それはとても簡単で、とても難しいことである
あーる晴れたーつーぎの日にーおーれはー、きーれいなみずーみにいーた。
はい、というわけで一日、経ったあとに俺はアロマさんに教えられた森のとある場所に来ているよ(今日もお天気です)。ここは整備された森で良い感じの湖があったよ。湖と森の間にはそれなりに何もないスペース(芝生っぽい背丈の短い草と茶色い剥き出しの地面が綺麗です)があり、キャッキャッと青春するのに良さそう。てか、ここは貴重な水源ではあるものの、特定の人達に開放してる遊び場らしいね。
んでもって、スコールさんにちゃんとここで青春する許可を貰ったよ。
もちろん汚さないようにと何度も念押しされた。偉い人が使ったりするスペースでもあるから、汚そうものなら許可を出したスコールさん達が責任を問われてしまうらしい。気をつけねば。
なので湖から少し離れた土の上に俺らと(防守の魔王さん、アスカがいて、ラキューとディーヴァはキャッキャと遊んでいる)、撃滅の勇者くんが仰向けに目をつむっている。
ドキドキである。
これから俺は勇者くんと話し合いをするのだ。んでもって、結果の如何によっては死を与えねばならない。
事前準備はしっかりしたし、魔王さんから勇者くんの人となりも一応聞いた。
……その結果、ちょっと不安だけどアスカを頭の上に待機させている(一応だけど、もちろん俺の形状は異形頭紳士スタイルです)。たぶん大丈夫なはず。どっちにしろ、最終的にアスカのことは伝えなきゃいけないから、早い方が良いのよね。
「ん……」
しばらく待っていると勇者くんから微かな唸り声が聞こえてくる。
目をゆっくりと開けて……、すぐに眉をひそめる。そして手をパタパタと動かして、地面に触れて、たぶんそこで自分が寝ていることに気付いたんだと思う。魔王さんも同じように自分が寝ていることに少し遅れて気付いたって言ってた。どうにもいつも意識が『点く』時は立っているみたいね。
そんでもって、上半身を上げてキョロキョロと辺りを見回して、俺と見つけてビクッと震えて、その後ろにいる魔王さんをすぐに見つけてホッとした顔をした。
でも、とても不思議そうな困った顔をしている。
「……なにが……?」
そう勇者くんがぽつりと言う。
俺はスッと両腕と片脚を高々と上げて荒ぶる鷹のポーズをとる。アスカも真似をする。
「ここは『鳥籠の魔神』の外……。つまりキミは解放されたのだよ……」
《されたのだよ……》
俺とアスカは厳かに言うと、勇者くんはこれまたビクッとして俺に焦点を合わせる。
「え……? あんたは……」
「キミと戦ったあの上半身いっぱいがあった化け物。頑張って、変身能力をつい昨日手に入れました」
「……相当長い時間が経ったんだろうな」
「まあ、男子三日会わざれば刮目して見よ、と言うからね。長いと言えば長い」
「ん? えー……?」
勇者くんはこれまた不思議そうな顔をした後、理解したのか困惑したような表情になった。この世界ではスキルを意図して手に入れるのには相当時間をかけないといけないのが常識だからね。こういう反応はむしろ普通なのだ。
「ちなみにだけど、俺の頭の上にいる小っこいのが元『鳥籠の魔神』ことアスカさんだよ」
《現在、名字をもらい受け、鬼傳朱鳥を名乗っておるのじゃ》
「……あんたが……。そうか……抜け出せたのか……」
勇者くんの表情に……怒りや憎しみはなかった。どこかホッとしたような穏やかな表情だった。……ほんと優しいのね、この子。
「……ちなみになんであんたらはそんな変なポーズを取ってるんだ?」
「もしもの時のための威嚇」
《キー》
「……なんでだよ」
色々あるんですよ。
まあ、馬鹿にしているわけではない。いや、馬鹿にしているんだけど意味が違うというか……。
あのね、もし魔王さんの証言で聞いた勇者くんが実際とは違った時のためと言うかな、それを確かめるための挑発行為ではあったのだ。
実はラフレシアに訊いたんだけど、勇者くんの元になった撃滅の勇者はかなり好戦的な性格をしていたらしいんだよね。もしそうなら、たぶん話し合いが難しいかもしれないと思ったから、それをあぶり出すためのちょっとふざけたポーズをとって挑発してみたのだ。
けれどそれもないみたい。
なので一旦、荒ぶる鷹のポーズはやめて、普通に勇者くんに向き合う。そんでもって、勇者くんも立ち上がって、俺と真正面から向かい合ってくれた。
「さて、それでは本題に入るけど、キミに選んで貰いたいことがある」
「……選んで貰いたいこと……? ……死ぬか、あんたについていって戦い続けることか?」
勇者くんがやさぐれたように視線を逸らして、そう吐き捨てる。
俺は頭を横に振った。
「違う。生きるか、死ぬかを選んで貰う。俺の力は支配するものが強いけど、キミを支配する気はない。それと『道』はいくつか用意するつもりだから、そのつもりで」
「……だったらさっさと終わらせてくれ。……その方が良い」
勇者くんが俺から逸らした視線を下に向けて、俯きながら言う。
対して、俺の答えは……、
「嫌だっ!!」
当然だよね。
これには勇者くんは顔を上げて、ポカンとした顔をする。
「は……? いや、あんた、選べって……」
「選んだから、はい決まり、とはならんのですよ。だって死を選ばれたら、殺すのは俺よ? 嫌よ、そんなの」
「じゃあなんで選ばせるんだよ」
「キミが死にたいと思いながら生き続けさせるほど、俺はそんな残酷な偽善はしたくはないので」
死にたいと思う人間を生き続けさせることは、まあ簡単ではある。死にたいと言った人間にその死を許可しないこと。そうすれば大抵は死なないでいてくれる。けれど一時的な対処であって、解決してるわけではないだよね。
……言っちまえば死なれると目覚めが悪いからっていう、自分側の都合を押しつけてるだけなんだ。ほんと偽善なんだよ。
「……なら、どうするんだよ」
「話し合いをしよう。キミが死にたいと思う理由を知らなきゃいけない。そしてそれが解決出来るものか探らないといけない」
それを出来るかもしれない。だから俺はやるのだ。少なくとも前世では絶対に出来なかっただろうけど、今は出来るかもしれないから。
ちなみに前世で出来ない理由は……死にたいって思う人の生きたい要望を叶えられないから。精神的なもの以外には、能力的なものとかが関わってくるからなあ。自分の能力ではこの先――とか、今の生活能力では――とか、いわゆる先に対する不安が大きい場合がある。
この場合の解決方法は『一生をかけて養う』っていうシンプルなものだけど、他人に対してそんなん出来るわけないからな。他のは当人に頑張ってもらうしかないわけで、それが出来ないから死にたい、っていうわけだし……。
わかったところで解決出来ない問題って前世には結構ある。困ったもんだよ。
「話し合い……。…………俺が死にたいって思うことに理由なんてない……良いだろ、これで」
「なるほど。ないのね。…………じゃあ、キミのこと苛めるけどよろしい?」
「なんでそうなる!?」
俺がまた荒ぶる鷹のポーズをとって威嚇をすると(アスカも荒ぶった)、勇者くんは慌てて頭や腹を押さえる防御態勢をとってきた。
「いや、脇腹小突いたりはしないよ? ……ただ、ちょっときついかもしれない哲学の話をするかもってだけで」
「哲学……?」
「うん。まずキミは自分自身をどう思ってるか、とか」
「……!」
勇者くんはビクッと震える。心臓の鼓動がやや上がったかな。
「はっきり言う。キミは『鳥籠の魔神』に創られた『撃滅の勇者』のコピーだ。それもあくまで『鳥籠の魔神』の主観から創られたもので、本物じゃない」
「……っ。……俺は……わかってる……けど、俺は……俺が……本物じゃなかったら……一体……」
なんなんだ、という言葉を搾り出せず詰まってしまう。
「そこで一つ質問だ。……キミは『撃滅の勇者』の本物になりたいのか?」
「は?」
その直球な問いが意外だったのか、勇者くんは顔を上げて俺を見つめてきた。
「ちなみに本物の『撃滅の勇者』は……」
《生肉を食べてお腹を壊すような、アホの子。その上、肉、暴力、金! っていう、勇者っていうよりかは蛮族って感じ》
そう言ったのは、俺の顔の横から身体を出してきたラフレシアだ。んでもってすぐに引っ込む。
「――だそうで。なりたい? ちなみに俺の友達にその勇者の精神含めて、記憶をコピーした……っていうか観測して再現出来るであろう存在がいるから、記憶や人格を上書きして近づけることは出来るよ」
無論、オーベロンさんにパックくんだよ。
「……俺は…………えっと……?」
「生肉食ってお腹壊す子になりたい?」
「なりたくない」
勇者くんはきっぱりと頭を横に振る。
「じゃあ、一つわかったのはキミはオリジナルの『撃滅の勇者』である必要はないってことだ」
「うん? うん……?」
勇者くんは腑に落ちないと言った顔で眉をひそめて、斜め下に視線を向ける。
「つまりキミはキミであることに疑問を持つ必要はないってこと。オリジナルがいたところで、オリジナルになる必要性がないなら、キミはキミのままで居続けて良い」
「そ、そうだったとしても! 俺は……人間じゃない。人間の形をしているのに、俺は……紛い物だ」
「じゃあ、次はキミの認識における人間の定義を決めよう。ちなみにだけど、今の俺はアンデッドをやらしてもらってるけど、元人間だ。これについて、キミはどう思う?」
「え? に、人間……?」
「うん。それを踏まえた上で、今の俺という存在は人間であるかをキミに決めて貰おうと思う」
「き、決めるって……」
「ちなみに俺自身は自分を人間だとは思っていないよ。なんでかっていうと、まあ、シンプルに人間であることがつまらないから」
「つまらない……」
勇者くんが、ちょっと意味わからない、みたいな顔をした。
(そりゃそうだろ)
ミチサキ・ルカも呆れたように言う。
「あと、人間であろうとすると俺は簡単に他人を傷つけちゃうから。制御はしてるけど、俺の体液は猛毒だし、国を滅ぼすレベルの寄生虫が体内にいる。俺が人間であろうとすると、それだけで他者を傷つけかねない」
「だから人間じゃないっていうのか?」
「そう。認められたら嬉しいけどね。…………けど仮に人間であると思ったところで、数人は認めてくれても大勢は認めてくれないだろう。その結果、他者に排斥されて大きく歪む可能性だってある」
《…………》
アスカが静かに姿勢を戻し、俺を見下ろしてくる。特に何も言ってこない。……まあ、『不死ノ王』について考えてるのかもね。
「俺自身が定める人間の定義は、『人間として人間の中で暮らせる存在』がそうだって思ってる。だから俺はキミを人間だと思ってる」
「だけど俺は! 人間として生まれ落ちたわけでもなく……『俺自身』としてそのまま生成されただけの存在なんだ! 俺はどこまで行っても偽物でしかない……」
ふーむ? ある種、エラーのようなものを起こしてるのかな? 常識があるせいで、魔物の力によって『撃滅の勇者』という存在として生まれ落とされたことが許せないんだろうか?
人間でありたいと思うが故に、完璧な人間としてあれないことは深くアイデンティティーを傷つけてしまうのかもしれない。
俺はそこが理解できないから、この場合なんとするか。
(あんたはほんとそこがイカレてるよな)
俺は自己愛が全くないからな。……ん? てことは、勇者くんはある程度の自己愛があるってことになるのか?
そもそも勇者くんが自分に対してこう思うようになった理由って、……プルクラさんじゃん。
要は他者に否定されたことによって、自己に対して疑問を持ってしまった、ということか。
否定――いわゆる精神の破壊行為は一瞬で相手をボロボロにしてしまうけど、その逆の構築するという『認められる』というのは受け入れがたいものなんだよね。だからここで俺が何を言おうと勇者くんは己を認めることはなさそう。
「……えーっと、つまりキミはキミにそう言った相手の言葉に苦しめられてるんだな、たぶん」
「俺が……殺したんだ。俺が馬鹿な考えで、気を散らさせてしまったせいで……」
勇者くんが顔を手で覆って、震える声で言う。……かなりのトラウマになってるみたいね。
……んー、まあ、この場合の解決策は……、
「心が軽くなるかわからんけど、その殺した相手のオリジナルを連れてくるか」
「…………は?」
これには勇者くんも理解出来なかったのか、たっぷり間を置いた後、これまたポカンとした顔で見つめてきた。
「いるんですよ、オリジナルの人が。あの人、きっつい性格してるから身内以外は平気で傷つけるんすよね」
物理的にも精神的にもね。身内以外全員敵!みたいな思考回路をしてる人だから、そもそも話し合いなんて端っから不可能なのだ。
「まあ、精神的に良いか悪いかわからんし、何か良い感じのこと言って貰ったところで楽になるかわからんけども、やらないよりマシだ、っつーことで……じゃあ、アスカ連絡ー」
《るじゃー!!》
「ちょ、まっ――」
「待ちませーん! 最初に言ったでしょ、キミを苛めるってさぁー」
「くぅ……!?」
俺が荒ぶる鷹のポーズで威嚇すると勇者くんは拳をギュッと握りしめて、涙目で睨んで来ました。うへへ、可愛いなあ。
「なによ。私、忙しいんだけど」
はい、プルクラさんを呼び寄せましたけど、俺に向けられた感情は不機嫌そのものでした。
アスカに呼び出されたから意気揚々と来たものの、誰が本当に呼んだかは普通にわかってるから俺にはこんな塩対応なのだ。
アスカの言うことはなんでも聞くけど、俺の言うことなんて一切聞かないのがプルクラさんクオリティなのである。
ちなみにプルクラさんは本日また、スコールさんらと交渉らしいのでガチで忙しい。なのでこの不機嫌さは妥当でもあったりする。
俺は三下っぽく、ゴマすりしつつ、卑屈っぽく笑う。
「へへっ、時間は取らせませんて。――あっ、で、ちょっと見て欲しいんですけど、この子をどう思います?」
俺は勇者くん肩を掴んで、プルクラさんの前に突き出す。勇者くんは身体をガチガチにしてとっても緊張して、視線も定まらないようだった。
暴言吐かれた人のオリジナルに向かい合ってるっていうのもあるけど、プルクラさんは普通にスタイルの良い美人だからねえ。思春期男子精神を持つ勇者くんにはやや刺激が強いだろう。
「どう思うって……」
プルクラさんは眉をひそめ、隠れた目でジッと勇者くんを見つめる。
「……ただの人間の子供じゃない。体内構造もあんたみたいにおかしいわけじゃないし。……てか、あんたの体内すごい気持ち悪くなったわね。視界に入らないで欲しいんだけど」
酷い言われようである。
けれど俺は勇者くんに肩越しから笑顔で言う。
「ですってよ」
「……う、うん」
まあ、納得はいかんだろうけど今はこれで良い。下がりきった自己肯定感はすぐには戻らないからね。
「で? 帰って良いの?」
「ああ、そうですねー」
あと、なんかさせようかな。……謝らせようか、面白そうだし。
「じゃあ、この子に謝ってください」
「じゃあって何よ。意味わからないんだけど。なんで私がその子供に謝らないといけないわけ?」
「この子は……」
俺は真実を言いかけたところで、ふと思った。『鳥籠の魔神』の中で生まれたーっていうこと言うと、プルクラさんが送り込んで死なせてしまった子達について言及されるかもしれないかな? それは面倒くさいことになる。
なので……、
「どうでも良いから、謝ってください! 謝って!」
「だから何に対してって言ってんのよ!?」
《あやまってー》
「ごめんなさい許してください申し訳ありませんでした」
アスカがノリで言うと、即座にプルクラさんが90°の綺麗なお辞儀をしてくれた。
「あざーす」
俺はパチパチと手を叩くとプルクラさんがお辞儀をしたまま「ふー」と深いため息をつく。それが終わると、スッと姿勢を戻してこちらに向かってツカツカと歩み寄ってくる。
「どいて」
「え、あ、はい」
そして俺の前までくると勇者くんに、そう一言言い放ち、気圧された勇者くんは即座に横に避ける。
その瞬間、俺の肩を掴んだプルクラさんは強烈なボディブローを俺の腹に叩き込んできた。
「おふ!?」
痛くはないけど、浮き上がる程度には強かったせいでそのまま地面に倒れ込んでしまう(現在の体重約60キロほど)。
「○ねっっ!!!!」
そう悪態をつくとプルクラさんは怒り心頭と言った様子で肩を怒らせて立ち去る。最後にアスカが《あんがとー》と言うと、一点して表情が和らぎ、デレッとした顔で手を振って「いつでも呼んでくさいねー」と言っていた。
けれど俺に対してはとんでもなく冷たい雰囲気で「次無駄に呼び出したら本気で○すぞ」とドスの利いた声を残して去っていったのであった。
転移門が消えた後、俺は地面にへばりつきながら勇者くんを見上げる。
「どうだった?」
「…………。……何を言えば良いのかわからない」
勇者くんはとても困惑していた。……けれどさっきまで抱いていた不安と恐怖は少しだけ和らいだ様子だった。
「なんとなく解決出来たような気がするけど、どうだろうか?」
「雰囲気はそうかもしれないけど、何一つ解決しない気がする」
俺が首を傾げながら勇者くんに言うと、勇者くんは肩を落としながら疲れたように返してくる。
「……ただなんか俺自身の悩みが馬鹿らしく思えて、少し楽にはなった気はする」
「じゃあちょっとマシになったってことだな」
ある意味前進はしているのかもしれない。
勇者くんはため息をついて、俺を見つめてくる。
「……なんで?」
「何が?」
「……なんで俺を生かそうとするんだよ」
「誠意を持って答えると、初めは能力だけ解析して人格は消そうかな、とか考えた」
「それで良かったじゃん。なのになんで……」
「気になって話を聞いてみたら、キミや魔王さんが頑張ってたことを知ってね。んじゃあ、仮に力を借りるなら俺に出来る限りのことはしないといけないな、って思ったんだ」
「……。それになんの意味がある?」
「これは俺の生き方なんだけど……誠意を欠いたら、いつか全ての信頼を失うから。そうなったら、本当に俺は人に討伐されるべき怪物になるかもね。それを避けるため。まあ、いわゆる自分本位なんだ」
そう、いつだって俺は俺のために生きている。
それと俺は怪物になることに抵抗はないけど、誰彼構わず敵対したいわけじゃないからね。俺の最終目標はどこか人のいないところでずっとグースカ眠っている幸せを享受したいのだ。そのためには自分を怪物だと自覚して、誠意を持って周りに臨まないといけない。
「……さっきの話だけど」
勇者くんがそう口にする。
「うん?」
「……俺はあんたのこと、人間だと思うよ」
「そっか。ありがとうね」
「……うん」
俺は笑顔で勇者くんの頭を撫でる。
「そんでもって、次はー美味しい食べ物用意したから食べてみよう」
俺はしっかりと包装して清潔に保った食べ物――パンを取り出し、勇者くんに手渡す。丸っこいふわっとした触感のそれを受け取った勇者くんはそれを戸惑いの表情で見つめる。
「パクッとしちゃっていいわよ」
そう俺が促すと、勇者くんはパンにかじりつく。そして、パンを口の中で転がすと目を見開き、すぐに二口目に行く。
「美味しい?」
俺がそう問うと、勇者くんはこくこくと頷く。
「なら良かった」
俺はなおも勇者くんの頭を撫でながら、その姿を眺め、口を開く。
「優しさや頑張りが悪い方向に行くのは、もちろんあるけど、それ以上にそれを向けられた相手には救いだったってこともあるからね。だからキミはそのまま優しくあるべきだし――考えが足りなかったっていうなら、もっと正していけばいい。少なくとも俺はキミにはそれが出来るって思ったから、キミに生きていて欲しいって思ってるんだ」
勇者くんはうつむき、静かにパンを食べ続ける。
「キミは頑張ってる。その頑張りがいつか誰かを救えるかもしれない。……だから迷惑をかけないように死ぬなんて選択をしなくても良いんだ」
「……っ」
勇者くんが肩を震わせる。
「キミを生かす以上、俺もキミをサポートするから。年中人との戦いが嫌って言うなら、知り合いのところに行くのも良い。……年中ゾンビを狩ることになるかもしれないけど」
(俺の村なら大歓迎だ)
あの村の創設者であるミチサキ・ルカもこう言っている。――ちなみに戦わなくても良いから、俺の傍に置こうかなあとか考えたけどそれはラキュー達の不満が溜まるからナシにする。
そういう不満が溜まるとイジメとかに発展しちゃうからね。過度な優遇は止めた方が良い。
「それと焦って決めなくても良いからね。……キミの最終的な決断を俺は尊重する」
ぽろぽろと涙を零す勇者くんに最後にそう言葉を添えておく。……うん、無理に生かすつもりはない。やっぱり生きるのは辛い……、って思ったのなら仕方ないんだ。
そん時は俺も覚悟を決めますわよ。それが無理矢理生かそうとしてしまった者の責任だろう。
とりあえず俺は勇者くんにたくさんの食べ物を渡して(ラフレシアがついて、慰めがてら色々と食べ物の説明することになった)、一旦離れる。あとは魔王さんとかと話し合ってみると良い。
魔王さんが俺とすれ違う時、小さく「ありがとう」と言ってくれた。
勇者くんがわずかでも生きる希望を抱いてくれたかもしれないことに対しての感謝だろうか。……ちなみにだけど、魔王さんは勇者くんが死ぬなら一緒に死ぬつもりだったらしい。
そもそも使役されるとは思っていたものの、完璧な傀儡にでもされるんじゃないかと思っての狂界内でのオーケーだったらしく、「こういうことなら勇者も共に救い出してくれたことに感謝しておる」って言ってくれたよ。……時間なかったとは言え、ちゃんと説明しておくべきだったか。まあ、結果オーライだ。
俺は伸びをして、せっかくだし、この湖の景色とか堪能することにした。キャッキャッと相変わらず呑気に遊んでいるラキューとディーヴァはマジで癒やしだ。
――と、その時だった。
空から重々しい羽ばたく音が聞こえてくる。それも複数だ。ざっくり聞いた感じだと、大きさ的に魔物的な雰囲気がある。
俺はなんか嫌な予感がして、エコーロケーションを使って、その存在の詳細な情報を得ようとする。
――そしてわかったのは……それが人間であること。特殊な魔道具なのか、それを装着して飛んでいるようだった。しかも出来る限り気配は抑えられており、羽ばたきも最小で、普通の生き物では感知するのは至難の業だったろう。
その空飛ぶ五人は何か大きな物を吊しながら運んでいた。
大きさや形としては……棺桶みたいなの。
(待て、待て待て待て待て待て、ちょっと待て!!)
《嘘でしょ!?》
そんでもって、その情報をミチサキ・ルカとラフレシアに共有したところで突然二人が慌てだした。
(『あれ』はヤバいだろ! 今すぐ逃げないと――)
《駄目! もうあの距離まで近づかれたら、逃げられない! 背中を見せた方がもっと危ない!》
「どしたん。あれ、なに?」
二人の焦り具合がヤバいことを伝えていたんだけど、詳細がわからないことには俺も焦るに焦れない。
《とりあえずマスターは戦闘態勢とっておいて! 皆、戻ってきて!》
ラフレシアがそう命令を飛ばすと、ラキューとディーヴァが不思議がりながらも戻ってきて俺の中に入っていく。
「敵らしいけど配置せんでも良いの?」
《生半可な策が通じる相手じゃない。……マスター、倒さなくても良いから本気で『生き抜いて』。そうすれば助かる目はある。――勇者と魔王は離れさせておくよ》
「戦うなら無論よ」
二人とはまだ契約前だからね。……なんか死闘になりそうだし、そんな戦いはさせられない。
ついに五体の鳥人間達がやってきて――、棺桶を無造作に切り落としてきた。
どずん、と重々しい音と共に棺桶の細い下部が地面に突き刺さる。
《……やっぱり私達が狙いだったみたいだね。……魔神討伐のこともあるし、警戒度を一気に高めたのかも》
(当たり前だけどさすがにこのイベントは知らない。……最速、優良の弊害か……)
ミチサキ・ルカが乾いた笑いを上げる。ちょっと絶望している感じが怖いわ。
「……で、あれがなんなのかいい加減教えてくれない?」
たぶんもう逃げられないし、どうしようもないので構えていますが、ちょっと暇なので改めてラフレシアに訊いてみる。
ラフレシアは深いため息と共に、
《人造勇者》
はっきりとそう言った。
次回更新は8月18日23時の予定です。




