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駄目だとわかっていても『こんなところにいられるか!』と言いたい

 生物研究研究局――守衛(しゅえい)室。


「あー!!」


 ペンサミエントが守衛室に辿(たど)り着くと、もの悲しげな女性の泣き声が聞こえてくる。


 結界を通り、部屋の中に入ってみるとルリエが(ひざ)をつきながら、顔を手で(おお)って泣いていたのだった。


そんな彼女の隣にはシィクがいて、


「大丈夫ですからねー。だから泣き止んでくださいねー」


 とルリエの背中を()でながら(なぐさ)めていた。


 そんな彼女達の前にはローラが(あき)れた顔でいて、部屋の隅っこには大きな狼が興味なさ気に丸まって寝ていた。


「……えっと、どういう状況?」


《ルリエは本当は来たくなかった上に帰れないから嘘泣きしてるの》


 ペンサミエントの妖精がこっそりと教えてくれる。たぶん説明するのが面倒臭い内容だったから伝えなかったのだろう。


 実際、妖精の言うとおりルリエは涙を流しておらず、それっぽい声をあげているだけだ。ローラや狼はそれがわかっているから、呆れて放置していたのだろう。シィクは一応嘘泣きっぽいのはわかっているが、本気で嫌がっているのはわかっているからそこをなだめているようだ(『泣いている人間』に対しての『慰め度』が低いのだ)。


「ルリエさん、ほら局長さんが来てますから。……頼みますから機嫌を直してください」


 ローラもさすがに申し訳なさはかなりあるので一応、頭は下げる。


 ルリエはそんなローラをチラリと見て、


「あー(ほっ)!!」


 小声で、けれど確実に聞こえる声量で余計な一音を追加してしまった。


「…………」


 それにはローラも思わず(こぶし)を握って、スッと軽く(かか)げてしまう。


「ぴぃ!?」


 これにガチビビりしてしまうシィクである。


《やめなさい》


 ローラの妖精ミムラスが彼女の頭の上に現れて、ぽこんと叩くが現場は混沌と化してしまった。


 ペンサミエントは大きなため息をついて、除染部隊員に頭を軽くクイッと振った。


「回収したものをそこの机に乗せて」


「え? 大丈夫ですか?」


 隊員は一触即発な雰囲気がある中で、そんな大胆なことをしたらこの変な空気の矛先が向いてしまうのでは、と危惧(きぐ)しているようだった。


「普通なら問題ありだけど、この二人なら大丈夫」


 ルリエとローラは性質は違えど、ここにいるべき人間なのだ。だから多少おかしな行動をしていても問題はない。


 除染部隊員は「?」と首を傾げつつも手に持っていた葡萄(ぶどう)頭の死骸(しがい)を部屋の真ん中にあった大きな机の上に置く。


「さっき回収してきた寄生生物の死骸よ」


 ペンサミエントが簡潔に告げる。


 その瞬間、じゃれ合っていたローラとルリエの目の色が変わり、素早く机の前についたのだ。そしてローラは手早くポケットから薄手の手袋を取り出し、ルリエに渡し、自分もすぐに装着する。ルリエもそれを受け取り、装着すると積極的に葡萄頭の死骸に触りにいく。


「毒性は?」


 そう問うルリエにローラは『透過』させた手を寄生生物に通していた。


「表皮や血液にはないですね。……若干、触手に毒性がある感じでしょうか?」


「まあ、寄生生物である以上、致死性の毒を持つことはないだろうな」


 ルリエはローラの手を見る。死骸の身体に何度も手を通り抜けさせて、詳しく解析しているようだ。


「ところで『透過』は構造を解析出来るのか。便利だな」


「『透過』に解析能力はありませんよ。あくまで感知能力との併用しての効果です。でないと攻撃にも転用出来ない回避だけのスキルになってしまいますし」


「それにうちみたいに半端なタイプだとレジストされてしまうんすよね。ローラさんって空間系のスキルで断ち切られない限りは無敵っすもんね。あと『調律』も使えるんでしたっけ?」


「そうですね。『調律』スキルがあるおかげで、多少環境が悪くなってもこれのおかげで生存出来ますから」


 ただしやはり透明な魔力でなければ、最上位スキルにでもならない限り、本来は大した強さはない。


 レジストをされない、という強みをローラは最大限生かすことが出来るのだ。そして逆のレジスト出来ないという点も『透過』などで(おぎな)えている。


 だからこそ現聖人達の中で最強と言っても過言ではない。


「……えっと、内部はほぼ体液で構成されていて、拳大の核や微弱な電気を発する器官があります。……恐らく魂がなくても、これで他者を操っているんでしょうね」


「最低限の肉体構成と言ったところか。寄生してようやく生存し続けられるんだろうな。本来、宿主がいなければ死滅してしまうだろうが――」


「一体の宿主に複数個体が寄生出来るみたいですね。ワームとは違い、競合(きょうごう)をしないようです」


 生体機能を奪うため、一度でも寄生されたら安易に殺せず、恐らく成り代わる可能性もある。寄生という単純な性能だけで見れば、コスト面でもワームより上だ。ただし、現在において一側面だけ見て語ることは(おろ)かだろう。少なくとも施設内を()い回るワームは決して弱いとは言えないのだから。


「……うぅ、想像するとグロいっすね」


 自分の身体にびっしりと張り付く葡萄頭の姿を想像したのか、シィクはブルッと(ふる)える。


「……口の皮膜(ひまく)は、ぐちゃぐちゃだな。治せるか?」


「可能です」


 ローラがそう言うと同時に即座に葡萄頭の壊れた肉体が修復される。


「……改めてみたがすごいスキルだな」


「回復速度においてはあらゆる回復系スキルの中でも随一でしょうね」


 ただしこの『生命ノ原典』で出来るのは『復元』だけだ。アスカのスキル『心魂ノ回帰』と違い、肉体操作などは出来ない。それでも本来なら、回復速度においては『心魂ノ回帰』の得意分野である自己再生速度すらスキル性能では勝っている。


 ――ただし、実際には魔物……それも魔力に愛された吸血鬼という魂及び肉体性能の差で力負けしてしまうだろう。――と、ローラはミムラスからこっそりと伝えられていたため、得意げにはなれなかった。


「……ふむ、この口のようなものの周りにあるのは軟骨(なんこつ)か。……思った通り声帯のような作りになっているな」


 ルリエが葡萄頭のすぼんだ口部分を広げ、その小さな穴を縁取るようにある白っぽいものを指で押す。コリコリとした感触で、軟骨で出来ているのがわかる。


「あくまで発音だけするための機能ですね。この口は何かを食べて嚥下(えんげ)するような機能がなく、穴の先には空気を溜める袋があるだけです」


「このすぼまった部分が(くちびる)で……舌は……ああ、よく見ると(ひだ)がついているな。これを舌代わりにして声真似が出来るんだろう」


「それと襞にも種類があって、薄い皮膜がありますね。……たぶん、音を聞く機能も備えているんでしょう」


「鼓膜代わりか。これでもかと詰めこんでいるな。――お? おいシィク見てみろ。こいつについている針、見覚えがあるぞ」


 ルリエが葡萄頭下部にある寄生針を引っ張り出して、やや離れたところにいるシィクに声をかける。グロテスクなもののが苦手なシィクは恐る恐るながらも近づき、(のぞ)き込む。


 針は赤銅色の金属で出来ている。


「……なんかジャックみたいっすね」


「誰です?」


 ローラが不思議そうにするが、ルリエは無視をして首を横に振る。


「いや、ジャックじゃないプラグだ」


「だから誰です?」


「ジャックは穴だ。プラグが差す側だ」


破廉恥(はれんち)なことですか!? 私、今そういうのにトラウマがあるのでやめて欲しいですっ」


「うるさい」


「あいた! なぜ!?」


 ルリエに何故か不当にも(たた)かれてしまったローラは混乱の(きわ)みに達する。


 混乱するローラを捨て置いて、ルリエは葡萄頭をクルクルと回す。


「やはりいくつかそれらしい穴があるな。刺す以外にも刺される機能があるわけだ。出力するだけじゃなくて、何かしらの入力も出来るわけだな」


「電気も発するみたいですし、なんか機械みたいっすね」


「電気が流れやすくなるなら……針は銅製か。こうみるとスピーカーに近いのかもな」


「本体にはモニターでも生えてるんじゃないっすか?」


「じゃあもし次に会ったら、何かの上映会でもしてもらおうか」


 ルリエは冗談(じょうだん)めかして言うが、やや深刻な顔つきになる。


 ――音を聞く機能もあるというのなら……下手をすれば、あちら側がこちらの会話を聞いている可能性すらある。魂がない場合、さすがに力は弱まるだろうが、もしかしたら出来なくはないかもしれない。


「おい、ローラ。完全に復元した場合、生き返るのか? たとえば生体機能が(よみがえ)ることはあるのか?」


 ルリエがそう問うと、ふくれっ面になったローラだが首を横に振ってくれる。


「ないですよ。一度、核(脳)を破壊されたらたとえ完璧に復元して生体反応を示したとしても機能――器官を動かしたり、記憶を蓄積する、または人格を保有するという『機能』がないんです。核が無傷で死んだ場合は別ですけど。まあ、その場合でも時間が経ちすぎると駄目ですけどね。ちなみに今いったのはこの『魂がない生物』の場合ですからね。魂がある生物の場合は色々と違ってきます」


つまり核を破壊された場合の死者蘇生は実質不可能ということになる。ならば、安心するべきだろう。


 もしかしたらもう一つ盗聴などだけに使える補助用の核などもあるかもしれないと思ったが――さすがにローラが気付かないはずがないとそちら方面の考えは打ち切る。


「それでだが、どのような作戦行動をとるんだ?」


「私、ローラとこれから来るアンジェラと誰かもう一人で、寄生生物に寄生された人達の『治療』を行いつつ、白い子供かワームの討伐を行います」


「見つかるっすかね……なんか床とか壁に潜れるそうじゃないっすか」


 シィクが不安そうに言うが、ルリエが肩をすくめる。


「大丈夫だろう。もし『こちらに時間制限』があるなら、向こうからローラ達を襲うはずだ」


「? どういうことっすか? あっちじゃなくて、こっち?」


「その話は後でだ。ローラ。後から来る聖人達にはシィクをつけて、治療して回るのか?」


「その予定ですね」


「え、えぇ……うち、出来ますかね……?」


「大丈夫ですよ。シィクさんにはロドニー達が無力化した人達を死なない程度に治療するだけですから」


「……し、死なない程度というと?」


「背骨などをへし折って無力化して、その際『やり過ぎたら』血止めなどを行う感じですかね。あくまで形だけで良いので、とにかく私達やロドニー達は『治療』を押し進めなければなりません」


 そうすることで必ず白い子供やワームが挑んでくるだろう。それが狙いだ。


「もし候補がいなければ、私がローラ様達のチームに入らせてもらうわ」


 そう言って進み出てきたのは今まで黙っていたペンサミエントだ。


「ああそうか助かるつまり私はここに引きこもっていても良いんだな」


 ルリエは文字通り諸手を挙げて言葉を一息+棒読み+即座に言い放った。


「一息に言いましたね」


 これにはローラは呆れてしまう。ペンサミエントも小さく苦笑する。


「構わないわよ。そもそもルリエは戦闘に不向きでしょうし」


「ルリエさんってかなり強くないっすか?」


「一応、私とも(なぐ)り合えますからね」


 ペンサミエントの言葉にシィクとローラが首を傾げる。


「……殴り合うって、何をやっているんですか。――確かに戦闘力はそれなりにあるけど、ルリエは『考え過ぎる』っていう弱点があるからね。にっちもさっちもいかなくなって殿(しんがり)を務める場合みたいな時は、十分な成果を上げられるけど逆に有利場面だと警戒し過ぎる面もある。強いけど、『不向き』なの。――そう、言えば良いかしら?」


「説明ありがとう、ペンサミエント。実際、前に戦った人狼にはそれで(ビビって)トドメを刺せなかったしな。はっきり言うと、私は臆病だ」


 ルリエは何故か胸を張ってどや顔で言う。


「そんな堂々と言うべきことじゃないと思うすんけど」


 これにはシィクですら呆れてしまう。


「まあ、なんであれ私が出るから問題ないわよ。ローラ様もそれで良いですよね?


「そうですね。ルリエさんには基本的に助言をもらいたくてついてきてもらったので無理強いはするつもりはありませんが……」


 ローラはチラリとルリエを見るが、胸に手を置いてあからさまな吐息をついたのでちょっとイラッとした。


「……一応訊きますけどですけど、ある程度相手の行動を予測とか出来ませんか?」


「これからあいつがするであろうことか? それなら『治療』の邪魔の他に……とことん嫌がらせをすることが目的なら、『話しかけて』くるんじゃないか?」


「それはどういう――」


 ローラが詳しく尋ねようとした時だった。




「皆様方、ようこそお越し下さいました、我がホラーラボに! どうも支配人のアハリートです!」




 突如として、大きな声が辺りに響き渡る。この詰め所は(せま)いと言っても、研究局からそれなりに離れている上に堅牢(けんろう)だ。それでもかなりの声量で届いたということは、外ではかなりの轟音(ごうおん)であっただろう。


 ほぼ全員が固まってしまい、


「あんな風にだな」


 ルリエが疲れたような鼻息を()らしながら言う。


 (ああ、面倒臭い)


 こうも面倒臭いことが起こってしまうのは、本当に嫌だった。場合によっては何人か死ぬか、こちら側が戦意喪失するレベルでの被害を『選択させられる』だろう。


 被害を抑えられるようサポート出来るだろうか、と思いながら、外に出て行った皆の後ろを億劫ながらも追いかけるのであった(狼に尻をせっつかれていた)。

次回更新は2月2日23時の予定です。

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もはや敵側が可哀そうまであるw
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