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それはもはや彼ではない

 タイタン、生物研究棟。


 そのとある一室には、物々しい雰囲気が漂っていた。それなりに広い部屋に十数人ほどおり、つるつるとした材質の大きな人型の長机――診察台と思しきものを取り囲んでいる。


 そしてその取り囲む者達は、一様に分厚い革製の防護服を(まと)っており、各々武器や拘束具らしきものを手にしていた。


「そろそろだ」


 陣頭に立つ者が(りん)と響く高い声で告げる。


「改めて説明する。対象は『精神汚染』をされて暴れるはず。転移中に武具は全て外されるよう設定はされているが、聖人となるべく訓練をされた者だ。スキルを封じる拘束具は速やかに取り付けること。また、確実に体内にはワームが仕込まれているはずだから口元には近づかないように。そちらは私が対応する」


 細身の剣をその女性――局長が構えている。


 彼女は妖精憑きだ。そのためアハリート襲撃については詳細を知っており、『精神汚染』をされた被験者がやってくることも知っていた。


 今まさに飛行魔道具をつけた一人が急降下して、アハリートに突撃していくのを聖人や人造勇者の目が捉える。――一応、無謀な突撃、というわけではない。


 捨て駒に近いのは確かだ。だが、それだけが役割ではない。アハリートが『精神汚染』するためには対象の頭部に何かしらの特殊な触手を接続するのはミッシェルの時に知られていた。もし『精神汚染』や支配能力を行使するならば、動きを止める必要がある。今回、突撃を任された者はレジスト能力が高く、犬死にはならず、むしろアハリートに致命的なダメージを与える尖兵となるはずだった。


 だが、彼らの視界には一口で食われる姿が映る。


 人一人の人間が食われて、すぐさま吐き出される。


 妖精を通した局長の目に特攻した者の魂が映った。それは淀みきった魂だ。


(――汚染された……!? しかもミッシェルに為された以上の汚染――魂すら侵すの……?)


 想定外だった。汚染があまりにも早い。


(……恐ろしいな。統合スキルどころか最上位スキルに至っている可能性がある。……それを一年にも満たない間に修得するなんて……)


 脅威レベルは想像以上に上がっている。


 放っておけば、瞬く間に王種――それも最上級のレベルで進化してしまうだろう。魔王になる以外では、その領域に足を踏み入れることすら出来ない魔物が、もう一体この世に生まれることになる。


(高位の人造勇者か『華』をなるべく早く当てないと取り返しがつかなくなるかも)


 ただし、考えなしに向かわせたら養分になるのは必至だ。少しでも情報を得なければならない。今回倒せるのなら良い。しかし、もし生き残られてしまったら――それも逃亡ではなく撃退されてしまったら――『アハリートを倒す』ということに真剣に向き合わなくてはいけなくなる。


 ラピュセルでの戦闘ももちろんだが、『精神汚染』の解明、治療――そして……、


(最悪、今回何かしてくるであろうことに対して、如何に対処出来るか、ね)


『仕込み』の対策はしている。この研究室兼隔離施設は、潜む系統のスキル――特に『潜土』などで逃げられないように十メートル程度の高低差を備えている。また内壁は頑丈で破壊はそう簡単にはいかない。そして結界を張ることが出来て、魂の通信遮断を出来る結界や持続時間が短時間かつ発動まで時間はかかるが魔力遮断や内壁より頑丈な結界を張ることも出来る(都市防衛の聖人に連絡する必要あり)。


 色々と考えているうちに、診察台の上の空間が歪む。そしてそこに細身の成人男性が半裸で落ちてきた。


 転移の設定で飛行魔道具や武器、下着以外の衣類は脱がされるようになっていた。『精神汚染』をされるとアハリート以外のあらゆるもの全てがおぞましい『何か』に見えてしまうようで、暴れるのはわかっていたからだ。


「確保!」


 局長が指示を出すと、即座に部下達が男を取り押さえる。スキルの使用を制限する拘束具型魔道具を取り付け、さらに診察台の上に縛り付ける。


 男が叫ぶ。


「ぎゃ、ぎゃぎゃあああああ、ああああ、あああ!!」


「吃音確認!」


 ならばワームが仕込まれている。


「電気ショック準備!」


 速やかに体内から追い出して、排除しなければならない。


 局長は剣を構えて、備える。――電気を発生させる魔道具を持って部下の一人が近づいて行くと――男がビクンと跳ね……それと同時に口から鋭い牙を生やした獰猛(どうもう)なワームが現れる。やはり声に出して行動を行うのは正解だった。ワームはこちらの言葉を理解して、電流を食らう前に対応してきた。


 ――そんな『ある程度の知能がある』ということは、頭に入れておくべき事柄だろう。


 局長は即座に前へと進み出て、ワームの矢面に立つ。


(目的は頭部の切断。攻撃を受けることは駄目。正面での破壊も駄目。血液が酸の場合がある。――斬った瞬間、皆にすぐに取り押さえてもらう)


 局長は頭の中で為すべきことを思い浮かべながら真っ直ぐとワームへと向かう。


「ぎぃ!!」


 ワームが身体を伸ばして噛みついてきたのに合わせて、流れるように側面に躱し、胴体を叩っ切った。


「胴体抑えて!」


 そう彼女が指示をすると頭部を切られてもまだ動こうとするワームの胴体をすぐさま、部下数人が抑え込んでくれる。その間に彼女は落ちたワームの頭部――こちらは胴体と違い、明らかに意思を持って動こうとしていた――に剣を突き刺してトドメを刺す。魂がないため死亡は判定出来なかったが、核を貫くことが出来たため動かなくなる。


 頭部を失ったワームの胴体も次第に力を失い、くたりと身を横たえる。


 局長は頭部から剣を抜いて、診察台付近にあったテーブルから布をとると、それで刀身を拭い、腰の鞘に収めた。


「血は?」


 血だまりにかがみ込んでいた部下に問いかけると、すぐさまその部下は顔を上げて答える。


「毒性は一切ありません」


「そう。……対象に長く潜むつもりだったのかしらね」


 ならば体液を毒にするのは悪手であるが……それだけだろうか。一瞬での仕込みあった以上、大したことは出来ないはずだが、何かが引っかかる。


 しかしそれらの調査は一度、隔離して時間を経てからだ。もしまだ何か仕込まれていた場合、すぐに調査をするのは危険だ。


 まだ他の『びっくり箱』要素があるとも限らないのだ。


「とりあえず口から出てる胴体も引っ張り出して」


「大丈夫ですか? 確か、このワームは体外に出ている時、宿主を窒息させないように肺に管を繋げて、ついでに自身も拘束している、とローラ様の論文を読んだのですが」


「ならちゃんと読み込むこと。出現の瞬間は体外に出す肉体の長さ調整を行うため、しばらく固定されない可能性があるってあったわよ。ちょっと引っ張ってみて」


「は、はい」


 そう言われてワームを数人がかりで引っ張ると、ずるりと抜けた。


「ローラ様の仮説が正しかったということになるわね。それじゃあ、血の処理と……ワームの一部を切り取って……ミッシェル様の病棟に持っていってくれる?」


「肉片を、ですか?」


「ええ。『精神汚染』の影響で『アハリート』に本体、それに類するモノに対して強い愛着を抱く場合があるかもしれないの」


 大抵、『精神汚染』というのは五感を完全に狂わせて廃人にするか、もしくはかけた本人のみに愛着を持たせて依存させる傾向にある。そしてアハリートは支配能力が強い魔物であるため、後者に寄っている可能性が高いのだ。


「……点滴以外で栄養補給が出来ていない――どころか、点滴も認識したら拒絶反応を示すくらいだから、もし肉片が『使える』のなら性質を真似て量産した上で『提供』した方があの方のためにもなるから。……まあ、傷つけることにもなりうるだろうけど」


「……でしょうね」


 ミッシェルは(さと)い人間だ。もし仮にワームの肉片が魅力的に見えたのなら、それがどういう意味を持つことになるか一瞬で理解してしまうだろう。


 ――他者から見ておぞましいと思えるものを好んで食い続けなければならない、というのは相当なストレスになるはずだ。だがそれ以前に、栄養補給をする時に毎回意識を失わせないといけないのは肉体に負担がかかってしまう。


 当たり前だが、精神を完治させる前に肉体が駄目になってしまっては本末転倒だ。


 だから割り切ることは必要なのだ。


「はい、それじゃあ皆、迅速に片付けをすませて撤収して。まだ仕込みの可能性がある以上、まだまだ油断は出来ないからね。隔離して、監視。――アハリートは『鳥籠の魔神』の力を有しているかもしれないから、本当に油断出来ないの」


 まさにラピュセルの戦闘で魔神の気配がアハリートから確認されて、直後人造勇者は謎の反撃を食らっていた。


 どのような形式で魔神の力が行使されるかわからないが、魔神の力である以上、もしその力を仕込まれていたら、維持は困難として『隔離』を実行するのだ。


「了解です」


 納得した部下達は速やかに仕事を済ませ、局長は男から絶えず目を離さず監視していたのだ。


 彼女の対処方法は間違いではなかった。実際、アスカは潜み続けることしか出来なかった。もしかしたら、なんの被害も出さずに『勝って』いたかもしれない。


 だが、そうはならなかった。




 

 

 男を隔離した部屋の隣、大きなガラスが張られた監視部屋にて二人の人間がいた。


「ふぅ、ほんとこの防護服、蒸れるわね」


 局長が防護服のマスクを脱ぐと、艶やかな長髪が流れる。やや吊り目の整った顔立ちの女性だ。


 局長――ペンサミエントは隔離室を見渡せるガラス窓から、一切目を離さず、机に寄りかかる。


「ご苦労様です、局長」


 彼女の隣にいるのは、助手である青年パンセだ。やや細身でわずかな幼さを宿す顔つきをしている。


 パンセはスッと手をだし、マスクを受け取ろうとするが、ペンサミエントは構わず横にマスクを置く。彼女は有り難がるどころか、目を細めて彼を見やる。


「あんまり近づかないでくれる? 汗かいたから」


「さいですか」


 パンセはニコニコしながら、一歩も退かない。若干、すんすんと匂いを()いでるような気持ち悪い音が聞こえてきたので、ペンサミエントはため息をついてパンセの(ほお)(つか)むと、物理的に彼を遠ざけた。


「それで『向こう』の近況はどうでしょう?」


 遠ざけられたパンセだが、どこ吹く風でペンサミエントに尋ねる。


「あまりよろしくないわね。アハリートが意外に粘ってるみたい」


「おや、聖人もいるというのにすごいですね」


 助手のパンセには一応、アハリート襲撃の件についてはざっくり伝えている。次代の妖精憑き候補でもある優秀な人物なのだ。ちょっとだけ変態だが。


「……その聖人が……なんというか……眷属に……足止めされてるのよね」


「眷属ですか。――なんか歯切れ悪くないですか?」


「……いや、なんというか……その眷属、豚なのよ」


「豚?」


「それでお尻から火を噴いて飛んでるのよ」


「しりからひをふいてとぶ」


 パンセの優秀な頭はその情景を描くことに成功はしたものの、理解することが出来なかった。


「えーっと、豚に足止め食らってるのですか? 聖人達が?」


「まあ、そう責めた口調になるのもわかるけど、見たらわかるわ。馬鹿に出来ないほど……なんというか厄介なのよ」


 豚は強くはない。あくまで煙幕などのサポートに(てっ)していて、攻撃手段には(とぼ)しいようだった。だが防戦一方にもかかわらず、全ての攻撃を回避して立ち回っていたのだ。


 馬鹿にしたい気持ちも確かにあるが、馬鹿に出来ないほどの技量があの豚にはあったのだ。そしての背中に乗る白い子供もアンデッドの不死性を備えていて、厄介だった。謎の武器――妖精いわくチェーンソーと呼ばれる異界の武器らしいが――それが見るからに凶悪なものだとわかる。少なくとも真正面から受けて良いものではない。


 聖人達や人造勇者は一方的に攻撃しているものの、いつ攻撃の手番が相手に移るかわからない、そんな状況だった。


 均衡を崩すためには聖人達の力が必須だが、豚がどうしても倒せないのだ。


「見誤ったみたいね。……いや、想像出来る方がおかしいわね。成長の速度と方向性が異次元過ぎる」


 アンデッド討伐における定石は通じるだろうが、アハリートにはそれを防ぐための手段が多すぎる。


 だから倒せない可能性が高い。


(――となると、別の何かで採算を合わせようとするわよね、お偉いさんは)


《そうなるかも。豚や白い子供の持つ魔道具らしきものを回収するように頼んでいるわ》


 ペンサミエントに宿る妖精が、そう答えてくれる。これにはため息をつくしかない。


 厄介事が増えれば、その分どこかでミスが発生する可能性が高まってしまう。


(……聖人やハギムラの転移装置を使うと、ここじゃない場所に出るけど――出来れば被害はそこで『起こって欲しい』わね。でももし、こっちに来るまでに何もなかったら……この施設に入れる前に『除染部隊』を出動させるのもありね。最悪、私が出ないといけないかもしれないけど)


『除染部隊』はこの研究棟に駐在している特殊部隊だ。危険生物の処理に特化した部隊であるが、一人一人はペンサミエントよりやや弱い。この『やや弱い』部分がどのように作用するかわからないのだ。


 少なくとも知能が高い生物を収容し、それを鎮圧した経験がない以上、任せることが正しいのかすらわからない。


 ――豚や白い子供がここにやってきたら、それを倒す役目は自分にあるのではないのか、とペンサミエントはそう考える。


「パンセ。場合によってはここを任せるかもしれないけど、もし隔離室の彼に何かあっても絶対に私が戻ってくるまで何もしないように」


「了解です。仮に結界を張る場合はこっちの独断で連絡を取っても良いんですよね?」


「もちろんよ。ちょっとの異変でも外から迅速に対処して。全責任は私が取るから遠慮はしないで」


 そうしなければならないはずだ。狼少年(うそつき)になる覚悟なければ、たぶん止められない。そして止められなかったら、大惨事に至るかもしれないのだ。


 ペンサミエントが想像したように、事態は悪い方へと向かって行く。


 白い子供の脳天を貫いて、処理してタイタンに送ってきたというのだ。さらにこの研究棟に搬送してくるという。――一切動かないと言うが、元々豚と白い子供には魔道具を宿している痕跡はあれど、魂があるわけではないようなのだ。


 だから死んだかどうかの判断はつきにくい。


 だからペンサミエントは枢機卿に許可を貰い、受け渡しを除染部隊に一任させて貰うことにする。その上で十分な処理をしてから、研究室に運び込むようにしたのだ。


 そして――、


『局長! 白い子供が――動き出しました!』


 除染部隊からその案の定とも言える報告を聞いて、頭を抱えることになる。


『おかしな武器で攻撃を仕掛けて――くそっ、こいつ、どこに核が……!? ぐぅあああ!』


 悲鳴が聞こえてきて、ペンサミエントはマスクを手に取るとそれを素早く被り、腰の剣を確かめる。


「生きてる!?」


『は、はい……』


「核の判別はすぐに出来そう? 出来なくて、被害が拡大しそうなら私が出向くわ!」


『す、すみません。お願い、します。ホールで、奴が――』


「すぐ行く!」


 ペンサミエントはパンセに顔を向ける。


「行ってくるわ。もし何かあったら――」


「はい、すぐに連絡及び外からの対処をします。絶対に隔離室の中に入りません」


「よし」


「いってらっしゃい」


 パンセは笑顔でペンサミエントに手を振り、見送る。


 彼女はすぐさま白い子供――アルスが暴れているとされるホールへ向かうのであった。






 

 パンセは鼻歌を歌いながらも、隔離室にいる男から目を離さなかった。隔離室にいる男は眠らされていて、とても静かだ。――だからこそ、わずかな変化もわかるし、それを見逃してはならない。


 一応、ペンサミエントは他の部下を派遣させ、パンセの負担を軽く出来るように計らっていた。だから今この瞬間、集中し続けることにほとんど苦痛は感じなかった。


 そんな彼だからこそ――その違和感に気付けたのだ。


 隔離室にいる男が、わずかにビクンビクンと震える。


「…………」


 パンセはすぐさまマスクを被り、観察する。男の震えはすぐに収まり、呼吸も安定――死んではいなかった。だが、小さい挙動だが、見逃せないほどあまりにも大きい異変だった。


(一応、結界の準備はしててもらおうかな)


 仮に新たなワームが姿を現したとして、隔離室を破壊するにはそれなりの時間がかかるはず。でも、ペンサミエントや応援がくるまで時間がかかるかもしれない。その時間を確保するための物理的な結界が必要なのだ。


 ――無論、自分でも起動出来る魂通信遮断の結界は張った。


 これを行えば、能力の制限が出来て、アハリート本体に情報が行くことを防げる。


(あとは出たとこ勝負だ)


 ……パンセの対応は完璧だった。一点を除いては。


 男に異変が発生した『瞬間』に魂通信遮断の結界を張るべきだったのだ。


 何故なら――、


 ぽた、ぽた、と頭上から何かが垂れてきた。その粘ついた何かが手についたのを見た彼は、思わず天井を見上げる。


 そこには手の平サイズのワームが『落ちてきている』最中だった。


 そしてマスクを、ずぽんと『すり抜けて』彼の口にワームが入り込んでくる。


「おご!?」


 彼はマスクをとっさに取り、ワームを掴もうとするが逃してしまう。その最中にペンサミエントに最期の『念話』を送ろうとした。


 ――けれど。


 一瞬で身体の支配を奪われたまでは良かった。すぐにそうなることは理解していたからだ。


 しかし、ワームとは違う『もう一人』によって彼の脳は(いじ)くられてしまい、がちん、と固まってしまう。


 ――すぐに身体は弛緩(しかん)した。


 何事もなかったように、机に身を預けた。


『パンセ? 何かあった?』


 ペンサミエントの声が聞こえてくる。彼は答える。


「お、男に異変が。一応連絡を、と」


『そう。こっちが終わったらすぐに戻るから』


「お、お願い、しま、す」


 ワームに寄生された際、特有の吃音が出そうになるがなんとか抑え込む。


 そして『念話』は途絶えてしまった。


《ますたー、準備完了》


 パンセに寄生するもう一人、アスカは静かにそう告げるのであった。

次回更新は11月24日23時の予定です。

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