意外にゴリ押しする清純派
登場人物紹介
ローラ・ミムラス
対リディア戦に育てられた聖人の一人。透明な魔力の持ち主で、治癒能力を持ち、さらには『透過』と呼ばれる強力なスキルを持つ。性格も聖人寄りではあるが、少々暴走したりと危ないところがある。
シドウ・ルリエ
タイタンにて『喚ばれた』転生者。魔物を忌み嫌うタイタンでは異質の魔物使い。勝負服はカウボーイスタイル。何故かカウガールと言うと怒る。
シィク・タカジョウ・フレア
タイタンにて『喚ばれた』転生者。冒険者風の姿に、独特な語尾でパッと見、とても弱そう。ローラには劣るが透明な魔力を持ち、治癒能力を使える。
タイタンの転生者居住区。
この区域は文字通り転生者ばかりが住んでおり、若干ながら閉鎖的なコミュニティとなっている。ただ転生者は対外的にはそれなりに積極性があり、タイタンの他の住民ともそれなりの交流はある。あくまで『居住区には』入りにくい雰囲気があるだけなのだ。
だから転生者以外が居住区にいるのは珍しく、それが『聖人』となればなおさらだ。
聖人ローラは周囲の視線を感じ、少々居心地の悪さを覚えながら一人、歩いていた。
彼女は今、とある転生者の元へ向かっていた。
それは魔物使いのルリエの家だ。
きょろきょろと視線を彷徨わせながら、家々を見て回る。
ルリエの家は居住区の端っこにある。それなりに大きめの土地を購入しており、そこで許可を得ている動物や魔物と共に暮らしているのだ。
なのでまだ半ばともいえる道中、それほど目線を走らせる必要はなかったが初めてきた転生者の居住区はかなり新鮮だったのだ。
――なんというか、木造一戸建てが多いタイタンであるが、転生者の居住区は……かなり特徴的なのだ。石積み、レンガ積み、奇妙なゴシック建築、果ては藁の家や前世の日本でいうところの近代的な家もあったのだ。
何もかもがチグハグで面白い。あと足元が綺麗な石畳で出来ていたり、コンクリートやアスファルトなどでも作られていた。
妖精ミムラスが言うには別に日本を模しているわけではないというのがまた面白い。
いわく転生者達が思い描く『ファンタジー』を元にして周囲を構築しているらしいのだ。あとは前世の世界に近づけようとしている一団もいるらしく、それらが融合してこの奇妙な景観が完成したらしい。
言うなれば、混沌。
宗教国家にはふさわしくない淀みではあるが、その淀みこそがタイタンを発展させている。
そもそも清純や正道のみ――綺麗で優しい思想を追い求めるといずれどん詰まりに行き着く。
なにより人間という種族は本質的には攻撃的なのだ。
淀みであれ、清純であれ、過剰になると常に他者へ暴力が振るわれる。それでは本末転倒なのに悲しいことに一度そうなってしまったら止められないのだ。
一方に依ってはならない。
だからこそローラは転生者の生き方を否定しないし、――ひいては妖精の目的……そして、魔物すら根本的に拒絶することはなかった。
……そもそもローラは人のためになるのなら、アハリートのワームすら研究しようとしていたほどだ。
彼女は見た目こそ清純そうな乙女であるが、割と酸いも甘い飲み込める人間だった。
そんなローラであるからこそ、魔物使いのルリエに『助言』をもらいに来たのだ。
区域の端っこ、地肌が見えている区画があり、そこに質素な家屋がある。その奥には牧場のような木の柵で囲まれた草原が広がっていた。――そちらには家畜用らしき大きな建物が建っている。
「あれですね」
ローラはそちらに歩いて行くと、小さな家屋の方の出入り口に二匹の大きな狼が寝そべっていた。さすがに威圧感があるため、ローラはたじろいでしまうが、意を決して近づく。
――狼達は近づいてきたローラを一瞥して、顔を上げてぴすぴすと少し鼻を動かすとすぐに興味なさそうに丸まって寝てしまう。
「通っても良いですか?」
ローラは一応、前屈みになって狼に問いかける。狼達はチラリと扉の方を見てすぐに伏せてしまう。とりあえず通って良いと言うことだろうか。
……唸られたらすぐに退けるように注意は払っておく。
問題なく扉の前につき、ノックする。――だが、返事はない。狼達を配置している以上、留守はないはずだが……と思いつつドアノブを捻ると、開いた。
「…………」
不安になって狼達を見やるが……特に反応なし。仮に主に何かあったとして、この二匹が無反応なのはおかしい。たぶん問題はないが、手が離せない状況なのだろう。
番犬に止められていないということは、通っても良いことだと思うことにした。
「入りますねー」
そう言いながら、そろそろと入っていく。
やや獣くさい香りが鼻をつくが、整理整頓はなされている。ただ、柱は傷だらけになっていたり所々、動物を飼っていると発生する『痛み』が見受けられた。
このまま無断で入り込むのに少々、抵抗を覚え、耳をすますと――奥の方から音が聞こえてくる。バタバタと忙しなさそうだ。
「ルリエさーん……?」
声をかけるが、返事はない。
靴を脱ぐ形式の家屋であったため、ちゃんと靴を脱いで家に上がる。
音の方に歩いて行き、恐らくリビングらしき引き戸に手をかけてゆっくりと開けた。隙間から中を覗き込むと、座り込んで荷造りをしているルリエと三匹の狼、そして魔物達がうろうろとしていた。
特に三匹の狼達は元気いっぱいに走り回って興奮しており、荷造り中のルリエにちょっかいをかけていた。
狼達はルリエの目の前で反復横跳びをしたり、ガウガウと顔を突き出してきて噛む真似をしてきたり、引っ張りっこをする綱をぶんぶんと振るってルリエの背中をべしべしと叩いていた。
彼女はそんな狼達をあしらいながら服やら小道具を大きなバッグに詰めていた。
「こら、お前達邪魔をするな。……全く、グレンデル達を見習って欲しいものだ」
邪魔をする狼達とは対照的に、魔物達はルリエの手伝いをしている。
目のない二足歩行をするサンショウウオはぷにぷにした手で器用に畳まれた服を持って歩き、巨大な蜘蛛の魔物は天井を這いながら生活道具をルリエの近くに吊して、彼女はそれをブチブチと取りながら、バッグに詰めている。
三つの頭がある山羊は胴体に巨大な革製のサイドバッグが備え付けられて、雑に詰めこまれてグラグラ揺れているが、特に気にすることなく、ボーッとしていた。
そして大きな窓が開け放たれ、その縁に顔を乗せた赤い竜がグルグルと喉を鳴らしながら、ルリエ達を眺めていた。
「…………」
魔物がいるのはわかっていたことだが、ここまで生活に溶け込むように暮らしているとは思ってもいなくて、ローラは驚いて声が出なかった。
《……相変わらず、イカレていますね。魔物相手に意思疎通をするための魂の繋がりがあるだけとは》
ミムラスがため息をつく。
支配能力というのは基本的に支配のレベルを定めて操るのが普通だ。自分の言うことを何でも言うとおりに聞かせようとすると、その分、相手の自由意志を強く縛ることになり、決まった動作をする人形になってしまう。かと言って、支配のレベルを弱めてしまうとその分、反逆されてしまうのだ。
『魂支配』のようにその時々に細かく指定出来るような融通の利く支配能力はあまりなく、ルリエもそのような支配能力は持っていないはずだった。というか、彼女は支配能力をほぼ持っておらず、魔物と同調して強化をかけるスキルにのみ特化しているようだった。
要は狼達のみならず、魔物達は望んで彼女に従っているということになる。
さらに主要な魔物はこの四匹らしいが、他にも牧舎には『貸し出し用』の従順な魔物がいるらしい。――転生者達の間ではそれなりに評価が高いらしく、繁盛はしているようだ。
ただ、さすがに魔物を敵とするタイタンからは白い目で見られてしまうため、ルリエは絶妙に風当たりが強い(もっとも本人はあまり気にしていないが)。
長い間眺め続けてしまったせいで、テンションが高い狼達に気付かれてしまう(魔物達――特にドラゴンや山羊とは目が合ってはいた)。
すると狼達は尻尾を振りながら、ワンッと元気よく吠えてくる。
「……『誰か来た?』、一体誰が――」
ルリエが振り返り、ローラと目が合う。バチッと視線がかち合い、さすがにローラは気まずさで愛想笑いを浮かべてしまった。
その瞬間だった。
「うわああああああああああああああああああああああああ!!???」
ルリエが尋常じゃないほど驚き、座りながらドタドタと手だけで後退る。
「はぇ!?」
これにはローラも驚愕してしまう。
狼達や魔物達もビクゥと震える。――幸いにして良く訓練されているためか、それとも飼い主の尋常ならざる驚き方に彼らも困惑したのか、ドラゴンでさえローラに襲いかかることなく、おろおろしていた。
そしてルリエはというと、ローラを凝視しながらガタガタと震えている。――何かの見間違いなどではないようだ。彼女は何故か、ローラに怯えていた。
「な、なななななんでよりにもよって、こ、ここ、ここに来るんだ!? 養分にするのか!? 皆はさすがにやらないぞ! 皆退け! そいつに近寄るな!!」
「……さすがに私だって傷つきますよ……?」
そこまで嫌われるようなことをしただろうか、とローラは肩を落としてしまう。
しばしローラとルリエは見つめ合う――と、ローラの横から玄関先にいた狼の一匹が顔を出す。
「ぶ、無事だったか」
「ばふ」
「――なに? アンデッドの臭いもワームらしき臭いもしないのか……? ……ならお前は、聖人ローラなのか?」
「それはそうですよ。何に見えたんですか?」
「……いや……そうだな。ここで偽装する意味はないな。妖精憑きを襲ったら、確実にバレるのはわかっている。迅速に行動をする必要が求められるから――――」
ルリエは考え込んでしまう。だがその熟考を待っていられるほどローラに時間はなかった。
「少しお時間良いですか? 相談したいことがあって……」
「――ん? ああ、良いぞ。……ただ、あまり近寄らないでくれ。まだ不安要素は残ってるんだ」
「なんのことかわかりませんが、それで話を聞いてくれるのなら」
ローラは吐息をつくと、とりあえず許可を貰ったのでリビングに入っていくのであった。
ローラとルリエは座布団に座りながら向かい合う。先に切り出したのはローラだったが――、
「……ハギムラさんから聞いたと思いますが……」
「一つ言っておくが、何かしらの手伝いは絶っっっっっっっっっ対にしないぞ」
「何故ですか」
ローラは小さく頬を膨らませる。一応、もしもの時にルリエには同行を頼む予定だった。彼女の魔物に対する知見は必要になる。
「はっきり言おう。危険だからだ。そもそも私はちょこっと今から遠出をする予定なんだ。邪魔をしないでくれ」
「思い切り逃げるつもりじゃないですか!」
「HAHA!! なんのことやら!」
ルリエはオーバーに笑いながら、立ち上がろうとしたので、とっさに捕まえようとしたが彼女は思いの外、オーバーに距離をとる。
ただそのおかげか、尻餅をつかせて天井を見上げさせることで留めることに成功した。
「……悪いが触れないでもらうと助かる」
「…………やっぱり傷つくんですけど、それ」
ローラはため息をつく。
「まあ、良いです。とりあえず話を聞いて下さい。それなら触りませんから」
「助かる」
ルリエはコロンと起き上がりこぼしよろしく元に戻ると近くの座布団を引っ張って改めて自分の尻に敷く。
そんな彼女を見ながらローラは口を開いた。
「ハギムラさんに聞いたと思いますが、『古の魔女』と共にいた件のアンデッド……アハリートを急遽討伐することとなりました。恐らくもうそろそろ戦闘開始することでしょう」
「前置きは良いから結論に近いところから話してくれ。ああ、だから戦うに至った理由その他諸々はどうでもいい。どうせそこら辺は禁則事項だろうからな。萩村にも大体はぐらかされた」
「ご理解感謝します」
ローラは軽く頭を下げる。
「相談というのは……アハリートの……対策のために能力を受けた『被験者』が近々このタイタンにやってくるかもしれないことです」
「今すぐ発って良いか?」
「駄目です」
ルリエが膝立ちしたので、ローラは押し倒す構えを取る。両者はしばし動かず、空想上の攻防の末、勝てないと悟ったルリエは諦めたように座り直す。
「それで?」
「『魔物使い』として最悪の可能性を聞きたいです。……『被験者』は生物研究局に飛ばされる予定ですが……私は検査要員から外されています。――なんというか、おこがましいかもしれませんが、私が担当すれば異常を感知することが出来ると思うんです……! 枢機卿を説得するための材料が欲しくて、ルリエさんに相談しにきました」
ローラは真剣な眼差しをルリエに向ける。そんな彼女の目を見て、ルリエは肩を落としながら、大きく息を漏らす。
「――一つ、情報が足りない。これから始まる戦闘について出来うる限り情報を貰えると助かる。それと二点。お前の考えは間違いではない。おこがましいとは私は思わないよ」
ルリエの言葉にローラは嬉しそうに目を輝かせるが、彼女は次いで「だが」と続ける。
「枢機卿が間違いとも思えない。……なんというか、確かにお前は優秀だが、『優秀過ぎる』。強力なカードではあるが、そういうのは読みやすいんだ」
「……? どういうことですか?」
「お前のやろうとしていることはいわゆる『最善の行動』だ。これは間違いではない。こと現場において、即決即断でその選択肢を選び続ける力は決して間違いではない。だが、大局において――攻守が入れ替わることが前提のターン制の場合においては、最善は時に悪手になりえる」
そこでローラがムッとする。
「これは、ゲームではありませんよ」
「もちろんだ。だが一つ頭にいれるべきなのは、私達はアハリートが『何をするかわからない』ことだ。だからお前は私に話を聞きにきた。相手にターンを渡したくないから、事前に『何か』をどうにか知ってその芽を摘み取ろうとした。違うか?」
「まあ……そう、言われると、そうなりますかね……?」
「結論から言うと、私はアハリートを読み切るのは不可能だと思う。だからこの場合の最善は、送られた『被験者』をどうにかするのではなく、そもそも絶対に『被験者』を連れてこないことだ。それ以外にない。……あれは手札が異常に多い。定石では推し量れないんだ」
ルリエは「話を戻すが」と言い、続ける。
「――それで『被験者』がくることが確定したという場合の仮定として……そのお前の行動に対してだが、お前は最善を選ぼうとしている。いわゆる強力のカードを切ろうとしているわけだ。選べばほぼ確実に有利をとれる。それをやろうというわけだ。――訊くが相手はそんなわかりやすい強い手を想定出来ないほど馬鹿か?」
「……。アハリート本体はともかくとして……ロミーのホスタ(ラフレシア)がいますね。……私達をよく知っている」
「そう。アハリートにとっては『自分達の罠を感知出来る聖人ローラが出張ってくる』と想定出来る可能性がある。その切り札に対して、アハリートが人造勇者接敵後、即座に有用なカードを切れるとは限らないだろうが、あり得る。つまりお前をスカす手段……もしくは殺す手段を用いてくるかもしれないんだ。……つまるところ選ばれる可能性が高い強力な切り札ほど弱いものはない」
出しておけば安パイのカードは、相手に対応するカードがないことが明確であれば強い。しかし当然ながら読みやすいため、対応する手段があれば単なるカモにしかならないのだ。
そしてアハリートはよくわからない多くの手札をたくさん隠し持っている。
そう考えると『聖人ローラ』というカードは、安易に出してはならないのだ。
「戦術的な考え方と戦略的な考え方は大きく異なる場合がある。今回、枢機卿はリスクを承知の上でミッシェルの治療、及び『もしも』の場合に備えてのアハリートに対抗出来る手段を得ようとしているのかもしれない」
枢機卿はアハリートから攻撃を受けること前提で、如何に対処するか考えているのだ。そもそも女神ティターニアがいるため、即座に『リセット』出来るからこそ選んでいるのだろう。
枢機卿からすれば『もしも』のダメージは想定内――もしくはかなり小さく済む予定なのだ。だから『もしも』で聖人であるローラを失うことを避けたのだろう。
(……問題はそのティターニアの光魔法に対しても何かしら対策された時だろうな)
魔物である以上、光魔法を防ぐ手段はないだろう。あるとすれば物理的な手段ではなく、精神的な手段。『光魔法を使えない』状況に追い込まれたら、被害が拡大することになるだろう。
ただその後者の手段はかなり難しいため、起こりうる可能性は低い。
……低いが、あり得ないことではないため、ルリエは安全策を取ってタイタンからしばらく離れる予定だったのだ。想定出来ないなら、触れなければ良い。いわゆる『触らぬ神に祟りなし』だ。
「だから言うほど心配をする必要はないんだ。被害を許容出来るか否かの話になってくるから、まあ、そこら辺の議論をする役目は私にはない。だから帰れ」
「ずいぶんつっけどんにしますね。……というか心配ないというのなら何故、明らかに逃げようとしているんですか?」
「なんのことやら。別にちょこっと遠出しても良いだろう」
ルリエは全力でとぼける。ここで素直に言うほど馬鹿ではない。というか、本当にただの安全策以外の回答がないのだ。言ってしまえば、かなりビビっているため離れたかっただけだ。それを正直に言ったところで恥をかくだけだろう。
常に深謀遠慮である必要はない。一つのシンプルな――怖いという感情に従って逃げて何が悪いのだろう。
「もう良いです。そろそろ始まりそうなので、実況しますね」
「まあ、それは楽しそうだし聞いててやろう」
どこか偉そうなルリエにローラは内心ため息をつきつつ、人造勇者とアハリートの実況をするのであった。
――とりあえず空を飛ぶ豚の件ではルリエは大笑いをしたし、「眷属の可能性――萩村、本当にご愁傷様だな」と同情するように笑って実況そのものには満足していたようだ。
だが人造勇者側の旗色が悪くなり、白い子供――アルスを回収するという話になった途端、真顔になって立ち上がる。
「じゃあそろそろ私は発たせてもらう」
「待って下さい。――これは私にもわかります。あの白い子供は何かが仕込まれている可能性があります。その被害が広がる前に事前に対処する必要があるはずです」
――もちろん最低限、何かあるのはわかる。だがルリエの想像したのは違うことだ。
もし白い子供が転送後、すぐに暴れるのなら良い。それで何人か死傷者が出たところで、悪いのはその指示を出した枢機卿だ。その場合は人的資源が多少浪費される程度だろう。
……しかし、もし生物研究局に運ばれてそこで暴れたら――。
今、局長が『被験者』の監視をしている。もしかしたら、そこから離れるかもしれない。それを狙ったように仕込まれた『何か』が起動したら最悪だ。妖精憑きがいない場合、『何か』の発見が遅れてしまう。
だから何があってもその場に留まるようにして、――この場合、即座にローラを生物研究局に向かわせて、白い子供の対処に当たらせるのが『最善』だ。
だが、その指示をルリエはだせなかった。
何故ならその最悪を阻止するためには、局長には『被験者』の監視をそのまま続けてもらうことになるからだ。
仕込まれた何かはタイタンに被害を出すためにいずれ起動するだろう。
でも局長が――妖精憑きがいれば、どんな結果に至ろうと全ての妖精憑きに伝達が即座に為されて対処が可能だ。
これが最善。
……たとえ局長が死に至ってしまったとしてもだ。
『何か』に最低限の知能、もしくはアハリートの命令が届くのならタイタン側に情報を与え続けないためになんとしても妖精憑きの局長は確実に抹殺するだろう。そうすることがアハリート達にとっての最善なのだから。
だから局長を留まらせるという選択をルリエが選ばせた時点で、ルリエが局長を殺したことになるのだ。
……もちろん生き残る可能性も十分にあるから……「局長の力を信じる」という聞こえの良い言葉で酔うのも良いだろう。だが、生憎とルリエはアハリートの厄介さを知っているため、酔えずに素面でいるしかなかった。
(生憎と私はそこまで重い責任を背負いたくはない。どちらかを選べばどちらかが死ぬなどという問題は出来る限りやりたくない)
一人のために大勢を助けるか、大勢のために一人を助けるか。そういう倫理的な問題は実際に選ぶとなるとかなりきついものがある。
そもそもその『トロッコ問題』はその倫理の議論用のものであり、あくまで『考えるため』のものだ。実際にやるか否かではないのだ。どちらかを選べてしまった時点で、そいつはサイコパスだ。
(だからアレとはもう対峙したくはない)
アハリートはきっとそういう選択を強いる戦法をとってくるだろう。それを出来てしまう能力があるのだ。
だからそんなことに巻き込まれないために、ルリエは全力で逃げようとしている。
ちなみに昔から世話をしている狼たちやドラゴンを含めた魔物達も連れて行く予定だ(というかルリエにとっての『責任』は彼ら以外にない)。牧舎にいる貸し出し用の魔物は従業員に世話を任せて――『場合』によっては無料で貸し出して逃がすようには言いつけていた。
アハリートがどこまでやるかわからない以上、どこかに亡命するつもりで逃げる予定だった(前回のように誰かを瀕死にしたわけでもなく、怒ってる様子もないから『軽めの報復』である可能性が高かったが)。
――さすがに亡命は考え過ぎかと思ったが、正しかったようだ。枢機卿は見誤った。アハリートを舐めてしまったが故に、恐らく生物研究局は壊滅してしまうだろう。
被害が広がったら巻き込まれる危険があるため今すぐ逃げたいのだが、立ち上がったところで――ローラがスッと腕を広げて、タックルの構えをとってきた。
ルリエも命がかかっているため、拳を握って構える。
「生憎だが、国に保護されている『エリート』だろうと私を阻む者は踏み潰すぞ」
「……ルリエさん、私は確かに優遇はされていますが、保護はされていませんよ。こう見えて、たたき上げなんですから……!」
互いに火花が散る。ここまで来たら、衝突は避けることは出来ない。もはやルリエの不安――ローラが『すでに『何か』に寄生されている可能性』があっても押し通るにはぶつかり合う他ないため、彼女を信じること含めて立ち向かうのであった。
――ルリエの家では激闘が繰り広げられ、それは外にもわかるほど響いていたため、多少のギャラリーが遠目に見つめることとなる。
そしてある時、音が止んでしばらくした後、ばしーんと勢い良く扉が開き、そこには――傷だらけながらも晴れやかなどや顔をしたローラと大きな狼の背に伸びているルリエの姿があった。
「たたき上げの聖人を舐めて貰っては困ります!」
ふふーん、と満面の笑みで言うローラである。
「うぐぅ……」
ルリエは悔しそうに唸るが、動くことが出来ないようだ。
「あのぉ……」
そんな彼女らに近づく人影が一つ。
「ルリエさん? なんかすごい音がして、皆が心配して、うちが呼ばれたんすけど……」
革の防具を着た少女――シィクが狼に担がれるルリエを見て、次いでローラに視線をやって首を傾げたのち、軽く頷く。
「だいじょぶそうっすね」
「……何を見て大丈夫だと思ったんだ……」
ルリエは苦しげに唸りながらシィクを睨むが、彼女は微笑みを返す。
「聖人のローラさんがいれば問題ないでしょう」
「偉い人間イコール正しいとは限らんだろう」
「偉い人に逆らうとえらい目に遭うのは前世からの共通点なんで、うちは長いものに巻かれる派なんすよね」
敵と言えど幼女も救う正義感が強めなシィクであるが、意外に権力には弱かった。
そんなシィクを見て、ローラは笑顔になり、手を合わせる。
「あっ、シィクさんって確か治癒能力を使えましたよね?」
「まあ、一応は。さすがにその界隈で最高峰の人に言われると、うちは虫けらみたいなもんですが」
卑下っぽくはあるが、事実ではあった。シィクの治癒能力はレジストが出来てしまう『半端な透明な魔力』であるため、あくまで応急処置レベルのものだ。
「ええっと、治癒の運用は……前に資料を見た限りだと……安静にすれば輸血、欠損などの補填なども可能なんでしたよね? 肉体の部位補填が出来るのはかなり上澄みの方だと思うのですが……」
「え? あ、いやー、うちのことよくご存じで」
嫌味なく真正面から能力の評価されて、シィクは照れてしまう。
そんなシィクにローラは歩み寄ると彼女の片手を両手で包み込み、真剣な目を向ける。
「そんな貴女の力が必要になるかもしれません。ルリエさんと共に来てくれないでしょうか?」
「あー、ちなみに私を解放してくれるなら騙されるなと言いたいが、解放してくれないのならこのまま一緒に来てくれというだろう。巻き込まれろ、くそがっ」
ペッとツバを吐くルリエにシィクはげんなりと肩を落とす。
「本音ダダ漏れっすね。ちなみになんで自分で逃げないんすか?」
「関節を外されて動けない。鎮痛効果を付与されてるから痛みはないがな」
「ヒェッ」
シィクの顔が一瞬で青くなり、同時に手を包まれているというのに冷えてきた。
ローラはそこで笑顔を浮かべる。
「シィクさん……来てくれますよね?」
「ヒャィ」
シィクはそう言うことしか出来なかった。
《ローラは変なところで危ない行動力の持ち主ですからね》
時々暴走するんですよ、と妖精ミムラスがローラの頭の上に現れて、ため息をつきながら言った。
(もはや仕方ないな)
ルリエはもう諦めて、今後について考えることにした。とりあえず『決断に対する覚悟』を決めて、あとアハリートに『誠意』を向けることを考える。たぶん下手に『お前の言うことはなんにも聞かない』スタイルだと色々と逆効果な場合があるかもしれないからだ。
(ところで……お前も来るのか?)
ルリエは自分を担ぐ狼を見やる。
(イナイト、ヒキズラレル)
(ああ、そうか。お気遣い痛み入るよ。……私が下がれと言ったら絶対に前に出るなよ。……寄生されてお前を手にかけたくなんてないからな)
(ワカッテル)
狼は素っ気なく言うが……ルリエは少々心配になる。クールを気取っているが、割と熱くなる奴なのだ、これは。
だから、それを踏まえて絶対に『施設』には入らないという意思を示す必要がある。
――そのためには責任を負う覚悟で、色々と手柄を立てなければならないだろう。
つまるところ悪い方に向かうかもしれないとしても、自分から発言をしなければならないだろう。
ルリエはあまりの面倒臭さにゾンビのように低く唸るのであった。
次回更新は12月8日23時の予定です。




