に巻き付けられており、落下の衝撃は全て逃がされて無傷なようだった。


「あぶー」


 全員が見守る中、アルスは身体をなんとか再生させて立ち上がると、パンセを下ろす。


「あぶ」


 そうしてペンサミエントを見て、そちらに指をさしてまるで「行きな」とでもいうような仕草をする。


「おち、る……」


 だが脳の一部を破壊されたパンセはアハリートから受けた命令をこなす機械となっていたため、向かおうとしない。それどころか、また落ちようとしているのか、中央棟の出入り口に向かおうとしていた。


「あぶ!」


 そんなパンセを見たアルスはムッとした顔をして、彼の膝裏(ひざうら)を思い切り()り飛ばす。


 ばきゃ、と嫌な音と友にパンセがつんのめるように倒れ込んでしまう。


「パンセ!?」


 これには思わずペンサミエントも声を上げてしまう。


 そしてそれでもなおパンセは()いずって行こうとしたため、


「あぶぅ!」


 アルスは彼を持ち上げると思い切りペンサミエント達がいる方へ投げ飛ばす。


 パンセは顔から滑り込むように地面に着地し、そのまま、ずしゃああ、とすりおろすように地面を滑る。


「パンセェエエエエエ!?」


 これにはペンサミエントも思わず、パンセに駆け寄ってしまう。


「あっ――」


 ローラはとっさにペンサミエントを止めようとしたが――それよりも自分も共に向かった方が良いと判断し、彼女の後を追いかける。少なくともローラにとって一番危険であろうワームが姿を現しているのが大きかった。――ワームの魂が見えず、それにも関わらず自在に動けているならば、『アスカの力』がパンセに仕込まれている可能性は低いとみたのだ。


「……良いのか、あれ」


 ルリエがやや(あき)れたように言うと、アハリートは葡萄頭を頷くように揺らす。


「構いませんよ。貴女達には何かの罠や茶番に見えるかもしれませんが、私としてはアルスがパンセくんを助けたいと願う程度にはペンサミエントさんに敬意や誠意を向けられたと思ったということですし」


 むしろ嬉しい結果です、とアハリートはやや楽しげに言う。


「将来的に思えば、心が養われるというのは大事です。私が求める眷属は、忠実なる(しもべ)ではなく、自己の考えを持って行動出来る部下ですから。特にあのアルスは、クリエイターとしての性質が強い。自由意志がなければ彼の力は活かせない」


「……やっぱり私はお前のことは嫌いになれないな。敵としては大嫌いだが」


「私も同じです。友人として貴女は好ましいが、敵としては大嫌いです」


 ルリエは歯を剥き出しにして凶悪に笑い、アハリートも低く威圧的に笑う。


「あぶ」


 アルスがアハリートの下までやってきて、片手を挙げる。


 アハリートはそんなアルスの顔に触手を伸ばして、突き付ける。


「さて、来ましたね。貴方の心情の是非は問いません。それでもこれは私が為そうとした結果に逆らうほどに為したいことでしたか?」


「あぶ」


 アルスはしっかりと頷く。


 アハリートはそんな彼の頭を()でた。


「なら良いです。でも、次の戦闘では情は不要ですよ。――本気でやりなさい」


「あぶ!」


 アルスは了解です、とでもいうように敬礼をする。そんな彼を見て、アハリートは満足気に頷くと彼をワームに飲み込ませる。


 そして地面に潜って立ち去ろうとする途中で、「そうそう」と口を震わせる。


「言わなくても戻すかもしれませんが、パンセくんは前頭葉を破壊したのでそこを復元をすれば戻ると思いますよ」


「……わざわざ言うのか」


「せっかくアルスが助けたのに、駄目になったら嫌じゃないですか」


 そう言って、アハリートは地面に潜っていってしまった。少し警戒するルリエだったが、特に襲ってくる様子もないので肩の力を抜く。


 どうやらここで戦うより、施設内で『治療中』に邪魔した方が良いと判断したのだろう。あくまでアハリートの目的は『遅延による手遅れ』だ。こちらを壊滅させるより、選択肢が残っている状態で手遅れにすることがもっともダメージが大きいと判断したようだ。


 たぶんそこに今のようなアハリート側による介入で好転することはないはずだ。少なくともそこを許容しては、襲撃してきた意味がない。


 どんな結果になろうと、結局はこちらが手を汚すことになるだろう。


(でもまあ、思ったより悪くなってないから良いか)


 順調に最悪へと向かってはいるが、要所要所ではなんとかなっているため、少しだけ楽観的に見ることにした。


 少なくとも泣きながらパンセを胸に抱くペンサミエントの前でそんな野暮なことを口にするほど彼女は無粋ではなかった。

次回更新は2月16日23時の予定です。

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― 新着の感想 ―
アハリードの話し方が某御友人を彷彿させるな スロースロークイッククイックスロー・・
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